2019年04月03日

新地町の文禄の碑は検地のためだった (元号が地名化した例)


新地町の文禄の碑は検地のためだった

(元号が地名化した例)

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日刊現代2019−4月3日号

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日刊現代で元号が地名化している例をあげている
明治、大正、昭和がある
それは耕地整理で移転した人たちがいてその人たち住む場所を明治とか大正とか昭和にした、何かと土地の整理と関係していた

だから新地町にあったただ「文禄」と記された石碑は検地が行われたときの記念なのである、伊達藩では相馬藩より早く検地が行われていたからである
相馬藩では文禄の碑は見かけないからである

ただ元号が地名化するというのは普通はない、ただ福島県に昭和村とかある

1927年(昭和2年)11月23日 - 野尻村、大芦村が合併、昭和村となる。

1926年に昭和が誕生したのだからその時の記念に昭和村になった
だから令和と名のつくのがこれからできるのかとなる。

検地の記念の碑が各地に多いことは確かである
葛尾村の落合の墓地に記されていた明暦と元禄は古いがやはり検地を記念にしたものらしい、なぜならそれは墓ではないからである

江戸時代から戦前でも農業中心の社会である、するとどうしても土地と関係して地名でも名付けられる、耕地整理は常に行われてきた
この辺は津波の被害とか原発事故で小さな田とか畑でもやめる人が多くなった
それでそこがソーラーパネルになっているのを見かける
ただ土地をもっているだけでは何のや利益にもならないからである

平成(へなり)という地名があったとしてもそれはへいせいの音ではないから平成村とか平成町は生まれていない
江戸時代までは元号しかないのだから元号に意味があった、歴史の記録だった
だから必ず墓でも古い碑でも元号を見て時代を見る
でも現代は元号からだけでは時代は見えない、西暦の時代だからである
この人が昭和生まれだからと言ってそこからその人なりを見ない
西暦何年でこの人は私より年上であり年下でありそういう時代を生きたのかと見る
そして昭和は戦前と戦後とまるで違っているから時代を見れない
戦前と戦後に明確に分けられる、昭和になっていると時代がかえってわからなくなるのである

だから元号はもうゆきづまっている、これから採用されるかどうかすら国民的議論になるかもれない、それはまた天皇制をどうするのかということにもつながる
元号で活きていたのは明治と大正までだったとなるかもしれない
でも大正は中途半端な時代だった、それでも私の父親が明治生まれであり母と姉は大正生まれだから親しみがある
つまり団塊の世代までは元号にまだ親しむが昭和とか平成とかさらに令和でもどうなるのか?必要性も感じなくなるかもしれない、元号にもいい点があるにしてもグローバル化社会では通用しないともなる 

でももしこれから時代が変わり中国がアメリカより大きくなり日本も中国寄りになると
元号でも「華和」とかなったりするかもしれない、そうすると中国が喜ぶからである
中華の華と大和が和でもって一体化するともなる
ただ中国ではすでに元号は廃止している、そういう政治的意図とかの元号は中国自体廃止しているのだからありえないともなる

posted by 老鶯 at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

老人は過去を昔を語ることに役割がある (でもそれを受け止める場や共同体がないと活きない)


老人は過去を昔を語ることに役割がある

でもそれを受け止める場や共同体がないと活きない

本来なら老人は、>人生経験を積み様々な知識と知恵も持っています。それを次の世代に伝えていくことは、老人の役割として大事なことであるはず。

市場社会が進行し共同体が破壊されると、根無し草の労働者は定年になると同時に社会的役割から除外され、年金頼みの生活しかなく、家庭の中ではお払い箱・厄介もの扱い。さらには福祉施設に押し込まれ、あらゆる生産的活動からも遮断されてしまう。


老人には老人の役割がある、役割があったとなる、それが喪失したのも現代である
老人の役割は昔をこれまで生きたことを語ることにあった
それが昔話になりそれも歴史であった

その語ることが極端になると認知症になると若い時のことは忘れられないから遂に千回も同じことを語る、それで嫌になったがその語ることが生きたことだったからそうなったのである
姉の場合は従軍看護婦として今のマレーシアのシンガポールから橋を渡ったジョホールバルで四年間地獄の苦しみを受けた、だからそのことがどうしても忘れられなかったのである
それでそのことを死ぬ直前まで語っていたのである

でも語るという時、それを聞く人、受ける人が必要になる
それが現代では欠けているのである、世代間でも断絶しているのである
そせそも現代社会はあらゆるものが分離してパーツ化している
子供は年代ごとに分類される老人もまた分離されて隔離されて収容される
昔の村だったらそこでは長老とかいたり子供も若い世代も一つの村の中に生活していたのである                                            

だから老人でもその村の中で生き続けやがて死んでゆくがその後も村の中で生き続ける
世代間の連続性があった、そこで語ることも受け止める人があり伝えられる
囲炉裏を囲んで老人は孫たちに語ったりしていた
語るにもそういう場が必要なのである
そういう場がないと語ることも活きてはこないのである

会社で60年とか働いて退職するともうその人のいる場が消える
なぜなら会社を退職して地域で生きろといってもその連続性がないから語る場がなくなるもし死ぬまで会社にいるならそうはならない、会社は一過性で消えるものも多くなっている、銀行すら消失するとなるとそこで連続性は断たれる

老人はその人生を語ることなのだがそれを受け止めるコミニュティとか場とかないと活きてこないのである
語ることは何か文章にするのとか違っている、語ることはまた女性が得意なのである
だから語り部とかに向いている、話がうまいのである
そういう人を知っている、とにかく話だけはうまいのである
それで欠点としては口だけの人だともなる、何か口からでまかせだともなる

でもその人がこういうことで働いて苦労したとかいろいろ語る時、その人は故郷で生きてきたから故郷という場がありそれを聞いているのも受け止めるのも故郷に住んでいるからこそできるとなる
もしそういう場がなかったらいくら話しても活きてこないだろう
例えば今南相馬市から青森の老人ホームに送られ人が多い
でもそういうふうに離れるともう故郷とは別な世界になり何か語るにしても活きてこないということがある

ただ語るにしても人間はいろいろであり語るべき人生であったのかともなる
やはり老人が語り重みがあるというときそれだけの人生を生きたということで重みがでる例えば私はFXでデイトレダ―で億万長者になったとか聞かされてもつまらないとなる
老人の価値も今では金で計られるとしても過去を語る時もし何か波乱万丈の人生を送ったりするとそれに耳を傾ける若い人がはいる

それで面白いのはヤップ島の石の貨幣があるがそれが海に沈んで取り出した時、その苦労を語りその石の貨幣の価値がその語りによって価値があがってくるというのである
つまりそういうふうに語れるものがありそれが価値となっていたのである
老人の価値もそうである、どれだけ語れるものがあるかでその老人の価値を計るということもある

何か語るということは語る時人は全身で感情をこめて語るから文章にするのとは違う
そこに深い思いがあり語るのである、なんかyoutubeではその個々人の語りが活きている
そして語りだとわかりやすいからつまらないものでも見る人が多いのである
文章を読むことはかなり疲れるからである
だからテキストの時代からyoutubeの語りの時代に入ったという人もいる
本当に武田邦彦氏などは語るのがうまいと思う
だから個人で10万とか見られるのはやはり語りがうまいからだとなる

私も老人にしてもこんなに毎日書いているのは語りたいということがある
語り表現したいことがありそうなる、それが簡単にできるのでこんなに延々と書いているのである、ただ自分の場合は話すのが下手だからyoutubeには向いていない
テキストで流すのならいいが向いていない
文章には語るよりもっと深いものを表現できる

ただテレビが依然として人気があるのは表現がわかりやすくしているからである
語りであり文章ではないからである、そうなるとみんな知識人でもないから見る
ある特定の知識人相手ではない、大衆が相手だからである
万葉集が令和の新元号で話題になったとき人気になったというときもそうである
それを大衆向きに面白おかしく説明する
そこにどうししても浅薄なものとなるがそれも関係ない、大衆向きの娯楽のように放送しないとみんな見ないからである
要するにテレビはパンとサーカスなのである、もともと馬鹿を相手にしているという感覚なのである、それで肝心なものが放送されなかったり議論されないのである

ともかく膨大に老人ばかり増えてくると老人の価値は減退する
寿命が60年とかの時代はそうして生き残った老人は価値が自ずとあった
今はない、むしろ早く死んでくれとかなっているだけである
ただ昔から老人にも役割があり価値があり村という共同体の中では活かされていたことは確かである、その時でもやはり貧乏だから食わされないとかの問題はあった
でもたいがい長生きするのはまれだから老人の役割はあり活かされていたともみる

posted by 老鶯 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題