2018年10月27日

駅で三人くらい車の運転やめた老人に出会った (その人は車の運転やめたことを後悔)


駅で三人くらい車の運転やめた老人に出会った

(その人は車の運転やめたことを後悔)

死ぬまで運転を続けていても、1000人に1人程度、逆にいうと一生死亡事故を起こさないドライバーが1000人中999人ということになる。

75歳以上の免許の自主返納件数は29年11月末時点で約23万2千件となり、28年(16万2千件)の1.4倍に増加。

駅で三人くらい車の運転をやめた人に出会った
今日もその人はまず駅前の自転車屋によった,自転車を直すためだった
次に駅に来たのは車の運転をやめたので駅がどうなっているのか見に来たのかもしれない車の運転をしている人は電車の乗り方も知らない人が結構多いからだ
そしてその人は80才であり

車の運転をやめて失敗だった

と後悔している

75歳以上での運転をやめさせるのは政府の方針である
でもそうなると今まで運転していた人は不便になる
自分はもともと車がないのでそのことがわからないが今の社会は車社会なのである
だから車のことを知らない人は社会のことを知らないとまでなる
実際自分自身がそうだった、車がないために肝心なことを知らないことがあったからだ

そして75歳以上でも特別事故が多いというわけではないのである
そこに政府が無理やり免許とりあげる強行な政策がある
それが問題なのである

ただこういうことで高齢化社会になると車に乗らない人が増えてくる
するとやむなく鉄道を利用する人も増えることがある
ただ鉄道の最大の問題は駅からの足がない
だから高校生は自転車で駅まで来たり親が車で送り迎えしているのである

車の免許の自主返納した人が23万人いるのは多い、ではその人たちの足はをとなるのかとなる、鉄道だけでまにあうのかとなるとならない
鉄道は駅からの足がないから不便なのである

駅でみていて不便だったのはスーツケースとか荷物を運ぶのが苦労なのである
重い物を階段を上りもちあげて運ぶのが苦労なのである
それで老人は前もって荷物を宅急便で送っていた
ただ相馬市にはエレベーターが気づかなかったがあった、新地も震災以後新しくなりエレベーターができたから鹿島駅より小さいのに便利になったのである

無人駅の鹿島駅はいろいろ直したけど一番の問題はエレベーターがないことであることに気づいた、でもこれは費用がかかりすぎるからできない
でもこういう面でも改良しないと鉄道は利用しにくいのである

道路と鉄道の予算を比較してみると2001年には道路予算は11兆8000億円に対して鉄道は1500億円で全体の1・3パ―セントにもならない
鉄道予算の半分は新幹線、残りの半分が地下鉄やモノレールなど都市交通の整備
地方鉄道の予算はさらに少ない
地方鉄道に関してはここ何十年の間、ほとんど投資が行われていなかったため
過去に蓄積したストックを細々と使ってきたのが実情です

どうする?鉄道の未来(鉄道まちづくり会編)

鉄道はそいうことなのだろう、新幹線でも道路に比べると格段に使う費用が違っている
また鉄道には地方交付税も使われていない、鉄道は公共的なものだから採算だけでは計れないというのがこの本で述べている
つまり公共的なものだから利益だけでは計られないとしている

鹿島駅でも外観は明治の時に作られたときから変わっていないのである
その変わっていないことで撮り鉄が鉄道マニアが写真をとりにきている
だいいち明治から変わらない建物だということが鉄道に投資されていないことだったのである
最近やっとドアを直したりして改善した、無人駅化してもそれなりに改善した
しかし問題はエレベータ―が設置されないことが最大の問題である
でもそこに投資するにはJRだげでは無理である
自治体がかかわる必要がでてくる
ただそのためにはもっと利用者が増えて市民でも要望があれば考えることになる

駅で気づいたことは駅には実際は広場のような機能があり外部との交流の場であり玄関にもなっていた、駅の印象が大事になることに気づいた
常磐線では名取の空港に行く人が意外と多い、来る人も多い
それは名取から空港に直接行ける路線ができたからである
もう一つはいわき市と常磐線が復興して結ばれればまた乗客が増える
つまり交通はこのように結ばれないと利用価値がなくなくなるのだ
だから名取の空港と鉄道で結ばれたことは利便性が生まれ鉄道を利用する人が増えるとなる

この本でも高齢化社会になり鉄道が見直されると述べている
それは駅で実感した、その一つが75歳以上の人が免許を返納して鉄道に関心をもち利用するようになる、高齢化社会には鉄道の価値は高まるとなる
それで公共的なものとして投資が必要になる、それはJRだけではできないことなのである

「人口減」でも限界集落を見捨ててはいけない (山の幸はなくなり海側だけが電力でも原発でも富をもたらした)


「人口減」でも限界集落を見捨ててはいけない

(山の幸はなくなり海側だけが電力でも原発でも富をもたらした)

「海の幸と山の幸」

この言葉が示すように、昔の日本では、自然からの富は海からと同様、山からもやってきました。ところが、現代では海からの富は盛んにやってくるものの、山から富が社会へやってくることはあまりなくなってしまいました。

あしひきの山行きしかば山人われに得しめし山つとぞ此れ
(万葉集 巻20 4293 元正太上天皇)

つと【苞/苞苴】
《「包(つつ)む」と同語源》1 わらなどを束ねて、その中に食品を包んだも

つととはお土産である、つつむという意味もある、何かを大事にして包みさしあげるとかになる、つとから勤める、務めるとかが派生している
日本語で勤める(つとめる)とは普通に使う、でもその意味は何なのか?
つとめるとは相手に大事なものを与えることだともなる

ここの東洋経済に投稿された文で山の幸と海の幸で現代は山の幸、山から与えられるものが極端に減少したというのがわかる
木材とか燃料の薪とか炭もない時代である、石油の時代になり必要なくなった
木材は外材が安いとかなって山から与えられるもの山つとが極端に減少したのである
なぜなら山の木材で争いがあった、その入会権の争いで村同士が争ったことで戦国時代になったとも言われる、それは木材が今の石油のように重要な資源だったからである
相馬市の玉野村では丸森の木材資源をめぐって米沢藩と伊達藩と相馬藩が三つ巴の争いがあったことは有名である、それだけ木材資源が重要だったからである
つまり日本は海に囲まれていても山が多い、だから大和(やまと)だともなっていたのである、奈良は山に囲まれていたのである

その山の幸が現代では無用化した、日本ではそもそも山と海は密接に結びついていた
海から塩や魚が運ばれて山からは木材資源となるもの薪とか炭が運ばれた
それでどこにも塩の道がある、相馬藩では松川浦から鹿島の栃窪を通り飯館村に塩の道がある、それはどこでもある、長野県の塩の道は有名であり牛が日本海から塩を運んでいたその道は長いのである、塩は世界でも貴重でありローマ兵の給料がサラリーというときそれは塩だったのである
ただまた山の幸であり木材も重要だった、燃料になるからそれは世界でも同じである

山が今でも平地と結ばれているのは水を通じてである、水は山から流れてくる
山が貯水池のようになり常に水が流れて平地に流れて田んぼに流れて水を供給する
それでそれで端山、羽山、葉山信仰が生まれた、それは水を供給するということで
山に先祖がいるということで信仰になった、その先祖は春には田植えの時期には山から下りてくるというのはそういう日本の山と平地をむすびつける自然信仰なのである
それは田んぼがあれば今活きている、でも田んぼなくなれば消失する

この記事で問題にしているのは確かに海の方には現代ではこの辺では産業が生まれる
海側に福島県の浜通りでは火力発電所や原発が作られた、電源地帯として浜通りがあったのである、今では火力発電所は相馬藩内だと原町と新地にあり二つもある
そこで一か所の火力発電所には2000人が働いているとか言われる
そこは重要な雇用の場ともなっている、それから最近松川浦の港がガスを取り入れる基地となった、そこからガスが東北地方に供給される、それで新地などはそのガスの基地ができて経済的にいいとなった、それは震災以後そうなったのである

確かに海側は発展して山側は取り残されたとなる、飯館村でも牛の村として辛うじて維持していたとなる、その収入は福島県でも最低だったのである
浜通りは原発もあり景気がいいということがあったのだ、原発の効果は経済的に大きかったのである、だから船主などは補償金で原発事故前も原発御殿が建ったとかうらやましがられていた、原発長者になっていたのである
昔は山の木材資源をもっている人が長者になっていた、山が資源となっていたのである
それで飯館村の大倉の女性が私は相馬女学校に通っていたのですよと言っていた
鹿島の親戚の家から通っていたという、戦前の女学校となるとこれは相当な金持ちしかなれなかったのである、女学校出たというだけでステータスになっていた
一目置かれてのである、それ相当な金持ちしかなれない,資産家しかなれない、大倉では山持ちだったからそれだけの資産となり女学校に入れたとなる

今度は逆に原発事故では大被害に飯館村などではあった、でも逆に補償金が一億円と入るとかなるとそれで村は二分された、住む人と村を出る人に分断されたのである
南相馬市でも小高と鹿島は補償金で分断された
飯館村はそもそも原発とは関係ない所だった、でも風の影響で放射性物質が大量に流れた今でも飯館村は高いから素人でも住めないとみる、だから荒れ果ててしまったのである
そもそも限界集落というと山村に多いだろう、海側には現代になっても電力とか産業が起きていた、山側には起きない、それでこの記事では小規模の水力発電を作るということを書いている

何か日本は戦後は山は無視され利用されず無用化して取り残された
山から与えられるものがなくなった、それは国土のアンバランスを生んだのである
それは結局グローバル経済の結果なのである、外材が安いとか石油文明と化したときそうなったのである、グロ−バル経済はそうした国土が自然の微妙な生態系のバランスの上に成り立っているのを無視するのである
それが実は国土のアンバランスを作り出して全国的に山村は過疎化するとか限界集落化するとかなる、一方で海側は原発事故のようなことが起きてくる
日本の国土全体をみればアンバランスとなり歪みとなりそれが日本全体に影響してくる
だから人間はそもそもその国土の生態系を無視してありえないのである
その生態系を原発事故で汚染されて住めなくなった
まず故郷に住めなくなるということは最大の被害だったのである、石にかじりついても故郷でも長く住んだ所に住めるということが人間の生活の前提だからである

この日本国土のアンバランスをどう解消するのか?
小規模発電とか言うのはそのためである、つまりグロ−バル経済というのは日本の地域の生活をも破壊したということを知るべきである
世界貿易とか必要でありいいものだとはすべてはならない、基本となるその国の国土環境が破壊されたらどうなるのか?
限界集落のようになり人は住めなくなりそこは消滅するのである
すると全体のバランスがとれなくなり国土が荒廃するのである
そういう大きな視野をもって国造りしないと日本自体が崩壊してゆく、一時的には確かに貿易で豊かになっても基本となるものが失われたとき人は住めなくなる
住めなくなるとそこは荒地化して荒廃してしまう
それが都会に影響ないようでも影響してくる、国土とか自然は全体のことだからである
だから放射能汚染でも東京に影響したし水を供給する川にも影響した
東京も汚染されたのである、原発は日本国土にとって自然にとってどう影響するのか?
それを深く考えない利益とかアメリカの軍事的圧力だけで作られたのである
日本国土とかなると自然が長い目で見なければなわからないように長期的視野が必要になる、木が育つのに50年かかるとかなる、そういう長期的視野より目先の利益優先になり原発事故が起こしたともなる

posted by 老鶯 at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連