2019年05月11日

人間はなぜ関心をもたないのか? (原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)


人間はなぜ関心をもたないのか?

(原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)

人間はなんでも自分自身に家族でもまたその住んでいる場所でも何か危害あり不便を直接感じないと関心を持たない
なぜ今駅のことで書いたが鉄道を人々があまり利用しないからである
だから駅が自動化されようが何になっていても関心がないのである
そこでボランティアしても必要がないとなる
JRでそんな余計なことをするな、地元の人も必要がないとなり誰も注目もしないのである
でも車社会になると常に車のことに人々関心をもっている、どういう新しい車が出たとか高速道路の方が鉄道より関心がある、だからもっと道路を便利にしろとなる
常磐高速の4車線化を要求している
でも鉄道になると一時間おきでは不便だから30分おきにしろといってもそもそも乗る人も少ないし不便を感じないから要求もないのである
ただ遠くから来る人は一時間おきだと不便となるがそれで遠くから来ている人は日常的に利用していないからそれは要求とはなりにくいのである

近くのゴミ捨て場として網をかけている所でも烏につつかれて困った
ゴミが散らかったりするがそれで市に問いあわせたらゴミ箱は場所が確保すれば市で設置するという、でもその場所が確保できない
近くに最近そういう場所を発見した、でも近くの人に言っても関心がないのである
別に今の場所でいいと思っているからみんなの切実な関心がない
もし何かもっと切実なものとしてあればみんな関心をもつ

人間は切実なものとならない限り関心をもたない

人間はなんでもそれが自分の身に降りかかり切実なものとならない限り関心をもたない
鉄道でもなにかぎりぎりで廃線になるとかなり存続しろとか関心をもつのである
でもその前はみんな車を利用しているし鉄道は利用しないのである
廃線となることで街が衰退するとか関心をもつ

それは人間自身が常にそうなっているのである、例えば体でも健康な時は体に関心をもたない、でも一旦病気になるとその病気に異常なほど関心をもち調べる
なぜなら生死にかかわるからである
でも考えてみれば体に関心をもたないときそれが平和な時だったのである
また犯罪とかに自分自身が会えば治安に異常に関心をもち警察に頼むとかなり警察に関心をもつのである、もし病気にもならない、犯罪もなければ医者も警官もいらない
実はその時こそ人間社会に平和があるとなる

でも関心をもたないことで非常に危険なことも起きてくる
それが原発事故だったのである
原発は本当に危険極まりないものだったのである
でも不思議に地元でも原発に関心をもっていなかった
私自身は30キロ離れていて遠いから関係ないと思っていた
その関心のなさがすでに小高地区に原発が建てる工事を東北電力で開始するところだった小高になるともう20キロ内にも近くになるし原町は10キロとかなるから危険極まりないが小高に原発を作ることで原町があれほど人口が多いし反対する人がいてもいいのにそうしたものも聞こえなかった
もちろんこれにはマスコミが危険だと報道しないことも原因だった
マスコミは原発のことで危険だとなど報道していない、原発推進であり広告費をもらっていたからである、それは大手のマスコミでもそうである

そうして原発事故には地元でもただ金をもらえるから景気が良くなるからいいとしかなかったのである
福島市とか二本松とか白河まで放射性物質が流れて影響されるとは思えなかったのであるそれもつくづくカルマだと思った
福島市には県庁があるからだ、だからその時福島市の人たちも原発は遠いから関係ないし誰も関心をもたなかったのである

こうして関心をもたないことは重大な事故や被害をもたらす
津浪にしても2011の震災の7年前とかにスマトラで津波があり大被害があった
でもその時日本とは関係ないと見ていた
なぜなら日本では津波を経験している歴史があるから津波対策しているからスマトラとは違うと国民も見ていたのである
その後にこれだけの大地震と津波に襲われたのである

人間の弱点は自分に直接危害が起きなければ関心がないのである
何か自分自身にとって不便なことや危害があったりしないと関心がない
そんなこと自分には関係ないとなっているのである
それはあらゆることでそうである
鉄道を利用しないものは鉄道に関心がないのである
私自身は鉄道に関心をもったのは鉄道で長い間旅していたからである
遊びでも鉄道を利用していたからである
これが車で旅していたら鉄道には関心がないのである

ただこの関心がないということが上からの為政者とか支配者には好都合なのである
そこで重大なことは見逃される、すると原発でも容易に作られる
実際は原発建てる土地を買収して県の許可がおりるだけで原発は建てられたのである
ここでは誰も反対していないのである、ここで関心があったのは金とか景気が良くなるとかしかなかったのである
だから小高に原発を建てる工事がはじまるのにそれすら10キロくらいしか離れていな原町ですら知っている人がいなかったのである
つまり原発に関心がほとんどなかったということなのだ
それがこれだけの事故になり関心をもつようになったのだが時遅しとなったのである

人間の弱点は自分の身に及ばない限り関心をもてない

そのことが重大なことにいつのまにか発展している
例えば体でも実際は病気になる芽がある、でもそれに気づかない、そしていつのまにかもう手遅れだとかるなる、早期にその芽をつんでいれば病気でも直ったとかもっと延命できたとかなっている
でも人間は病気になってはじめてその病気に異常に関心を持つ
原発など核のことなど普通はめんどうだから調べもしないのである
それでも一旦こんな事故になると科学のことはわからないにしろ関心をもつのである
つまり病気と同じく生死にかかわるからである
残念ながらその時関心をもってもすでに時遅しとなっていたのである
それは人間社会には常にそういうことが起きているのだ

ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
 それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。  

こういうことはローマ時代からあった、「パンとサーカス」なのである、パンとか金であり馬鹿な大衆にはパンを与えればいい、サーカスはマスコミとかのテレビで芸能人の馬鹿騒ぎを見せていればいい、あいつらは原発のことなど何もわからない
あいつらが欲しいの金だから金をばらまけばいい、テレビとかの害悪は何か政治的問題でも重大なことがあっても真剣に検討されないのである、それは大衆が国民が無関心だからである、いくら大衆が馬鹿でもこのように故郷にも住めなくなったら関心をもつからである、でもその時はすでに時遅しとなっていたのである
それは歴史では常にあったことである

結局自分の身に危害が及ばない人間は無関心なのである、体でも病気にならない限り無関心である、それはいいことなのだが人間は誰しも病気になるから病気に本当は無関心でいられない、認知症などについて無関心だった
でも家族の一人が認知症になったとき無関心ではいられない、関心をもちなんとか対処しようとする、それは強いられてそうなったのである
結局いくらグローバルな情報社会になっても何かあってもあらゆることに興味を関心をもてない
ただ本当に重大な原発のようなものにはもっと関心をもつべきだった
それをマスコミでも地元の新聞でもしていない、報道は関心をまずもたせることなのである
ニュースでもそうである、重大なニュースでも報道されないことがあるからだ
それでインタ−ネットでyoutubeなどで個々人が報道されることはいいことである
非正規の派遣労働者の苦境を語る人には共感したりしたからである
そういうことはマスコミではとりあげてもそうした苦しんでいる本人に語らせないからである

posted by 老鶯 at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年05月12日

近辺の夏の短歌(原町区馬場村の墓)


近辺の夏の短歌(原町区馬場村の墓)


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(鹿島区)

ふるさとの小径にあわれすみれかな

ふるさとの小径のあわれ我が行きて夏の夕ぐれ細き月いず

故郷の道隈なくも我か行くもなお知らぬ道夏の夕ぐれ

雲雀鳴く夕べに波のひびきけり夏の日輝き山脈に没りぬ

 (馬場区)

釣り人や藤の花垂れ奥の沼

夏の花まばゆく映えて石神村の広くもあるかな

水張る田山影写し奥の家藤の花房長く垂れにき

二本の木の下にあわれ文久の墓夏の日ここに夫婦(めおと)眠りぬ

夫婦なれここに生き死ぬあわれかな二本の木のここに離れじ

ここに生く形見と墓や忘るるな我尋ねて夏の日暮れぬ

(飯館村)

飯館に住む人あわれ何頼る花は咲くとも糧のありなむ



石神は広い、小学校が二つもあるし広い、

明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、石神村・牛越村・大谷村・大木戸村・大原村・押釜村・信田沢村・高倉村・長野村・北長野村・馬場村・深野村・北新田村の計13か村が合併して行方郡石神村が発足

こうなったから広くなったのである、でも昔の村を郷土史だと見なければならない

今日は石神村の昔の馬場村に行った、山側であり荒れた土地が多かった
やはり放射線汚染されている度合いが強いからだとなる
この辺では山側は荒地が多くなっている、そこで生業がないとき荒れたものとなる
自然があっても生業がないとそこは荒れた感じになる
人間の手の入った所は必ずそうなるのである

飯館村で出会った六〇代の女性がいる、すると山菜を私は食べているよという
それも糧である、花が咲いても糧がなければ生きていけない
そこが田舎キの問題だとなる、美しい自然があっても糧がなければ生きていけないのである、飯館村だって米でもとれればそれが糧となっていたし山菜でもそうである
それが放射性物質で汚染されて食べれなくなったからそうなったのである

奥の方に溜池があった、そこは自然の沼のように見えた、釣りしている人が五六人いた
そこではブラックバスは放されていない、鮒を釣っていた
私は釣りする人には興味がある、なぜなら釣りする人は自然の中に溶け込むからである
だからパ‐クゴルフとかパチンコとかで時間を潰すよりはいい

馬場村の丘の高台に日本の木があった、それもかなり古い木である
その下に墓が五つくらいあった、そこに信士信女とあり夫婦の墓がある
ここは文久となると幕末だが農民の墓があった、ただ農民が墓をもてたのは幕末頃であるその頃豊かになった人が墓を作ったのである、その頃墓を作るだけでも手間だから金がかかったから作れなかった
そして墓で注意すべきなのが一家の墓はないのである
個人墓か夫婦墓なのである、一家の墓は明治以降国の政策でおしつけられたものだったのである、だから実際は不自然なものなのである
新しいものであり日本の古い伝統から生まれたものではないのである

夫婦墓は明治になってからもありそれは江戸時代の継続としてかえってあった
家族の結びつきもあるが夫婦の結びつきが強いからそうなったともなる
そこに古い二本の木があったということがいかにも夫婦(めおと)の木と見た
こうして自然と一体化してあるとき何か昔を偲ぶことができる
その土地に何かを残して伝えているとなる、伝説とかの類もそうして生まれた

ここで大事なのは人間はそうしてその土地に墓があるときその継続として次代の生があるつまり苦労してその土地を拓き暮らした人がいてその次の世代もまたそこに生きる
そういう自覚が必要になる、墓でも残ればそれを自覚する
墓はだから次代に受け継がれるなにかだともなる
農家の場合は土地と一体化しているから土地に記憶が刻まれているとなる
それで津浪や原発事故などでその土地自体が荒廃して住めなくなったことは次代に受け継がれるものがなくなったことなのである
津波の恐怖は村自体根こそぎなくなったから伝えるものもそこになくなる
それで津波は語り継がれなかったとか言う人もいる

農家でも跡を継がれないということはその土地に生きた人たちのことを忘れるということである、それで大原でも知っている農家の人の家が空家になっている
その人は死んでしまい墓に眠っている
息子はいても跡を継がない、すると何か伝えたいものがあっても伝えられないのである
いづれにしろ墓を見る時江戸時代は貴重なものとして見る、明治以降はなぜか貴重なものとして見ないのである、歴史だと古ければ古いほど価値があるとなるからである
元号でも古ければ価値があるからだ、相馬市の新田になぜ元禄の碑があったのかと思う
そこは新しく田として開拓した所である、それがすでに元禄なのである

いづれにしろまた新しい自転車で毎日のようにサイクリングになった
ほとんどの道を行っているがまだ行っていない道があった
馬場村には初めて行ったのである、それだけ相馬藩内でも広いのである
今度のヤマハの電動自転車は悪路にも強いし楽に走れるからいい
それで行動範囲が広がったのである
退職したトラック運転手の人も自転車で近くを回っている、自転車は健康的いいのであるまず会社を退職したら仕事することはむずかしい
ボランティアでも無料でもむずかしいことは駅でしてわかった
つまり老人は退職したら何もするなとういことなのである
これもおかしいと思うけどそうなのである
だからパークゴルフとかパチンコとか釣りとか遊んでいるほかない、そうならボランティアのようにめんどうなことはないのである
そもそもそのように社会がしているのである
ただ消費者になれ生産者にはなるなともなっているからだ


昨日はそれほど暑くなかったから良かった、でも暑くなると熱中症が怖い
ただ今の時期は一番いい時期だからでかける、後は梅雨になりまた七月から八月は暑くて出かけられない、自転車はもろに光を受けるから夏が本番になると出かけれなくなるから今の内出かけた方がいいとなる


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2019年05月13日

田舎でもネパール人など外国人が増え一方で老人や病人が増える日本


田舎でもネパール人など外国人が増え一方で老人や病人が増える日本


その女性は福装の裁縫会社で働いていた、そこでは前らか中国人は働いていた
最近見かけたのは黒い顔の女性だった
インド人かと見たし前にスリランカ人がきたからスリランカとも見た
その女性はネパール人だったろう、なぜなら一人のネパール人と会ったからだ
そこで地元でも海外旅行が日本がではじまったときからヨ−ロッパに行っていた人が聞いた、やはりあの人は外人になれていたのである
そういう人が田舎でもいたことは意外だった、それだけもう田舎でも多様な人がいたのである、ただ自分の場合は引きこもりのようになっていて知らなかったとなる

今年の4月から法律が改正されてさらに外国人が入りやすくなった
ベトナム人とネパール人が本当に多いくなった、これはいたるところにいる
田舎でも普通に見かけるようになった
ネパールは一度トレッキングで行った、どうしてあんな高い所で生活できるのか?
ボールペンもなくくれと言われる、ボールペンがないとしたら学校で学ぶこともできない筆記用具とかノートもないともなるからだ

第一あのような高い所での生活の問題は運ぶのが容易ではない、山を上らないければならないからだ、それだけで容易ではない、そして裸足で歩いている人がいたのには驚いた
というよりは靴が買えないないからだともなる
インドでもリキシャの人が裸足だった、暑いのにそうなのである
何か原始的なところがまだある世界だとなる
山の中で畑で何かの獲り入れをしている人を見たらそれが万葉時代の女性のようにも見えた、それだけ原始的なものがまだ残っている所だともなる
ネパールの暮らしは理解できなかった、それは文明的な生活と隔絶されているからでも
ベトナムだと理解できる、なぜなら田んぼがあれば稲作であり米を食べているからであるそして平地が多いからである、二毛作であり一つの場所で田植えして稲刈りをしていた
だから米の量としては日本より倍とれるとはなる
ただ日本では品種改良で良質の米をとるし収穫量も一反からでも多くなった

ネパールは本当に生活でもそうだが気候でも地理でもその土地そのものがわからなかったなぜネパールにジャングルがあるのか?そこにサイがいたしワニもいたしトラもいるという、そのジャングルを象で見て歩く
なぜヒマラヤのうよな雪に閉ざされた山があるのに熱帯のジャングルがあるのか?
私は外国旅行に慣れていなから驚きだった
ネパールの紙幣が象とかトラとかサイが描かれているのもそういうジャングルがあるからなのだ、熱帯の大きな鳥もいたのである
ネパールは旅するには魅力ある国である、原始的なものが生活に残りその自然が多様でありヒマラヤが見れるからである
ただ一回しか行ってないのでちょっとだけ垣間見たとういだけである
海外旅行は深く鑑賞はできない、言葉もわからないしただ垣間見たというだけで終わったそして何かもう二度と年で行けなくなったのである
だから何でも海外旅行でも早い時期にすべきだったとなるのだ

いづれにしろこうして外国人が入ってくることは必ずいい面と悪い面をもたらす
外国人が入ってきて不満なのは40くらいの氷河期世代である
賃金の安い外国人と競争を強いられている
外国人は若いから競争に勝てないとしている、日本語ができなくても仕事はできるものがある、そうしてグローバル化するとそうして底辺国とも競争を強いらるのである
そこでスキルもなんにもない者はさらに最底辺に落ちてゆく恐怖を訴えている
そうしたベトナムであれネパールであれ外国人は生き生きとしているという
なぜなら為替の差で親に仕送りできるし労働する意欲が違っているからだ
日本人の氷河期世代とかは自分自身のことだけで金は使われてなくなる
外国人は賃金が安くても日本で働くメリットがあるからだ

ネパール人は白人のような顔の人もいるし黒い人もいるし本当に人種が混在している
だから見分けがつかない、何か不思議なのはアメリカのサンフランシスコとかで見かけた年配の日本人の女性は見分けられた、日本人のような顔していると見たからである
だから日本人の顔はやはり日本人としての型があるともなる
でもネバールとかなると見分けがつかない、多民族国家だから見分けがつかない

ともかく何であれ女性であれ男性であれ若いということは国に関係なく価値がある
つまり若いというだけ価値がある、そのために40くらいの氷河期世代は若くなくなっているから価値が自ずと低下しているから嘆いているのである
若いという価値は世界共通でありどこの国に行っても価値があるということになる
若いということは適応力とかいろいろ優れているからである
それはどこの国とかではなく世界共通なのである

日本の問題は高齢化である、最近なぜかとなりの60代の人が見かけなくなった
体を悪くしたのか?外に出たのを見たことがないのだ
また一軒となりの子さも60代になったのか?
その人も足をひきづって歩いている、スーパーのレジで働いていたがやめている
この前土手の道であった人は64歳で脳梗塞になり一時はしゃべれなくなった
杖をついて歩いている、その同級生も病気になった      
もう一人近くの同級の人も脳梗塞で足を悪くしてひきづり歩いている
でも車で買い物に来ていた

それから危機一髪で脳梗塞から助かった同級の人がいた、一時痩せ細ったが普通に話しできる、でも無理はできないという、他にも病気の人が多い、高齢化病人社会になっている60過ぎると自分もそうだったが何かしら病気になりやすいのである
ただ70歳でロードに乗っていた人もいたからいろいろである
元気な人は元気なのだが病気の人が目立つとなる
福島県は脳卒中が多い県であり全国で7番目になる、心筋梗塞は一位なのである
そして南相馬市はさらに脳卒中が多い市なのである

こういう社会では外国人は若いから歓迎されるということはある
つまり外国人は日本人の若い人よりもやる気がある、それは賃金が安くても為替の差で仕送りもする、そういうモチベーションがあり違っているからだ
日本はこうして衰退国家になってゆくのだろうか?
なぜなら戦後焼け野原になってもその時団塊の世代が生まれた
なぜそんなときに食べ物もないのに多くの子供が育つことができたのか?

それが不思議なのである、今の経済力でも10倍くらいの差があった
家にあったのは飯台一つだったからである、それはどこでも同じである
そんなときになぜあんなに子供がいたのかという不思議である
貧しくても子供は増えるし育つともなるのか?
その時は逆に今より社会に活気があったとなる、つまり子供が多くまた若い人が多かったからである、つまり日本はその時若い国家だったからだとなる
若い人が子供が多いということはそれだけで国に活気をもたらしていたのである
貧乏でもそうなのである、そういう国ではエネルギーが満ちているともなる

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ネパールの紙幣

現実にサイとかトラとか象がいる国なのである

posted by 老鶯 at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年05月14日

丸森町から蔵王と海が見える絶景ポイント (初夏の藤の花と丸森町の俳句と短歌)


丸森町から蔵王と海が見える絶景ポイント

(初夏の藤の花と丸森町の俳句と短歌)

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羽山神社
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松川浦が見える

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ソーラーパネルのヘンスで中に入れずいい写真がとれなかった

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鹿狼山(がろう)が見えて亘理の方へ海岸線が伸びている

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この石は大きいから存在感がある

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藤の花が街中の通りに垂れ咲いている

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田んぼに富士の花を写す



正面に蔵王を仰ぎつつじかな

新緑につつじの赤し森深し
      
鳥鳴くやつつじの赤く奥の森

初夏や展望拓く海と山 

海岸線はるかつづけり夏の海

遠大に展(ひろ)がりにけり夏景色

遠望す名も知れぬ山夏霞

夏空に蔵王の高く不動かな

夏山に向かいて我がひた走る

門ありて塀の長くも藤の花


分け入りぬ木の根残りて碑の古りぬ羽山神社や夏の森かな

つづらおり坂を上りて越え来る蔵王を望み夏の海見ゆ

森つつみ奥にそ家のありにしを我がたずねて夏の日暮れぬ

(蔵王)

夏の海広く蔵王の高きかな新緑の森につつじ赤しも

新緑に蔵王の高く松も古りつつじの赤く森の深しも 

初夏に開けし眺望大なりき雄想得べしなお生きむかな

新緑に蔵王の高く雪残り海も望みて神々しかも

国境越えてそ望む大いなる夏の山かななほまた行か

樅の木の重々しくも太しかな奥に山雀の鳴く声ひびく

(藤の花と丸森町)

阿武隈川蛇行し流る夏の日や蔵王の映えて緑豊けし

おばいしの苔むしあわれ夕日さし橋のたもとや藤の花たる

草深く碑も古りにしや丸森に藤の花たれ夕暮れにけり

藤の花シャガの花咲く金山城草の繁りて奥に隠さる

丸森に藤の花房さわにたれ森のつつみて木立古りしも

金山城たずねて相馬へ帰るかな藤の花たれ夕ぐれにけり

夕ぐれに植田に映る藤の花坂越えて我は相馬に帰る

丸森に糧のあれかし植田にそ夏の夕日や山影写しぬ


相馬市から城跡の裏の森を行きさらに丸森へ向かった
あそこの道つつぱおりであり坂がつづく

そこは土取り運ぶトラックが何台も来るので危険!

狭いつづら折りの道を何台もトラックが通るので危険だった
ここは注意すべきである
その坂を上りきったら丸森町の絶景ポイントに出た
蔵王が見えて海岸線が見える本当に雄大な夏景色である
ただそこはソーラーパネルがしきつめられている
それで景観が壊されている、ただ何も土地を利用できない
今は木材でも利用できないから森の木を切ってソーラーパネルにした
でもあれは台風などがきて大雨に成ったら崩れるかもしれない。

この辺では高い山がない、でも蔵王は相馬からでも見える
宮城県側からも見える、つまり福島県と山形県と宮城県から見える
三つの県にまたがり見える

 陸奥みちのくをふたわけざまに聳そびえたまふ蔵王ざわうの山の雲の中に立つ

斎藤茂吉の歌であるが確かに宮城県と山形県を分ける福島県まではそうはならない
ただこの辺では一番高く大きな山だから蔵王が焦点になることは確かである

あそこが絶景ポイントである、あそこは行きにくい場所でもあるしわからない
何かそうした絶景ポイントがある、でもわかりにくいのだ
富士山だって絶景ポイントがあるがそこがわからないのである
蔵王はこの辺では一番映える山である
ただそれを見る場所、絶景ポイントを知るべきだとなる
それを今回発見したのである

丸森は森の町である、初夏で新緑が映えつつじが赤く燃え染めて美しい
蔵王が見えたり阿武隈川が流れ景観がいいのである
市町村があるとしてそれぞれ景観が違っているのである
その景観によって市町村が作られている
だからソーラーパネルとかになるとその景観が破壊されるから問題なのである
かといって江戸時代なら丸森の森の木材資源のために相馬藩と伊達藩と米沢藩が争ったのは有名である
でも今は木材も利用しないとなると収入がないからソーラーパネルになる
ただ森があっていいとしてもそれだけでは生活がなりたたないことが問題なのである

丸森は阿武隈急行があるしとても槻木で乗り換えがありめんどうになる
それで秘境駅があるとかなる、ただ丸森は景観として一番いいかもしれない
飯館村は森につつまれているとしても蔵王のような山や阿武隈川などないからである
ただそれぞれにその土地の姿は違っているのである

金山城は石垣が当時のままに残っている、それが見物である
ただ相当に小さな城でありそこにどんな暮らしがあったのかもわかりにくい
一時は相馬藩でも支配していた城だったのである
歴史的にはそういうこともあり丸森とはつながりがある    

今回は坂をかなり上ったから100キロ行けるヤマハの新しい電動自転車の電池が帰りにきれた
そうなると重くなると思ったが以外とギアを軽くすると走れたので助かった
普通だと重くなって走るのが容易でないことを経験しているからである
だからヤマハの・・は優れものである
それで行動範囲が広がりまた遠くに旅に行けると思った
やはり軽く走るので疲れないことがいいのである
だから意外とまだこの自転車なら遠くにも行けると思った
やはり技術力の影響は大きい、技術力で体力がなくなったことを補えると思った
帰ったのは8時半頃だった、ただ昼間に出かけたのだからこのくらいはかかる
朝にでかけていればもっと遠くに行けた、福島市の方まで行けたのである
まだこの自転車で泊まる旅はしていない
荷物をつけることができないのでそこは一番困った点である
充電器も荷物となるからである

もう自転車では遠くに行けないと思ったがこれなら行ける、バイクではないが楽に行けるからである
坂でも上って疲れないで行ける、そうなるとこれなちら遠くに行けると思った
ただこれも経験してみないとどうなるかわからない
十年以上長い泊まりの旅はしていないからである
70歳でもロードにのってきつい坂を上っていた人がいた、そういう時代でもある
だから自分もまだ行けるのかなとこの自転車に乗って思ったのである


あとがき

写真が絶景のわりにはいいものがとれなかった
ソーラーパネルでいい場所に入れなかった

藤の花は写真でうまくとるのがむずかしかった
記録として出した
写真は記録としてたどるためにもあるからだ

あの絶景はあそに行ってみないとわからない

丸森からも行ける、青葉温泉の方に行くと行ける




2019年05月15日

丸森町のメガソーラーで考えたこと (グローバル経済で日本の国土も破壊されてゆく)


丸森町のメガソーラーで考えたこと

(グローバル経済で日本の国土も破壊されてゆく)  


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台風とメガソーラーの危険性

メガソーラーは、無人島のような、人が近所にいない場所にしか設置は許されるべきではないと考える。何かあった際、被災時(特に水害)に重大な危険性があるためだ。

太陽光発電そのものを否定しているわけではないが、人の住環境の近傍に、設置されて良いとは思えない。災害時でなくとも、設備故障・経年劣化・鳥獣被害により、近隣住民を危険に晒す可能性が否定できないからだ。

また山奥などでは、火事の火元となる危険性もある。
山も推奨できるものではない。

海の近くとなれば、塩害により設備が損傷する危険性が高まる。
同様に、推奨できるものではない。
風水害でパネルが海に大量にばら撒かれた場合の汚染リスクもある


丸森のメガソーラーパネルには驚いた、あれだけの量があると災害があったりしたら被害も大きくなる、ソーラーパネルも自然破壊であり公害を生むものだった
原発も津波は地震で大被害になった、科学技術でもこうした自然の影響をまねがれることができないことを知った

ではなぜソーラーパネルがこんなに普及したのか?
農業でも跡継ぎがないとかするとそこが荒地化する、その土地をもっていても何の用もなくなる、税金をとられるだけだとなる、するとその土地を活かす方法はソーラーパネルだとなる
土地さえ提供すればいいから楽である、家を貸すより楽である
そしてそうした金にならない土地が山でも森でも増えすぎたのである

山林でも丸森だったら江戸時代に米沢藩と相馬藩と伊達藩で木材資源で争いがあったように木材が利用されていたからそうなった
実際に相馬から伊達藩の宮城県の丸森まで森がつづいていた、森は相馬藩からも連続してつづいていたのである
戦国時代が入会権から村同士の争いとなったのが原因だったという学者もいる
入会権をめぐって大名が加担してその争いにまきこまれたからだとうい
それだけ木材資源は今の石油のように大事なものだったのである
それがグローバル化経済で石油が燃料となり炭を作る木材も使用されない、後は外材となったとき森は無用の長物となってしまった
それでも日本はまだ森が残っていた、森林が70パーセントもある国だとなる
外国では森林が鉄とか牧畜とかで消失してはげ山になった
ギリシャの山でも羊飼いがいた、外国ではいたる所に羊飼いがいる
それはヨ−ロッパでも同じだし中国でもそうである
それでヨ−ロッパの広大な森林は消失したとなる

とにかく文明と自然破壊、環境破壊は必然的に結びついている
それは人間の宿命のようなものである、人間の業なのである
自然破壊しなければ生きていけないのが人間なのである
焼畑農業でも森林を焼いて灰で肥料にしたとかでも森林の破壊だったからである
だからそういう環境の破壊は人間は現代まで継続してきたのである
原発事故でもそうだった、大規模な環境破壊自然破壊が起こり故郷にすめなくなった
森はもう除染もできない、セシウムは30年とかで半減するとかになるとそれだけの時間を待つほかないのである
プルトニウムは2万年消えないとするともう待つこともできない、人類は滅びるともなる

不思議なのはソーラーパネルが農業と関係ないと見ていたが問題が共通していた
畑だと常に雑草の駆除が強いられる、毎日のように日本では草むしりが仕事だからであるソーラーパネルでも雑草が繁るので草刈りが仕事になる
それから鳥獣の被害もでてくる、鳥の糞とか巣を作られて被害があったとか
また電線なのか何か盗まれたとかの被害もある
畑でも誰も見ていないから作物が盗まれるのが農業である
それからネズミだモグラだキジだとか鳥だとかに常に作物が食われる被害がある
だからそうした自然の影響からまねがれないのがソーラーパネルでもあった
特に台風とかで斜面が崩れてソーラーパネルが落ちるのは怖いと見た
あの丸森のメガソーラーパネルは何かそうなったら麓の人が住んでいる所まで被害が及ぶ

ソーラーパネルは景観を破壊することでも影響が大きい
せっかく絶景ポイントとなっていてもあんなふうになると台無しだともなる
あそこが森だったら蔵王が見えてさらに荘厳な景色となっていたからである
ただあの斜面は日当たりがいいから選ばれたのだろう、もともとゴルフ場だったとなると森林はなかったのか?
すでにゴルフ場の時に森林は破壊されていたのか?
あそこだったら見晴らしがいいからゴルフ場としては最適地となっていたとなる?

そして丸森町にも事情がある、木材資源があっても利用できない、森があれだけあっても木材が利用できない、それで高齢化率がここでも高くなり苦慮しているのはどこでも同じである、農業の後継ぎがないと会社経営にして他からも若い人を呼び込もうとしている
それは日本全国でそうなっている
そういう状況であのメガソーラーができたのである

いづれにしろ飯館村は原発事故で無惨なものとなったし丸森でもメガソーラーで景観が破壊された、それもグロ−バル経済とも関係していたのである
そもそも石油とか木材でも輸入だからである
そして人まで安い賃金で外国から入れて働かせる、でも日本で人手不足かとなるそうではない、氷河期世代の30代後半から40代頃まで膨大に人手がある
でも若い人がいいからは外国人労働者を入れる、するとその人たちの時給でもあがらないし不用にされて捨てられると訴えているのも深刻なのである

なぜ若い外国人を優遇して日本人の氷河期世代は国から捨てられるのかという訴えも最もだと思う
それもグロ−バル経済の結果としてあったのだ
世界的になれば企業でも国のことよりコストが最大の問題になる
いかにコストをおさえるかとなり世界での労働市場に目を向ける、そこで最貧国のネパールとかなら低賃金でも若い人が働くとなるからだ
そして肝心の日本人はいらない、30後半から40ともなるとおっさんでありいらないとなる、これも理不尽でありおかしいのだがそれもグロ−バル経済が作り出した矛盾なのである


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2019年05月16日

宮沢賢治の中尊寺の詩より (大盗とはグロ−バル経済で起きていることだった)


宮沢賢治の中尊寺の詩より

(大盗とはグロ−バル経済で起きていることだった)   


 中尊寺
            宮沢賢治

七重(じゅう)の舎利の小塔(こたう)に
蓋(がい)なすや緑(りょく)の燐光

大盗は銀のかたびら
おろがむとまづ膝だてば
赭(しゃ)のまなこたゞつぶらにて
もろの肱映(は)えかゞやけり

手触(たふ)れ得ね舎利の宝塔
大盗は礼(らい)して没(き)ゆる


この詩は、簡単に言うと、金色堂に盗みに入った大泥棒も
金色堂の放つ燐光と、その迫力に盗むことが出来ず、
一礼をして、その場を立ち去っていくと言った意味です。

 この大泥棒は、源頼朝を指していると言われていますが、
他にも幾つかの説があるようです。

これも不思議な詩である、詩とかは隠喩がありいろいろに解釈できる
一つの解釈ではない、人によって時代によって解釈が違ってくる
そういう詩がいい詩だともなるしそもそも芸術は鑑賞する方が問われるのである
鑑賞する側も芸術家でありそうした才能も要求されるのである
まず宮沢賢治の詩そのものもか難解であり理解しにくい所がある
法華経に通じないとわからないとかなると余計に難解なのである
こうした難解なものでも後世に残っている
やはり後世になって認められることがある

この詩を私が今に生きて感じたのは解釈したのは何か場違いのような気もするが
この大盗(だいとう)という言葉である
これが何を意味しているのか?
大泥棒の意味なのである、ここでは源頼朝とか鎌倉幕府側のことを言っている
この金色堂の荘厳は盗まれず破壊されず残った
実際は堂塔伽藍は火を放たれて焼失したのである、その跡は忘れていた
そして芭蕉が来た時もその金色堂が残っていたことで「五月雨のふりのこしてや金色堂」の句が作られた、宮沢賢治の詩と通じるものがある
何かその美が尊いものとして残されたとなる 

1453年にコンスタンティノープルがオスマン軍率いるイスラム勢力によって占領されたのです。普通に考えれば、異教の建造物は破壊の対象となるでしょう。しかし、征服したメフメト2世はアヤ・ソフィアの美しさに感銘を受け、聖堂を完全に破壊するのではなく、わずかな改修にとどめてモスクへ転用したのです。

その美の威容に破壊できなかったことでは金色堂とにているかもしれない。
人間は醜いものだと破壊衝動が起きる、だから今の東京とか大都会には美になるのものがないから原子爆弾でも落としてもいいとかなるかもしれない
京都には文化財があったからアメリカ軍が空襲しなかったというのもそのためである
歴史という時、宗教でもそこに荘厳な美が残されて偲んでいることが多い
それはキリスト教圏内で多い、それがルネサンスの芸術に集約されたともなる
仏教でもそこに美があり後世のものが偲んでいるのである
現代文明にはなぜか全体的に美の感覚が消失している
ビルだってビジネスとしての機能性しかないのである、それが世界的なグローバル経済の結果だったのである  

これだけの富が生まれても美が生まれない、その象徴がアメリカ主導のグロ−バル経済からは美が生まれていない、世界の富がアメリカに集まりその数パーセントに金が流れ込んでも何か美は生まれていないし作り出されていなのである
だから美は必ずしも金があるからといって作り出されない、ルネサンスは確かに
メディチ家の繁栄はフィレンツェ・ルネサンス文化の発展につながったということは言える、そこに富豪がいて芸術家のパトロンになり繁栄したとはなる
ではなぜアメリカの一部の投資家などに莫大な富が集積されているのに何か美が創造されていないのはなぜかとなる

確かに金がないと経済的に余裕がないと芸術は生まれないことは言える
個人的にも宮沢賢治のように裕福な家庭だからあれだけの才能を発揮できた
あのころは農民は貧乏でどうにもならない時代だったけど賢治の家は裕福だったからいろいろなことを試すことができたとなる
ただ賢治は天才だったからできたということがある
でも家が裕福で余裕があることが隠された才能を伸ばすことがある
不思議なのは現代は経済的に余裕ある人が多い、第一なぜ働かない人が人口の三分の一もいるのか?

またニートとか全く働かない人がこれだけ多いのか?
貧乏だったらどんなに苦しくても働かなければ生きていけないからである
戦前はみんなそうだった、するとそうして働かない人は貴族なのかとも見てしまうのである、そこから非正規で苦しんでいる人が生活保護自由時間をもてばしたいことができるとしている、それはおそらく現代的にはベーシックインカムでありそこでしたいことするとなる

ここで言いたいのはグロ−バル経済とは何なのか?これを知らなければ現代を知り得ようがないのである、それはこれまで書いてきたように一万くらいの田舎でもグロ−バル経済の中に組み込まれていて逃れることができないからである
そしてグロ−バル経済とは「大盗」が跋扈して世界から富を集めているのである
それがグローバルな多国籍企業だともなる、国自体も実は歴史的に見て大盗である
ジンギスカンのモンゴル帝国も大盗であり中国国内でも時の権力者に対して反乱を起こして盗賊が皇帝にもなっていたからである
つまり「大盗」になれば英雄なのである
それは現代でも同じである、小盗は厳しく常に罰せられるが大盗は国を盗むのだから罰せられないのである、むしろ国をのっとるとなると英雄になるのである
それは歴史でも戦国時代があり熾烈な権力闘争に勝てば国の富を得るとなる
カルト教団でも国をのっとる、権力を得たいとなり選挙で勝つことを最大の目標としている、そこでその首領が実は大盗賊の親分だともなっているのである

つまり大盗とはグローバル経済になれば国自体であり多国籍企業になる、そもそも世界からグロ−バル経済で数パーセントの人に富が流れていること自体がその人たちこそ世界の富を収奪している大盗なのである
ただそれらの人たちは罰せられることがないのである、むしろ崇められているから陰謀論が生まれる
どういうふうにしてその富がごくわずかの人に集まるのかとなるからだ
でそうはいっても日本自体だってグローバル経済で高度成長が一時は大盗だったともなる
グロ−バリゼーションとはそういうものだともなる

グロ−バル経済というときそれだけの富がごくわずかの人たちに集められているのになぜでは歴史的に富が集中するとそこに美が創造された、でも創造されていない、その莫大な金は何に使われているのかとなる、金の使い道が変わったということもある
その世界から集めた金はどこに投資されているのか?それは科学技術の分野だともなる、ITとかもそうである
その金の使い方は歴史的にはエジプトならピラミッドとかギリシャなら神殿とかその後キリスト教なら大聖堂とかなりルネサンスになる、そこには宗教が関係していたのである、ピラミッドが謎にしても王の墓ではなく当時の宗教的建造物だという見解が出ているからである、そこに民衆の宗教的熱意があって作られたともしているからである

現実にいくら権力者がいても民衆の意向が働く、ローマでは大衆が望むのは「パンとサーカス」でありあの巨大なコロッセウムもサーカスに猛獣と人間の戦いの見世物として作られたというのも矛盾なのである
でもそれは民衆が望んだからだとなる、今でも大衆を望むものがありそれでテレビというマスメデアが大きな力をもったのである
それは大衆が作り出したものであり権力者だけでは作りえないからである
常に視聴率が最大の問題でありそれで会社の宣伝媒体となっているのが現代社会であるからだ

いづれにしろ資本主義であれグロ−バル経済というのが何なのか?
これが理解できなくては今の世界は理解できない、ところがそれが理解しにくいのである
おそらく大盗というときそれが本当に大盗でありかつての富をもつものとは違い美とか文化を創り出さないためなのかとも思う
多国籍企業だと後進国の人たちの安い労働で成り立つ、それは別に日本でもそうして外国の安い労働力に依存していた
逆に今度は外国人労働者が世界から入ってきて非正規の氷河期世代の30後半から40代の人が低賃金に抑えられている
それもグロ−バル経済の結果なのである、そしてもう俺たちは捨てられるという恐怖を語っているのである
それがグロ−バル経済なのである、労働自体が世界的競争にさらされるからそうなる

グロ−バル経済の問題はいろいろある、そもそもグロ−バル経済が何か知ること自体容易ではない
だから常に陰謀論になって終わる、ただ確かなことは歴史的に富が集まれば文化が芸術が美が生まれた
それがグロ−バル経済にはない、かえってグロ−バル経済は国々の地域の文化を破壊しているのである
日本語すらグロ−バル化すれば必要ない、みんな共通の言葉がいいとなり英語を共通語にすればいいとなる
それで非正規の人たちが英語を覚えて外国人労働者をマネジメントする立場になれと訴えている
そしてもう日本人のアイディンティティは保てない、日本語が通じない外国人労働者に日本人は入っていけない、排除されるというのもそうである

それからグロ−バル経済にはかつてのようなキリスト教でありイスラム教であれモラルがないのである
ただモノであれヒトであれ自由に流通する世界である、モラルがないからそこにあるのは金だけが唯一の価値となる
そこで悪魔的に世界の富が世界の数パーセントの人たちに集まる、でもそこには何ら文化的なもの美的なものも創造しないのである
美とモラルとも関係しているからである、だからエジプトでも宗教がありキリスト教でもイスラム教でも仏教でも背後にモラルがあって文明が作られていたのである、それがグロ−バル経済にはないことが最大の問題なのである
そこで世界は精神的に荒廃して退廃してゆく、だからその限界がきて資本主義のグロ−バル経済は崩壊する
では次の時代はどういう時代になるのか?それは何か大きなショック的なものが起きて変わるのか?
世界的恐慌が起きるのか、世界的戦争が再び起きるのか?津波のような大災害が起きるのか?
原発事故のような破局的災害が起きるのか?
何かわからないにしてもそういうことは起きる、そういう変わり目に来ているのである


2019年05月17日

荘厳な森の詩(丸森町の森からイメージされたもの)


荘厳な森の詩(丸森町の森からイメージされたもの)


荘厳な森の詩

樅の木が忠実なる友とか同士のように
厳かに立ち並び歳月を森に重ねる
まるでゴシック建築の神寂びた石の柱のように
森の奥処に山雀がリズミカルに鳴く
それは森全体にひびき木霊する
つつじが赤く新緑の中に歓び映える
新たな命の再びここに芽生えぬ
藤の花がさわに長々と垂れ咲く
首飾りのように神は木にかける
その美は文明の華美なる濫費にあらじ
清楚にしてつつましきもの
重厚なる厳(いか)つしの森は鎮まり
錚錚と風は鳴りここに樹々は連なる
ここに我らの精神は形成されぬ
力強く樹々は信をもて結ばれる
原始組成の自然(じねん)の紐帯
人はそに付け加えるもののなかるべし
我々は文明の中で真の精神の拠り所を失う
その心はただ物質文明に消耗されぬ
真の自然の声を聞かず形姿を見ない
我々は深遠なる森に還り深く木のごとく根を張り
そのよって立つべきものを心から感得すべし

み吉野の象山(きさやま)の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだもさわく鳥の声かも

山部宿禰赤人

丸森は名前のごとく森の国である、樅の木の原生林とかもある、確かに樅の木が多い
それだけ原始の森があった所である、その森は相馬市からつづいていた
ただ樅の木となると丸森とかに多い、松の木も混じっている
そこで聞いた鳥の声がまさにこの万葉の歌だと感じた
樅の木が暗い森からひびきそこに荘厳な樅の木が立っていたからである
そこは森が深い、前にそこに迷い込んで出れなくなった恐怖を書いた
それだけ森が深いとなる、ただ杉の林だとあまり荘厳さを感じない
それが樅の木だと感じる
それはドイツの黒い森に通じるものがあるからだ
しかしドイツに行っても黒い森はほとんど消失している
でもヨ−ロッパはドイツでも樅の木の森におおわれていた
そのゲルマンの深い森からあの荘厳な石のゴシック建築が生まれたのである

万葉集の歌が何なのか感じにくいものがある
それは万葉集には原始的な人間が実際に生活していてできたものだから現代人の感覚ではわかりにくくなる、その自然だって今とはまるで違っていた
神道が日本の原自然から生まれたことでもわかる
ヨ−ロッパでもそうだが中東辺りですらレバノン杉の森があった
それが船の材料とかで切って残っているのは数十本とかになってしまった無惨がある
自然がどれだけは消失したか、破壊されて来たか、それはドイツに行ってみても森が見えない、でもあの平原は黒々として原生の森だったのである

日本では森が70パーセントとか残されたのは牧畜などをしなかったからか山が急峻でできないということもあった、日本語の野(の)は斜面の意味だからである
そこが外国の感覚と地形と違っているからである
それだけ日本は山国でありヤマトなのである

いづれにしろ木暗い、奥深い森にひびく鳥の声はこの歌と同じだった
ここだも騒ぐというとき鳥の声がここに鳴き合い共鳴したということである
それは奥深い原始の森があってこそなのである
そこには樅の木とか松とか杉だけではないものがある森だから感じたともなる
ブナの木の森でも感じるものがあったがブナの木はこの辺ではなくなっている
小山田の奥の森にブナ坂とあったから前はブナがあった
それはどこでも杉の木だけではない、杉の木は木材として作られた林であり本来の森ではないのである
森という時縄文時代が森を住処として生活していた、日本全体が森でおおわれていて縄文人は森で生活していたのである
それで縄文人は前期では満遍なく森に割拠していた、縄文人が争わなっかったというとき農業ではなく森を生活の基盤としていたからである
稲作になると土地をもつものがそれだけ財を貯えるから土地争いとかが起きてくるからだ

いづれにしろ文明人はもう自然と共鳴しない、自然というときそれはただ木材としてしか見ないからである、その収入となるもの金となるものしか価値を見ていないからである
だから容易に森も破壊されてゆく、ただこれは世界的にそうである
グロ−バル経済になればますます森は資源となり金となるものとして伐採されて熱帯林すらなくなっている
その時人間の精神も文化も消失するのである、消失しているのである
鎮守の杜(もり)が日本にあるのはやはりそれだけ日本は森の国だったのである
日本語に森ということばがない、それはもる(盛る)であり盛り上がるとかになりもりではない、ではなぜこれほど森におおわれていたのに森という森林という言葉が日本語にないのか?
それはあまりにも森に覆われていてそれは当たり前であり意識しなかったともなる
一本一本の木は意識しても森全体を意識できなかった、意識できないほど森に日本は覆われていたとなる

いづれにしろ飯館から丸森は森がつづいている、丸森はまだ回らない知らない所がある
飯館でも広いから行っていない場所がある、それだけ森が広いからそうなる
必ず自転車で行くと道に迷ってしまうからである
そして森に迷い込んで森から出れなくなった恐怖を経験したのである   

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この地図をみれどわかる、縄文時代は東北地方が人口が増えて関東から長野県地方が東北より増えている
でも西は増えていない、同じままなのである、だから東北地方はそうして人口が一時増えたがそのまま増えない
西は縄文時代は全く増えていない、つまり人口面から見れば東北関東地方が縄文時代は中心地域だったのである
そしひてそこは蝦夷の地域であり出雲に通じていて日本の原型を作っていた
実はここかヤマトの起源であり西から弥生時代に日本が作られたというのは違っているのである
それは征服したものがそういうふうに歴史を記したからそうなっているだけなのである

とにかく最近でも日本は森が多いと思った、山を見ていても森か見えないけど山と森は一体なのである
山全体が森になっているのが日本の自然だったのである、そして今でも70パーセントが日本の国では森なのである
こういう国は大陸と比べると珍しい、ネパールが山だけの国になるが日本は森の国なのである

小さな畑から考えるグロ−バル経済の矛盾 (世界市場を支配するはサタンなのか?祭りがもっていた意味)


小さな畑から考えるグロ−バル経済の矛盾

(世界市場を支配するはサタンなのか?祭りがもっていた意味)


今日は暑かった、畑も乾いている、それでペットボトルで水を運んでいる
今は一人だから自転車で運んでいる
でもそこで一体なにがとれているのかもわからない、茄子を植えたというが花すらまともに咲いていない、そこで何がとれているのかもわからない
実際にもらったのはキュウリ二三本である
第一ほとんど何もとれない、肥料やら種やら道具やらそこにかけた金の十分の一もとれていない、そんなこと普通だったらつづかない
前の畑をしていた人は腎臓病で死んだ、透析をしていた
隣の畑は車に乗せられて這って80過ぎた老人が手入れしていたが今は来ていない
それで草ぼうぼうとなっている
この小さな畑でも一緒にしていた人が糖尿病で病院に二か月も入っている
手術するのに仙台まで行ったからだ
その女性でもその畑の草むしりでも苦労している
しかし収穫がないのだから普通だったやめているのだ

なぜこの小さな畑は別になくてもいいものである
でももしこれが戦前とか江戸時代とかならどうなるのか?
もし日照りになり作物がとれないとしたらどうなるのか?

今は別にここでとれなくても
野菜はいくらでも入ってくるよ、外国からだって入ってくるよ
飢饉のように餓死することなどないよ
それより今は金さえあればいいんだよ

こんな感覚であり日照りで野菜がとれないとしても全国世界規模になれば食料になるものが入ってくるとなる、それがグロ−バル経済であり広域社会に住んでいる者の感覚なのである
もし戦前と江戸時代ならその土地で食料がとれなかったら飢饉となり餓死する、そういうことがかつてあったからだ
だからその小さな畑でも野菜がとれなかったらそこに住んでいる人も困るからなんとか雨がふって野菜が育ってほしいと願うはずである
ところが現代ではそんなことがない、金があればいつでもどこからでも買えるという感覚になっている、そこで大事なのはこの土地でとれる食料ではないのである
その土地に依存して生活しているわけではないからそういう感覚になる

そこで何が起きてくるのか?
土地の人はその土地に無関心になる、その土地のことを真剣に考えない
日照りで困ったと言っても別にここでとれなくても全国からでも世界から食料が入ってくる、それより金があることなんだよとなる
そういう思考になっているのが広域化グロ−バル経済なのである
でも別にそのように広域化グロ−バル化経済だからこそ昔のように飢饉がなくていいじゃないかというのもある
それが悪いことなのか?という意見もある 

その時その土地で働く人の価値とか働く意義も低くされる

つまり地元で食料生産にたづさわてっも地元の人がその人を重視するわけでもないのである、そして地元の米はまずいとなりここでは放射能汚染とかで飼料米になっている

そうなるとそんな米をとっても価値がない→その米を作る人間も価値がない

そうしてその土地土地と人間のつながりも希薄化して原発事故で起きたように簡単にばらばらとなり先祖代々からの土地からも離れて住むようになりゴーストタウンになったのである
問題はその土地に暮らしていてその土地のことを真剣に考えないようになる
そうするとどうなるのか?

そこでその土地で長年つづいてきた祭りなどが失われる
そもそも神社はいろいろあってもその土地にあって豊作をもたらすとために祈る場所だったとかなるからだ、江戸時代だったら雨乞いをして神社で祈るとなるからだ
それより今なら金であり神に祈る必要はないとなるからだ
だからもともと地域にあったものが意味がなくなっている
神社で神に祈ってもどうにもならない、それより金があればいくらでも食料は買える
そういうことがグロ−バル経済では当たり前になっているし疑問もない

そういうことで地域に無関心になっているから原発も金になるからと地元の人が熱心に誘致したのである、そして今度は地域でも故郷でも住めなくなった
でもまた地域に執着しないからばらばらに簡単に分散したのである
そもそもこのように地域のことを真剣に考えて暮らしていないからである
別にここで食料がとれなくもいくらでもは食料が入ってくるではないか?
ここでとれないなら他から金で買えばいい、それができないなら金があるから他に移り住むだけだとなりばらばらになり町からも村からも人がいなくなり廃墟と化したのである

でもそもそも祭りとは何なのか?それはいろいろあるにしても神に祈って恵みを実りを与えてもらうということである、それは自然と人間の間に祭りが生まれたのである
豊作になれば自然であれ神に感謝するという祭りが生じたのである
その祭りもグロ−バル化経済では消失する
なぜならグロ−バル経済という時世界のことであり金さえあれば世界のどこからでも食料が入るのだから神とか自然に祈るとか必要はないとなるからだ
そこにそうした自然とか神というのものが省かれる
そして祭りも消失する、つまりグロ−バル経済では神となっているのは世界市場を操作する者なのである、それが何者か?それがわからないから陰謀論になる

だからグロ−バル経済というのは一見世界で食料でもある所からない所に供給するのだからいいじゃないかとなる
それで飢饉もなくなり世界の人たちにとっていいものである
つまりグロ−バル経済化ではそうした経済原理だけが働きその土地土地に伝えられた祭りは失われる、それは国でも日本だって伝えられてきた祭りがあり天皇がそれを継続している司祭だとなっている
宗教とはいろいろあっても神が存在して神と人とが折り合うためのものであった
そこに至高のもの、神を認めてそれに折り合うために祭りが生まれた
キリスト教が生まれたユダヤ人の聖書でも常に動物が犠牲として神にささげられていたりして神とおりあっていた
なぜなら至高のものなる神が実在している、その神との折り合いがつかないと災いが起きるからである、ノアの洪水も神が起こしたとしている、それは人間の心がみな悪くなったからだとしているからである
そこでなんらか神と折り合うものが必要となり家畜がささげられたり人間までもささでられたりしていたのである

グロ−バル経済ではそうした狭い地域ではない、世界規模になると地域地域の経済とはまるで違っている、そうなると地域の神とかの折り合いは必要なくなる
神社などもその土地土地に結びついた神であり祭りがあったからだ
グロ−バリゼーションとは一体何なのか?
それが現代の最大の課題である、それが人間にどういうふうに影響するのか?
何か人間がもともと継続していた地域地域の祭りでも消失したことは人間にどう影響するのか?
そういうことをもっと知るべきではないか?
すべてが経済とかコストとかそれだけ社会を計っていいのかということである
そこに何か非常に危険なものがあり神の怒りをかうものがあってそれで世界規模の破綻が起きてくる、
グロ−バル経済は世界市場が神の見えざる手によって導かれるというが実は悪魔にサタンによって導かれていたのである
世界の富が数パーセントの人に集まっていることがそのことを如実に示しているからだ
だからこそ絶えず陰謀論が言われるのである

グロ−バリゼーションによって何か本当は人間にとって大事なものを見失った
それは文化的なものでありそれは経済の原則と反するものがある
祭りとかは文化的なものであり人間が何千年とかつづいた歴史の中で継続されたものであり
そこに人間が継続しなければならないものがあった
それは経済のコストとからだけでは計られないものがありそれを見失ったとき人類そのものが危機にさらされる
そういうことで原発事故だって起きる、人類滅亡の危機になる
科学至上主義というのもそうである、科学者が神となることなのである
そこにはすでに神を畏敬する畏れもなくなることなのだ
遺伝子組み換えとか現実にすでに実行されている
そういうことから人類に大きな災いが生まれ原発事故のように取り返しのつかない壊滅的なことが起きてくる

つまり人間が長く継続したものにはなにかしら意味があって継続されてきた
しかしそれすらもう問われることもない、そうして祭りであれ伝えられてきたものが無視されるとき大きな壊滅的な災いが起きる
津浪でもそうである、何か言い伝えが失われた結果として無防備に海岸沿いに家が密集したからである
それで一匹の魚を軽んじた結果、それが大津波となったという伝承もそうだったのである
グロ−バリゼーションとは本当は悪魔的なものでありサタンが支配した結果なのかともなる、世界の富が数パーセントの人たちに集まるというときそれ自体が悪魔的だからであるそして普通の人は投資したとしてももうけられない、一割しかもうからない
もうかるのはと株を操作する世界のエスタブリッシュメントであるとしている
株に投資させられる一般人はカモだとしている、自分もそういう経験をしたからである
つまり経済がギャンブルのようになっている、そして地域地域から国単位でも祭りとかが失われてただコストしか考えられない世界になっている
つまりグロ−バリゼーションとは世界が悪魔がサタンが支配するシステムだともなる
第一世界の株のことなど経済でもわかる人はいない、それは何かしらのきっかけで恐慌とかなり破綻する宿命にあるのだ
悪魔のシステムだから当然そうなってもおかしくないのである  

グロ−バリゼーションをすべては否定はできない、でも今のグロ−バリゼーションは限度を越えている
あくまでも内需主体のドメステック経済が主であるべきなのだ
それはまた地域地域でもそうである、あまりにも広域化するとその地域の価値とか人間の価値まで失われるのである
だから現代は輸送にたずさわる人が多いのである、田舎で会う人がトラック運転手が本当に多いのである
それは広域的にグロ−バルに運ぶ社会だからそうなっているのである
経済とかコストが全面に出てきて何か本来あるべき文化的価値とか人間の本来の価値が無視されてしまったのである 








2019年05月18日

田舎と都会の暮らしの相違 (いい面と悪い面がなんでもある)


田舎と都会の暮らしの相違

(いい面と悪い面がなんでもある)


田舎と都会を比べる時いろいろある、田舎でも10万の都市というけど
それが田舎なのか?
10万の都市といっても合併した都市は全然違っている
例えば南相馬市は鹿島と原町と小高が合併してできたから6万以上になっている
原発事故で小高が避難区域になったから一割くらいは人口が減った

ただ10万の都市とかで百万都市とかに住んでいる人は誤解する
合併しているから土地が広いのである
原町はすでに5万とかあったこの辺では都会なのである
だから前から小高とか鹿島は一万くらいの町だから差が大きかったのである

私が今でも一番感じているのは食事がめんどうであり外食したいのだがそれが鹿島とか小高くらいになると極端に少なくなる、弁当屋すらなくなった
原町だととにかく食事するには便利なのである
さまざまなものが提供されている、レストランとか食堂とか弁当屋でも比べると10倍以上の差がある
そしてキクチスーパーが鹿島にもあるが原町に比べると何倍もの差がある
それで鹿島にはキクチスーパーで売れないものと古くなったものとかが置かれているというのも本当なのだろう
品物の種類でもなんでも違うからである
ただ最近シシドスーパーができたので競争が生まれたからそれだけでも良くなったとはなる

だから南相馬市というとみんな市で同じでも住む場所によって全然違っているのである
いわき市などでも30万あるとすると大きな都市と思うがその範囲が広いから住む場所によって相当な差がある、仙台とかのように密集して人が住む都会ではないのである
合併してからそういう都市が増えたからここに誤解が生まれる
だから田舎の都市は原町のような都市部に住む者と周辺部はかなりちがったものとなる
周辺部は買い物でも車がないとできないとなっている

田舎と都会の差はいろいろある、教育でも仕事でもあらゆる面にある
それはいい面と悪い面がありいちがいに語れないしそれを語っているものがインタ−ネットだったらいくらでも今はあるから実情がわかる
田舎の不利な点も相当にあるしいい面もある
だから田舎に向いている人間と向いていない人間があるともなる
また生まれた家によっても左右される
田舎は何か資産がないと生きずらいのである
つまり親がある程度裕福で資産がないと生きずらい
田舎では若い人でも収入が年収でも200万とか低くても親の援助があり家ももっているし車でも家に普通二台はもっている、一人一台もっているのも普通なのである
ただ生れた家で資産がないと何か目立って田舎の底辺になる
そういう人を知っているがたいがい市営住宅に住んでいる
家賃は4000円の人もいたしそれでも三つも部屋があった
それくらでいないと田舎では現金を稼ぐのむずかしいから住めないとなるからだ

ただ田舎と都会の一番の違いはなにか?

多様な選択があるのが都会である
田舎は教育でも仕事でもなんでも選択できない
たいがいコースでも決められている、それは東京のように多様な仕事がそもそもないからである、そうなると多様な職業の人と接することもできない、非常に限られた人としか接することができないから視野が狭くなる
学校でも私立がないから選択できないしあらゆるものでそもそも選択することができないそもそも選択するものがないからである
それで知的には遅れるとか何か才能を活かした職業に従事できないとかある

ただ田舎と都会の底辺を比べると田舎はそれほど苦しいとも見えない、そういうことを語っている人がいる、都会の底辺はyoutubeのLove & Freedom(底辺労働者)のように苦しいのである、追い詰められている
それは親の資産を受け継がないからそうなる
家でも狭いアパートであり東京辺りだと何するにも金になるが底辺だと金がないから何もできないとかなる、だから東京辺りだと底辺は金持ちの奴隷なのかというふうに見える
いろいろサービスが多様にあったとしてもそのサービスをさせられ方とする方に分かれているからだ
それで安く奴隷を使うには金持ちは外国人がいいともなる、つまり都会ではグロ−バリゼーションでも極端なものとして働く、東京辺りだと金持ちも多いが底辺も多いのである
その底辺も田舎の底辺とはかなり違っている
田舎の底辺は家の資産を受け継ぐとか親の援助があり家もあるし車ももっているしと東京辺りの底辺とは違っている
だから底辺を比べれば東京とかは極端化してみじめなのである

ただ田舎だと親からの資産と援助がないと苦しくなる、つまり田舎だと農家でも代々で住んで財を築いてきた家がある、その上に次代のものがある
たいがい家はもっているからである、土地ももっているからそこに資金をかける必要がないのである
そして田舎で住みやすい人はそうして代々住んでいて資産があり社会的地位がある家である、医者とか公務員とか土建業でも社会的地位があり資産があるとなる
農家でも篤農家はそうである、ただ零細な農家はもうやっていけない、果樹と花の栽培とか商品作物になるものを作らないとやっていけない

都会と田舎の相違はいろいろある、そこにいい面と悪い面がある、それを語ったらきりがないとなる
例えば芸術とかになると都会がなんでもあるからいいように見えてもとても自然の中での感受性を磨くことは不可能である
なぜなら毎日見ているのが高層ビルだらけだったり人ばかり見ていることになるからだ
一方で丸森の絶景ポイントから見た蔵王とか海岸線の景色には感動した
それも今までこの年になるまで知らなかったのである
何か田舎に住んでも田舎のことを知らないことがかなりあるのだ
車がないということも影響していたがあんないい場所があるとは知らなかったのである
そういう場所に日常的に行けるとなれば田舎は都会とは比べようがないほどいいとなる
それは価値観の相違があっても高層ビルと人ごみの中にいてそれが幸福なのかとなるからだ

東京辺りだったら散歩する場所もない、サイクリングするにも車の洪水と人ごみを通るから田舎のようにはいかないのである
トラック運転手で足を悪くした人がサインクリングしている、結構遠くに行っている
それが楽しそうなのである、別に安い自転車でもできる
東京では底辺労働者が休みにすることがないというだ田舎だったら自然は親しむことがいくらでもある、別に遠くに行く必要もないのである
だから丸森にあんな景観がいい場所があったとういのもそうである
そういう絶景ポイントはそこに住んでないとわからないことがあるのだ
それもそこで何度も見れるということが違っている

田舎とか都会で情報とか教育格差があるとして情報格差はインタ−ネットで解消したともいえる
まず田舎では本を手に入れることが容易ではなかった、専門的な本はそもそも売っていないからだ
仙台ですら本の量が少ない、それを知ったのはインタ−ネットの通販でこんなに本があったのかという驚きだった
本が手に入らなければそもそも知識を得ること自体不可能だったからその差は大きかった
それが解消したとき何か田舎でも研究者になれるのかとも思った
例えば学者の論文まで読めたことが大きい、それも無料である、自分の古代関係の万葉集の真野の草原について相当に深くわかってきたからだ
これはそもそも学者の論文も読めない本も読めないとなればわかりようがないからだ
こういう点で都会と田舎の格差は解消したことは大きいとはなる


posted by 老鶯 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題