2019年02月21日

津波は地形による影響が甚大だった (前にさえぎるものがあると被害はすくなかった)


津波は地形による影響が甚大だった

(前にさえぎるものがあると被害はすくなかった)

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枯れた一葉松

萱浜には墓地だけが残った、それも墓は新しくしたものだけだった
古い墓はない、ここには江戸時代の墓もあった

それから遠くの高台の老人施設まで被害があり老人が死んだのも前にさえぎるものがないから
津波の勢いが弱まらなかったからである

南相馬市原町区の介護老人保健施設「ヨッシーランド」は東日本大震災で津波に襲われ、
36人が死亡、1人が行方不明になった。

鹿島区八沢浦の場合
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前に丘があり津波は弱められた

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金沢と北泉の被害が凄まじかった
それは前にさえぎるものがないからまともに津波が襲ったからである
坂でも勢いよく駆け上るように津波が押し寄せたのである

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今日はあたたかいので萱浜から北泉から金沢を回った
一葉松は枯れたので市の方で新しく苗を植えたとかさし木したのか植樹祭をしたという
それでもそこにあのような立派な松になるには百年かかるとかなる
だからそんな松を見るのはもうなかなかできないし先の先である
そうなるとあの松がなくなることは惜しかったなと改めて思う

その近くで松の木を切って仕事している人がいたので聞いた

「ここは被害があったのですか?ここまで津波が来たのですか、床上まで来ましたか」
「床下まで来たよ」
「それは良かったですね、被害が少なくて」
「あの新田川の河口の丘があり被害が少なかったんだよ」
「あの丘ですか、なるほどあれで津波がさえぎられて弱まった」
「でもここから向こう側新田川沿いでは被害が大きかった」
「あそこでは6人くらい死んで家は全部流されたよ」
「それは私も知っています、そこに住んでいた人から連絡ありましたから」

床上か床下かと聞いたのは私の家の近くでも海から3キロ離れても床上になり意外と被害が大きかったからだ、床上になるとどろをかぶるからそのあとかたづけが大変になったからだ、水害でも床上と床下では相当な差があるのだ

とにかく津波の被害が大きくなったのは前になにもない、さえぎるものがない場所で壊滅的な被害があった
それを象徴していたのが石巻なのである
海岸に家が密集していた、そこを通った時なんでこんなに家があるんだと見ていた
それは実際は本当に怖いことだった、津波の恰好の餌食になる場として提供されていたのである
それは相馬市の原釜(はらがま)とかでもそうである
海に接してそこは海水浴場になっているけど家が低い場所に密集していたのである
もしその後ろ津神社(つのみつ)神社の高台の所あれば助かった
そこまで津波が来なかったからだ
低い場所の所は津波で根こそぎやられたのである

まず津波を考慮しないで住宅地を広げすぎたのである、それを今からふりかえると恐ろしいことだったのである、津波に対する警戒心がまるでなかったのである
それは仙台でも同じであり住宅地が海岸沿いに拡大していた
そこに地震が起きて津波が来るとか警告したらその学者に業者が怒ったとかある
売れくなくなる、地価が下がるからそう言ったのである

津波には地形を考慮せよ、その差で被害が大きく変わる

八沢浦でもそうだった、すぐ前が海なのだが丘が前にありその家では裏が山になっているからそんな近くでも津波を見て裏山に逃げて助かったのである

本当に津波は地形によってその被害が大きく左右される

でもそのことを考慮した街作りとかしていなかった、だから海岸沿いに密集して建てた家は根こそぎ津波の被害で村ごと消滅したのである
それも本当に恐ろしいことだった
ただ今になるとなぜ津波に対する警戒心がなくなっていたのか?
それは人間は400年に一度とか来る津波には備えられなかった
みんな忘れていた、それで忘れたころに大災害が来たのである
人間の弱点は経験しないことは理解できない、また何事忘れやすいのである
人間はすぐに死んだりすると忘れられるように次々に起こることで大きなことでも忘れてしまうのである
だから記録して伝えることが大事になるのだけどそれが文書とかになるとなかなかリアルに感じないのである、伝承があったとしてもそれもまた語り継ぐとなるとなかなかできない、だから津波は来ないという固定観念が形成されたのである

いづれにしろ津波は地形を地勢を見ることである
その地形の差で被害の強弱が生まれた、新地の火力発電所は原町の火力発電所のように海に突き出ていないから引っ込んだ所にあったというだけで被害が大きくなかったのであるだからちょっとした地形の差が大きかった

そして不思議なのは八沢浦でも旭化成とかの工場が海岸に接してあったが丘の上にあった原町の新田川の河口でもそうである、丘の上に工場のようなものがあった
結果として被害がなかった、でもなぜそんな所に建てたのか?
そこは田んぼではなく地価が安かったからだろう
田んぼの所は工場にしにくいからである、それで逆に助かったともなる

ともかく日本は災害が多い、土砂崩れとかも多い、山国だからそうなる
そういう地形を見ることは本当に大事である
だからその地形の危険な所に地名から判断するということもある
それより今なら地図でも地形を見ることができるからそこで危険な場所を判断する
ただそうなるとどこも危険があるのが日本だから家を建てる所がなくなるとまでなる
ただ明らかなことはなぜ神社が被害がすくなかったのか?
それは神社は古いから高台にあったからである
古い家はだから津波の被害にあわないことが多かったのである
相馬市の松川浦の原釜とか平地に家が密集したのは新しいのである
ただ鹿島区の海老とか烏崎は古い、だから何らか400年前の慶長津波の被害があったかもしれないが記録に残されていなかったのである

津波から8年になるのがまだ津波の傷痕は消えない、それだけ被害が大きすぎたのである
それが癒されないのである、ただこの津波の被害の教訓を忘れてはいけない
地形が良く知って住むべきだったということである
そして津波を防ぐ効果的な方法は海の前に台地を作ることだったのである
するとそこを波が越えたとしても津波の勢いが弱まるから被害が少なくなるのである
それだけ津波で心すべきことだったのである  

 八沢浦と磯部の地形と神社 (津波との関係は・・・)

posted by 老鶯 at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

固定観念と思い込みと先入観に陥りやすいのはなぜ?


固定観念と思い込みと先入観に陥りやすいのはなぜ?

リンゴは赤い

リンゴは赤いというのは頭に変えられないものとしてインプットされている
でも赤くない青いリンゴでも黄色のリンゴでも実際はある
でもリンゴは赤いということを頭の中で変えられない
それはななぜか?

それは経験でそうなったのである、絶えず赤いリンゴ食べてきた結果そうなった
たまたま青いリンゴとか黄色のリンゴでも食べた見たとしてもその確率は非常に低いからそれが固定観念を作り出すのである

それならば「固定観念」など無くしてしまえば、もっと自由な発想でいられる、と思いますよね?ところが、年齢とともに積み上がり、さらには無くせないのが「固定観念」の難しいところです。なぜなら、それは今までの経験や教育によって積み上げられて作られているからです。

老人の場合は今まで経験したことから判断することが多い、だから頑固になる融通性がなくなる、それはどうしても人間は経験したことが判断の基になっているからである
それはささいなことでもそうである

自分自身が気づいたことは駅から大阪に仙台の空港から飛行機で行ける
それなら時間もかからないし運賃も安くなる
それは駅でそういう人にあったから知っていた                

ところが自分自身の経験では一回も飛行機で大阪に行っていない

電車でしか行っていないから飛行機で行けば簡単に行けるということを聞いて知っていても大阪は遠いななかなか行けないなと思い込んでいたのである
要するに人間の自分が経験したことを基にして判断している
結果的に経験といってもあらゆることを経験できない、社会のほんの一部しか人は経験できない、また知識でもほんの一部しか身につかないから固定観念をもちそれを破ることができないのである

それはあらゆるところに起きる、最近地銀に投資をまかせた、地銀は信用できると思っていたからだ、しかし地銀は証券とか投資のこと株でも投資信託のことは全くの素人だったのである、でも地銀は信用できるという経験からそう思ったのである
現実におばあちゃんが地銀を信用して投資信託を買わされて一千万損ししても依然として地銀を信用していたのである
老人になるとそうして銀行とか地銀でも直接顔合わせて信用できるものとして長年経験しているからそうなったのである

老人は今まで経験したことで判断する、津波でもこの辺ではそうした経験をしている人はない、400年前に大きな津波が来たということは誰も知らなかった
すると老人は津波は来ないという固定観念があり逃げずに死んだ人が多いのである
経験から判断するからそうなるのである
すると経験しないことには対応できないのである

ところが人間の一生は短い、400年単位とかで起きることになるとそれを経験した人がいない、だから対処できなくなる
そして人はそれぞれの経験で判断するけどそれも限られているから新しい事態が起きたら対処できないのである

ただ仙台から沖縄には飛行機で行った、それは沖縄は電車で行ける場所でないから飛行機で行こうとなっていたのである                                              

だから今の時代に大阪に飛行機で一回でも行く体験していたらこうはならなかった

仙台空港までは直通の電車が出ているからだ、それは士っていたけど大阪まで一回も飛行機で行っていないということが未だに大阪には簡単には行けないと思い込んでいたのである

いづれにしろこの固定観念とか先入観とか思い込みはささいなことでも常にある
それで失敗しているのである、これは老人には多いにしろみんなに起きていることである成功体験からぬけられずに失敗したとかいろいろこの固定観念とか先入観で失敗する
それはもう人間の宿命である
そして常に時代は変わる、それも技術でも急速に変わりそれに追いつけない、体験できない、経験しないからわからなくなる

科学の歴史でも技術の歴史でもこうした固定観念を打ち破る歴史だった、コペルニクス展開とかもそうである、地球が動いているということはありえないことだった
飛行機で空を飛べることはありえないことだったが実現した
人間は固定観念にとらわれると失敗する
信長でも最初は奇襲で勝ったがその後はその戦法をとらなかった
常に臨機応変に対処したのである、成功体験にとらわれなかったのである

でも実際に固定観念とか先入観を打ち破ることは本当にむずかしい
単純なことでもそうである
この辺だと太陽が海から山に沈むのだからそればかり毎日見ていたらそれが固定観念になる、でも山から太陽が昇り海に沈むのも日本海だとか普通にあるし山から昇り山に沈むことも普通にある、でもその感覚が理解できないのは地理でもそこに長年住んでいると固定観念化しているからである
だから旅するとその変化が新鮮な体験となるのである
まず方向が例えば飯館とか山に囲まれているとわからなくなるのである
近くでもそうなのである、それで地理を理解することが一番むずかしいのである
それはそうした旅して実際に体験しないとわからないからである
地図を見てもわからないのである

地理の固定観念というときまず日本からしか日本は地理を見ない、でも大陸側から日本を見れば違ったものになる、そういう視点で地図を作った本もある
それは視点を変えると世界は違ったものに見えるからである
地理もだから固定観念化してそれで世界を見誤るのである
なぜなら世界地図を見ただけでは地理はわからないからである
実際に路査すればわかるが世界となると広いからそれができないかち人間の視野は現代でもこれだけ情報社会になっても狭いから判断を誤る

テレビの画面から地理はかわならいし世界もわからない、その映像も誤解が多いのであるそれはその地理の一部分しかパーツしか写さないからである
その周りの状況とか全部を映すことはできないからである
それでイラク戦争の時油まみれの海鳥だけを映していたが周りの状況は写されずそれがイラクが悪いとなったのである
テレビとは映像で誤解を与えるものなのである、映像だと真実だと見るからである
でもそれも幻想だとしているのもわかる
真実は何か事実はなにかもテレビの小さい四角の画面からは判断できないのである
でも映像のインパクトが大きいから映像によって固定観念化されるのである

いづれにしろ人間にとってこの固定観念とか思い込みとか先入観はささいなことでも常にあり判断を間違うのである、それが人間の弱点なのである
だからAIでもかえって人間より判断で間違えないという時、それは膨大な情報を処理しているからなのだ、人間はほんの一部しか情報を得ることができないし理解できないからである、するとその判断が誤るとなるのである
だから固定観念から先入観から思い込みから脱することが大きな問題になる
特に老人はこれまでの人生で経験したことで判断する
それが時代に乗り遅れ判断を誤るのである
時代が急速に変わる時はどうしても追いつけなくなくなるのである