2019年02月13日

ビジネスホテル高見内のレストランと高見食堂は別である


ビジネスホテル高見内のレストランと高見食堂は別である

私が前に書いたのはビジネスホテル高見の中にあるレストランであり高見食堂ではない
別に高見食堂がある、南北朝市立病院の脇の道を入った所にある
これはここの食堂とは違い、狭い所である
ここが間違いやすかった、いい食堂を探している人がいる

でも高見食堂はインタ−ネットで見たら人気のようだ
ここには一回も行っていない、ランチ時は混むから行きたくないともなる
一時過ぎたらすいてくるからいいとなるのか?
混むと何かゆっくり食べられない、せかされるので嫌なのである

鹿島区だと最近できたサクマ食堂はラーメンとかもいいし餃子には肉が入っていないけど野菜だけでそれがいいという人がいった
そういうものなのかと自分も思った、何か人によってこれがいいとか悪いとか必ず評判は違ってくる、それは何でもそうである
いいと思う人そうでもていと思う人は必ずいるからだ

結局一回でも実際に行って食べてみないことにはわからないということである
おそらく高見食堂には結構人が入っているみたいだ
意外と高見ホテル内の食堂には人は最近は入っていないのも不思議である
料理は悪くないと思うからである、味噌汁はカニ汁とか出すことがありうまいのである
サシミ定食などもお得なのである
そして広いからゆったりできるのである、混んでいないから雰囲気だとここがいいと思うただラーメンとかはやっていないから高見食堂の方に行くのかもしれない?

posted by 老鶯 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

蝋梅 (家に籠り本やインタ−ネットで検索して文章を書いたりするのが老後の幸せ)


蝋梅

(家に籠り本やインタ−ネットで検索して文章を書いたりするのが老後の幸せ)

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まだ雪がふっているね

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これは結構厚かった


蝋梅や古本手にとり籠るかな

蝋梅に雪やこもりぬ年古りて我が楽しみは本を読むこと

蝋梅に春はまだしも寒々と風の唸りてこもりけるかな

本あまた故人残しぬめくりつつ省察深めて冬籠るかな

今日も風唸りつつも大き家に一人籠りて本を読むかな

ずっしりと重たき古本また増えるストーブにより読める幸せ

葉牡丹に万寿菊活け白菊も映えて長くも我が家にあらむ


消寒絶句  清 呉錫麒

礬頭山在屋頭堆
磬口花于水口開   
不遇故人誰共賞   
打氷声裏一舟来

[書き下し]

消寒絶句(しょうかんぜっく)  清 呉錫麒(ごしゃくき)

礬頭(ばんとう)の山は 屋頭(おくとう)に在(あ)りて堆(うずたか)く
磬口(けいこう)の花は 水口(すいこう)に于(おい)て開(ひら)く
故人(こじん)に遇(あ)わずんば 誰と共に賞(しょう)せん
打氷(だひょう)声裏(せいり) 一舟(いっしゅう)来(きた)る

礬頭(ばんとう)の山 家のそばにそびえ
磬口梅(けいこうばい)の花 川のほとりで咲いている
親しい友人と会えないなら いったい誰とこの名画を楽しもうか
(と思って戸外を見やると)氷を打ち割る音が鳴り響き 一艘の舟がやって来た


蝋梅の花は春にしても冬から咲く、だから必ず雪がふったり積もったりする
去年だったかもそうだった、だから冬の花であり春の花だとなる
この漢詩はその感じをうまく表現している
冬だと冬ごもりであり人も来ない、でも春になり凍った川の氷を破って舟が来て遠くから友が来るとなる、これも中国らしい漢詩である
なぜなら川を中心にして中国はあるからだ
川を通じて人は会い別れて行く、大河別離情でありまた出会い遭うことなのである
この感覚は日本にはないのである
この漢詩は蝋梅が咲き春をまちわびているのである
つまり蝋梅が咲いてもなかなか春が来ないということにもなる
最近は今日でも寒い、やはりまだ春は来ていない、ただ後三日くらいで春は来るみたいだ最後の寒さである

そしてこうして寒い時はストーブで一人あたたまり本を読むの適している
外国だったら暖炉である、今の時代のいいのはまた古本を注文した
著者の別な本である、そしてインタ−ネットも今だと関連した文が見つかるから何か知的作業が格段とはかどる時代である
キーワードで調べられるからである、つまり今や誰しも安価に巨大な蔵書でも所有している感覚になるのだ、いちいち図書館に行って調べるのが手間になった
だから介護になってからは家族がみんな死んでから図書館には一二度くらいしか行っていないのである
あとは家事に追われるからゆっくり図書館で調べられないのである
それも隣の街に行かないとできないからめんどうなのである
知的作業をするにはまず家が研究所、基地にならないとできない
ある程度の蔵書もないとできない、それで司馬遼太郎は図書館のような蔵書をもっていたことでもわかる、あれだけのものを書くにそうなったのである

だから地方では知的探求はつくづく不利だった、第一古本は仙台に行かないと買えないしそれでも少ないからである、アマゾンならどんな本でも手に入るとなるから便利である
この恩恵は大きいのである、文系だとまず本を読むことでありそれで事足りるともなるからだ
インタ−ネットだと学者の論文がpdfで読めるのもいい、引用できるからだ
そういうことで地方でも田舎でも知的ハンディを負わなくなったのである
そして気軽にインタ−ネットでプログで日々発信できることも知的作業では効果がある
なぜなら文章を書くことは書きながら考える、創作する
文章を書くことで自らの書きたいことが書けるということがあるからだ
それで様々なことを感想でも評論でも書きやすいのである

今まではこうして気楽に自ら書いたもの発表できない、本となると選ばれた人とか売れるものとか置けない、めんどうなのである
毎日短文でも書くことは楽なのである、本にするとなると長文で編集しなければならないからめんどうになる
こういう点でインタ−ネットの効用は大きかったと思う

葉牡丹と万寿菊は合う、万寿菊は好きな花である、それ字のように長く咲いている
菊も比較的長く咲く、葉牡丹もそうである
生け花の問題は花がすぐにしおれてしまう枯れてしまうことなのである
そうなると取り替えるだけで金がかかる、それで最近はフラワーアレンジメントはしていな、他に金がかかってできないのである、また手間にもなるからだ

とにかく今は田舎の方がこうしてハンディがなくなったことで暮らし安いとなる
そして知的作業にはかえって静かな田舎の方がいいのである
集中できる、混雑した都会だと人混みであり嫌になる
年取ってからさらに介護十年でエネルギーが消耗してそういう混雑した人ごみに行くのが嫌になった、ただ疲れるだけだとなる
そして何か旅する気力もなくなったともなる
だから一日中こもって本を読んだりドラマを見たり文章を書いたりしているのが向いていると思った、そういう環境があることでも余計にそう感じるようになったのである




キリコの絵と万葉集の比較 (場所の喪失が空虚さを生んだ、場所と密接に結びついていた万葉集の歌)


キリコの絵と万葉集の比較

(場所の喪失が空虚さを生んだ、場所と密接に結びついていた万葉集の歌)

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キリコの絵

人がいても人がいない
建物だけが残された
彫像だけが残された
あれほどいた人がどこに行ったのか
建物だけがしょうぜんとして残されている
何か魂の抜け殻のように
人々は消えた、どこへ
二人の男女が愛を確かめる
しかしそれもはかない
もともと人と人の出会いはなくなっていた
群衆となりあれほど人がいたのに
人と人の出会いはない
また出会う場がない
魂の抜けた何か無機的な建物
彫像も魂がぬけて置物のように置かれる
それは場所の喪失であり
場所に根付いた継続された歴史の消失
そこには過去も歴史も意味をなさない
そこには空虚のみがある

キリコの絵は現代の精神状況を現したものである、何か建物でも本来の重厚な意味をもたない、それはローマの建築から中世の大聖堂のゴシック建築とかとも違う
そこには精神があった、建築にも精神があった、時代の精神があった
それがないから空虚なのである
また本来あるべき場所がない、その建物が建っている大地もまた何か都会であり大地という感覚がないのである
人はその上ではかない影となっているのである
これはまさに現代文明の建物でも自然でも人間でも象徴している

そこには人間はいなかった!

あれだけの群衆が人間がいたのにその人間はある時いなくなっていた
というよりもともと人間はいなかったからそうなったのである
それはそこに人間が生きる場がなかったからである

万葉集だとなぜそれが貴重なものになっているのか?
それはやはり密接に人間が自然と結びついて生きていたからである
だからどうしても今の感覚では解き明かせないものがあるのはそのためなのである
原始的感性とかがありそれが理解できなくなっているのだ

奥山の磐本菅(いはもとすげ)を根深めて結びし心忘れかねつも 笠女郎(万3-397)

こういう感覚は現代では生まれようがない、恋の歌にしても何かそこに自然と結びついた原始性がある
万葉集は必ず地名が大きな働きをしているのもそのためである
場所から離れてありえないのである、この磐本というのも地名だと解釈している人もいる
  

地名に関して,国」の言葉があてられることがある。吉野の国(巻 1~36) ,隠口の泊瀬の国(巻13~3310) ,隠口の泊瀬小国(巻13~3311) ,押し照る難波の国(巻 6~928) である。住吉については,摂津国風土記逸文に「真住み吉し住吉の国Jとある。春日,巻向,明日香については,国と記す史料はないが,日本書紀綬靖 2年条に「春日県」がみえ,県は固と同じ意味内容の用字と考えられる。
これらの国は,律令国家の地方行政組織である令制国とは違っており,
前述の吉野の国の歌の前段に「天の下に国はしも多にあれどもとある国である。 

玉藻よし讃岐の国は国柄か見れども飽かぬ神柄かここだ貴き天地日月とともに満りゆかむ神の御面と 継ぎて来る柿本人麻呂
(巻 2~220) 

万葉集の地名
金坂清則報告によせて一一 服部昌之

これは行政的なものとして定められた国ではない、自然発生的に生まれた国の感覚でありこれは無数にあったとなる
廃藩置県ではその自然発生的に生まれ形成された国が消失した
福島県ならまったくなぜ福島なのか?これさえわからないのである
会津が古代から国だったから万葉集に会津嶺の国をさ遠み・・・・という防人に出る人の歌が残っている
会津は明らかに古代から自然発生した国(くに)だったのである
そして万葉集ではいかにその土地土地に根付いて暮らしていたか?  

玉藻よし讃岐の国は国柄か見れども飽かぬ神柄かここだ貴き天地日月とともに満りゆかむ神の御面と 継ぎて来る(巻 2~220) 

この歌に象徴されている、国柄とは自然発生的に形成されたものであり神柄とまでなる、その土地が神聖なものとまでなる
天地日月とともに満りゆかむ神の御面と 継ぎて来る・・・というとき神の御面とまでしているときそれが如実にうかがわれる  
神の御面とはまさに土地土地の地形とか地勢とかでありそれは神が形成した御面としているのである
その土地を代々継ぐのが人間なのである   

万葉集を理解する日本がその土地に根付いて暮らした原始的な感覚を知ることである
それは今になると知り得ようがなくなっているからだ、それは世界的にも起きていることである
近代化工業化は生来あった場所と深く結びついた精神を喪失させたからである
こころとはここの意味であり場所から発生していたからである
ところとはとまるでありとまるとどまる場所がありところとなっていたからである

つまり場所とのアイディンティティなくして人間の存在ありえない、それがなくなったときキリコの絵のように人間存在そのものの消失になったのである