2018年12月23日

グローバル広域市場経済だけでは成り立たない社会 (一軒だけの自転車屋に無料で中古の自転車を提供する訳)


 グローバル広域市場経済だけでは成り立たない社会

 (一軒だけの自転車屋に無料で中古の自転車を提供する訳)


 グローバル広域の経済の矛盾は意外と身近にあったことに気づいた
そもそもブロッコリー畑が近くにあった、ではそのブロッコリーを必ずしも地元で買って食べているとは限らない、なぜなら外国産のものメキシコ産のものでも入ってくる
アスパラガスなどでもそうである
すると価格が安い方を買ったりしている、地元だからそれを買わねばならないと強制はされないからなんでもそうなる、この辺は米は放射性物質の汚染で飼料米になったから食べる米とはなっていない
でも今までも地元産の米をみんな食べているわけではないのである
外国産は食べないにしても全国の米が入ってきていいものを各自自由に選んで食べている日本全国が市場化しているからである、そこじ自由競争している

でも私の町には地区には自転車屋一軒しかない、それもなくなると自転車屋が一軒もなくなる
その自転車屋についていろいろクレームをつける人がいる
それでわざわざ隣の街まで行って自転車を修理したりしている人がいる
確かにそういう面があるにしてもも一軒だけになった自転車屋がなくなると困るなと思う奇妙なのはそこで駅前の活性化とか話していた、それは自転車屋が駅前にあるからそうなった
駅前の活性化というけど一軒の自転車屋がなくなったちさらにさびれる
現実駅前に空き家があり廃墟化していたりとさびれている
どうしても駅中心の街作りにはならなくなったからである

それでその自転車屋には中古になった自転車を無料でくれた、それは結構いい値段で売れた、まるもうけとなっていたからだ
今回もヤマハの電動自転車のロードを使いなかったので処分しようとした
それは25万とかしていいものであるが原町にもっていったら4万もしない
安いなとなり売るの躊躇している、そしてもう一台12万で買った電動自転車がある
これは普通に今でも使えるいいものである
それも売ったら一万もしないかもしれない、そうなるとそんな値段で売っても自分の住んでいる町に自転車屋があった方がいいとなる
なくなったら不便になり自分が困るからである

そういうことは他でも普通にこれだけ広域社会になればある
仙台から来たのがユニットバスを100万で作ってもらったのは本当に安かったのだ
工事するだけで相当な手間だったからである
それでガス屋に聞いたら200万かかるという、これを地元の知り合いの人に頼んだら軽く300万以上になる、そもそもそれできる人ではなかったからだ
現実にその知り合いの人を通じて修理を頼んだらその大工さんは修理できていなかったからである
でも仙台の人に仕事を頼んだら地元で仕事している人は困るとなるのである
ただこの辺で何百軒も家を建った感じだがその仕事をしたのは外部の人がほとんである
大きな会社の人たちが請け負って建てたのである
それだけの大量の家を建てることなど人もいないからできなかったのである

ただ地元を活性化するというときそうした広域経済の市場化がすべていいとはならない
常磐高速とかができて仙台からも仕事に来るようになった仙台ではまた復興工事の仕事はなくなったからそうなったのである
そういうふうに広域化市場化経済グロ−バル経済ですべて従うということが地域にとってさらに地域の地域にとっていいものかとなるとそうはならない
南相馬市では人口が多い原町は前から良かったが補償金でも恵まれたが鹿島区は少なくて不満だった
それで自転車屋が一軒だけになりそれがなくなるとさらに駅前でもここに住むことが不便になると思った

そんなこと今はただ物は高く売ればいいし安く買えればいいとかなって考えない
でも奇妙だが自転車の人と駅前の活性化のことを話し合ったりしていたのが自分でもあったとに気づいた
そもそもそうなるとその自転車屋を維持するにはもうけてもらった方がいいとなる
一つの電動自転車は売っても一万にならないからだ
でもそれを買う人がいる、するとまるもうけになるからだ
その自転車屋は無料でしか引き受けない、そんなに余裕がないとも見ているからだ
だからすべて市場原理だけではこの社会は公正なようでそうではないと思った
通信販売でもそうである、イオンとかでもそうである
その収入は必ずしも地元に分配されない、中央の会社に東京に吸い上げられることが多いのである、そして地方は疲弊して衰退している、シャッター通りになったのである

ただそうはいってもまたそうした広域市場経済をすべて否定するわけにはいかない
地域には地方にはどうしても売っていないものがある
通販でしか買えないものがある、本などは全くそうなった、田舎にいても本ならボタン一つで古本でもなんでも手に入るから便利なのである
そこで知識が広げることができる、これだけは便利だと思った
古本などは東京の古本屋街までいかないと買えないものがいちらでもあったからである

ただすべてが市場化原理に従うことはできないのである
確かに地域で市を開いているがそこでは競争が働かないからスーパーよな相当に高くなるものがある、ただトマトが一個500円とかで売っていたと聞いた
それは特別のトマトであり買う人は買っているとなる、でも普通はそんな高いものは買わないのである
要するに地域だけになると物でも高くなるしいいものが提供されるとは限らないのであるそこに競争原理が働かないからである
でもその地域で地域の地域で暮らすということは市場原理だけでは成り立たないことがある、それがかえってその場所に暮らすには不便にしてしまうのである
だから今度も金にはならないが一軒だけの自転車屋に無料で中古品を提供することに決めたのである

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損しているようで得しているともなる、住んでいる町が不便になったら自分自身が困るからである
もしかしたらこういうことが血の通った経済になるのかもしれない
グロ−バル経済で株で投資しても何かそれが血の通ったものとはならない
金がどういうふうに活きるのかわからないからである
ただもうけたら使い方で血の通ったものとなることは言える


Venice's coat of arms


Venice's coat of arms


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