2018年10月12日

戦後70年で時代変革の時が来た (そこに若者の活躍する場が開ける)


戦後70年で時代変革の時が来た

(そこに若者の活躍する場が開ける)


人間はどうして人格形成とか知識でも思想でも作られてゆくのか?
それは何もしないで作られるわけがない、生まれつきで作られるというのは天才だけだろう、天才だってなんらかか社会に生きていて身につくものがありなる
人間は必ず時代の影響を受ける、もし今の人が一時代前にタイムマシンで行ったらそこで天才になってしまう、それは時代が違うからそうなる
時代の影響が大きいしそれを乗り越えられない、だから不思議なのは江戸時代は農業社会であり80パーセントが農民だったのに工業化できたのか?
そういう素地があったのかとなる 

明治時代はみんな大学でも会社でもみんな創業者になった、そういうことができたのだろうとなる、それはやはり江戸時代に培ったものがなければできない
そのことが良く理解できない、工業といっても家内工業とかでありそれが機織りから工場の絹織物工場に変化したからである
そこには機械を入れて煉瓦作りの工場を建設して農家の若い女性は工員となったからである
その時なぜ学校ができたかというと集団で組織化して子供を工場で時計にあわせて働かせるものとなったからである
寺の鐘で時間をおおまかに計っていたのとは違い時計によって人は時間で働かせられるようになったのである 

こう考えると明治時代は凄い時代だったとみる、それで外国の人も驚いた、日本の力に脅威を感じたこともわかる、なぜならアジアをみればわかる、ほとんど植民地になったからだ、明治時代はまた西洋に追いつくために青年は必死だった
それでイギリスに留学した青年が英語できなくて自殺したとかある
公費留学だから責任も感じていた、その時明治維新でもそうだが若者が活躍して新しい時代を切り開いたということがある
それだけ新しいものを吸収するには今までの価値観とか考え方や特権に甘んじている既得権者にはできないことだった、それで明治維新の中心になったの下級武士の若者だったのである、明治維新でも歴史でもいろいろな見方がある
最近は明治維新を否定的に見る人もいる、でもその激変のなかで日本だけがヨ−ロッパの植民地にならなかったことは特筆すべきことだったしそしてその後も日本自体をあれだけ変革したということは驚嘆すべきだった
江戸時代とはまるで違ったものとなった大変革があったからである

ただ人間何もないところから何か新しいものが生まれるとは思えない
だから日本は江戸時代のことを良く知るべきだがなかなか理解できない
新しい改革を担ったのは侍だったということもあるからだ
侍が教育者になったのが多い指導的立場になった
そういう人材になるものとして侍があったとなる
別に薩摩長州だけではなん江戸幕府からも明治時代を築く人たちは出ていたからである
人間はどうして作られるのか?

人間は歴史的存在だということが動物とは違っている
歴史的に継続されたものとして人間がある、それを一番感じるのはそれぞれの家なのである、家というの実際それぞれ違っていて歴史があり重みをもっている
二代くらいでも家の歴史があり人間がつきあうときその個人もあるが家を見ないとわからないということがある、それで前は家と家の結婚だったということでもわかる
その家の家系など家を見て結婚していた、家柄もあってそれを見ていた
だから家柄が違うと結婚しないということもあった
これもプラスマイナスはある、だから全面的には肯定できないがそこにもやはり伝統的なものにはなにかしら人間にとっていいものがあるから伝えられてきたのである 

人間はまずその時代に生きていてもその時代のことはわからないことがある
一時代が終わった時、その時代が見えてくる、歴史とはそういうものである
今の時代だって現実に生きていてもわからないことがあるのだ
今どういう時代になっているのか?その時代を見ることがむずかしいのである
これだけグロ−バル化したことでさらにわからなくなる
中国があんなに遅れていたのにもう世界の大国になりアメリカと覇権を争うまでになっている、そういうふうに国際関係でも常に変わってゆくから理解できなくなる

老人の有利なのはやはり一つの時代を生きたことでその一時代を見れるということがある団塊の世代は戦前とかの世代と比べると戦争を経験しない、日本をだめにした世代とされて若者の反感が多い、団塊の世代のために日本はだめにされた、団塊の世代はいいとこどりしたとか言われる、団塊の世代は高度成長の時代であり何か企業しても小規模でも店でも中小企業でもうまくいった時代なのである
今になると起業することはむずかしい、それはもういろろいなものができあがっているからである、もう物質的には飽和状態になっている
団塊の世代はものずごい物欲があり三種の神器として「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」があった、それを欲しくてがむしゃらに企業戦士として働いた
テレビにはみんなかじりついていたからだ、子供の時はラジオだった
家にはどこでも飯台一つであり裸電球とか何もない時代だったのである
その物欲はその後もマイホームとか車が欲しいとなり日本人は働いたのである

そして今若者が物欲がないというときそういうものがあふれていて満たされているからである、生まれたときからあるのだからそれはあってあたりまえだからそれを欲しいとはならないのである、便利な生活が当たり前だから特別欲しいともならないのである
つまり物欲の時代は終わったのである、情報化社会というのは物欲社会とは違っている
そこに何か価値観の変化が起きている、それは今の時代に生きていてもわからない
例えば日本の経済がなぜ停滞して衰退して日本人が今度は貧乏になってゆくのか?
その原因はなんなのだろうとなる、その前に日本人はなぜ戦後世界でもアメリカについで経済力をもち豊かになったのかというのもある
それはアジアで一番先に西欧化したヨ−ロッパに追いついたということがある
それは明治に植民地化されないでそうなったのである
戦争に負けた結果それが悪いこともあったがいい方に働いた
軍事力に力をそそがないで経済だけに集中すればよかったからである
それからソビエト連邦とアメリカの冷戦も日本にとっていいものとして働いた
そこに戦後は国際関係で日本に有利に働き経済発展を遂げたのである

そして戦後70年過ぎて時代の変わり目がきたのである
日本はまた変革しないと後進国になる、すでにその兆候はいたるところに現れている
明治時代のような進取の精神はない、それで今は国際化して大学にもアジアの留学生が来る,その人たちは熱心に真剣に学んでいるという、それは日本の明治時代の青年と同じなのである、なんとか国に帰って発展させたいという熱意があるからそうなっている
日本人は今若者ですらそういう進取の精神がない、それは満たされた社会だからである
物欲は満たされた社会だからそれがないのである

日本は高度成長時代からバブルとか経験してあらゆることに遅れをとった
IT分野でもそうでありすでに中国に追い越された、知的な分野でも科学技術でも遅れをとっている、今のノーベル賞をとっているのは20年前と30年前の基礎研究の結果だと言われる、これからはノーベル賞もとれない,なぜなら論文の数が少なくなり今度は中国が日本をおいぬいて進んでいるからである
だから中国でも20年前には最低の国だと思っていたがこんなに変わることに驚くのである

今日本は戦後70年で変わり目にきている、あらゆる方面でそうなのである
銀行は安定していい就職先だった、しかし銀行はもうすでに大手の銀行でも大量にリストラされている、地銀でも投資信託などを売りつけてもともと証券会社でないのに利益が出せない、貸し付ける先がないとなり危機にひんしている
そもそも世界中が金余りになり金が回らない、それで世界的に経済が停滞しているというその大量の金が行く先がてくなり大麻とかをとりしきる闇の世界に流れていたのである
つまり資本主義でも変わり目にきている,金だけが価値となる社会から何か違った価値観が生まれる、そこで今までの金が紙幣が流通するのではなく別の価値観でやりとりできる新しい貨幣の創造が成される、試みがなされている
それはインタ−ネットとかの普及でも変わるのである

今の時代の先端を行っているのはやはりIT関係だともなる、だから銀行は旧弊なものとなる、何か銀行が江戸時代のような感覚にもなる、私自身も古いタイプだから銀行は信用ある硬い職業だというものとして見ていた
それで投資信託を売りつけられて2000万損したというばあちゃんは損しても銀行を信用していたのである、それは明治の時徳川幕府を信じていた、永遠につづくと思っていた人たちと同じなのである、それは自分自身がそうだったのである
老人はとはそういう過去からあったものをそのまま継続して同じにあると見ているからそうなるのである
情報だって今はテレビだけからとるものではない、インタ−ネットがあり今度はyoutubeがありと幅広くなる
それでわかるのはテレビを見ている層ははっきりその傾向が年代別にわかる
50代以上は多いし60代以上になるとさらに多い、その年代の人たちはテレビをみている、だからテレビではそういう人たちに見られているのだから番組作りも若者向きではない、老人向きの番組作りになるのである

そして現代の問題は少子高齢化でありシルバー民主主義というように老人は投票に行くし老人に政治家もこびる、老人向きの政策になる
それで正規社員はやめさせられないとか50代以上になると若者の給料の倍をもらっているとか若者世代の40以下の世代の不満が大きいのである
でもそれが改革できないのはシルバー民主主義になり50代以降でもそこが人口が多いから政策でもその年代向きのものになる
つまり改革できないということである、それで日本全体が衰退してゆき結果的に貧乏になるというITを担う若者が40代以下が言うのもわかる
つまり何らかの改革が日本ではしなければならない、それは大学でもそうだしあらゆる面でそうなのだができないのである
老人がこれだけ多いということはなかなか新陳代謝ができない社会だからそうなる
それは世界的にそうである、中国もそうなりつつあるという、そうなるとこれから発展するのはアフリカになるのかという、なぜならアフリカは一番若い人が多いとなっているからだ、若い人が多いということはそれだけでエネルギーとなるからだ
戦後に団塊の世代は生まれたが数が多かった、だから不思議なのは戦後の焼け野原なのに食べるものもないのに良くそんな人口を養えたという不思議がある

いづれにしろ今の時代を生きていても今がどういう時代なのかわからない
でもその中で時代を切り開く人たちがいて新しい時代が生まれた
そういう時代の変わり目には若者が活躍できるということもある
新しい時代を築くとなると老人にはできない、この辺でも復興しようにも避難区域に帰ったの老人だけでありどうせ死ぬだけだとなる人が復興はできない
こういうときこそ若い世代が活躍しなければできない、それが流出したからできなくなっているのだ
ただでは新しい時代を築くとしてもそれを切り開くには容易ではない
未来を見る目が必要になりそれはまた過去を歴史をふりかえることでもある
だから明治時代にあれだけの改革をできたということは驚嘆すべきであり見習うべきだとなる、今あるもの大学でもそうだが企業でも会社でも明治時代にできたものだからであるただ老人は歴史とかを見る目は養われる、それはやはり長く生きていてその変化をみるからである、家というのも生きていてそこで長い目で家の歴史をみる
家が形成された歴史をみるからそれが他でも歴史を見る目が養われるのである


posted by 老鶯 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題