2019年05月30日

カルマが返せないとどうなる (いつまでもカルマに苦しめられる―借金と同じ)


カルマが返せないとどうなる

(いつまでもカルマに苦しめられる―借金と同じ)


積んでしまったカルマ(業念)は、返済するまでは、
神様は決して許してくれない

カルマの謎は例えばある人から十万盗む、また百万盗む、千万盗むとする
そるとその分のカルマを背負うことである
そして百万でももう返したくないとなる、十万ならしかたがないとかなりなんとか替え返そうとするが額が大きくなるとできない
だからカルマは軽い内返した方が楽なのである
江戸時代なら十両盗んだら首が飛んだ、額によって罰が決められた

このサイトで借金に例えてカルマを説明しているからわかりやすい、カルマは借金なのである、それを返さないといつまでもカルマを解消できないのである
借金したから自己破産すればいいやとか考えてもそうはいかないのである
一旦カルマとして背負ったものは返すことを要求される

だからもし百万であれ一千万盗んだとすると盗んだ人が額が大きいから返したくなくなるまたそういう人は貧乏なのだから返せなくなくなる
するとカルマをかかえたままカルマを背負ったままになる
でもその人はそんなこを思わない、ただ得したと思う
しかし怖いのはカルマが返せなくなることである
一見得したように見えてカルマはもう返せなくなる
それはその人にとっては額が大きすぎたからである

ただカルマというのは金をもっている人にもある
だからこそ盗まれたということもある、つまり不正をしてとか社会でたいして貢献しないのに金が入る人がいる、そういう地位とか何か金が入る人がいる
そういう人も実はカルマを背負っている
だからそのカルマの故に大金を盗まれたともなる
要するに双方にカルマがあったからそうなったともなる
何か犯罪とは偶然に起こるのか?何か互いのカルマがあって起きてくるのか?
世の中にもしかしたら偶然というのはないのかもしれない
ただ偶然に見えても必然だったともなる

いづれにしろカルマは借金である
神はカルマについては厳しくそれから逃れることを許さない
そうなるとこの世の中に神がいて神が采配しているともなる
神の目を逃れることはできない
神は人の心を見ているというときその行為も見ている、そしてカルマを課すのである
何かごまかして生きれるように思っているが実際はごまかすことができない

そうして現代の資本主義は世界の富を数パーセントの人に収奪されているというとき
そのような人がどうなるのか?そんな莫大な金を集めてそれを有効に使えるのか?
その金で戦争に使うとかしたらどうなるのか?
それは悪魔的なものとなりその家であれ人であれ維持できなくなる
そこには災いのみがある呪われた家となる、そんなカルマを背負いるのかともなるからだだからフランス革命とか中国でも革命が起きて金持ちは無惨に殺されたのである
それは富を有効に利用できなかったからである

大きな犯罪を犯した人はどうなるのか?今回のような川崎登戸殺人事件の犯人はどうなるのか?そのカルマはとてつもなく重いものとなりとても返せないから自殺したとなる
自殺を覚悟でしして自分自身が苦しむのを断ったとなる
でもそのカルマは今世で終わらず来世にもちこまれる
そこでカルマを払わされるかもしれない、それがどういうものになるかわからないのである
余りにも重いカルマになるとそれをどう返すのか見当もつかないともなる

カルマというとき他罰的になるのではない、結局人間は自業自得だよということになる
他人をいろいろせめても自業自得だ、自分のカルマだとして背負う、他人のせいでもないし社会のせいでもない、自分のカルマだとして背負うことになり自分のカルマを自分が苦しみ解消するほか返すほかないと悟ることである
でもまた社会の上級国民でもカルマを背負っているのである
だから今回の事件のようなことになるのかともなる
ただここにカルマがどう作用したのか?とても犯人を許す気にはなれないだろう
つまりこのカルマを返す本人は死んだ、もうカルマは返せないとなるのか?
それとも犯人は来世でまたは今の世でも生まれ代わりカルマを払わされるのか?
そしたら空恐ろしいものとなる

いづれにしろ人間は大きなカルマを背負うと返せなくなる、返せないとどうなるのか?
延々と苦しみから逃れられない、神は許しはしないからだとなる
シーシュポスのように岩をもちあげてはまた一からもちあげて永遠に終わらない罰を与えられる
永劫の罰が与えられるのかとなる
それも恐ろしいとなる、永遠にそのカルマから労苦から逃れられないとなるからだ

ともかく人間はこうしてカルマを背負わないように気をつけるべきである
その時はいいと思っても後で重いカルマとなって返せないカルマとなって永遠に苦しむともなるからだ、カルマを返すことは執拗に迫られるとなればそうである、それは借金とりとにているのだ
カルマは今回の原発事故のようにプルトニウムの毒が2万5千年消えないとか信じられないカルマとなる、カルマはそれだけの年月がたたないと解消できなともなったからだ
そこに原発の罪深さがあった、永劫の罰となったら本当に怖い
原発事故によってそれだけのカルマをこの辺では背負わされたのである
この地域はそうした重いカルマを背負ってしまったのである

そしてカルマは親からも先祖からも受け継ぐのである、つまり一代ではカルマは消滅しないとなる
そこにカルマの怖さがある、ある家でも何か大きなカルマを背負っていて災いがつづくとかある
家は明らかにそれぞれのカルマを背負っているからだ
その中にいいものを受け継いでいるが一般的にカルマというと悪いことを受け継ぐことなのである
だから長男と長女はその家のカルマをいいにし悪いにしろ受けづくのである
そういう宿命にあるのだ、自分自身がそうだったからである



川崎登戸殺人の事件の切っ掛けが叔父叔母の介護のため (介護になると引きこもり、ニートは地獄になる)


川崎登戸殺人の事件の切っ掛けが叔父叔母の介護のため

(介護になると引きこもり、ニートは地獄になる)


なにかこれも自分の状況とにている、60から介護になり社会とかかわるようになったのが自分だったからである
そのことで苦しんだことをプログで書いてきた、一人は認知症になりもう一人も介護になった、そうして10年間塗炭の苦しみを受けた
その時、誰も助けないし同情もしない、社会性がないから対処に他の人より苦しむ
親戚はなくその遠い親戚は事業に失敗していたからかえって借金とか要求されたし
手伝いさんとかに大金を奪われた
その時自分が病気になって入院二回した、病院では身寄りがなく虐待された
このようにニートとかひきこもりは親の介護になると悲惨なものになる
金があってもそうして一人にされて援助もなくなるからだ
金だけは欲しいという人しか来ないからである
だから金だけでは介護は解決しないのである
そしてもちろん金もなかったらさらなるどん底の地獄になる
そういう人が50-80問題としてこれから起きる、その始まりの事件だったのかともなる

自分の場合は自業自得して納得していた、だからひどいめにあったが他者を恨んでいない結局あまりにも恵まれた結果だとして恨んでいない
ただそれにしても自分のところに来た人たちは異常だったと思う
狂気的だと思う、むしろその人たちの不満が異常に大きかったのである
一人は異常性格者になっていた
その人には情もなにもなくなっていた、その人は前に書いたけど三人の母親に育てられたそして最も長く最後まで育てられた母親を捨てたのである
その人が「ひどい娘だわ」と私に最後に電話かけてきてその後すぐ死んだのである
病人になってもその人はなんの世話もしなかったがあっけなく死んだのである
まずその人は介護などできないから救われたとなる
今一人の実の親はわからないが施設にいるけど認知症である
その親は金があるのでそれしか関心がないのである
だからこの人の三人の親はみんな悲惨な結果になったことを書いた

とにかく今回の事件も親となっていた人の介護がきっかけとなり犯行になったと分析している、介護になるといろいろと社会とか人とかかわる、それで社会性がないと対処できなくなる、この事件を起こした人は親代わりの叔父叔母夫婦と何かコミ二ケーションもなくなっていたということも問題であった
もし親身になって世話していれば自分のようにとにかく世話しようと自ずとなるからだ
自分の場合は必死になって認知症でも世話した、それは特別自分は良くされたからであるそれは自然とそうなっていた、強制されたものではないのである

こういう事件が起きると社会でどう対処すべきとかどうかとか言う
しかし社会が他人がそんなふうに思っているのか?
それは自分が経験したことでもわかる、むしろこういう人は働かないとか怠けていたとか責められるだけになる、それを実際に経験したのが自分だったのである
それも私の場合はカルマだとして受け入れて恨まない
一人のぞいて生活が追い詰められていたからまず他者のことに思うことなどできない人たちだったのである
今度はそんなとき津波や原発事故があった、そして小高の人たちなどが仮設として移り住んだのである、その時その人たちは常にボランティアがきて世話していた
かわいそうだと世話していた、それでうらやましくなったのである

私の家に来た人はただ責めるだけの人だったからである、借金で苦しみなんとか自分から弱った時金を借りようとするだけである
それが脅迫にもなる、その人たちは別に何もしないというわけではないが一週間に一回買った弁当をもってくるとかしていない
そして借金で毎日パチンコ屋の掃除をしていたのである
そのパチンコ屋に小高の仮設に入った人たちが大勢通っていたのである
そしてボランティアが来てかわいそうだと働いてくれていたのである
これも矛盾だったのである、ボランティアが悪いというのではない
正直あまりにも原発避難者は手厚くされていた
介護でも優先で厚遇されていたのである

とにかく私が経験したこと本当に異常なことだった、誰一人として親身になってくれる人はいなかった、それも自業自得だとしてカルマだとして納得していた
だから他者を恨まない、でも今回の事件の犯人はやはり介護から何か事件に突入することになったのか?
それを解説していたが介護になり今度は叔父叔母夫婦を世話する立場になったとき何か問題が起きたのか?
その事情は良くわからない、ただそれがきっかけにはなったみたいだ
そこに経済的問題も生じたのか?何かその変はわからない
ただこういう問題は序の口でありこれからもありうる
それから非正規の問題も深刻になる、その苦境を毎日訴えている人がyoutubeで見たからである
そういう人たちもヤケになり事件を起こすかもしれない、何か爆発してもいいような心境になっていることが汲み取れたからである

ただすべての事件が社会のせいにすることはできない、いつの世でも理不尽なことはあり苦しいことはあるからだ
感心するのと戦前の大正生まれの人たちは苦労が多く忍耐強かったことである
今から比べると貧乏でもなんでも文句言わないのである
ひたすら耐えて働いてきた、遊ぶこともない世代だったのである
現代は遊びの時代でもある、若い女性がバイクでロシアの方まで行ってキャンプしているあんなことできるのか?そういうことが普通の時代でもある
働きづめの世代とはあまりにも違うからである


「8050問題」「7040問題」という言葉がある。80代の親と50代のひきこもりの子、70代の親と40代のひきこもりの子を指すのだが、ひきこもりが中高年に達し、親の高齢問題と併せて、ここにきて深刻な社会問題として浮上している。
posted by 老鶯 at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層