2018年10月15日

家から歴史を認識する (人間の根源的なアイディンティティは歴史は家にあった)


家から歴史を認識する

(人間の根源的なアイディンティティは歴史は家にあった)


家というのはみんな誰でも一番身近である、歴史を認識するとしてもそれは広く大きいし認識するにしても無数にある、だからどうして歴史を認識するのかとなる
一番根源的な存在の認識とか確認は家族の中にあるし歴史という時簡単に考えれば
それは親があって子供がありと世代がつづくことである
親が死ぬと祖父でもいいが死ぬとやはりそれは歴史的存在となる
人間は死んでもすべて消えるというわけではない

人間は歴史的存在として継続される

その歴史的存在として一番身近に継続されるものが親であり祖父だとなる
ただその上になるとなかなか普通では認識しにくくなる
最近私の家族がみんな死んだとき死んだ家族をかえって意識することがある
父親はもう死んでから半世紀とか長いから忘れている
でも父親の存在は大きく簡単には消えない、歴史的実在として力強く残っている不思議がある
そもそも自分の家の創始者は祖父でもない、祖父は何もわからない名前だけである
ただ名前の一字が共通している
これは代々名前の一字が共通していることで先祖をたどる
相馬氏だと胤(たね)が必ず名前に入っているからである

他でも代々つづいた家系では名前の一字が共通している
ただ私の家の先祖は父まででありその上がたどれないのである
それだけの家系と言えばそれまでだがそれでも父は明治生まれであり葛尾村(かつろう)村から双葉の新山で酒屋の丁稚になったことはわかる
ただそうした話を直接聞いたことがない、中学の時死んだからである
それが残念だったと今ではなる

酒屋をして暖簾分けをしてこの地に住むようになった
この暖簾分けというのは当時の社会ではかなり重要なことだった
江戸時代からそれははじまっている、今の会社なら暖簾分けして独立することはない
みんな月給とりであり会社をやめると退職金をもらってあとは年金で暮らすとなる
それが戦前でもまず会社員になっている人、サラリーマンは少なかった
江戸時代の商家というのがつづいていたということがある
するとそうして勤めるとは奉公になるがそこで一人前になるには暖簾分けして別に商店を開きそこで生活することである、番頭とかになっても暖簾分けされないと一人前にはならない、そういうシステムの中で生きていたのである

確かなことは父親がこの家の創業者であることを家族がみんな死んでから認識するようになった、父親の役割が大きかったと認識した
父親の存在はそれだけ大きいものなのである
それも不思議だが具体的な血肉を分けた歴史認識だとなる
聖書でもわかるように常に家系を意識していたのである
聖書はまさに神の系統を記した書なのである
その系統から神の子が生まれると予言されて実際にキリストが生まれたのである
歴史とはまさに神の系統の家の歴史だったのである
その系統の歴史の中から神の子が生まれると予言されていたのである

歴史とは何かというときいろいろあっても家系が先祖をたどるのが歴史の基本だとなる
なんらかで日本の歴史でも神というときその先祖のことなのである
天皇が日本の歴史となり皇統の歴史である、天皇の歴代天皇は祖となり神となっているのが日本の歴史である、皇国史観となる、

要するに先祖でも死んでから半世紀とか一世紀とかたつともうその生々しい存在はなくなり神となるのが歴史である
家族でも死んで十年でも二十年でもまだ生々しい生前のことが浮かぶが半世紀とか一世紀も死んでからたつとなるとそれはもう生々しい人間としての感覚もなくなって神となってしまうのである

ただそうであっても人間は死んでも消えない、歴史的存在としては生き続けるのである
その子がいてまた孫がいてやはり家族の中で歴史的存在として生きつづける
動物は一代で終わりであるが人間の特徴は歴史的存在として長く生き続けるのである
遅きに失したが家族が全部死んでそうした認識が芽生えたとなる
親がいて創始者が創業者がいてこの家が成り立っていてその後継いだとなる
それももう自分も老人であるから遅かったのだがそういう意識を認識をもったのである
人間の生は確かにはかない、みんな死ぬ、でも人間は家族でも歴史的存在としては百年とかそれ以上悠に生き続けるのである
だから家族として家系としてではなく人間で大事なのは中国では青史に残ってこそ生の意味があったとなる
そういう長期的な視野が中国では育った、中国は歴史の国だからである
現代は中国に学ばなくってその辺がわからなくなったとういことはある

述懷<ョ山陽>  

十有 三春秋
逝く者は 已に水の如し
天地 始終無く
人生 生死有り
安んぞ 古人に類するを得て
千載 青史に列せん  


人間の存在は青史に残ることにこそ生きる意義があるというのが中国的死生観である
そうでなければ人間の存在はあまりにもはかないとなるからだ
そういうふうに歴史的存在としての人間を認識して生きる、長期的展望の下で生きる
目の前の利にばかり追われて一生を終えるなということになる
その長期的展望とは国家自体でもいえる、現代は忙しくただ目の前の利に追われているだけだとなる
中国から学ぶのはこの歴史感覚である、そこから様々な教訓がそこから生まれた
人間でもだから50年後とか100年後に残る仕事ができるかなのである

現代はただ情報環境が発達しているからただ今目立つことにエネルギ―をそそぐがそうしたものはうたかたのように消えてない、もし50年後に100年後でも残るものなら青史に名を残すとなる
ただ別に一般庶民でも歴史はあり歴史的存在として家系に残り続ける
ただ現代はそうして家というものの紐帯が薄れている、核家族とかなったのもそうである、会社社会工業社会になったとき家というより会社員となり工員となり核家族化したのである
そのアイディンティティが・・・・会社に勤めていますということでわかる、それが名の知れた会社ならその人は一目置かれるとなるからだ、昔は家がアイディンティティの基だったのである、武家では特にそうだった 
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つまり自己のアイディンティティでの認識は先祖をたどる歴史的認識だったのである、こういうアイディンティティは古今東西変わりない人間的存在意識の確認なのである
先祖がどうだとか家系がどうだとか言うのは古いともなるが何かかえって現代では様々なアイディンティティでが喪失して無数の砂粒のようになっている、何か自己のアイディンティティでを確認できなくなる、それで自分のルーツを探る人が増えてくる面もある
何か自分のプログでも家系を姓名からたどる人がいるからである
野馬追いの旗印もそうした家のアイディンティティなのだがそれが不明になった、なぜあんなに旗印が多様なのかたどりえようがなくなったのである、ただここで名乗ったようにこうして先祖をたどるものとして旗印があった印なのである
もう一つは大和国の住人とある時その住んでいる地域がアイディンティティになる、それも江戸時代までは強かった
どこに住んでいるかでその人を見るのである、今はその住んでいる場所よりどこの会社とかに所属していることがアイディンティティでになる、だから故郷でも愛着がなくなって原発事故で避難者は若い世代は流出したともなる
老人は故郷に愛着があり帰ったというのもわかる

ともかく天皇でもそうだがそうして親から子へ孫へと一つの系統として歴史を認識することはわかりやすいとなる
それが父系になるということは東西で同じであり父親の重みが自ずと認識されたためである
別に女性差別ではなく世界中でそうなっているからである、母系はあったが廃れたのである


posted by 老鶯 at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)