2018年10月04日

どこまで自己責任なのか? (自己責任になるための条件−なんでも説明責任はある −原発も同じだった)


どこまで自己責任なのか?

(自己責任になるための条件−なんでも説明責任はある
−原発も同じだった)


自己責任とは何なのか?
これも良くわからない、人間が生きる時本当に責任がつきまとっている
なぜなら常に何らかの判断決断を強いられるからである
それは軽いものだと買い物がそうなのである
正直買い物では失敗しているがそれは全くの自己責任なのである
レンジを量販店で買った,それはいろいろなことができるものだと思った実際は普通のレンジとなんら変わりないものだった、3万したが何かいろいろできるように思ったのであり思わせるようになっていた
店の人はその時説明していない、店の人は売る時必ずしも商品の説明をしない

だからかえって通販だとレビューがあるからそれでみんな判断している
量販店でも売るということが念頭にあり商品の説明より売ることが成績になるからそうなる、商品の説明は二の次になる
そして商品の数が多すぎて売る方も説明しきれないということがある
もちろん買う方にも問題がある、商品を知らないで買うな何を買おうがそれは買った方の自己責任だともなる
でも店の人はどうしても売るということが頭にあり商品のことを良く説明しないのであるそれレンジはもともといろいろなことに使えないものだったのである
だから普通に一万くらいのものを買っていれば良かったとなる 

とにかく商品を売るという時必ず説明責任があることは確かである
それは売る方の責任なのである、それを果たしていなければ買った方の自己責任とはならない
例えば銀行で投資信託を売るのはなぜか?
別に売るのはいいとして投資信託は説明されてもわからないし売る方にとって必ず最初に手数料が入るから売る方は絶対に損しない商品なのである
一応説明したとしてもわからないのである
株だったら別に安い時に買い高くなったら売ればいいのである
投資信託はそういうものではない、素人はには売り買いもどうしていいのかわからない商品である、だから銀行が一方的に決めるのである
何かそうして売ってまた買わせると手数料は売買料金として銀行に入るのである

それで分散投資というのは間違っていなかった
でもなぜ株が上がっているのにリートとか投資信託に回したのか?
銀行はプロですからまかせてくださいと言った
私は知らないからまかせたのである
ではまかせたとなればまかせてくださいというならまかせられたか人にも会社に責任が生じる、でも銀行は一切責任はとならない、株が上がったり下がったりするとかリスクはつきものだとか言い訳がいくらでもできる商品だからである

では全く銀行に責任がないのか?全部自己責任なのか?

もし自己責任にするなら説明責任を果たしてその買う客に決断させることである

なぜ分散投資がいいとして株が上がっていたのに売って投資信託にしたのか?

そこで説明が必要だったのである

説明責任を果たしてその客に判断させて決断させる

そうなればその責任は銀行にはない、商品を買った客の自己責任なのである

ところが私は金融のプロですからまかせてくださいと勝手に判断して決断して客に売った場合の責任は明らかに売った方の銀行にもある
つまり銀行側でも別に責任を問われない売り方がある
それは説明責任を果たすことだが銀行側とか会社側の利益を優先して銀行にとって都合のいいことをすすめるのである
人間社会では必ず説明責任がありそれを果たしていれば別に責任は問われないのである

私たちはていねいに正直に説明しました、あなたが今度は判断して決断してください
株を売りますか?今は上がっているし売らない方がいい、待ちましょうとかなる
でも勝手に銀行員は投資信託の方に株から回したのである
その時判断したのは銀行員であり自分ではない、そもそも前から私たちは金融のプロですからまかせてくださいと言っていたからである
その時点で客は判断も決断もまかせられない、まかされたのは銀行側なのである
その営業員だったとなる、営業の人が決断して判断したのである

そうはいってもあなたはもともと知らないから悪かったのだとなり自己責任にされる
何か商品を買うことでも自己責任である、でもその商品の説明責任は売る方にある
それを果たしていれば売る方でも責任はないのである
でも商品でも知らないと買い物に失敗する、判断しにくい時があるからだ
その時仲介約の店員とか銀行員でも売ることだけに熱中して説明はおろそかする
ただ銀行側が利益を優先して客には説明しない、またされてもわからないものがある

順序としてはまず説明をする→客が納得する→客に判断決断させる

こういう手順にするのが順序でありそうなれば売る方も責任はなく客の自己責任になる
ともかく何でも自己責任だとされるが実際はそうではない、こうした手順があって自己責任が問われる

それは原発でもそうだったのである、最初から「安全神話」を言って絶対に事故は起きないからと説得するとなるとその責任は明確に政府とか東電とかにあった
そしてその安全神話を信じたマスコミにも責任があった
なぜなら宣伝費として電事連から莫大な金をもらっていたからである
この責任も大きかったのである、金をもらったことで大きな責任があった
責任が人間につきまとっているし金でも責任がつきまとっているのだ
そして責任は誰かが必ずとらされるのである
戦争で300万人死んだのもそうである、原発事故で故郷に住めなくなったこともそうである

原発ではまずその土地の人への説明はない、原子力のことなど核など説明してもわからないとういこともあった、ただ最初から「安全神話」を作って何も説明しない
説明する必要もなかったのだ、なぜなら「安全神話」になっていたのだから事故は起きないと保証していたのだから避難訓練も何もしなかったのである
する必要もない、百パーセント事故が起きないと言っていたからである

だからその責任は原発を作り説明責任も果たさない政府とか官僚とか東電とかそれに宣伝費をもらって加担したマスコミにあった
でも原発事故では誰も責任を問われないのである、これもなぜなのだろうとなる
もちろん地元の人にあった、それは商品を買う時と同じである
ちゃんと説明してもらわない方が悪いともなるからだ
もともと金が欲しいなら何でもいいということであり原発を作らせた方も悪いのだとなる

ただでは原発を作る時そんな説明はしない、「安全神話」を言うだけである
銀行員の言うように私たち金融のプロですから任せてくださいとなっていたのである
原発のプロですからまかせてください、事故は百パーセント起こりませんと言って作ったのである、そうなると地元の責任はどこまで自己責任になるのか?
そもそせ責任が誰にあったのか?それが良く追及されていないのである
ただ今回のような事故が原発にあることを証明したから他の原発のあるところは事故になっても今度は補償できないということになると科学者が言っている
そういうリスクがあることを具体的に知ったしそれを承知で原発を受け入れたとなるからである

いづれにしろ常に自己責任が問われる時代である、でも自己責任になるのは説明責任とか十分に果たしてその後で判断させて決断させるなら自己責任になる
でも社会でそうなっているのか?
もしその自己責任を言うなら今回は政府でも官僚でも東電でもマスコミでも切腹ものだった、でも誰一人として責任は問われていない、マスコミだったら電事連から莫大な金をもらっているのだから返却して被害者に配分すべきだとなる
それが責任の取り方である、マスコミはテレビ局でも特別六局に許可されている特権を与えられているからである

結局そういう責任を果たさないからもうまた信用できないとなる
結局あとはお茶濁すようにしてごまかして誰も責任を問わないのである
もちろん説明をするように問わない地元の人にも自己責任はあった
金に目をくらんだ地元の人にも責任はあった
ただまず説明されなければ判断しようもない、いくら原子力のことなど説明してもわからないではすまされない、投資信託の仕組みがわからないというだけで説明が必要ないとかない、わからないならわからないことはやらない方がいいという決断にもなる
株がわからない人はやるなと言う人もいるからだ
原発は説明されてもわからないからやらないという決断もあるからだ

ともかく日本人の問題は責任があいまいになり誰も責任をとらない
そして国民全員が責任があるとなり誰も結局とらないのが戦争だったが実際は3百万に死んだ責任は必ず取らされるのである
それが日本人の自己責任だったとなる、そういうふうにアメリカに負けたのだからそれは日本人の責任だとなる、アメリカに別に正義があるわけではないにしろ責任は必ずとらされるということである
日本にアメリカが原爆落とした責任はかならずいつかとらされる
カルマとなりアメリカにふりかかってくる、それが北朝鮮の核を極度に恐れたり何か今でもおののいている
それは自らの罪業を自覚しているからである

オウムでもそうである、あれだけのことをしたのだから今になって死刑にされた
人を殺したものは殺されて当然だとなる
どんな理屈を言うおうが宗教だったとか言おうが人を殺せば殺されても仕方ないとなる
その責任をとらされたのである、だから何であれオウムに入ったことを後悔しても死刑になった時遅かったとなる

別にオウムを疑いやめることはできたからである、それは自己責任だとなりその責任が死刑だったのである、もしそういう責任を自覚していたらそうはならなかったかもしれない何しろ人間社会は責任が必ず問われる、最初からその責任を自覚していればいいのだが自覚していない、原子力でも事故になれば責任をとる、切腹していいという覚悟ならかまわないとなるがそれがないのである、それで江戸時代に庶民は侍になりたくなかった、責任とらされて切腹されるのが嫌だったからである
別に責任を問われないとなると重大なことでもこれから決断して戦争でもまたする
責任は問われない、ただ戦争を決断した政府が行政の人たちが責任をとる
それなら決断してもいいとなる、でもその責任はまた国民にあるとか他国にあるとかいろいって責任をとらない、そういう日本だとまた同じ大失敗をくりかえすとなる

カルト教団とかに入っている人も無責任なのである
そういう組織団体に入ると自分一人の責任は問われない
何するにしてもそれだけの数があり何百万人も会員がいるのだから
その人たちの一人一人の責任は問われないのである
それは戦争でも国民全部の責任だとなれば一人一人の責任は問われないと同じである
だからそういう組織団体に入る人は無責任であり信じられないとなる、何かそこであったらただ上からの命令で動いていただけだという、それはナチスと同じである、上の人から命令されたからと平気で人を殺したからである

組織団体は無責任であり無責任になるために組織団体に属しているとなる、なぜならそうした大きな団体組織の責任は問いにくいからである
こうして責任感覚の希薄さとか深刻なものがないから軽はずみな行動もできる、もし最初から重大な責任が課せられているとしたらとても原発など作れないし人の金を説明責任も果たさないで勝手にすることはない、ただ必ず誰かが責任をとらされる
商品を買ったものが損したとして客は責任をとらされる
だから責任をとらされるのはまた客であり原発なら誘致した地元の人たちですよという自覚が必要なのである
責任をとる覚悟がないものは重大なことは重大でないにしろ簡単にその役をになうべきではないとなる
それは原発事故のように戦争でも甚大な被害をだす、命を失うという責任をとらされるからである





posted by 老鶯 at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

故郷の家への思い−7年半過ぎた津波の跡(短歌30首)


故郷の家への思い−7年半過ぎた津波の跡(短歌30首)




我が家に波乱のありぬその時にこの家を支ゆは定めなりしも

この家に風のうなりて夜のふけぬともにありにし歳月思ふ

我はなほこの家とともに生きゆくやその命も長くはあらじ

たとえ人御殿に住むもその命家より短し一時の栄い

我が家に嫁ぎ母の耐えにつつここに生きにし思い出深しも

ふるさとに生まれ貧しく苦しみつ悲しみ生きて女の老いしも

ふるさとも非情の場なりさにあれど家族に恵まれ我はしあわせ

時にして姉は笑いつ母は寄りにつまたここにしも我は生きたし

病にて姉の暴れしその時にこの家に北風唸り一人苦しむ

台風の去りしもなほも我が家に風のうなるを夜に聞きにき

この家に住みて久しも我が家族みな死ににしも我一人住む

家族みな死して残れる家なりき我がよりにつつなほ住みにけり

我が姉の自慢したる柱かなこの家を支ゆ我がよりにけり

我が家に思いはこもる家族みな死すともここに家は残りぬ

人は死に何を残さむ残る家我が住みにつつ秋となりしも

我が家族裂かれけるかな何故に悲しみ深く泣きつすごしぬ

非情なる世にありしもただ金を求めて人見ず情けもなしも

人の縁みなはかなくも消えにけりただ求むるは金のみなりき

何故に人は争いにくみあう悲しみ深く慈父にあるべし

たちきれぬこの世の欲の深きかな終わりの日までつづく欲かも

ここに生き老いにし人の語りける昔や我も老いてあわれも

故郷の墓にしうもるあわれかな何し語らむ花を挿すかな

ふるさとに生きる思いの深まりぬなどかたやすく捨てられしかな

苦しむも悲しむも生くその所思い出深く忘れがたしも

我が家に争いにくしむ時長しも一つ家にあり家族なりしを




(7年半過ぎた津波の跡)

津波にて家は流さる家族死に何も思ふや7年半すぐ

松と松久しくここにありにしを無情の津波根こそぎ流しぬ

海老村は野となりにけり秋となる何をたずねむ家の跡もなし

烏崎人家もなしも寥寥と草にうもれて社残りぬ

津波にも残りし家の跡あわれ庭の石にそ昔思いぬ

津波より7年半すぐ家なしも庭の石残り秋風の吹く

右田浜松風鳴りて我よりぬその松なしも悲しかりけり

津波跡残れる庭のその石にここに生きたしと亀の置物

ここに住む人こそあわれ何もなしただ無情の風の吹くかな

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右田の津波の跡の庭



私の家族はみんな死んだ、その思いは深い、そして人間が死んで残すものは何か?
それは家なのである、家というのはただの建物ではない、人の思いがこもったものとして残っているのだ
姉がこの柱は橲原の木を使ったものだと自慢していた
その柱によるとき依然として姉が生きているとか思う
家には依然としてここに生きた家族の思いでが残っている
だからこの家に自分は死ぬまで住んでいたと思う
もし新しい家に住んだらそこには家族と住んだ思い出は消える
人間最後に残るのは思い出である、記憶である
その記憶をたどることが新しい家ではできないのである

何か人生も終わりに近づくとどんな人でも家族であれ家であれ故郷であれここに生きたなとあふれる思いが自ずと生まれる
だからこそ老人は故郷から家から離れたくないのである
それで子供が他の場所に家を建てたから部屋まで作ったから移ってくれとしても原発事故の避難区域になった所に住む人がいる
それは小高の人だった、要するにその思いが深いからはなれがたくなる

何も他に住んだらいいのではないかと外から見るが老人の場合はそうは簡単に移れないのである
だから家というのはただの箱ではない、思い出がつまっている箱なのである、自分にしても家族がみんな死んでそのことを思った
この家とともに長く家族として暮らしたからである
特殊な家族にしろ憎しみ合う家族にしろ家族だったのである

そして姉が認知症になり本当に悲しく苦しかった
自分は毎日泣いて暮らしていた、誰にも頼ることもできなかった
来た人はみんな金を求めるだけだったのである
でもそれが自分のカルマであり定めだったから耐えたのである
家族でも家には楽しい時もあるが苦しい時もある
それはどこに住んでも同じである、楽ばかりはないのである
でもそうして悲しみ苦しみ生きたときその場への思いは深いものとなる、もし楽ばかりだったら思い出も深いものにはならない
家でも家族でもそうして苦難がどこの家でもある
なぜなら必ず家族が病気になるからである、そして死ぬからである
そして家族でも必ず死別がある、そして残るのは家であり思い出だけになってしまうのである

ともかく私は介護十年して家族を看取り本当に苦しんだ悲しんだ
それも定めだった、誰も助けるものはない、その時求めてきたのは金だけだったのである、みんて金に苦しんでいたからそうなった
金という時金で補償金でこの辺は争い分断された
金は恐ろしい、なぜならその時平気で殺人にもなる
現実自分も殺されないにしろ殺されると同じような目にあったからである、それで人間観が変わったということもある
ただ自分の場合は結局楽しすぎた結果としてそうなったと思う
楽しすぎることも危険なのである
困難な時は人間に必ず来る、一生楽では人は終わらない
その時耐えられなくなるからだ、そのことにあまりにも楽観的だったのである、それで辛酸をなめたのである

この辺では特に津波と原発事故があり様々な体験をそれぞれにした
だから家というもの家族というものを個々に思うだけではない
全体でも思うようになったのである
津波と原発事故から7年半過ぎてもこの傷痕は消えない
それはあまりにも被害が大きすぎた、深刻だったのである
いくつもの村がこの辺でも消失した、村ごとなにもなくなった
この衝撃はあまりにも大きかったのである
海老村は家の跡すらなく野になってしまった
ここに家があったということすらわからなくなったのである
これこそ本当に無常であり無情だったのである