2018年11月26日

隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 (死ぬ直前まで消えなかった戦争のトラウマー従軍看護婦だった姉も同じ)


隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜

(死ぬ直前まで消えなかった戦争のトラウマー従軍看護婦だった姉も同じ)


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小林カツ(85歳死亡)

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このうち何人かは若くして死んでいる
会津の人とか従軍看護婦との交流があった
この時福島県の従軍看護婦が集められた
福島県の赤十字の支部である
ここでは十人がいた
昭和17年だった

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この会報が長く続けられていた、ここがジョホールバルの病院である
やしの木があるから南国である
ここに戦友の従軍看護婦がいて島根の女性からもらったバッグを認知症になってからも肌身離さず大事にしていた
これも認知症ではある、やはり人間は最後は記憶が大事になる
認知症でもそうした大事な記憶は忘れないのである
特に青春時代に異常な苦労をしたからこれは終生死ぬ直前まで忘れなかったのである
島根の戦友はまだ生きているかもしれない、93歳とかになるだろう
姉は85歳まで生きた



NHKのこの放送は生々しかった、なぜなら私の姉はシンガポールで向かい側のマレー半島のジョホールバルで四年間従軍看護婦として働いた
そこはイギリスの赤十字病院だった、青春時代の四年間は長い
そこでいろいろな体験をしたが過酷だった、姉自体は丈夫な気丈な人でも腸チフスになったとか苦しんだ、一番苦しんだのは戦争終わってからだった
ジャングルに逃げて食料もなくなったときだった
ジャングルは何か食べ物があったのだろう、ただそこで病気になりやすかった
マラリヤになりそれが基で精神病になったとか梅毒精神病になったとかある
隣の人が実は姉と戦地であったというのも奇遇だった
その人は戦後精神病になった、それは梅毒精神病であったのだろう
なぜなら奇声を出して徘徊したり異常を来していたからである、それは子供の頃でも覚えている
マラリヤから精神病になったというからそういう人はかなりの数にのぼっていたのである
すべてが記録されるわけではないからだ
それから何か精神病の人がいたがそれも戦地から帰ってなったとか聞いた
必ずしも病院に入った人だけではない、家族のもとに帰って人もいたのだ

この戦争のために精神病になったとか自殺したとかは相当数にのぼっている
なぜなら病棟でも姉は窓から飛び降りる人とか苦しみのために自殺しようとした人がいたとういことを聞いたからである
戦争は人間を極限状態においこむ、そこで何があったのか?
それはなかなかしりえようがない、ただ一時的に普通であってもその後も戦争の悪夢に悩まされていた、それで時々戦争の後遺症がトラウマとなって突然怒り出すると異常性が残っているとかあった、戦争のトラウマは実際は50年過ぎても死ぬまで消えなかったのである
姉は認知症になったけど最後はその戦争のことを千回語り死んだ
死ぬ直前まで戦争のこと語りうなされていたとなる
だからこのNHKの放送でもそれはそうだったなと納得した
それだけ過酷であり脳に戦争の悲惨さ残酷さが刻まれて心を病んでおかしくなっていたのである、ただ姉には別に陽気な人で日常的にはなにもない普通の人だったのである
何か異常性はなかったのである、何かそうして日常生活で異常性が残った人は少ないと思う、ただ時々でも常に戦争のトラウマが出る
それは死ぬ直前までそうなのだからいかに戦争が過酷で悲惨だったかわかる

ただNHKの放送ではシンガポールとかマレー半島には精神障害を出たという印がなかった
そこは意外と楽勝だった、シンガポールやマレー半島は簡単に日本軍の攻撃で陥落したからである、他は中国でも地元民でも攻撃されて四苦八苦して犠牲があった
それで姉の場合はまだましな地域にいたとなる
そして従軍看護婦だから人を直接は殺してはいない、看護だから人を殺すトラウマはなかった
でもいくら苦しいことでも50年過ぎるとかすれば死ぬ頃は忘れるのである
それが忘れられないということは青春時代だったこと多感な時期だったことなどが重なったからである

戦争は勝にしろ負けるにしろあまりにも異常な状態でありその非人間的な行為は死ぬまでトラウマとして残る
日本の戦争は無理な強行だった、もう兵士になるものもいなくて40歳以上でも徴集されていたしその記録が相馬市から招集された記録が短歌として残したのをプログに書いた
そして戦争に精神薄弱者まで徴兵していたのである
それだけ兵士になる人がいなかったのである、例えば建築現場には精神薄弱者がまぎれこんでくる、高度成長時代人手不足でそうなっていた
今の時代も人手不足になるともう誰でもいいからかき集められれる
いかに日本の戦争が追い詰められていたかこれでもわかる
ただシンガポールとかマレー半島でイギリスに勝ったとういことは評価されている
歴史的快挙だったとされているからそれがどういう意味をもっているからまた別である
アメリカがベトナムでもイラクでもやはり同じように精神障害になりトラウマになった
戦争はどっちが勝つも負けるも過酷であり残酷であり正常感覚を奪う
まず人を殺したたらやはり何かそれがトラウマとなる 

姉の場合は比較的にまだ戦地としては楽勝でありそれで中国とか他よりは条件が良かったとしても死ぬ直前まで戦争のことが忘れられず認知症になっても千回話つづけて最後の一か月前も意識不明になる直前まで話していたのが戦争のことだったのである
だから今回のNHKの放送は納得するものがあった
そういう話をやはり子供に伝えられている、まだ戦争の現実はその子供辺りまでは伝えられる、でも孫とかその後になるとなかなか伝えられなくなる
だから資料として残すとか何か記録を残して語りつづけることが必要になる
ただ長生き時代で百歳の人まで出ていたからその人が語ることはまだ生々しいとなる



posted by 老鶯 at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2018年11月27日

駅のインターホンは水戸にしか通じない (原町駅に通じなくなっていいのか?)


駅のインターホンは水戸にしか通じない

(原町駅に通じなくなっていいのか?)

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これは前から張ってったが気づかなかった
ただ時間がででいない、三回は原町に行くとして早朝があり実際は二回しかない
あとは一日二回くらいのバスが出ている、その時間をのせる必要もある
これから風で遅れたときなど知る必要があるからだ
タクシーだと高くなるからだ

これが私の作った鹿島駅の案内である―バスの利用を示していた
でも駅内にはっていたが駅長に置くなと言われてとられたのである

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この時刻表は小高浪江行きでも出ているので便利である
ただどこで出しているのかわからなかった



インターホンに出たのは原町駅の人ではなかった
水戸管理局の人だった、水戸管理局の人は来るけど原町が直接管理しているから
水戸ではいろいろなことで連絡取れるのか疑問になった

そもそも原町駅が隣の駅なのだから連絡するのには便利である
それをわざわざ水戸にしたのか?管理局になっていてもなぜなのか?
新地まで水戸管理局になっている、後は仙台である
仙台は近いから水戸にていること自体不便である

人手をはぶくために水戸管理局に通じるようにしたのか?
理由はわからないが原町駅でないとなかなか案内しにくいだろう
原町からバスが出ているしこの辺では交通の要だからである

ともかく何か自分が駅長とか駅の関係者に嫌われている
何か余計なことをしているとみられる
でもなぜそうなったのか?
それが無人駅になったからである、無人だから勝手に人が入ってきてもしょうがないのである、別に悪いことするのでもない協力している
それなのに一顧だにない、むしろここで何しているのだ、余計なことをするなと敬遠されているのである

ただ去年から飯館へ福島市に行くバスは出ていた、ここに張り紙してあった
でも自分は気づかなかった、なぜ張ってったのを気づいたかというとプログに書いてあるから日付を見てわかった、人間は記録していると後でそのことを思い出すのである

その前に私は飯館から福島に行くバスの案内とか原町のバスの案内を作って駅内に張っていた、それを断れたのである、その理由はルールがあり勝手に駅内を許可なしでは使ってならないということでそうなった
これもおかしいのだが責任とれないからだとか言っていた
何か外部の者を排斥する傾向がある、でも駅はJRだけのものではない
市町村でも外部から乗る人もありみんなのものなのである
だから便利にしようとしているのにいちゃもんつけてボランティアはうざいとか嫌がらせのようなことをするのはおかしいのである

ただ今度は原町駅を管理するのは水戸管理局でありそこに連絡するとなるとどうなるのか原町駅の人の文句を言うとどうなるのか?
水戸管理局は命令する立場にあるからどうなるのか?
ただ原町駅で直接管理しているのだから水戸では何かわからなくなることがある
それが納得いかないのである

2018年11月28日

冬の菊と老木と樅の木


冬の菊と老木と樅の木

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百歳に母は死ににき冬の菊

老木のここに朽ちなむ冬の菊

樅の木に孟宗竹や冬に入る


一本の樅の木ここに立ちにけり知らざりしかも冬に入るかな 

ふるさとの道に一枚散る木の葉しばしたたずみしみじみと見ゆ

よみとれぬ墓の文字かな誰が眠る短き日のはやも暮れなむ


母は冬の菊だった、目立たない女性だった、それでも最後までりんとしたところがあったただ処世術がない女性だった、何か世の中のことをわからない人がいるのだ
それは自分もそうだった、世の中にうとい人がいるのである

この老木は何か天然記念物のよにうも見える、この木は生きているのか?
まさに百歳の人間と同じである、これから百歳の人も増えてくる
今回発見した樅の木はいい木だった、樅の木は結構ある
でも意外と発見しにくい、ここにこんな木があったのかというのも発見しにくい
でもそういんう木があって故郷を支えていたとかなる

冬の菊でもここに朽ちるというときついの住処としてここで死ぬということにもなる
人間も生物だから最後はそういう気持ちになる
だから避難区域に帰ったのは老人なのである、つまりそういう気持ちになるのが生物として自然だからである


アイディンティティ論 (クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)


アイディンティティ論

(クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)

アイディンティティを考える時まず国家とクニは違う、国家は権力体制でありクニは自然の中で自ずから成ったものでありそれはだから地理的制限があり無闇に拡大しない
ある地域からクニがはじまりそのクニの中で生活して先祖がありアイディンティティ化してゆく、だから先祖が犬だとか猿だとかなるのもアイディンティティになる
猿族犬族とかトーテム信仰がありそれで結束する

会津嶺《あいづね》の 国をさ遠《どお》み 逢はなはば 偲《しの》ひにせもと 紐結ばさね
     〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3426 相聞歌

この歌は会津は一つのクニであったが大和王権という国家ができたときクニから大きな国家権力がかかわったということである、その大和王権という国家は会津のようなクニとはまだアイディンティティ化されていないのである
だから強引な権力によって兵士にされたという気持ちがここにはある

アイディンティティ化するというとき意外と言葉が大きく関係している、そもそもエデンの園でのアダムの仕事は名付けることだったということでもわかる
様々な植物でも名前をつけることが仕事になる、それは詩人的仕事なのである
つまり名前をつけることはそれでもって言葉を通じて自然をアイディンティティ化していることになるからだ
名前が意外と大事であり名は体を現すとか名前を言うことはその名前を唱えて呪い殺されることもあるから名前は簡単に教えないということが古代にあった
そして名をなのることは一つのそのクニを支配することにも通じていた

泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [大泊瀬稚武天皇]
天皇御製歌

籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れしきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも

菜摘ます子家聞かな 告らさね・・・家を知り名前を知りたいとなる、まず家を知りたいというのは家が先にあったしそれは明治以降までつづいていたからである
ただ相手の名前を聞いているのとも違うが名前を簡単には言わなかった
雄略天皇は堂々と王たるもので名前を言えたとなる
名を汚すことはキリスト教でも御名を汚すことは許されない
つまり名前は常に汚される、人間は常に世の中にある限り汚され存在なのである
それは神が出現してもそうだった、神とは信じないからである

先に名を名乗る=言霊を奪われる=相手に服従する
という意味が込められている。 
自分の名を知られた途端に相手の支配下におかれる。

婚約の儀式にも受け継がれ、男性が女性の名前を尋ね、 
女性は「人生を捧げてもいい」と思った男性にだけ名を告げる。 

こういう人事的なことの前にそもそも人間はこの大自然に対してどうしてアイディンティティ化したのか?
言葉が神聖化されたり宣(のる)いいう時、祝詞(のりと)というとき何かが言葉を通じてのりうつる、言霊と化すという言葉に対する信仰のようなものが生まれる
では自然の万物が人間にのりうつる時それを現すのは言葉なのである
人間に言葉がなければ大自然の中の混沌の中に置かれる、それは安定しないのである
この大自然とアイディンティティ化するには言葉が必要だったのである
実際はすべて言葉では現せない、言葉の限界がある
それはアメリカのようなグランドキャニオンを見たような時である
そこは地球だと思えなかったからである、その時人間は言葉を失うとなる
言葉で表現しえないとなるからだ
それはホイットマンの詩に現れている、あまりにも広大な故に言葉で表現しきれないのである、
もうそうなると神のような力が必要にもなる

日本だとまだ国土が小さいからそこで言葉でアイディンティティ化しやすかったとはなる
だからアイディンティティというときまず国とか国家とかとのアイディンティティ化ではない、
自然とのアイディンティティ化が先にある
そもそも日本語がどうして生まれたのか?これも未だに不明である
どういう背景で生まれたのか?その起源を外国にたどってもにたようなものがあるとかで終わっている、
その系統が不明である、つまり日本語は孤立語なのである
それでも日本語もやはり日本の風土と関係して生まれている
外国語で表現できないものが日本語にあるときそれは日本の風土が背景に関係しているからだともなる、なにかしとやかにはしとしとと梅雨に雨がふる感じでありつつむとかは森につつまれとかありつつましいとかの言葉として派生する
英語のクリアーというのは良く使われるがそれは乾燥地帯の風土から生まれた言葉であるからっと晴れている晴れる日がつづくからである、だからクリアーとかファインとかフェアーとかの言葉は本当は日本語には訳せないしまた英語も日本語に訳せないのである
その意味が本質的に理解できないからである
そのために詩は翻訳できないとなるのだ

ギリシア人達は自らを「ヘレネス」と呼び,ギリシア語を話さない他民族を「バルバロイ」(Barbaroi:意味不明の言語を話す者)と呼びました。「ヘレネス」とは,ギリシア神話に登場するデウカリオンの子の“ヘレンの子孫”という意味で,ギリシア人は神の血統を受け継ぐ勇敢な民族としてアイデンティティーを形成していきました

いづれにしろこのように言葉が共通していることがその民族のアイディンティティになる言葉が通じないことが一番意思疎通を阻むからである
またアイディンティティは地理的一体感とかからも生まれている
これも重要なアイディンティティでの要素である
それで歴史的地理的アイディンティティがクニの基本としてある
それで廃藩置県はどうしても無理に人工的に作られた所があり地理的一体感とか感じない福島県でもなぜ福島なのかもわからない、そして福島県は広いから一体感がもてない
ハマ、ナカ、アイズと別れていて気候も違っている
冬になれば会津は雪がふりつづけるが浜通りは海に面して雪はめったに降らないのであるだからむしろ相馬地方は浜通りであり海に面した太平洋岸と地理的一体感をもつ
それが証明されたのが津波だったのである
三陸だけに津波が過去にあったのではなく太平洋岸は歴史的に津波がありその歴史を共有する地帯だったと知ったのである

いづれにしろアイディンティティ論というのは人間の存在を問う基本にある
だからアイディンティティには様々なものがあり一つにはならない
ここでは基本的に言葉があり地理がアイディンティティのファンダメンタルなものだとなる 

fundamentalとはfindmentalである、それが過去形になりfind→found→fundamentalになった

つまり発見されたmental(精神的なもの)なのである、実は過去形ではなく常にアイディンティティは現在形のfindである
常に見出されるものである、私自身が郷土と一体化するアイディンティティ化することをしてきた
それを詩にしたり芸術化にするのもそうである、ただ芸術だけではない、そもそも自然からはじまるのがクニだからそこでは農業でも現実の生活と自然とアイディンティティ化しているのである
それで畑で野菜を作る女性は良く冬には土が眠り栄養豊かになるというときそうである、冬(ふゆ)は増えるでありふゆになったからである、それは農耕社会とアイディンティティ化して生まれた言葉なのである
春は張るであり万物が張る状態になるからそうなる、田んぼに水を張るということでも田植えがはじまることでも春なのである 
言葉のはじまりには農業的なものがまたは狩猟とか牧畜的なものがある、それは言葉でも生活から離れてありえないからである


2018年11月29日

老人は買いものでも選び買えない (買っても使いこなせないものが多くて失敗)


老人は買いものでも選び買えない

(買っても使いこなせないものが多くて失敗)

何か買い物がうまくいかなくなった、買ってもうまく使えないということもある
要するにわかったことは人間はいろいろなものがあっても使いこなせない
特に老人になるとそうなる、ビデオカメラ前にしていたからまたやろうとして買った
今は小型のカメラについているし大きなものは買わなくなっていたのである
技術が進歩しておいつけくなっなった
それで買い物に失敗することが多くなる

ただ通信販売で2000円のロングパンツはいいものだった、自分は何か着こなしが下手でありルーズでずぼらなのでなかなか着こなしができない
でもこのスポーツタイプのズボンはぴったりだった
体にあったものでありルーズでも着こなしできるのである
レビューを見ていいとあっても必ずしも合わないのもが結構あり失敗する

買い物はいかにして使いこなせるかということが問題なのである
料理するにしても材料を買っても使えないのである
買うことはできる、でも買うものを選びそれを使いこなすことができないのである
これはいくら金があってもどうにもならないことである
高いものを買ったとして使いこなせないとしたらそうなる

私が30万くらいで買ったヤマハの電動のロードがそうだった、YPJである
確かに最初は早くていいなと思ったが乗っているうち何か不安定なのである
それで転んで大けがする危険を経験した
ロードは安定しないのである、だから体にあっていないし老人には自分にはあっていないものだったのである、これはだから損だった、大きな買い物の失敗だった
このように高価なものでも自分に合わないものだと何の価値もなくなる
使いこなせないとしたらいくら高価なものでも価値がないのである

それで最近出てきたe-bikeはマウンテンバイク型であり最新式の電動自転車でありこれは安定しているからぶれないから合っていると見た
今までにないタイプのもので馬力がある、そもそもe-bikeは老人が力がなくても使えるものとして普及した、つまり老人に合ったものとして開発されたからそうなる
電動自転車でもロードは一見老人向きのようでもそうではなかったのである

老人は買い物がとにかくなんでもむずかしくなる、特に技術が進歩しているから買うこと自体何を買っていいかわからなくなる、買っても使いこなせなくなる
テレビすらパソコン化して操作するのがめんどうになる
リモコンのボタンを押すというだけではない機能が増えたからである

時計を買うのは実際は失敗したのではない、バンドが切れたのである
それも意外と早く一年二年で切れたのである、それは一万近くしていたから損だった
それで今度はバンドを金属製ので2000円で買った
でもこれも何かはずしたり元に直すのがうまくいかなかった
物は悪くないのだがめんとうなのでまた千円で別なものを買った
バンドは金属製ではないが千円だからいいとした
それから方位をさす腕時計型のものを買った

温度計もあるといいと思ったがいろいろついているとなかなかその機能を活かせない
方位計はいちいち手でとってみるとめんどうになる
腕時計でいつも見れるようになっているとわかりやすいのである
自転車でも方向を腕時計で見るとわかりやすいからである
瞬時に変化を見れるからである、意外と方向はわかりにくいのである
近くでも方向がわからなくなることがあるからだ
腕時計を左に右に方位計をしていれば自転車にのりながら方角がわかる、変化がわかる

何かいろいろ買っても使いこなせない、印刷機でも使いこなせないとかありかえってコンビニで十円で印刷した方が得だと思った
本当に使いこなせないということが今や問題である、それは老人になると特にそうなのである
だから下手に新しいものを買いないと思った、簡単なものならいいがあまりに多機能なのは使えこなせないのである
老人が金をもっていても使わないという時使いこなせないものが多いかということもある使いこなすということは老人にとって大きな問題なことがわかった

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これは方向を常時見れるから便利、1000円だから安い、他のはいろいろ機能がついていても使いにくいもののようだ
方向だけ見るにはこれが良かった、温度も知りたいとかあったがそうなると使いにくくなる
腕時計型になると単純ではなくなるからだ
これをアマゾンで選ぶのに苦労した、選び買うことが一苦労なのである
買う種類とか選ぶ物が今は多いからなんでもそうなるのである

2018年11月30日

「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」は世界史の大河ドラマ (なぜイスラムが衰退したのか、その原因の追究)

  
  「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」は世界史の大河ドラマ
  
  (なぜイスラムが衰退したのか、その原因の追究) 

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歴史は地歴であり地の利である、これは神が定めたものであり運命である
その地理から離れて歴史もありえない、でも地理を知ることは容易ではない
一番いいのはやはり自ら踏査(とうさ)することである
つまりいくら本を読んでも地図を見ても世界はわからないのである
百聞一見にしかずとなってしまうのが世界なのである
世界となると知りえる範囲はどうしても限られるそこで何か的を得ないものになる

「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」というシリーズのドラマを見ている
これは世界を舞台にした歴史ドラマなので興味をもった
なかなか世界史となると理解しにくいがNHKのような大河ドラマにすると興味がもてる
何かハレムは江戸時代の大奥とにている、そこでの女の戦いは時代劇とにている
あのようなハレムがあること時代イスラムが西洋にヨ−ロッパに遅れをとった原因だと見た、つまりキリスト教の西洋文明とは違った統治でありそれで改革できなかった
その足枷になったのがイスラム教だったのである
イスラムの衰退の原因は何だったのか?
その主要な原因が政教分離できなかったことなのである
政治と経済と宗教が不可分に一体化していたからこそできなかったのである

イスラムがヨ−ロッパより先進国だった、知識でも科学でも技術力でもイスラムが上だった、例えば十字軍はイスラムの富を略奪する強盗団ににていたというときそうである
イスラムの方に富があったからそうなった
面白いのはコーヒーがエチオピアで生まれそれがイスラムにもたらされてヨ−ロッパに入った、その時砂糖も中東経由イスラム商人によってもたらされたのである
アジアの物産はイスラム商人経由でヨ−ロッパにもたらされたのである

その貿易のルートが大航海時代になりヨ−ロッパが地中海がイスラムの海となった時
バスコダガマが喜望峰回りでアフリカからアジアへ航路を開いた
それが一大快挙でありアジアの貿易路ができてアジアの富が植民地を通じてもたらされた紅茶でもそうである、その習慣が生まれたのはアジアから紅茶がもたらされたからである今でもスリランカなどでは紅茶の産地で有名である
そして砂糖もアジアから直接ヨ−ロッパからもたらされるようになった結果イスラム中東経由の貿易は縮小したのである
それは陸の道としてのシルクロードが海の道に代わって廃れたとにている
どこが富む国に地域になるかはそうして交通の発達と交通の要所になることで決まる

小さな地域でも意外と戦争が終わった時はやる店はやはり狭い地域でも場所がいいところだったのである、何か私の家は小さな店をはじめた、家が角であり場所がいいということではやったのだとも言っていた、それで角屋とかの屋号がある
商売は場所がいいと人の集まりやすい場所だと繁盛する
それは前は駅が街の中心でありそこに人が集まっていたから駅前通りが生まれた
車社会になると六号線沿いや道の駅に店ができるようになった
常磐高速ができたらSAに人が集中するようになった
このように交通によって繁栄する場が変わるのである

なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてイスラムが衰退したのか?
それはなぜイスラムは自爆テロとかイスラム国とか何かそれはやけくそになっている
何かヨ−ロッパよりオスマン帝国が優れていたのに今は衰退している
その不満があのような異常なやけくその自爆テロとかの反抗になっているのである
軍事力だけでは世界史では国は優位にたてない、総合的なものとして国家の形成があり
軍事力はその一部なのである
イスラムはなぜ衰退してヨ−ロッパが興隆したのかというのは世界史の大きな課題になる

●宗教の問題
●政治形態の問題
●交通路の問題

他にもあるにしろ主要なものとしてあった、では逆にヨ−ロッパはなぜ繁栄したのか?

●宗教
●政治形態(ガバナンス)→政教分離
●交通路の開拓(大航海時代)
●科学技術の進歩 
●産業革命

このうよに総合的なものとして文明があり盛衰がある、ヨ−ロッパはこれらが一体として世界をリードするものとなった、イスラム圏はオスマン帝国のようにヨ−ロッパを劣ったものとして見ていたのである
その頃ルターの宗教改革もヨ−ロッパにあり宗教的政治的改革があった
イスラム世界にはそうした改革は成されなかった、イスラム教の縛りの中でできなかった宗教が大きく影響をしていたからそこで改革ができなかったからだともなる

このことを日本に当てはめるとなぜ明治維新が成功したのか?
これも世界史の謎になる、江戸時代から西欧文明の挑戦を受けて応戦して改革できたのか江戸時代というとき相当に世界から遅れた世界だとみているからである
日本が中国などより先んじて西欧化したというのも世界史の不思議なのである

面白いのは日産のゴーン逮捕で騒いでいるけどベトナムのフランスの恨みだということをyoutubeで言っている人がいた、そういうことがあったのかともなる
ベトナムはフランスの植民地になった、でも日本軍に追い出されてベトナムは独立したとなる、その恨みがあるというとき歴史の継続を感じたのである
イギリスが日本軍によってシンガポールやマレイ半島から追い出された
それで捕虜されたりして今でも恨みになっている、オランダでもそうである
これも一つの歴史の転換でありその時世界史的に日本が世界の全面に出て来たためだとなる

ともかく世界史の興亡はくりかえされている、ではなぜある国が興隆してある国が衰退してゆくのかそこに共通の原因があるのか?
それは日本が高度成長を経験して衰退してゆくのか?またこれから興隆してゆくのかの問題にもなるからだ
ただこれには一つの解答はない、ただなぜヨ−ロッパが興隆したのか?
それが政教分離とかにあった、なぜ日本が戦争に負けたのか?
日本を神国とした政教一致政策にもあったとなる
もちろんナチスが生まれたのはなぜかとなるとこれは共通した現代文明から生まれたものだから宗教とはまた別問題である

とにかく文明という時、civilizationなのである、このcivilは市民なのである
市民の文明というのが文明の起源だとなる
でも市民とは何かとなるとそれはヨ−ロッパで生まれた概念であり歴史的に生まれたのである、市民は国民とも違う、国民の概念は近代に生まれた概念でありヨ−ロッパでも存在しなかった、ただ市民というのは歴史的にヨ−ロッパから生まれのである

(軍人・官吏に対して)一般市民の; (聖職者に対して)俗(人)の. 
civil life 民間人[一般市民]の生活
(軍用でなく)民間用の,民間人の. 

市民とは権力に対抗するものとして生まれた、聖職者に対抗するというときカトリックなどは宗教による政治支配体制だからである
だから創価や神道でも宗教が政教一致になるのはイスラムでもそうだったようにその国全体に影響して様々な自由な活動を制限して国自体を衰退させるのである、そういう団体に所属する会員は市民ではないのである 
創価などは何かあると必ず罰があたるとか集団的に権力で恐れさすことでもわかる、それはカトリックがしていたことなのである
他でも宗教が政治にかかわり実際に権力をもてば市民の自由な活動でも委縮させて経済自体も衰退させるのである
イスラム世界には市民というのは形成されないしその概念もない、それが停滞した原因だともなる 

だからもしヨ−ロッパでもルターの宗教革命が起こらなかったら停滞していたともなる
プロテスタントが起こりその精神から資本主義が生まれとなる説はそうである
そして世界をリードしたのはプロテスタントでありそれはアメリカに受け継がれたからである
アメリカの開拓は聖書の精神からはじまりプロテスタントが開いたからである
一方でカトリックが普及した地域はフィリンピンとな南米とか停滞しているのである
それは気候と関係しているともなるがやはり宗教の影響がある

いづれにしろ世界史でもアプローチする方法はいろいろある、コーヒーの歴史からでも興味をもつ、世界史でも興味をもつ方法は無数の入口がある、ただ一つの入口ではないのである、私の場合はトルコに行ったことがありイスタンブールに一週間くらい滞在していたそれで興味をもった、地理でもドナウ川は見ていないがトルコから黒海をさかのぼり東ヨーロッパのキリスト教国に船団を組んで攻め上る、そのために細身の船を開発したりとかしている
ここでも川が重要な役割を果たしていたのである、とにかくトルコは今もシリアとかでもめていて要衝の地である
ヨ−ロッパと関係して中東と関係してロシアと関係してアジアとも関係する
なぜならそもそもトルコの民族は突厥だからアジアは出身だからである、それは今も変わらなかったのである
トルコで最近起きた事件でもそうである、サウジアラビアの記者が殺害されたとかシリアの争乱とかでもトルコが要の国になったことはそういう地理的背景があり変わらないからである


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