2018年11月11日

川を知らずして世界史も理解できない(川の詩) (大陸の大河が文明を歴史を作る)


川を知らずして世界史も理解できない(川の詩)

(大陸の大河が文明を歴史を作る)

bigriverrrr321.jpg

bigriverrrr111.jpg


幸多きお前の岸の上に
慎ましい貢物を残して置きたいだけなのだ
おお、もし私がボイポスの霊感を受けていたら
お前は天の下で随一の川であり
ガンジスより遥かに高貴な川となろう
お前はその栄光でユーフラテスや
ナイルの崇高さを色褪せさせて
全宇宙を流れる川となろう

我々をその屋根の下に受け入れてくれ
ヴォルガの岸に養われた者たちよ!

壮麗なる歩みの中で
ヴォルガはその流れを広げる
輝ける民族の
北を東と近づける
ロシアの様々な地方に運ばれ行くのは
アジアの産み出す様々な宝
幅広い銀色の水は
町や村を飾り立て
滋養豊かな波が
広漠たる畑を養っていく  


このリンクでは開けません、題名で調べてください、すぐにわかります

川をはさみ民族と国と国が争う
ライバルの意味は川に由来する
川をはさんで敵対する歴史
川はある時は血に染まり
穏やかに流れ歴史は作られぬ
川をさかのぼり川を下り
やはり争いがあり物資が運ばれる
広々とした河岸に都市が生まれる
都市は川によって結ばれる 
いかにも石造りの街は古りぬ
川によって歴史は刻まれる 
川は満々と水をたたえ流れ
山間をぬい曲がり蛇行して
未知の国へと誘い運ぶ
滔々と川は流れ秋の日に
岸辺のポプラの清しも
ラインを船が行く
ケルンの塔は高く屹立して 
遠くまで鐘は鳴り響き渡り
オランダへと船は荷を運び下る
川は都市ならず国を結ぶ
その流れは長大にして国境を越える
ドイツの父なるライン、ロシアの母なるボルガ
川は人を養い都市を作り国を作る
その流れに民族と国の想いが宿る
ナイル川よ,三千年のエジプト文明よ
夕日はその西岸に赤々と映えて沈む 

(自作の詩)

Go up the river and go down the river
Again there is a fight and goods are carried
A city is born on a wide riverbank
Cities are tied by rivers
Stone-made town is getting old
History is engraved by river
The river flows gently and on the autumn day
Poplar tree is refreshing on the banks of the river
A ship goes through the Rine
The tower of  Koln is highly upright  
The bell is ringing far away
The ship carries the load to the Netherlands
The river connects countries, and cities
The flow will be long and cross the border
German father's Rine, Russian mother Borga
The river nourishes people and makes a city and makes a country
The tribe and the feelings of nation live in that trend
Nile River, Egyptian civilization of three thousand years
The setting sun shines red on the west coast of the setting sun


 rival 「ライバル」 arrival 「到着」 river「川」 

rival をたどるとラテン語の「小川」を意味する rivus の派生語の rivalis に行きつきます。  水の確保は死活問題ですから古今東西を問わず水争いがありました。 Rivalis という単語はそれを如実に表しており「同じ川を巡って争う人々」という意味です。 これが水源だけではなく, 一つしかない物を求めて争う人々という意味に発展しフランス語を経由して英語に入ってきたのです。

言葉の語源は歴史を文化を知るには重要である、なぜならその言葉が成り立つ背景がこのようにすでに長い歴史や地理を語っているからである
その民族独自の言葉が生まれた背景に地理とか風土とか歴史があるからだ
だから言葉自体を簡単には理解できないのである

まず四大文明から河から生まれたという時それが日本人には理解できない、なぜならそうした大きな長大な河がないからである、中国であれヨ−ロッパであれ河を理解できない
川は日本だとただ水が流れているという感じになる、でも四大文明の川は人間の営みと密接に結びついている川なのである、それは交通路にもなっているから運河にもなっているから根本的に違っている
父なるラインとか母なるボルガというときまさに河に対する思いは本当に深い
川をアイディンティティとして民族が国が形成されたのである
それはヘルダーリンの詩でもそうである、日本ではこうした河への思いが希薄なのである日本語では川は側(がわ)の意味でありただ対岸を意識していたともなる
長大な河がないからそうなった、川とは渡るものとして意識していたとなる
一つの長い川としての意識がないのである、それは長大な河がないからそうなる

このことで地歴としての世界史を理解できないのである、ヨ−ロッパでも大きな河があり支流がありそれが運河のようになっているのが特徴である
交通路だから川によって人々は結ばれる、日本の川にそういうことがない
日本の川は滝だと外国人が言う時まさにそうである
川の感覚が全く違っているのである

統一ドイツから排除されたオーストリアは東欧・ドナウ志向を強め、1867年にはオーストリア帝国はアウスグライヒをマジャール人と結んでオーストリア=ハンガリー帝国(二重帝国)へと改組された。ドナウ川は二重帝国を結びつける大動脈となり、この事からその当時のハプスブルク帝国を「ドナウ帝国」と呼ぶこともある。

まさにこれこそ河を支配したものが支配者になったとなる
なぜそうなのか?長大な河は都市と都市を結び国境を越えて国と国を結ぶからそうなる
だから川でも交通路であり運河になるからライン河では川を通る船に関税をかけて収入にもできる

オスマン帝国でもベオグラードからブタペストからウィーンまでドナウ川をさかのぼり支配しようとした
黒海から船団を組んでさかのぼって行ったのである、その船は川に合わせて船体を細いものにしたのである
つまり川に適応した技術が生まれたとなる
技術もその地理に適応して生まれる、日本だとトンネルの技術が優れているのは山が多いからそうなる

ともかく長大な河のダイナミズムを日本人は理解できない
ガンジス河でもそうである、ガンジス川からヒンズー教が生まれた、ナイル河からエジプト文明が生まれた

例えば

流氷の海を作り出す水の起源はアムール川の水であると言われています。アムール川は全長4400km,モンゴル高原から中国,ロシアの国境を抜けてオホーツク海に流れています。また,最近の研究ではオホーツク海を栄養の豊かな海にしているのはアムール川から流出する「鉄分」が大きな役割を果たしていることもわかってきています。

アムール川は4000キロもあるとしたらそれは日本ではとてもイメージできない、日本列島より長いともなる
鉄道でアムール川をわたったが広い、あれだけ広いのにそこは激流のようになっていた
とてもそうした河を日本ではないから川のことを理解できないのである

南相馬市議会議員選挙戦はじまる(民主主義の危機) (最大の問題は原発補償金で市が分断されたこと)


南相馬市議会議員選挙戦はじまる(民主主義の危機)

(最大の問題は原発補償金で市が分断されたこと)

mapcity2.jpg

cityvote2222.jpg


大山議員制作


原町区は一か月十万で19か月分もらった

一人190万もらった

4人分で760万もらった

鹿島区は一人10万で7か月分で70万もらった

4人分になると280万である

760−280=480万になる

この差をどうみるのか?


差が大きすぎた、でも原町区の人はそれなりにもらったから文句は言わない
そして政府や東電に要求するにしてもその動機が弱くなる
どうせもらっているんだからいいやともなるからだ


だから何か原町区の人が来て鹿島区の人と協同しようとした会合があったがうまくいかなかったのである、それは原町区の人はもらっているのだから別に要求しなくてもいいともなるからだ、鹿島区の人はもっともらいたいという強い動機があり要求がある
でも南相馬市全体の要求とは意志とはならないのである
つまり南相馬市全体で一致しないから協同もできないのである
だから合併しても協同が計られなかったという皮肉な結果になったのである





「議員たちは本来、二元代表制のもとで行政をチェックするのが役割のはずですが、実際は自らが行政に食い込み、コネクションを利用して支持者や関係者のために公共事業をとってくる『利権の配分者』になってしまっている。すべてが公開されるべき行政の情報も、議員が行政と結託して『ブラックボックス』にしてきた。住民と行政の仲介者であるはずの議員が、公正な行政の実現を妨害している。今のような職業としての地方議員は、いなくなったほうがいいと考えています」

私たちは普通に暮らす人たちが議員になるべきと考えます。そういった人たちが日常見聞きする問題について専門家やその当事者を議会に呼び、オープンな議論を住民に見せて、住民が賛否を判断する。議員はその仲介役でいいのです」(同)

地方議員をゼロにする運動まで起きている、それはもう民主主義でも資本主義でも制度疲労であり社会の要求に答えられない、民主主義が多数決で公平になっているかとなるとなっていない、かえって不公平になっているのである
それで一票の権利をもっていても投票もしたくないのである
結局何も変わらないからである、そうして民主主義の本場のアメリカでも今無力感がつのり国が二つに分断される、それはもう選挙で多数決で決めることの限界が来ているからである

例えば日本だとシルバー民主主義であり若者がいくら投票しして数が少ないから老人向きの政策になる、それが民主主義が多数決で決められるからそうなる
それがかえって不公平になりもう選挙しても無駄だとなり投票にも行かなくなる
資本主義だって世界の数パーセントが富を独占しているとなると公平でないからもう資本主義はやめた方がいいとかなる、そういう資本主義でも民主主義でも制度疲労を起こしているのである

南相馬市は津波原発事故が起こりあらゆる問題の場所になったのである
政治の場にもなった、日本の政治や世界のアメリカのことも問題になった
だから政治意識が高まったことは確かである、またそうならざるをえなかったのである
それは直接利害をみんな及ぶことになったからである

その最大の象徴が原発事故の補償金問題だったのである
これによって小高区と鹿島区は分断された
それと原町区が関係しないかというと実際はしていた
ネットで百億円鹿島区に仮の賠償金として払うというときネットでものすごく反対した人がいたのである、それは南相馬市の予算から出るからである
でもそれは後で東電からでも支払われるものだったのである
ただ百億円が大きいから反対した
そして小高区の人にはなんでも手厚いサービスがされた
介護でも優先されていた、その時私自身が介護で四苦八苦していたから腹ただしかった
すくに病院でも高速でも有料になったのである、半年くらいでそうなった
原町区と小高区は三年とか無料だったのである
ようやく市長が変わって高速でも無料になったのである

そして前の選挙のとき鹿島区出身の議員が仮設に住んでいた小高区の人と一緒に投票するよう頼みに来たのである
南相馬市として合併すれば別に票になるから鹿島区を優先する必要はないからそうなる
でもこれもおかしいなと思った、なぜそんなに小高区の人が優先されて良くされるのか?そのことが鹿島の人たちはみんな不満に思っていたからである
もちろん小高区の人には言い分がある、でも全面的に問答無用で小高に文句言うこと原発避難民に文句言うことは禁じられるようになっていたのである
NHKでもマスコミでも原発避難民側についていて批判することはタブーになっていた
それが鹿島区の人たちは不満をくすぶらせていたのである

だから南相馬市として小高と原町と鹿島が合併してかえって不公平になったということはある
多数決で決めることはかえって不公平になる、それがここでも起きていた

原町区では鹿島区の三倍の補償金をもらっている

それはなぜか、それに反対できないのか?

国が決めたということもあるがそもそもが同じ南相馬市なのにこれほどの差があるのか?それは国や東電が悪いということは確かである、鹿島区にも30キロ圏外でも配分すべきだとなる、なぜなら同じ南相馬市だからである
ここで南相馬市の一体感はなくなったのである
そのしこりが今でも残り協力できない関係になったのである

ではどうすれば良かったのか?

多数決で決めてはならない、公平にすべきだったとなる

原町区が鹿島区の三倍もらうのはおかしい、二倍でいい、その分を鹿島に配分するとかすべきだった
なぜなら鹿島区でも避難した人は半分いたからである、30キロで区切られたにしろ鹿島でも半分は避難したのである、避難したから原町区の人はもらって当然だったとなる
でもそうなら二分の一にしてその分を鹿島区に与えれば良かったともなる
hhhhkkk123.jpg

こんな風に配分すればよかったともなる、これを四人分にすると原町区は126×4=504万円
鹿島区は103×4=412万円になる、鹿島区は4人で280万にしかならない
そもそも原町区が一人190万は多かったのである
これは一つの例だけど鹿島区がこれでは多いといえば引いてみるとかする50万くらいひいてもいいとかなる
でも確かに鹿島区は原町区と比べて少なすぎるのである
こういうふうに原町の人がしろとして賛成は誰もしない、そしてら原町が多数なのだがら議員だって代表となるには当選するには原町区の人たちの言い分を尊重しなければならない、結局誰も原町区の人は賛成しない
つまりすべて民主主義は数で決まるから不公平になるのである
利害だってそうである、少数者は切り捨てられる、それは他の国アフリカなどでも起きて凄惨な殺戮が起きている
多数決だと多数であれば何でも通るとなっているからそうなる

ここで大事なのは公平感をもたせることである、そうすれることが一番大事なのことだった
確かに30キロ圏で区切られたから国で決めたことだから市ではどうにもならないという理由がある
むしろ一致して要求すべきだとなる、でもその前に国でも東電も差別して協力させないようにしたのである
それを市の方でまた南相馬市民全体でそれに対処しなかったのである
自分たちだけ良ければいいとしかなかった、それは避難区域でもそうである
自分たちが補償金もらって脱出していちはやく家を建てて帰らないと決めた人がいた
補償金はかえってそうして町全体の復興のためには使われなかったのである

でもここでも多数決になるから不公平になる
それは前からもそうだったのである

原町区の人口は7万あったとして5万くらいがもともと原町区の人口だからそこが人口が多いのだから行政でも予算でも原町区中心に配分されると不満があった
今回の補償金でもそうである
原町区の人口が多いからその人たちが鹿島区の三倍もらっていれば何も言わない
原町区の人には不満がないのである
その原因が人口が多いから南相馬市の決定権は原町区にあるからだ
市長選挙でも原町区の票をとらないかぎり当選しないからだ
つまり多数がかえって不公平になるのである、多数の横暴によって少数者は損する仕組みなのが民主主義だとなりシルバー民主主義と同じく投票しても何も変わらない
投票しても無駄だとなって無力感をもつだけなのである

だから議員はいらないとかなる、議員を具体的になくす方法を東京でも模索されていることでもわかる、ただそこにあるのは都民でれ市民であれ国民であれ無力感しかないのである
市民であれ国民であれ何か要求があってもそれが議員を通じて達成されないから無力感をもつだけだとなる、それで民主主義の危機になっている

例えば庶民レベルだと誰を選ぶとかなるとあの若い人は一流の大学を出ているとか評価している、それも変なのである、どういう成果をあげたのかが実際は問題である
どんな大学を出たかなど関係ないのである
それは就職すると仕事ができるかできないかで成果でその人の評価が決まる、東大出ても仕事ができない人は評価されない、でも何か議員になるとその成果がわからないのである

社会は成果に対して厳しい、家を大工さんに修理してもらったら直っていなかった、それでかなりの金はとられたのである、でも直らなかったら金をとる権利がなかったのである医者でも病気を直したら金をとれというが実際は直らなくても膨大な国民の金が医療関係者にとられているから膨大な医療費が節約できないのである
それと同じように議員の成果がわからない、それでも国民の市民の税金で給料をもらうのはおかしいとなり地方議員の場合はいらないという運動まで起きているのである
つまり議員はどういうふうに評価していいかわからないからそうなる
どこの大学出たからなど関係ないのである
ただ庶民レベルだとそうして投票する人もいるのかとなるとまた民主主義は結局愚民主義になり政治家でもろくなものがいないとなっているのである

いづれにしろテーマごとにその時代表でも選ぶ方法とかいろいろ改革が必要なのである
今のままではただもう民主主義に対する不公平感がつのるばかりであり選挙しても無駄だとなり選挙自体機能しなくなる、それは民主主義ではだめだということである
何でも選挙で多数決で決めることがいいのかとなる、それは不公平感が増すばかりなのである

例えばでは大山議員は原町区の人だけど原町区の補償金を一割でも二割でも減らして鹿島区に回すとかできるのかとなるとできない
それを国や東電に要求することはできる、でもそれがむずかしいとなるとき
南相馬市の一体感をもたすために原町区の補償金を鹿島区にまわすとか何か痛みともなうことはできない、つまり南相馬市は小高区と原町区と鹿島区と補償金の配分で分断されたのである
割をくったのが鹿島区でありる、でも南相馬市では原町の人口が三分の二とかなり多いのだからそれで政策も決まるのである
だから投票の数で決まるかぎりこの不公平感はなくなることはない
それはシルバー民主主義でもそうであり民主主義の本場のアメリカでも分断されたように多数決とか投票だけで多数決至上主義が限界に来ているのである
ただそれに代わるものが何かあるのかとなる
いろいろ模索されているけど明らかなことはもう多数決で投票で決める民主主義は制度疲労であり限界に達している、その時どうなるのか?
誰もそうして多数決で何でも決まることに無力感を感じて関心もなくなることである
遂にはほんの党派の人とかしか投票に行かない、もうそうなると民主主義自体機能しなくなる、そういう危機になっているのである


posted by 老鶯 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年11月12日

シニアカーの人が電車に乗るのに大変だった


シニアカーの人が電車に乗るのに大変だった

siniacar1.jpg

今朝は6キロ離れた所から駅にシニアカーで来た人がいた
一時間待っていた、インターホンで原町駅に連絡していた
それで原町駅の駅員が車で来た
電車にわたすものをもってきた
あれがないと車椅子でも電車にのれない

でもシニアカーは重いし乗れるのかと思った
そしたらJRで許可したから来たのだという
何か連絡がはっきりせずそうなったのか?
シニアカーは場所もとるし車椅子とは違う

その人はまず仙台に行き次に仙台から原町駅でおりてまた鹿島駅に来る
その間に駅員が手伝わなければならない
これも大変である、エレベーターがないから原町駅でおりる
シニアカーはホームを渡ることができない
エレベーターがないということが鉄道では不便になることがわかった
それで老人の女性が荷物を送ってもらったというのもわかる
若い人ならいいが老人になると荷物をもってわたることが苦しからそうなる

そのシニアカーの人は脳梗塞で手足が麻痺した、でも歩けている
頭ははっきりして普通の人と変わりない、ただ長くは歩けなくなったということである
年も同じくらいである
近くの同級生の二人も脳梗塞になった、一人は足が悪い、でも車は運転できるから
買い物に来ている
一人はどこも悪くなっていない、体全体は弱ったとしても普通に歩けるし頭もしっかりしている、だから自転車で散歩している

脳梗塞とか脳出血とかでもいろいろ差がある,最悪は寝たきりとかなった時である
歩くことも外出もできなくなる
脳梗塞とかなる人は多い、でもシニアカーでも外出はできる
それにしても仙台から帰りは原町にきて鹿島駅に戻るとなるとちょっと手間をかけすぎだとなる、ただ許可したなら乗れるということである
盲人の人は自分一人でも乗れる、だから手間にならない、その人は毎日通っているからそんなに手間をかけられるとJRでも困るとなる

いづれにしろちょっと今回は迷惑な気がした、盲人の人も原町の駅員を呼んだことがあるそれで駅員の人は嫌がっていた、やはり手間になるからだろう
今回はそもそも許可したこと自体が疑問に思った
これだけ手間をかけることはJRにとっても手間になりすぎたからだ

抽象画一つの絵からいくつも変化する (A number of abstract paintings change from one picture)

抽象画一つの絵からいくつも変化する

(A number of abstract paintings change from one picture)


spaceplanet123.jpg

forestbbbbbb111.jpg

moonforest22223333.jpg

moonforest2222.jpg

森の奥、隠されて月が光っている
鋭く光っている
誰もその月を見ることはできない
神秘な森の奥で光っている

In the back of the forest, the moon is shining hidden
the sharpest moon is shining alone
No one can see the moon
It shines in the back of a mysterious forest

pilarmoonlight1.jpg


これも一つの絵から変化したものである
抽象画は変化しやすいから大量生産できる
そして何か創作するというより機械的ソフトの作用で作られるから
また大量に作れるとなる

これをインスピレーションとかに頼ればなかなか作れない
インタ−ネットとかは気まぐれだからである
これは機械的作業だから大量に作れるのである
これが創作なのかどうかとなるとわからない面はある

でも元の絵とはまるで違ったものになるから著作権違反とはならない
これはパソコンが作り出した新しい芸術なのであ


This is also changed from one picture
Since abstract images are easy to change, they can be mass-produced
And because it is made by the action of mechanical software rather than creating something
Moreover, it can be made in large quantities

If you rely on inspiration for this, you can not make it easily
Because the Internet and so on are whimsical
This is a mechanical work so it can be made in large quantities
There is a side that I do not know if this is creative or not

But it will not be a copyright violation because it will be different from the original picture
This is a new art created by a personal computer

2018年11月13日

JRではシニアカーを乗せることを断れない? (シニアカーに乗る人は高齢化で増えてくる)


JRではシニアカーを乗せることを断れない?

(シニアカーに乗る人は高齢化で増えてくる)

ciniacar111.jpg

係員が証明書またはステッカーと身体障害者手帳を確認し、ハンドル型車椅子と認められていることと、利用者が身体障害者で有ることを確認して乗せてますので、業務妨害には当たりません。

こうした障害者手帳所持者を排除することは差別になりますので、鉄道側は出来ないことですね。


シニアカーでも乗せることをJRでは断れないのか?
法律でそうなっているというのか?

それにしても今回の人は鹿島駅に乗る、ここで駅員がわざわざ原町駅から鹿島駅に来て
車両にわたす専用の渡しを用意しのせる
次に仙台で降りる時、また補助が必要である、次に仙台から原町に来るのに補助が必要である、仙台から原町へきて補助が必要である
なぜなら鹿島駅にはエレベーターがないから
原町駅で乗るのに補助が必要である、また鹿島駅でおりるのに補助が必要である
5回も補助が必要なのである、一人の人のためにこれだけの労力が必要になる

これはJRにとっては嫌になるだろう
でも断るわけにはいかない?
その人はJRに許可されて来た、でもJRでは法律で断れないからそうしたのか?
ここまでJRがすることが強要されるのか?

JRのことで人のサービスに欠けている無関心だから無人駅にするとか書いた
でもこれだけ福祉関係でサービスしているとなると別である
こうしたサービスになると料金を三倍とってもいいとなる
その手間が大変になりすぎていた
一人の客のためにこれだけの労力を費やすことになるからだ

ただこれがもし国鉄時代だったらありえたかもしれない、なぜなら国鉄では国から金が支払われるから税金が支払われる、すると福祉でも税金から支払われるようになるから
やむをえないとなっているかもしれないからだ
ただ福祉というのは普通に暮らす人の迷惑にもなる、でも過剰に福祉に金とか労力が使われる、それは法律で決められていて拒否できない
医療関係でもそうである、そのために普通に暮らす健常者は迷惑になる

それでもそれだからこそこれだけのことを障害者のためにしてくれるからこそ
日本はいい社会だともなる、普通にここまでするとなるとなかなか国に余裕がないとできないだろう
一人のためにやはりJRの人でもまた周りでも迷惑になることがあるからだ
ただこれはすべての路線で許可されることはない、都会だと混むからむずかしいとなる
でも仙台辺りだと混むから迷惑になる

今回は何か無理な感じがした、盲人でも確かに駅に駅員を呼んだが一回限りである
今回は五回も補助が必要だったからである
ただわかったことは意外と脳梗塞とかになりシニアカーに乗る人が増えている
それは高齢化でそうなったのである、70以上になると増えてくる
知っている人でももう3人いたからである
でもその人たちは頭は正常なのである、一人は体も麻痺していないのである
だから脳梗塞になってもあのようにシニアカーで外出もできる

ただ高齢化の問題はこれから数が増えてくる、するとそういう手厚いサービスができなくなる、現実にこの辺では福祉施設で実際に空いているのだけど入れない
それは人手がこの辺で特に足りなくなっているからである
それで知り合いの人は青森の方の施設に移されたというのはそのためかもしれない
つまり施設にすら入れなくなっているからである
だからこれからこうした手厚い福祉サービスは受けられなくなるかもしれない
それはもし次々にシニアカーで電車にのりたいとなったらもうできないからである



市役所の人とNPOの人が駅に来る (駅にコーヒー出す場とか人を置くとかする)


市役所の人とNPOの人が駅に来る

(駅にコーヒー出す場とか人を置くとかする)

市役所の人とNPOの人が駅に来た
切符売り場のところをガラス窓にしてコーヒーを出す場を作るとか
人を置くとか言っていた
切符売り場の所をガラス張りにすることは確かである

ただコーヒーを出すとか人を置くとかは決まっていないらしい
人を置くとなると金がかかる
でもnpoとかなると市から援助される
現実に市役所の人がきて工事の手筈を整えていたからである

商売になるのはむずかしい、それほどの人の出入りはない、ただあそこの駅の入り口の自動販売機は売れる、待つ人が多くそれで飲み物が必要になるからだ
別にコーヒーはそこで飲める
ただ何か憩いの場とするのか、人を置くというのは何か他に目的がある

その担当の人は地域振興課の人だったからである
駅に人が朝から長くいればわからないこととか案内はその人に聞けばいいのだから安心になる
今日も年配の女性が二人ただ駅に来ていたのである
その二人と長く話した、何かそういう憩いの場として駅もある

そして駅は外部とのつながりがある、外部の人が必ず来るからである
それで無人駅でわからないことがある
地元の人はわかっているがわからないことがある
そこに問題があった、でも常時人がいれば聞けるからいいのである
私は一日一回くらいちょっといるだけだからである
でも今日は二人のおばあちゃんがきて話していたのである
一人はこの土地の人ではなかった、移り住んだ人である
それから小高のおばあちゃんとも話した
だから今日は結構長くいたのである。普通は長くはいない、だから長くいる常時いる人が必要なのである

コーヒーを出すとかなれば食べ物をパンなどを置くということもある
前は確かに売店があった、とういことは鹿島駅はそれなりに出入りがあるところだったとなる
今でもそうである、だから何か駅をもっと良くすることが望まれていた
ドアを直したとか良くはなっている
ただやはり売店とかくつろげる、憩える場としての機能はない

ともかく駅も変わる、無人駅はやはり良くない、ここはそれなりに人の出入りがある
だから無人駅になるところではなかった
でも商売となるとむずかしい、採算はとれない、でも市の方でnpoに頼めば市の方で援助するからやれるとなる
ただこれは検討中でありわからないという、でも市の方でも鹿島駅のことを地域振興課で考えていたのである
だから市の行政が何も無関心ではない、鹿島駅のことを考えていて実行に移したとなる

掃除は商工会にJRで頼みしてもらっている、金はJRから払われている
駅の外のトイレも市役所て障害者施設に頼み金を払っている
切符を売ればいいのだがJRでは機械が設置できないから断れられた市役所の人が言っていた、切符を買えないことはやはり困るが断られたのではしかたがないともなる

ともかく地域振興課では駅のことを考えていた
駐輪場も作ったしドアも直したと駅は改善されたのである

2018年11月14日

新地駅は仙台行き相馬行きで間違う (1番線で両方行くが4回は2番線で行く)


新地駅は仙台行き相馬行きで間違う

(1番線で両方行くが4回は2番線で行く)



stshinchis1.jpglinehomeppp22.jpg

これがまぎらわしい

linehome1.jpg


この時間以外の電車が1番線から発車

この時間のみが2番線から発車

underent11.jpgundeways1.jpg


今日は折り畳み自転車BD1で新地に行ってきた

新地駅は本当に立派になった、地下道までありエレベーターが通じている
大都会並みである
そして駅中心の街作りをしている、今建築中である
そこに温泉ができたりみんな憩える場を作る
すると鉄道を利用して他からも来る
鹿島の温泉好きな人は鉄道で行きたいと行っていたからだ

山下駅でも駅前にスーパーができたから駅前中心ににぎわうようになり鉄道でも利用される、つまり鉄道だけではもうにぎわいはもどらない
駅前に駐車場を広くとりそこにいろいろな人が集まる施設を作る
ただ温泉は売りになるがそれがどれくらいの温泉なのか?
そうなると交通の便がいいから人が集まるとなる

街作りを考える場合、一か所にいろいろなものが集積すると効果が大きくなる
例えば外から来る人は不案内でありいろいろなことがわからないのである
点々と離れていると買い物でも食事するにしてもわからないのである
地元の人は知っているから行くけど外から初めてくる人はわからないのである

そして新地駅の最大の問題が仙台行きと原町行きの番線が間違えることである
私自身が間違って2番線に行って帰ろうとした
それで一時間遅れた
なぜなら新地駅では駅員がいても4時で終わりだからである

どうしても一番線と仙台行きだと思っていた
鹿島駅でも良く仙台行きが何番線か聞かれる
それは表示してあるのだが聞かれる
でもその表示に初めての人は気づかないのである
つまり問題は戸外部から初めての人はいくら自動化してもわからないことがあるとなる

実際に一人は間違って2番線に行っていた、それは表示してあることがわからなかったのである、1番線が仙台行きであった、指定された時間が2番線である
それは4回ある、でもあとはみんな1番線なのである
これは本当に間違いやすい、だからいくら表示していてもそれに気づかないのである

乗車証明書もあったがそれも気づかない、目立っているのだが気づかない
バスで団体の人達がバスで20人くらい降りて来た
その時スイカなどない人は乗車証明書が必要になる
でもわからないのである、それは鹿島駅でも経験していた
それでここでも教えて案内してやった

駅は確かに自動化できる、でも新地駅ではじめてくる人はわからない、いくら自動化してもわからない、表示の張り紙があってもわからないのだ
おそらく時間がないからそれを知り理解することができないのかもしれない
私は一時間遅れていたから理解した
それも待っていた新地の人に聞いてわかったのである

だから自動化機械化ロボット化はできる、でも人間がいないとどうしてもわからないことがある、ただロボットでもうそのことは必ず聞かれるのだから答えることはできる
機械化ロボット化できるのだがそれが完全に成されていないということがある
アナウンスで仙台行きと原町行きの番線が間違うから注意のアナウンスを定期的にしていれば間違わないとなる

でも人間がいないとどうしても何かたりないものがでてくる
だから本当にすべて自動化AI化できるのか疑問になる
ただわからないが間違って2番線に行った人は引き返した
それはスマホを見ていたのである、だからスマホを見て気づいたのかともなる

折り畳み自転車は重かった、だからエレベーターがあると助かる
老人が多くなるとどうしても荷物をもって階段を上り下りするのが苦労なのである
相馬市にはエレベーターはなかった、それもおかしいと思う
思うにそれだけ金をかけられないということなのだろう
エレベータ−は相当に贅沢てあり金がかかるからだ
新地駅は特別津波の後に良くされたのである

2018年11月15日

冬の日の新地(俳句10句と写真)


冬の日の新地(俳句10句と写真)

shinchifuyu1.jpg

shin3.jpg
shinyy44.jpg
houreki11.jpg
宝暦は古い−新地には文禄の碑もあったから伊達藩に属していて古い碑がある

numakamo111.jpg
kuraoogi1.jpg
morikkk11_FotoSketcher.jpg

numa2222.jpg
右近清水の広い溜池



冬の日や社を守る古木かな

農家古り古木にさしぬ冬日かな

駅も古り相馬にとまる冬柳

海の青映えて冬田やゆ新地かな

落葉踏み古き碑たずね沼に鴨

枯菊や喫茶店一つ昼の月

枯菊に二両の電車昼の月

蔵一つ扇の紋や木守柿

冬の蝶二羽や新地の小径かな

冬の日や人影まれに新地駅


新地の地形の特徴は海が迫って見えることである、それで手長明神の伝説が生まれた
手の長い巨人が海から貝をとって食べていた
それは貝塚が高台に発見されたことによっている
つまり海から高台になっていて海が迫って見えるのである
だから新地の地形はより海を感じるのである
平地だと海が遠くに感じるし平地からは見えないのである
それで冬田から青い冬の海が見えたのはいかにも新地らしいとなる

それから新地には林が多くその間を自転車で行くのに向いている
ただ新地までは遠いので今度は折り畳み自転車で回ることにした鹿狼山(がろう)山までは坂があるので行けない、でもタクシーで2000円とか言っていた
だから行はタクシーで帰りは自転車で坂を下ればいいとなる
鹿狼山に上れば丸森の方も行きやすくなるなと思った

駅前にアジュールという喫茶店一つあった、そこから眺めた景色も不思議だった
葱畑(ねぎ)畑があり二両の電車が行く、そこで気づかなかったのが昼の月が出ていたのである、そして向こうに墓地が見えた
新地で漁村は全部消失した、そしてあそこの高台の墓地だけが残った
この辺では海老村とかそうであり高台の墓地だけが残ったのである
こ不思議な風景である、そもそもこんなに風景まで変わることが夢のようだとなる
こんな風景を見ていることが信じられないとなる

ただその喫茶店の人は年配の人だった、若い人がしている感じだったが違っていた
それでその墓地のことを言ったら笑っていた
この昼の月をぼんやり見ていてそして墓地のことを言ったら笑っていたことで
津波も昔となりつつあるのかと思った
平和が再びやってきたのかと思った
数年前でも墓地を見て笑っていられないだろう

今でも原発避難区域は小高から浪江と悲惨である、こんなふうにはありえない
俺たちは苦しんでいるんだ、被害者なんだと、お前ら人が苦しんでいるのに物見遊山に来たのかとか何も言われなくてもとがめられる
実際に自分もプログに書いてお前は人の苦しみを見て楽しいかとか言われたからである
そういうつもりでなくてもそこには観光気分では行けないのである
今でもそうなのである、どうししても心苦しくなる

でも新地は津波の被害が確かに大きかったが原発事故の被害はなかった
その差が大きかったのである、新地駅は前より良くなった、それも小さいのに贅沢だなとつ,くづく思った駅前も開発されるから駅前に人が集まる、温泉も出たということも幸運だったのか?何か原発避難区域との差がありすぎた
鹿島でも前より人が増えたし施設とか食堂とかも増えたし新しいホテルまでできた
だから前より良くなった面があるのだ

ただこう感じたのは実は自分自身の心境もある、家族がみんな死んだのだが介護で約十年苦しみ続けた、それから解放されたということもある
もともと私は30年くらい平穏にのんびりくらしていたのである
まさに昼の月だったのである、そういう恵まれた環境にあった
それは一転して家族の介護とか津波や原発事故になったのである
自分自身も病気になり介護しなければならなかった、それでどうしても余裕がなくなったのである

そのことから解放されて前のようにのんびりと昼の月を見るような心境になったともいえる
その喫茶店に一時間くらいじっとしていて何か十年前の気分になった
そして一時間がいた結果、あそこに墓地があるなとか昼の月が出ているときづいたのである、やはり何かその土地のことはやはり過ぎ去るだけではわからない
一か所に定点観測するとその土地のことが記憶される
遠くになると早く早く過ぎ去るから記憶に残らないし見るべきものを見ないのである
新地は散歩するのに自転車で回るのにいい場所である、地形そうさせているのである

今回は俳句にしたがこれを連続すると詩になっていた
俳句とか短歌から詩にすることができる、次はそれを出して見よう

shinchitownw555.jpg


タグ:新地 冬の日

冬の日の新地の詩 (芸術は平和でないとありえない−新地に平和がもどった)


冬の日の新地の詩

(芸術は平和でないとありえない−新地に平和がもどった) 

shinchitownw555.jpg

shinchpoem1122.jpg
クリック拡大

aaaajjjj1.jpg



新地の冬の日

冬田に紺一色の海
今日沖に船見えず
点々と林に隠れて家
落葉踏み古き社や
宝暦と一つの碑を見ゆ
芦枯れて小沼に鴨数羽
満ちは曲がりまた曲がり
気ままに趣くままに行く
ゆくりなく木の葉は散りぬ
溜池広く悠々と鴨の群れ
交わりてここに安らぐ
点々と林に隠れて家
蔵一つ扇の紋や農家古り
木守柿や日のさしぬ
ここは伊達藩と偲ぶかも
森の小径はまたここに分かれ
誘われるように方向を変えて行く
冬の蝶二羽ほど舞いよぎり
冬に入るもあたたきかな
新地駅新装成りぬ
津波の記憶も徐々に薄れゆく
新しい喫茶店一つ
窓より見れば葱畑見えて
良くみれば昼の月でてあり
二両の電車の行くを見て
我はここに安らけく長くあるかな
悲しみ苦しみの比
そもいつしか癒されむ
我はここにし安らぎぬ


アジュールという喫茶店が駅前にあったけどこの名前は碧色の石だった
碧の青は石とあるようにこのような石から名付けられた
海の青とはまた違ったものだった
海をイメージしてこの名前をつけたのか?
でも喫茶店にいたのはばあちゃんだった、ちょっと体も曲がっているような気がした
そこに集まっていたのも老人だった、何かの会合で10人くらい集まって騒いでいたのである
何かこれでもわかる、とにかくどこでも老人が多いのである
喫茶店には不似合いだったような気もする

私は喫茶店とかで休みそこで何か書き物をすることが良くあった
でも喫茶店相当に減少した、コーヒーとか飲み物だけではふっていけない時代になったからである
やはり喫茶店は場所がいいと価値が生まれる
あそこからすぐ近くに電車が行くのが見える、鉄道好きにとっていいながめである
だから写真をとりたくなる、そこであそこの喫茶店は価値が出てくるとなるかもしれない
駅をおりるとあそこは通る道だからである


俳句とか短歌から詩になりやすい、俳句を詩にした
一連の俳句をつないで詩にしたとなる

ともかく平和がないと芸術もない、この辺は津波原発事故で平和が消失した
こういうとき芸術もありえなくなる、戦争している時、芸術もない
ただ荒廃している情景だけでありそこに芸術があっても異常事態の芸術である
そんな生きるか死ぬかとなっていたらそれは本来の芸術ではありえない

だから未だに小高とか浪江とか避難区域には平和がないのである
そこで芸術がどうかなど考えることもできない
ただなんとか復興して欲しいというだけである
芸術もなんらかたしになるにしてもやはりそもそも町が復興しなければ芸術もない
浪江だったら大堀焼きの村は芸術の村だったが消失した
そこはゴーストタウンになってしまった

新地は駅を中心にした町作りで前より良くなった
駅がまるで大都会並みの駅になった
あのような駅があんな小さな駅にどこにもないからである
まずエレベーターがあるのがいい、地下道もありそこにエレベーターがある

そして駅前広場があり駐車場もあり今温泉施設とか他にも大きな建物を建てている
あのようにすると人は集まる、他から鉄道利用して集まる
つまりそこに相乗効果が生まれるのである
鉄道だけではどうしても今や限界があるからだ

新地は林が多くその小径を行くのがいい、散策にはいい、ただ自転車だと電動自転車でないと鹿狼山には上れないのが残念である
前は上る気力があったけど今はない、ただタクシーで折り畳み自転車で2000円だとする行けるなと思った

この辺は地域でも違った感じをもつ、浪江は川二つあり高瀬川渓谷があったから特徴があった、ただ原町とか小高とか鹿島とかはあまり特徴がない
相馬市は一応城下町だがそれもそれほどのものではない
外から来るときはやはり目立つものがないと印象に残らないのである
地元だったら細部を見るが外から来る人ははじめてなのだからわからない
原町の桜井古墳などは目立つからいいのである

鹿島の真野に万葉の歌が残されているとしても何か遺跡がないから魅力に欠ける
学問的には興味あるのだけど普通はそこまで調べない、だから目立つものがあるといいのである、城があったとしても城がなくなっていたらなかなかイメージできないことも確かなのである、ただ一方で廃墟に魅力を感じるのは世の中の無常を感じるからである
新しい城にするとそこが博物館のように見える、そこで歴史の興亡があったとか見えなくなることもあるのだ

芸術の秋は過ぎたが何か今日は寒いがあたたかったから冬とは思えなかった
ともかく新地は散策するにはいい場所である

kuraoogi1.jpg

2018年11月16日

新地の右近清水の溜池は広い (鴨の詩)



新地の右近清水の溜池は広い

(鴨の詩)


広き溜池に渡りの鴨や
色鮮やかにつつがなく
荒き波もたたず
ここに交わり安らぐ
そは争うことなく
ここに集い憩いぬ
人は常に争いやまず
故に人はみな疲れぬ
今安らぐ鴨を見て
我も安らぎにけり


鴨は冬の季語である、渡り鳥でありきれいな鴨もまじる、鴨の種類は多い
冬に鴨が渡ってくるから冬の季語になる
ここの溜池は広々としている、溜池でも気持ちいいとなる
溜池でも広い沼のような溜池もある、日本では溜池は多い

ともかく人間には争いが絶えない、どんなにしても争いが絶えない、終わることがない
家族だって争いがあり平和がない、男女間でも争いがあり平和がない
三分の一が離婚することでもわかる
この辺は原発事の補償金でもめた平和がなくなった
それで復興しにくいということもある

まず田舎の人間が素朴などということはない、畑している女性が前の畑の人を嫌がっていた、でも最近病気が悪くなり畑をできなくなったので喜んでいる
また住宅の隣にも嫌な人がいると常に言う
田舎の人間が素朴だとかは今はない、飯館村などはいい村だったけど原発事故以後はやはりいろいろなことでもめる、一番もめいてるのは補償金のことでありそれで村が二分した

要するに飯館村でも隠されるようにしてあったときが良かったのである
その時は自分は何もかかわっていないから良かったのである
新地に行ったとき良かったのもその土地の人とかかわらないからである
近くだから関係あるにしてもその土地に住んでいるわけではないからである

だから私自身が田舎を嫌って旅ばかりしていたというのもそういうことがあった
田舎からの脱出願望は誰でももっているのである
その人間関係が嫌になるのである
ただ遠くから外から来た人なら自然があっていいなとなるのである

ただ何か新地までは故郷の延長のようになる
山元町となると遠いと感じる、そこは宮城県と感じる
新地は特殊な事情で相馬郡になった、もともとは伊達藩だったのである

私の家の父親の前の妻は新地出身の人だった、その人とは会ったことがない
戸籍を見てわかった、戸籍から親類の系統をたどることができる
その新地の女性は自分の家の墓に埋まっている
それでお参りしているのも不思議だとなる
新地とかでも婚姻関係を結ぶ人が多いということである
しかし今はとんでもない遠くの人と結婚する
だから原発事故で避難した人たちは全国に散らばったのである
結婚した妻でも遠い地域に住んでいるからである

自然には平和を感じるが人間社会にはない、自然を見てなごむというときそこに人間社会にはないもの、争いがないから何でもない風景でも平和を感じるのである

shinchitownw555.jpg