2018年10月16日

仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る


仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る

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真野の一石坂を上る長町の歩く会の老人



朝に駅に行ったら老人が十人とかおりてきた
どこからきたのかと聞いたら仙台の長町からだった
街道を徒歩でゆくそうである
他に街道を歩いている、相馬市の日立木の松並木の街道は歩いている
個人的に歩く人は時々みかける、やはり歩くと実感できるものがある

その一団は街の中を通り自分の家の近くの神社まで見にきた
何か結構詳しく事前に調べている
一石坂をのぼり日吉神社によった、原町まで歩いて原町駅に行き小高に行き浪江まで行くという、結構な道のりだけど歩くことが目的でもある
本当に歩いてみないと実感しないことがある
私自身がこれだけ旅ししても歩く旅はしていない、それが問題だとなるが疲れるから嫌なのである

長町というと歴史があり何か紹介したものをインタ−ネットで読んでいたことがある
長町は今は急速に変わった、高いマンション開発地に立っていたのには驚いた
良く長町から広瀬川を通り仙台に行っていた、でも最近は仙台に行かない
もう今年は半年以上行っていない、ほとんど近間しか行かない
それは介護になってから遠出しなくなったのである

ただ長町でも東北の歴史とか関係しているかしら興味がある
最近インタ−ネットでは郷土史関係の情報が濃密にある
本だけだとなかなか郷土史はわからない、でもインタ−ネットだと調べたりして地元の人が書いている、それで郷土史でもつながりができる
一地域の歴史でも他の土地とつながりがあるからそれで関連させることができる

宮城県仙台市太白区――舞台(ぶたい)―― 記事をクリップする

 坂上田村麻呂の祖先である東漢(やまとのあや)氏は、後漢霊帝の末裔を自称しておりました。彼らは何故か漢高祖帝に血脈を繋げようとするわけですが、その実は高句麗系渡来人と考えられております。私の持論では、アテルイらいわゆる蝦夷(えみし)も高句麗系騎馬民族と限りなく密接な関係であり、それ故に田村麻呂の蝦夷鎮圧もすんなり成功したものと考えております。それらを踏まえて「武帝」とは彼らを指し示す

 こういうことが書いてある、これも今まで渡来人のことでこの辺のこと真野の草原のことを探求ししてきたがどうしても蝦夷とは蝦夷(エミシ)は渡来人と関係しているのである

いづれにしろ今日は秋晴れとはいかないが晴れていて歩くのにはいい天気だった
ちょっとはガイドした、やはり地元のガイドが必要になることはある
ただちょっとだけ話しただけである
ただあの人たちはかなり街道沿いを調べて歩いている
自分のすぐ近くの神社まで来るとは思わなかった、あういう趣味はいいと思う
歩くことは健康的だし知的にもなるし文化的でもあるからいいのである

老人の街道歩む柿なりぬ




原発訴訟−津波は東電で想定されていたが隠していた (極端な秘密隠蔽が大事故になった−マスコミも知っていて知らせなかった)


原発訴訟−津波は東電で想定されていたが隠していた

(極端な秘密隠蔽が大事故になった−マスコミも知っていて知らせなかった)


保安院は06年にも想定以上の津波対応を求めたが東電は具体的な対応をせず、08年になって初めてシミュレーションを実施。最大15・7メートルの津波が第1原発を襲う可能性があると想定したが、それに見合った対応は見送られた

【スクープ速報!】「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!震災から5年、東電が「巨大津波」を予測できていた「新証拠」を福島原発告訴団・代理人の海渡雄一弁護士が岩上安身のインタビューで証言!

「何度も司法記者クラブで話したが、新聞は記事にしなかった」衝撃の事実をIWJで公開!!

数百億円の費用がかかると。さらに、防潮堤を建てると地元住民の反発により、原子炉をストップさせなくてはならない可能性があると。つまり、高い防潮堤ができれば、津波が来れば原発も危険なのだと住民が感じるからというのが理由です。だからこの問題はこの問題は『いったん』先送りして、何年も先に土木学会で調査してもらうということにしました。



お隣の女川原発はすでに貞観タイプを想定して報告書を原子力安全・保安院に提出ずみだった。女川と同じ貞観タイプの波源を想定すると、福島第一は4m盤の非常用ポンプが運転不能になることもわかっていた。



原発の問題は過度に秘密主義になっていたことである

「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!震災から5年、東電が「巨大津波」を予測できていた「新証拠」を福島原発告訴団・代理人の海渡雄一弁護士が岩上安身のインタビューで証言!

「何度も司法記者クラブで話したが、新聞は記事にしなかった」衝撃の事実をIWJで公開!!


何度も話したが記事にしなかったというのは重大な報道の意図的な隠蔽だったのである
だからマスコミは信じられないとなったのである、今回の原発事故でもあらゆるマスコミが「安全神話」に組みするものであり
危険は報道されない、それは多額の800億円とかの宣伝費が電機連合とかから流れていたからである
それだけの金が電気連合にあったとなる、それで原発を推進させたのである

新聞は記事にしなかった、福島県の福島民報と民友でも報道しない
なぜなら民報は福島県の出資が50パーセントであり官報と同じである
原子力村と一体化した仲間だったからである
だから報道すらしない、その報道されないことで関心がもたされないのである
つまり報道されないことに重要なものがある
記者クラブで話しても報道されなかったのである
福島民報でも民友でも記者クラブにかかわっているから知っていたとなるからだ

問題は原発というのは過度に秘密主義になるのは何か危険を言うととめられるとか住民が騒ぐとかで何も知らされない、そして事故になったとき避難訓練もしないから浪江の人たちは一番危険な山側の津島に逃げたのである
住民は何も知らなかったのである、それで東電の社員が海側に逃げた方がいいと教えられて住民が海側に戻ったのである

東電社員は危険を知っていた!!!!!

東電社員は科学者集団であり優秀だなとつくづく思った
第一この辺で津波が起こるなど聞いたこともない、津波は来ないとこの辺で確信にもなっていた、貞観津波は800年だから千年以上前だとするともう来ないという感覚になる
でも東電ではそれを想定していたから優秀だと思う
女川原発はもともと最近でも三陸で津波があったとかあり危険を感じていたから違っていた、福島原発は津波は来ないとみんな思っていたのである

この問題の核心は何か?原発の過度な秘密主義が事故になった
別に公開してもいいのだが地元のマスコミですら報道しない、報道管制がしかれていた
それは戦争と同じである、一切不利な情報は出さないのである
勝ったという情報しか出さないのである

なぜこれが今になって重大なことだったか?
それは危険も恐れずに公表していれば

この辺にも15メートルもの津波が来るのか?

これを知っただけでも津波への警戒が生れていた

するとそういう警戒があれば津波だというとき時間的余裕が40分ほど地震が起きてからあったかち頭にそのことが入っていると避難して助かった人もいるかもしれない
まず津波は来ないという確信までになっているから避難しなかった人も多いのである
もしこれが公表されて注意されていたら東電にいろいろあっても感謝されたとなる
やっぱり東電は優秀な科学者集団だとなっていたかもしれない
つまりあまりにも過度な秘密主義になっていた
それは常に原発は危険だということを言うことはタブーとなる
科学者はいろいろ危険を知っていても言わせない、御用学者を使って言わせない
少しでも危険を言うと地元でも不信感になり原発がとめられるからである
それで知っていても報道機関は地元でも報道しなかったのである
ここにマスコミの責任もあったのである
なぜならマスコミと東電は一体であり宣伝費をもらっていたからである

原発がそもそせ危険なことは東電でも科学者でも最初から認識していた
だからこそ東京に作ればいいのだが離れた福島なら安全だということで作った
そこからして原発は危険だからそうなったのである
そしてわずかでも危険を言うことはタブーになり「安全神話」が保安院とか東電とかマスコミとかが一体となり作られたのである

原発は近くにあっても一般人は立ち入ることもできない、厚い秘密のベールにつつまれていたのである、そこにも専門家がいて何も知らされないのである
それは専門家時代でイリエチが指摘したことである

お前ら原子力のことが核のことがわかるのか?
お前らは医学のことがわかるのか?
お前らに法律のことがわかるのか?

こうして専門家に牛耳られる、そして結果的に何か事故が起きても医療ミスが起きても専門家集団は権力をもっているから明らかにされたり罪にされることはなかなかないのである     

何か重大なことが知らないうちに進展している!   

そもそも政治でも関心をもたないと重大なことがそこで決められあとで知ってもどうすることもできない
その関心をもたせることがマスコミ、報道機関の役目なのだけど実際はその役目を果たしていない
重大な事実すら知らされないのである                                                      

はじめから危険なものは作るべきではなかったともなる
日本では地震が多いし津波だって起きるから外国とは条件が違うからである
その危険を言って納得されないなら作るべきではなかったのである
現実に全然原発でも地元の人でも何もわからないかというとそうでもなかった 
新潟県の巻町では住民投票で反対が決まり作らせなかった

結果は投票率88.29%、投票総数 20,503票、原発計画反対が12,478票(61.22%)、賛成が7,904票(38.78%)でした。そしてその後も、2003年12月に東北電力が「計画断念」の声明を出して、30年以上に渡る長い議論に終止符が打たれました 

ただここで問題なのは原発は一地域の問題ではない、広範囲なものになるからもっと広い範囲で是非を決めるべきものだったのである30キロ内とかだけではない現実にこの辺は福島市まで影響したし福島県全体の問題に波及したからである
住民投票となると福島県全部を巻き込むものとしてする必要すらあったのである
現実に避難者は福島県全体に避難したしまた周りの県にも避難したからである

いづれにしろ原発の極端な秘密主義が今回の事故をまねいたのである
別に科学技術でも危険はある、完全な安全などないのである、だから交通事故は一定程度死者もありそれを容認して車社会になっている、鉄道だって完全な安全はない、どんなにししても事故がおきないとは言えないしそのことはみんな承知しているのである
飛行機でもそうである、そのことで事故があれば責めはするがある程度容認範囲にある
ただ原発だけはそうはいかなっかた、ちょっとでも安全ではないと言えなかった
そのことが大事故につながっていたのである、だから最初から政府でも東電もでも科学者もそのことを知っていたのである
でも「安全神話」を作り必死に秘密を守り知らせなかったのである、それが大事故になりとりかえしのつかないものになったのである。

私もインタ−ネットで原発事故の六年前に相馬市の奥まで津波が来たというボーリング調査があった、それは貞観津波のものだった、それをホームページで報告していた
だから確実に貞観津波はこの辺でも大きな被害があった
ただその時はこの辺は人があまり住んでいないから人的被害はあまりなかった、慶長津波の被害は大きかったが記録には何も残っていない
ただ700人溺れ死んだと相馬藩政記に記されていただけなのである
その時この津波があるとすると双葉とかの原発にも津波が来ると私が発想する、イメージできればかなり違っていた
なぜか原発に無関心だったのである、30キロ離れているから関係ないと思っていたのである、原発事故は広範囲に影響する
それが今回の事故でわかったのである

この期待を持って発掘を試みたところ、厚さ数pの砂の層が仙台平野の広範囲にわたって分布 している事実が明らかにされました。様々な地球科学的分析により、砂は津波によって運ばれ堆積 したと結論されました。地層に含まれる木片の放射性炭素年代は、砂層の堆積年代が貞観の時代を 示唆しています。す同様の砂層が相馬市でも発見され、津波堆積層の広がりから正史の記録に誇張 はないと判断され、津波は仙台平野を水浸しにしたのは事実のようです。

貞観津波の数値的復元に成功しました。 これにより、仙台平野の海岸で最大で9mに達する到達波が、7・8分間隔で繰り返し襲来したと推定されました。

相馬市の海岸には更に規模の大きな津波が襲来したようです。将来予測は、科学の最大目的の1つです




posted by 老鶯 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連