2019年04月08日

南相馬市の桜の短歌十首(その見所の場所と写真十枚)


南相馬市の桜の短歌十首(その見所の場所と写真十枚)


原町市街の桜(雲雀が原)
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牛越城の桜

高倉の桜

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山雀を見つけた

橲原の桜

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立目石

小池の桜

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常盤木の松に桜や御本陣勇む騎馬者駆け上る所

旧街道枝垂桜の優艶に松も古りにき傾き立ちぬ

牛越城一時の城山桜咲きて装いけるかな

高倉の春の日あわれ古き家田の手入れやしばし語りぬ

高倉の花に染まるも墓地ありて訪ねる人もまれに淋しも        

高倉に山雀一羽見つけしも辺り人無く春の日暮れぬ

大谷に四本の枝垂桜のあわれかなこの家の古りしや夕日さし暮る

大谷の細道暗く椿咲き孟宗竹に赤く映えにき
            
大原に桜の咲けど空家かな我知る人は墓に入りにき

橲原の夕べあわれも立目石桜の映えてこの道暮れぬ

円墳に木の根付きて芽吹きけり小池の家や桜咲き暮る

川岸の樹々の芽吹きて盛りなる花より花へ鳥なき飛びぬ 

まず雲雀が原に行き御本陣山から桜を見た、それから旧街道に出てヨークベニマルの所で枝垂桜を見た、次に高倉の方に行きそこにもバンガローがあり墓地があり桜が満開だったでもそこのバンガローとかには人はいなかった
老人が一人田んぼにいた、あそこは田んぼ畑も回復していない
放射線量が高いのと若い人が外に出て帰ってこないといっていたからだ
それでカモシカが出て来たとかイノシシに荒らされるとか言っていた 

人の手が入られないと荒らされるし草ぼうぼうになり荒地化するのである
農協に頼んで何かしていることは言っていた
でもあそこにも桜が満開だった、あれだけあそこに桜が咲いているのが意外だった
山雀を一羽見つけた、山雀はなかなか見つけられないがやはり山が近くなると山に入ると見かける

それから大谷(おおがい)に出た、あそこには四本の枝垂桜の咲く家がありその裏は小暗い道になり孟宗竹の生える小径になっているその脇は新田川なのである 
それから橋を渡り大原にでる、そこに病院で知り合った前田という所に住んでいた人を知っている、その人は古い農家でありでも今は息子が跡を継がないので空家になっているつ、息子は市街の方に住んでいる
その墓をたずて墓参りしたことがあった、その墓は杉の木立に隠れてあった

大原から新しくできた森の道を行き橲原に出る、小池との境目の石として立目石がある、その前に桜と椿が咲いていた
それは写真をとるにはいい所だった、その頃薄暗くなり日が暮れようとしていた 
小池では古墳に木が根付き芽吹き桜が咲いていた、その前の畑で仕事する夫婦がいた
街に帰ると真野川の岸辺の桜を通り家に帰ってきた

桜は別に遠くに行かなくてもどこでも咲いている、ただ船岡の千本桜のような所はここにないのは残念である
でも高倉のようにほとんど誰もたずねないけど満開の桜が咲き桜色に染まっている
都会だと人が混みすぎて嫌なのである、外国人の観光客も今やそういう人が混む上野とか避けるのも理解できる
日本がだったらとにかく桜どこでも咲いているしまだ発見しない桜が無数にある
それは二週間くらいしか咲いていないかさ桜を見ることはむずかしいからである
今日は南相馬市の桜の紹介である




常磐高速の鹿島のSAの向かい側の山の休息所から海が見える (ここにいる人を見たことがないが車でも行ける道があった)


常磐高速の鹿島のSAの向かい側の山の休息所から海が見える

(ここにいる人を見たことがないが車でも行ける道があった)

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いつも見ている休息所に人がいたのを見たことがない

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休息所までの道

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ここから広く海が見える

いつも常磐高速のSAに行くと道路の向側に休息所が一つ見える
あそこちいた人を見たことがない、あそこに行けるのかと不思議に思っていた
実際はSAの入口から山の方に分かれ道がありそこは舗装されていなけど
そこを廻って行くといける
車でも行ける、そこの休息所からは松川浦まで見える、海が見える展望が開ける
気持ちのいい場所だった

でもあそこにいる人を見たことがないのである
あれはSAを作った時、設置したものである、それは展望がいいからである
展望台なのである
でもせっかく作っても誰もあそこにいるの行くのを見たことがないのである
だからもったいないと思った

それは行き方がわからないからである、あそこの分かれ道はわかりにくいからである
人間は近くでもわからない、ましてや遠くから来たから余計にわからない
そこでた常に案内が必要になる、スマホだけでもわからないことがあるだろう
第一あそこに注意してあそこに上れるのかと見る人もいないだろう
まず用をたす、食事することなどを考えるからだ
そして去ってくだけなのである 

人間は今車とか利用すると本当にその土地のことがかえってわからない
それで自分自身も山元町のことがわからなかった
電車で何百回も通っても山下駅を通り過ぎるだけだったからである
つまり便利な道具を使うとかえって地理がわかるようでわからなくなるのである
要するに地理を実感でわからなくなる
だから記憶にも残らないのである、歩いて旅した体で土地のことが記憶される
自転車でもある程度記憶されていてふりかえり詩にしたりできるが
車とかでは遠くに行けることが有利でも記憶されない

つまり遠くまで行ったということが記憶されないことがあるのだ
遠さの感覚もなくなるからだ
まず常磐高速でも通り過ぎるだけでありそれだと何も土地のことはわからないとなる
現代は面の情報より点の情報になっている
そして便利になりすぎてかえって地理でも見逃しているのが多くなるのである

人間は未だに近くでもわからない場所があった、昨日はそこを発見した
それは今日の俳句短歌の部に書く

タグ:常磐高速SA