2018年12月25日

生協はやめたースーパーでほとんど売っているものだった (鹿島区には弁当屋がないので困る)


 生協はやめたースーパーでほとんど売っているものだった

 (鹿島区には弁当屋がないので困る)

生協は配達される度に200円プラスになる、そしてたいかいスーパーで売っていた
ニラの餃子のようなものを売っていたしナンもカレー付きで売っていた
スーパーを良く見ていないからわからなかった、そういうことが本当に多いのだ
どこに何があるから種類が多すぎてわからないのである
いがい生協で配達されるものはスーパーで売っていたのである
ただ時々郷土料理とか売っていないものは出していた
菓子類はスーパーとかに売ってないものが多かった
それは贅沢品だったのである、自分は菓子は食べない、その代わり果物を食べているからだ、糖分をとりすぎるから菓子は買わない
すると買うものを選ぶのが苦労になる、何も買わないと悪いような気もするからだ
でも配達料は200円は来るたびにとられている

それよりオカズになるように写真に出していたのは料理したものでありその素材だけ売っている、すると料理が手間になるのである
そこがパンフレットの写真を見て違っていたのである
試しにやってみてはということでやってみた
とにかく料理には一番困っている、簡単なことでも自分には簡単ではない
いろいろ料理はそろえるものが多くてめんどうなのである
料理に凝ったら他のことはできなくなる

結局生協では弁当を一週間に一回配達するがそれが良かったのかと思う
それはそのまま料理しないで食べることができるからだ
それは一週間ごとに違っているからだ
400円くらいだから安いご飯の量が少ないから足す必要がある
でも一応オカズは変わるからスーパーで売っていないものだからいいとふりかえり思ったでも一週間に一回ではたりないしそれだけにつづけるのも金がかかる

ただそれで弁当の配達をしているのをインタ−ネットで見たことがあり聞いてみたがそれをしているのは相馬市までだった、南相馬市には弁当の配達を定期的にしている所はなかったのである
それから今になって気づいた、鹿島区には弁当屋がないのである
前はあつみ屋があった、そこでは震災以後仮設で食堂を出していて何か野菜とかけんちん汁のようなものを出していた、だからいいいと思っていたがそれも三年前とかにやめた
ラーメンが主なはる食堂もやめて小高に移った、そこではご飯ものを出していた
カレーがうまかった

テレビで外食産業がつぶれているという、それでカレーでも毎日変わったものを出している所がはやっているというのもわかる
外食は飽きるのである、同じものだから飽きるのである
それでぜいたくになっているからつづかないとなる
でも毎日変わったものを出すということは作る方が苦労になる
それも大変だなと思う
スーパーの弁当は本当に同じものがほとんどでありこれも飽きるのである

原町辺りだと新しい海鮮どんぶり屋が500円で売っているのができたり何かいろいろ外食するのには便利である
鹿島区は弁当屋すらなくなっていたのである
それは需要がないからどうにもならないのである
相馬市まで宮城県の弁当屋が配達しているのはそこまで需要があるということでしいてる需要がないことには商売も成りたたないのである

ただ一軒残った自転車屋はそれなりに需要がまだあり成り立っている
それも需要がなくなればやめる、商売にならないからやめるとなり不便になる
そうなると町では不便になるがみんな車をもっているから原町で修理してもらうとはなるここは都市部の原町が近いからそっちは便利になるが隣の鹿島区は便利にならない
それは需要がないからである、そして別に車をもっている人は原町まで行けばいいとなるから今は人口の集中する都市の周辺は不便になってくるのである

弁当屋でもあってほしいと思ってもそもそも需要がなければ誰もやらない、損してまではやらないのである、でも何か必要なものがありそれがないと困る人はいる
それは自由競争の時代では考慮されない、需要のあるところに便利なものはできてその周辺部は不便になる、それは車社会であり広域社会だからそうなっているのである
地域でも人が集まる場所と集まらない場所があり差が生まれる
便利な所はより便利になり不便な所はより不便になる広域社会の矛盾があるのだ


タグ:生協 弁当屋
posted by 老鶯 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

冬深む(マウンテンバイクで近くを走る)


冬深む(マウンテンバイクで近くを走る)

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これは木守柿とは言えない、冬に木守柿とは二三個残っている柿である
この社は橲原の子安神社である

誰が守る社一つに木守柿

でこぼこの悪路を進み冬の草

悪しき道北風唸り押し進む

立目石ここに標しと冬深む

変わらざれ地に契りや冬深む

一羽見ゆ枯木林に四十雀

深野なるユッサに休む冬の暮

餌ねらう隙なき姿ノスリかな


玄関に風の唸りて舞い上がり木の葉の散るや向かいの人死ぬ


今日はマウンテンバイクで橲原(じさばら)から大原から深野(フコウノ)を回り帰ってきた
今度買ったヤマハのYPJ=XRで行動範囲が広がった、悪路でも行けるし舗装道路でもすいすい行ける、マウンテンバイクだから悪路に強い、悪路を走るとまた見えないものが見えたりする、橲原の田んぼの真ん中に立ったらあそこは森だったということがはっきりわかるただ今田んぼは荒地になっている

立目石は目印の石となる、何かこうして変わらないものに惹かれるようになった
動かいなということ変わらないということが価値がある
それはあまりにも一身上でも周りでも変わりすぎたからである
この石は変わらずにここにあるなというだけで何か安心するとなる

認知症の人は変わることに弱い、どこがどうだかも地理的にもわからなくなる
人でも今まで長くいた人は認識できる、わかるがずっと会っていないと自分の子供ですらわからなくなるのである
それは人間は去る者は日々に疎しになってしまうからである

向かいの知っている人も突然死んだ、それも驚きだった
玄関に風がうなり木の葉が舞い上がり散る、まさにそんな感じてまた一つの命が消えたのである

契る(ちぎる)というとき人と人ではなくその土地と契るということがある
人間は土地があって自然があって人間だということもある
人間の存在は自然とかその土地とかから離れてあたえないのである
そうでなければ人間の存在のアイディンティティは喪失してしまうのである