2018年12月12日

小山田にある道標と道引地蔵 高速道路と忘れられた道標(詩)


小山田にある道標と道引地蔵

高速道路と忘れられた道標(詩

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上真野へー小山田ー岡和田

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馬坂神道ができて古道がある、馬坂新道は高速道路と似ていたのである


道の辻にひっそりと
枯草に隠され道標があった
その字をなんとか読む
東 岡和田
西 上真野
これはすぐ近くだ
昔は近くを示す道標がある
それは今はどこでも忘れられている
それはなぜなのか?
車がひっきりなしに行く道に忘れられている
そういう道の辺には必ず馬頭観世音の碑がある
昔は馬で荷を運んでいたからである
昔は歩いていたからである
それでこんな身近な所にも道標がある
もう今はこの道標を見る人はいない
なぜならその前を高速道路も走っている
新道が古道になる
時代は急速に変わった
遠くから車がひっきりなしに来る
近くは忘れられている
その視線は遠く遠くへと高速のように伸びている
その上に道引地蔵が祭られている
何か不明の石をおく祠がある
そこにまだ生きていた赤とんぼが一羽飛んでくる
今冬の日がここにさしてしばし休む
近くに隠町(かくれまち)という地名がある
何か私はここで休みたくなった、眠りたくなった
山眠る時期だが高速でも車はひっきりなしに行き交う
休むことなく行き交う
世の中は常に変化である
そしてここに地蔵と道標が忘れられている
枯草におおわれ忘れられている  


最近よく常磐線のSAに行く、それほど遠い場所でないから行ける、遠いとなかなか行けない、そこはいつでも自転車で行ける場所である
でも昼食をとるには行けない
そこまで行くのに遠いと疲れるからである、だから近くでないと昼食は行きにくい
昼食も手ごろな値段のがこの辺にはない、1000円だと高いとかなる
だからたまにしか行かない

なぜか最近SAに行くようになったら小山田を通る、すると小山田を意識するようになるのも不思議である
やはり頻繁に行く所を人は意識するようになる
だから新しい人が集まる場所ができることは過去もそこの歴史なども意識することになるのだ
人間とはそういうものだと気づいた、昔の遺跡でもそれは今の生活からかけ離れた所にあると意識しないのである
日々に行く所を意識するのである

だから桜井古墳は街中にあり意識する、そこは公園にもなっていて日常的に意志する
小山田で今回なぜここに道標があるのか、草に埋もれてあったのか?
すぐに上真野であり岡和田であるからこんなところに道標が今なら必要はない
ただ道標はどこにでもある、例えは横手にも栃窪へと印した小さな道標がある
それはあまりにも小さいので気づかない、線路がある道で横手古墳があるところである
それに注意する人は今はなくなる

道標はたいがい明治以降である、江戸時代のがあればこの辺では貴重である
なぜこういう場所に道標があるのか?
それは昔は馬で行くか徒歩で行くしか移動の手段がない
ただ岡和田から上真野に行くとしたらみんな地元だったら知っている
道を知っているからあえて道標が必要だったのかとなる
遠くから知らない人が来るなら道標を見るがここに住んでいる人なら道標がなくてもわかる、ただそう見るのは今の時代から見ているからである
やはり必要だったからここに置かれたとなる
ただどこでも道標は多いのである、やはり目印として欠かせないものだったのである

ともかくあそこは常磐高速が通りその下に隠町とあるのも奇妙である
頻繁に車の通る下にあるからだ、そこに生きていた人がこれを見たら驚くだろう
道標とかは確かに遠くを示すのならわかる、旅では必ず分かれ道があり必要だからである右と左に道が分かれていたら間違えたらとんでもないことになる
歩いてゆくのだから簡単に引き返せなくなるからだ
ただ今は歩く旅がどういうものなのかわからなくなっている
分去(わかれさり)という地名が多い、それはそこで分かれてもう会うことがないということにもなった、今なら会う気があれば距離に関係なく会えるからである

分去(わかれさり)永遠に別れし人もがなここに木の葉の舞い散りにけり

車社会になるとどうしても人間的なものが失われる、そこに人と人の出会いがない
車は閉ざされた空間なのである、だから誰がいるのかもわからないのだ
旅したとしても車の人が泊まっていて誰がいるのかわからない、話もしないからだ
そこは閉ざされた空間なのである、道連れの旅などもないのである

街道を旅している人を見たら歩いているから出会いと別れがある
後姿をいつまでも見ている、やがてその姿が消えてゆく、そこに時間があり人間的なものが生まれる、車だったら一瞬にして消える、だからキレル時代なのである
バイクでもそうである、早すぎるのである

いづれちしろあそこで坂があり高台に上ったら道引地蔵というのがあった
あとなにかわからないが石が小さな祠に飾ってあった、何かそれはわからない
そこで休んでいたらまだ赤とんぼが一羽とんでいた
赤とんぼが地蔵にとまるとかなると何か江戸時代の雰囲気になる
地蔵だって昔はなんらかそこに生活する人に欠かせないものであり活きていたのである
人々がお祈りしていたからである

ともかくなにかあそこでは不思議な気分になった
近くでも発見されないものがいくらでもある、昔は忘れられているからである
人間そのものが死ぬと急速に忘れられる
それで昔も忘れられてしまうのである、そこだってひっきりなしに車が通る、その道標など誰も見る人もいないのである
高速道路を行く人となるとそれこそこの土地のことは関係なくなる
ただ道路を走る機械が行くというだけになる
SAに休んだとしてもそれはその町のことを何か知るということもないのである