2018年11月15日

冬の日の新地の詩 (芸術は平和でないとありえない−新地に平和がもどった)


冬の日の新地の詩

(芸術は平和でないとありえない−新地に平和がもどった) 

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新地の冬の日

冬田に紺一色の海
今日沖に船見えず
点々と林に隠れて家
落葉踏み古き社や
宝暦と一つの碑を見ゆ
芦枯れて小沼に鴨数羽
満ちは曲がりまた曲がり
気ままに趣くままに行く
ゆくりなく木の葉は散りぬ
溜池広く悠々と鴨の群れ
交わりてここに安らぐ
点々と林に隠れて家
蔵一つ扇の紋や農家古り
木守柿や日のさしぬ
ここは伊達藩と偲ぶかも
森の小径はまたここに分かれ
誘われるように方向を変えて行く
冬の蝶二羽ほど舞いよぎり
冬に入るもあたたきかな
新地駅新装成りぬ
津波の記憶も徐々に薄れゆく
新しい喫茶店一つ
窓より見れば葱畑見えて
良くみれば昼の月でてあり
二両の電車の行くを見て
我はここに安らけく長くあるかな
悲しみ苦しみの比
そもいつしか癒されむ
我はここにし安らぎぬ


アジュールという喫茶店が駅前にあったけどこの名前は碧色の石だった
碧の青は石とあるようにこのような石から名付けられた
海の青とはまた違ったものだった
海をイメージしてこの名前をつけたのか?
でも喫茶店にいたのはばあちゃんだった、ちょっと体も曲がっているような気がした
そこに集まっていたのも老人だった、何かの会合で10人くらい集まって騒いでいたのである
何かこれでもわかる、とにかくどこでも老人が多いのである
喫茶店には不似合いだったような気もする

私は喫茶店とかで休みそこで何か書き物をすることが良くあった
でも喫茶店相当に減少した、コーヒーとか飲み物だけではふっていけない時代になったからである
やはり喫茶店は場所がいいと価値が生まれる
あそこからすぐ近くに電車が行くのが見える、鉄道好きにとっていいながめである
だから写真をとりたくなる、そこであそこの喫茶店は価値が出てくるとなるかもしれない
駅をおりるとあそこは通る道だからである


俳句とか短歌から詩になりやすい、俳句を詩にした
一連の俳句をつないで詩にしたとなる

ともかく平和がないと芸術もない、この辺は津波原発事故で平和が消失した
こういうとき芸術もありえなくなる、戦争している時、芸術もない
ただ荒廃している情景だけでありそこに芸術があっても異常事態の芸術である
そんな生きるか死ぬかとなっていたらそれは本来の芸術ではありえない

だから未だに小高とか浪江とか避難区域には平和がないのである
そこで芸術がどうかなど考えることもできない
ただなんとか復興して欲しいというだけである
芸術もなんらかたしになるにしてもやはりそもそも町が復興しなければ芸術もない
浪江だったら大堀焼きの村は芸術の村だったが消失した
そこはゴーストタウンになってしまった

新地は駅を中心にした町作りで前より良くなった
駅がまるで大都会並みの駅になった
あのような駅があんな小さな駅にどこにもないからである
まずエレベーターがあるのがいい、地下道もありそこにエレベーターがある

そして駅前広場があり駐車場もあり今温泉施設とか他にも大きな建物を建てている
あのようにすると人は集まる、他から鉄道利用して集まる
つまりそこに相乗効果が生まれるのである
鉄道だけではどうしても今や限界があるからだ

新地は林が多くその小径を行くのがいい、散策にはいい、ただ自転車だと電動自転車でないと鹿狼山には上れないのが残念である
前は上る気力があったけど今はない、ただタクシーで折り畳み自転車で2000円だとする行けるなと思った

この辺は地域でも違った感じをもつ、浪江は川二つあり高瀬川渓谷があったから特徴があった、ただ原町とか小高とか鹿島とかはあまり特徴がない
相馬市は一応城下町だがそれもそれほどのものではない
外から来るときはやはり目立つものがないと印象に残らないのである
地元だったら細部を見るが外から来る人ははじめてなのだからわからない
原町の桜井古墳などは目立つからいいのである

鹿島の真野に万葉の歌が残されているとしても何か遺跡がないから魅力に欠ける
学問的には興味あるのだけど普通はそこまで調べない、だから目立つものがあるといいのである、城があったとしても城がなくなっていたらなかなかイメージできないことも確かなのである、ただ一方で廃墟に魅力を感じるのは世の中の無常を感じるからである
新しい城にするとそこが博物館のように見える、そこで歴史の興亡があったとか見えなくなることもあるのだ

芸術の秋は過ぎたが何か今日は寒いがあたたかったから冬とは思えなかった
ともかく新地は散策するにはいい場所である

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冬の日の新地(俳句10句と写真)


冬の日の新地(俳句10句と写真)

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宝暦は古い−新地には文禄の碑もあったから伊達藩に属していて古い碑がある

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右近清水の広い溜池



冬の日や社を守る古木かな

農家古り古木にさしぬ冬日かな

駅も古り相馬にとまる冬柳

海の青映えて冬田やゆ新地かな

落葉踏み古き碑たずね沼に鴨

枯菊や喫茶店一つ昼の月

枯菊に二両の電車昼の月

蔵一つ扇の紋や木守柿

冬の蝶二羽や新地の小径かな

冬の日や人影まれに新地駅


新地の地形の特徴は海が迫って見えることである、それで手長明神の伝説が生まれた
手の長い巨人が海から貝をとって食べていた
それは貝塚が高台に発見されたことによっている
つまり海から高台になっていて海が迫って見えるのである
だから新地の地形はより海を感じるのである
平地だと海が遠くに感じるし平地からは見えないのである
それで冬田から青い冬の海が見えたのはいかにも新地らしいとなる

それから新地には林が多くその間を自転車で行くのに向いている
ただ新地までは遠いので今度は折り畳み自転車で回ることにした鹿狼山(がろう)山までは坂があるので行けない、でもタクシーで2000円とか言っていた
だから行はタクシーで帰りは自転車で坂を下ればいいとなる
鹿狼山に上れば丸森の方も行きやすくなるなと思った

駅前にアジュールという喫茶店一つあった、そこから眺めた景色も不思議だった
葱畑(ねぎ)畑があり二両の電車が行く、そこで気づかなかったのが昼の月が出ていたのである、そして向こうに墓地が見えた
新地で漁村は全部消失した、そしてあそこの高台の墓地だけが残った
この辺では海老村とかそうであり高台の墓地だけが残ったのである
こ不思議な風景である、そもそもこんなに風景まで変わることが夢のようだとなる
こんな風景を見ていることが信じられないとなる

ただその喫茶店の人は年配の人だった、若い人がしている感じだったが違っていた
それでその墓地のことを言ったら笑っていた
この昼の月をぼんやり見ていてそして墓地のことを言ったら笑っていたことで
津波も昔となりつつあるのかと思った
平和が再びやってきたのかと思った
数年前でも墓地を見て笑っていられないだろう

今でも原発避難区域は小高から浪江と悲惨である、こんなふうにはありえない
俺たちは苦しんでいるんだ、被害者なんだと、お前ら人が苦しんでいるのに物見遊山に来たのかとか何も言われなくてもとがめられる
実際に自分もプログに書いてお前は人の苦しみを見て楽しいかとか言われたからである
そういうつもりでなくてもそこには観光気分では行けないのである
今でもそうなのである、どうししても心苦しくなる

でも新地は津波の被害が確かに大きかったが原発事故の被害はなかった
その差が大きかったのである、新地駅は前より良くなった、それも小さいのに贅沢だなとつ,くづく思った駅前も開発されるから駅前に人が集まる、温泉も出たということも幸運だったのか?何か原発避難区域との差がありすぎた
鹿島でも前より人が増えたし施設とか食堂とかも増えたし新しいホテルまでできた
だから前より良くなった面があるのだ

ただこう感じたのは実は自分自身の心境もある、家族がみんな死んだのだが介護で約十年苦しみ続けた、それから解放されたということもある
もともと私は30年くらい平穏にのんびりくらしていたのである
まさに昼の月だったのである、そういう恵まれた環境にあった
それは一転して家族の介護とか津波や原発事故になったのである
自分自身も病気になり介護しなければならなかった、それでどうしても余裕がなくなったのである

そのことから解放されて前のようにのんびりと昼の月を見るような心境になったともいえる
その喫茶店に一時間くらいじっとしていて何か十年前の気分になった
そして一時間がいた結果、あそこに墓地があるなとか昼の月が出ているときづいたのである、やはり何かその土地のことはやはり過ぎ去るだけではわからない
一か所に定点観測するとその土地のことが記憶される
遠くになると早く早く過ぎ去るから記憶に残らないし見るべきものを見ないのである
新地は散歩するのに自転車で回るのにいい場所である、地形そうさせているのである

今回は俳句にしたがこれを連続すると詩になっていた
俳句とか短歌から詩にすることができる、次はそれを出して見よう

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タグ:新地 冬の日