2018年12月30日

偽情報でイラク戦争に (情報は権力によって操作される、原発も同じだった)


偽情報でイラク戦争に

(情報は権力によって操作される、原発も同じだった)

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  • 報道特集TBS


イラク戦争は何だったのかと今ふりかえる、そしたら報道特集で大量殺戮の化学兵器は実際はなかった、でも一人の詐欺師のイラク人の情報を信じてそれで戦争になったと分析している
一人の人間に詐欺師の情報を信じて戦争になり多大の犠牲を出した
そこには何の正当性もない、ただ権力によってごり押しされた戦争だった
強いものが力でもって制圧したとっちめたというだけである
その時私は人道的立場から戦争に反対した、それをホームページに書いたが別に反応はない、読む人は少ないからである、ここ三年くらい津波原発事故がありアクセスが増えたのである、それまでアクセスは相当に少ないから誰も目にとめないというだけだった

あの戦争は9・11のアメリカのテロがありその犠牲が大きかったのでスケープゴートを求めてイラクが別にアルカイダとかテロとは関係なかったがどうしてもその怒りがおさまらずイラクにそき怒りが向けられたのである
別に大量殺戮の化学兵器はなかったのである
それも一人の詐欺師の言ったことくらいで後は何の証拠もなかったのである

ではなぜ戦争が起こされたのか?

9・11のテロの怒りがイラクに向かった  

もともとイラクをアメリカはたたきたかった

イラクがアメリカを攻撃するので憎かった

そのために戦争する理由が必要であり大量殺戮の化学兵器を製造しているとこじつけて戦争を起こしたのである
その確かな証拠は何もなかったのである
情報はこうして権力あるものによって操作されそれが真実かどうかもわからなくてもいいのである

まずイラクをたたけ!

イラクが憎い!

それがあって戦争するための情報を探していたとなる、だから偽情報でもいい、フェイクニュースでもいいのである
それは感情が先にありその感情をあおる、国民は冷静になっていないからだ
テロの無惨な惨劇で理性を失っていたからである
だから人間は感情的になることが危険なのである
テレビとか映像は生々しいから感情的になり怒りとか憎しみとかをあおるメデアである
例えば犯罪でもテレビに出ただけでそれで罰せられると同じである
裁判で決まらないのにテレビで疑いの段階でもあいつは悪い奴だという印象を与えてそれが消せなくなるのである
それで油まみれの海鳥をアメリカの放送局が映し出してそれが世界の人達が見て怒りになった、その映像効果は抜群だったのである
だからテレビとか映像のインパクトは大きい、今でもそうである
マスコミが裁判官のようなっているのである
それは大勢の人が見るからそうなる、その影響が大きいのである
インタ−ネットで放送しても見る人が少なければ影響も少ないのである

これと同じようなことが佐藤 栄佐久知事が賄賂とかで逮捕されたことにもあった
福島原発でプルサーマルの危険性を指摘して情報公開を東電に求めたが拒否された
それで一時原発は危険だと停止されたのである
それに政府とか東電が怒り「佐藤 栄佐久」憎しとなった
それに検察も加担したともされる
原発には強力な権力がかかわり反対できないのである
アメリカの圧力もあり反対できない、それは沖縄の基地問題とかでも同じである
別に佐藤 栄佐久知事は原発に反対だったわけではない、ただ安全性を追求して情報公開を求めたができなかったのである
それが正しいとしても政府とか東電は感情的になり佐藤 栄佐久憎しとなって情報でもでっちあげて賄賂問題で逮捕したともなる

その虚実は詳しくわからないにしろここにも同じ構図がある
権力をもてばそれが暴力でも法律でも曲げて行使できるから危険になる
権力は歴史でもそうである、歴史が勝者の歴史だというときもそうである
勝者が正義であり敗者は悪者とされるのである
日本が戦争に負けて悪者にされることでもそうである
アメリカはこのように力をもっているから権力を暴力として軍事力で行使できる
そこにアメリカの危険性があった
だから中国が台頭して困ることもあるがアメリカが抜きんでて世界を牛耳ることも危険なのである、中国も問題にしてもアメリカの横暴を抑制するものとはなる
それでイランが今イラクと同じような状態にあるという

でもイランをイラクのように簡単に攻撃できない
世界情勢が変わっているからだ、中国が台頭しているからそれが抑制力となるからだ
世界でも一党独裁に一国独裁になることは権力が力があるものが支配するとなり正義はそこになくなるからである
そこにアメリカの国是とする民主主義を追求しているそのこと自体を否定することになる何の証拠もないのにただ力でももって戦争して殺戮して決めるとなるからだ
ただ力が正義となるだけだからである

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posted by 老鶯 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

家作り部屋作り手作りが必ず必要 (整理は自分でしかできない)


家作り部屋作り手作りが必ず必要

(整理は自分でしかできない)


年末だから整理に苦しんでいる

●料理するものの整理

●本の整理

●着るものの整理

●道具類の整理

●金銭の整理

●パソコンのログの整理

●家の中のものの配置を変える

一人で家のことを全部やることは本当に大変だと介護から今度は一人暮らしになっても思った
でもこういうものは家族がいればいいが人にまかせられないものだった
なぜなら自分の使い勝手のいいようにしないと不便になるからだ
そこにどうしても自分なりの工夫が必要になる
本棚でもある程度手作りするほかない、パソコンの脇に柱と柱の間に棚を作るとそこで本をすぐにとれるからいいとかなる
それはその人とその人なりの工夫が必要になるから手作りになるのである
いくら買えるとしてもその人によって使い勝手は違ってくるからだ
それは本人しかわからないことだからである

本の整理には一番苦しんでいる、本は厚いし重いがさばることが問題なのである
でも本には内容のあるものが多いから本を読むことはインタ−ネットで調べるのとは違ったものになる、何かそこから深い意味をくみとれるのである
ただ本を読むということは拾い読みでも読む力があるとその人なりに解釈して読めるのである
いくら本があっても本があるというだけで積ん読で終わることが多いからである

人間は整理しないと脳の働きも悪くなる、家というのは知的仕事をする仕事場になっているとき使い勝手をいいようにしないと頭も混乱するのである
ただ本の整理は分類はなかなかしにくい、それは本が厚いので一冊を読むことが負担になるからだ
でも学問は本はできるだけ多く読む、多読しないとそれなりの独自の見解は出せないのである、つまりビッグデーターが必要なのである
だから速読が必要になる、さーと目を通してその趣旨を理解するのである
ただそれでも独自のその人なりの解釈をしないと身につかないのである

インタ−ネットでも10年くらいはホームページで時事問題の深層とか書いてきた
それがログとして残っているからそこからまた発展できるから何かその時々のことは記録していた方がいいとなる
何でもいいから感想を書いておくと後で読み返すときまた新たに付け加えることができるこんなこと考えていたのかとこんな詩を作っていたのかと新鮮にもなる
つまり人間は常に自分のことすら忘れるのである
だからなんでもとにかく記録しておけというのは正解である
写真でもなんでもいいから記録して後でふりかえり思考を深めてゆくのである

とにかくこれだけのことを一人でする、整理すること自体が大きな仕事になっている
今まで書いたものを整理するのもかなりの時間がかかる
自分自身書いてきたものでも記録したものでも何かそんなことあったの書いていたのとかなっているからだ
まず料理は料理するもの材料をそろえるだけでめんどうである
料理と文章を書くのはにている、いろいろな材料がありそれをうまく料理することだからである、それは過去に経験したことを書いたり記録したものをまた利用する
料理でもそうした前に作ったことを覚えていて料理を作る
でも料理でも新しいものを作るのは容易ではない、そんなに人間がいろいろなことができないのである

年の瀬や切りなく整理に追わるかな

ともかく今年も後一日だ、コンビニで雑煮を買ってきた、雑煮もめんどうで作れない
なにか正月料理も容易できない、千円のお節料理でも買うかとなる
一人で何でもやることには限界がある、そんな時間が持てないのである


冬深む(年終わる)


冬深む(年終わる

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近江高島市の家形石棺



我が家を継ぎて一人や冬深む

姉語る柱に寄りて冬深む

集めたる蔵書を読むや冬深む

冬深む村に一つの石重し

この石の位置の変わらず冬深む

ふるさとに死者を思うや冬深む

根は深く大地に張りて冬深む

ものみなの静まる時に雪のふる

事もなく今年終わりぬ山眠る

寂けさややがて雪ふり年暮れぬ 
                                          

石造り家型古墳の重々し北風唸りここに生く人



家型石棺重々しかも
ここに生きにし家族なれ
ここにいつまでもあれと
その石棺の重しかな
家族は離れがたくも
ここにあらむと石棺に収まる
落葉を踏みて我がたずね
ここに冬は深まりぬ




今年も終わりになった、家族がみんな死んで一人家に残されたのが自分である
やはりまだ継続して家族でも家でも行きてく、生きるというとき活きることなのである
何かしら活かされることなのである、家でもやがて跡継ぐものがいなくなれば活きることがなくなる、廃墟となるのである

姉は良く柱のことを言っていた、それは近くの橲原(じさばら)の木を同級生の人が木こりをしていて提供してもらって家を建てたといつも自慢していたのである
だからその柱によると何かそれが姉のようにもなる
実際に家族はその家という建物に住んでも柱となって支えたとなる
だから家とはやはり人がいて人がいなくなっても以前として人を思っている
そこに家の重みがある、だから家がそういう思いでとかがつまったものだから老人は愛着があり離れられないとなるのだ
それず避難区域に帰ったのは老人が多いのである

それで近江の琵琶湖畔の高島町の家型古墳はその人間の家を象徴していたのである
どっしりと重みがありここに家族が生きていたという証になる
人間はやはり家族があって人間として生きていたともなる
家族の紐帯が一番強いからである
その他は現代では特に金の関係でしかなくなったからである

ずっと言っていることだが変わらないということに深さを意味を追求する
それがやはり人間として自然だともなる、確かに旅ばかりしていた自分はそういうことはなかったが今になると変わらないものが貴重に見える
変わらないものがある時それで心も安定する
それだけこの辺は変わりすぎたからである
もう老人は変化に弱い、認知症になったらもう今まであるものしか理解できない
それで認知症は謎なのだけどこれは老人一般の心性でありそれが極端化した病気だともなる

老人の心性は過去に生きる、どうしても新しい人とか新しいことになじめないのである
今まであったものを深めることに向いているのである
だから新しい知識でも技術でも新しく起こることに適応できないのである
今まで付き合っている人ならいいが新しく付き合うことがむずかしくなる
だから離婚とかするのは時間の相当な損失ではないか?
他人が親しくなるのは相当に時間がかかる、だから長く一緒にいてまた別れてまた親しくなるというのは時間のロスが大きいとなる、時間が貴重なことが老人になるとわかるからである
時間はもうとりもどせないからである


とにかく今年も終わった、今年をふりかえると何も苦しみがない事もない一年だった
そういう年は介護してからなくなっていた、絶えず何かで煩わされて苦しんでいたからである
ただ家族がいたときは30年間は平穏な日々だったことも不思議である
こういう恵まれた生を送れた人もまれかもしれない、それは特殊な家庭環境でそうなったのである、普通はありえないことである
ただその楽したこと恵まれたことがカルマとなり塗炭の苦しみとなったのである

楽することも実はカルマになっていたのである、人間は楽では終わらない
様々な災難が起きたのもそのためである、なぜなら人間は何かしらみんな苦しんでいるからそうなる、楽することを許されないのである
だからどんな人でもどこかで苦しみが与えられるのである
そして楽している人は苦しみを知らない世間のことを知らないから余計に苦しむのであるそれでお嬢さんで育った姉妹が土地持ちだったのに餓死したのもそのためである
世間のことを知らずに苦しむこともなかったからそうなったのである

俳句でも短歌でもなぜ私が十句と十首で出しているのか?
それはこれは短いから一句一首となるとそれだけでは鑑賞しにくいからである
だから十句とか一連のものとして読めばそれが詩のようになっているし現実にそこから詩にもしているのである
インタ−ネットだと自由に表現できるからいい、他では雑誌でも何でも何かの会に入ってもできないのである
ただ反応はないから淋しいとはなる、やはり同好のものが切磋琢磨するということも必要だからである

でも何か私がしていることは一人で雑誌を作っている、編集者になって雑誌を作っているだから多様なことを書いている、雑誌も多様なことを書いている
それとにている、ただ一人でしているということが違っているのである
書くことはいくらでもある、評論でも創作でもいくらでもある
それができるのがインタ−ネットだったのである
インタ−ネットはどうしても情報の発信者になりやすいのである
それは簡単にできるからである、今思っていることを経験したことを即座に発表できることが強みなのである





2018年12月31日

原発事故で問われた責任問題 (住民の意志も問うことなくただ政府の命令に従ったことの是非)


原発事故で問われた責任問題

(住民の意志も問うことなくただ政府の命令に従ったことの是非)

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住民の意志が全く無視され住民はばらばらになった


原発事故をふりかえると今になり様々な責任が問われる、どうしてこんな大事故とな大惨事になったのはなぜなのか?
その責任は誰にあるのか?それが問われる
東電の幹部が裁判で有罪になった、でも責任がないとして法廷で争いつづける
誰も責任を認める人はいないのである

これは何か戦争と似ている、300百万人が死んでも誰も責任はとっていない、誰に責任があるのかもわからない、日本は責任をとらない社会だという
戦争の時私の姉は突然赤紙一枚で招集されて従軍看護婦としてシンガポールに行き地獄の苦しみを受けた、青春時代でありその4年間は長いから死ぬ直前までそのことを語り死んだ、認知症になってもその戦争のことが忘れられなかったからである
そして母親と突然分かれて四年後に帰った時は母は死んでいたのである
それは突然に政府からの命令で有無を言わさずそうさせられたのである
そういうことは戦争の時みんなそうだった
抵抗もできない、何もわからずに政府の権力で強制されて地獄にほうりこまれたのであるこれも残酷だったなとつくづく思う、それはみんな国民がそうだったのである

では国民がみんな戦争に合意していたかというとそうでもなかったが納得して戦争に自ら参加したともいえない、今でも国民も賛成したとされるがみんな赤紙一枚で戦地に行かされて地獄にほうりこまれたのである
原発事故で起きたことでも原発は政府の強権で強制されたと同じである
前の佐藤栄佐久知事は政府の命令に逆らうことはできなかったと言っているからである

つまり原発は県とか自治体とか越えた強力な権力の力が働いていたからである
それを拒否することは地元でも許されないともなっていた
なぜなら地元では金のことしか考えなかった、金になればいいとしていたから地元で反対したり住めなくさえなっている
金になるんだから反対するなとなりその圧力が強いから反対できないようになっていた
そして原発関係で働いていた人は多かった、浪江から小高になると近いから余計に距離に比例して働いている人が多かった、原町でも飯館村でも原発で働いていたのである
それだけの経済的恩恵が原発にあったから地元でも拒否できなかったのである

だから責任を問うと地元の人たちにも自治体にもあった、戦争でも国民にあったとなると同じなのである
でもなぜ住民でも自治体でもただ一方的に政府の命令に従うだけで良かったのかという反省がある、それはなぜか?
戦争なら300白万人死んだとか原発事故では故郷に住めなくなったという被害が大きすぎたからである
政府の権力の命令に唯々諾々として従うだけになると必ずその責任は住民が国民がとらされる、政府では官僚でも議員でも命令する人は責任をとらないからである
権力をもつものに命まであづけるということは一大事である、でも有無を言わさず命令に従わさせられる、そして命令した人は責任をとらないのである
責任をとらされるのは命をあずけた人たちであり国民なのである
もしそこに国民が納得して国民の意志で戦争したというならいいが突然赤紙一枚で戦地に地獄にほうりこまれたのである

原発事故でも突然避難命令されて30キロ以内は住めなくなされたのである
それは政府の命令だったのである、でも住民側の意志は無視された
住民側にすればいろいろ問うこともありどうしたらいいのかと住民で話し合ったりもっと検討することがあったが緊急事態でありただ命令に従うだけだったのである
そして避難しても5年以上とか長くなりすぎたのである
小高などは放射線量も低いから早く帰すべきだった、長くいた結果補償金をもらいギャンブルとかに興じて復興する気も働く気もなくなったし若い世代は流出して外で生活基盤を築き帰らなくなったのである

避難するにしても二年くらいにして町や村の復興をみんなで協議して考えるべきだったかがそこで一番みんな考えたことは自分の家族のことであ個々人のことでありあとは補償金をもらうことにしかてなったのである
そうしていち早く他で家を建てた人がいた、その人は土地が安い時で賢い人だったと言う人がいた、もし補償金がもらえないとしたらこんなことにはならなかった
もらうの当然だとしても自治体の全体の復興のために使うとかなっていればこうはならなかったかもしれない、その時すでに大家族でもばらばらになり町や村でもばらばらになってしまったのである

結局これも結果論だからをとともいえない、自分自身さえそうである
今になってふりかえってそう言えるだけだとなる
ただ自分自身は何か最初からおかしいなとそれは科学知識がないにしても思った
別にすぐに避難するような状態ではなかった
原爆が落とされたのとは違っていた、確かに爆発したとき20マイクロシーベルに二三日はこの辺でもなったが海側はすぐに急激に低くなったのである
飯館村とか福島市の方が長く一か月くらい放射線量が高かったのである
そういうことは科学的知識がなくてもわかることであった

一ミリシーベルと越えたらチェノブエリでも避難させて住めなくなさせたからそうすべきだったという科学者の意見もある
それより町や村を維持することの方が大事だったのである
つまり今すぐに死ぬとかではない、先のことでありそれも放射線に関してはわからないから住民で決めることなのである
でも変なのは住民が今になって帰るのも帰らないのも住民の意志だとしているのである
そんなことを住民の意志で決めることだとしているのも変なのである
その前に住民の意志として決めなければならないのは町や村をどうするかということだったのである、個々人のことではない、そういうときはやはり市民や町民や村民の意志で決めることだったのである
ただそうなると責任は住民がとることになる、科学者の言うように何かガンになったり被害があるかもしれないからだ、その責任は政府にも科学者にもない、住民が決めたことだから住民がとれとはなる、でもそうしてもやはり町や村を維持することが住み続けることがいいとして決めることもあったのである

ただそれだけのものが絆自体が現代の市町村にはなかったともいえる、十津川部落のように一致団結して北海道に移住したような絆がなくなっていた、絆はかえって外部の人とはあったのである、それも広域社会とグローバル化でそうなっていた
地元に根ざして農業や林業や漁業でも生活していない、それは一割にも満たないものだった
だから絆でも物でも外部から入ってくるからそうなっていた、そして仮設に住んだ人はどう思っていたかというと
私たちはここで金を使って消費して助けているんだよ言っていた
全くその土地の人たちに関して何の関心もない、むしろ補償金をもらって喜んでいたのである

これは避難者を責めるというよりそういう金が第一の広域グローバル社会化した矛盾だったのである
だからグローバル化となると世界と絆があるとなっているけど意外と内部でも絆はないからもろい社会だともなる
簡単に市町村でも崩壊する、何かあったら金さえ持って逃げればいいとなるからだ
そしてどこにも金さえあれば豊かな生活ができるとなるからだ
江戸時代だったらもう外に逃れることはできない社会だからその場で苦しくても死ぬほかないからである
そういう社会がいいのかどうかも問われたのである
だからこそグローバル社会に対して批判する人がいる、それに私も同調するのである

結果論となるが自治体は崩壊したともなる、それを取り戻すことができなくなった
若い人たち別に生活基盤を築いた帰らないのである
残されたのはその親や祖父母でありその人たちは南相馬市だったら小高でも負担を強いられる、それで一時は介護士がいないとかで老人ホームがあっても立派な建物があっても開けなかったのである
そうなったのは最初の時の方向が間違っていたからだともなる
結局人生でもそうだが緊急の時があり方向を間違うともう元にもどれないということである、若い時判断が誤ると一生方向を間違えてもどれないのである
カルト教団に入っていたらそのまま誤った方向に進んでその方向を変えられないのであるだから緊急事態に対処することでも誤ったら誤った方向に行きもどれなくなるということである
そして後でいろいろ反省してもどうにもならなくなっているのである

posted by 老鶯 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

人生は二度なし(このことを若い時はわからない)


人生は二度なし(このことを若い時はわからない)


人生二度なしという厳粛な事実を若い時はわからない、青春もたちまちすぎるしたちまち老いる、なんだこれで人生が終わりなのかというとき老人になって愕然とするのである
ええ、たったこれだけだったのかというショックである
それほど人生は短いものだったのである
こういうことは別に優れた人とか哲学者とか宗教家だけではない
普通のありふれた平凡な人もわかるのである
老人になれば否が応でも現実でもって示される

そしてつくづく誰でももし人生が二回あったらなもう一回人生がやり直させたらなと切実に思うのである
ちょっとベトナム人の若い女性がいた、ベトナム人にも美人がいるんだなと思った
財布を落としてそれを知らせたのはベトナム人の若い女性だったのである
そしたらちょっとしたきっかけでもしかしたら仲良くなり結婚していたかもしれない
ちょっとしたきっかけでそうなるたこともありえたなと思った
しかしもう老人になったらありえない、ただ死に向かっているだけなのである
ただ若い人はこれから人生を生きるのだとつくづく思う
でも老人にはもう人生は終わったものなのである
終ったものとして回想しているだけなのである

そして人間はやり直しできない、あの時若い時こうすれば良かったと後悔してもできない若い時選んだことがそのまま人生の最後までつづくということがある
例えば道が二つに分かれたとしていて右を行ったらもう引き返して左に行くことはできないのである、それか人生なのである
だからその分かれ道で誤った方向に行くとそのまま人生の最後までその誤った方向から引き返せないとなる、それも今になると怖いことだと思う
人生はやり直せるというのは甘い考えなのである
そんな時間が人間には与えられていないのである

一回きりの人生しか人間には与えられていない

これは本当に最後になるとショックなことだったと
だからなぜ若い時が大事なのか?
それは方向を決めてしまうからである
その方向が若い時に決まってしまうから怖いことだったのである
ただ若い時そのことを自覚している人はほとんどいない
どっちに行こうがそれほど気にしていないし真剣に考えない
右に行こうが左に行こうが時間はたっぷりあると思っているのだ
人生回り道もあるしそんなことどうでもいいことだとしか思わないのである

「若き時神を覚えよ」というときもそうである
若い時しか本当の求道はできない、すると若い時でその方向が決まってしまうから若い時は人生を決するとまでなってしまうのである
人間はもう30代でもう決まるとまで言える
あとはつけたしであり余得ともなるのである
30からは時間が倍速で早く過ぎるのである
そしてあっというまに60、70となり老いるのである

そして死ぬとどうなるののか、死ぬとどんな人でもすぐに忘れ去られるのである
どんなに有名でも忘れられるのが早いのである
すでに仕事もしない退職した人は社会で用がなくなった人は生きながら忘れられる
それで家族の一人が認知症になったけどそれも無常だった
役所をやめてから役割が家でもなくなり何か生きながら無用の人となっていた
その時社会からもすでに忘れられていたのである
知る人も極わずかであり若い知らない人が増えてその人たちは知らないとなっていたのである
だから退職した人はそうなりやすい、社会で無用のものとなり生きながら忘れられるのである、そして死んだらもうただ忘却されるだけである
そのスピードが早いのである、だから無常迅速と言うのである

ただ現代は長生きになったからその分何か仕事をする残すにはいい、60くらいで死ぬのは早すぎるからである、何か仕事に追われているうちでも終わってしまうからである
長ければやはり何か平凡な人でも仕事をして残すことはできるとなるし才能がたいしてなくても何か積み重ねたもので才能が開花することがあるからだ
才能は第一いくら恵まれていても開発する時間が必要だからである

いづれにしろ自分の人生も終わりに近づいていると思う
旅するにしても何か気力がないから行けない、今は確かに介護が終わって行けるのだから行く気がしない、何か疲れるとなるからだ
だから旅にしてもいつかできなくなる、終わるということである
こんなに旅したのに依然として旅しない所がずいぶんあったし見ていなかったなとつくづく思う、それだけ人間の与えられた時間が短いからそうなっていたのだ
人生は光陰矢の如しであり最後は人生あっというまに終わるとなってしまうのである

今年も終わるが大晦日だけどこのことを若い人は肝に命じるべきだけどどうしてもそう思えないのである、そして老人になって愕然とするのである
そして二度と人生はやり直しできない、二回の人生はないのである
もし若い時でも30代以降でもこうした自覚があればもっと充実した人生になっていた
それはみんな誰でも思っているのだ、とにかく人間は無駄に費やす時間が多すぎるのである
でも何でも雑学でも経験したことは最後に活きてくる、活かせるのである
だから不思議なのは今一番私自身がいろいろなことがわかり活かしている
それを今インタ−ネットのホームページでプログで発表しているのである

ふりむけばすべての足跡が意味あるものとして示される・・・

今NHKの紅白歌合戦での歌詞を見た、福山雅治とかの歌手である
こう最後にこうなる、それは特別な人生だけではない、普通の平凡な人生でもそうなのである
その意味がはっきりと平凡な人でも知らしめられるのである
だから何か過去に悪いことした人も決してそれが心の中で消えることはないてのである
それが最後にまざまざと示される、そして後悔して苦しむ
それも怖いことなのである、ただそう自覚している人はいないからこそ若い時は放埓でもかまわないとなっているのだ
それが青春の特権だとかなってしまうのである

ということで今年も終わり来年もこうしてプログを書き続けます

良いお年を・・・