2019年04月21日

神社は何なのか、何のためにあるのか? (謂れがわからないのが多い)


神社は何なのか、何のためにあるのか?

(謂れがわからないのが多い)

なぜ日本にはこんなに神社があるのか?もう無数にある、それは何を意味しているのか?それは信仰の対象というよりは歴史的遺産として残してある
でもそもそも不思議なのはなんの謂れかもわからないものだとするとそれは何のためにあるのか?
それは相馬市の坪田の都玉神社がある、これは国魂神社のことである
国の魂となる神社という意味なのか?

主祭神は相馬都胤命(そうまくにたねのみこと)。

合祀神は大貴己命(オオナムチノミコト)、相馬昌胤命(そうままさたねのみこと)。
正徳五年(1715年)、第五代藩主・相馬昌胤公の息子・都胤がわずか五歳という年齢で亡くなってしまう。

都胤公を寵愛していた昌胤公は嘆き悲しみ、現在の社殿のある場所の裏山に石室を築き、都胤をそこに埋葬する。

その後、享保三年(1718年)には神社を建立。

都胤の御魂を御祭神として祀ったのだという。

都胤(くにたね)公の御魂(みたま)を祀ったので、『 都玉(くにたま)神社 』と称するようになったのだとか。

さらに、昌胤公の死後、天保十三年(1842年)には昌胤公も合祀される形で都玉神社に祀られている。

このように由来が明確である、だからここにお参りする時は五歳で死んだ相馬都胤命を祭るからその人を供養することになる
由来が明確だからその是非はともかくそこにお参りする理由にある
他にも子安神社などが各地にありそれは子を安らかに産んで育てる願いがあって建てられた神社であり社である、それもわかりやすいのである

ところが神社には何の謂れがあるのかわからないのが多いのである
それでおかしなのは今回の津波で相馬市の松川浦の津神社が津波からまねがれた
そこで言い伝えがあり津波の時にその神社に逃れると助かると伝えられていたという
それで実際に助かった人がいたからここは津波を記念して建てられたのだという人がいたそれで相馬市の城跡で会った歴史の高校教師であった人すらそう言ったのである

ところが津神社というのは「つのみつ)神社と言っていた
津神社となっていてもツ神社とは言わないのである、それは当て字なのである
これがまぎらわしいのはツの神社となるがツノはツできれるのではなく角(つの)なのである
つのみや神社とかも言っているからだ
そして津神社はこの辺で海岸沿いに多いのである
砂鉄を求めて来た渡来人の技術者達が建てた神社だったとなる
原町の雫(しどけ)も高い所に津神社があるがそれもつの神社なのである
烏崎にも津神社があった、その神社はもともと高い所にあったが移されたのである
それもツ一字では読まないはずである
そもそもこうして津神社が多いという時、それが津波のために建てられたものではないのである
津浪に由来する神社は仙台市の波分神社くらいである、そこで津波の波が分かれたというので明確である、実際に今回の津波でもそこまで津波が来ていたのである
他にはほとんどないように思う
津神社はツノガノアラシトのツノなのである
ただそれも大和王権に統一されたとき隠されたのである
そして由来がわからなくなったのである

神社の由来がわからなくなると別にお参りしなくても何のためにあるのだろうとなる
鹿島神社は多いがこれも大和王権に統一される過程で作られたタケミカヅチの神である
武力で制服した神なのである、ただ後で豊作の神とかにされたのである
他に綿津見の神が多いし山津見の神社も多い、これは安曇族など海人が移動してきて建てられた、そういう人たちが入ってきてその人たちの先祖が祭ったとなる
それは歴史的遺産として残っているし残しているとなる

神社でもそうだが何か祭る時、それは何かしら伝えるものがありそれで祭られている
でも何を伝えようとしているのか?それがわからなかったら維持できなくなるのではないか?何かわからないとしたら何のためにお参りしているのかもわからない
祭りでも何の祭りかもわからないのがありそれだけ古いものだからそうなる
でも何の言い伝えが謂れがわからないものをいつまでも維持できるだろうか?
信仰するにしてもそうだろう、何かわからないものにただ祈ることはできない

ただそうでも何かしら歴史を伝えるものではあるから残している
でも相馬市の松川浦の津神社を津波の神社とか真面目に言われ歴史の高校の教師まで信じていた、別に松川浦には他にも神社がありすれすれで津波からまねがれているのである
それは神社が古いからもともと海だった所や湿地帯だった所には低い場所にはないのが多いからである

とにかく神社の問題は何か由来がわからないのが多いから気持ちとしてすっきりしないのである、何か不明な謎としてあるとなりすっきりしない、それでいろいろ調べる人がいるそれは謎だからそうなるのだ
それで都玉(くにたま)神社の謂れはわかりそこにお参りする土地の人が守るというとき五歳で死んだ子供を供養するということになる、また相馬氏の殿様がそこに葬られ祭られたと知る
それは明確でありわかりやすいのである
でも神社には何か由来がわからないのが多すぎるのである
それで安産の神だとか豊作の神だとかに後世にされたが実際はそういうことで建てられものではないものが多いのである
飯館村の山津見神社でも狼を神としているがもともと関係ないのである、それは海人系の綿津見神社と対になった神なのである
後から別なものの神にされているのである
神社というのは確かなことはその土地土地に根付いた先祖がいてその人たちが祭ったことは確かである、それも大和王権が成立する前からのも多いから謎になるのである
ツノガノアラシト系とか韓国系統とか物部系統とか蝦夷として大和王権に征服された人たちの神は祭られているとしても隠されたからその由来がわからなくなっているのである
それは敗者の神だからそうなったのである、でも歴史的遺産として残されているのである



posted by 老鶯 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2019年04月22日

国土の70パーセントある忘れらた日本の森林 (小山田の常磐高速のSAの脇に延々と森がつづいていた)


国土の70パーセントある忘れらた日本の森林

(小山田の常磐高速のSAの脇に延々と森がつづいていた)


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人がここを通っていたのはコンクリートで作られたものがあるからわかる
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ゼンマイが奥にあった

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倒れ木がありここから人は入っていない
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ブナ坂とあるからもともとはブナの木が繁茂していたのである

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船が行くのが見える

纏向の 日代宮(ヒシロノミヤ)は 朝日の 日照(ヒデ)る宮 夕日の 日翔る宮 竹の根の 根垂(ネダ)る宮 木(コ)の根の 根延(ネバ)ふ宮 八百土(ヤオニ)よし い杵築(キヅ)きの宮 真木さく 檜(ヒ)の御門 新嘗屋(ニイナエヤ)に 生ひ立てる 百足(モモダ)る 槻(ツキ)が枝は 上枝(ホツエ)は 天(アメ)を覆(オオ)へり 中枝(ナカツエ)は 東(アズマ)を覆(オオ)へり  下枝(シズエ)は 鄙(ヒナ)を覆(オオ)へり 上枝(ホツエ)の 枝の末葉(ウラバ)は 中枝(ナカツエ)に 落ち触らばへ 中枝の 枝の末葉(ウラバ)は 下枝に 落ち触らばへ

日本がの国土が原始時代にどういうものだったのか?
それはこのように森に覆われていた、森の国であり山の国である
山と森は一体であるからだ
この森の感覚は意外と日本人はわからなくなっている、まず都会に住んでいれば森はわからない、森は田舎に住んでいても身近に接していない
ところが不思議なのはこの辺では常磐高速道路ができた
そこのSAには良く行くようになった、そこは実際は山側であり深い森に接していたのである

確かに小山田の奥は森がある、それ以上に高速道路の脇を入っていったら延々と森でありそこではもう出口がないのである
主に杉の林だが近くでもこんなに森が深いのかと驚く、その森はまず尽きることなくつづいたのである、だから気味悪くなることがわかる、それは古代でもそうだったのである
なんらかの物の怪(け)が住んでいるような世界である
森というのは暗いのである、闇の世界である、だから一段と不気味な感覚になる
それが意外とすぐに身近にある、第一高速道路となると文明の世界である
その脇に延々と森がつづいていた、山は遠くから見ているとこの森を感じないのである
山は森の世界でもある

山とはヤマでありヤミ〈闇〉でありヤムの世界である、何かそこで止まってしまう、そこから抜けられない世界である、天の岩戸に神が閉じこもった時真っ暗になったというけど森はそもそも暗い世界なのである
特に交通が発達していないと時代は余計にそうなる
現代でも常磐高速の脇ですらそれだけの森が延々とつづいていたのである
そしてその森は今は活かされていない、戦前までは日本は森がまだ活かされていた
燃料が炭だったからである、木材でも国産であり外材は利用されていないからだ
森は重要な資源だった、だから米沢藩と相馬藩と伊達藩で丸森の木材資源をめぐって争いがあったことは有名である、それは飯館村でも伊達藩と相馬藩で境目で森林資源をめぐり争っていたのである、森は生活で欠かせない資源であったからだ

外国でもforestは原始的な森でありwoodは材木であり資源である
日本でも森は原始的な森であり林になるとハヤスであり人工的に植林する感覚になる
日本が木の文化だというときそもそも70パーセントが森だという時当然なのである
鎮守の杜というときもそうである、その広大な森があり社が杜(もり)になったのである

山守の 里へ通ひし 山道ぞ 茂くなりける 忘れけらしも 

しめ(禁)山の山守は山を下りてこない
里へ通う山道が草で覆われてしまった
わたしのもとへ通う道まで忘れたのかしら

この歌はまた違った意味だが今や山守りもいない、山の森が忘れられている
万葉時代は山守りはしげく山に通っていたのである

いづれにしろ森の国である森をアイディンティティとして国を文化を作って来たのが日本人である、それは日本の国土が森が70パーセントもあり当然そうなった
世界的に見てもゲルマンもドイツも森の国であり鬱蒼とした樅の木でおおわれていた
だからゴシックの大聖堂も森を象ったものなのである
そこに重厚な文化が生まれたのである、森は神殿のひな型でもあった
日本がでも真木柱というときまさに宮の基となることが歌われているのだ

日本の森林が老齢化している、それは戦後植林したのが今成長てしちょうど木材用として切る時期になっているからだ、それで日本の木材が利用される時代にもなったという
日本がこれだけ森があるということでこの森を活かさなければ国土の繁栄はない
真木栄(さ)く檜(ひのき)の裂くは栄えるに通じて咲くに通じている
長野県の佐久という地名もそこから来ているのか? 

ともかくグロ−バル経済は何かそうしたそれぞれがもっていた国土の特徴を歪めたのである、文化を破壊したのである、なぜ地方が田舎が衰退したかという時もそうである
そもそももともと資源として豊富にあった、70パーセントが森の国土でもその森が無用のものとされているのも異常なのである
日本がもしその」その70パーセントの土地が平坦で利用されるとなったら全く違った社会になっていたのである、だから自然環境が風土がその国を作るのである
それがないがしろにしたら日本という国が栄えるのだろうか?
グロ−バル化というのは観光だって今や日本人がゆっくり観光できない状態になっている外国人が金があるから優先されて日本人はゆっくり観光できないのである
これもグロ−バル化の競争によってもたらされたものなのである
それが国土を荒廃させた原因にもなっているのである
石油を輸入しなければ生活できないとかなるが日本には豊富な森林資源があった
でもそれを活かすことはしなかったのである

とにかく人間は国土を実感することが今はむずかしい、交通が便利になってなにか電車でも車でもわかったような感じになるがその身近な所でも知らないのである
なぜならそうした近くの森でも忘れられている、人間がかかわらないと人間の手が入らないと忘れられてしまうのである
そして異常に熱心になったのは科学技術でありそれが国の運命を決めるとなっている
それで原発でありトヨタがなくなったら国が終わりだとなっている
そういう社会が果たしていいものなのか?
日本がの国造りをどうするのか戦後70年で見直すこと時代になっている
日本が衰退するというときそれは常に科学技術分野で衰退するとなっている
反れか国のすべてとなっているからである
そうして原発も不可欠だとなっているのである、原発はただ電気のためにだけ必要なのではない、先端の技術をもつために先進国として必要だからである
原発をもてない国は後進国だとなるからである
何かあまりにも科学技術のみが国のすべてだとなりすぎているのである
だから日本の栄が実は森林が70パーセントあって木材を利用したことから栄があったということを再考すべきなのである

御民我れ 生ける験あり 天地の 栄ゆる時にあへらく思へば  海犬養岡麻呂

日本がの場合は天ではなく森だったのである、大陸になると天なのである
国土の繁栄はその民でもそれぞれの国土に養われているありうる
それが科学技術がすべてとなり原発によって栄えると地元の人でもそう思っていた
それが原発事故でもろくも崩壊したのである
それは原発がない前からグローバル化で天地の栄ゆる時は失われていたのである
もちろん科学技術を全部は否定できない、科学技術とは国土があって制限的に使用されるものであった、自然の法(のり)があり科学技術もそれを越えてはありえない
結果的に原発事故で国土が失われて栄も失ったのである

2019年04月23日

宗教はどうなってるのか訳わからん? (スリランカのテロの恐怖―ノートルダム焼ける)


宗教はどうなってるのか訳わからん?

(スリランカのテロの恐怖―ノートルダム焼ける)
                                            

宗教はわかりにくい、なぜ仏教徒が武装集団になっているのか?
日本がにはそんなことがないというけど別に最近でオウムの仏教派があんな怖いテロ集団だった、宗教は歴史的に仏教だって僧兵がいたし武士の起こりは僧兵だったという歴史家もいる
なぜ信長が比叡山の僧侶集団と対立したのか?
それは権力を僧侶集団が握っていたからである
そういうことは今でも日蓮系の組織集団にある、日蓮宗は国粋主義であり武装集団にもなり安いのである
創価などはそもそも組織が軍隊組織であり序列化して臨戦体制にある
戦争の準備すらできているとなる、なぜ参謀などとかいるのか?
それは権力を得るために組織であり武装も辞さないと前はなっていたからである
日蓮系統はそういう過激なのが多いのである

ヨ−ロッパでも宗教は政治化して権力をもったからこそ政教分離が生れた
それでノートルダムが火事でやけたとき今度は市民が寄付された一千億の金を底辺層に回せデモしている、その金は富裕層の税金逃れだとしているのも何なのだろうとなる
普通だったらキリスト教徒が多いという時、それに反対するとは思えないからだ
これもすでにフランス革命はカトリックの政治支配からの脱却のためであったことがあるから宗教に金をかけることに不満だったということもわかる
そして現実にヨ−ロッパでも教会に行く人は相当減ったとなっているからだ

宗教だと対立すると深刻になりめんどうになるから人権主義(ヒューマニズム)になったのである
自由、平等、博愛の博愛とはキリスト教に基づくとしてもあくまでも相手の宗教を問わない博愛、博識というように博とは宗教にこごわらない広いという意味である
今回のテロでもその背景は不明だしスリランカの国の歴史も事情も複雑なのである
おそらくその背景にインドとか中国とかもからんでいるとなると複雑である
そして外国人用の高級ホテルがねらわれたというのもまた宗教だけが原因ではない
スリランカは貧乏であり高級ホテルに泊まる人を良く見ていないことはある
そこにグローバル化で格差を具体的に思い知らされるからである

スリランカの人がこの辺で働いていたけど指を切断した、外国人労働者、技能実習生は機械で良く指を切断している、それは何か共通している、それが悲惨だと見た
最近はネパールとかベトナム人が多い、中国人は今は豊かになっているからなぜ日本に来るのだろうと思う
宗教の前にそうした格差がありそれが引き金となりテロになるとそれを喜ぶ人もいるかもしれない、共感する、イスラムのテロは貧乏がかなり影響している
グローバル社会は格差がまざまざと見せつけられる、グローバル競争に敗れたものはその国民でも奴隷のようにされる、昔のような奴隷でないにしろ実質的に奴隷のようにされる日本がだってインパウンド観光でそうなっている
外国人の方がデパ地下でいい高い弁当を買い日本人はスーパーで夜に安くなる惣菜弁当の奪いなわいになっているという報告でもわかる
つまり外国人をもてなす側になり下僕にされる、今や外国人優先であり金のない日本人はまともにホテルにも泊まれないとなる

こうした宗教テロは宗教だけが原因ではない、背後に大国が動く、インドや中国やアメリカも動いている、そうした小国はそうした大国の影響でずたずたにされる
ベトナムでもそうだし朝鮮でもそうだしシリアでもそうだった
そうして日本がももし小国になると中国とアメリカとロシアによってずたずたにされる
それが敗戦のときにロシアが北海道をとり分断される危機だったのである
だから日本も弱小化してくるからそういう恐怖があるのだ
中国が巨大化してくるとその危機は一層大きくなるのである
明治維新の時も日本が分断される危機だったと日本は国として統一されたのである
スリランカが二千万とかの人口になるとあれだけのテロで死人がてると国の崩壊の危機にもなる、するともともとスリランカは統一国家として維持するのが無理な国だともなる

宗教は純粋に宗教ではない、組織集団化するとそれは一つの権力集団になり他を威圧するようになる、エホバとかでも何の集団なのだろうとかなり統一教会などは韓国系であり政治的団体化する、エホバでも背後にアメリカがかかわりアメリカから資金が流れてきているのかとかんぐる
教会でも資金の流れを見ればアメリカが関係しているかもしれない
宗教とは人間は別に国家と関係なく死があるのは共通している
その死をどうして克服するのかというのは別に国家の問題とは関係ないのである
個々人に共通したものでありその信仰は集団とか組織で解決しないのである
会員になったからといってそれでも解決しない

そうなら楽だからである、それは他人まかせになり他人に従属して奴隷となることなのだ宗教の場合、一億人十億人信者が生まれたから仏国土になると天国になるとか全くない
むしろそうなったときもう本来の宗教はない、俗化した欲を満たすだけの宗教になっているのだ、だから権力を得るために武装でもする、その背景に貧乏がありその不満が富裕な外国人に向けられるのである
それは日本国内だって同じなのである、そういう不満が大きくなれば国自体の平和も保てなくなる、富裕層だって安心できない社会になる
だから中国で共産党幹部が恐れているのは民衆だというのもわかる、いくら幹部が富豪となっても民衆が反逆してきたらたちまちどん底におとされるし殺されたりもするからである

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2019年04月24日

スリランカの複雑な歴史 (人種の宗教のモザイク模様ーその一人と田舎で接した記憶)


スリランカの複雑な歴史

(人種の宗教のモザイク模様ーその一人と田舎で接した記憶)
ポルトガル植民地時代にはムーア人に対する大規模な迫害が行われ、多くの人々が中部高地地帯や東海岸へと逃亡した。これらの地域では、現代でもその末裔が多く居住している。
スリランカは仏教国である、ヒンズー教もあるにしても仏教国である
それはタイとかカンボジアとかチベットとかインドの周辺国が仏教国になった
中国だって韓国とか日本でもそういう文化圏にあった
インドは古来のヒンズー教にとどまったのである
イスラムとかカトリックとかこれは極めて少数者であり一割にもみたない、ほとんどが仏教徒なのである

その少数者である人種の中にムーア人がいた、

シェイクスピアの時代、文学や芝居に登場するムーア人やトルコ人は、憐れみや慈
悲の心を持たない存在、すなわち、キリスト教世界にとっての他者として表象されて
いた。

アフリカのムーア人とかトルコ人は悪魔とされていた、そういう偏見は古いのである
キリスト教とイスラム教の対立はすでに十字軍から始まっている
オスマン帝国でもその対立は最大化した、イスラムの方が先進国だったときが長かったのである、そこは見逃されている、イスラムとういと何かテロとか無謀な野蛮人のように今では見てしまうが歴史的にはキリスト教徒の方が十字軍のように野蛮だったのである
ヨ−ロッパ人の女性がイスラム圏で5ドルくらいで売買されていたという時代があった
イスラムの栄光の時代がありそのためにヨ−ロッパに対して特別の感情をイスラム圏ではもっている、それは韓国と日本でも韓国があれぼと日本に対して特別の感情をもつのとにている、俺たちがもともと日本にいろいろ教えてやった、俺たちが日本より進んでいて教えてやった、もともと日本にあるものは韓国起源だったというのとにている
もちろん中国も日本の戦争で蹂躙されたときもそうだった、中国が文明を日本に伝えたのとなったのである

スリランカはこうして人種と宗教の坩堝である、その少数者としてムーア人とかがいて虐げられているということがある、そもそも生活習慣も違うからそりが合わないのである
そこに根強い対立が生まれる、それは宗教だけではない、宗教はそうした対立を先鋭化しているのである、日常生活で差別されているという不満があればそうなる
それはアメリカとか中国でも多民族国家で起きる、日本では単一民族として世界史的にもありえた、でも世界では人種が混交して歴史が形成されてきたのである
日本がも確かに古代では様々な民族が人種が集まり形成されたととしても同じ民族なのである、何かこうした人種で分けられることはないのである、みんな日本人なのである
だから激烈な争いにならない、戦争がっても敵を皆殺しとか殲滅することはないのであるそれで中国人が敵まで祭っている墓がある明治維新の争いのことでありえないとしているのである、なぜなら中国では敵となったものなら墓を暴いてでも罰してるいるからであるそれほど民族が違えばその争いは容赦がないものとなるのである

世界史では大国となった国はそうした人種の争いとか民族の争いとか宗教の争いとかいろいろ経験している、それで民族同士の融合を計る、そういう歴史の積み重ねがある
日本がには島国でありそういうことがない、でも明治維新から150年過ぎてグロ−バル化で物だげではない、大量の外国人労働者が入ってくることで人種とか民族の混交をはじめて経験しているのである
日本には江戸時代は鎖国だし島国でこんなに大量の外国人と直接国内で交わることはなかったのである、明治に外国人が入ってきたとしてもそれは一部の技術者とか知識人とかであり極わずかだったのである
こんなに大量に一般庶民までが国内に入ってくることはなかったのである

そこで何が起きるのか?

世界史的に大国でも小国でも人種の混交、民族の混交、文化の混交・・・が起きてくる
もしグロ−バル化でも物だけが入るならこうした軋轢は起きないのである
生身の人間が入ってくることとはまるで違ったものになる
だからこそ様々な軋轢が生まれテロになったりする、ニュージランドでキリスト教のテロがありイスラムが報復したというのもそれはやはり十字軍以来のキリスト教とイスラム教の対立が尾をひいている
それはイスラムがキリスト教圏の下位にされていることの不満でもあるのだ
でもそれはテロでは解決できない、イスラムが再びヨ−ロッパとかでも優位にたつ文明形成をしなければできないのである

日本がなぜ太平洋戦争で失敗したのか?
それは日本にはグロ−バル化する思想もないし世界史のなかでこうした人種とか民族の混交した世界を経験していないのである、天皇を神とする皇国史観では世界に通用しないからである、それは一民族の神であり人種を越えた民族を越えた神とはならないからであるそれを越えた世界政治思想がないと対処できないのである
ただ外国人労働者がこれだけ入ってくるとういことは是非はともかく日本ははじめて庶民レベルで人種の混交とか文化の混交とかを経験しているとなる 

一人の外国人が日本に入ってきて働くことはそのこと自体がもう日本一国だげではないグローバル化が政治でも思想でも文化でも迫られることになる
それが日本を破壊するとなると人は入れるべきではないとなる
人は物ではないからグロ−バル化でも全然違ったものとなる
だから日本人と給料でも同じくすべきだとか待遇も同じくすべきだとかなり法律までできる、そうならざるをえないのである、人が直接入ることはそういうことなのである
それは世界的共同性の追求になるからだ
一つの大きな世界的共同体の形成になるからだ
もし日本が世界をリードするというときはそうなる、でもそれができなとなるなら無理ならそうすべきではないとなる、それは大国にまかせて従属すべきだとなる
それは物凄い重荷となるからである、太平洋戦争はそのために300百万人死んだ犠牲だったのである、日本には世界に進出したがそれだけの力がなかったとういことなのである

フェルナンド、ポルトガルの王の名
スリランカより我が田舎の町に来たる人の姓
コロンボに住むキリスト教徒
そはスリランカを語りて
数年ここに住みスリランカに去りぬ
そはこの田舎にありしを記される 

何かこれもふりかえると一つの田舎に記した歴史だともなる
その時私は外国に行ったことがなかった、それから世界旅行をしたのである
ただ私は遅かったのである、外国を知らなかったのである、それが失敗だった
外国を知るにはやはり留学とか住んでみないとわからないことがある
国際性は旅行したくらいでは育まれないのである
その後十年は介護で外国も旅行もしていないのである


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残る花(林道の山吹など)


残る花(林道の山吹など)

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タンポポに走る人行く朝桜

一斉にタンポポ埋める空地かな 

病院や曇りてあわれ残る花

村と村つなぐ細道スミレかな

山吹や林道つづく森の奥

山吹や岩根露わに森の奥

山吹や林道の奥人入らじ

病院や曇りてあわれ残る花


川岸にコゴミとる人みかけにし何かなごみぬ春も暮れゆく

故郷に残れる花のあわれかな名残り惜しむや明日は散りなむ

夕ぐれに残れる花の散りかそか今日もこの道一人行くかな

新しき家になじみぬ夕暮れに枝垂桜の色を深めぬ


常磐高速道路のSAからトンネルをくぐり小山田の山神の神社のあるところの脇を入って行った
そこはどこまでも森だった、ぬけることができない森だった
高速道路の脇にあんな深い森があると思わなかった
小山田の奥にある森は橲原(じさばら)の方にぬけられるがこの道はぬけられない
どこまでも道がつづいている、遠くから山を見てもそこにこうして深い森があることがわからない、日本では山と森が一体なのであるすでに山吹が咲いていたからそうした奥にふさわしいとなる
でもその森の中に入ってみないと森でも実感できないのである

あそこの奥で見たものはゼンマイなのか、コゴミなのか?わからなかった
似ているから良くみないとわからない
それで川岸の木が切られてそこにコゴミを採っている人がいた
こんなところにコゴミがあるのか?普通は山の奥にあると思っていた
そこは木が生えて隠されていたのである

川岸の水の流れているところにコゴミが生えるというときやはりこんな街中の川でも生えるのかと思った、ここは確かめる必要がある
前は近くでも山菜採りしていた人はいるが放射能騒ぎでしなくなっていた
こうして季節の楽しみを奪ったのも原発事故だったのである

何かこの辺では元から住んでいる人ではない
ハーブだよと匂うよと教えた人も地元の訛りがない、東京弁である
何かこうしてこの辺では外から入って来た人が多いのである
だから新しい家が次々に建ち新しい街ができたともなる
そこの新しい家に枝垂桜がしだれている、それも何回も見ていればなじんでくる

タンポポが六号線の空地に一杯に咲いてうめる
何か空地でも花で埋まってしまうのも気持ちがいい
人間がいなくなってもそこは花野になっていることがある
現実にこの辺は原発事故以後草原化してそこに雲雀が鳴いたときあっていた
つまり雲雀は草原にモンゴルの広い草原に鳴くのがふさわしいと発見したのである
田んぼより草原にふさわしい鳥だったのである

今は残る花でありかそかにまだ散ってゆく     

国土の70パーセントある忘れらた日本の森林 
(小山田の常磐高速のSAの脇に延々と森がつづいていた)




2019年04月25日

人間が一番のコスト (機械化、AI化は必然的に起きたー「一人で会社を経営しろ」もわかる)


人間が一番のコスト

(機械化、AI化は必然的に起きたー「一人で会社を経営しろ」もわかる)

人を雇うことは雇われる人より雇う人の方が大変なのである
そのことを雇われる人は理解していない
ただ雇われる人は不満だけなのである
これくらいの金でやっていられねえよとかだけなる
例えば家で手伝ってもらうにしても何もしたくない
そこに主がいるとしても家族でもないし夫でもないし働くのはただ金のためだの動機しかないのである、それは江戸時代とか身分制社会なら主人に仕えるということがモラルとしてある、そういう社会では主人に仕えることは金のためだけではない
一つの共同体を維持するとかあったとなる
それが現代では全くないのである、金しか働く動機がないのである

すると手伝いに来る人はどうなるのか? 

金しか動機がないから主人でも物色して金がないかと探して現実に金が盗まれたとなる
極端化すればその家に来る動機が金しかないとしたら当然そうなるのである
そういう人を雇うことは危険極まりないとなる
だから雇わない方がいいとなるのだ

皿洗いにしても    

●家族のためにやる

●しかたないからやる

●金になるからやる

家族のためにやるというときそこに動機がある、一人暮らしだと汚れたままにしていられないからしかたがないからやるとなる
外部の人にしてもらうとその人はそもそも動機が金しかないのである
そこに危険が生まれる
だからしかたがないとか他者に手伝ってもらうと危険とかなり一番いいのは機械化なのである、皿洗いの自動化であり家事の機械化自動化がすすめられる
他人の家で働く動機が金しかないとなるとそれは危険だからである

最近出た本で「会社は一人で経営しろ」というのが拾い読みしたが面白いようだ
人を雇うことがコストになりそれが搾取になるというとき一人でした方がいいとなる
そのためには外注とか機械化とかAIに頼るとなる
人間を雇うということは一番コストだからである
それで外国人労働者でも安くこき使うことができなくなるのは当然である
福祉とか給料でも日本人並みにしなければもう働かないとなる、日本には来ないとなる

働くということは何か動機が必要なのである
端(はた)を楽にするがはたらくだというときそれは身近な家族でも苦しんで働いているから楽にしてやりたいと自然と湧きあがるものがありそれが動機になっていたのである
介護だってやはり他人になれば介護施設でも働く動機が金だけになりどうしても家族のようにはできない、むしろ金持ちに使われるのが嫌だとなる

機械化AI化すると何かいろいろな分野で一人でできる社会になるのかもしれない
インタ−ネットを利用すればすでに一人で雑誌でも出せるとかなる
現実に自分のしていることでもそうである、一人で多様なことを書いているから小雑誌になっている、それは一人でできるのである、これを本にしていたり販売したりになると出版社が必要になる、なんらか雇う人が必要になるからだ
ところがインタ−ネットだったら即座に送信できるから販売がなくなる
ただ誤字とか脱字がありこれは自分でもわかっているのだがなかなかできない
それも相当手間になるからだ

「一人で会社を経営しろ」というときそういう社会になりつつあるからだろう
機械化AI化するとそうなる、インタ−ネット上で即座に書いて送信していること自体そうである
ただ雇うにしてもその人に金だけの動機ではないものがあれば雇ってもいいのである
でも誰も皿洗いなどしたくない、それは自分自身でもそうだし家族でもそうである
でもどうしても家事はしなければならないからしかたなくしているとなる
その人は今は何もしていない、ただ一週間に一二度見回りして畑のことを話すだけであるその人は畑はいろいろ不満を言ってもしたいのである
畑をやりたいという動機がある、農業が好きであり生きがいにもなる
でも皿洗いとか他人の家事などしたくないのである
でも畑にしてもそれに金を払ってもキュウリ二三本で一万とかなる
ほとんどとれていないからである
だからその人は金の援助がなければ畑もできないのである
しかしその人のしたいことは畑での仕事なのである

これからの社会はベーシックインカムとかなればしたくないことはしない
自分のしたいことをする、そしてしたくないことは機械にAIにさせるとなる社会になるから一人で会社を経営しろということも現実化している
大勢でなくても一人でする方が効率的だとなるからそうなる
雇われる人の問題は動機がないことなのだ、ただ金しかない、そして金の不満だけになるもし動機があれば別なのである、自分にしてもプログでもこんなに書いているのはそこに生きがいとなり無料でも働く動機があるからだとなる
自分の個性を出せる仕事だからやるとなる
実際自分にしても金くれるから仕事しろとしてもしたくない、動機がなかったらしたくないからである
だから金のためにだけ働く人間は雇いたくない、それ自体が問題なのである
でもまた金のために働いている人が多すぎるのである、そこに俺は社畜なんだよなとかいう人が多いという時、そういう人を雇う方もただ搾取されているとか見られるだけになるから嫌になる、それなら一人で会社を経営できるならその方がいいとなってしまうのである

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高齢ドライバー」の運転を止められないのか (老人でも今までしてきたことは簡単にやめられない)


高齢ドライバー」の運転を止められないのか

(老人でも今までしてきたことは簡単にやめられない)
  

高齢者がなぜ車の運転をやめられないのか?
車社会だからやめられない、車社会用ように社会ができているからだ
もし車を運転できなくなると社会的弱者に転落する、社会から置き去りにされる
どういうわけか私は車を運転できないから自転車に乗っているから自転車の人とは話が合い仲間になりやすいのである
駅でトラック運転手だった人が足を怪我して運転できないので自転車に乗って遠くに行くその人は60代であり70なのかわからないが結構相馬市とか松川浦とか行っている
15キロとかなるとかなり遠くなる、それも電動自転車ではないのである
まずその人が車を運転していたら話もしないのである
自転車を通じて話をするようになったのである
その人が言うには車を運転できないのは何か問題があり能力的にも問題があり社会的劣等者に見られると言っていた
そういうことは確かにある、そして自転車は車に嫌われる、突然横切ったりするからである、自転車は車にとって特に目障りなのである

高齢者でも車を運転できないことは夫婦だと女性も今は普通に運転しているが運転できないと妻を乗せられないとかなり頼りにされなくなったりする
田舎では特にそうである、買い物でも街内に住んでいない人が多い、するとどうしても車が必要であり一人一台とかでももっているのだ
第一男が車をもっていないと女性だってついてこない、車に女性を乗せられることで一人前の男だと今はなっているからだ
そういうことが車社会なのである
それは江戸時代辺りだったら馬をもっているのが侍であり馬を持たないものが庶民階級だとなる、それで馬を飼うための専用の家来をもつのが侍である
そして徒町(かちまち)があるがこれは徒歩で歩く人の町だと区別されたともなる
御徒歩(おかちまち)とかがそうである、そこにも馬を持つものと持たない者の差があった、それが車社会になれば車をもたないものは足軽のようなものになる

現代で車をもたないことは実際に私自身経験している、モスバーガーは車専用だとばかり思っていた、それでそこで中が喫茶店のうよになっていて休める場所と思っていなかったのである、それは車を利用していないからそうなったのである
それも20年間くらいわからなかったのである
つまり車を持っていなものは社会のこともわからなくなる、なぜなら車社会だからであるそういうことはパソコンとかスマホとかでもそうである
情報社会でインタ−ネットをしていないものは時代に乗り遅れるのである
インタ−ネット社会になっているからインタ−ネットから情報を得たり発信しないものは遅れるのである、ただこれはまだ車社会とは違っている
車社会では社会全体で生活するのに不可欠になっている、だからこそシャッター商店街が生まれたとき駐車する場所がないということが要因でそうなった
車社会になっていることは駐車場がないことは致命的だからである

それで鹿島駅で案内などのボランティアをしていて自転車の駐輪場が前は広く両側に置くことができたのに狭くしたのである
それは車が八台駐車するためのスペースをとるためにそうしたのである
なぜなら駅には駐車する場がないからである
地元の人が駐車しているのは契約して場所を確保しているから外部の人は駐車できない
それから駅前は一時的にしか駐車できない
その八台分は商工会の観光協会に連絡して金を払うと長くとめられる
それは前々からわかっていた、鉄道を利用しなくても車で駅に来る人がいたからだ
道の駅がここにないので街の中心が駅と思い車で来る人がいたからである
駅でも車が遠くから来た人でも駐車できる場があれば駅周辺も活性化するとなる
鉄道だけでは今は活性化しないからである

いづれにしろ高齢化で車の運転をやめるという人に免許を返上したという人に何人かあった、それは80くらいの人である、男性もいたし女性もいた
そして鉄道を利用していたのである、そういう人は電車の乗り方さえわからなくなっているのである、でもそういう人か高齢化社会で増えているからこれから交通の問題が生まれる、田舎で老人でも車を利用できなくなったらどうするのかとなるからだ
そうなるとバスとか他の交通手段の整備が必要になってくるのである

老人の習性として今までしていたことを同じように続けようとする
それは自分でもそうだった、今までしていたことをやめられないのである
年寄りの冷や水というけど今までしていたことは依然としてできると思いやる
それで74歳でもバイクに乗っていた人がいた
ハーレーダビッドソンに乗っていたのである、それは双葉の人である
補償金で金が入ったから買ったのだろう
何か自分でも病気とか介護から解放されたら登山しようとか新しいザックを買ったりしたでもそれも利用していない、ビデオカメラもしていたから買ったが利用していない
ビデオカメラは格段に進歩していたから小型のものでもデジタルカメラでも良かった
10年くらいしたら技術が格段に進歩して買い物すらできない状態になっていたのである

とにかく老人は今までしてきたことやめられない、それはあらゆる面でそうなのである
肉体の快楽でもそうである、それも老人になると異常化している人がいたというのも納得する、性の快楽などでもやはり一旦味わった快楽をさらに追及しよとつづけようとするのである
つまり老人になったからと言って淡泊になったりしない、また車の運転が危険になってもやはり運転しようとする、また登山でも体力がなくなってもしようとする

それが年寄りの冷や水なのである、年取ったんだからそれ相応に隠居して楽しているということでもない、今までしてきたことを簡単にやめたり継続している生を断絶することはできないのである
だから車の運転もやめられない、死ぬまでセックスとか週刊誌であおる
それは個人差があっても人間は今までしてきたことを簡単にやめられないのである
90歳になってもやはり車の運転を使用とするし今までしていたからそうなる
第一車だと体力はいらないから老人にとって車に乗れないことは行動範囲が狭くなり視野も狭くなる、そして鉄道とかバスなどは不便であり利用できないから余計にそうなるのである

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駅前の自転車置場が車の駐車のスペースを作るために狭くさせられたのである
前は広かったのに車の駐車のために狭くさせられたのである
ただここには外からの人が長く駐車する場がないからこうさせられたのである


2019年04月27日

固定観念を破らないと生きていけなくなる (変化に対応できない者は生きていけない?)


固定観念を破らないと生きていけなくなる

(変化に対応できない者は生きていけない?)

「こうするのが当たり前」と思っていることが実は当たり前ではない、ということはよくあります。
私たちはそれぞれに異なる過去を辿ってきました。
そうした異なる過去で身に着けた常識、それにこだわることを固定観念と呼びましょう。

人間はなぜ固定観念化するのか?

●地理
●時代
●家庭環境ー生い立ち  

基本的にはこの三つの影響が大きい、まず地理のことを再三語ってきたけど地理は一番わかりにくい、それは地図を見たってわからない、グーグルで山があるとしてその山がどれだけ深い森が延々とつづいているかなど表示できない、それは経験しないかぎりできない近くでも山は延々と森で覆われて出口もなかったのである

地理が何か一番固定観念を作り安い、だから人間は狭い場所で生活しているからその小さい世界で一つの世界観が生まれる、国単位なら日本は島国の世界観が生まれる
そして島国でも様々な地域の風土があり地勢がありそこで世界を見る
太平洋側だと海から太陽が昇るとなり山に沈むというのをいつも見ている
すると世界はそういうものだと固定観念が自然と作られる
でも日本でも日本海になると海に太陽は沈むし山から太陽が昇り山に沈む地域も多いのである、日本がには盆地が多いからである
それで旅行すると全く違った世界を地理から知るのである
固定観念がそこで破られるのである

また時代が違うとそこで経験することはまるで違ったものになる
江戸時代に生きた者と明治以降に生きたものとはまるで違った世界を生きているのである戦前を生きた者と戦後を生きたものでもそうである
だから江戸時代から明治を生きた者はその時代に適応するのに苦労する
侍は侍でなくなり威張っていられないとかいろいろ激しい変化があり戸惑うのである
何か人間の社会も70年サイクルで急激に変化する
明治維新から70年で太平洋戦争があり戦争が終わり高度成長時代に向かった
それが団塊の世代だった
そして70年過ぎてまた大きな変革の時代を迎えている
日本はおそらくそういう変革の時代に再びあるのだがそれがまだ意識されていないのだろう、でも否応なく変革は迫られてそれに適応できないものは滅びてゆくとなる

銀行なども特に地銀とかゆうちょとかなると地域に根ざしたものであり信頼されていた
それは時代がそうしたのである、確実に利子がついている時代は銀行は信頼されていた
銀行が潰れるなどありえないことだった、でもバブルとかで銀行が潰れたことがあった
銀行もつぶれるのてある
最近は銀行は半分に減るとか存亡の危機になっている
それでも地銀とかが投資信託を売りに来ておばあちゃんが一千万とか損したが
それでも銀行を信用していたということでもわかる
老人はこれまで生きてきた経験から固定観念がありそれで判断するからである
自分自身もそうだったのである、銀行は信用できるという固定観念を植え付けられていただから地銀の人が投資信託をすすめたとき信用したのである
株でも投資信託でも証券のことなど自分は知らなかった
でも銀行員を信用していたのである、それが根本的に間違いだったのである
時代が変わっていたことを知らなかった、時代は急速に変わることがあるからだ

AIとかが良く語られる時代になりベーシックインカムが空想ではなく現実問題として語られる、現実にベーシックインカムを実行した国もある
そうして人間は働かずみんな芸術家になるとか言うのも本当に理解できない
なぜなら高度成長時代は団塊の世代は企業戦士として猛烈に働いたからである
その時自分自身は働いていない、ただその時ニートなどはいない
引きこもりもいない、いたとしてもほんのわずかでありそんな人はいたこともわからないのである
でも今になるとニートとか引きこもりの数が多くなったから話題になる

働くということは別に江戸時代から明治時代から戦後でも強力な否定できない価値観だったのである、働かざる者食うべからずだったのである
大正生まれの私の母は働くことしかない、それで花とかに興味もないし一切趣味もない
働くことだけしかなかったのである、これも異常だった
そういう環境にあったということも影響した、貧乏だから趣味などもてなかったのであるだから本当に時代が変わると価値観ががらりと変わることに驚くのである

アリとキリギリスの話があるけどキリギリスは常に否定されてきた、蟻のように働いて貯えろというのが普通の常識だったのである
でもみんなAIと機械化でアーティストになるというときキリギリスになれとはいうことなのである、キリギリスになれない者は歌を歌いないとか何か趣味もないとか個性を表現できないとかできない人は価値がない、蟻はいらない、それはAIや機械がするとなるからだそういう変化にもみんなが気づいているわけではない、そうなると今までの生活全般、教育でもなんでも見直すことになるからだ
今までの固定観念から判断できないからである 

固定観念というとき家庭環境とか生い立ちも影響してくる、みんな同じようで育った環境とか生い立ちが違うから人はみんな違っている、何か自分は普通でない家庭環境で育ったから正常な家庭でないから奇妙なものとなった
家庭環境がやはりいつもそこで生活しているのだから影響が大きい
自分自身は働くことを強制されなかった、だから働かないし自由に旅行していただけだとなる、それもとがめられることもなかったのである、その結果として介護とか自分自身の病気とかで塗炭の苦しみを受けたのである
それは今のニートが40代以上とかなり親が老いて死んだりすると自分と同じような結果になる
それは想像もつかない厳しい状態に追い込まれることは眼に見えているのだ
誰もその時助けないからである、お前は遊んでいただけだからともなる
つまり人間はなにかしらなんであれカルマを積んでいない人はいないのである
その清算が60以降に必ず強いられる、逃れることができないのである
人間の生い立ちというとき家族でも兄弟でも姉妹でもまるで違った運命をたどることが普通にある
家族ですらそうなら他人になるとさらに生い立ちとか家庭環境が違うと理解しにくくなるのである

なぜなら自分の育った環境とか生い立ちが固定観念となる、異常な家族でもそれがその人にとってはそうして育ったのだから普通になる、家族とは異常でもそういうものだったと固定観念が作られるのである
固定観念はこうして強固に植え付けられるからこれから脱することは容易ではないのだ
それは例えばカルト宗教団体でもそこに入ったものはそこは異常でもそれが正常となる、その異常性に気づかないのである
そこに固定観念が強固に作られるからだ、だから外部の意見など聞かなくなる、批判すると集団的に罰当たるとか威嚇するようになるのである
科学でも固定観念を破ることは容易ではなかった、地動説から天動説を唱えたり様々な科学の発見でもそうである
それは強固に固定観念が作られているからだ、それを脱することができないからである
また固定観念を破らない限り新しい時代は生まれないし作れないのである

この辺で津波とか原発事故で起きたことでもそうである、田畑があり街があるとかそれは固定観念として変わらないものだと思っていた、それが田畑が荒地化して村や街が津波で消失するとかなるとそのあまりの変化に対応できないのである
そこで何か今まで違ったものを作れといっても簡単にはできないのである
第一田んぼにしたって千年とかの単位であったものでありそれがなくなるとういことは田舎ではイメージすらできなかったからであるそれでデザインとはザイン(在る)ものをdは否定する言葉の由来がある
デザインは今まで在るものを否定することから始まる、それは固定観念を破ることから始まるとなる
だから今までの街作りではなく新しいデザインで街でも村でも作るとなる
そうしなければ復興はない、流出した若い人も故郷に戻ってこないともなっている
それで小高のマルシェは新しいデザインで街中に憩いの場を作ったのであれは良かったなと思ったのである
それは今までにないものとして作られたからである  

めぐり 逢 ひ て   見 し や それとも   わか ぬ 間 に 雲隠れ に し   夜半 の 月かな      

月は常に満ち欠けして変化している、月は変化の象徴である
だからもともと暦は旧暦は月の変化を基に作られた、太陰歴である、外国は太陽暦である
日本文化の特徴として四季でも変化がはっきりしている、季節の変化が激しいのである
この歌は人間の出会いも次々に変わることを示唆している
自分自身の経験でもそうだった、家族がみんな死んで次々に人間関係も変わったからである
親戚関係は全部切れた、この世の人のめぐり会いもめまぐるしく変わるのである
無常の世界なのである、この辺では津波原発事故で信じられない無常を経験したのである

最近は特に暑くなったり寒くなったりする、今日はもう夏になるのに寒いのである
日本人は本質的に風土的に変化に適応しやすいのかもしれない、それはこうした気候の変化でも激しい風土から生まれているのかとなる
一方で北極星とかは不動であり変化しないもの定点にあり位置を知るのに信仰までになった
妙見信仰がそうである、この世は変化するものがありまた変化しないものも求めている
変化しないものにも価値がある、AI化でも見直されるのはかえって人間的なもの情的なものや人間の感性だとかなるとそれはもともと人間にあったものでありそれが見直されるとういこともある、ただかえってそうしてもともと人間にあったものが見直されるのでありすべてが変わるということでもないのである 





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みちのくの真野の草原(かやはら)は気候の境界線 (照葉樹林の南限の地点)


みちのくの真野の草原(かやはら)は気候の境界線

(照葉樹林の南限の地点)




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4月に寒気がおりてきたがそれがやはりみちのくの真野が境になっている
寒気はここまでしかおりないから照葉樹林でありえた
これ以上寒くなると温帯の生物は植物でも維持できないからだ

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これも森林植生で南と北の境目が真野の草原の地点なのである

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これも真野の地点が境目になっている

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これも温度の境目でありそれが真野の地点になっている

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海の水温でも真野の草原の地点が境目である
あたたかいのである
黒潮の関係でそうなっている

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原町の多珂神社の近くのスダシイである、これも照葉樹林帯なのである

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みちのくの真野の草原遠けれど面影にしてみというものを 笠女郎

この歌の真野の草原を考察してきたが石巻の真野の萱原が江戸時代まではこの歌の地点だとなっていた、それは地名があったからそうなったのである
ただそこはあまりにも遠いからありえないとなった
ただこれまで考察したようにそれなりの根拠があった
真野氏が産鉄族でありその木簡も発見されているし鰐山というとき和邇(ワニ)氏の一族に真野氏がいたからである、だからそこが全く根拠がないものではない

ここで考察するのは真野という地域が何か気候の境界になっている
それは南相馬市の鹿島区の海老村がマルハシャリンバイの南限の地として自生する場所となっているからだ
つまりここは暖かいから奄美大島に自生しているマルハシャリンバイの種がが黒潮にのって流れ着いたとなる
でも気候に影響されるから温かくなければ育たないのである
その限界地点が真野の草原の地点だとみる
草原(かやはら)は萱(かや)とは関係ない、一つの地名である、それは追求してきた

縄文海進とかありさらに古生代になるとフタバスズキ竜が海をお泳いでいたという時暖かい地域としてあった、また黒潮と親潮の境目でもあった
海の温度でも地図をみると丁度この地点が境目になっている

森林分布でも温暖地帯にある照葉樹林帯にありそれら中国と連なり同じ文化圏にあるという指摘でもそうである、人間にとって生物にとっても気候の影響が大きいのである
だからその気候によって植生も違ってくる
ただ現代から過去をみるとき気候も違っている、縄文海進時代は相当に今より暖かい時代だったのである、だからこそ海が奥までは入りこんでいた
この辺では塩崎に船着とあるようにあそこまで実際に今回の津波で海になったことでもわかる、船着とあるのはまさにあそこまで船が来ていたことを津波が証明したのである
この地名は化石地名のようになっていたのである、それだけ地名は古いのである  

真野の草原の地点が南系統の照葉樹林と亜寒帯の樹林帯の境目になっていることは地図から明確

真野の草原の石巻説があるが気候から地質学的に見たときここが有力だとなる証拠なのである
橲原とか真野川の奥にサンゴの化石とかいわき方面でアンモナイトの化石とか久ノ浜から奥で発見されていてそこで保存されている
フタバスズキ竜でも暖かいから生きられたのである
ともかく郷土史は総合的な学問でありそこには地質学からあらゆる学問が関係しているのである
ただそうなると一人の手には負えないとなる

この裏付けが地質学とか気候から何か科学的証拠となっている、それでこの裏付けは科学が関係しているから信じられるとなる
やはり歴史でも科学的裏付けがないと今はなかなか証拠となりにくい、その辺は苦手だがこういうふうに地図でもそろえてゆくと
何か具体的に見えてくるのもがある

なぜこれほど真野の草原の地点と一致しているのか?

これはただの偶然なのか?そうではない、それがこの地点が真野の草原が南と北の境目にありそれが真野の草原を示す地点だという有力な裏付けとなるのである
  
綾の照葉樹林帯
posted by 老鶯 at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2019年04月28日