2019年03月22日

春の日に山元町までの旅の俳句と短歌

  
 春の日に山元町までの旅の俳句と短歌

stonmile111.jpg
亘理まで5里中村へ三里とある

stonebig1122.jpg
この石はみ応えがある
isoyama11111.jpg

yamamotosea1.jpg

yaegakiss1.jpg
八重垣神社の松は残っていた、ここは海に相当近い
trainlongyyy11.jpg
津波の後に長い高架橋のレールになった

longrailjjjj111.jpg

クリック拡大

yyyseatrain1.jpg

nightmatu11.jpg

ここは五本松だったが三本になった





朝雲雀六号線を遠くへと

我が家を遠く離れて春の山 

東風(こち)吹くや境を越えて遠くへと

草萌えて電車の来るや海望む

大石に一日におうや庭の梅

正宗の休みし石や落椿

春の闇三本松の浮かぶかな
                                    

新地なる道標(みちしるべ)古り春日さしその道のりや昔思いぬ

正宗の休みし石と吾も休む津波の後の春の磯山 

海霞み島の見えじも船影の二艘進みぬ春の昼かな  

椿咲き松によりにつ正宗の休みし石や沖行く船見ゆ

春の山霞て見えじ島の影二艘の船の沖に行く見ゆ 

(八重垣神社)

津浪にも神社の松の残りしを春の日さして我はやすらふ

山に没る春の夕日や海よりそ満月上る浜街道行く  

春の灯や電車の音に浜街道旅人の行く影のありしも

我がよりぬ坂本宿の古きかな春の満月夕べ昇りぬ 

鹿狼山見えて高きを我が還る6号線の春の夕ぐれ  

松川浦月影さして鷺一羽なお餌漁る春の夜かな  


五本松三本残り支え合う人のごとしも月影さしぬ

五本松三本松のなお残り我が還り来ぬ春の夜かな

三本松変わらずここにあるべしや我が待つ人のなしとて待たむ


相馬市を越えて新地に行くと道標がある、それで坂本まで何里とか記してある
それを見ると何か旅に来たなのという感じになる

大石の庭は前にも見た、あの石がいいのである、そこに梅が匂っていた
それから新地を越えて山元町に入った、ここは行ったことがなかったのである
何百回と仙台に通っていたがこの海岸沿いは行ったことがなかった
実は新地の海岸までは来ていた、でもそこから先は遠いなとなり行かなかった
つまり自転車だとなかなか遠くに行きにくいのである
ここから5キロで温泉かと遠くへ行ってあったが引き返すと10キロになるから遠くなるすると先を急ぐから行けないとなる
ただ電車の中から山下駅からいつか海の方に行ってみようとは思っていたのである
それがこの年までついに行かなかった
人間は近くでも行かない場がある、その間に月日が流れて津波の後に行くことになったのである
人間は意外と灯台下暗しで終わることがあるのだ

磯ア山でも津波が襲ったが辛うじて被害をまねがれた
そこに正宗が座ったという石があった
そこからの見晴らしはいいが港もあり船もあったが漁には出ていないという
その道はサイクリングにはいい、堤防の上を走ったら気持ちがいいとなる

八重垣神社とは何なのか?海に迫って神社がある、そのことはまた歴史の探求として書いてみよう、ここでは旅として山元町まで行ったことを書く

山元町の街の方に行くと夕暮れになっていた、郷土資料館によった
そこに坂元のことが記された木簡が発見された、坂元願とかの木簡であり古代のものである、坂元宿はそれだけ古いことに驚いた
山元町は古代の歴史として相馬の延長にあることがわかった
これも鉄道だけだと線だけの旅になりわからないと思った
鉄道の旅は日本全国を隈なく乗ったけどそれだけではわからないのである
第一そもそもすぐ近くの山元町のことを知らなかったからである
人間は交通が発達して便利になってもかえっていろいろなものを見逃しているのである
感じなくなっているのである

夕日は山に没しその時満月が出た、坂元駅辺りでかなり暗くなった
でも六号線をひたはしり鹿狼山が見えた、あれはこの辺では一番高いから目印になる
それから相馬市の方に行く道ではなくて松川浦に行く道路を進んだ
そして松川浦に出た、満月であり月の光りが入江に反射していた
写真をとったが夜でうまくとれなかった
鷺が一羽月明りのなかで餌漁っていた

そうして相馬市により食事して例の五本松の所にくる、今は三本松しかない
それも枯れるかもしれない、何か松は枯れやすいのである
春の夜の闇の中に三本松が影となり浮かぶ
その松は人間に見えるのである、松は一番人間に親しいものであり人間に見えるのであるだからこの松が還ってきた自分を待っているというふうに見えるのである
家には誰も待つ人がいなくても松が待っているとなる  

今回は介護とかで旅は10年くらいしていなかった
それで新しい電動自転車で旅した気分になった、やはり旅で見る時の自然でもなんでも違って見えるのである、旅人して見る景色は違って見えるのである
新鮮に見えるのである、だから旅人になる必要があるがそれが今ではしにくい
車でもバイクでも早すぎて旅人とはならない、通り過ぎるモノになっているからだ
電車でさえ旅人としての経験はできない、現実に何百回も仙台に通い山元町を通ったのにそこを知らなかったからだ

旅の問題は自転車だとしても六号線だけを通っていただけではその土地のことはほからないということである
海から山へと横の方面も旅しないとわからない、ただ六号線は遠くに行くにはどうしてしも便利だからそこだけを頼りに通りすぎてゆくのである
寄り道できないことが問題なのである、その時何か大事なものを知らずにただ通り過ぎてゆくだけだとなる
そういうことが現代では多すぎるのである

とにかく旅したな旅人のようにまたなったなとつくづく思った
でも山元町から越えると仙台の方に行くともう日帰りはできないと思った
やはり80キロ行くとして帰りもそうなるから行けない
泊まるとなると結構楽ではない、ただこうして動いていれば体力も筋肉もついてくるかもしれない、ただ一日とか休めば楽なのである、連続して自転車をこぎつづけることは苦しくなる、ただまたさらに遠くへ行ってみよう
そう思うのはどうも去年でも4月5月でも光線が紫外線の影響か日射病に熱中症になってひどいめにあったからまず光線には弱くなっているからだ
夏は全く旅は自転車ではできないと知ったからだ
すると3月から4月がいいとなるから今の内に行った方がいいとなる
ただこの自転車の弱点は荷物がのせられないことなのである
そしてスタンドがないからとめるのに苦労するのである
長距離になると荷物がのせらられないことは苦しい、そこが一番の問題だった