2018年11月12日

抽象画一つの絵からいくつも変化する (A number of abstract paintings change from one picture)

抽象画一つの絵からいくつも変化する

(A number of abstract paintings change from one picture)


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森の奥、隠されて月が光っている
鋭く光っている
誰もその月を見ることはできない
神秘な森の奥で光っている

In the back of the forest, the moon is shining hidden
the sharpest moon is shining alone
No one can see the moon
It shines in the back of a mysterious forest

pilarmoonlight1.jpg


これも一つの絵から変化したものである
抽象画は変化しやすいから大量生産できる
そして何か創作するというより機械的ソフトの作用で作られるから
また大量に作れるとなる

これをインスピレーションとかに頼ればなかなか作れない
インタ−ネットとかは気まぐれだからである
これは機械的作業だから大量に作れるのである
これが創作なのかどうかとなるとわからない面はある

でも元の絵とはまるで違ったものになるから著作権違反とはならない
これはパソコンが作り出した新しい芸術なのであ


This is also changed from one picture
Since abstract images are easy to change, they can be mass-produced
And because it is made by the action of mechanical software rather than creating something
Moreover, it can be made in large quantities

If you rely on inspiration for this, you can not make it easily
Because the Internet and so on are whimsical
This is a mechanical work so it can be made in large quantities
There is a side that I do not know if this is creative or not

But it will not be a copyright violation because it will be different from the original picture
This is a new art created by a personal computer

シニアカーの人が電車に乗るのに大変だった


シニアカーの人が電車に乗るのに大変だった

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今朝は6キロ離れた所から駅にシニアカーで来た人がいた
一時間待っていた、インターホンで原町駅に連絡していた
それで原町駅の駅員が車で来た
電車にわたすものをもってきた
あれがないと車椅子でも電車にのれない

でもシニアカーは重いし乗れるのかと思った
そしたらJRで許可したから来たのだという
何か連絡がはっきりせずそうなったのか?
シニアカーは場所もとるし車椅子とは違う

その人はまず仙台に行き次に仙台から原町駅でおりてまた鹿島駅に来る
その間に駅員が手伝わなければならない
これも大変である、エレベーターがないから原町駅でおりる
シニアカーはホームを渡ることができない
エレベーターがないということが鉄道では不便になることがわかった
それで老人の女性が荷物を送ってもらったというのもわかる
若い人ならいいが老人になると荷物をもってわたることが苦しからそうなる

そのシニアカーの人は脳梗塞で手足が麻痺した、でも歩けている
頭ははっきりして普通の人と変わりない、ただ長くは歩けなくなったということである
年も同じくらいである
近くの同級生の二人も脳梗塞になった、一人は足が悪い、でも車は運転できるから
買い物に来ている
一人はどこも悪くなっていない、体全体は弱ったとしても普通に歩けるし頭もしっかりしている、だから自転車で散歩している

脳梗塞とか脳出血とかでもいろいろ差がある,最悪は寝たきりとかなった時である
歩くことも外出もできなくなる
脳梗塞とかなる人は多い、でもシニアカーでも外出はできる
それにしても仙台から帰りは原町にきて鹿島駅に戻るとなるとちょっと手間をかけすぎだとなる、ただ許可したなら乗れるということである
盲人の人は自分一人でも乗れる、だから手間にならない、その人は毎日通っているからそんなに手間をかけられるとJRでも困るとなる

いづれにしろちょっと今回は迷惑な気がした、盲人の人も原町の駅員を呼んだことがあるそれで駅員の人は嫌がっていた、やはり手間になるからだろう
今回はそもそも許可したこと自体が疑問に思った
これだけ手間をかけることはJRにとっても手間になりすぎたからだ