2019年01月04日

2019新年の抱負 (木の力(詩)内なる力、国風文化の時代へ)


2019新年の抱負

(木の力(詩)内なる力、国風文化の時代へ)

木は大地に根を張り
木は徐々に成長する
木はあせることなく年輪を重ねる
そしてやがて大木に成長する
せかして成長させることはできない
時間を早めることはできない
木と木はその土地に根付き
木と木とは騒ぐことなく
静かに深い信頼で結びついている
木と木とは並び隣の木を傷つけない!
言葉でもって傷つけない!
口を堅く閉ざして厳守する
木は決して乱れることがない
木々は争うことはない
木はそれぞれの内に充実する
内なる力が木に満ちている
木の力は外に向かわず内に向かう
その内なる力に習い!
木はそうしてその地を離れずに
長い年月そこにありて動かず
一本一本の木は内なる静かな力に満ちて
ここに自立して立ちゆるぎない
そしてその地に一つの荘厳な神殿を形成する
神の良しとする平和の殿堂がそこに成る 

(変わらざる契りにあれや冬深む)

人間には歴史をふりかえると時代を形成するものがある、世界史でもそうである
大航海時代から外に向かう力がグローバル世界と向かうものがあった
それで西欧文明の挑戦を受けたのが日本だった
そのヨ−ロッパが外へ向かう力が世界を席巻した、世界がそのヨ−ロッパの強引な力によってふりまわされたともなる、その象徴的なものがインカとかマヤ文明がスペインの強盗団のような一団によってあっけなく滅ぼされたことである
ヨ−ロッパのアーリア人というか力づくの征服の時代だったのである
そのヨ−ロッパの延長としてアメリカとういう超大国が生まれてアメリカによって世界史が作られることになった

第一次世界大戦でもそうである、最後にアメリカがイギリスに参戦をうながされアメリカが参戦したときドイツは敗れたのである
それは第二次世界大戦でもイギリスが日本にシンガポールなどを奪われたときアメリカが参戦して日本は大敗北になったのである
アメリカによって今度は世界が席巻される時代になったのである
大航海時代から外へ外へとヨ−ロッパが向かい征服する時代でありそこからグロ−バル社会が形成されるようになっていた

なぜなら日本の不思議は鎖国して300年平和を保っていたからである
これも世界史的にはまれだとなる、ヨ−ロッパは戦乱つづきであり300年間戦争がなかったなどないのである、第一次世界大戦でも一千万人以上死んでいる
それも悲惨だったが日本は参戦してもその戦争の舞台はヨ−ロッパだったのである
ヨ−ロッパとは悪い面をみれば絶えず戦争する国だったのである
それはアーリア人的気質からそうなっているというのも一つの見方である
ただアングロサクソンの気質だというのもそうである

ではアジアはどうかというとアジアといってもそれはインドとか中東とか中国とかふくまれて広いのである、だからアジアとは何かとなれば何か明確ではない
中国だってあれだけ広大な国だから戦乱がやまない国で三国志が生まれた
でも何かヨ−ロッパとアジアというとき何が違っているのか?
それは宗教せアジアから生まれたものである、イスラエルもアジアなのである
キリストでもアジアから生まれたというとき東方の三博士に祝福されたというときその東方とはアジアである

ヨ−ロッパはもともと狩猟や遊牧民の国であり移動する外に向かう民族性がある
ドイツ語に秋の言葉がないというのもそうである、秋は収穫の時なのにないのはやはり遊牧民の国だからだとなる、秋は農耕民にとって重要な収穫の季節だからである
その遊牧民的気質が文化がやがて地中海に出たときフェニキア人が船を操作して後悔して貿易する商業の民となったという説もわかる
遊牧民とかは常に移動して外へ外へ向かう気質があるからそうなる

一方農耕民は内に向かう、一定の土地に定着する、そこで力を養いはぐくむ
それは詩にしたように木とにているのである
その相違がヨ−ロッパと西欧文明と東洋文明の相違としてある
ただこの二つが明確に二つに分かれるというものではない
例えば建築を見ればかわる、ヨ−ロッパのゴシック教会が森を象っているという時
それは内面的なものであり木の詩に思考に通じるものがあるからだ
だから中世は内面的な時代であり大航海時代になった時、外へ外へ向かう時代になったのである

そして世界はどうなったのか?遂にアメリカが世界の覇者となったとき大航海時代から世界を一周してグローバル化は完成した
そしてグローバル化の世界はさらに中国の台頭でアジアが興隆して今度はアジアの時代になる
そしてヨ−ロッパでもEUでもイギリスが脱退するとかアメリカでもアメリカファーストとかそれぞれの国が内に籠る時代と向かっている、それは経済的なこと貿易的なことだけではない、世界が内に向かう時代になったのである
この内に向かう時代とは何か?

日本を例にとれば奈良時代は唐の文化を取り入れる外に向かう時代であり、漢字を取り入れて日本と中国文化の融合を計った、次に平安時代はかなを発明して国風文化を築いた時代である、日本でも外来文化をとりいれるグロ−バル化とその後に国風文化が起こる
仏教を取り入れたが鎌倉時代はその仏教を日本化して内面化したということがある
戦後時代は一時信長キリスト教をとりいれたようにグロ−バル化が起きる
その時絢爛なものが生まれる
江戸時代の鎖国の300年もまさに国風文化の時代であり日本の基礎を作ったのである

そして明治維新で西欧文明を取り入れてグローバル化の中に組み入れられた
その時日本はアジアという国へ中国までも外へ向かっていたのである
明治維新から吉田松陰などは韓国も中国へも進出する思想をもっていたのである
それが現実化したのが第二次世界大戦だったのである
江戸時代から明治というときグロ−バル化してゆく日本がはじまったのである
その当時の思想はアジアを視野にしていたということが詩などでもそうである
それもアメリカに敗れて終わったのである

いづれにしろこれからの時代はこうして大航海時代からグロ−バル化した世界は行き詰まり終わる、資本主義とはもともと大航海時代からはじまったという説もある
つまり船の株主を募集してそれが成功すれば莫大な富が手に入る、でも失敗すれば大損失になる、そしてそれが成功したからオランダとか小国にも富が集積したのである
その資本主義ももう投資する先がないとかフロンティアがないとかで金がだぶつく、それでもう資本主義が終わりつつあるというのもわかる
資本主義とは何かそうして外に向かう力だったからである、その外に向かうものが今はなくなったからである
そしてグロ−バル化はいろいろな矛盾をもたらしたからである
グロ−バル化はいいように見えて負の部分も大きかったのである  

だから世界史的にも世界がナショナリズム化してゆくのはそのためである
それはその国の土地に還る、日本国内ですら東京一極集中とかはグロ−バル化も影響している、地方が経済的に衰退したのもそうである
田舎がグロ−バルと関係しないようで深く関係していたのである
林業が衰退したのは外材を輸入して日本にこれだけ森があるのに無用となったからである食料だって麦でも大豆でも外国から特にアメリカから入っていることでもわかる
その影響は田舎の方が大きかったのである
でもそこでいろいろな矛盾が生んだのである

つくづくなぜ原発事故で町でも村でもこんなに簡単に家族がばらばらになり離散して町や村でも廃墟化したのか?
それを考察する時やはりグロ−バル化が影響していたのである
グロ−バル化とは外へ向かう時貨幣の力が大きくなる、世界中金さえあればその金もドルがあれば生活できるとまでなる、土地とかが最大の財産であった時代ではない
金さえあれば日本国内ならどこに住んでもいいのである
そうなるとこの辺では補償金をもらうことこそ最大の関心となりそのために争うようになって分断されたからである
親がいたとしても親は老人は捨てられて若い世代は補償金をもらいすぐに外で家を建てたとかなる、その変わりようが早かったのである     

それは故郷といってもそこに愛着するということがないからである
金があって一時的に住んでいる、一億円もらえば外に出て暮らした方がいいと前からそうなっていたからかえって金をもらったから好機となり若い世代は出て行ったのである
老人は土地に愛着があるから残ったのである
だから絆が盛んに言われけど内部では絆はなくなっていたのである
かえってグロ−バル化と広域社会になると外部との絆があったとなる
それで避難した小高の人が私たちはこの土地の人に金を使って助けているのよということを言った、まさに消費者は王様であり金があるものが王様の社会であるからそうなった
そういう矛盾がこの辺では露骨に現れたのである
それがグロ−バル社会の広域化社会の矛盾でありそれは人間そのものを歪めるものになっていたのである

グロ−バル化で金融資本主義になり一握りの人たちに富が集中するというときもそうである、戦争の原因がやはり金融を金をもつものによって引き起こされたことがあった
第一次世界大戦でも何か金融関係者、株を扱う人たちが大金持ちが戦争を金儲けの手段として奨励したとかある、それも資本主義の負の面が戦争ででてきた
だから世界的にみても資本主義は限界にきているのだ
その格差が大きくなりその不満がこれから爆発するからだ
現実に自分自身がそういう被害を受けた、金ある所から奪えばいいとしか人々の気持ちがなっている、働くの馬鹿らしいとなっているからだ、ただ奴隷にされて働かせられているだけだとなっているからだ
その人たちが金持ちに牙を向くから金持ちも安穏とはしていられない時代になっている
それは資本主義がもう限界にきて破綻するとう時代になっているからである

いづれにしろ時代は常に変わる、その変わりようが早いのである、また気づかないのである、中国があんなに変わるのには本当に驚いた、十数年前はあまりにも貧乏で悲惨だったからである、家畜のようにして鉄道の車両につめこまれていたのである、実際に鞭でたたかれていたというからその時中国人が家畜だったのである
それが新幹線と同じものが走っているとういことに驚くのである
そういう時代の変化についていけなくなる、でも世界史的にはグロ−バル化とか資本主義が矛盾をもたらして限界にきている

その結果としてグロ−バル化は終わりナショナルな志向が強くなりそれが影響して内面化する国風文化の時代になる、自分自身すら旅ばかりしていたグロ−バル化した広域化した世界に生きていたがそれと同時に私は故郷で自然とアイディンティティで化して内面化することもしていたのである                                          
こういう詩が作れるのもやはり定着していないとできない、田舎に住んでいないとできない、つまり内面化の時代は外へ外へ向かう時代ではない、定着して思考を深める内面の充実に向かう時代である

それが本当は宗教なのだけど高度成長時代の宗教はカルトでありそれも外へ向かうあくなき欲望の達成だったのである、時代の影響を受けて宗教もそうなった
だから創価でも高度成長時代とともに会員も増えたのである
でも高度成長時代が終わると会員も減ったのである、そこは欲望資本主義社会とよりマッチした過激な欲望達成のための利権集団を形成したのである、ただカルトだからそこに人間のいろいろな悩みがありそれをただ一票に結びつけたのである
そこには一切内面的思考などない、がむしゃらな欲望の追求ということでグロ−バル資本主義の中に組み入れられた集団であった、本来の宗教と何のかかわりもないものだったのである

いづれにしろこれからの社会は世界でもグロ−バル化は終わる
資本主義も矛盾が大きくなっているからなんらか破綻するのか新たなものが生まれるのかその岐路にある、ただ世界史的傾向としても何か中世の時代や日本でも江戸時代にもどるというとき内面化する時代であり宗教でも文化でも国風文化の時代になるのである
要するにグロ−バル化とは限りなく物質を得るためにのグロ−バル的欲望の社会だった
次は人間の内面の精神的探求だとなる
木の詩でもそうである、大地に根を張る定着した木がまさにその象徴なのである
ただ別に今だけではないそういう時代は常にあったからそういう時代に回帰するということである 



もろもろの静かなる力 その広さをはかり
かたみに 暗く 相まみゆなり

ふるえる手もて われは きみを築かむとす
アトム また アトム と 積み重ねつつ
さあれ、大伽藍よ
何人か よく きみを築きおおせむとす

さあれ おりふしの夢の中にありて
きみの堂宇を大観す
深き土台より
屋根の黄金の先端にいたるまで

はた われは見る 最後のかざりを
わがこころ
造り また 築きつつあると

(リルケ)




リルケは内面を追求した詩人である 深き土台よりといつうときその深き土台は都会ではありえないのである
大地とか山とか自然があってアイディンティティ化されるのである
だから木などどこにでもあるけどそういう木を毎日見ていると自ずと人間の心に反映してアイディンティティ化されるのである
都会の高層ビルを見て何がアイディンティティ化されるのか?内面化されるのか?
そこは自然と遊離した世界でありただ数字化された抽象的な金だけがやりとりされる世界だともなる
毎日株取引でもデイトレダーなどは数字を相手にしているだけなのである、ただそこで巨万の富が流れ込んだりする世界である
そこに生の充実はないのである、ただ別に金でも有効に使えば活きてくる
今はかえっていかに金を有効に使うかの方がむずかしくなっているのだ
それは物質が飽和状態になってしまったからである、内面の精神的な追求は必ずしも金はかからないのである
それは精神的なものであり物質として現れないし金にもならないからである
だから無価値にもされる、でも金にならいもの物質化しないものの価値がこれからは追求される時代になる
だから文化の時代になるのである、車社会はこれも現代的ツールだった、常に外に向かうもの遠くに行くものとしてあるからだ
でも自然を感じて内面化するものではない、風をさえぎり外の空気を遮断する密閉された空間の移動なのである
現代とは交通が異常に発達して遠くと結びついたがグロ−バル化したがこれからは定着して内面化する時代になる
それは文化の時代なのである