2018年08月25日

日本語が解明できないのはなぜか? 日本語の起源がわからないのはなぜか? (日本語の基礎は縄文時代から早い時期に形成されたため)


日本語の起源がわからないのはなぜか?

(日本語の基礎は縄文時代から早い時期に形成されたため)

言葉は高度な文化であり文化の基礎にある、言葉がない社会は人間社会ではないともなる言葉をもったとき人間になったともなるからだ
ただ言葉はどうして生まれたのかとなるとほとんど解明不可能である

これもこじつけかもしれないが鏡(かがみ)とはかがむという動詞が変化した
かがんで見るからカガミトなった、まず三種の神器に鏡があるときその前に鏡はない
では何かを見るとき写すときどうしていたのか?
それは水に水たまりでもいい,池でもいい、水に写していた、姿見の池とかあるのはそのためである。水は鏡代わりになっていた
その水に姿を映すときかがむ姿勢になる、そこからかがんで見るから鏡(かがむ+見る)鏡になった
どうしてそういう言葉ができたのか本当に不思議であり謎が多い、これも実際はこじつけだともなる

話すという言葉でも離れるとか放つとかなり言葉を話すことは離れる放つと同義語としてある、実際に口から放たれた言葉は離れてゆくからである。
一方で語るは形に関係していて型にはまるとかなる、語ることは型にはまったことを語るともなる、話す語る同じように話すことでも違っている

食うというとき食べるというのもある、この意味は同じではない、賜る(たまわる、
た・ぶ 【賜ぶ・給ぶ】であり食べるは日本語でも意味は同じでも違っている
食うは東日本の言葉でありたぶは西日本の言葉であり貴族の言葉から発しているのかもしれない、食うは何か下賤な言葉に感じるとき西日本の人たちは東日本の原住民の蝦夷を駆逐したからだろう、ても食うでも咥(くわ)えるから発しているとなれば動物が獲物をくわえている姿を見てこの言葉が生まれた、食うとはだから動物を食うことかもしれない
植物だと咥(くわ)えるとはならないからだ、とるとかになる、食べるがたまわるでありそれは農耕民的言葉なのかともなる、ただ食べるは西日本に分布して食うは東日本だとするとそこに文化の相違が生活形態の相違があって言葉の相違が生まれたともなる

面白い見解として日本語では物を数える場合、木なら一本二本であり花なら一本二本であり船なら一艘二艘であり家なら一軒二軒でありあとは一頭二頭とか一匹二匹とか数え方が違ってくる、英語だと関係なくone two threeなのである
英語でこだわっているのは単数と複数なのである。
これも一見たいしたことでもないようにしてもその背景に文化の相違がある
英語の方が抽象化の度合いが高いのである、数学的思考がありそれは高度な抽象化なのである。

言葉でも最初はあらゆるものに個別的に名前をつけてよぶだろう。木でも動物でも花でもそれを一個として抽象化することは高度な抽象化である
その物のもっている属性をただ数としてとらえるからである。
そうして数としてこの世にあるものを数値化される、それは高度な抽象化でありそれによって社会の現象でも数値化されるからである
ただそうして数化されるとその物のもっている属性は失われる、ただ一個のものとして認識されるからだ、人間も名前で呼ばれないで病院で怒った人がいたがそれと同じである
その人間の属性はなくただ一個のものとされるのである

だから言葉の背景には文化があり言葉が高等になればその文化度は高いのである
日本語は混成語だけど漢字も取り入れて相当に高度な言語である
ということは高度な文化が日本語の基礎語から漢字を取り入れて完成していたからだとなる
言葉がただ言葉から高度化するのではない、石器の発展とか農耕が入ってくればそのために新たな言葉が必要になる、言葉は文化や文明の形成とともに新たに作られる
それは西欧文明が明治に入ってきたとき日本人は訳すのに苦労したと同じである
その言葉のバックには西欧の文明と文化がありそれを日本語とか漢字で訳すのに苦労したそういう概念もないから苦労したのである。
rightは正しいという意味でも権利とした前は権理だった、でもこれでは権という漢字からイメージするから違ったものとして現されて誤解しやすいものとなったのである


 およそ1万年から2万年前、古極東アジア語が使われた地域は、日本海を内海として ほとんど地つづきの状態であった。”日本湖”も冬季は氷結して渡りやすい所が多かった
 と考えられる。したがって、この古極東アジア語はある程度の統一性をもっていた可能性 が大きい。


ここのサイトでは日本語の起源の謎を詳しく説明している
日本語は本当に謎である、印欧語のように系統化されないから一体どこから来たものなのか起源をもつものなのかいくら必死になって学者がつきとめようとしてもわからないのである
それはこのように日本語は縄文時代一万年とかあるとしたら古い時代に基礎となる言葉が作られて長いからである。
そしてある程度大陸と陸続きとか日本海が湖になっていたとかあり移住しやすい時移動して住んだ人たちがいてそのあとに海になり閉鎖された環境になったことでその言葉がどこから来たものかわからなくなった、混成後にもなりわからなくなったのである。
それだけ日本語は古い言語だからその元をたどることができなくなったのである。
ということは縄文時代が一万年あるとして日本の文化はそれだけ古いともなる

英語はゲルマン人のゲルマン語が基でありそれがデンマークとかスエ―デンとかイギリスに民族移動とともに波及したことは明確である。
日本もそういう民族移動があってもその元となるものが不明なのは早い時期に日本語が確立して海によって閉鎖されたからだとなる          
だから孤立語のようになりその起源を探ることができなくなったのである
つまり日本では鎖国があったように海に囲まれることで閉鎖されたことによりかえって独自の文化が歴史を形成したということがある
大陸と陸続きだったからこうはならないからである。
つまり陸伝いだと外国の文化でも人でもモンゴルのように一挙に押し寄せる
征服もされる、日本は海に囲まれているからそれができなっかた
ただ海を伝っていろんな民族が日本にまじり混成後となり日本文化を文明を形成したとなる
だから日本人は日本語にアイディンティティがありそれを大事にしなと日本文明は喪失して日本文化も消失する
グロ−バル化社会だから英語にするというのは日本文化の文明の消失でありその時日本は共通の根をもたないアイディンティティでを失った根無し草になる
それで万葉集は日本の宝となる、それは純日本語で歌われたものだからである。
漢語はなく日本人の言葉で歌われたものだからである。
そこに万葉集の大きな意味がある

日本人の起源

ここは相当に詳しい、日本人の起源論を最新の研究で展開している
引用したのもここからである


好きこそ物の上手なれ (人間向き不向きがある)


好きこそ物の上手なれ

(人間向き不向きがある)


人間にはつくづく生まれつきがあり向き不向きがある、そればとうして作られるのか?
それは必ずしも遺伝とかでもない、家庭の環境とかも大きく作用している
モーツアルトが生まれたのは幼児の時から親が音楽家であり音楽一家だったからである
そういう家に生まれたから感性が自ずと養われたのである。
もちろん才能とか遺伝も関係している
でも才能が生まれつきあったとしてもそういう環境がなかったらその才能は活きてこないのである。
だから才能を活かした人はまれなのである。
時代でも才能は活かされない、戦争では優秀な才能ある人でも天才でも若いうちに戦場の露と消えたのである。

才能というとき何かノーベル賞をもらうとか天才芸術家のようなものをイメージする
でもこの世には無数の職業がある、そこに向き不向きがある
畑をしている女性は農家の生まれである、その女性はつくづく農民として生まれもまた体つきでも力あるから向いていると思った
そうして根っからの農民とかの人がいるのだと思った
その女性は生まれつき環境でせ農民だった、だから本当は農業しているのが向いていたのである。金にならないから農業を継ぐ人がいないと荒地が増えた
でも農業に向いた人はいるから本当は農業をしていた方がいいとなる

大工さんでも知ったがその人の体をみると自分などと全然違うのである。
体がしまっている、柔道の有段者のような体をしていた
きびきびと体が動くのである。その人は一人親方でもあり経営もできる
その人はそうしていろいろなことができる、大工でも庭作りでも壁塗りまでしているとか一人で何でもできるのだ、庭作りもできる
その人は最初は大工でもうまい方ではなかったというが生まれつきだといとき体力も関係している、体力は生まれつきである
その人の欠点は何かということ奇妙だが何でもできること八方美人であり器用貧乏になっている、その人の問題はそうして稼ぐことができるが稼げるならなんでもいいということでなんでもするのだがブラックなことにも手を出している
そんなことをしなくてもその人はそれだけの才能があるのだからする必要がない
でも金がいくらでも欲しいとなりそうなった、原発でも金になるからと賛成していたのである。
その人は大工として大成している、だからそんなにいろいろなことをする必要はなかったのである。

要するに人間は根っからの農民とか職人とか商売人がいる
それはどういう土地で生まれたかにもよる、環境にもよる、大阪とかだったらもうかりまっかとか普通にずけずけいう、それは大阪ではみんなそういう商人の言葉使いになっているからである。それは日常語になっているのだからそうなる
当然商売人に向いている、近江商人の出の人と出会ったが外国でもねぎるのがうまいのである、自分もまねてしてみたがかえって失敗した
そんなに値切る場面ではなかったからだ、そこでしかられたりした
そして東北人はまず商売に向いていない、言葉からしてズーズー弁であり向いていない
東北人は一見見るとわかる、真面目で硬い表情でありうちとけない
だから東北人は農民とか職人とかに向いているが商売人には向いていない

それで知っている人は理系の職人の仕事を会社でしていたが事業起こして借金になり失敗した、事業になると商売人にもなるし職人ではできないからである。
向かないことをすると失敗する、金になるならない前にその人はすでに向かないことをしているということで失敗しているのである
ただ常に例外があるしみんながそうではない、伊達政宗などは商人的気質があったのかもしれない、仙台弁は語尾にだっちゃだっちゃという、これは相馬弁のんだとはかなり違った響きなのである。仙台は繁華な町だったからそうなったのかともなる
そういう土壌があったのかとなる

人間はこうして生まれ育った地域でも向き不向きが生まれる、そして向かないことをやると不幸になる、医者の家に生まれたからとみんな医者に向いてはいない
例え一流大学の医学部を出ても手術がうまいのは手の器用さだとかなり学歴ではない
それは生まれつきなものだろう、だから親が医者だからと医者になるのがみんな向いているわけではない、でもそうなっていることが問題であり結果的に患者がそういう医者にあたると被害まででるから怖いとなる

人間は向かないことをしていたら不幸になる、それがいくら金になるとしても不幸になる性格でも内向的な人間は外交的な営業とかするのは向いていないだろう
政治家などにも向いていない、学者とか職人とか芸術家なら向いているとなる
自分は内向的だから何か学問とか芸術とかを追求するのに向いていた
ただ学問を学校時代は大学でも嫌っていたのである。
もし死ぬ頃になって自分は学問に向いていたなどと知る
人間はこうして本当にその人に向いたもの才能でも開花させることが至難なのである。
それは生まれつきが才能があったとしも活かされないからである

なぜ三分の一が会社に入ってもやめるとか離婚が三分の一とか江戸時代でも多かったのかそれはやはり性格でも違っているし育ちも違っているし会わなくなるである
つまりそれぞれの才能でも性格でも違っているし育った環境も違っているからである
第一才能を活かすにしてもそういう場が与えられる人はまれだからである
自分の場合は特殊であり自分なりのものを追求できたとはなる
それでも自分にはほかにいろいろな可能性があったとか老人になって悔やんでいるのである。それは人間の才能とかは本当に埋もれてしまう、活かされない方が圧倒的に多いからである。
別に数学が得意でなくても何か教育で興味をもつ方法はあった、でも受験勉強だけで本当に興味のあることを追求できなかったとなり後悔しているとかなる

結局諺は今も生きている真理である

好きこそ物の上手なれ

好きでないことを無理やりしてたらいくら金になっても不幸て人生だったとなってしまうのである。

 この諺についての関連したサイト             

ここでは好きだと長続きするが好きでないものは長続きしない、強制されてやることはかえって他者も不幸にする、その人のあったことをしていれば他の人にもいい影響がある
つまりり花でもいろいろな花があり咲くにふさわしい場所がある
生け花をフラワーアレンジメントをしていだかあきて中止している
それはなぜか?
花は野に咲いているのがふさわしいからである。野に山に咲いている花は自然である
生け花は人工化したものだからである。それはそれとして意味があっても野に咲いている花は飽きない、畑に咲いている花でもそうだしもともと花は自然の野に咲いていたからである。自然の光と風と風景の中にマッチして咲いている時一番美しいからである。
人間もまた同じだったのである。その人なりのあった所に生きるのがふさわしいとなる
そして人間社会が不幸なのはみんなそうなっていないからである。
いろいろなことで金になるならないとかで人生が決められたり時代の影響でもその人なりに生きられないから不幸な人が多いのである。