2018年10月10日

原発事故でマスコミも共犯者だった (テレビ局六局の独占時代が終わる)


原発事故でマスコミも共犯者だった

(テレビ局六局の独占時代が終わる)

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●技術やメデアの変化

時代の変革期が来ると産業の転換が起きる、大井川の川越人足は1200人もいたというから驚く、その人たちが橋がかかり失業したときお茶作りに転進した
それが静岡の茶となった
ヨ−ロッパで馬車の時代があり車に代わり鉄道に変わる、この変化も大きかった
馬車より効率的だから機械に変わる、常に人間社会は技術の進歩で変わる
産業革命でもそうである、そこで失業した人たちがいたが農民がいたが製造業に変わった技術は大きく社会を変えてしまう、ヨ−ロッパでは大砲が発明されたとき城壁は無用のもの化した、技術の変化で社会そのものが変わってきた

情報関係ではグーテンベルグの印刷機の発明で聖書がドイツ語に訳されて誰でも読めるようになりそれがルターの宗教革命までなった
その時以来大量の本が出版されるようになった
情報では明治以来大きな力をもった、まだ映像の時代になっていないからだ
その時代新聞がどれだけ力をもったか?
新聞は今のテレビと同等の力をもったのである
そしてラジオの発明があり戦争の敗戦の天皇の玉音放送があったようにラジオが主役になった時代があった
そしてナチスの宣伝がラジオでされたからラジオが国民にどれだけ大きく影響したかわかる、今ならラジオがそんなに影響するのものかと思う
NHKでもラジオが主役の時代があった、その時有名なアナウンサーがいたがテレビ時代になると消えた、テレビは顔が映るからあわなくなったのである
ラジオは声しか聞こえない、すると見栄えは関係ないとなっていたからである

テレビ時代になるとどうしても顔が映る、するとまず顔を見てしまう、その像に左右される、それで美人のアナウサンサーがもてはやされて映画俳優のようになったのである
情報の技術の変化でそうなった、そしてテレビ時代になったときテレビに子供の時群れてかじりついて見ていた、テレビに動画がニュースでも映ることは奇跡のようになり魅了されて見ていたのである、だからこのテレビの影響が本当に大きかった
テレビは映像であり動画だから大衆に受けた、本とか新聞でも活字を読むとなると頭を使うからである、テレビは頭を使わない道具なのである
だからテレビに出る人をいちいち検討したりしない、テレビに出ただけで有名になり青島とか内容もないのに知事になったりする人がいた、参議院選挙ではテレビに出る有名人がトップ当選になる、それは政党ではない、個人の人気投票みたくなっていたのである
普通の議員でもテレビに出ると顔と名前が売れるから当選しやすかったのである
別に議員としての経験とか関係なく当選したのである

こうしてテレビ時代は50年つづいた、でもインタ−ネットとかのメデアが現れ転換期になった、youtubeとかで動画を気軽に放送されるとなると対抗メデアになる
テレビ局は六局の独占だったのである、だからテレビ業界とか新聞協会とかそうした情報をにぎるものは既得権をもっていた
それは他でもそうだが六局しか政府から許可されていないから独占していたのである
そして新聞でもテレビ局でもそれは単なるメデアではない、会社の主張をもっていてそれを通すためのテレビ局なのである、だから会社の主張に合わない人は出さないのである
これはNHKでも同じである、つまりただ単なる仲介するメデアではない、主張をもっていて会社の方針がありその方針にそうことを放送するのである

だから会社の方針がありもし朝日であれ毎日であれ読売新聞の日本テレビであれ放送局を批判したら絶対にその局からは出せないのである
報道機関は共産党と同じである、その報道会社を批判することは許されない、ただの情報を流通させるメデアではないからだ
そして報道機関は連帯して既得権を守る、だから互いに放送する会社を批判しないのである、それは互いに結託していて既得権を守るものとしてあったからである
そしてそもそも報道することは電波の権利を獲得したり報道すること自体が金がかかるから一個人などでとてもできない、それで六社とかの独占状態になったのである

●原発と企業と天皇でも一体化して権力を得る

例えば日本テレビがあるとする、その創始者の正力松太郎が読売新聞社を起こして日本テレビを作った、そして原発をアメリカから取り入れた張本人である

皇族も利用したこの宣伝の効果が大きかったためか、元旦という一年で最高の時間枠だったためか、『わが友原子力』の放映は大成功を収めた。…原子力委員長としての正力もこの成功を利用した

ここに皇族ともあるが皇族も天皇家も東電の株主にもなっていた、本当は皇族は会社を応援するようなことはしてはいけいな立場にある、ここにも何か問題があった
ただ財閥と企業と国家は一体である、天皇も一体だとなる
右でも天皇を批判している人がいる、昭和天皇を批判している人がいた
それが良く解せなかったが天皇は何か軍部でも今度は大企業でも利用される存在なのか、または神輿なのかともなる謎がある

原発を海外に売りつけることで発生する利益は企業(株主)へ、事故があった場合に賠償額で一定額を超えた分については日本国民が責任を負うことになるということです。

国民はこのことを無関心であってはならないが知らない人が多いだろう
こういうのを調べるのはインタ−ネットが便利である
事故が起きたら国民の税金で今回のような補償金を払わされるのである
それは莫大なものとなり日本がつぶれるとまでなるかもしれない、そういうことに原発かあるということを知るべきである
原発は国家主導で推進されるからやめられないのである
国家は最大の権力だからである、原発とは一企業の東電の問題ではない
国家がかかわる一大事業なのである、だから事故になり失敗すれば国が傾くとなるのだ

企業がもうかるというとき原発でもそうである、企業中心の発想がありもうかればいいとなり安全はないがしろにされるのである、それで安全神話が作られた
でも東電だけではない電事連もそこで働く人々も電気事業で生活しているとなると既得権で一体化するのである
逆に日本はアメリカから古い型の原子炉を売りつけられたことも事故の原因になった、でも敗戦国だからアメリカでは事故の補償はしない、そういう契約もなかったのである、この辺も不公平であり力関係で商売もあるとなる

そういうテレビの宣伝は大衆受けする、わかりやすいからである
テレビは大衆を洗脳するのに最も適していたメデアである
そしてお茶の間にテレビが置かれたとき最も効果的なものとなった
お茶の間にあれば直接常にテレビがありその後ろにはテレビ局があるとなるからだ
そこでどれだけテレビが影響したかわかる、テレビで商品を宣伝するだけで目立ち売れるということもありテレビに宣伝費が会社でつぎこむ、それでテレビ局はもうかる
そういうふうにして政治でも経済でもテレビが大きな力をもつようになった
そのことが原発事故にも関係していた、政府とか東電とかが一致してテレビ局に宣伝費を流して安全神話を作ったからである

報道機関は独占化するとどうなるのか?それが原発事故で判明した
原発事故が起きたときテレビ局の幹部が朝日新聞でも全部六局の幹部が中国に招待されていたのである、それは何を意味しているのか?
この六局のテレビ局に800億円とかの宣伝費が流れていたのである 
ただNHKの幹部は入っていなかった、それはNHKは民間ではない、公共性があり受信料を強制的にとっているからである
だから本当はNHKはその公共性に奉仕すべきものだがそれがない、NHKもNHKの方針がしって主張があってそれに沿うものしか出さない意見は言わせないのである、だから受信料はとらないで民間にするのがいいともなる

それはNHKは税金のように受信料を国民から強制的にとっているからだ、ならば公共的なものでありメデアとしてもインタ−ネットのように利用させるべきだともなる、でもNHKにもそれはない、NHKの主張と方針がありそれに沿うものだけが出ることを許可される
電事連とかそれだけの金をもっている団体である、電気関係はやはり現代社会を支えるものだから大きな権力をもっている、今回の原発事故はそうして現代社会の権力をもつものが結託して起きた事故でもあった
国家(政治家)官僚、御用学者、マスコミ・・・とかが結託して「安全神話」を作ったからである、ただマスコミのことはあまり批判されないが明らかに「安全神話」を強力にしたのである、そこに既得権があり莫大な金が流れていたからである  

大型広告が「朝日」から始まったのは、(電力業界側が)「朝日」がそのような新聞だと一般に見られていたことを考慮してのことだと思います。「読売」がそれにつづいたのは「読売」の社長だった正力松太郎氏が、原発を日本に導入した責任者(初代原子力委員長)だったという関係があったようです。
「朝日」「読売」に定期的に広告が掲載されるようになると、「毎日」も広告を出してくれと要請します。当時、「毎日」は、原発に反対するキャンペーン記事を紙面に載せていました。後でとりやめた

福島財界でも最初原発反対の記事をのせていたがとりやめた、マスコミがおかしいなのはこうして全部が原発賛成になったことである、一社でも反対すればいいがそれがなくなった、福島県でも福島民報でも民友でも反対しない、原発推進派になっていた
だからもう報道には民主主義がなくなっていたのである
民主主義は少数派でも必ず反対がありその反対する者を一応尊重して対処するからであるそれが全部賛成推進派になったことが異常だったのである

●テレビからインタ−ネットへ

いつれにしろ戦後70年でテレビでも変革期にきた、もう六局のテレビ放送の独占時代は終わった
インタ−ネットのyoutubeなどが対抗でメデアになる、そこではNHKだけではない、会社とか銀行でも今までも既得権の団体でも組織でも訴える術を与えた、だから文字のテキストだけよりyoutubeは見る人が多くなる、大衆でもテレビと同じように見る
芸能人の馬鹿騒ぎはyoutubeと同じでありyoutubeでやれとなる
youtubeの特徴は何か学習機能がある、個々人が体験を語る時、それはテレビが大衆向きにマスメデアとして機能していたのとは違うと思った
何か社会について見え方が違ってくるのである
つまりマスコミをテレビを通してみる社会とは違っている

テレビは大衆向きに番組を作っていた、youtubeとなるとレベルもいろいろあるが
何か個々人がメデアとなって語る、そういう経験をしている人もいるのかと新たに社会に対する見方が変わる、社会というのはとてもマスコミだけでテレビだけで尻得ようかないものだったのである、テレビは社会を写す窓ではない、そこには無数の窓があったとなる
こうしてテレビの機能は変わってくる、誰でも放送できるとなると六局独占体制は維持できない
その時テレビはどうなるのか ?

国営放送とか公共放送とか何かそうした娯楽ではない真面目なものになるのか?災害放送はそういう性格がありNHKが必要だということが言われた、でも政府で放送すれば気象庁で放送すればいいとなる、インタ−ネットではしている
だから今はその変革期の過渡期でしりいすんな試みが行われる、情報の戦国時代になったのである
プログなどでも百家争鳴の時代である、誰でも意見が言える、ただ今までのように六局だけで目立つ時代は終わった
それは六局にとって独占でありあまりにも恵まれていた時代だったとなる
これからはyoutubeくらちいの視聴率くらいしかテレビでもなくなるかもしれない、すでに視聴率は減るばかりである

別に他でもいくらでも情報は得られるからである、検索もできるからである
だからテレビの役割自体が変わる、それがどうなるのか?公共の電波でも六局の独占は終わる
すでにBSもあり終わっている、だからニュースでもただ事実だけを24時間流すものが見たいという人が多い
そのニュースを勝手に解釈するのではなく解釈させるのは視聴者にゆだねる、そういう要望が多いからである
だからそういう放送に変わるのかもしれない、そういう変革の過渡期であり様々な試みが成される時代である

2018年10月11日

家族の認知症介護から学んだこと(哲学的考察) (人間とは何か−抽象化能力と感情の問題)


家族の認知症介護から学んだこと(哲学的考察)

(人間とは何か−抽象化能力と感情の問題)

「心身のリアル体験」では、幼少期から様々な遊びや運動、海や川や砂遊びなどの匂い、空気、温度などの肌や実感覚による体験や、「嬉しい」「悲しい」といった感情などを通して学ぶプロセスです。  

 ここにグラフがでているからわかりやすい、人間は具体的なものを抽象化する、これが文明を作り人間を人間たらしめたとなる、その最たるものが言葉であり文字だからであるだから文字のない文明が一段と低く見られるのはそれだけ抽象化能力が発展しなかったとなるからだ
最古の文明になると文字をもった文明である、エジプトのヒエログリフは神聖文字となり文字が神聖化された、中国でも漢字が発明されたとき神聖化されたことでもわかる
楔形文字は最古のものでありねこには法律のことも記されている
それから一番簡単なのは一つだったら一本の線を書く、二つだったら二本の線を書く
それで数量を計ることが文明となる,それがそれは時間の単位ともなる
時間も人間が抽象化したものなのである

算数と数学でもそれを上達するコツは数字は抽象化だが図形とかグラフにしたとき具象化する、方程式でも図形化するとそうなる
そして分数でも理解するには図形で理解するわかりやすい、数字からだと具象化していていなから理解しにくい、だから算数嫌いとか数学嫌いが生まれる
数学となると中学でもどんどん高度な抽象化になるからである
科学となるとさらに分子式でも抽象化になるからついていけなくなる
私も数学嫌いになったのはそれは抽象化能力の欠如だったとなる
ただそうであっても教育には工夫が必要なのである
分数だったら絶えず具象としての作業、図形化して納得する作業していると興味もわいて覚えることになるからだ
人間は常に具象⇔抽象の相互作用が学習なのである
パソコンのソフトで抽象画を作ってみたらやはりいくら抽象画でも川は川をイメージするし森は森をイメージする、全く具象画から離れることはありえない
抽象画でも具象画を見ようとしているのである

なぜエジプトで書記官が重要なものとして神官にもなったのか?
それはやはり麦などの収穫することを数量化したからである、その仕事は力仕事ではない頭脳の仕事である、それができたのは抽象化することができたからである
米の量を計ることは数字で抽象化したものだからである、つまり人間の知的能力の発達は抽象能力なのである、それは数字でもそうであり文字でもそうである
そして人間の文明は抽象能力から生まれたのである
抽象能力が高度に発達して文明が生まれた、文章を書くということはそもそも抽象能力によっている、言葉自体そうなのだが音より文字にすると抽象能力は高くなる
人間は文章を書くことによって言葉から文字から思考している
それをつくづく私自身でもこうしてインタ−ネットで他者の文章を読んで参考にして絶えず文章を書いていることでそう思った
文章を書くことでそもそもが思考を拡大して深化できるのである

文字には他にも記録するという大事な役割がある、人間はとにかく忘れやすい、自分の書いたものすら忘れている、膨大なものをインタ−ネットでプログで書いたがその書いた本人が忘れているのである、これも人間の特徴だと思った
だから人間は何でもこまめに記録していた方がいいと思った
旅のことでもそうであり忘れるからだ、いつどこにいたのかも旅したのかわからなくなるそしたらどうして記憶をよみがらすのかとなる、今は写真もいくらでもとれるからそれも記録になる、膨大な写真が映像がグローバルに残される社会である、デジタルの映像社会なのである、ところが映像は抽象化能力を高めるということが必ずしもない
具象的なものが表現が直接的に示される、すると抽象化する能力はいらないとなる
文字だと山なら山で川なら川で一応抽象化したものとしてとらえているからだ
漢字が優れているのは抽象化と具象が表現されているからだ
アルハベットになると文字があるにしても音の作用が大きい、アルハベットに具象の作用がないのである
だから漢字というのは中国文明を作ったものとまでなっているのだ

ただ人間とは何か?これを追求する時、抽象能力だけではない、人間の下部構造というか基本にるなベースとなるものに感情がある、悲しいとか淋しいとかうれしいとかある
人間は人間たらしめているのは反面に感情だともなる
動物を見ていると悲しいとか淋しいとか淋しいとか何か感情的なものが表現できない
人間は悲しい時涙を流す、動物は泣くことも笑うこともできないのである
ただうれいしという表現などはする、みぶりでするからわかる
でも動物に悲しいという表現がない、あるとしてもわからない
キリストが「悲しむ者が幸いなり」というのは本当に不思議だと語ってきた
それは心理学的にみれば悲しむことができるのは人間にはできるが動物にはできないからだともなる

そして人間はこの世を生きるとき必ず悲しむことになる
家族との死別があり様々なことで苦しみ悲しむからである
でもなぜ「悲しむ者が幸いなり」なのか?それは悲しむことで人生の深い意味を知るからである、悲しまないものは人生の深い意味を知ることがないのである
だからシェークスピアが悲劇で終わるからみんな考えさせる、ドラマでもハッピィエンドで終わるなら考えないのである、悲劇にこそ人間の深い意味を見出すともなる
それは悲しむことに通じているのである

人間とは何か?それは認知症の人と接するとわかる、家族が認知症になって介護したとき最も身近で生活してきた人がどうなったのかわからなくなる
そのことを介護して問うてきた,もう痴呆化して人間でなくなったのかという恐怖を感じた、でも接しているうちにそうでもないと思うようになった
確かに銀行から金をおろせないとか漢字でも書けない自分の名前すら書けないという抽象能力が極端に低下する、だからこれはもう人間ではないのか?
そうも思って驚愕して恐怖にもなった
でも認知症の人でも喜怒哀楽がある、感情的なものは普通なのである
だから自ら悲しむということがある、また喜ぶこともある
特にこれまで生きたことに誇りをプライドをもっているからそれを認めると喜ぶのであるそして認知症の人はなにもわからないのではない、相手が親切にしてくれる人なのか
愛をもって接してくれる人なのかわかる、だから認知症の介護は愛がないとできない
愛情に実は敏感になっているからだ、だから家族でも特に親しい人でないとできない
兄弟でも姉妹でもいろいろいいるからである
だから兄弟でも一番かわいがられた人が介護しろというのもわかる
そうでないとできないということがあるからだ

人間とは何かというときこれも不可解である、確かに抽象能力が文明を作った
でも一方で感情があって人間であるということがある
悲しむということ笑うことなど感情表現があり人間であるとなる
だから数字とか漢字が抽象化能力がなくなっても感情があれば人間だともなる
その人は愛のことはわかっている、動物でも愛は通じるのである
すると動物でも愛を感じるから人間と同じだともなる
そしてこの世で一番大事なものは愛だというとき愛が通じればいいともなる
愛が通じなくなったときそれは動物以下であり人間ではないともなる
知能がものすごく高い人がいても冷たい愛がない人も普通にいる
かえって知能が高いとかなるとそういう人が多いかもしれない、冷たい人が多いとなる

別に庶民でも知能が低いとみられる人でも正直で人情味があり愛のある人がいる
そういう人は戦前生まれの人に多いし江戸時代には多かった
それはなぜかというと現代のように知優先の社会ではない、義理人情とか情中心の社会だったからである
とにかくインタ−ネットでもグロ−バルに高度な知性が求められる社会である
江戸時代は狭い範囲で情が深い所で生活していたのである
それが村とか長屋とかであり貧しくてもそうなっていた、でも医者でも病気は治らないものとして接していた、だから医は仁術になっていた、直せないから仁が情をかけることだともなっていたのである
第一漢字の情報でも情に報えるとなっている、これは今の情報感覚とまるで違ったものなのである、どうしてこの漢字になったのかわからないがやはり何か江戸時代の感覚をひきづっていたからこの漢字をあてたのかとなる

いづれにしろ認知症というのは本当に不可解である、その介護をさせられるとなると本当に困難を極める、普通は人間とは何かなど考えないけど私は認知症の介護を通じて考えたそれはなぜなのか?それが心と関係していたからだろう
普通病気だと患部だけをみている、そこが痛いとか弱っているとかみる
でも心までは見ない、認知症の場合はどうしても脳と関係していて心をみるようになる
脳が損傷する壊れることは心にも大きく影響する、では人間の心とは何なのか?
それが最大の謎なのである、認知症の家族を介護してそのことを問うてきたのはそのためである
認知症の治療は介護は肉体だけを見てはできていからである
もし肉体的なものだったら癌であれ何であれ意識は明確であり知能も低下しないのであるただ肉体的な問題だけなのである
認知症は脳が破壊されてそれが心に大きく影響する病気なのである
すると数字がわからないとか漢字も書けないとか自分が住んでいた場所も名前もわからないというときあまりにショックになる、そんなことわからないのか馬鹿になったのかと最初は誰でもみてとまどうだろう、この人はもう人間ではないのだとまでなってしまう

でもふりかえるとそれでも人間だったと思う、人の愛はわかるし何か感情的には喜怒哀楽もあり今までしたことをほめれば喜ぶ、何か通じるものがあった、今になるとその時間が貴重なものとしてよみがえる、それは家族として長く生活してきて認知症になったとしてもふはり家族であり心を愛を通じ合わす時だったなと思う
今までは自分の場合はとにかく一方的に愛された良くされていただけだったからである
そのことで多少恩返しできたなど今では思っている
そう思うのはやはり介護でもその時は苦しいと思うのだが嫌だから死んでくれとも思うのだか死んでみるとみんなもっと良くしてやればよかったというのである
それはやはりもう一緒にいる時間がなくなった、もう二度となくなったことによるのである、もう話すこともなくなる、二度とその時間はもどってこないからである
人間は時間がすぎさる、青春だってあっというまにすぎさる

人間の生きる時間はみんな限られている、時間だけは平等であり特別長く与えられる人はいないし時間を金で買うこともできないからである
それで人間が一番無駄にしているのは時間なのである、金だったら十円得した損したとか過敏なのだけど一時間損したとかあまり考えないからである
家族でも一緒にいる時間はいつまでもつづくわけではなかった、そして介護となるときと死に向かっている時間である、もう二度と会えなくなる時間だった
その時間は貴重なものだったと自覚する
それは人生そのものがそうである、人間は永遠に生きられない、限られた時間しか生きられない、その時間の貴重さは失ってみないとわからないのである
何か貴重なものは失ってみないとわからないのである
だからみんなもっと介護でも良くしてやれば良かったというのはそのためである
家族と一緒にいる時間が全くなくなり何もできなくなったからである



ここに書いたものつづきです、読み直してまた書き続けるのがプログでありインタ−ネットである
連続したものとして継続して書けるのプログでありインタ−ネットである

2018年10月12日

戦後70年で時代変革の時が来た (そこに若者の活躍する場が開ける)


戦後70年で時代変革の時が来た

(そこに若者の活躍する場が開ける)


人間はどうして人格形成とか知識でも思想でも作られてゆくのか?
それは何もしないで作られるわけがない、生まれつきで作られるというのは天才だけだろう、天才だってなんらかか社会に生きていて身につくものがありなる
人間は必ず時代の影響を受ける、もし今の人が一時代前にタイムマシンで行ったらそこで天才になってしまう、それは時代が違うからそうなる
時代の影響が大きいしそれを乗り越えられない、だから不思議なのは江戸時代は農業社会であり80パーセントが農民だったのに工業化できたのか?
そういう素地があったのかとなる 

明治時代はみんな大学でも会社でもみんな創業者になった、そういうことができたのだろうとなる、それはやはり江戸時代に培ったものがなければできない
そのことが良く理解できない、工業といっても家内工業とかでありそれが機織りから工場の絹織物工場に変化したからである
そこには機械を入れて煉瓦作りの工場を建設して農家の若い女性は工員となったからである
その時なぜ学校ができたかというと集団で組織化して子供を工場で時計にあわせて働かせるものとなったからである
寺の鐘で時間をおおまかに計っていたのとは違い時計によって人は時間で働かせられるようになったのである 

こう考えると明治時代は凄い時代だったとみる、それで外国の人も驚いた、日本の力に脅威を感じたこともわかる、なぜならアジアをみればわかる、ほとんど植民地になったからだ、明治時代はまた西洋に追いつくために青年は必死だった
それでイギリスに留学した青年が英語できなくて自殺したとかある
公費留学だから責任も感じていた、その時明治維新でもそうだが若者が活躍して新しい時代を切り開いたということがある
それだけ新しいものを吸収するには今までの価値観とか考え方や特権に甘んじている既得権者にはできないことだった、それで明治維新の中心になったの下級武士の若者だったのである、明治維新でも歴史でもいろいろな見方がある
最近は明治維新を否定的に見る人もいる、でもその激変のなかで日本だけがヨ−ロッパの植民地にならなかったことは特筆すべきことだったしそしてその後も日本自体をあれだけ変革したということは驚嘆すべきだった
江戸時代とはまるで違ったものとなった大変革があったからである

ただ人間何もないところから何か新しいものが生まれるとは思えない
だから日本は江戸時代のことを良く知るべきだがなかなか理解できない
新しい改革を担ったのは侍だったということもあるからだ
侍が教育者になったのが多い指導的立場になった
そういう人材になるものとして侍があったとなる
別に薩摩長州だけではなん江戸幕府からも明治時代を築く人たちは出ていたからである
人間はどうして作られるのか?

人間は歴史的存在だということが動物とは違っている
歴史的に継続されたものとして人間がある、それを一番感じるのはそれぞれの家なのである、家というの実際それぞれ違っていて歴史があり重みをもっている
二代くらいでも家の歴史があり人間がつきあうときその個人もあるが家を見ないとわからないということがある、それで前は家と家の結婚だったということでもわかる
その家の家系など家を見て結婚していた、家柄もあってそれを見ていた
だから家柄が違うと結婚しないということもあった
これもプラスマイナスはある、だから全面的には肯定できないがそこにもやはり伝統的なものにはなにかしら人間にとっていいものがあるから伝えられてきたのである 

人間はまずその時代に生きていてもその時代のことはわからないことがある
一時代が終わった時、その時代が見えてくる、歴史とはそういうものである
今の時代だって現実に生きていてもわからないことがあるのだ
今どういう時代になっているのか?その時代を見ることがむずかしいのである
これだけグロ−バル化したことでさらにわからなくなる
中国があんなに遅れていたのにもう世界の大国になりアメリカと覇権を争うまでになっている、そういうふうに国際関係でも常に変わってゆくから理解できなくなる

老人の有利なのはやはり一つの時代を生きたことでその一時代を見れるということがある団塊の世代は戦前とかの世代と比べると戦争を経験しない、日本をだめにした世代とされて若者の反感が多い、団塊の世代のために日本はだめにされた、団塊の世代はいいとこどりしたとか言われる、団塊の世代は高度成長の時代であり何か企業しても小規模でも店でも中小企業でもうまくいった時代なのである
今になると起業することはむずかしい、それはもういろろいなものができあがっているからである、もう物質的には飽和状態になっている
団塊の世代はものずごい物欲があり三種の神器として「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」があった、それを欲しくてがむしゃらに企業戦士として働いた
テレビにはみんなかじりついていたからだ、子供の時はラジオだった
家にはどこでも飯台一つであり裸電球とか何もない時代だったのである
その物欲はその後もマイホームとか車が欲しいとなり日本人は働いたのである

そして今若者が物欲がないというときそういうものがあふれていて満たされているからである、生まれたときからあるのだからそれはあってあたりまえだからそれを欲しいとはならないのである、便利な生活が当たり前だから特別欲しいともならないのである
つまり物欲の時代は終わったのである、情報化社会というのは物欲社会とは違っている
そこに何か価値観の変化が起きている、それは今の時代に生きていてもわからない
例えば日本の経済がなぜ停滞して衰退して日本人が今度は貧乏になってゆくのか?
その原因はなんなのだろうとなる、その前に日本人はなぜ戦後世界でもアメリカについで経済力をもち豊かになったのかというのもある
それはアジアで一番先に西欧化したヨ−ロッパに追いついたということがある
それは明治に植民地化されないでそうなったのである
戦争に負けた結果それが悪いこともあったがいい方に働いた
軍事力に力をそそがないで経済だけに集中すればよかったからである
それからソビエト連邦とアメリカの冷戦も日本にとっていいものとして働いた
そこに戦後は国際関係で日本に有利に働き経済発展を遂げたのである

そして戦後70年過ぎて時代の変わり目がきたのである
日本はまた変革しないと後進国になる、すでにその兆候はいたるところに現れている
明治時代のような進取の精神はない、それで今は国際化して大学にもアジアの留学生が来る,その人たちは熱心に真剣に学んでいるという、それは日本の明治時代の青年と同じなのである、なんとか国に帰って発展させたいという熱意があるからそうなっている
日本人は今若者ですらそういう進取の精神がない、それは満たされた社会だからである
物欲は満たされた社会だからそれがないのである

日本は高度成長時代からバブルとか経験してあらゆることに遅れをとった
IT分野でもそうでありすでに中国に追い越された、知的な分野でも科学技術でも遅れをとっている、今のノーベル賞をとっているのは20年前と30年前の基礎研究の結果だと言われる、これからはノーベル賞もとれない,なぜなら論文の数が少なくなり今度は中国が日本をおいぬいて進んでいるからである
だから中国でも20年前には最低の国だと思っていたがこんなに変わることに驚くのである

今日本は戦後70年で変わり目にきている、あらゆる方面でそうなのである
銀行は安定していい就職先だった、しかし銀行はもうすでに大手の銀行でも大量にリストラされている、地銀でも投資信託などを売りつけてもともと証券会社でないのに利益が出せない、貸し付ける先がないとなり危機にひんしている
そもそも世界中が金余りになり金が回らない、それで世界的に経済が停滞しているというその大量の金が行く先がてくなり大麻とかをとりしきる闇の世界に流れていたのである
つまり資本主義でも変わり目にきている,金だけが価値となる社会から何か違った価値観が生まれる、そこで今までの金が紙幣が流通するのではなく別の価値観でやりとりできる新しい貨幣の創造が成される、試みがなされている
それはインタ−ネットとかの普及でも変わるのである

今の時代の先端を行っているのはやはりIT関係だともなる、だから銀行は旧弊なものとなる、何か銀行が江戸時代のような感覚にもなる、私自身も古いタイプだから銀行は信用ある硬い職業だというものとして見ていた
それで投資信託を売りつけられて2000万損したというばあちゃんは損しても銀行を信用していたのである、それは明治の時徳川幕府を信じていた、永遠につづくと思っていた人たちと同じなのである、それは自分自身がそうだったのである
老人はとはそういう過去からあったものをそのまま継続して同じにあると見ているからそうなるのである
情報だって今はテレビだけからとるものではない、インタ−ネットがあり今度はyoutubeがありと幅広くなる
それでわかるのはテレビを見ている層ははっきりその傾向が年代別にわかる
50代以上は多いし60代以上になるとさらに多い、その年代の人たちはテレビをみている、だからテレビではそういう人たちに見られているのだから番組作りも若者向きではない、老人向きの番組作りになるのである

そして現代の問題は少子高齢化でありシルバー民主主義というように老人は投票に行くし老人に政治家もこびる、老人向きの政策になる
それで正規社員はやめさせられないとか50代以上になると若者の給料の倍をもらっているとか若者世代の40以下の世代の不満が大きいのである
でもそれが改革できないのはシルバー民主主義になり50代以降でもそこが人口が多いから政策でもその年代向きのものになる
つまり改革できないということである、それで日本全体が衰退してゆき結果的に貧乏になるというITを担う若者が40代以下が言うのもわかる
つまり何らかの改革が日本ではしなければならない、それは大学でもそうだしあらゆる面でそうなのだができないのである
老人がこれだけ多いということはなかなか新陳代謝ができない社会だからそうなる
それは世界的にそうである、中国もそうなりつつあるという、そうなるとこれから発展するのはアフリカになるのかという、なぜならアフリカは一番若い人が多いとなっているからだ、若い人が多いということはそれだけでエネルギーとなるからだ
戦後に団塊の世代は生まれたが数が多かった、だから不思議なのは戦後の焼け野原なのに食べるものもないのに良くそんな人口を養えたという不思議がある

いづれにしろ今の時代を生きていても今がどういう時代なのかわからない
でもその中で時代を切り開く人たちがいて新しい時代が生まれた
そういう時代の変わり目には若者が活躍できるということもある
新しい時代を築くとなると老人にはできない、この辺でも復興しようにも避難区域に帰ったの老人だけでありどうせ死ぬだけだとなる人が復興はできない
こういうときこそ若い世代が活躍しなければできない、それが流出したからできなくなっているのだ
ただでは新しい時代を築くとしてもそれを切り開くには容易ではない
未来を見る目が必要になりそれはまた過去を歴史をふりかえることでもある
だから明治時代にあれだけの改革をできたということは驚嘆すべきであり見習うべきだとなる、今あるもの大学でもそうだが企業でも会社でも明治時代にできたものだからであるただ老人は歴史とかを見る目は養われる、それはやはり長く生きていてその変化をみるからである、家というのも生きていてそこで長い目で家の歴史をみる
家が形成された歴史をみるからそれが他でも歴史を見る目が養われるのである


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2018年10月13日

秋となり死者を偲ぶ短歌十首 (死者はどこにいるのか?−故郷の変化など)


秋となり死者を偲ぶ短歌十首

(死者はどこにいるのか?−故郷の変化など)


秋鴎飛び去り一羽旅の人

はや散りぬ木の葉の増えぬこの道を今日も行くかな町も変わるに

仮設住む人も去りにき秋なれや代わりて住みぬ浪江の人かな 

鹿島に住み小高に帰りて合併す南相馬市年を重ねぬ

飯館に久しく行かじ悲しかな虫の音あわれ帰り住む人



常に思ふ人にしあれや面影の浮かびあわれや秋となるかな

ふるさとを歩みて時に死者の霊浮かびいずるや秋となるかな

我一人家をになえるその重み死者はなほ我とここに生きなむ

我が家族替えかたきかな今にしてはぐくまれしを心より思ふ

我が家をにない苦しむよそ人は責めにしものや知らざりしかな

死ぬ人のいづこにあれや面影の時に浮かびてまた消えにけり

我が家に生きて流しぬ涙かな今はみな死にとむらうのみかも

二階なる広間にいぬるこの家に我がはぐくまれし幸いを得ぬ

何にあれこの家に生きるは我がカルマ苦楽とともに担い受け継ぐ


急に寒くなった、土手の道は結構木の葉も散った、人間は常に変化である、無常の世界である
この辺の変化はめまぐるしかった、すでに仮設もこわされて残っている人はわずかである、小高の人に代わって浪江の人が住んでいたりする、そして死者の不思議を感じる
もう自分の家族でも一人は死んで8年とかなる、これも早いなと思う、死者もやがて忘れられてゆく

でも家族のことは普通は簡単に忘れることはできない、時々面影が浮かんでくる、60年とか一緒にいたことか影響したのである
妻が死んでも毎日仏壇に供え物している、ご飯などをあげるのはやはりそれだけ死者への思へが強いとなる
ただ死者となる時、死者とは何なのか?
骨となり灰となり消えてしまう、すると死者とは何なのか?
死者は消えたとしてもやはり何か面影として見えるものかもしれない、墓にも実際は死者はいない、では一体どこにいるのか
それは思う人の心にいるともなる
その想う人に死者が浮かんでくるということは依然として死者がその人に生きていることともなる

万葉集の歌は恋愛の歌ではなく死者を思う歌だったという解釈がある、恋とは今の恋愛ではなく乞う(こう)だった
死者と会うことを乞うだったとなれば全然違ったものとして解釈する、

玉相者          たまあはば
君来益八跡       きみきますやと
吾嗟            わがなげく
八尺之嗟         やさかのなげき
玉桙乃          たまほこの
道来人乃         みちくるひとの
立留            たちとまり
何常問者         いかにととはば
答遣            こたへやる

八尺(八坂)の嘆きを、古事記でのこの世とあの世との境を示す伊賦夜坂(いふやさか)の「八坂」と解釈しています。つまり、死出の送りの嘆きを示す言葉と取っています

これは自分の短歌と通じている、魂(たま)が合うということは恋人が会うことだというがこれは死者が現れて魂が合うことかもしれない、この万葉集の歌にはなにか深いものがある
たまほこの道とは故郷の道とかなる
みちくるひとのたちとまり・・・・ふと死者の霊が浮かぶ面影に浮かぶ、そこでたちとまる、そこでいかにと心に問うのである
死者はどこに現れるのか?家に現れたりすることは確かである
そこが一番親しんだ所だからである、また故郷に現れるということがあるかもしれない,そこも親しんだ場所だからである

ともかくこれは単なる恋の歌のようには思えない深いものがある
つまり万葉集の歌には謎が多いのである
それはその当時の人が感じたものがありそれが現代では感じられないからそうなるのである
ただ家族が死んで死者のことを思ったときこういう感じになるなと実感して私も短歌を作ったのである
そこにやはり時代を経ても人間には経験として共通するものがあるからわかるとなる、それは愛する人が死ぬことはみんな経験するからである、その時理屈なしでわかるということがある
死者はどこにいるのかは謎である、ただ残された人の心に死んだ人の面影が浮かぶ時まだ生きているとも解釈できる

ともかく人間の場合は家というのがただの寝起きする箱ではない
それには長い時間を過ごした思い出が記憶が刻まれている
だから家というのは自分の父親は明治生まれであり酒屋の丁稚であった、そこから始まっているのである
家族がみんな死んでそうして父親のこととか今ふりかえる
家を歴史としてふりかえるようになる、人間は死んで終わらない
一庶民でも一つの歴史を残すのである
歴史の中に生きるのである、ただ家族でも親でもいろいろあるからもう親のことを思い出したくないという人もいる
そういう人は墓参りするしないのである
だから家でも家族でも故郷だってみんな思いが違っているのである

私の場合は介護したことで最後に苦楽を共にしたとなる、それまでは楽だけさせられていたからである
でも介護になった時一人で苦しみ介護した、助けるものはいなかった、それで苦楽を共にしたともなる
人間は苦楽をともにしなければ連帯は生まれない、楽ばかりでも生まれない、苦しみもしそこで助け合ったりしたら連帯が生まれる
家族でも金持ちの家の人は親を施設にあづけるのは親を苦労して育てたみていないからである
子は親の背中を見て育つというときそうなのだろう
苦労して子供を育てればそれを子供はみているから年取った時
例え貧乏でも介護するということはある
それは心の問題だからである、金持ちにそういう心が育たないから金で解決するだけだとなるのである

秋になると思いが深まる、しんみりとする、ただ飯館村にはもう半年以上行っていない、何か体力がなくなり行きずらくなった
でも住んでいる人はいるのである、秋になりそれで思うことがある
やはりそこにも人が住まないということは人間は活きてこないのである、飯館村と浪江はもう村でも町でも維持できるのか?
そういう苦境にある、荒れ果てている、小高はなんとか3割は帰った、飯館村は広いからあういうところで住むのは今になるとより不便になる、だから草野辺りに集まって住むようになる
住宅地も作っているからだ、前は牛を飼っていて広い所が必要だったのである、今になると何かそういうふうに住めなくなくなったのである

縮小社会であらゆるものがへる (大学でも銀行も病院も倒産が増える)


縮小社会であらゆるものがへる

(大学でも銀行も病院も倒産が増える)

銀行倒産
大学倒産
病院倒産
宗教団体倒産
肥大化した自治体倒産
新聞テレビもいらない

・・・・・・・・


会社はAIを操作する人と他は少数精鋭で一人握りで経営、社員や行員は極力減らす
教師は特に優秀な人にしぼりあとは減らす、通信で全国放送とかパソコンのソフトとかで学び人間から学ぶことははぶく

教師は減らす
銀行員はいらない
病院も優秀な医者がAIを操作してあとは減らす
宗教団体の数はへらす、あくどい宗教商売だから
そこで幹部は収入減でやめる
それも商売だったからだ

要するに人間社会は特に現代はいらないものを増やしすぎたのである
それは高度成長時代だから人口も増えて何でも増えることがいいという時代だった
物でもどんどん増やさないといけない、また人口が多いから売れたのである
大学だってすでに団塊の世代から私立大学などはマンモス大学になり二三流となるともう何が大学かわからなくなっていた、ただ大学という名前だけになっていたのである
三千人に講堂で講義するとかなるとつまらないからみんなゲバ棒をもって学生運動が面白いとかなった、そこで青春のエネルギーを発散させるとかなっていたのである
つまりこの時から大学生はエリートという感覚がなくなっていたのである

とにかく何でも右肩上がりに増大した時代は終わった
次に来るのは縮小社会なのである
これからせ病院も倒産してくる、すでに倒産が増えている
患者が減ってくる、高齢化でもまもなくその高齢者自体が死んで減ってゆく
すると病院も医者もそんなにいらなくなる
医者とか病院がへってもそれは社会にとって悪いとはならない
みんな健康で年をとり介護されないで死ぬようになると社会的コストも少なくてすむ
医療費で国が潰れるようなことはなくなる

あらゆるものが減ってゆく時代である
空き家が800万軒も全国にある、いたるところに空き家は増える
そのことは自治体の人口がへり縮小してゆくことなのである
つまり少子高齢化とかこれからは深刻な縮小社会になる

逆に今までは大学生でも大量生産でありどこが大学生なのかわからない、ただ名前だけが大学とついているだけになった
銀行も金を集めるのはいいが投資先がないからもうけられない
それで投資信託をうりつける、それで信用を失うということもある
つまり銀行もいらなくなったのである
金余りであり金の使い先投資先がないのだ
だから銀行自体が無駄であり社会に何の役割があるのかとなりいらないとなる
縮小社会になるからそうなるのである

なんでも縮小しないともう経済的にもやっていけない、限界になったからである
無駄なことにエネルギーを費やしていられない時代になる
必要なものだけに投資してなんとかやってゆく、江戸時代のようなリサイクル社会にもなる、そういう変化の時代である
これからの時代は高度成長とかの時代とは違う、減らす時代なのである
それは老子の言うような増やすのではない、減らす時代なのである
それはまた無駄なものが多すぎたということもある
かえって減らす結果社会はすっきりして住み安くなるメリットある
もちろんデメリットも大きいから社会の変革時には苦しむ人が増える
ただそれを乗り越えるとかえって住みやすい社会になっているかもしれないのだ  

インタ−ネットで新聞とか雑誌とか出版社でもテレビもいらなくなるしもうなっている
こうしたものはメデアだったのである、ただ仲介するものでありそれで利益を得ていたのである、医療分野でも専門雑誌がありそこで仲介して出版社がもうけていたがそれを直接インタ−ネットで閲覧させる仕組みを作ってそこに金を払わないようにしたとかある
そういう仲介業者はインタ−ネットになるとはぶかれる
時代の変わり目には失業する人が増大する
ただ新しい職業も生まれる、それを模索中なのである

ともかくなんでも減らす時代になる、縮小する時代になる
ダウンサイジングする時代になる、こういう時代は今までの成長時代とは違った人生哲学思想が必要になる、リサイクルとかシェア経済とかである
貨幣でも今までの違ったものとして現れる、金に対する感覚も変わるしそれより価値観が変わる、物が豊かになると物意外が価値が生まれる
それは今まで金では買えないものだったがそうした金では計れない価値が価値を帯びてくる、それはAIで加速する、固定化しない流動的な社会になる
そういう中で活路を見出す人が生き残るとなる
その過渡期だからいろいろなことが試されるとなる

これまでは大量生産の時代であり量の時代であった、これから質の時代になる
つまり良質なもの人でも優秀な選ばれた人が必要になりその選ばれた人がAIにもなる
なぜなら人間社会はもともとどこでも優秀な人を求めているからである
そればどこの分野でもそうである、その優秀な人はわずかでありだからこそAIを作りその優秀な人の代わりにさせるとなるのである
要するに社会は少数の優秀な人がいればまわる、その他は無能なのはいらない、それはコストになるだけだとなる、その未来はまた悪夢にもなる
なぜなら無能であれなんであれ人間はこの世に生まれたら生きていかねばならないからだ多数の無能であれなんであれ無視してはありえてないのである
ただ社会自体少数で機能し運営されるようになる
縮小社会ではそうならざるを得ないからだ、そうしなければ人口が減るのだから労働力も減るのだからそれを補うためにはAIであれロボットであれ必要になる

ただ誰も未来のことはわからない、それが悪夢にもなる、いくら科学技術が発達しても人間に楽園は来ない、原発事故を見ればわかる、何かで矛盾が生まれ必ずアクシデントがあり破綻するのが人間社会の運命なのである
ただ別に縮小社会にもメリットとデメリットがあり全部悪いものではないのである
かえって広々として狭い日本も住みやすくなったとかなるかもしれない、日本はそもそも狭いところに人が集まりすぎているからだ
家でも広い部屋に寝ている安眠できる,八畳間で天井が高いとかなると安眠できる
心に余裕ができなる、空き家が増えるとそういうことがやりやすくなる
東京でも江戸が百万だとするとせめて5百万とかなると住みやすくなる
そういう時代が縮小社会でやってくる、地方都市などに人口も分散する
それは縮小社会で起きてくる、その方が住みやすくなったとなる
だから未来がすべて悪いものとはならないのである


要するに無駄に食べ過ぎている、過食になっている、また食べさせられている
それは会社のもうけのためであり会社を経営する人たちがそう仕向けている

そういう罠にはまらない、質素な生活でも人間は健康になれる
自分も実際はやせているタイプなのに太る
現代の生活は何か太るようにできているのである、過食になるのだ
一人暮らしは余計になりやすい、外食とか簡単なものですませる
そして野菜がどうしても不足するからである

現代人はこうした食生活を見直すべきである、これも大きな無駄でありその無駄によって健康を害す、まずジュース類は人工甘味料が入っているら体に良くない
これも太るようになる,野菜ジュース自体が野菜ではないのだ
それで買って飲むのが間違っているのである
確かに安いがこの辺は本物の野菜と果物をとらないとだめである




posted by 老鶯 at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年10月14日

過剰化社会から縮小社会やミニマム生活へ変わる (無駄な消費が多すぎた社会)

  
過剰化社会から縮小社会やミニマム生活へ変わる

(無駄な消費が多すぎた社会)


●過剰消費社会

●過剰医療社会
                
●過剰教育社会

●過剰情報化社会


縮小社会というのは悪いことばかりではない、それは現代資本主義が限界にきて生まれてくる正常化の方向転換なのかもしれない、あらゆる物が増えすぎて、買うものが増えすぎた、いらないものまで買わされる、過剰化に悩んでいるのが現代人でもある
最近ミニマム生活とか捨てることが推奨されるのも無駄なものを買いすぎる、ためこむからそうなる、古いものは修理ししてまた使うとかはない、常に新しいものを買うことになるから物も増える、それでリサイクルとかシェア経済が言われるようになる
何か欲望資本主義には常に物を買わせる仕組みがある
宣伝されればそれが欲しくなるとかなりいらないものでも買うとなる
ジュース類などでも多すぎる、ジュース類は実際は栄養分はほとんどなくかえって人工甘味料とかが必ず入っていて体に良くないのである

かえって運動したあと飲んでも疲れるというのもそうである
本当の栄養分はほとんど入っていないのである、甘いだけでかえって疲れるとなる
それで老子の言う無味を味わう、水が一番いいとなる皮肉があるのだ
人間の栄養を考える時基本的なものはいいものをとる、でもその他に現代は無駄なものをとりすぎるのである、それがかえって体に悪影響しているから太るとなる
やせ形タイプの自分でもなかなかやせられない、太るのはそれだけ栄養を知らずにとっているからである、そういう環境にあるからそうなる
過剰消費社会は会社の利益をまた過剰に追求するためになった、江戸時代のような村社会ではそういうことはありえないからだ

大企業とか会社とかは社会に害悪を及ぼすものとしてもある
まず利益をあげる売るということを第一にする、本当の需要がないのに需要を無理に作り出す、宣伝で作りだすのである
いらないものまで売りつける、それは銀行でも同じである、,投資信託など売りつけるようになる、それは銀行だけが確実にもうかるものだからそうなる
そういうことは保険とかでもいろいろ現代社会にある
そして皮肉なことにその人が本当に困ったことで必要なものは手に入らないということがあるのだ、消費というのは消すということであり無駄なことが多いことは確かなのであるそして現代社会はあらゆることで消費社会になる
病気でも本当に病気はあるし治療も必要である

でも過剰治療が問題になる

「病でつながる社会」(「病縁"化社会」
と必ずしも同義ではない)とそれから生み出された病にしか安住できない人々
について論じている。その

その弱者をいたわる「看護人」だらけ
の「世界が巨大な病院になる」とゲーテの言葉を引用して述べている。そして,
敢えて,「公認された『病人』的な位置がとても心地よいために『弱者』をやめ
られなくなってしまう人たちが現実に出ている。(中略)『弱者』帝国主義とで
も呼ぶべき困った状況が出現する」(前掲書:136)と忠告を発している。その
結果,先述したように病で他人や社会としかつながれないで,病にしかアイデ
ンティティを見いだせない病人をつくり出していると批判している。

過剰治療が日本では保険制度もあって作り出される、生活保護者は無料になるから医療費が無駄になるから医者でも病院でも過剰医療になる
その負担がまた国民に税金としてのしかかるのである
そして国がつぶれるとまでなる、過剰医療のために延命治療とかでもそうだが莫大な金が使われる、もちろんなかなか延命治療が悪いとはならないことは自分自身の家族の介護で経験しているからむずかしい問題である
ただ二年半で死んだから長いとは言えなかった、病院には半年いて死んだ
だからいちがいに悪いとはならないが一般的問題としては過剰医療が多いのである
検査でもそうである、やたらと検査する、無駄な検査が多いのである

認知症になりMRIをとったがそれなど何もわからない、わからないというよりその機械はそもそも脳の精密な写真が撮れないものだったのである
福島県にとれる病院は二つしかない、その機械は極端に高価なものだからである
それでも認知症は写真撮ったからわかるものでもない直らないのである
そうして3万とられたが一割負担とかするともしかしたら写真とるだけで30万かかったかもしれない、知っている人は東京まで行って写真をとり20万かかったといっていたからだ、脳の写真となるとそれだけ高いものになる
でもそんな写真をとることもないのに30万かかったとしたらその負担は国民にはねかえってくるのだが医者とか病院は利益をあげればいいとしかなっていないのである
そういう医療でも多すぎるのである

老人だと町の医院とか病院が社交の場とかもいわれる、病気のことで連帯感を持つということにもなる社会である
またそれしかつながりをもてない社会だというのも不健康な社会だとなる
その他では普通の社会では激烈な競争社会だがそういう場では社会は病人として扱い親切になるからいいともなる
医者が話相手にもなってくれるとかなる、孤立した老人にはいいともなる
ともかく病気だとか障害者でもなると国から援助されるようになるからいいとなる
逆に弱者をよそおい脅迫するまでにもなる社会である

一旦弱者と認定されると権利になる、この辺の原発事故でもそうである
原発事故避難者などは特にそうである、もう永遠に補償しろとまでなっている
もう何も自助努力もしなくなる、そうした特権を得ることになる
そういう人を批判することはタブーになる、お前はかわいそうな弱者を批判するのかとなりタブーになる、現実は毎日原発避難者はパチンコとかギャンブルで遊んでたいのであるいづれれにしろ何かうまくいかなければ原発事故のせいだとなる
それがまた通るから余計にそうなり自助努力はしないしもうあきらめて他で住むとなった沖縄とか韓国だと必ず日本の戦争のためにこうなったといって賠償金を要求してくるのと同じである、そして個々人の弱者は助けたりしない、それで自分は途端の苦しみであってもただ責められるだけだったのである
お前はなぜ原発避難者をかわいそうな避難者を責めるのだと批判されこたけど自分自身が苦しんでいたけど誰も助けないただ責められるだけだからそうなったともなる

過剰という時いろいろな過剰がある、教育というのも過剰がある、膨大な知識が過剰に幼い時からでもおしつけられる、そうなるとやはり消化不良になり自主的学習動機が失われる、受験とかでもそうである、そしてそういう受験戦争にかちぬいた人たちが指導者になって問題が起きるというのもわかる
あまりにも知の面を重視してそうなった
過剰というとき今は情報社会であり情報でもそうである、これはいい面と悪い面がある
あまりにも多い情報は消化しきれなくなる
何が重要なのか重要でいなのかニュースでもわからなくなるのである
ただマスコミだけの情報の一方通行は悪いものだった
情報が多いということは多角的に検討できるということである 

だから最近はアマゾンでいくらでも古本でも安く買えるからまた本が増大したのである
こういうことが早い時期にできたら田舎では知識で劣ることはなかった
本を買うこと自体仙台まで行かねばならないしそもそも仙台でも売ってない本が多すぎたのである、それだけ今になると本というのは多いものだと思った
だから読むべき本も読まないで終わったとなったのである
だから情報が多いということは悪いことではない、多角的に物事を見れるからである
ただそれも限度がある、もうとても処理できない情報の氾濫になってしまったからだ
ただこういうことが若い時からあれば相当に有利だったのである

例えば動画があるが動画をビデオにとるとその情報量が写真の百倍にもなる
膨大な情報量になる、それがテレビとかで編集するが実は百倍のテレビに写さないものが残されている、それも情報なのだがはぶかれる、つまり人間が摂取する情報には限りがある、百倍あるとしたら8時間でも見ていなければなくなるからだ
だから最近動画をとって出そうとしたがあきらめた、その作業も手間だからである
写真だったら一場面でいいからだ、いいものを印象になった一場面を出すからだ
ただその写真でデジタルになると実は百枚とって一枚選ぶとなる
情報でモ選別作業が必要になる、その選別作業でもむずかいしのである
情報を処理しきれないというのが現代にもなる、その膨大な情報の中で重要な貴重な情報が見逃されることもある、これも問題だと思った

だから過剰化社会になると無駄なゴミ情報に追われるということもある
これはテレビ六局時代にあった、それは情報の独占時代だったからである
でもこれだけ情報が増えると膨大な情報のゴミが生まれても整理できない
それがゴミなのかどうかも判定できないから簡単には言えない
でも検索でも膨大な情報の前にゴミの中から宝石を探すような状態になる
ただ膨大なゴミをかきわけるとかになる、情報の過剰化社会だとそうなる
でもそれをゴミとか簡単には判定できない、でも肝心の宝石となる情報も埋もれるということはありうる、それは大衆化したということでもある
インタ−ネットでも少数の時代があり今ではスマホでも参加して大衆化したのである
大衆化するとどうしても何でも低俗化する
低俗な情報がインタ−ネットをしめる、それで視聴率でもとる
それはテレビと同じだとなる、でもyoutubeでも百万は見ていないからいかにテレビがみんなが見ることで力をもったかわかるのである

とにかく縮小化社会とかミニマム社会とは過剰化社会からの変換として必然的にそうなってゆくのかもしれない、何かあまりにも過剰化してそれが税の負担の増大になる
もうそれに耐えられない、国自体がつぶれるとまでなる
それは過剰な医療とか過剰な無駄は許されなくなる、そんな余裕はもうないのである
だから縮小化社会とかミニマム生活とかが言われるのはそうした反動があり必然的に生まれたともなるのだ
なんでも増大すればいいという社会は終わりを告げたとなるからだ  

大量生産・消費時代の「足りない、欲しい」の意識を捨てることで、

余計なものを削ぎ落とし、コンパクトに生きるミニマムライフが大切です

こんなことが盛んに言われる時代になったのである











posted by 老鶯 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

秋に思う昔(庭と昔の道と蔵の家−原町の道の駅より)


秋に思う昔(庭と昔の道と蔵の家−原町の道の駅より

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柿なりて昔の道や蔵の家

街中の畑に野菜作りつつ蔵ある家や秋となるかな


道の駅でなぜ庭を無料で提供しているのか?
これは結構高いものになる、百万以上はするだろう
坪庭というものか、これだけでも庭であり憩いとなる
石でも高いしそれなりの値段となる
宣伝のために無料提供しているのか?
ただ工事費とかがかかるからそれで人頼むと金がかかる
もしかしたら工事費用はもらいますよということなのか?
何かわからない

ここから見えた蔵は前に紹介されて入ったことがある
この道は昔の道なのである
写真では見えないが柿の木がありなっている
街中なのに畑がある家がある、この辺は昔は家がない、畑であり田んぼであり農家しかなかった、ただそれを知る者は相当に年とっている80以上かもしれない
でも六号線ができたのは20代くらいのときだったことを覚えている
それからこの辺は変わったのである
こういうふうに変わり歳月がたつと前の状態がわからなくなるのである
それは鹿島でもそうなった、住宅地が広がったが前は畑であり田んぼだったのである

秋となるとやはりしんみりとして昔を思うのである
ここの畑には馬頭観世音がありそれは火事があって家が燃えて馬も死んだから供養したと伝えられているという、それも家の歴史である
あそこはいつも通るから気になっていたのである
いつも通る場所は自ずと気になる、南相馬市でも広いからあまり行かない場所は気にしないのである

ともかく家の前に畑があるというのは恵まれているなと思う
いつも前に食料が供給されるというのが何か心強いと見えるのである
食料不足なってもまにあわせるとか見るのである
そして前に畑があると働き安いのである、だから前畑というのが地名化して姓にもなる
それは農家の暮らしからそうなった
ただ原町は都会である、でも回りは田んぼだから田舎なのである

2018年10月15日

家から歴史を認識する (人間の根源的なアイディンティティは歴史は家にあった)


家から歴史を認識する

(人間の根源的なアイディンティティは歴史は家にあった)


家というのはみんな誰でも一番身近である、歴史を認識するとしてもそれは広く大きいし認識するにしても無数にある、だからどうして歴史を認識するのかとなる
一番根源的な存在の認識とか確認は家族の中にあるし歴史という時簡単に考えれば
それは親があって子供がありと世代がつづくことである
親が死ぬと祖父でもいいが死ぬとやはりそれは歴史的存在となる
人間は死んでもすべて消えるというわけではない

人間は歴史的存在として継続される

その歴史的存在として一番身近に継続されるものが親であり祖父だとなる
ただその上になるとなかなか普通では認識しにくくなる
最近私の家族がみんな死んだとき死んだ家族をかえって意識することがある
父親はもう死んでから半世紀とか長いから忘れている
でも父親の存在は大きく簡単には消えない、歴史的実在として力強く残っている不思議がある
そもそも自分の家の創始者は祖父でもない、祖父は何もわからない名前だけである
ただ名前の一字が共通している
これは代々名前の一字が共通していることで先祖をたどる
相馬氏だと胤(たね)が必ず名前に入っているからである

他でも代々つづいた家系では名前の一字が共通している
ただ私の家の先祖は父まででありその上がたどれないのである
それだけの家系と言えばそれまでだがそれでも父は明治生まれであり葛尾村(かつろう)村から双葉の新山で酒屋の丁稚になったことはわかる
ただそうした話を直接聞いたことがない、中学の時死んだからである
それが残念だったと今ではなる

酒屋をして暖簾分けをしてこの地に住むようになった
この暖簾分けというのは当時の社会ではかなり重要なことだった
江戸時代からそれははじまっている、今の会社なら暖簾分けして独立することはない
みんな月給とりであり会社をやめると退職金をもらってあとは年金で暮らすとなる
それが戦前でもまず会社員になっている人、サラリーマンは少なかった
江戸時代の商家というのがつづいていたということがある
するとそうして勤めるとは奉公になるがそこで一人前になるには暖簾分けして別に商店を開きそこで生活することである、番頭とかになっても暖簾分けされないと一人前にはならない、そういうシステムの中で生きていたのである

確かなことは父親がこの家の創業者であることを家族がみんな死んでから認識するようになった、父親の役割が大きかったと認識した
父親の存在はそれだけ大きいものなのである
それも不思議だが具体的な血肉を分けた歴史認識だとなる
聖書でもわかるように常に家系を意識していたのである
聖書はまさに神の系統を記した書なのである
その系統から神の子が生まれると予言されて実際にキリストが生まれたのである
歴史とはまさに神の系統の家の歴史だったのである
その系統の歴史の中から神の子が生まれると予言されていたのである

歴史とは何かというときいろいろあっても家系が先祖をたどるのが歴史の基本だとなる
なんらかで日本の歴史でも神というときその先祖のことなのである
天皇が日本の歴史となり皇統の歴史である、天皇の歴代天皇は祖となり神となっているのが日本の歴史である、皇国史観となる、

要するに先祖でも死んでから半世紀とか一世紀とかたつともうその生々しい存在はなくなり神となるのが歴史である
家族でも死んで十年でも二十年でもまだ生々しい生前のことが浮かぶが半世紀とか一世紀も死んでからたつとなるとそれはもう生々しい人間としての感覚もなくなって神となってしまうのである

ただそうであっても人間は死んでも消えない、歴史的存在としては生き続けるのである
その子がいてまた孫がいてやはり家族の中で歴史的存在として生きつづける
動物は一代で終わりであるが人間の特徴は歴史的存在として長く生き続けるのである
遅きに失したが家族が全部死んでそうした認識が芽生えたとなる
親がいて創始者が創業者がいてこの家が成り立っていてその後継いだとなる
それももう自分も老人であるから遅かったのだがそういう意識を認識をもったのである
人間の生は確かにはかない、みんな死ぬ、でも人間は家族でも歴史的存在としては百年とかそれ以上悠に生き続けるのである
だから家族として家系としてではなく人間で大事なのは中国では青史に残ってこそ生の意味があったとなる
そういう長期的な視野が中国では育った、中国は歴史の国だからである
現代は中国に学ばなくってその辺がわからなくなったとういことはある

述懷<ョ山陽>  

十有 三春秋
逝く者は 已に水の如し
天地 始終無く
人生 生死有り
安んぞ 古人に類するを得て
千載 青史に列せん  


人間の存在は青史に残ることにこそ生きる意義があるというのが中国的死生観である
そうでなければ人間の存在はあまりにもはかないとなるからだ
そういうふうに歴史的存在としての人間を認識して生きる、長期的展望の下で生きる
目の前の利にばかり追われて一生を終えるなということになる
その長期的展望とは国家自体でもいえる、現代は忙しくただ目の前の利に追われているだけだとなる
中国から学ぶのはこの歴史感覚である、そこから様々な教訓がそこから生まれた
人間でもだから50年後とか100年後に残る仕事ができるかなのである

現代はただ情報環境が発達しているからただ今目立つことにエネルギ―をそそぐがそうしたものはうたかたのように消えてない、もし50年後に100年後でも残るものなら青史に名を残すとなる
ただ別に一般庶民でも歴史はあり歴史的存在として家系に残り続ける
ただ現代はそうして家というものの紐帯が薄れている、核家族とかなったのもそうである、会社社会工業社会になったとき家というより会社員となり工員となり核家族化したのである
そのアイディンティティが・・・・会社に勤めていますということでわかる、それが名の知れた会社ならその人は一目置かれるとなるからだ、昔は家がアイディンティティの基だったのである、武家では特にそうだった 
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つまり自己のアイディンティティでの認識は先祖をたどる歴史的認識だったのである、こういうアイディンティティは古今東西変わりない人間的存在意識の確認なのである
先祖がどうだとか家系がどうだとか言うのは古いともなるが何かかえって現代では様々なアイディンティティでが喪失して無数の砂粒のようになっている、何か自己のアイディンティティでを確認できなくなる、それで自分のルーツを探る人が増えてくる面もある
何か自分のプログでも家系を姓名からたどる人がいるからである
野馬追いの旗印もそうした家のアイディンティティなのだがそれが不明になった、なぜあんなに旗印が多様なのかたどりえようがなくなったのである、ただここで名乗ったようにこうして先祖をたどるものとして旗印があった印なのである
もう一つは大和国の住人とある時その住んでいる地域がアイディンティティになる、それも江戸時代までは強かった
どこに住んでいるかでその人を見るのである、今はその住んでいる場所よりどこの会社とかに所属していることがアイディンティティでになる、だから故郷でも愛着がなくなって原発事故で避難者は若い世代は流出したともなる
老人は故郷に愛着があり帰ったというのもわかる

ともかく天皇でもそうだがそうして親から子へ孫へと一つの系統として歴史を認識することはわかりやすいとなる
それが父系になるということは東西で同じであり父親の重みが自ずと認識されたためである
別に女性差別ではなく世界中でそうなっているからである、母系はあったが廃れたのである


posted by 老鶯 at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2018年10月16日

原発訴訟−津波は東電で想定されていたが隠していた (極端な秘密隠蔽が大事故になった−マスコミも知っていて知らせなかった)


原発訴訟−津波は東電で想定されていたが隠していた

(極端な秘密隠蔽が大事故になった−マスコミも知っていて知らせなかった)


保安院は06年にも想定以上の津波対応を求めたが東電は具体的な対応をせず、08年になって初めてシミュレーションを実施。最大15・7メートルの津波が第1原発を襲う可能性があると想定したが、それに見合った対応は見送られた

【スクープ速報!】「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!震災から5年、東電が「巨大津波」を予測できていた「新証拠」を福島原発告訴団・代理人の海渡雄一弁護士が岩上安身のインタビューで証言!

「何度も司法記者クラブで話したが、新聞は記事にしなかった」衝撃の事実をIWJで公開!!

数百億円の費用がかかると。さらに、防潮堤を建てると地元住民の反発により、原子炉をストップさせなくてはならない可能性があると。つまり、高い防潮堤ができれば、津波が来れば原発も危険なのだと住民が感じるからというのが理由です。だからこの問題はこの問題は『いったん』先送りして、何年も先に土木学会で調査してもらうということにしました。



お隣の女川原発はすでに貞観タイプを想定して報告書を原子力安全・保安院に提出ずみだった。女川と同じ貞観タイプの波源を想定すると、福島第一は4m盤の非常用ポンプが運転不能になることもわかっていた。



原発の問題は過度に秘密主義になっていたことである

「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!震災から5年、東電が「巨大津波」を予測できていた「新証拠」を福島原発告訴団・代理人の海渡雄一弁護士が岩上安身のインタビューで証言!

「何度も司法記者クラブで話したが、新聞は記事にしなかった」衝撃の事実をIWJで公開!!


何度も話したが記事にしなかったというのは重大な報道の意図的な隠蔽だったのである
だからマスコミは信じられないとなったのである、今回の原発事故でもあらゆるマスコミが「安全神話」に組みするものであり
危険は報道されない、それは多額の800億円とかの宣伝費が電機連合とかから流れていたからである
それだけの金が電気連合にあったとなる、それで原発を推進させたのである

新聞は記事にしなかった、福島県の福島民報と民友でも報道しない
なぜなら民報は福島県の出資が50パーセントであり官報と同じである
原子力村と一体化した仲間だったからである
だから報道すらしない、その報道されないことで関心がもたされないのである
つまり報道されないことに重要なものがある
記者クラブで話しても報道されなかったのである
福島民報でも民友でも記者クラブにかかわっているから知っていたとなるからだ

問題は原発というのは過度に秘密主義になるのは何か危険を言うととめられるとか住民が騒ぐとかで何も知らされない、そして事故になったとき避難訓練もしないから浪江の人たちは一番危険な山側の津島に逃げたのである
住民は何も知らなかったのである、それで東電の社員が海側に逃げた方がいいと教えられて住民が海側に戻ったのである

東電社員は危険を知っていた!!!!!

東電社員は科学者集団であり優秀だなとつくづく思った
第一この辺で津波が起こるなど聞いたこともない、津波は来ないとこの辺で確信にもなっていた、貞観津波は800年だから千年以上前だとするともう来ないという感覚になる
でも東電ではそれを想定していたから優秀だと思う
女川原発はもともと最近でも三陸で津波があったとかあり危険を感じていたから違っていた、福島原発は津波は来ないとみんな思っていたのである

この問題の核心は何か?原発の過度な秘密主義が事故になった
別に公開してもいいのだが地元のマスコミですら報道しない、報道管制がしかれていた
それは戦争と同じである、一切不利な情報は出さないのである
勝ったという情報しか出さないのである

なぜこれが今になって重大なことだったか?
それは危険も恐れずに公表していれば

この辺にも15メートルもの津波が来るのか?

これを知っただけでも津波への警戒が生れていた

するとそういう警戒があれば津波だというとき時間的余裕が40分ほど地震が起きてからあったかち頭にそのことが入っていると避難して助かった人もいるかもしれない
まず津波は来ないという確信までになっているから避難しなかった人も多いのである
もしこれが公表されて注意されていたら東電にいろいろあっても感謝されたとなる
やっぱり東電は優秀な科学者集団だとなっていたかもしれない
つまりあまりにも過度な秘密主義になっていた
それは常に原発は危険だということを言うことはタブーとなる
科学者はいろいろ危険を知っていても言わせない、御用学者を使って言わせない
少しでも危険を言うと地元でも不信感になり原発がとめられるからである
それで知っていても報道機関は地元でも報道しなかったのである
ここにマスコミの責任もあったのである
なぜならマスコミと東電は一体であり宣伝費をもらっていたからである

原発がそもそせ危険なことは東電でも科学者でも最初から認識していた
だからこそ東京に作ればいいのだが離れた福島なら安全だということで作った
そこからして原発は危険だからそうなったのである
そしてわずかでも危険を言うことはタブーになり「安全神話」が保安院とか東電とかマスコミとかが一体となり作られたのである

原発は近くにあっても一般人は立ち入ることもできない、厚い秘密のベールにつつまれていたのである、そこにも専門家がいて何も知らされないのである
それは専門家時代でイリエチが指摘したことである

お前ら原子力のことが核のことがわかるのか?
お前らは医学のことがわかるのか?
お前らに法律のことがわかるのか?

こうして専門家に牛耳られる、そして結果的に何か事故が起きても医療ミスが起きても専門家集団は権力をもっているから明らかにされたり罪にされることはなかなかないのである     

何か重大なことが知らないうちに進展している!   

そもそも政治でも関心をもたないと重大なことがそこで決められあとで知ってもどうすることもできない
その関心をもたせることがマスコミ、報道機関の役目なのだけど実際はその役目を果たしていない
重大な事実すら知らされないのである                                                      

はじめから危険なものは作るべきではなかったともなる
日本では地震が多いし津波だって起きるから外国とは条件が違うからである
その危険を言って納得されないなら作るべきではなかったのである
現実に全然原発でも地元の人でも何もわからないかというとそうでもなかった 
新潟県の巻町では住民投票で反対が決まり作らせなかった

結果は投票率88.29%、投票総数 20,503票、原発計画反対が12,478票(61.22%)、賛成が7,904票(38.78%)でした。そしてその後も、2003年12月に東北電力が「計画断念」の声明を出して、30年以上に渡る長い議論に終止符が打たれました 

ただここで問題なのは原発は一地域の問題ではない、広範囲なものになるからもっと広い範囲で是非を決めるべきものだったのである30キロ内とかだけではない現実にこの辺は福島市まで影響したし福島県全体の問題に波及したからである
住民投票となると福島県全部を巻き込むものとしてする必要すらあったのである
現実に避難者は福島県全体に避難したしまた周りの県にも避難したからである

いづれにしろ原発の極端な秘密主義が今回の事故をまねいたのである
別に科学技術でも危険はある、完全な安全などないのである、だから交通事故は一定程度死者もありそれを容認して車社会になっている、鉄道だって完全な安全はない、どんなにししても事故がおきないとは言えないしそのことはみんな承知しているのである
飛行機でもそうである、そのことで事故があれば責めはするがある程度容認範囲にある
ただ原発だけはそうはいかなっかた、ちょっとでも安全ではないと言えなかった
そのことが大事故につながっていたのである、だから最初から政府でも東電もでも科学者もそのことを知っていたのである
でも「安全神話」を作り必死に秘密を守り知らせなかったのである、それが大事故になりとりかえしのつかないものになったのである。

私もインタ−ネットで原発事故の六年前に相馬市の奥まで津波が来たというボーリング調査があった、それは貞観津波のものだった、それをホームページで報告していた
だから確実に貞観津波はこの辺でも大きな被害があった
ただその時はこの辺は人があまり住んでいないから人的被害はあまりなかった、慶長津波の被害は大きかったが記録には何も残っていない
ただ700人溺れ死んだと相馬藩政記に記されていただけなのである
その時この津波があるとすると双葉とかの原発にも津波が来ると私が発想する、イメージできればかなり違っていた
なぜか原発に無関心だったのである、30キロ離れているから関係ないと思っていたのである、原発事故は広範囲に影響する
それが今回の事故でわかったのである

この期待を持って発掘を試みたところ、厚さ数pの砂の層が仙台平野の広範囲にわたって分布 している事実が明らかにされました。様々な地球科学的分析により、砂は津波によって運ばれ堆積 したと結論されました。地層に含まれる木片の放射性炭素年代は、砂層の堆積年代が貞観の時代を 示唆しています。す同様の砂層が相馬市でも発見され、津波堆積層の広がりから正史の記録に誇張 はないと判断され、津波は仙台平野を水浸しにしたのは事実のようです。

貞観津波の数値的復元に成功しました。 これにより、仙台平野の海岸で最大で9mに達する到達波が、7・8分間隔で繰り返し襲来したと推定されました。

相馬市の海岸には更に規模の大きな津波が襲来したようです。将来予測は、科学の最大目的の1つです




posted by 老鶯 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る


仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る

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真野の一石坂を上る長町の歩く会の老人



朝に駅に行ったら老人が十人とかおりてきた
どこからきたのかと聞いたら仙台の長町からだった
街道を徒歩でゆくそうである
他に街道を歩いている、相馬市の日立木の松並木の街道は歩いている
個人的に歩く人は時々みかける、やはり歩くと実感できるものがある

その一団は街の中を通り自分の家の近くの神社まで見にきた
何か結構詳しく事前に調べている
一石坂をのぼり日吉神社によった、原町まで歩いて原町駅に行き小高に行き浪江まで行くという、結構な道のりだけど歩くことが目的でもある
本当に歩いてみないと実感しないことがある
私自身がこれだけ旅ししても歩く旅はしていない、それが問題だとなるが疲れるから嫌なのである

長町というと歴史があり何か紹介したものをインタ−ネットで読んでいたことがある
長町は今は急速に変わった、高いマンション開発地に立っていたのには驚いた
良く長町から広瀬川を通り仙台に行っていた、でも最近は仙台に行かない
もう今年は半年以上行っていない、ほとんど近間しか行かない
それは介護になってから遠出しなくなったのである

ただ長町でも東北の歴史とか関係しているかしら興味がある
最近インタ−ネットでは郷土史関係の情報が濃密にある
本だけだとなかなか郷土史はわからない、でもインタ−ネットだと調べたりして地元の人が書いている、それで郷土史でもつながりができる
一地域の歴史でも他の土地とつながりがあるからそれで関連させることができる

宮城県仙台市太白区――舞台(ぶたい)―― 記事をクリップする

 坂上田村麻呂の祖先である東漢(やまとのあや)氏は、後漢霊帝の末裔を自称しておりました。彼らは何故か漢高祖帝に血脈を繋げようとするわけですが、その実は高句麗系渡来人と考えられております。私の持論では、アテルイらいわゆる蝦夷(えみし)も高句麗系騎馬民族と限りなく密接な関係であり、それ故に田村麻呂の蝦夷鎮圧もすんなり成功したものと考えております。それらを踏まえて「武帝」とは彼らを指し示す

 こういうことが書いてある、これも今まで渡来人のことでこの辺のこと真野の草原のことを探求ししてきたがどうしても蝦夷とは蝦夷(エミシ)は渡来人と関係しているのである

いづれにしろ今日は秋晴れとはいかないが晴れていて歩くのにはいい天気だった
ちょっとはガイドした、やはり地元のガイドが必要になることはある
ただちょっとだけ話しただけである
ただあの人たちはかなり街道沿いを調べて歩いている
自分のすぐ近くの神社まで来るとは思わなかった、あういう趣味はいいと思う
歩くことは健康的だし知的にもなるし文化的でもあるからいいのである

老人の街道歩む柿なりぬ