2019年03月21日

春彼岸(満月に梅匂う)


春彼岸(満月に梅匂う)

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今出ている月(19時14分)


家一軒ここに隠され匂う梅

朧月ひそかに棲みて匂う梅

花々や墓地賑いぬ春彼岸

落椿あまたや続々墓参り


誰が知らぬ人花挿して我が墓や死ににし人を一人偲びぬ

せわしなに時は過ぎゆく死す人の忘るは早し彼岸はめぐる

次々に人の変われるこの世かな今日ある人も明日なしかも

梅の花匂い放ちて夕べ散る満月照らし心おきなし

紅梅の匂いに満月美しき盛りの時や幸にめぐまる

月影に浮かびしもあれ死にしもその面影や彼岸となるかな 


彼岸だけは墓地はにぎわう、それにしても人の世は変わりやすい、人自体が次々に変わる
死ぬと忘れられるのも早い、そして時間が過ぎ去るのも早い
家族が二人死んだけど一人は8年過ぎたしこれも早い、一人は三年である
そして残された人もまた生活とかいろいろ追われる
それでこの辺は津波とか原発事故などがありめぐまぐるしく変わった
なにやかにやで自分も一人で暮らすのが3年すぎたのである 

年をとれば今日ある人は明日なしかもとかなる
同世代の人が次々に死んでゆく、有名人でも死んでゆく
するとその死者をいちいち偲ぶことすらできないのだ
なぜなら次々に死ぬ人が知っていても増えてくるからである

昨日は満月でありその後朧月になった
梅の花も十分ににおいを放ちそして満月に照らされる 
私の場合はめぐまれていたが不幸に死んだ人も多い
実家の墓では肺病で25歳で死んだとか記されていると墓参りすると何か苦しくなる、圧迫されるのだ
でも実家の墓には私はもう行かない、300万もらって墓を頼むと親戚が墓参りする
その人は地元に住んでいない、もう会うこともない
何か自分の親戚はもめていたし特に母方はそうである
でも親戚はもともとなかったしすべてその縁も切れたとなる、これも無常である

彼岸には死者を偲ぶことはいいことである、一年に二度でも人間は現実に存在しないと忘れるのである
日々の生活に追われ忘れるのである、死者でも生者でも「去る者は日々に疎し」になる
実際現実に逢わなければ死んでいるとも同じだともなる
この世とは無常の世である、それは老人になると否応なくただ事実として示されるのである
若い内はまだ親か元気だったりするからまた同世代で死ぬ人もいないから感じないのである

ともかく十分に梅のように匂いを放ちそして死ねば恨みは残さないだろう
でも人間はつくづくいくつになっても生に執着するのだ
それは生物の本能だからどうにもならないとなる
生きれるかぎりは生きるとなるからだ

昨日は月影の中をずっと自転車で走ってきた、そして今日は墓参りである
家族が待っているいるわけでもない、一人暮らしにもなれてくることは確かである
要するに人間は何でもなれるということなのは確かである
どんなことでも受け入れざるを得ない、それが現実を生きることなのである




原発避難民の補償金の使い方が間違っていた (小高の人が山元町で土地を買い農業はじめた矛盾)


原発避難民の補償金の使い方が間違っていた

(小高の人が山元町で土地を買い農業はじめた矛盾)


事情は詳しくわからないにしろ昨日山元町の不動産屋の人が言ったいたのは何を意味しているのか?
小高の人が山元町の土地を買いあさって農業をはじめている
その土地は津波の被害にあって売った方がいいと土地をもった人が考えた
津波の被害の土地は海老辺りでも国で買い上げるが安いと言っていた
国に売るよりは高く買ってくれる人に売ったのかもしれない

そこで山元町の土地を売る人の気持ちはどうなるのか?
「もうこの土地では農業はできない、土地をもっていても無駄だ、売る他ない
安くてもしょうがないな・・・・先祖代々受け継いだ土地だけどしょうがないな」
「ここで私たちは農業をはじめる、補償金があるから安くなった土地を買える
小高区はもう放射能汚染で土地は使えない、ここならまだ農業ができる」

こんなふうになったのかもしれない、これも矛盾なのである
だって小高区を復興するために補償金を与えられたのに実際はそうでとなかった

町全体の復興のために補償金は与えられない
個々人の復興のために与えられた
だからその補償金は個々人で自由に使えばいい

こうなっていたのである、だから避難した時点で他に土地を買い家を建てた人も近くにいる、それは個々人に補償金が与えられたからその補償金を使うのは個々人であり小高区とか南相馬市が決めるのではない、そうなれば今の世の中暮らしやすい場所を選ぶ
そういう場避難区域になったところよりいい場所はいくらでもありわざわざ放射能汚染で農業もできない、不便な所に住まなくてもいいとなる
これは時代でありどうにもならない

なぜなら十津川部落が水害で国から金をもらったときその金は北海道移住のために全員が一致して移住するために使われた、個々人の自由に使える金ではなかったのである
その時代は農業中心の時代だから北海道に土地があるから農業できるということで
みんな一致して移住したのである
そこでの暮らしは楽ではないにしろそれを受け入れざるを得なかったのである
それは相馬藩が飢饉のときも越中などの移民が荒廃した土地を与えられるということで
命がけで移住してきたのともにている

何かそういうこととにているのだ、一部が災害で大きな被害になるとかえって外部の人たちが入ってくることがあるのだ
ただここでは小高の人たちが農業をやるために資金があるから津波で安くなった土地を買いあさるとなる、小高の農業の復興のためにはその補償金は使われないのである
これも矛盾なのである、そういう矛盾は船主とか漁業関係者にも生じた
そのことは再三指摘してきた

なぜ復興できないのか?
それは補償金でもすべてが復興のために使われなかった
除染費用が何兆円とあるとしてもそれは東京のゼネコンに流れた
県でその金をもらい独自に除染をしたら良かったということがあったがそれもなかった
つまり金の使い方が悪いのでそうなったのである
そういうことを会社経営している人はしきりに言っていた
そういう人がまたなぜ会社経営に失敗したのかもわからない
ただ部下に仲間に裏切られたということは言っていた

そもそも小高と鹿島区も南相馬市で補償金でもめたからである
でもふりかえるとそのことを指摘すると小高の人は鹿島区の人たちはなんなのだ
かわいそうな俺たちをただ批判するだけなのか?そうして怒ることにもなる
でも内部でもそうした矛盾が生まれてそれも大きいのである
なぜみんな若い世代が出て行って帰らないのか?
それは多額の補償金をもらった結果としてそうなったのである
小高とか原発避難地域の復興には使われなかったのである
それは県単位でもそうだし市町村単位でもそうだったのである
そこになんら自治体の政治力も働かなかったし一体自分たちの住んでいる村でも町でも市でもどうするんだということを協議したこともないのである
ただ国の言うなりになり個々人の自由意志にまかされてそれなら補償金もらって外で生活しようとなってしまったのである

ともかく小高区を例にとればなぜきついことを言うかとなるとそれは南相馬市に住んでいれば当然予算とか税負担があり大きく影響するからである
つまり復興してもらなわないと南相馬市全体で困るからである
それは家族の一人が病気になったような状態になるからである
離れていればそうはならない、でもすでに外に出て家を建て仕事をもち子供も小中学校を高校でも外の学校に行った人は故郷と関係が薄れてしまった
いまさら戻るわけにもいかないととなる
既成事実化してしまったのである、でもそれでは親を残してその負担をどうするのか?
ただ金を払えばいいと言う問題でもない
現実にこの辺では立派な施設があっても働く人がいないから老人ホームでは介護を引き受けない、それで青森の施設に受け入れられた人もいる
それは全国的問題にしろこの辺では極端なものとしてなんでも現れたのである
                                                    

タグ:原発補償金
posted by 老鶯 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連