2019年04月02日

春に寒い北風〈桜前線)

                                                    
春に寒い北風〈桜前線)


北風のなお吹きつけて厳しかも我が生ここに刻みけるかな

春に吹く春北風とはハルキタであり何かあたたかい明るい感じである
ここ何日かは冷たい冬の北風である
だから季語にあっていない
芯からその北風を受けて寒い、一日一回はどうしても買い物で外に出る
それで自転車だからまともに北風を受ける

一旦あたたかい春が来たと思ったけど今の時期でもこんなに寒いのかとなる
そういうことはこれまでもあった、最後の寒さであることは確かである
元号も変わったけどこの令和の令が冷をどうしてもイメージするのである 

人間は何か長く生きればその生をその土地土地に刻む
つまりなぜ老人が原発事故でも故郷に帰ったかというとそこに自分の人生があったからだとなる
やはりそれぞれに苦労して人生を刻んできたからである
それは親でもそうだし先祖でもそうだったのである
もしその場を離れると人生の刻まれた歴史が失われるともなる

何かたいして苦労ではないにしろ今頃の北風にはそれを感じた
今頃は東風が吹くのに今日は本格的な北風だったからだ
だからみちのくではまだ花は一分も咲いていない
でもいわきでは咲いた、そこでその距離を感じる
いわきはここよりあたたかいし仙台はここより寒い
80キロくらいの距離がそうさせているのである

西の方は東京でも桜が満開になっている、でもここは何か冬にもどり北風が吹きつける
それで日本列島は桜前線でその土地の気候の風土の差が現れるのである
旅していたとき西の方が大阪京都は花の盛りでもみちのくはまだまだでありまた逆にみちのくに桜前線で咲くときは西の方は散っているのである
この桜が華やかに咲いて散るのと桜前線が距離で咲く時期が散る時期がある

この距離感覚が今はなくなることがまたもののあわれを感じなくさせた
芭蕉の奥の細道でも新幹線で二時間ちょっとで来るとなると何の感懐もなくなる
つまり距離感がその時は日本の最果てに行くという感覚が「奥の細道」を生んだ
「五月雨のふりのこしてや光堂」とかもそうである
はるかにみちのくの平泉にたどりついたら金色堂だけが栄華を残していたとなる

現代に旅は消失したのである、豪華なホテルに泊まってもそれは旅ではない、保養であるそして今のホテルでも旅館も旅人を迎えるものではない、そこで金を払って保養するとかうまいものを食べるとか役割が違ってきたのである
そういうところで旅人は歓迎しないし旅人自体がいなくなったのである
江戸時代だったら歩く旅だからみんな旅になっていたし宿でも旅人を迎えるものだったのである、お伊勢参りだって一か月となればそれも歩くとなるとみんな旅をしたとなるからだ

桜は満開もいいがその後に散るということが桜の魅力であり日本人の心に影響した

はるけくも千本桜たずねればみな散りにしを我が帰るかな(あわれ深まる)とでもなる

船岡の千本桜は見応えあるがそこまでは自転車で本当に遠かった
それもその時今の楽な自転車ではなかったから余計にそうなる
そうして苦労して来てみたらみな桜は散っていたのである
この時深いもののあわれをかえって感じたとなる
それは芭蕉がはるばる苦労して来た平泉で感じたことと同じなのである
距離感覚の喪失が旅を消失させたしもののあわれも消失させたともなるのだ
つまり何かを得れば必ず人間は何かを失っているのである

とにかく今北風を感じるという時、車だったら感じない
「風流は寒きものなり」ともなる、ただ今の時期に寒いの厳しさを感じる
そこでそういう厳しさの中に人間の生が刻まれたと感じるのである
60まで旅したがその後十年は介護などでしていない
それだけ旅したからいいともなる、今は外人が多いし日本人が旅しずらくなった
それも日本が観光で金を稼ぐとなり貧乏になったからである
そういうふうに常に時代は変化するのである

時移る令和となるや春寒し

この令和の令が冷をどうしてもイメージする、万葉集のように梅の花の宴をイメージしないのである
そこに漢字の特殊な差用がある、それでどうしても地名でも音に漢字をあてたときその漢字を意味としてとらえる
そこで地名でも実際は音なのに違ったものとして意味から地名をみるのである

ともかくここ数日は春寒しというより寒戻るとなっている




令和になぜ違和感があるのか? (「英弘」「広至」「万和」「万保」よりは良かった)


令和になぜ違和感があるのか?

(「英弘」「広至」「万和」「万保」よりは良かった)


新元号の候補にあがったものとして「英弘」「広至」「万和」「万保」があったと報道された、これも何か違和感を覚える
万というのは江戸時代とかに使われる感じで斬新さがない
「英弘」「広至」はユニバーサルということで現代的なのだろう
英知を弘める、広きに至るとかなる
本当にまず令和というのは意外だったのである
国文漢文関係の学者でも専門家でも意外だった
だからこの字がなぜ引用されたか不思議だとなる
著名な万葉学者が名付けたというが令という字は漢文が典拠だとてしている
月令というのが使われているからだ

それそれ令というからイメージされるのは典拠になった万葉集の文をイメージする人はほとんどいないだろう、国文学の関係者でふらそうだったのである
だから最初何なのだろうといぶかうのが普通である
今まで一度も元号に使われなかったということでもそうである
元号には何かしら意味と期待がこめられて作られてきた
大同などは坂上田村麻呂が活躍した蝦夷征服のために日本を統一するために大同になった大同とはこれも中国の思想にある、その思想に基づいて日本の統一のために使われたのである

今回の元号は令という意味を深く詩的にでもくみとればいい元号となるのかもしれない
でもそこまで庶民は意味を汲み取れないのである
それで令は命令であり上から目線で阿部首相が選んだとか批判される
それは何か令は古典を典拠にしてもその意味を普通は汲み取れないからである
汲み取ればいい元号になっているのかもしれない、そのことを書いた

令は明らかに冷をイメージする、それは冷たいなのである、すると現代的にはクールであり格好いいとかなる、クールジャパンになるのだ
そしてどうしても上からの命令に従って和がありうるとかにとる人もいる
それは令というのがどうしてもこの一字から古典の出典からでもイメージできないからである
それは他のものと重ならない、重複しないとすれば新鮮なものになっている
でも令一字から意味を汲み取ることはむずかしい

ただ意味を汲み取るとしたら庶民的には普通にはクールになる
クールに冷めた時代になれとなるのか?
月令とあるように月と関係している、月はクールだからである、太陽とは正反対であり陰陽にすれば陰である
それでも今年の新年から月を見ていると満月がありそれが震災から8年過ぎて何か明るくなごむものがあった、それはやはり8年も過ぎたからである
そのことで令和というのがいいものだとも見た

しかし一般的には何か違和感が大きい、でも候補にあがったものよりは比べるとこの令和というのは希少価値があり良かったのかともみる
これまでの元号に使われていないということで斬新だったのかともなる
まず「万和」「万保」は江戸時代的で元代にあっていない
「英弘」「広至」は現代的であるからこの二つから選ばれたら庶民でもなんとなく漢字からイメージできる
でも令だけはなぜこの四つの候補とは異質すぎるのである
そしてこれに決められたというのはなぜだろうとなる

ただ令というのが冷でありクールだというイメージがある、月はクールだから私自身は意味としてはいいものだと見たし震災からクールになり落ち着く時になったとも思うからだやはり東日本震災はあまりにも大災害でありこれをクールに客観的にふりかえるのには時間がかかる、すると8過ぎてクールにふりかえり考察するようになる
そういう点で令和があっていたのかとなる


@「命ずる」、「いいつける」

A「法令などを世の中に広く知らせる」

B「みことのり(天皇の命令)」、「君主(国を治める人)の命令」

C「のり(法律、規範、おきて)」(例:律令)

D「布告書(広く国民に知らせる書類)」

E「いましめ(前もって注意する事)」、「教訓(教え)」

F「おさ」、「長官」(例:県令)

G「よい」、「立派な」、「優れた」 (例:令名)

H「他人の親族に対する敬称」(例:令兄)

I「皇后、太子、諸侯などの命令文」  

令という文字がひざまづくとかその上に冠をしたとかから成り立つとそれは上の命令を従順に聞きしたがって和があるとなってしまうそれも何か違和感がある、どうしても一般的にはそういうイメージになる  

家令(かれい)とは

明治時代以降の日本において、皇族や華族の家で、家の事務や会計を管理したり、他の雇い人を監督した人[1][2]。執事。バトラーを参照。
律令制において、一品以下四品までの親王・内親王、職事三位以上の公家の家に与えられる家務を総括した職員[1][2]。あるいは、そのような公的家政機関の長官[2]。けりょう。家司を参照。 

何かこうしたものとして令が使われている、 

B「みことのり(天皇の命令)」、「君主(国を治める人)の命令」 

この意味にとる人が多いことは確かである、万葉集からとったとしてももともと中国の古典に由来しているという時そうなる
何か万葉集の古典からとったから庶民的だともならない感じなのである
ただ月令とかと結びつくとき月をイメージしていいものだと私は感じたのである
人間はその時々の心境によって自然を見る目を違ってくる、だから今年は月令はまさに落ち着いてより平和を感じたからである
でもそこまで一般的にこの字から感じ取ること意味を汲み取ることはむずかしいから何か違和感がある

しかし平成とか昭和でも別に時代にあっていない、和を昭かにするとかなるが戦前の昭和は争乱であり戦争の時代である
平成にしても最後の十年は東日本震災であり全く平成ではなかったのである
明治だけは一番元号としては時代にあったものであり明治時代は日本にとって時代的にはいいイメージがある
明治から大正となるとまた違った雰囲気を感じる、時代的にも退廃してきたとかともみる
それでも父が明治生まれであり母は百歳生きて大正生まれだから親近感をもつのである
いづれにしろいくら元号が何か期待してもその期待とは裏腹にもなってきたのが歴史だった
だから元号にこだわるのもまた元号が何か社会を変えるということもないのである






posted by 老鶯 at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層