2018年11月18日

セシウムは水に溶ける溶けないの問題 (飲料水は安全なのか?)


セシウムは水に溶ける溶けないの問題

(飲料水は安全なのか?)

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水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

チェルノブイリ地域のPripyat川と福島地域の口太川における放射性セシウムの水溶解性を比較した。その結果、チェルノブイリ地域では放射性セシウムの溶存成分の割合が70%程度であるのに対して、福島地域では30%程度であり、前者で水溶解性が高いことが分かった。またその原因として、チェルノブイリ地域では、懸濁粒子中の粘土鉱物への放射性セシウムの吸着が、天然有機物(腐植物質)により阻害されるためであることが、X線吸収法(XAFS法)などの分析から分かった


イギリスのタイムズ紙は6月13日 『福島第一原発を廃炉するまでに必要な200年間の時間の待機』(Japan faces 200-year wait for Fukushima clean-up)と題して、小野明福島第一原子力発電所長が『福島第一原発を廃炉するには200年以上の時間が必要』と正直に語ったと報じる。


福島、水源に浸した布から

高濃度セシウムを検出!

汚染地域は未だ住んでいい

レベルではない!

飲み水にセシウムが

混入するのは必至

内部被曝は蓄積され…

白血病など…10年、20年後…!

食品汚染も日本中に…


ストロンチウム、

トリチウムは水に溶け

プルトニウムなども測定困難!

居住制限区域の飯舘(いいたて)村西部から南相馬(みなみそうま)市を経由して、太平洋に注ぐ新田川(にいだがわ)。

市民の水源として使われるこの川は、前々回のレポート『イチエフをドローンで空撮! 原発事故から5年を経た事故処理の現状は?』で伝えた除染廃棄物を処理する蕨平(わらびだいら)焼却場のすぐ近くを流れている。

福島県や国の発表では、新田川の川底にたまる泥からは、1600Bq(ベクレル)/sほどの放射能が計測されているが、水からは1Bq/sも出ていない。

しかし、昨年9月、市民団体が南相馬市原町区・中川原橋付近でこの川に麻布(リネン)を8日間浸した。回収した布の放射能を測定したところ、3430Bq/sという高濃度のセシウムが検出された。

リネンを長時間浸しておくと、流量×断面積×時間分の放射性物質が吸着します。水中の粘土鉱物、菌類、落ち葉などの浮遊物、プランクトンにセシウムが付着しているのです」

つまりそれは、水単体の検査では放射性物質が不検出でも、その水を飲み続ければ、少しずつ体内にセシウムが蓄積することを意味する。取り込んだ放射性物質は体内から排出されるが、毎日取り込むと排出量を上回ってしまうからだ。

新田川の水は一度地下に染み込み、今回の計測ポイントから1qほどしか離れていない大谷(おおがい)浄水場で井戸からくみ上げられた後、上水として処理され飲料水となる。現時点では市の検査で飲み水から放射性物質は検出されていないが、当然、不安を漏らす市民もいる。



ここでは相当危険なことを言っている、それも新田川とか小高の川で飲料水として利用しているから恐怖になる
セシウムは水に溶けないから有機物に付着するから水自体は計測しているから安全だとしている
ただ水に溶ける溶けないで混乱した、布を浸してセシウムが付着したのは水に溶けているというよりその中に浮遊していたセシウムとなる
チェエルノブエリでは付着する有機物がないので水に溶けた量が多くなった
70パーセントが水に溶けて流れたとなる
だからセシウムが水に溶けないとか溶けるというのが良くわからなくなり混乱した
トリチウムとストロンチウムは水に溶けるから計測できなくなるとこのサイトには書いてある

ヨウ化セシウムは水100gに対して、40g以上という非常に高い溶解性を持っているようです。
イオン性の化合物ですので、塩が水に溶けるのと同様に溶けます。

溶けるとは、混ざるということです。科学反応でもしない限り溶け合わさることはありません


福島第一原発の事故からまもなく7年となるなか、「セシウムボール」と呼ばれる水に溶けにくい極めて小さい放射性の粒子が注目されています。去年、東京大学の研究チームが福島県北部の川で、このセシウムボールを確認していたことがわかりました。 

「事故で起こっていることを考えるにしても、溶けないことを想定するか、水に溶けるかを想定するのかで全然変わってくる」(セシウムボールを発見した 気象研究所・足立光司主任研究官) 


セシウムが水に溶ける溶けないでもわからなくなる、問題はどっちにしろ放射性物質に汚染された飲料水を飲みつづけるとどうなるのか?
水を飲めば溶けても溶けなくても口から体に入り内部被爆するのか?
チェルノブエリは30パーセントとしか有機物に付着しないから水を飲むと危険なことはわかる、日本は70パーセントは泥でありなんであれ物質に付着したから水自体にセシウムが混じっていることは少ない

表現としては水に放射性物質が溶ける溶けないではなく混じっているとなる
なぜなら水に混じっているとすれば当然その水を飲んで体内に入れるからである
ただ水に溶けたものだと排出しやすいとはなる
水に溶けないとかなると体内に残留するものがあったとなる、それは肺胞に残り放射線を出し続けるから危険だとなる

水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

こういうセシウムは危険だとなる、ただ空気にもセシウムなど放射性物質は混じっている
すると肺胞に入り内部被爆して10年とか20年後に癌になるという

この放射線の被害のやっかいなのは長期で見ないと結果を見ないと症状がでないとわからないのである
それでタバコとかその他の体に悪いものがあり放射線より危険だとしている
福島県の行政の人はなるべく安全だと説明している、それが命令された仕事だからなのだろう

飲み水は毎日飲むからそれで安全が一番気になっていた、ペットボトルを飲んでいたが金がかかるのでツルハの無料の蒸留水を飲んでいる、ただこれもこの辺の近くの川の水だとするとどうなるのか?どこの水かわからないのである
でも無料だからみんな飲んでいるのである

結局本当はこれもカルマが関係している、カルマというのはそれが苦しみとなって現れない限り感じないのである
それも本当に三十年前とか四十年前とかさらに前世までさかのぼりカルマが影響しているとなると怖い
それが確実に症状として苦しみとして現れることは間違いない
だから六十以降は病気になる人が多いし種々のことでそのカルマの清算が強いられるのである
それが自分にもありカルマの清算のために苦しんだことを書いてきた
それは過酷なものだったのである、だからこの原発事故のカルマは十年後二十年後三十年後に現れる,病気となり苦しみとなり現れるただその時老人は死んでいる、苦しむのは子孫になるのである
一代でも二代でも終わらないカルマを残したことは確かなのである

posted by 老鶯 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

常磐高速ど鹿島のSAで県職員がアンケートで復興の進展を説明 (放射線のことは説明されてもわからないのが問題)


常磐高速ど鹿島のSAで県職員がアンケートで復興の進展を説明

(放射線のことは説明されてもわからないのが問題)


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放射線の説明を聞いた場所

あとは土木関係は堤防の工事ほぼ完成したと言っていた          


地元には、飲み水に利用しているダムなどの除染を求める声などもあるが、水道設備で放射性物質の影響を取り除くことができるとした。環境省の井上信治副大臣は「実際の生活にどういう影響があるかという住民の心配の観点に立ってまとめた。丁寧に説明をしていきたい」と話した。(奥村輝)
ーーー朝日新聞(26.8.23)  

真野川ではいつも水質検査している、それで良くその検査する人とあう
真野川は上流にダムがありそこから水道の水をとっているというとき不安になるので飲み水には使ってはいない、最近は蒸留した無料の水を飲んでいる
ただこの水もどこからとったのかわからないのである
ペットボトルだと金がかかるからそうしたのである

私は科学は苦手でありほとんどわからない、そのために今回は何か肝心なことで説明できなかった、今日もそうだった
その人は県の放射性物質の汚染に関する係りの人だった
それなりに詳しいと思った
何が私がずれているのかわからないのかとなると今日話してもそうである
セシウムは水に溶けない、泥などに付着するということは聞いていた
つまり水自体にはセシウムはないという、それも何かわからなかった


水にはセシウムは交わらないということが良くわからなかった
だから水道水でも水を検査しているから安全だとなる
セシウムは水に溶けない、トリチウムは海に流すことになっているが水に溶けるという
でも泥は川に流れてくる、放射線量の高い飯館の周りの森から流れてくる
それが真野ダムに堆積するのである、現実に佐須でホットスポットがあり泥が20マイクロシーベルトあったのには驚いた
だからそうした泥が真野ダムに流れて堆積しているから不安になり聞いたのである
検査の結果では虫の調査では真野川のダムの上流の方が放射線量が高くなっていた
真野ダムの下流は低い結果になっていた
その理由は何なのか、真野ダムでせきとめられて泥が流れ出さないためなのか?
真野ダムからは水を放水しても泥が流れるがそんなに流れないということなのか?
真野ダムの上流は周りの森から泥が流れて高くなったのかとなる

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同県浪江、双葉両町の計6地区で、表土のはぎ取りや高圧水洗浄、除草など標準的な方法で実施した。その結果、除染前に1時間あたり平均7.65019.12マイクロシーベルトだった生活圏(宅地、農地、道路)の空間線量は除染後、同3.3507.09マイクロシーベルトと約6割下がった。木造住宅に住み1日8時間屋外で過ごすと仮定すると、多くの地区が除染後も年間20ミリシーベルトを上回ることになる。一方、森林の線量低減率は約2割にとどまった。

森林の線量を減らすのには限界がある、なぜなら森自体が汚染されているから落葉も汚染されるているからそれが腐葉土になったとき木の根から吸い上げられるからだ
それで根が浅い植物は山菜は汚染度強かったと報告にある
それは表土が汚染度が高い下になるとそうでもないとなると同じである
それで表土をはがしたのである、でも残念なのは表土に栄養分があったから田んぼでも米を作れなくなったのである、野菜でも作れなくなった、花には影響がないので何か飯館村に沖永良部島とかから花栽培の人が時期を見て仕事に来ていることを放送していた
森自体を除染することはほとんど不可能なのである、そこから汚染された泥が流れて真野ダムに堆積される、すると放射線量は減らないとなるのである
ただ水にセシウムが交わらないということで水は飲めるとなる
それでも不安になることは確かである

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 環境省は「さらに線量を低減しようとすれば土地の従来の機能を損ねかねない。区域の将来像を検討する中で追加除染の必要性を判断したい」と話している。【阿部周一】
ーーー毎日新聞(26.6.10)

 放射性物質に汚染された稲わらや下水汚泥などは、八〇〇〇ベクレルを超えると指定廃棄物として国が処理する対象となる。ツバメは泥やわらを使って巣を作るため、巣近くの土壌汚染を反映したとみられる。 

この燕の巣を調査していた人が相馬市の道の駅で出会った
その人はサースカロナイナの学生だったのである、なぜ調査しているかわからなかったがこういうことだったのである

環境省は10日、原発事故の帰還困難区域で行った除染効果を検証するモデル事業の結果を発表した。宅地などの空間放射線量はそれぞれ80〜50%程度下がったが、元々高濃度に汚染されているため平均で毎時2・5〜8・8マイクロシーベルトの放射線量が残り、除染の限界を示す結果となった。

 モデル事業は、福島県双葉町と浪江町の帰還困難区内6地区で昨年10月〜今年1月に実施
 ーーー朝日新聞(26.6.11) 

 除染には限界がある、この辺は森が多いということが問題なのである
森は基本的に除染できない、その森林面積が広いのである
それでいい場所でもあった、飯館村など70パーセントが森なのである
それで除染には限界があり双葉とか大熊地域は住むのは無理だと素人でも思う

それは私自身が浪江で0.5だったのに双葉に入ると7マイクロシ−ベルトに跳ね上がったからだ
そのことで説明する係りの人に聞いた、もっと雨がふればよかったとそれはどうしてなのか?その時確かに雨がふったり雪がふったりしてブルームとなって雲の塊りのようになって放射性物質が東風に流された
その時もっと雨が降ったり雪がふれば放射性物質は地上にふって福島市の方に流れる量は減ったという、それもそうだったのか?
あこうぎから津島はそのために異常に放射線量が高かったのである
そこに避難したのが浪江の人たちだったのである

だから本当にずさんだったと思う、何の備えも対策もしない
ただ安全だ安全だと安全神話を築いているだけだった、危険の対策はそう言っていればしなくてすむからである、また危険だというと騒ぐからしないとなる
それで爆発して避難する時東電の社員がいて山の方に避難するより海側に避難した方がいいと言って海側に避難した人たちがいたのである
それが正解だったのである、東電の社員は専門家だから知っていたのである
放射線量を計るスピーディでわかっていたのにそのスピーディを最初に伝えたのはアメリカだったのである、アメリカの支持待ちだったのである
これが政府と東電で原発を運営していたのだから全く危険に備えていなかったのである
備える必要はない「安全神話」を作り危険だということは周りの人は口に出すこともできないようにしていたのである
情報も出さない、原発は秘密のベールにおおわれていた
そこに立ち入ることはできない、マスコミも安全神話を作っていた一員だった
莫大な宣伝費がマスコミに出されていたからである

だから原発事故以後は科学者の言うことでも県の行政でも信じられないとなった
原発の不利な情報は出されないからである、常に権力で隠蔽されてきたからである
民主主義の基本が情報公開にあるときそれが成されていないことが最大の問題だったのである、原発は厚いベールに覆われてその内部のことはうかがいしれないものだったのである、だから事故以後は科学者の言うことも信じられなくなった
行政だって国の力が県に及ぶから信じられないとなる
真実は闇に隠される、ただ今日のようにともかく県でも説明することはいいことである

その放射線係りの人は詳しいから専門家なのかと思ったらそうではない、放射線係りなったのは前からではない、こういう事態になって係になった
理系ですかと聞いたらそうでもないという、でも詳しいから関心した
例えば遺伝子というのは空気をすうために一部は壊されるという
でも修復機能があるので回復する、だから放射線で破壊されるのは3000回破壊されてそれに加えて二回くらい増えるだけだとか言っていた
それもそうなのかと思った、その人は理系でもないのに詳しいと思って感心した

普通の生活での呼吸で活性酸素が生じ、遺伝子が壊れるのは、1日100万件、癌の発生は1日5000件レベルです。
遺伝子修復酵素で修復し、修復を見逃して癌が発生したら、キラー細胞などの免疫が掃除して発病に至らないのです。

さて放射線の影響は、その強さにもよりますが、100ミリシーベルト/時程度での影響はこれの何分の1程度で、発病しない程度でしかありません。
福島での発病は考えられません。下に、嘘を言っている煽り屋がおります。

チェルノブイリ原発事故死 100万人====

「この本は公開された医学的データに基づき、事件の起きた1986年から2004年までに、98万5千人が亡くなったとしています。
死者数はさらに増え続けています」、「チェルノブイリ原発事故の死者は100万人ということで」、「癌や心臓病、脳障害、甲状腺ガンなど死因はさまざまでした。

何より多くの子どもが死にました。



こうした両極端になると素人にはわからなくなる、放射線の問題はだからやっかいであり嫌になりあきらめるとまでなる
何か症状が出て明確な結果が出てはじめてわかるものだからである
放射線の問題は危機感がない、何か今は眼に見えて症状が現れないからである
そして20年後でもガンになる人が増えたとしたらその時恐怖を感じるのである
その時は遅かったとなるから怖いのである

ともかく放射線の問題は本当は科学者でも正確にはわからない
またチェエルノブエリでも隠されているからわからない、それを暴いた人もどこまで真実なのかわからない
だから何を信じていいかもわからないのである
今回の事故はそうして科学者を信じられなくなった、科学者は公正に科学を追求している人たちではない、御用学者のように政府の権力者の言いなりになり科学的公正さより権力側の言いなりにり発言していたからである

科学者は信用できない!政府も信用できない 行政も信用できない、マスコミも信用できない

そしたら何を信用すればいいのかとなってしまったのである
放射線量のことでも除染のことでもいろいろ言うことはある
でも根本的に信頼を失ったことが致命的なのである
何か不利な情報でも公開したり事故に備えた訓練をしたりとそれをするべきだった
そうすると原発が危険となり騒ぐから作れなるからという理由で「安全神話」を形成したこと自体が過ちだったのである

いくら科学のことがわからないにしても人間はどこでも人間との信頼関係が一番大事だとなる、そうしないとまかせられないからである
留守を頼むとするその人も信用しなければささいなことでもまかせることができないのである
それが原発ではできていないから信頼関係を作れないものなら作るべきではなかったのである
交通事故とか電車でも事故はある、それは許容されているのは信頼関係が全面的に崩壊するような事故にはならない、許容範囲になるから車社会でも鉄道でも維持されているのである
原発はそういうものとは違っていたのである

だからいくら放射線は怖くないとかなにがいろいろ科学者が言っても信用できなくなったのである、それは科学の問題ではない人間の信頼関係が築けなかったことにあった
科学は完全ではないし科学者も全能ではない、だからこそ謙虚になり事故だって起こりますよとか安全対策をするべきだったのである
それがただ安全神話を作り後は一切口を封じさせていたのである
だから科学の公正さなども偽れるし科学者でも行政でもマスコミでも信じられなくなったのである
今だってどこまで正直に報告しているのかわからないのである
そういう不信感があり科学でどうのこうのといっても信じられなとなってしまった
科学には科学者には公正さを追及するものがあるとしても権力によって歪められることもあるから信用できないとなってしまったのである     

ともかくはあらゆる分野での問題が生まれた、科学でも政治でも行政でも報道でも伝説なども取り上げられた、宗教すら関係していたそれで私自身が全能の神に祈りをささげたことでもわかる
解決しようがないからそうなったのである
郷土史とは実は地質学なども関係しているから総合的な学問なのである、主に理系だから科学の知識がないと発言ができないものだった
ただ何か文系でもこうして調べてゆくと科学的精神が身につくのかともなる
それはあくまでも文系的なものでもやはり科学的精神が身につくともなる
県の説明の担当の人は文系でも説明していたからである



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反転する人生、運命の謎 (プラスに働くものが一転してマイナスになる)


反転する人生、運命の謎

(プラスに働くものが一転してマイナスになる)

なぜこの辺で原発事故でこんなふうに大被害になったのか?、津波でもそうである
原発はこれまでいいものとしてあった、そこで働いた人がこの辺では多いのである
原発は金になるものでありいいものだったのである
原発は地域に恩恵を与えていたのである
それが一転してマイナスなものとして働く
まず白が真っ黒になったという状態になった
科学技術の信頼は全く失われた、これも科学技術社会なのだから衝撃だった
誰も普通の人は放射線被害がこれほどのものとは思っていなかったのである

ただこういうふうにプラスに働いていたものがマイナスに働くということは歴史でも人生でもある、戦後の歴史でも団塊の世代は数が多いということはプラスに働いていたのである、その数が多いということで労働力になり高度経済成長時代を築いたのである
だから不思議なのは食料もなにもない、戦後の焼け野原からそういうことができたというのも幸運だったとなる
戦争は悲惨だったがその後は経済成長したから戦争の影響を受けたにしろそれが全部マイナスに働かなかったのである

でも今はどうなったか?その団塊の世代など人口が多い世代が今度はマイナスに働く
高齢化社会になりその数も膨大であり認知症が800万人時代とか信じられない時代になりお荷物となりその負担に耐え切れないともう施設に入れないとかなっている
介護難民がすでに出ているのである、特に認知症は嫌われるから追い出されている
それだけの世話する人が確保できない、金も確保できないのである
このプレッシャーはあまりにも大きいものとなって国すら潰れるとまでなる

それは自分自身が一人は認知症でありもう一人も介護した
四苦八苦して介護した、その時誰も助けるものがいない、かえって弱者化して責められてきた、同情もない、そのことを延々と書いてきた
ただこれも自分のカルマだったのである
結局楽した結果としてこれだけ過酷なものとなったということがある
つまり楽することもカルマを積んでいたのである
人間はただ何もしないで生きていてせ何かしらカルマを積んでいるのだ

それ以後人生が一転する、何かの切っ掛けで人生はベ―トベンの運命のように人生は一転する、優秀であった人も事業をはじめて失敗して借金に苦しむ
健康であった人が脳梗塞とかで半身不随になり車椅子生活になる
運命があるとき反転する、白から黒になる、それは大きくは社会でもそうだし個々人でもそうなのである
その変化があまりにも大きいともうそれに対処できなくなる
それがこの辺の状態なのである

だから個々人でも社会でもこのようにプラスに働いていたものが一転してマイナスに働くのか?それはまさに人間の運命だとなる
ただでは今度はプラスからマイナスになったが今度はマイナスからプラスになるということもある
この辺は新地である、駅は大都会並みであり駅前には温泉がでたとか大きな施設ができて人が集まるようになる、このように津波で甚大な被害を受けてもマイナスになってもプラスにまたなる所もある
戦争は悲惨でマイナスだったがその後はプラスに日本は転じたのである

だから人間は社会でもそうした繰り返しだった気かとなる
プラスに働くものがありマイナスに働くものがある
そもそも国自体がプラスに働くものがありマイナスに働くものである
日本は国土が狭いが山が多く水資源には恵まれているとか海に囲まれて海産物には恵まれてきたとかある、狭いから狭い国土で米でも収穫高をあげてうまい米を作ってきたとかある、砂漠になにもないと思ったら石油がでて豊かになっているとかなにかしらマイナスと思える所にもプラスになるものがある
神は砂漠にも恵みを与えていたのである

例えば人間でもいろいろな人がいて性格も性質も体質も違う、体力があるものいて外交的なものがいて内向的な人もいる
外交的な人からみると内向的な人は嫌れる、陰気だとなり社会でも嫌われる
でもそれは生まれつきのものであり外交的にはできない
体力でも生まれつきがあり強いものは強い
でも人間の性格でも弱点と思えるものがかえって長所ともなる
マイナスと思えるものがプラスになりプラスに思えるものがマイナスにもなる
体力的にも強くバリバリ社会で活躍する人も意外と年取ってから弱く早く死んだりする

人間には陰陽の性格があり最近読んだ本で陰の体質の人は人生の後半戦に強いと書いてあった
そうれもそうなのか、何か自分ももしかしたらそうなのか?
後半戦に力を発揮する、何か今自分は一番力を発揮しているように思う
理解力が深まったからである、今までは本を読んでもただ読んでいるというだけだった
今は自分なりに解釈して評論もできる、だからこれも不思議なのである
高齢化社会になると人生百年となると後半戦に強い人が生き残る活躍するともなる
そうなると陰の体質の人が有利だともなる
長期戦でありマラソンに適していて後半戦に力を発揮できるとなればそうである
それは体力でもそうなのだ、後半戦には陽の人はもたないとなる
ただこれも本当は人はいろいろだからわからない、もう同世代でも二割とか死んでいるとなるからだ


だからマイナスになるということは今度は逆にプラスになってゆくということにもなる
それはまた困難がともなうがマイナスばかりには人間個々人でもならない
社会でもマイナスから今度はプラスに転じてゆく
そういうことも歴史でも社会でも人間個々人にでも起きてくる
それでマイナスからプラスになるということもあるからそうなるように努力する
ただ今はこの辺では先が見えない、二重三重苦になっている

今言えることは日本全体でもマイナスの局面に転じている、マイナスに転じるということはそれはあらゆるものがそうである
民主主義でも制度疲労しているし資本主義でもそうである
世界的にも何かマイナスの局面になっている、それで大きな変革の時代になる
その時痛みがある、犠牲もある、それは戦争と同じなのである
世界でも国でもそうしたし大きな変わり目に来ている
つつりそれはマイナスの局面になる、でもそこからまたプラスの局面へと転化する
その時痛みと犠牲が生まれる、明治維新でもそうである
戦争の時もそうである、それを乗り越えたとき再びプラスの局面に転じてゆく
それが人生でもあり歴史でもり、運命だったとなる    

占いでも凶運は強運に転じる、凶運というのはそれを生じさせるものを積んできたからだというのも納得がいく、それが自分のことでもあった
私自身がこの凶運から学んだことが多い、人生の試練だった
人間は何か困難があると学ぶことが多いと思った、楽に過ごしていたら学ばないのである楽に過ごしていることも後でそれがカルマとなり過酷な凶運になり苦しむ
人生が一生楽に終わることがないからだ、それはどんなに恵まれていてもそうである
この辺は全体的にも凶運になったでもまたそれが強運に転じることもありうる
ただそれはこれだけの被害となると今まで経験したことのない放射線被害だからなんともいえない、ただ凶運が強運となる可能性はあるということである

それでも高齢化社会の問題は病気になったり認知症になったり後は死があるだけであり
マイナスになるだけだというとことで問題なのである
それは社会全体でもそうである、死んではじめてプラスになるという問題である
つまり高齢化社会は団塊の世代でもまたその後の世代でも死んだときプラスに転じる
それは50年とか先になるのだ、それまでマイナスとして働くものだから苦しいとなるのだ、ただ個々人でも社会でもそういうプラス→マイナス→プラスというサイクルがあることは確かなのである