2018年11月28日

アイディンティティ論 (クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)


アイディンティティ論

(クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)

アイディンティティを考える時まず国家とクニは違う、国家は権力体制でありクニは自然の中で自ずから成ったものでありそれはだから地理的制限があり無闇に拡大しない
ある地域からクニがはじまりそのクニの中で生活して先祖がありアイディンティティ化してゆく、だから先祖が犬だとか猿だとかなるのもアイディンティティになる
猿族犬族とかトーテム信仰がありそれで結束する

会津嶺《あいづね》の 国をさ遠《どお》み 逢はなはば 偲《しの》ひにせもと 紐結ばさね
     〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3426 相聞歌

この歌は会津は一つのクニであったが大和王権という国家ができたときクニから大きな国家権力がかかわったということである、その大和王権という国家は会津のようなクニとはまだアイディンティティ化されていないのである
だから強引な権力によって兵士にされたという気持ちがここにはある

アイディンティティ化するというとき意外と言葉が大きく関係している、そもそもエデンの園でのアダムの仕事は名付けることだったということでもわかる
様々な植物でも名前をつけることが仕事になる、それは詩人的仕事なのである
つまり名前をつけることはそれでもって言葉を通じて自然をアイディンティティ化していることになるからだ
名前が意外と大事であり名は体を現すとか名前を言うことはその名前を唱えて呪い殺されることもあるから名前は簡単に教えないということが古代にあった
そして名をなのることは一つのそのクニを支配することにも通じていた

泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [大泊瀬稚武天皇]
天皇御製歌

籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れしきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも

菜摘ます子家聞かな 告らさね・・・家を知り名前を知りたいとなる、まず家を知りたいというのは家が先にあったしそれは明治以降までつづいていたからである
ただ相手の名前を聞いているのとも違うが名前を簡単には言わなかった
雄略天皇は堂々と王たるもので名前を言えたとなる
名を汚すことはキリスト教でも御名を汚すことは許されない
つまり名前は常に汚される、人間は常に世の中にある限り汚され存在なのである
それは神が出現してもそうだった、神とは信じないからである

先に名を名乗る=言霊を奪われる=相手に服従する
という意味が込められている。 
自分の名を知られた途端に相手の支配下におかれる。

婚約の儀式にも受け継がれ、男性が女性の名前を尋ね、 
女性は「人生を捧げてもいい」と思った男性にだけ名を告げる。 

こういう人事的なことの前にそもそも人間はこの大自然に対してどうしてアイディンティティ化したのか?
言葉が神聖化されたり宣(のる)いいう時、祝詞(のりと)というとき何かが言葉を通じてのりうつる、言霊と化すという言葉に対する信仰のようなものが生まれる
では自然の万物が人間にのりうつる時それを現すのは言葉なのである
人間に言葉がなければ大自然の中の混沌の中に置かれる、それは安定しないのである
この大自然とアイディンティティ化するには言葉が必要だったのである
実際はすべて言葉では現せない、言葉の限界がある
それはアメリカのようなグランドキャニオンを見たような時である
そこは地球だと思えなかったからである、その時人間は言葉を失うとなる
言葉で表現しえないとなるからだ
それはホイットマンの詩に現れている、あまりにも広大な故に言葉で表現しきれないのである、
もうそうなると神のような力が必要にもなる

日本だとまだ国土が小さいからそこで言葉でアイディンティティ化しやすかったとはなる
だからアイディンティティというときまず国とか国家とかとのアイディンティティ化ではない、
自然とのアイディンティティ化が先にある
そもそも日本語がどうして生まれたのか?これも未だに不明である
どういう背景で生まれたのか?その起源を外国にたどってもにたようなものがあるとかで終わっている、
その系統が不明である、つまり日本語は孤立語なのである
それでも日本語もやはり日本の風土と関係して生まれている
外国語で表現できないものが日本語にあるときそれは日本の風土が背景に関係しているからだともなる、なにかしとやかにはしとしとと梅雨に雨がふる感じでありつつむとかは森につつまれとかありつつましいとかの言葉として派生する
英語のクリアーというのは良く使われるがそれは乾燥地帯の風土から生まれた言葉であるからっと晴れている晴れる日がつづくからである、だからクリアーとかファインとかフェアーとかの言葉は本当は日本語には訳せないしまた英語も日本語に訳せないのである
その意味が本質的に理解できないからである
そのために詩は翻訳できないとなるのだ

ギリシア人達は自らを「ヘレネス」と呼び,ギリシア語を話さない他民族を「バルバロイ」(Barbaroi:意味不明の言語を話す者)と呼びました。「ヘレネス」とは,ギリシア神話に登場するデウカリオンの子の“ヘレンの子孫”という意味で,ギリシア人は神の血統を受け継ぐ勇敢な民族としてアイデンティティーを形成していきました

いづれにしろこのように言葉が共通していることがその民族のアイディンティティになる言葉が通じないことが一番意思疎通を阻むからである
またアイディンティティは地理的一体感とかからも生まれている
これも重要なアイディンティティでの要素である
それで歴史的地理的アイディンティティがクニの基本としてある
それで廃藩置県はどうしても無理に人工的に作られた所があり地理的一体感とか感じない福島県でもなぜ福島なのかもわからない、そして福島県は広いから一体感がもてない
ハマ、ナカ、アイズと別れていて気候も違っている
冬になれば会津は雪がふりつづけるが浜通りは海に面して雪はめったに降らないのであるだからむしろ相馬地方は浜通りであり海に面した太平洋岸と地理的一体感をもつ
それが証明されたのが津波だったのである
三陸だけに津波が過去にあったのではなく太平洋岸は歴史的に津波がありその歴史を共有する地帯だったと知ったのである

いづれにしろアイディンティティ論というのは人間の存在を問う基本にある
だからアイディンティティには様々なものがあり一つにはならない
ここでは基本的に言葉があり地理がアイディンティティのファンダメンタルなものだとなる 

fundamentalとはfindmentalである、それが過去形になりfind→found→fundamentalになった

つまり発見されたmental(精神的なもの)なのである、実は過去形ではなく常にアイディンティティは現在形のfindである
常に見出されるものである、私自身が郷土と一体化するアイディンティティ化することをしてきた
それを詩にしたり芸術化にするのもそうである、ただ芸術だけではない、そもそも自然からはじまるのがクニだからそこでは農業でも現実の生活と自然とアイディンティティ化しているのである
それで畑で野菜を作る女性は良く冬には土が眠り栄養豊かになるというときそうである、冬(ふゆ)は増えるでありふゆになったからである、それは農耕社会とアイディンティティ化して生まれた言葉なのである
春は張るであり万物が張る状態になるからそうなる、田んぼに水を張るということでも田植えがはじまることでも春なのである 
言葉のはじまりには農業的なものがまたは狩猟とか牧畜的なものがある、それは言葉でも生活から離れてありえないからである


冬の菊と老木と樅の木


冬の菊と老木と樅の木

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百歳に母は死ににき冬の菊

老木のここに朽ちなむ冬の菊

樅の木に孟宗竹や冬に入る


一本の樅の木ここに立ちにけり知らざりしかも冬に入るかな 

ふるさとの道に一枚散る木の葉しばしたたずみしみじみと見ゆ

よみとれぬ墓の文字かな誰が眠る短き日のはやも暮れなむ


母は冬の菊だった、目立たない女性だった、それでも最後までりんとしたところがあったただ処世術がない女性だった、何か世の中のことをわからない人がいるのだ
それは自分もそうだった、世の中にうとい人がいるのである

この老木は何か天然記念物のよにうも見える、この木は生きているのか?
まさに百歳の人間と同じである、これから百歳の人も増えてくる
今回発見した樅の木はいい木だった、樅の木は結構ある
でも意外と発見しにくい、ここにこんな木があったのかというのも発見しにくい
でもそういんう木があって故郷を支えていたとかなる

冬の菊でもここに朽ちるというときついの住処としてここで死ぬということにもなる
人間も生物だから最後はそういう気持ちになる
だから避難区域に帰ったのは老人なのである、つまりそういう気持ちになるのが生物として自然だからである