2019年05月01日

天皇を受け継ぐことの重み (高齢化で代替わりが遅くなるが経験しないとわからない)


天皇を受け継ぐことの重み

(高齢化で代替わりが遅くなるが経験しないとわからない)

何か最近政治家でも高齢化している、マレーシアの前に首相をした人でマハテールもまた首相になったが92歳なのに驚く、トランプ大統領でも70歳であり今度民主党から立候補した大統領候補も80近いとかサンダースでも74だとか政治家がこんな年齢で勤まるのかという疑問である
ただ高齢化社会は世界的なものでありこうなっても不思議ではない
これも今までの固定観念がありそう思うだけだとなる
百歳人生だったら70頃から本格的にその本領を発揮するということがある
やはりそれだけ経験とか知識を積んでいれば若い人よりは有利だとなるからだ
ただ政治という時何かハードに感じるからこんな年でやれるのとなる
学者とか芸術家とかは別に家にこもってでもやれるが政治はそうはいかないから体力がなかったらできないとみるのである

天皇を受け継ぐにしても皇太子だって60近くになっている、それは昔だったら老人なのである、こうして高齢化社会になると遺産とかでも受け継ぐのが親が死ぬのが遅いから60くらいになるのが普通になる
それも社会を停滞させるということがある、なぜなら人間はどんなに優秀な人でも実際にやってみないとわからない、経験しないと理解できないからだ
それがもう60くらいになって天皇でも跡を継ぐというとき天皇になることがどういうことかすぐには理解できないのである
いくらそういう皇族の中で育っても実際に天皇になることがどういうことなのか実感できない、それは天皇になったとき徐々に実感してゆくのである
天皇になることはこういうことだったのかと実感してゆく

それは家の跡を継ぐことでも同じである、家の跡を継ぐことはこういうことなのかと実際に継いでみてわかる、でも60近くになって家の跡を継いでも遅いとなる
家を継いで新しいことを始めるのにも60とかなると苦しいとなる
実際に跡を継ぐ人も老人になっているからだ
ましてや天皇を継ぐということはその重みは計り知れないとなる

こんなことを言うのは自分自身がそうだったからである
家を継ぐとういことが自分にはわからなかった、でも親が介護になり家族がみんな死んだとき否応なく家を継ぐことになったのである、私は家に付随したようなものだったが今は後を継いで家の主となっている、それも一人だかそうなっている、それで家を維持することが今度は重いものとして自分にのしかかったともなる
何か家が残っていることで後を継ぐということを意識する
でも家が残っていないとそういう意識もあまりもてないかもしれない
それだけ家のもっている重みがあったともなる
家の中に死んでも先祖が生きているということを実感するからだ

おそらく新天皇でもそういうことを徐々に実感する、皇太子と天皇では全く違ったものでありその重みも全く違ったものになる、でもそれを意識するのはすぐにはできないからだ時間が何でもかかるからである、天皇になることはこういうものだったのかと意識してゆく、つまりその人がどうであれそういう立場になり権力を持つとかならないと実感できないのである
王様になるにしてもその地位に実際についてみないと皇太子ではわからないのである
それはここの家でもそうだし会社とか団体と政党とか何でもそうである
社長になってみないと社長がどういうものかすぐにはわからないのである
それで若い人でも重責にある地位につけば能力を発揮することがある
それは経験してみないとわからないからである
人間の能力が発揮できるのは必ずしも能力があるかないかもあるがそういう立場に実際になってみて力を発揮することがある
でもそういう立場を与えられなかったら何も発揮できないのである

それで今度は天皇は夫婦で留学経験があるから外交面で力を発揮するかもしれないとか言われる、天皇となると世界的にも影響があるそこでやはり英語でも自由にしゃべれれば会話がはずむとかなり外交力を発揮するとなる
いづれにしろ天皇を受け継ぐということは国家を受け継ぐとかにもなりその重荷は計り知れないものとなる
それで平成天皇は戦没慰霊者を全国を回ってしてきた、それは日本国家の天皇家の負の遺産でありそれも大きいからそうなったのである
個々の家にも必ずカルマがあり負の遺産がある、プラスの遺産もあるが負の遺産もある
そういうものを担うのが後を継ぐことだと意識するようになる

江戸時代のようなあまり変化しない時代だと後を継ぐということは特別能力がなくてもできた、徳川幕府の将軍が別に能力があるから継がれたのではない、長子相続が継続されたのは平和な時代がつづいていたから継続されたのである
グロ−バル化とか激動の時代になったら跡を継ぐとしても守れないとういことがある
戦国時代では能力のない跡継ぎは駆逐されるからだ
いづれにしろ天皇のようにな国家の跡を継ぐようなものになるとその重責をひしひしと感じる時がこれから生じてくる
でも実際に経験して次代の天皇として成長するともなるがもう天皇制は限界でありそれは大統領制にして国家の重責を担わせる時代へ移行するようになることも考えられる
ただここで国家とは何かとかが問題になる、それもまた二千年の歴史を知らないと答えは出せないのである

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 家を継ぐ我なりしかも牡丹の五六輪庭に重く咲き継ぐ

 天皇となればまさに牡丹である、栄光を受け継ぐとなる、ただ家でもいろいろある、家も何も残さない人だっている 
 子供が親にひどいめにあって死んだが墓参りもしない人もいる、家もいろいろでありカルマがあるからだ
 ただ家は具体的形になっているから受け継ぐというときわかりやすいのである 
 どういう訳か狭い庭に牡丹だけが毎年咲いている、五六輪は咲くのである
 新しく倉庫のような所を壊して作った庭には花が咲きにくいのである
 だからなぜ牡丹だけがこうして咲いているのか不思議だとなる
 私の家は古い家ではない、でも跡継ぐということはこういうことがあるなと思った
 ただたいして金持ちでないにしろ家とそれなりの財産とかがないと跡を継ぐにしても淋しいとはなる
 受け継ぐというとき具体的な目に見えるものだけでもない精神的なものを受け継ぐことがある
 それも遺産なのである、日本精神を受け継ぐとかなればそうである
 そういうものが天皇に凝集しているということが日本の特殊性にはなる


あとがき

七宝焼の皿は売り物である、10万している

 これは令和にふさわしいかもしれない、日の出工芸社となっている
 令和にからんで売れるものがあるし宣伝している
  








posted by 老鶯 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年05月02日

youtubeで40才くらいの底辺労働者の切実な訴え (底辺労働者ーLove & Freedom ) "


youtubeで40才くらいの底辺労働者の切実な訴え

(底辺労働者ーLove & Freedom )

このyoutubeは何か今までにないものであり直接に訴えるものがあった
例えば外国人労働者問題で是非を盛んに言うがそれは政府関係者とか学者とか会社経営者とか上に立つ人が意見を言っている
でも底辺労働者の生の声をテレビでも出演させて話を聞かないのである
それが今までのメデアでありマスコミだった
この人は底辺労働者だからこそそれを訴えるから今までのものとは違っていた
そういうことはインタ−ネットであったがyoutubeになると何か感情的なものが伝わってくるから切実なものが感じ取ったのである

外国人労働者というときこの人が言っているのは30から40とかその上でも賃金が上がらなくなる、来年の4月から法律が変わり外国人が大量に入りやすくなり底辺労働者として受け入れる、その人たちにとって賃金が安いとしても為替の差でかまわないという
そして仕送りするのである
また若い人だから会社でも企業でも受け入れやすい、若い人は使い安いからだ
コンビニでも言葉ができないにしても飲み込みが早いから適応できるという
肉体労働の現場でも筋肉が違っている、ギャングなどしていたとかそういうツワモノが入ってくるから40とか以上のおっさんは建設現場では使いたくないとしている
そのことで会社で若い外国人労働者が一杯入ってきて若返ったと喜んでいる人がいたのもそういうことなのだろう
つまり若いということはそれだけ価値があるということである

その人はもうコンビニとかは外国人労働者で固められていて日本人は入っていけないという、その人たちだけの仲間でやっているから日本人は入れないという
それだけすでに外国人がコンビニでも入ってきて独占しているともなる
また雇う方でも外国人の方がいいとなっている
それはグロ−バル化の結果でもある、為替の差でどうしても日本はまだ高いから安い賃金でもかまわない、そして若いから使い安いとなっているからである
それで政府でも外国人を研修させて金を使うとか積極的になる
そうして取り残されてゆくのが日本人の40を中心にした氷河期世代だという
その世代が一番苦しいとしている,その世代は不運な世代だったとなる
ただその数が多いからやがて60過ぎたりすると生活保護になるからそれが社会の負担となる、それは自己責任だけではすまされない
社会全体の負担になるからである、ただ会社のいいようにされてきた
でもそれが社会全体で見たとき良かったのか?それが問われている

40になると結婚でもなんでもどうにもならないとかも言っているが同時にまだなんとかなるとも言っている、ただ人間は30くらいまで人生の方向が決まってしまう
一旦そうしたレールから若い内でもはずれるとはずれたまま人生の最終章まではずれたままになってしまうのだ
それは自分自身がそうだった、若い時就職もしないで結婚もしないで底辺労働者だった
そしたらこの年まで社会からはずれたアウトサイダーとして生きていたとなる
そうできたのは自分の場合はそういう家庭環境がありできたのである
今の人は別にアウトサイダーでもない、フリターがいいとかされたが実はそういう労働を上からおしつけられていたとなる、非正規だと首をきりやすいから会社にとっては便利だったのである
現代が会社社会だという時、会社の意向の方が優先されるから会社に就職もしない人は社会からはずれたものとなる

この社会からはずれるということは実際は怖いことだったのである
それができたのは団塊の世代だったら極一部である、全体からしたら10万人に1人とか百万人とか一人とかの極少数でありそんな人がいたのかとなる
それが今の40くらいになるとフリターとか非正規が膨大に増えたのである
その人たちは働かないわけではないが正規のレールからはずれたようになってしまったのである
そして行く着く先が孤独死だとかなり俺たちは捨てられるとしている
その人は友達もいないし身寄りもないとかでそうなっている
それは自分自身が経験したことである、介護とかなり病気になっても誰も頼るものがないそれよりその弱さにつけんこんで脅迫して金だけを得ようとする
相手も金に追い詰められているからそうなったのである
その過酷さがどういうものか思いしることになる
それも自分の場合はカルマだったということは言えるしそのカルマとは自己責任のことだったのである

その人はただ働かされるだけで希望もなにもないと言っている
それで希望は株とかFXでありそれで金になるのが希望だとしている
後は絶望しかないと言っている、でも何かしたかったのか?
その人はただ金が入ればいいだけだったのか?
私の場合はいろいろすることがあった、旅でもそれは学習であり芸術方面でも追及して来たし学問でも追及してきた
それもその人に言わせれば金がないのだから何もできないとしている
何も積み重ねるものスキルも身につかない仕事で絶望している
だからなんとかスキルを身につけろと今になり後悔しているが遅いともしている
つまり人間は30くらいで方向が決まってしまう
人生百年でも若い時で人生の行く方向は基本的に決まってしまうことが怖いのである
そして青春はたちまちすきで40くらいになるともうとりもどせない
方向は遂に孤独死とか決まってしまうのである

いづれにしろ

俺はなんのために生きているんだ

その問いは40くらいでかなり重いものとなる、実はそれは20代でそう真剣に問うべきものだったからだ、若き時に神を知れとういのがそうである
時間はたちまちすぎる、光陰矢の如しである
ただ人生百年時代はその成果は70からでも普通にありうる時代である
だからその成果を出すことに急ぐ必要はなくなった
何か自分でも成果を出しているのは60からだったなと見るからである
そういうことでも時代が変わっている、政治家でも70と80近いとか92で首相になっているとかそういう時代なのである
それだけ長い時間の中で成果を出す時代になったのである
だから40でもまだまだというのはわかるが限界の年齢でもある
なぜならその人が言うように資格をもっていてもキャリアがないと採用されない、実践で役に立たないとなっているからだ、資格だけではだめなのである
人間は何でも経験がものいうからそうなってしまうのである
40となるとなんらかキャリアがないものは採用されないとなるのだ
底辺労働も経験だかキャリアにならないのである

ただ人生をふりかえれば順調に正規の会社員のレールにのったとしてもそれで万全なことなどない、現実に今45くらいの人がリストラされているからだ
そしてたらその人たちはとをなるのか?その人たちももう正社員として採用されるのは極一部だとなるからだ
つまりこの世に万全に備えることができない、何が未来に起きるかわからないからであるそれでベーシックインカムになりみんなアーティストになれというのも本当に今までありえないことだったのである、そういう時代が来るかもしれないからだ

結局どういうことなのか?

人生は予測できない意外な結果で終わる

これなのである、何でこうなったのだとこの人だけではない、正規のレールを真面目に歩いてきた人たちでもそうなのである、だから底辺労働者だけがそうなっているとは限らないのである
そして今や日本人全体が底辺化している、それはだからこの人だけの問題ではなくなっているのだ、底辺化してどう日本人が生きるのかという課題がつきつけられているからだ
posted by 老鶯 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

中国人の女性二人を駅の見守り役が案内する


中国人の女性二人を駅の見守り役が案内する

中国人の女性が二人来た、その人は鉄道のことが全くわからない
最近来た人なのだろう、中国人は入れ替わり来ているからだ
そこで高校生の見守り役の人が今回は説明した
スマホで中国語を訳す機能がついている
それはポケトークだった、それで説明した
ただなかなかそれでも通じにくい、ポケトークは自分でも買ったが試していない

その機会がないから使えない、語学は実際に外国人と通じることをしゃべられないと上達しないのである
田舎ではそういう機会がない、でも外国人は増えている
この前土手を歩いていたら黒い女性が二人いた
インド人かと思ったがおそらくスリランカ人である
日本に来るのは東南アジア系とスリランカ人が多い、前は男性のスリランカ人がいたからだ

その女性は駅の見守り役がちょうど仕事が終わり原町に行くから車で一緒に行くかといいそれで車に乗って原町に行った
その前に原町行の電車が来たのだがわからずに乗れなかった

今回は高校生の見守り役が駅の業務をしないとしていたが今回はしていた
スマホで翻訳機能あるものまで使っていた
だから態度が変わったのかと思う

自分も教えたがまずあそこにいれば制服でも来ていれば駅員と思い聞くのである
自分は制服も着ていないからこちらから声をかけないと聞かれることはないからである
そこにボランティアでも問題がある
ただ自分は本当に気ままに10分と20分とか気ままにたちよるだけである
それでも何か用があるのも不思議である

いづれにしろ駅でも日本はグローバル化しているから案内が必要である
多少でも英語がしゃべると便利なのである、中国語は発音では全く分からないからだ
それで漢字を書いてやりとりしていたのである
英語と言っても中学英語でもわかれば通じやすいのである
単語を並べただけでも通じる場合があるからだ

とにかく外国人労働者はこれから増えてくる、来年からは法律が改定されて施行されるから余計に増える、田舎でも外国人労働者は前から増えていたのである
この辺は原発とかの関係でそういう所で働く人もいるから増えているとは言える
ただ外国人労働者が増えると40歳の底辺労働者がyoutubeで訴えていたように
賃金があがらなくなり苦しい立場に追い込まれる
仕事も外国人に奪われるとなる、でも外国人でも若い労働者がいいから日本では受け入れるとなる、それも日本人を優先にしないで外国人を優先にするのはおかしいというのは本当である
ただそれがグローバル化なのである、モノでもヒトでも自由に出入りするのがグロ−バル化なのである、そこに矛盾が生まれる
日本のもともとあった森林資源とか日本人そのものが排除されるのはおかしいというのは本当である

2019年05月03日

5月に大倉から飯館村まで出会った人 (それなりに前より帰っている家は眼についた)


5月に大倉から飯館村まで出会った人

(それなりに前より帰っている家は眼についた)

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真野ダムは青い線まで水があった

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5月25日サイクリング大会

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猿がいた、クリック拡大

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相馬農業高校の分校
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震災以後時計は止まったまま
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ここで60代の女性と話した



最初出会ったのが大倉の真野ダムで原町の人でありロードにのっていた
若い人かと思ったら60代と70の人だったのである
60でもそうだが70でロードに乗るのはきついと思った
前から乗っていたにしろ70はきつい、あそこは坂がきついからである
自分はいつでも歩いて上っていたのである
あの年でも坂を上りきることが快感であり電動自転車は使わないという
高齢化でみんな年齢では計れない、体力の差があるし健康の差も大きくなる
病気になった人は弱った、脳梗塞を経験した人は同じ年でも弱ったからである

真野ダムの水位はあんなに低くなると不安になる、なんでも崖のところに水がないと水圧がなくなり崩れという、そういうこともあるのかと思った
大倉にも何軒か帰っているにしろ一軒の店はなくなり自動販売機もなくなったから困ることはある、飲み物を用意していないと困る
サイクリングが5月25日にある、あの辺はサイクリングに向いている

そこから木戸木に行って新しい道を行った、猿が山桜の木に登っていたり渓流にも猿がいた、人間がいなくなると猿とかイノシシは住みやすくなる、警戒しなくなるのだ

までい館が休んだ、あそこには地元で作ったものを置いていないので魅力がない
それもどうしようもない、放射能でとれない、キノコを置いてあっても売れるのか?

次にそのまでい館の前の新しい住宅地におばあちゃんがいたので話した
までい館の前に相馬農業高校の分校があり震災前まで生徒がいたのである
その学校の時計が4時12分で止まっている
それは3月11日に地震があった日の時間でありそれ以来止まったままなのである

「あそこの学校は震災前は生徒がいたんですね」
「あそこはずっと前はみんな集まってにぎやかなときがありましたよ」
「なんか淋しいですね」
「どこからきたの」
「鹿島です、飯館にはしょっちゅう来てました、でもあそこの学校の奥の方に行ったら知らない所だった、いや、本当に飯館は広い、知らない道がありどこに行くのかほからなくなる」

それから放射能のことを話した

「長泥(ながとろ)ではまだ除染しているようですね、私の知っている人の息子も除染の仕事したといいますから」
「だいたい終わったのよ、長泥からは東電の原発の煙突が見えるんですよ」
「ええ、本当ですか?相当遠いはずだけど・・・・」

長泥からとても原発の煙突が見えると思えなかった、長泥という場所に一回くらい行った記憶があるけどそれも相当に遠い場所だったと記憶している

「ところでここに住んでいるのは若い人住んでいますか」
「一軒くらいは住んでいるけど老人が多いよ」
「やっぱり、前の新しく建てた住宅でも老人が多いと言っていましたから」
「放射能でどうにもならないよ、若い人は帰らないよ」
「なんかこの土地は前の農家の土地でその人が土地が売れて金が入り喜んでいました」
「そうですか、私は土地も家もない住宅に住んでいたから」

その女性は確かに飯館に住んでいても家も土地もなかったのである
その前の家は塩の道の通にあり蔵があり古い家だったのである
その家は新しい家を建てたから確かに金が入ったことは言える
一般的に飯館村は補償金は相当にもらった
だから新築の家が多いのである
そしてそれなりに人が帰っている、でも飯館村は広いから草野からはずれた遠くは人は住んでいなのかもしれない、ただ広いからわからないのである

そしてまた帰りに大倉に寄ると東京の練馬から来た人が公園でキャンプのために
テントを張っていた、そして煮炊きもしていた
なんか前にもボランティアで大倉に来ていた、だから知っていたのである
そこはキャンプはしていけなかったが特別許可をもらったらしい
なんでも練馬区から来たと言っていた
環境緑化新聞の記者だとも言った
インタ−ネットで調べたらあった

環境緑化新聞

夫婦ともう一人男性がいた、もう一人の男性は造園関係だと言っていた
東京というとき練馬区ってどこなの?となる
                                           
“都心3区”と呼ばれるのは千代田区、中央区、港区の3つ。
皇居に隣接しているため、昔から商業はもちろん、政治や企業の本社機能などの中心として栄えてきました。

現在も東京駅を中心とした大手町・丸の内などのビジネスエリア、銀座・表参道などの商業エリアとして日本の経済活動の中心となっています。

東京の中でも地価がもっとも高いエリアでもあり、居住者は少なく夜間人口は昼間人口に比べてグッと下がります。

やはり江戸城を中心に見るといいのかもしれない、ただ練馬大根とあると江戸時代だったら農村部だった
今は全然違っている、ただ江戸城からもともと離れた地域だとみるが東京は地理はわからない
わかるのは皇居のある中心部だけである

今回キャンプしている人は遊んでいる人である、前にボランティに来たとしても今は何もすることがない
八戸とか災害地に行っているというが何かする訳ではない室根山に行ったとかも行っていた
車で東北を旅行しているのである、ただキャンピングカーではない、そういう人も今高齢化社会で仕事していな人が多いからいる
めずらしいことではない、ボランティアでも今は何もしない、ただ旅行しているというだけである  

ともかく飯館村ではそれなりに草野辺りから周辺と帰って住んでいる人が前よりかなり多くなっている、ただ老人が多いのだろう
老人は離れられないここに住む他ないと言っていたからである、それは小高でも避難区域ではそうなっているのである
別にそこであった60代の女性でも山菜を食べているという、前もそういう人がいたのである
飯館村では山菜を食べるのが普通だったからである、それができないとなると飯館で暮らすメリットがないのである
ただあれだけの広い地域をどう活かすのか、確かに牛を飼いはじめた人がいたとしても極わずかである
牛を飼うのに良かったのはとにかく土地が広いからである、牧場にできるからである

でも今になるとこれだけ広い地域をどう活かすのだろうとなる、農業は放射能汚染でしにくいからだ
それぞれの地域によって復興は違ってくる、飯館村はとにかく広いのである
その広さをどう活かすのかとなる、小高だったらマルシェのようにな街中心の復興がありえる
飯館村の復興となるとその広さの故にどう活かしていいのかとまどうのである
今回も迷うから遅くなるから早く帰って来た、そこは行ったことがない所だった
道が幾重にも分かれていて入ってゆくと方向がわからなくなった
前にもそうだった、東京から来た人はGPSを備えているというのもわかる
方向がわからなくなる、磁石をつけているがそれでも東と西が何か絶えず変わり方向がわからなくなるのである
次は時間をかけてまた飯館村を探索してみよう

飯館村ではまだ山桜が咲いていた、そのことは今日の一句一首でつづきとして書く

posted by 老鶯 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2019年05月04日

新緑と山桜と枝垂桜 (大倉から飯館へ―人が住んでいて安堵した)


新緑と山桜と枝垂桜(写真12枚)

(大倉から飯館へ―人が住んでいて安堵した)

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藤の花と山吹
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山桜と山吹

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ルリタテハが神秘的だった

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猿がいた

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草野の方へ
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人が住んで菜の花畑にした
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ここはなんだったのか謎

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安政の碑があった
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木戸木の奥の人が住んでいた跡
小屋のようなものがあった、こんな所に人が住んでいたことの不思議

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新緑の常磐高速早しかな

雲流れ光のさして山桜

山桜高みに映えてなお散らじ

八重桜老人出会うサイクル車

猿登る山桜かな山に住む

飯館の家々離れ夕桜

落椿赤さ広がり夕暮れぬ


山吹に藤の花映ゆ清らかに流れひびきて山分け入りぬ
                          
新緑の山を一気に満たすかななお残り咲く山桜映ゆ

山桜と山吹映えて新緑の道のつづきて坂越え行きぬ

山の影そびらに映えて夕暮れや山桜見ゆ山の深きを   

菜の花に古き碑ありて山桜映えてそ山の暮らしありしも

なお知らじ道をし行けば家ありて山桜映ゆ森の深しも

家あるとしるべや森の深きかな夕べ映えにし山桜かな

飯館のともしびあわれ家々に枝垂桜や夕暮るるかも

          (木戸木)
          
木戸木なるその奥にそ棲む人の跡たどりてあわれ散る椿かな 

木戸木なるその奥に住む跡ありや枝垂桜に散る椿かな

幽遠に人住む跡や山の奥枝垂桜に夕暮れあわれ

赤々と椿の散りて木戸木かな誰か棲む跡夕ぐれぬかも

半鐘の一つありにし暮らしあり木戸木の村や春の夕ぐれ

橋一つ共栄橋とここにしも開墾に入る暮らしありしも




飯館村の春

影なす森の道ここにつづき
森深くしるべの如く住む家ありぬ
山桜そちこちに咲き
広らかな土地に幸いや
墓地ありて眠る人 
道の辺の石は黙して古りぬ
すみれの飾らずあまた咲き
夕べともしびあわれ
枝垂桜の色深め
家々は離れ眠りにつきぬ
ここに生きる幸いを知るべし
村は悲しも分かたれぬ
土は活きず森も活かされず
牛の声は消えぬ
この村に原発事故の罪深きを示す
いつの日にこの村の元に戻らむ
ただ時のみそそれをかなえるや
その日は長くも森は残りぬ   



飯館村で今回感じたことはそれなり草野周辺は人が帰って家に住んでいる、住んでいない家があるにしても前よりは様子が変わったと見た、だから一軒一軒に枝垂桜が咲きともしびが見えたとき何か安堵した
飯館村の特徴はとにかく広いのである、道が幾重にも分かれて森の道がつづく、それで方向がわからなくなり迷うのである
飯館村にはどれだけ行っているかわからないのにそうなのである、それだけ広いということである
だから長泥(ながとろ)とかに行ったのは一回でありそれも記憶から消えているのである

その広いことにより家があることがまるで道標(みちしるべ)のようになる、それが飯館村の魅力だとなる
ここは自転車で行くの向いている、私は前は気ままに自転車で阿武隈高地を行っていた
ただここ十年は介護とか病気で行けなかったのである

今回は大倉村で山桜にルリタテハが舞っていたのは神秘的だった、新緑と山桜と山吹と藤の花も咲き始めた
この頃が一番いい季節である、これが梅雨になったり7月になると暑くなると去年は日射病になったから行けなくなる
新しいヤマハの電動自転車は楽だから行ける、前のだと相当に疲れて行けなかったのである
だから70歳でロードに乗っていた人には驚いたのである

ともかく飯館村は森が広いし土地も広いことが魅力でありそういう中にまるで家が道標(みちしるべ)のようにある
それだけ広いからそうなる、モンゴルとかの草原でテントがあったとき道しるべとなっているのとにているのである
ただもしそこに人が住んでいないら空家ならそうはならないのである
人が住んでいるから道標になる、ただ草野周辺は結構人が住んでいた、でも広いからあとは人がどさだけ住んでいるのか?
とにかくやはり人が住まないとあんなに広いのだから荒涼となってしまうのである

帰りは木戸木によったけどそこが一番不思議だった、あんな奥に家があり人が住んでいたことが不思議である
あそこは必ず通っていたけどあんなところに人が住んでいると思わなかった
今あそこに住んでいるのは一軒だけである、車があったからわかった
あそこは戦後入植した村である、共栄橋とかあるし不便な所だからである
それでも十数軒ったのは意外だった、あんなところに暮らしていけたのかとなる

飯館村のように広いと墓地でもそこに眠っている人は気持ちいいだろうなと思ってしまう
自分の家の墓は街内にありごちゃごちゃして墓の中を歩くこともできないのである
都会の墓よりはいいとしても狭すぎるのである
死んだらわからないにしても飯館村のような広い所だと墓地でも死者も悠々と眠れるとなる
東京辺りでは墓まで団地のような所の狭い空間に区切られて閉じ込められているのである
死んでからも窮屈なのである

原発事故では飯館村のような自然に恵まれた村が一番被害が大きかった、それが原発事故の罪深さを示したのである
東京などは別になくなってもいいとも感じる、あんなモンスターのような都会のどこがいいのかとなる
そういう文明が誇れるのかとなる、でも現実そこに密集して人が住んでいる、そこは密集地獄なのである
確かに一方では飯館村に住んで満足していたかというとしていない、だからこそ多額の補償金をもらったとき福島市とかに移り住んだ人が多いのである
歯医者すらないしスーパーだって小規模であったからだ、車がなかったら買い物すらできないし医者にかかれないのである
そういう不便さがあるけど広々とした自然の中につつまれて生きている、ただそういう暮らしにみんな満足していたとは限らない
そして外部から来る人はそうした生活の不便さや貧しさなど感じないからいいと思うのである

いづれにしろ人は前よりかなり帰って住んでいる、でも草野周辺しか見ていない、広いから後は住んでいるのかどうかわからない
でも人が住んで灯がともり枝垂桜が一軒一軒に咲いていて安堵した
その灯がなんともいえぬ人のぬくもりを感じたのである
それはやはり飯館村は広いから一軒一軒の家が離れてあるからそうなる





posted by 老鶯 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2019年05月05日

カルマを積んでいるから必ず苦しみとなって現れる (国でも会社でも団体でもカルマの清算が強いられる)


 カルマを積んでいるから必ず苦しみとなって現れる

 (国でも会社でも団体でもカルマの清算が強いられる)

良いことをすると良いプラスポイントがたまっていって、いつかポイントが自分に還元されます。

しかしプラスポイントと同様に、悪いことを行うと悪いポイントが貯まっていきます。そして悪いマイナスポイントも悪い出来事として自分に還元されてしまうのです。

自分にカルマのポイントが還元されることを「カルマの精算」と呼びます。


カルマの謎はいいことと悪いことがポイントとなることは確かである
ところが人間社会全体を見ればつくづく個々人だけでない、家族であれ会社であれそもそも国自体がカルマを積んでいる
それがある時何かの大きな事件となって苦しみとなって現れる
つまり時代を変えるような大きな歴史的事件が起きる
それが戦争とか自然災害とか巨大な事故とかである
また金融とかなると資本市主義が崩壊するような深刻な状態に陥ってゆく
金融恐慌などが起きてくる

その周期は60年間70年なのである
個々人でもそうであり国とか世界全体のレベルでもそうなのである
日本だと70年前は戦争でありその70年前は明治維新なのである
その変革は日本全体をまきこむ変革の時代であった
それはカルマの清算も意味していたのである

なぜそういうことが起きてくるのか?
知らずにカルマが積まれてどうにもなくなってくるからである
自分自身の体験したことでもそうである
介護から病気から今度は他者から責められるだけだった
塗炭の苦しみを受けたのである
誰も助ける者もいなかったのである
これも自分自身のカルマだった、別に悪いことしないからとか関係なく人はカルマを生きている限り積んでいるのだ

カルマといってもそれは多様なのである、結婚することもカルマであり結婚しないこともカルマであり子供をもつこともカルマだし持たないのもカルマである
仕事するのもカルマだししないのもカルマである
おそらく何もしなくても人間はカルマを積んでいる
その清算がやがて60以降に確実にカルマとなって苦しみとなって現れて清算を強いられる

それは個々人だけではない、国全体とか世界全体とか会社でもあらゆる団体でも起きてくる、宗教団体などでも起きてくる、宗教などでもそこでは本当に善いことを心の清い人たちの集まりでもなんでもないからだ
むしろ宗教を利用してこの世の欲を追求しているのがほとんどだからである
そこでカルマがそういう団体に現れてくる
そこで派閥争いとか権力闘争が内部でも起こり殺し合いさえ普通に起きる
組織化すること自体人間の業なのである、そこでは熾烈な地位争いとか起きてくる
それでオウムでは有名大学出ていないから幹部になれないとサリンを率先してまいた人がいたのである
そういうことはどこの組織団体でも起きてくる、それがカルマ(業)なのである

原発事故を見ればわかる、そこには東電だけではない、国家自体が国家を担う政治家でも官僚でもマスコミでも今の社会の枢要にある人たちが「安全神話」結託して作ったのである、国家自体がカルマを積みそして破局的な事故を起こしたのである
その時津波とか地震とかも何かカルマを清算するために起きたともなる
何かそこには人間の業(カルマ)が蓄積されて遂に爆発したとなる
戦争などでもそうしてカルマが人類全体に積もり何千万という人間が死ぬ
そして人類滅亡のハルマゲドンが起きるというときもそうである
人類とは人間とはそもそも生きること自体カルマを積む存在だったのである
だからいつか人類滅亡のカルマが破局的なものとして現実化する

例えば世界全体で資本主義がここ二百年くらいつづいたとしてもそれも富が数パーセントの人に握られる、そんな社会が持続すると思うだろうか?
なにかしらでそんな悪魔的なことをしていたら破局が訪れ日がくる、それが世界恐慌なのかもしれない、資本主義の崩壊なのである
その枢要な要の銀行もつぶれる、銀行というのは悪魔的な所があったからだ
それが確かにいい方面に機能していたときは良かった
銀行は兵器産業を推進する会社とか環境破壊の会社とかいろいろな悪い会社に投資している、また最近では地銀レベルでも投資信託とかでかえって投資する先がなくなり利子をとる方になっているのだ、だからもう銀行は半分が潰れるという時、そういうカルマを積んできたからまず資本主義は銀行から破綻してつぶれてゆく
資本主義が長くつづいてカルマを積みそのためにもうどうにもならなくなりつぶれる破産するのである

個々人でもそうだけど何か巨大なカルマが積もり積もった時、もうどうにもならなくなり天変地異とか起きたり巨大事故が原発事故が起きたり戦争が起きる
それはカルマの清算なのである、そのために人類の三分の一は死ぬと聖書でも予言しているのはそのためである
カルマの清算は個々人でもそうだが人類全体でもその規模が巨大になるのである
人類が滅亡することだってありうるのである
人類とは人間とは罪を背負ってカルマを背負って生きていたが遂にもうそのカルマを清算することを強いられる、神の許容限度を越えたとなりそれで世界が滅亡するような破局的現象が起きてくる  

そこには人間の念というのも関係している、思想も関係している、悪念が視界をさえぎるほどに人間からあくことなく放出されてくるすると神はそういう悪念に耐えられなくなりそれを一掃するために天変地異とかが地球規模で宇宙規模でも起きてくる
だから大都会は危険である、そこには悪念が欲念が集積した場所だからである
そこには人間の生き地獄が現れやすいのである、何かそこに美的なものがないことでもわかる
美的なものが生まれないことでもわかる、天才でもヨ−ロッパでも地方都市には生まれてもメガポリスなどからは生まれないのである現代は世界的にもメガポリスの時代でありそこに富が集中している、それが危険なのである
そういう場には文化は生まれない、ただ巨大な欲望の経済都市となっているだけなのである、巨大な胃袋になっているだけなのである
とにかくこの辺に起きたことは必ず全体に波及する、ここだけの問題ではない、津波とか地震は天変地異は起きる、また原発事故もどこかで日本だけではない起きる、そうういカルマが必ず蓄積されていて起きる
中国だってとても何兆もの金を人民から奪っている政権が維持できるのか?
これもカルマが積もり積もって革命が起きてそこで文化革命の時のように膨大な犠牲者が生まれる
だから何かが起きないこと自体ただ猶予期間にすぎないのである
最後に死が来るように避けられないのである、だからこそ易姓革命が起きるのである

戦争から70年過ぎて日本でも今がその大きな変革の時なのである、その変化に大きな痛みが生まれる
会社でも銀行でももう安泰なものはない、国家を担う人たちでも安泰はない
国自体が崩壊するような危機に瀕するからだ
つまり資本主義は終わる、その時新しい生みの苦しみが起きる、それは新しいものが生まれ作るための苦しみなのである

「人間は幼いときから悪をおこなう」(創世記8章21節)

ノアの時代、地上に創造した人間たちが堕落していったのを見た神は、すべてを滅ぼすことを決心した

その時すでに悪がカルマが積もり積もっていたのである、そうならざるをえないのが人間だったのである
それは一人の例外もないのである、そして再びノワの洪水並みの天変地異が起きる
人類がそういう時期にきている、グローバル化とは人類の平和を促進することでもない
悪でも世界規模で実現してくることでもある、多国籍企業などでも世界を舞台にして環境破壊するし世界の貧乏な国を搾取しているのである、つまりグロ−バル化とは世界規模で何か大きな破局が起きることでもあるのだ
そもそも第一次第二次世界大戦もそういうグロ−バル化のために起きた、その前はそんなことがない、日本だったら鎖国で300年戦争していないからである、グロ−バル化とは何かいいように見えても世界的破局をもたらすものともなるのだ
貿易戦争がそうである、貿易の面で国と国が助け合うとういう面があっても熾烈な経済戦争になりまた戦争になる
だから現代では何でも世界規模で大きな事件となり破局が人類的にもなり遂に人類滅亡の危機になる
それは別にSFの小説ではない、現実なのである

自分自身にも起きたことは何か自分のカルマでありまた人間がもうモラルもなにもない、金しかない、人とは金でしかない、情もなにもなくなっている、金のためには人を殺してもいいとまで普通にみんなそういう心情になっていることが怖いのである
そういう地獄人間が今やこの世を形成しているのである、そんな社会が平和でありうるのか?
だからこそ自分自身にもそういう人達が弱った時襲いかかってきたしそれはまた自分が積んだカルマの結果だったともなる
カルマとは別に自分が悪いことをしなくてもいろいろなことで積んでいるのである
知らないでも積んでいて苦しみとなって現れたとき自覚するのである
私は何も悪いことをしていないと私の家族が言って死んだ、それは何かみんな私は悪いことはしていないと死ぬとき言う人が多いのである、そのこと自体最後に死ぬとき罪の呵責に悩まされているからそうなったのだと思う

そうして認知症などという訳のわからない病気になるのも人間のカルマの結果だったともみる
認知症になるといくら優秀な人だとしてもあらゆるものが崩壊する、もう人間でくなったのかという恐怖を味わったからである
そういう大きなカルマが最後にくること自体、人間のカルマがいかに大きいものか最後に苦しみとなって現れるかを如実に示しているのだ、もうカルマから逃れようがないのだ、人間は幼い時からカルマを積んでいかるらである
生れたのもなにかしらカルマがあって生まれたとなる、カルマを清算するために生まれたともなる
なぜなら人間が苦しみなく終わることがないからである、どんな裕福でも病気になったり死ぬから同じだとなるからだ
そういうことでは平等だからである、つまりカルマから逃れられないの宿命なのである
科学技術すらカルマと関係ないようでも人間のカルマなのである

技(わざ)は災いに通じているからだ、科学技術が破局的なものをもたらすことは原発事故で証明されたからである、核戦争が人類を滅ぼすこともありうるからだ
最後に人間は業を尽くしてハルマゲドンの最終戦争で滅びる
つまり人間の業(カルマ)はそのくらいのことがない限り消滅することがないのである

大難を得て罪障消滅するー日蓮

これも個々人にあてはまるし人類全体にもあてはまる

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2019年05月06日

上級国民ー飯塚幸三は原子力村の人だった? (上級国民への不満が貧困化する日本で鬱積している)


 上級国民ー飯塚幸三は原子力村の人だった?

 (上級国民への不満が貧困化する日本で鬱積している)

 原子力委員会専門部会の構成員の変更について核融合会議の構成員のうち等々力達を飯塚幸三に変更することについて、資料に基づき説明がなされ了承された。

もし元々通産省にいたなら設置基準が妥当と認めるという事を通産省に対して出すのが元々通産省内部の人間という事ですね。後で入省したとしても行ったり来たりの関係が独立性と無縁の原子力村、原子力マフィアの一味という事です。汚い。 

交通事故で母子が死んだ、その事故を起こしたのが飯塚幸三でありこの人は高級官僚だった、このことで興味をもった

なぜこんなところに原子力村とか出て来たのか?

これも何か因果関係があるのか?
なぜなら原発事故では高級官僚でも科学者でも経営者でも誰も罰せられていないことが疑問だったからである、検察がなぜ罰しないのか?
そのことがこれとも通じていたのである

上級国民は警察は罰しない!

なぜなら警察官僚が東電に天下りしているのが多いからである
官僚という時検察もそうなのである
だからあれだけの被害を出した原発事故でも検察は罰しないのである
普通だったら自殺者を出したりするがそれもなかった
社長でも官僚の関係者でもなんでも罰せられなかったのである

それで警察は上級国民には甘くしているとなって不満が沸き起こった

その原因として非正規とか年収300百万円以下の人が増えていることも関係している
日本人が一千万単位で底辺化しているのである

私が底辺かに興味をもつようになったのは底辺と付き合うようになってからである
その人は毎月のように電気止められたガスとめられた水道とめられたとなきついてくるからである、貧困化はこういうところで最悪なものとして現れる
後は家賃が払えないとかで住む所すら奪われるのが最悪である
その人は老人だけど老人でも貧困化している、年金がそもそも少なすぎるから基本的に生活できないのである
そういう人が老人でもますます増えているのである

それから若い人でも非正規とか年収300百万円以下とかが増えている
特に氷河期世代がそういう人達が多い、それで上級国民への怨嗟が大きなものとなって社会の底辺層が攻撃してくる、それはもしかしたら危険な状態にもなっている

底辺層がyoutubeでその不満を延々と言っている、今だとインタ−ネットで訴えることができるからそういう人がいたのかと気づくし共感する人も増えるからである
マスコミでは取り上げないとか叩かないとか不満も大きくなっているからだ

確かにその経歴をみると下級国民からすれば垂涎の的になる、そこには原子力村があり東電からも金が流れていたのかとみる、それがここではこれだけ被害があったのだから注目したのである

田舎ではそうした特別な上級国民とか金持ちは住みずらい、目立つからそうなる
日本が江戸時代でも平等社会だったのは狭い所に住んでいるからそうした目立つものへの怨嗟が大きくなるからだ
ただ普通は上級国民だとしても東京に住んでいたらわからない
こんな大きな事件を起こしたことで表に出てきたのである
それも原発と関係して因果関係があり悪が露呈したのか?カルマが現れたのかとも見た

つまり原子力村に関与した者への罰だったのか?

こういうことはあるかもしれない、あまりにも検察でも何もしないからである
官僚という時、検察とか警察も官僚なのである、こういう人達は連帯している
公務員でも同じなので知る、特権階級を形成しふすいのである

それで自分自身の家族も公務員だったから得していたのである
それでやっかみをもっていた人がいるかもしれない
田舎では大きな会社がないから公務員が特権階級になる、上級国民になるからである
ただこの人のような国レベルの特権階級とは桁違いである
年金だって減らされて民間並みになり平均化していたからである 
まず田舎だと狭い所に住んでいるからとてもそういう人は住みにくくなり住めないとまでなる、何かとうるさすどぎるからである

とにかく日本が貧困化している、その影響がだんだん深刻化してくる
その不満が上級国民へ向けられる、自分自身が別に上級国民ではない、自由に旅行したとしてもまず満足にホテルさえとまらない自転車旅行だったからである
食事は常に最低のものしか食べていないからだ、それでも自由を満喫はしていたとなる
何か金を自由に使える身分のように見られるがそんなことがなかった
外国旅行したとしてもバックパッカーだったからである
ただ自分の場合自由な時間を与えられていただけだったとなる

いづれにしろ貧困化する日本の問題はますます深刻化して暴動すら起きるかもしれない
それだけ貧困化している、日本はすでに後進国になりつつあるとも言われる
中産階級は消失している、子供でも貧困化して満足に食べられないとかなっている
そういうとき上級国民とかは怨嗟の的となり恨みとなってもゆく
そこに危険なものが生まれてくる、検察とか警察とかの不満も大きくなる
警察とか下層のものには高圧的に接する、人間と見ないとかにもなる
それは日常的な光景である、でも上級国民に忖度するとかなり下層化した下級国民の不満が大きくなるのである
そういうことで自分自身も被害にあっているからである
治安が悪くなり犯罪が増える、それで中国では歴史でも金持ちへの不満が増大して盗賊でも一時皇帝にもなったからである、だから共産党の幹部でも民衆の不満が特権階級に向けられることに戦々恐々しているのである

それにしても底辺層の生活が金銭的にもそうだが精神的にも貧しすぎるのである
確かに金がないから何もできないというのもわかるがFXとかスロットとかで一攫千金を夢みているとかしかないのがわびしいのである
インタ−ネットで無料でも勉強できる時代でもありなにか知的好奇心とかあって他にエネルギーを費やすべきことがある、時間を使うことがあってもいい
別に金がなくてもできるのである、そこに自己責任があるかもしれない
すべて環境とか生い立ちの結果にするのは問題がある
ただ海外旅行している人を羨ましく見ているのは悲しい
なぜなら東南アジアなど前は円高でも貧乏人でもできていたしうらやむことではなかったからである、そううところまでうらやんでいるのは相当に底辺が増えているということである

ただ若い時は私自身が底辺を経験している、流れ作業とかしていて仕事するのが嫌になったからその気持ちがわかる、そのままつづいていたら絶望することもわかる
その点自分は恵まれていたとなる、ただ自分は金をそんなに使えなかった
だから貧乏旅行しかしていない、でも旅行は貧乏でもできる、むしろふりかえれば時間が大事なのである、自転車旅行でも体力がないとできなくなる、つまりその時々にすべきことがありそれを逃すと後でできなくなる、だから人生にとって若い時すべきことをしないとかなると大損失だったとなるのである、それは金だけの問題ではない、体力とか気力とかがなくなってできなくなるからである



posted by 老鶯 at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年05月07日

日本の経済は産業構造を変えな限り回復しない (アベノミックスでも政治では変えられない)


日本の経済は産業構造を変えな限り回復しない

(アベノミックスでも政治では変えられない)

社会が変わる時何が起きるのか? 

人口が増加する 

産業構造(技術革新)が変わる

失業問題が起きる  

社会が大きく変わる時歴史的に何が起きたのか?
縄文時代から弥生時代になったとき何が起きたのか

人口が爆発的に増加した

稲作に寄って養う人口が爆発的に増加した、縄文時代では養う人口が限られていた
狩猟採集ではそもそもその資源は限られている、食料にする動物でも植物でも爆発的に増えないからである

社会が変わる時は産業構造が変わる、狩猟採集から稲作に産業構造が変わる
稲作と鉄の生産はセットになっていた
稲荷(いなり)とは鋳成りのことであり鉄と関係した信仰である
鉄が重要なのは鉄の道具が農耕と一体となり発展させたからである
つまり道具とは技術革新だったのである
技術革新とともに社会が変わる

そういうこと歴史であったことであり継続されていることである
縄文時代が一万年というときその間にさほど変化がない社会だったのである
次に稲作時代が2000年とかつづいた
それが明治維新で工業化の時代になって大変革になった
その時も人口が江戸時代だったら3000万くらいなのに明治から大正になり6000千万になったのである、だから明治の変革は政治的なものばかりではなく産業構造の大変化だったのである
それで6000千万となっても東京は百万くらいだった、その後に十倍になったのである人口が社会構造産業技術革新で増大する

そして社会が変るとき失業問題が起きる、なぜなら産業構造が変わるから失業問題が起きる、それは例えば戦国時代になると侍は戦場で戦い人を殺すことが仕事になる
でも戦争が終わる人殺しを商売とする侍は必要なくなる
それで大量の旗本が無用化したり浪人の大量発生になる
それが社会不安をもたらすのである
旗本の不満は命をかけて戦場で戦ったのに事務方のようなものが出世しているとなり不満だった、それで旗本はもともと力があるものがなったからその力をもてあまして狼藉を働くことを時代劇でみる、戦場では活躍できたが平和になったらできないからである
失業しなくても飼い殺しのような状態になったのである

なぜこうしうて歴史をふりかえり考察するかというと現代でも同じようなことが起きているからだ
なぜ日本は今世界から遅れをとったのか?なぜ貧困化して後進国に成り下がろうとしているのか?
そしてやはり同じように失業問題が生じている、人手不足じゃないかといわれるが大企業で電機産業で富士通であれNECであれパナソニックでも苦しいとなっている
日本が高度成長したのは電機産業に社会構造を変えたからだったからである

戦前はとにかく養蚕が主要産業だった、今でも兜作りの養蚕をした家がどこでも見られるのである、どこもかしこも養蚕なのである、そこで絹織物をアメリカに売っていた
紡績産業が主要産業だったのである、それは明治以降にそうなった
紡績産業が工業化の始まりだったのである
それで私の母親も原町の紡績工場で原紡で十年間働いたのである
そこに原町駅からの引き込み線まであった、それだけ盛んだったのである

その後産業構造は石炭産業が花形のときもあったが石油がでてきて衰退した
常磐炭鉱もなくなりそれハアイアンに仕事を変えたのである
それが一応成功したのである
つまり今何が起きているのか?
そうした産業構造の変革の時代でありそれに適応できないと国自体が衰退してゆく
日本が高度成長の原動力になった電機産業衰退したから日本が貧乏化している
そしてIT産業に日本は乗り遅れて中国がアメリカと競うトップに踊り出たとなる

社会構造が変わると必ず失業問題が起きる、アメリカ国内でもラストベルト(錆びついた地帯)とか生まれたのは自動車産業の衰退で失業者が増えたためである
それは今度は日本で起こっている

電子産業生産金額を重ねてみると、まず目立つのは2000年以後の急速な減少である。2013年の生産金額は11兆円と、ピークの26兆円の半分以下となる。GDPは「ほとんど伸びない」程度なのに、電子産業生産は「10年で半減」だ

このために大企業の電機関係で電子産業で衰退が著しくリストラされるようになった
失業問題が起きてくる、今人手不足となっいてるのは底辺層の仕事であり日本を支えた先進技術関係ではないのである
そういう先進技術関係は衰退しているのである、すると戦国時代のように侍であった身分であったものが失業して浪人化する、浪人は金持ちの商人に雇われて用心棒になったり時代劇ではなる
それと同じことが大企業をリストラされた人たちはブラックな会社に落ちてゆく
それは浪人とにているのである

そして地銀とかは半分になるとか銀行でもすでにIT 化でつぶれるとなり銀行員の失業問題がクローズアップされる、つまり必ず失業問題が社会が変わる時起きてきてそれが社会の不安定要因となる、失業者があふれるときドイツではナチスの戦争になったからである戦争によって失業者を吸収したともなるからだ
日本でも戦争が終わり引揚者が過酷な開墾に従事させられた、兵隊を失業したからである兵隊よりはいいとしても悪い土地を開墾して生活するのは容易ではないから半分はやめたのである

社会が変わるというとき変えるというときそれは政治だけでは変えられないのである
アベノミックスとかの金融政策でも変えられない、それは歴史を見ればわかる
根本的に社会構造産業を変えない限り変わらないのである
日本は明治維新以降その産業構造を変えることに成功してきたのである
でも今度はその産業構造を変えることができなかった
それで窮地に追い込まれている、ではどうしたらいいのか?
それは新しい時代の産業に変えなければ政治でいくらアベノミクスとかしても効果はないのである、ただますます格差が広がり株でもうけた人だけが恩恵をこうむったとかなっている 

リストラの意味はReーstructuringなのである、産業の再構築なのである
そこに痛みが生じるが明治以降でも侍が失業したが北海道に移民して農業で再構築したとかなる、ただこうして再構築できないときどうなるのか?
それはドイツで大量の失業者が生まれて行き場を失い戦争として兵隊となったということも起きてくる、つまり戦国時代で侍が失業したとき浪人が大量に発生してそれが社会の不安化になったのとにているのだ
失業というとき大企業の正社員であったものがそれは侍とかが庶民の仕事ができない
ブラック会社に落ちるのは嫌だとなるのとにている

いづれにしろ政治で官僚でも何か政策をアベノミックスとかしても産業構造自体を変えなければ社会は変わらない、日本人の不満も解消しないのである
それはアメリカにも言えたのである、ラストベルトを解決するのにはやはりアメリカの産業構造を変えなければ解決しない、でもアメリカ全体ではIT産業に変えたからアメリカ衰退論はないという人もいる、ただ中国にIT関係でそのシェアを奪われるとアメリカは衰退するとして危機感をもったのである


posted by 老鶯 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

駅のボランティアは終わりです (駅内はJRの管轄にあり何もできない、見守り役がすることになる)


駅の構内での案内は終わりです

(駅の構内では何であれ認められない者は勝手にできない)

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駅のホームに入ったら監視カメラがあって入ってならないと駅長に言われたと
駅の見守り役に言われた
確かに前にも入るなと言われたことがある
でもその時は無人駅だからそうなっていたのである
また盲人の人を案内したりゴミを拾ったりもした

でも見守り役が今度はいるし見ているのだから自分はやめた
うるさくてだめなのである、目障りにされているからだ
見守り役は市からも認められ金も払われているからやれる
何か余計なことはするなということである

ただ駅は広場のような所ともなっているからそこで人に会うことはある
でも一切駅の案内とかはしない、うるさくてだめなのである
何か困っているような人がいても相手もうるさがる場合がありむずかしい
そしてなんら認められないし駅長自体からもやるなとされている
そしたら何もできないとなる

それで駅のことはこれで終わりにします
自分はあとは時々駅の中で人に会いには行くが案内とかなにもしないです
監視カメラでも見ていて何もするなと言われるたからである
自分はずっと駅のことを無人駅だから見ていた
でも案内役とか見守り役が常駐するから役目は終わったとなる
見守り役はJRにも認められているしその人が責任があり自分にはもう責任はない
かえっていろいろなにかやと言われてだめなのである
警官が来て怪しいと職務質問されたりしたしもうかかわることはできない

ただ別に乗客として駅で話したりはする、でも駅の案内とかはできない
何しているのかと注意されたりうるさいからである
そして何ら認められることもないしかえってうるさがられるだけだからである
だから正式に認められた見守り役がすればいいし後は私はなにもしない
まずできないのである
ただ駅は出会いの場所であり何か外部の人と話したりはする
でもあとは駅なのかでは案内とかはしない
ただ外に出た所で案内することはあるかもしれない
なぜなら駅の中はJRの指揮のもとにあり認められない人はできないからだ

とにかくボランティアは自治体であれ何であれ認められないとできないし
保証もなにもない、かえって事故になったりしたら責任を問われたりする
つまり個人的にボランティアはできない、何か募集してそれで認められればできるのである
勝手にすることはできない、なぜなら駅内はJRの管轄にあり勝手に何か案内でもできない
ただ駅の中ではなく外ならできる、そこはJRの管轄ではないから何も言えないとなるからだ
まず駅構内ではたとえ良いことでもできない、勝手にはできない
無人駅だったから自分はしていたけどこれからは見守り役がいるのだからできない
でも見守り役は昼間はいないのである、そこに問題があるけど案内はできない
監視カメラで見ているからである

ではここの部の駅の案内は終わりです

ただ駅についてとか鉄道交通に関しては書くことはあります