2019年03月28日

鹿島駅の高校生のNPOの見守りは三人交代でしている (一人は相馬市の人だった―情報には知的なものと情的なものがある)


鹿島駅の高校生のNPOの見守りは三人交代でしている

(一人は相馬市の人だった―情報には知的なものと情的なものがある)

その人がなぜ昼間に駅にいたのか?
制服を着ているからすぐにわかる
昼間も何かあるから見てこいと言われたという
でも奇妙なのは駅の業務にかかわらないという契約で南相馬市でNPOに頼んで人を置いたのである

そこの人はなるべく乗客とはかかわらないと言っていた
めんどうなことになると嫌だからとかかわらないとしている
それは私自身が何かおせっかいでかかわりそんなこと知っているとか地元の人に言われたからである、迷惑がられたし警察がきて怪しいと職務質問もされた
それからJRの人にもかかわるなとか何か嫌がられている

でも何か変なのである、駅の業務にかかわらないとしたらそこになぜいるのか?
ただ高校生の見守りだけ何もしないのである
だからそこにいる人は携帯用のテレビを見ているだけだとなる
それはいるだけでも安心感はある
だから無駄だとはならない、でもいくらもらっているのか?
南相馬市から金は出ているからあそこでその役割がある
つまりもし無料でしいているなら何も市民でも文句など言わない
そこに南相馬市民の税金で多少でも払っているとなるとまた別になるかもしれない
そして相馬市民にも金を払っているということもある

ただ駅で何か案内といってもそんなにはない
地元の人は自動化していることでわかっているからである
それでも遠くから地元の人でないと自動化してもわからないということを書いてきた
そもそも駅の業務にかかわらないとしてJRと南相馬市が契約してはじまった
その理由は何なのか?そのことも理解しかねるがそれを疑問に思う人もいない
それだけ今は駅に関心がないのである

人間はただ何でも機械化自動化してどうなるのか?何かそこに欠けるものが生まれてこないか?
実際はスマホとかばかりみているとかSNSでコミ二ケーションしているがそれだけで人間社会が成り立つのかとなると疑問になる
それは自分自身がパソコンで発信しているから否定はできない
ただ今の社会に欠けているのは何か人間が失っているものがある

家庭に、学校に、会社に、社会に、街中に会話をする声が耳に聞こえる事がない。まあ、考えが無いんだよなあ。だから話す事がないんだ。笑ってしまう。 まあ、岐路に来たんだ。欧米の真似をしてきたんで考える必要がなかったんだ。もう、自分で考えなければならないんだ。根底からさ。信じるものまで届くまで考える必要があるんだろうなあ。だから、揺さぶられてしまう。根が深くなければ、ちょっとした風でも倒れてしまう。

これは何を言っているのかわからないけど

家庭に、学校に、会社に、社会に、街中に会話をする声が耳に聞こえる事がない。

これは言える、みんな駅でもスマホを見て人がいても関係ないとなっている
人がうざいのである、だから何か話しかけると嫌がある人が多くなる
でも結構駅ではちょっとでも自分は話したから話するのがみんな嫌だとも見れない
それは人による、でも一般的に現代は会話がない社会である
だからこそ自動化無人化がすすめられる、人がいなくてもいいとみんなが思っているからである、特に駅に鉄道を利用しないから関心がないからである

江戸時代とか戦前とかは何か会話が多い社会だったろう、それは狭い地域で暮らしていたからである、それで田舎ではかえって根掘り葉掘り聞かれて嫌になることがあった
ただ逆に現代は生の面と向かった会話が少ない社会である
そこで一見情報社会で膨大な情報にふれていても何かそれで心が豊かになったとも思えないともなる

情報という感じは情に報えると訳した時何かここに日本人でもそこにただのインホメーションでないものを伝統的にもっていたからこの訳になったのかもしれない
インテリジェンスでも情と訳されていない、インテリジェンスは分析加工とかの意味があり情報にはただ知るだけではないそうした作業が不可欠である、それをテレビではしているがその加工された編集されたものによって偏ったものに必ずなっているのである、インテリジェンスは自分の頭でするものであり他人の頭でするものではないとなる

情報に知的なものがあっても情があって情報があるとなっていないのである
人間が直接かかわるとやはりそこに必ず自ずと情が働くのである
スマホの方が今でも便利である、知的にはそうである
ただそこには情が欠けた空間なのである
一方で情だけでは知的なものではたりなくなる、なぜなら知らない場所に行ってまず正確に丁寧に道を教えたり目的の場所を教える人はいないからである
そうなるとスマホの方が知的にはいいとなり地元の人に聞いたりしないのである
それがただ一方的に今は知的なものだけになっているのが問題だとなる



南相馬市の給料の相馬市との比較 (ラスパイラル指数が低いと福祉とかのサービスが低下)


南相馬市の給料の相馬市との比較

(ラスパイラル指数が低いと福祉とかのサービスが低下)

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ラスパイラル比較




ラスパイラルというのがわからないにしても公務員の給料の比較する目安である
全国平均では99である、南相馬市は意外と低い、94となると低い
その差はどこから生まれているのか?

相馬市の津波の被害が大きかった、だから財政的にも苦しいのかと思った
でもそうではない、あれだけの津波の被害でも全国平均よりうわまっているのはなぜだろうか?
何か津波以後に復興がうまくいったためなのか?
なぜなら松川浦などは港も再整備されて天然ガスのビルが建ったりしている
何かそういう面で税収が増えているからかもしれない
税収が増えなければ給料も上がらないし市全体でサービスも落ちる

南相馬市の財政が相馬市より厳しいのは津浪とか原発事故でそうなったがかえって国からの復興のための支援金が入ってきているから財政的にはいいと思っていた
その補助金も莫大なものだったからである
でも結果的に除染に何兆円も使ったとしてもその費用は東京のゼネコンに流れただけだった、自治体指導でやればその金が入ってきたとも言われる

そして南相馬市のアキレス腱は小高が避難区域となったことで人口が急激に減りそこが老人だけが帰って生産機能が消失したことである
そうなれば税収も入らないからである
そして福祉の予算だけがふくらみそのサービスも落ちる
もともと福祉関係は自治体によって相当に差がある
裕福な自治体は福祉のサービスもいいから東京の人などはそういう都市に移住しようとしているしすでにしている人たちもいる
その差も大きいのである
だから小高の問題は小高だけの問題ではない、それで若い世代が流出して老人だけを残したということが問題なのである
南相馬市全体からすると負担になるからである

それを象徴していたのが小高病院の再開である、入院もさせるということで医師が反対して辞職した、入院はしないで訪問して治療するのがいいとやめた
そう主張したのは入院するとそれだけ負担が増える、その負担をしきれない、看護婦だって不足しているのだからできない
それは財政的にもそうなのである、ただ新しい市長は公約だったからとこだわり小高病院の再開をしようとしている
南相馬市では原町区でも小高では特に補償金がかなり入った
それで何か財政的にはいいのかなと見ていたがそれも一時的なものである
年金のように定期的に入るものではない、でも結果的に補償金頼りであり小高では老人が多いのだから生産しないし税収にもならない
すると南相馬市の財政が苦しいから公務員の給料も減る
福祉とか介護サービスも落ちる
それで葛尾村では馬鹿高い介護保険料を払う羽目になったのである

また福祉施設は立派なものがあるとしてそこで働く介護士とかが不足している
それは福島県全体に言える、それで今は青森県でそういう人たちを引き受けている
青森県では仕事がないから介護関係の仕事をする人が多いからである
そして生活保護でもこの辺は支給するにしても減額される
医療費は補助されても一万しかもらえないとかそれは苦しいとなる
年金だって4万だからそれでは生活できないのである
何かそうして福祉の方にしわ寄せが来ているのである
公務員給料だって低く抑えられるのである

いづれにしろこの辺では浪江町とかでも公務員は過酷になったのである
仕事もそうだし自治体が崩壊するような状態になったら公務員だって今までのような恵まれたものにはならない
ただ日本全体の経済も停滞して低下してゆくとき公務員だって全国的にそうなる
公務員はAIで職を失うとかもいわれる地銀などもそうである
公務員とか地銀とか農協とかは地方では安定して就職先であり地方に生活するならそういう場所しか大卒とかなると就職先がなかったのである
でも時代が変わりこういう職業も安定はなくなった

それより10年で復興の補助金は国から打ち切られるそれも後二年なのである
そうなると南相馬市はさらに財政的に苦しくなりいろんなサービスが削られる
第一小高なら老人だけの街とか福祉を受けるだけの人たちになる
それから隣の浪江町でも双葉町でも大熊町でも広域的社会では経済的影響が大きいのである、自給自足社会で最低のミニマム社会なら影響がないが必ず全体的に影響しあっているから落ち込むのである

そういう社会になるとその中で田舎だと特定のものが金があるとしても豊かには暮らせない、回りが困窮しているとそれがじかに感じるし影響してくるからである
離れていれば別だか常に隣り合い暮らしていればそれが眼に見えて影響してくる
もうそうなると安穏としては暮らしていけなくなるのである
だから南相馬市から南はこれからさらに苦しい状態においこまれとなる
ただ相馬市が財政状況がいいのか?それは救いだともなる
相馬市も南相馬市の隣なのだから影響するからである  




福島県所得ランキング

1位 大熊町 515万5534円
2位 葛尾村 407万5632円
3位 双葉町 369万2776円
4位 富岡町 363万4576円
5位 楢葉町 332万6625円
6位 浪江町 323万8755円
7位 広野町 320万6765円
8位 飯舘村 313万8824円
9位 福島市 310万1910円
10位 南相馬市 310万1328円
11位 郡山市 307万6066円
12位 相馬市 303万2661円
13位 いわき市 302万4302円

一時的に補償金で上がったのである、ただこれが税収となったのか?
それは持続的な税収とはなりえないのである

課税所得

2017371福島県南相馬市854億6332万円310万1328円
2016315福島県南相馬市862億5797万1000円314万7411円
2015361福島県南相馬市816億3359万9000円307万1588円
2014453福島県南相馬市755億5567万8000円293万8080円
2013775福島県南相馬市678億5941万6000円271万3616円
2012995福島県南相馬市555億1948万9000円260万5570円
20111158福島県南相馬市694億5037万1000円253万7648円
20101190福島県南相馬市712億6074万9000円252万5543円

震災前より課税所得も上がっている、平均年収も上がっている
すると税収も増えているはずなのだがどうなっているのか?
ただこの課税所得があったのが震災関係の復興事業のためである
特に建築土木関係は特需になり息を吹き返したのである
でせ復興関係の仕事が減るとまた停滞して低下してゆく

すでに2017年で減り始めている






posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連