2019年01月24日

相馬救援隊の鹿島駅の見守り開始


相馬救援隊の鹿島駅の見守り開始

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朝は早い、6時ころから三時間くらい見守りする
あとは午後三時から七時である
これは長い時間である、新地駅では午後四時で閉じる

ここでは切符とかは売らない、JRで頼むと金を払うようになるからだ
ここの救援隊は南相馬市で払ってnpoに頼んでいる
仕事は駅の案内というより高校生の安全を図る見守りなのである

でも必ず人がいれば運行となにか必ず聞かれる
今日も風で遅れたからそういうことでも聞かれる
ただ人がいると聞けばいいのだから安心感がある

私のたちよる昼間はいないから依然として案内はある

原発避難者を江戸時代と比較してみる (藩の外に出れなかった農民の絆)


原発避難者を江戸時代と比較してみる

(藩の外に出れなかった農民の絆)


時代劇で殿様が病気のために病気にさせられて家老が実権を握り藩を私物化する
過酷な年貢を課して農民からちしぼりとる
それに耐えかねて村の衆のためにと村の一人が直訴して死ぬ
その時庄屋とか名主も農民側に立ち戦う人となり死んだ人もいる
つまりそういう義民が

磔茂左衛門
(はりつけもざえもん)
(?―1682/86?)

義民の祭祀・顕彰―寛延三義民を事例に(福島県伊達の義民)
file:///C:/Users/yuichi/Downloads/1881-0187-2017-13-57.pdf

義民は非業の死を遂げたのでカミとして祭られる、地蔵としても祭られた
明治以降は自由民権運動が起こり義民が注目された

時代劇だと「村の衆のために」と犠牲になった、それを村民が死んだ後祭りカミとされるようになった
ではなぜこういうことがありえたのか?
それは当時の社会的状況が反映していたのである、何か事件でもその時代の社会的状況が影響している、芸術でも時代を見ないとわからないというときもそうである

江戸時代は移動の自由がない、藩から外に出れない、出ると殺されるということにもなるそれで相馬藩が飢饉のとき越中からの移民は藩を脱出するのに命がけだった
そねの物語が今にも伝えられている
つまりどんなに苦しくても不条理なことがあっても藩から村から出れない社会だったのである
そうなると年貢で苦しめられてもその村から出れないからそういう義民が生まれた

現代と比べるとこの辺の原発事故でなぜ村でも町でも避難区域にされてあっというまにゴーストタウンになったのか?
もちろん放射能の影響でそうなったといえばそれまでである
それ以上に現代は広域社会でありグロ−バル社会であり自由に行き来できる社会である
だから避難した先が淡路島だとか四国だとか日本全国に散らばったのである
嫁がそういう遠くの出身であることが当たり前になっている社会だったからである
江戸時代なら婚姻は近くの人である、戦前くらいでも近くの人が多い
広域社会というのは金さえあればどこに住んでいいという社会なのである

だから原発事故で避難したときその人たちが一番先に考えたのは村や町や市のことではない、まず自分のことであり自分の家族のことであった
だから多額の補償金をもらったときいち早く外に土地を買い家を建てた人が多い
その人は賢いとされた、なぜなら土地が後で高くなったからである
だからこんなに即断して故郷でも捨てるという判断ができたのはやはり時代なのである
土地に執着しない、みんな農民の時代とは違う、土地に縛られていないのである
だから逆に村であれ町であれ人の絆は希薄化ししていたのである 
つまりマイホームマイカーの時代である、マイカーとはどこにでも自由に移動する道具でありマイホームは自分の家族のことでありその家族とともにどこにでも移動するということで全国に散らばったのである
ただ家族と言ってもまた核家族化しているから親は老人は故郷に残されたのである
家族でも大家族ではないから家族の絆も夫婦とか子までの家族なのである

その矛盾として外部の人、遠くの人が助けるという矛盾が起きたのである
南相馬市でも補償金で分断された、内部は補償金でもめて絆はなかった
第一6年とか過ぎて東京からわざわざ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来ているというのも矛盾だったのである
何も近くの人に頼めばできたし補償金もらっているのだからそれで近くの人がやってくれる、頼むこともできた、引っ越しするだけでも必ずそのための金が政府から東電から出ていたのである、あらゆるもののに補償金がつけられていた、仏壇から何から何まで補償金をもらっていたからである 

ともかく震災以後、絆、絆とか盛んに言われたが内部の絆はなくなっいた
補償金でいがみ合いにもなったのが現実だった
ただではそれで原発避難民を特別なものとして非難することはできない
そういう時代に社会状況の中にみんな住んでいるからここだけに起きることではない
他でも一端こういうことが起きれば同じことが起きる
広域社会では金さえあればどこに住んでもいい、故郷であれその土地から逃れられない江戸時代とは違うのである
でも江戸時代だと義民が生まれたが今回の原発事故の避難民からそういう人は生まれないそれも時代であり非難することはできない、人間はみんな時代の子だからである
ただそのために村であれ町でも市でも絆はない社会である
だから逆に人の絆とか土地の絆とかもないから意外と村でも町でも市でも簡単にばらばらになり崩壊する社会に住んでいるのだとも自覚したのである
それがいい悪いとかではなくそういう社会に住んでいるということなのである



posted by 老鶯 at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連