2019年04月09日

無人駅を自動化してもわからないことがあった (人がいないとわからなくなることが依然としてある)


無人駅を自動化してもわからないことがあった

(人がいないとわからなくなることが依然としてある)

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私が行ったときはこれはみんな運休になっていた
その後一時間遅れの原町行が表示された


私が行った時は電光掲示板でもみんな運休になっていた
でも不思議だったのは原町行の向かい側のホームに二人待っていたのである
それがわからなかった、もし運休になっていることがわかったらいるはずがないからだ
それも知っている人がいたから地元の人だから電光掲示板を見ないはずがないと見た

それでインターホンで次の原町行が来るのですかというと来ないという
それで向かい側の人にそのことを伝えた
そしたら一人はこっち側に渡ってきて確かめに来た
電車は来ないですよというとどうしようかと聞いた

ところがまた状態が変わり一時間後に原町行が出るとアナウンスされた
それが電光掲示板に出た、それでこれは間違いなくこの時間に来ます
一時間待てば来ますということでその人は待つことにした
バスもでているといったが午後からは一本しかでないから一時間待つとまた向かい側のホームに行った

ではなぜこうなったのか?

その二人が向かい側の原町へ行くホームに行ったときは運休とは電光掲示板に出ていなかったのである、そう言っていたからである
その後に運休になったのである、風ではなく信号機の故障とかで遅れた
意外と信号機の故障の遅れは前にもあったからある
ちょっと時間のずれで向かい側のホームに待つことになった
これはアナウンスしてもわからないことがあった
そこでいつまでもホームで待つということがありえた

そこで思ったことはやはり人がいないといくら自動化してもわからなくなることがある
すべてを機械とかでまなえないのである
もちろんなかなか電車が来なければ電光掲示版を見に来るかもしれないがそれでもいつまでも待っているということが起きていたことは確かである

いづれにしろ昼間ちょっと様子見にゆくだけで用が何かあるというのも不思議である
既に2時ころ高校生の見守りの人がきた、でもその人は駅の業務をしないのである
ただそこにいるというだけなのである、でも駅員が来てありがとうということがあったからその時何かあったらしい、何か人がいないと困ることはある

だから無人化して自動化ですべてまかなうことはできないと思った
それでもみんなそのことで騒がない、人を置いてくれとは騒がない
高校生の見守りが必要だとしたのは乗客の要望だったのかわからないけど市の方で決めて金を出すようにした、そこに乗客で要望を出したとは思えないのである

津浪原発事故の自治体崩壊の恐怖 (人が流出して人が住めなくなる)


津浪原発事故の自治体崩壊の恐怖

(人が流出して人が住めなくなる)   

政経東北 April 2019(平成31年 4月号)CONTENTS
政経東北4月号  

瓦解する南相馬市「二つの公立病院」
非現実的な再編計画をゴリ押しした門馬市長
利権化する放射能ゴミ処理
勉強会で報告された各地の事例
福島沖大地震予測問われる企業の防災対策
原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者
関係者が明かす東電「不誠実」の数々
なぜ、福島は分断するのか(脳神経学者・伊藤浩志)
科学は「公正中立」という幻想
生き残り模索する観光業界
求められる県の戦略的取り組み


この辺で起きていることは何かそれを追及してきた
何かこれほどの被害なのに危機感がないのかもしれない
小高辺りでもなんとかなるさとか関心は補償金しかなかった
補償金が頼りの綱だったのである
でもその補償金が全体の復興につながらなかった
かえって若い世代の流出をまねいたのである
なぜなら今の世の中は江戸時代とは違う、金さえあればどこに住んでもいい時代なのである、そうなるとスーパーすらない、医療も福祉のサービスもまともに受けられないとなるともう住んでいられないとなる
江戸時代だったらもう藩から簡単に出れないから今とは違っている
でも相馬藩では天明の飢饉のとき三分の一が流出して荒廃した
江戸時代でも逃散があり厳しく禁止されていた
この辺で起きたのはまさにこの逃散なのである
人々が補償金をもらったからそれで全国に散らばり逃散した
それが奇妙なのは医師会に活きていた

現代の日本において、勤務医の辞職を逃散と呼ぶことがある。72時間連続の当直明け勤務など、労働基準法に違反する長時間労働を強いられている病院の医師が、待遇が改善されずに絶望して辞職することを指す。

そのことは何か小高病院の問題で医師がとても入院させることは無理だとして辞職したことと通じている、看護師だって集まらないからである,医師の負担も増えるからである
でも市長が強行したとして批判されている
今何が起きているのか?

●医療崩壊
●福祉崩壊
●教育崩壊
●農業崩壊
●商業崩壊
・・・・・・・・
  
自治体崩壊

こういうことが起きている、小高病院の問題は医療崩壊が起きているからである
現実に知っている人は白内障の手術は糖尿病があるら仙台市でしている、それも病状が悪いとして二か月くらい入院している
ただ仙台には娘がいるからそういうことができている
南相馬市ではいい医療が受けられないとなれば他でもそうなる

福祉崩壊はこの辺では施設は立派なものがあるとしてもそれを維持するマンパワーがない介護士とか不足している、するとどうなるのか?
みんな青森に送るられるのである、青森では施設の入居費が8万と最低だからである
南相馬市は13万円で全国平均並みである
そして青森だと仕事もないからそうした仕事をする人がいるということである
これはここだけではない、福島県全体でもそうなのである
立派な建物があっても施設があってもそこで働く人がいないのである
特に原発事故地域では若い世代が流出しているからである
そして教育も崩壊しているという時、若い世代が流出したからだとなる
逃散したからだとなる、江戸時代のようにその逃散を禁止できないから余計にそうなる
そして取り残されたのは老人だけなのである
その老人もただ負担になるだけなのである

津波原発事故で感じたことは村ごと津波で消失してなくなるとか住んでいる場所にも故郷にも住めなくなるということである
例えば大きく国家が崩壊するようになるとこんいな状態になるかもしれない
流民のようになる、ただその流民も現代では難民とは違う贅沢なのである
国家自体が崩壊するようになればどこにも日本に住むにして厳しい条件になるが今はどこでも住めるし豊かな生活をする場に移動する
それで東京の老人は松山市が福祉のサービスがいいからと移住している
金さえあればどこでも住めるとなれば当然そうなるのである
いくら先祖がどうだとか故郷がどうだとか言っても危機的状態になれば特に医療が崩壊するとなると住んでいられないとなるから最初にその問題が深刻なものとてし起きている

そして例え十億円あったとしても誰もこうした現代で普通に受けられるサービスも受けられないとすると誰も住まないのである
金があってもなんのサービスも受けられない、スーパーさえないとしたら買い物すらできないからである、草茫々の荒地の中に十億円の豪邸をもって住んでも何の豊かさも得られないとなるからだ
つまり限界集落化した状態がこの辺では津波の被害地でも大規模に起きているのだ
そして復興でもうまくいっていない
つまり建物とか高台を整備してもそこに人が住まないのである
それは新地の喫茶店でも言っていたが駅前にあれだけのホテルでも立派だしテナントが入れる建物を作っても問題は客が来なくてはどうにもならないと言っていた
そういう施設がなくても客が人の出入りがあれば繁盛するとなる
それは教育でも立派な学校を作ってもそこに通う子供がいないのである

そして政経東北でそういう建物を維持するのには金がかかる、もう維持するだけで容易ではない、そして財政破綻が生じてくる、建物の維持のために予算だけがとられるというのとにている、夕張では観光用の立派な建物を作っても人が入らなかったのである
その建物を維持できなくなり壊すことになったのである
復興ができないというとき津波被害地でもここでも建物とかインフラとかはできたが肝心の人がそこに住まないのである、それは人が逃散してしまったからである

なぜ天明の飢饉から相馬藩では立ち直ることができたのか?
それは人が三分の一に減っても越中などの移民で補うことができたからである
それが今は時代とか様々な悪条件でできないのである
かえって人が移動しやすいから流出しやすいのである
全国を東京の老人が住む場を選べる時代である、だからこそ選ばれない自治体は逆に極端に荒廃して限界集落化する
一から何かを始めるような時代ではないからである
それで相馬が飢饉の時、人を呼びために宣伝歌として作られたのが相馬民謡だったという

相馬相馬と 木萱もなびく なびく木萱に 花が咲く

そういうふうに人を呼び込み減った分を補った結果復興したのである
それができたのは労働力であり人であった、インフラとかの建物とかではなかったのである
そういう問題に再び直面しているのも不思議だがこの辺のカルマなのかとなる
いづれにしろ今回の政経東北の示唆しているのは参考になる
原発の被害地域は例えば大熊から双葉から浪江からと合併してコンパクトシティ化するとかもそうである
現実に大熊とか双葉とか浪江でも復興するとなるとできない
南相馬市地域にもそういう人たちが相当数すでに住んでいるから実質は広域的な問題となり南相馬市とかでもそういう避難民をかかえこんでいるからである
そうしたら南相馬市とか浪江でも分離して考えることできなくなっている

ではそれをどう具体的に進めるのかとなるとむずかしい
相馬藩としてあれば政治が一つにまとまるからできたが今はできない
そういうことをどう進めるのか?それも大きな政治の課題となる
復興庁があるとしてそういうことをどう進めるのか?
それも見えていない、そういう間にすでに十年とか失われた時となってしまったのであるその時間のロスも大きい、時間のロスは意識しにくいからである
でも流出した若い世代が帰らないのはすでに移住した先でも子供も学校でもそれだけの年数を過ごせば故郷とはどこになるのかとなるし知らないともなるからだ
そして時間は戻らない、人生でも青春時代でも二度と帰ってこないということが深刻なのである

人間は危機感がないというとき現実にそうなってみないと感じないのである、そこが弱点なのである
津浪でもまるで危機感がなかった、でも自治体崩壊というのは実際は眼に見えてもいる、それは現実化しているの避難区域である
そこは依然としてゴーストタウン化しているからである、その危機は個々人が良ければいいとてし生活していても全体が市町村が自治体が崩壊すればもう個々人でも家族でも住めなくなる、いくら金をもっていても住めなくなる
その恐怖はこの辺では現実のものとして見えているのである
そういうことはここだけではない、夕張とか限界集落でも日本全国で少子高齢化で起きてくる
ただこの辺ではなんでも極端なものとして起きているのである
posted by 老鶯 at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連