2018年08月25日

日本語が解明できないのはなぜか? 日本語の起源がわからないのはなぜか? (日本語の基礎は縄文時代から早い時期に形成されたため)


日本語の起源がわからないのはなぜか?

(日本語の基礎は縄文時代から早い時期に形成されたため)

言葉は高度な文化であり文化の基礎にある、言葉がない社会は人間社会ではないともなる言葉をもったとき人間になったともなるからだ
ただ言葉はどうして生まれたのかとなるとほとんど解明不可能である

これもこじつけかもしれないが鏡(かがみ)とはかがむという動詞が変化した
かがんで見るからカガミトなった、まず三種の神器に鏡があるときその前に鏡はない
では何かを見るとき写すときどうしていたのか?
それは水に水たまりでもいい,池でもいい、水に写していた、姿見の池とかあるのはそのためである。水は鏡代わりになっていた
その水に姿を映すときかがむ姿勢になる、そこからかがんで見るから鏡(かがむ+見る)鏡になった
どうしてそういう言葉ができたのか本当に不思議であり謎が多い、これも実際はこじつけだともなる

話すという言葉でも離れるとか放つとかなり言葉を話すことは離れる放つと同義語としてある、実際に口から放たれた言葉は離れてゆくからである。
一方で語るは形に関係していて型にはまるとかなる、語ることは型にはまったことを語るともなる、話す語る同じように話すことでも違っている

食うというとき食べるというのもある、この意味は同じではない、賜る(たまわる、
た・ぶ 【賜ぶ・給ぶ】であり食べるは日本語でも意味は同じでも違っている
食うは東日本の言葉でありたぶは西日本の言葉であり貴族の言葉から発しているのかもしれない、食うは何か下賤な言葉に感じるとき西日本の人たちは東日本の原住民の蝦夷を駆逐したからだろう、ても食うでも咥(くわ)えるから発しているとなれば動物が獲物をくわえている姿を見てこの言葉が生まれた、食うとはだから動物を食うことかもしれない
植物だと咥(くわ)えるとはならないからだ、とるとかになる、食べるがたまわるでありそれは農耕民的言葉なのかともなる、ただ食べるは西日本に分布して食うは東日本だとするとそこに文化の相違が生活形態の相違があって言葉の相違が生まれたともなる

面白い見解として日本語では物を数える場合、木なら一本二本であり花なら一本二本であり船なら一艘二艘であり家なら一軒二軒でありあとは一頭二頭とか一匹二匹とか数え方が違ってくる、英語だと関係なくone two threeなのである
英語でこだわっているのは単数と複数なのである。
これも一見たいしたことでもないようにしてもその背景に文化の相違がある
英語の方が抽象化の度合いが高いのである、数学的思考がありそれは高度な抽象化なのである。

言葉でも最初はあらゆるものに個別的に名前をつけてよぶだろう。木でも動物でも花でもそれを一個として抽象化することは高度な抽象化である
その物のもっている属性をただ数としてとらえるからである。
そうして数としてこの世にあるものを数値化される、それは高度な抽象化でありそれによって社会の現象でも数値化されるからである
ただそうして数化されるとその物のもっている属性は失われる、ただ一個のものとして認識されるからだ、人間も名前で呼ばれないで病院で怒った人がいたがそれと同じである
その人間の属性はなくただ一個のものとされるのである

だから言葉の背景には文化があり言葉が高等になればその文化度は高いのである
日本語は混成語だけど漢字も取り入れて相当に高度な言語である
ということは高度な文化が日本語の基礎語から漢字を取り入れて完成していたからだとなる
言葉がただ言葉から高度化するのではない、石器の発展とか農耕が入ってくればそのために新たな言葉が必要になる、言葉は文化や文明の形成とともに新たに作られる
それは西欧文明が明治に入ってきたとき日本人は訳すのに苦労したと同じである
その言葉のバックには西欧の文明と文化がありそれを日本語とか漢字で訳すのに苦労したそういう概念もないから苦労したのである。
rightは正しいという意味でも権利とした前は権理だった、でもこれでは権という漢字からイメージするから違ったものとして現されて誤解しやすいものとなったのである


 およそ1万年から2万年前、古極東アジア語が使われた地域は、日本海を内海として ほとんど地つづきの状態であった。”日本湖”も冬季は氷結して渡りやすい所が多かった
 と考えられる。したがって、この古極東アジア語はある程度の統一性をもっていた可能性 が大きい。


ここのサイトでは日本語の起源の謎を詳しく説明している
日本語は本当に謎である、印欧語のように系統化されないから一体どこから来たものなのか起源をもつものなのかいくら必死になって学者がつきとめようとしてもわからないのである
それはこのように日本語は縄文時代一万年とかあるとしたら古い時代に基礎となる言葉が作られて長いからである。
そしてある程度大陸と陸続きとか日本海が湖になっていたとかあり移住しやすい時移動して住んだ人たちがいてそのあとに海になり閉鎖された環境になったことでその言葉がどこから来たものかわからなくなった、混成後にもなりわからなくなったのである。
それだけ日本語は古い言語だからその元をたどることができなくなったのである。
ということは縄文時代が一万年あるとして日本の文化はそれだけ古いともなる

英語はゲルマン人のゲルマン語が基でありそれがデンマークとかスエ―デンとかイギリスに民族移動とともに波及したことは明確である。
日本もそういう民族移動があってもその元となるものが不明なのは早い時期に日本語が確立して海によって閉鎖されたからだとなる          
だから孤立語のようになりその起源を探ることができなくなったのである
つまり日本では鎖国があったように海に囲まれることで閉鎖されたことによりかえって独自の文化が歴史を形成したということがある
大陸と陸続きだったからこうはならないからである。
つまり陸伝いだと外国の文化でも人でもモンゴルのように一挙に押し寄せる
征服もされる、日本は海に囲まれているからそれができなっかた
ただ海を伝っていろんな民族が日本にまじり混成後となり日本文化を文明を形成したとなる
だから日本人は日本語にアイディンティティがありそれを大事にしなと日本文明は喪失して日本文化も消失する
グロ−バル化社会だから英語にするというのは日本文化の文明の消失でありその時日本は共通の根をもたないアイディンティティでを失った根無し草になる
それで万葉集は日本の宝となる、それは純日本語で歌われたものだからである。
漢語はなく日本人の言葉で歌われたものだからである。
そこに万葉集の大きな意味がある

日本人の起源

ここは相当に詳しい、日本人の起源論を最新の研究で展開している
引用したのもここからである


2018年08月26日

駅の半自動の新しいドア (大阪の人と話する)


駅の半自動の新しいドア

(大阪の人と話する)

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開けるとき矢印のところまで開けないとまたしまるので注意

鹿島駅のドアは前はさびついて重くあきにくかった、それで駅の人に直すように言ったら直したのだがまだ不十分だった
今度は半自動にしたと聞いた、完成したのは電気式ではないが
確かに半自動である、写真の矢印を越えると自動的にしまる
でも開けるときは矢印のところまであけないとまだ自動的にしまる
でも軽くなったから楽である

駅は何か改善している、改善するところがある
新しいドアは寒くなると必ず閉めるから直す必要があった
でも改札口は直していないから風が入れば寒いとなる
見にくい所にあった電車料金表も下に置いて直した
上を見上げてわかりにくかった、それは駅の人が自発的に直したのである。
原町行と仙台行きのホームがわからない人がいると言ったのは自分でありそれも表示したのだが何かわからない人がまだいる

今日駅であったのは大阪の人である
何かマラソンして高速のサービスエリアの近くの寮に帰ると言っていた
それで大阪のことを話した

「大阪の人は気楽に誰にでもはなしかけるんだよ 
道がわからないときは東京じゃ、そっけなく方向だけ言うが大阪の人だと
いっしょに行きますかとかなる、おせっかいなんだよ、誰にでも話かけるんだよ」
「大阪の人は言葉からして違っているからな、気楽にしゃべれる言葉なんだよ
東北人は硬い表情の人が多いから近寄りがたいということがあるからな」
「大阪人はおっせいだしせっかちなんだよ、東京の人は信号わたるにしても
赤になってからだけど大阪人はその前にわたるんだよ」
「東京人と大阪人は違うよな」
「大阪は大阪人の街なんだよ、だからおせっかいにもなる」
「大阪弁だと通じやすいよな」

その人はまたしきりにここはいいところだよ、大阪では24時間休みがない、ここは6時ころなると店もしまる、人もいい人が多いとか言う
確かに都会と東京大阪と比べると田舎の夜は静かだし真っ暗である
何か大阪の人とは何人もあった、他にもあったが、ここはいい、田舎はいいと言う人が多かった、大阪とこの田舎ではその相違が大きい
ただ田舎がいいというときここがいいというとき一時的に田舎を見ているからである
田舎の悪い点もありそれは住んでみないとわからないのである
つまり一時的に滞在するような人はそういう悪い面を見ないのである、見えないのであるただ老人になってからは田舎で生活する方がいい、どうしてもあんなに混雑した所にいるのは向いていないからである。
それでこれからは田舎は限界集落とか騒いでいるが逆に田舎に移り住む人も増える
田舎の良さを見直す時代になる、でも限界集落のような所には移り住むことはできない
この辺だったら一万であれとなりでも4万くらいの都市があるから生活するにもさほど困らないからいいのである



タグ:大阪の人

平均的人間はいらなくなる? (国を豊かにするにはイノベーションが欠かせない)


平均的人間はいらなくなる?

(国を豊かにするにはイノベーションが欠かせない)


「今はアリのように働いても豊かにならない」
今までは勤勉が国を豊かにする、勤勉さが価値だった
勤勉なこととは何か創造的なことをすることではない
与えられた仕事を毎日同じようにしてこなすことである
そこで何か工夫したり何か発明したりすることではない
明治以降の教育はそうした大量生産の規格品を作ることだった
それが学校もそうした大量生産の規格品を作るために作られた

一人一人の非効率的な作業でなく集団で作業する必要が大きくなってきた世の中です。雨が降ったら仕事をしないとか、時間が適当とかそういったことは許されません。決まった時間に集まり作業する必要が出てきますが、そのためには、訓練する場所が必要です。少し考えてみてください、朝起きて、ご飯を食べて、時間通りにその場所に行くというのが、国民として義務づけられるのはいつからでしょう?そうです小学校からです。

学校はあくまでも平均的な人間を大量生産して社会に出たら大量規格製品を作ることだった、だから創造的作業より暗記とかが大事になる
人間をロボットのようにすることが学校の目的だったのである。
でもなぜ今はそうして勤勉と平均的な人間育成を否定的にとらえるようになったのか?

最近盛んにAIになると決まりきった仕事をする職はなくなるとかサラリーマンがなくなるとか言われる、そしてベーシックインカムが現実化するということを言う
これも団塊の世代などからすると何なのだろうとなる
企業戦士として会社に命まで献げることが要求されたしその通りにして生きてきたからである
それがおおぴっらに言われることが解せないのである
時代が変わるとそうなるのか?アリのように働くことが日本人として勤勉でありすすめられていたからだ

ところが資本効率からすると機械で生産の効率をあげるのと機械を使って資本効率をあげるのでは機械の方が有利になった、すると会社では機械を使った方がコストがかからないのである。その仕事はロボットの方が効率的で金がかからないからである
それで中国では麦刈りは人海戦術でしていた、でもコンバインだと千倍の収穫を機械一台でししてしまう、その差はあうまりにも大きく出稼ぎ労働者は必要なくなったのである

社会は今は蟻のように働くものは機械が代わってする、家事でも戦前では中産階級でも二人の女中を雇っていた、そうしないと家事ができない,洗濯でも機械がなければ手で洗濯板でごしごし洗っていたらその手間と労力は大変なものになるからだ
今は洗濯機にほうりこむだけだとなる、だから自分でも家事のために女性を雇うとしても三日に一回皿二三枚洗うだけだから必要はないのである。
でもその女性は畑をもっていて農業のことをいろいろ教えてくれるからその代金として払っているともなる
自分は農業に興味はあっても実地にしていないし知らないからである
そして体力的にも時間的にも自分ではできないからである

するともう家事のために雇っているのではない、農業の話を聞くために雇っているとなるそれで太いキュウリがもらったが一本一万以上したと書いた
肥料代から種代からいろいろ金を払ったからである
つまり農業はそこで金を得るものではない,自分としては別にスーパーから買っているからである
そして農業というのは今や必ずしもその生産したものだけを見ているが値段を見ているがその価値は環境保全だとか美観のためとか景観のために必要だともなる
今この辺は放射能問題で荒地になっているのがまだ多い
するとその荒地を畑にしたりその畑で花を栽培したりすると景観的にもいいとなる
つまり農業の価値は今や生産物を売るだけではない
農業高校に女性が多くなったというとき花栽培とかもあり農業は意外と創造的な側面があるからだ
女性に向いたものがあるからだ

社会の価値観が変わる、今は女中とかは極端に減った、それより老人は話し合いてを求めているとかなる、でも女中のような掃除洗濯とかはあまり求めていない
ではそうした話し相手になれるのか?
これは知的なものとかいろいろあるから簡単にはいかないだろう
その趣味でも合わないと話し相手にはなりにくい、そんな人がいるのかとなればいないとなる
要するに女性でも家事から解放されたら外でみんな働くようになったけど蟻のようにただ機械的に働くことが求められる時代ではないとなる

そして国を豊かにするのにはどうするのかというと今は必ずしも勤勉ではないのである。いくら勤勉に働いても豊かになれないのである。
要するにグロ−バル社会になると同じような規格品を作っていても競争になり安くなり売れない、大量生産して売れた時代は終わっている
日本が豊かになったのは品質のいいものを家電製品を売ったからである
でもそれは今では中国でも韓国でもどこでも作れて売れるとなれば売れなくなり日本は衰退国になったとされる

そして日本はITでおくれをとったからだと言われる、コンピュターでもソフトウェアでも通信機器でもスマホなどでも中国に先を越されたとなり貧乏国に転落したと言われる
ではコンピュターとかITとかの先進国になったのはリードしたのはアメリカであった
そのアメリカのビルゲイツとかジョブスとかがパソコンを発明したからだとなる
アメリカはエジソンなどのように発明の国である
勤勉より発明をイノベーションを重んじる国である
だからそうした発明することによって巨額の富をもたらす、ビルゲイツの収入はけた外れになる、でもその人は天才であり国に富をもたらした人だから批判をされないのである

つまり現代ではいくら人々が勤勉に働いても国にも富はもたらされないのである。
ただこうして数人であれ天才的な人がいて発明すると巨額の富をもたらされるのである
他にも医療の分野でももしアルツハイマーの有効な薬を発明すればその国に莫大な富がもたらされる、でも勤勉にいくら働いても富はもたらされこないのである。

でもそんな天才を作り出せるかとなると簡単にできない、勤勉な平均的なロボットのような労働者はいくらでもいるがそんな天才は簡単に生まれないのである
ただなぜヨ−ロッパにいろいろな分野で天才をその延長のアメリカで輩出したかを知るべきである
なぜヨ−ロッパが世界をリードするようになったのか?
それは機械であれいろいろな発明があり今でもアメリカが世界をリードしているのはIT分野だということでわかる

創造的能力は別に普通の人でも開発できる、創造的訓練が必要なのである。
ただ受験の暗記のためではない、創造的訓練をすることなのである
そんなものがあるのかとなるとある、科学になると様々な実験をしているがそれも創造的訓練なのである。
子供の時は自由に遊びを工夫していたが学校ではそういうことはなく暗記だけだから創造的なものは養われないのである。
学問でも芸術でも一見生まれつきの才能とされる、それはあるにしても自分は俳句を作りだしたのは20代だけど全くいいものは作れなかったからこの人は才能はないと見られた実際その時はそうだった、今になるとそれなりにいいものを作っていると自分では思っている、短歌でもそうである
才能といっても日ごろの訓練の積み重ねが必要なのである。
創作する訓練が必要なのである。でもそういうことは普通はできない、同じことをただ蟻のように勤勉にしているだけでは創造力はつかないからである

もちろん天才など自分とは関係ないということはある
でも国を豊かにするには平均的な人間をいくら作り出しても豊かにはなれない
クリエーションを求められるというときそれも日ごろからの訓練が必要になるのである
訓練など天才には必要ないというがエジソンでも「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」というときやはり努力が必要になる
その努力はなにか型にはまった努力ではなく創造的な努力が必要となる
エジソンもいろいろと実験を重ねたということが創造的努力だったのである。

日本は平均的に勤勉に努力する人間を作ることでは成功して豊かになったが
今はそういうことでは豊かになれない、それをみんなが自覚する必要がある
ではもともと平均的な人間が圧倒的に多いのだからそんなごくわずかの天才など関係ないとも言える
でも平均的な多数でも国を豊かにするときそういう人たちが必要なのだということを自覚しないと豊かになれないのである。
要するに勤勉な蟻として国民全部がグロ−バル社会では貧乏になるということである
ただ日本は平均的な人間を大量生産することは得意でも何か突出した天才的な人を作るのは苦手である、そういう人は嫌われるしそういう人は村という社会では受け入れられないしかしそのこで日本は衰退してゆく、貧乏国になることを知るべきだとなる


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2018年08月27日

価値は常に変化している (変化に対応できないものは生き残れない)


価値は常に変化している

(変化に対応できないものは生き残れない)

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野口悠紀雄−ダイヤモンド9月号

価値というのは常に変化している、そもそもあらゆるもので一定した価値はない
常に価値は変動しているのが人間社会である。
江戸時代には米が一番価値があった、すべての価値は米で計られていた
藩の力も何万石とた給料も米で計られていた、米が貨幣であり価値の基準だった
それが江戸時代だったのである

次に明治になると価値基準が大幅に変わった、確かに米の価値は依然として高いが
様々なものが価値となる時代になった、農業国から工業国に変わると価値も変わってくる時代によっても価値も変わる、戦争中は国のために死ぬことが最大の価値だった
国家に殉じることが最大の価値だった、江戸時代なら藩に殉じることが価値となっていたと同じである

こうして常に価値は変わる、その価値に変わりようについていけなくなる、江戸時代から明治になって生きた人たちがそうだった、侍という身分がなくなったとき新しい時代でどう生きるのか模索された、その時はまだ農業時代がつづいていたから北海道に開墾に入るとかなった、この辺でも八沢浦は明治に田んぼにした開拓された場所である
そこが津波の被害にあった

時代によって大きく価値が変わる、米の価値は極端に低くなった、それより顰蹙をかったが八沢浦は前のように入江になっていたら美しいだろうと津波の前から私はイメージしていたのである。それが現実になったときほど驚いたことはない
浦となり波が光を受けてきらきらと寄せて来たのである
それは奇跡のように思えたのである。でもそこには家が浮いていたのである。
その後に泥となりその中から幼児の死体を探していた人がいたのである。
ただそういうことをその時は思わなかった、40軒くらいあった海岸沿いの家もみんななくなったのである
でもまたその後に広い沼ができてこれは昔の自然状態にもどったとして感嘆していたのである

つまり今は私は特殊にしても米という価値を高く見ていないのである。
米などいくらでもとれるから減反政策になったとかなる
米は売れない、パンを食べるようになって売れないとなった
ここでも価値の変化が起きる、つまり自分が特殊であれ価値観が変わったからそうなる
「八沢浦が元の入江に戻った」というの写真に出したときそれを見る人は多かった
でも地元にしてみればそこで死んだのだからなんだとなってしかられたの当然だとなる

ただ農業の価値でも変わる、農業をただ食べるものとして食料として見る
でも農業にはそれだけではない、自然景観の保存とか水の利用とかで自然を維持するということがある、ただそれは都会の人だとただ食料として金を払うだけになる
でも地元からみるとそういう自然を維持する、自然の環境の保護ということもある
景観は人間は作ってきたものがありそれを損なわれることはそうして人間が作ってきた営みの破壊になるからだ
津波はそうして人間が作った実りの田んぼとか松原の景色を根こそぎ破壊した
一方で八沢浦のように元の美しい入江とか湿地帯化して沼ができたとかなる

農業でもこの辺は原発事故以後まだ荒地が多い、避難区域だったところは草に埋もれている、すると米とか野菜でも食料として生産するのではなく景観の回復として復興する
花畑とかにするとそこは景観が回復する、すると米や野菜がとれなくてもそこに住みたいという人がでてくるかもしれない、外からも花を見にやってくるとなり復興するともなる新しい場所としての価値を作ることになる
ただそういう考えは文字通りお花畑だと古い人には言われるだろう

ともかく価値は一つではない、多様なのである。そして常に変わるのである
時と場所によっても変わる、だからアフリカで黄金と塩が等価で交換されたとなる
塩の方が生きることにとって大事な場合があるからだ
とにかく人間の社会は常に変化する、そしてその価値も変わる、その変わり方は激しいとついていけなくなる、現代社会はグロ−バルになっているときそれを批判してもその影響を受けるからますます価値は変動しやすいのである。

それは昔からあった、「三日見ぬ間の桜かな」とか人間も信じられないように変わってしまう、老人が不利なのはこうして激変する社会についていけなくなる
無常というのは常ないことであり同じではないことなのである
それは社会でもそうだし人間個人でも変化する、たちまち老人となり病気になり死んでしまうとなる
人間はそうした変化の前に茫然とする、自然災害でもそうである
この辺でも村自体がいくつも消滅した、村自体がなくなるということなどイメージもできなかった、それが現実だということが信じられないとなる
その激変についていけない、だからそれが夢のようで現実だと最初は思えなかったのである。それほど激変になったからである

最近ITの進歩でサラリーマンがいらなくなるというのも何なのだろうとなる
それも技術の進歩で価値の変化が起きてくるからそうなる
そもそもIT社会になると様々なものの価値の変化が起きる、それに日本は紙の紙幣にこだわるから効率的ではないとして遅れた国だとされる
中国や東南アジアでもスマホ決済になっているからだ、日本は高度成長時代は先進国だったが今や中国でも韓国でも東南アジアでも追いつかれる、中国の都市部の物価は日本より高くなっているから日本に旅行にくる
10数年前は10倍の差があった、それがこんなに変わることの驚きである

「強いもの、賢いもの、大きいものだけが生き残るわけではない、変化に対応するものが生き残る」ダーウィン

まさに最近この引用が多いのはそのためだろう、現代はそれだけ変化が激しい社会だからである。
何か今やインタ−ネット上で文章を書くと引用が多くなる
それも現代のインタ−ネット社会の変化である
雑誌でも読むだけ終わっていたが今は引用して利用する
ただ雑誌とか本は引用するのが効率的でないのが違っている
でも引用は別に著作権違反にならない、そのルールを守ればならないのである。

タグ:価値の変化
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2018年08月28日

国富は景観として現れる、政治経済は文化の下僕である (鎖国と資本主義ー川勝平太)


国富は景観として現れる、政治経済は文化の下僕である

(鎖国と資本主義ー川勝平太)

こういう人がいる、その内容はわかりにくい、なぜなら今の時代の人は国富が景観と見ていない、国富とは経済力でありの経済力を作るのは科学技術力である
だからこそ原子力発電そういう観点から作られたのである
原発がある国が科学技術的に優れていて国富を作りだすとなる。
経済でもトヨタがいい車を作るから世界に売れるから日本人は優れているとなる
日本の景観がいいからとそれで日本の国力があがったとかはならない

第一そうてらばこんなに日本の景観に重きを置いていたなら日本の自然景観の破壊は起きなかった、日本の富が一番集中するのは東京でありそこでは自然はない
人工的空間になり景観は消滅している
それは景観は経済力にならない無償のものであるからだ
富士山は日本を象徴している、それをどこからも見えるとして富士山を見たらここに金を置いて下さいとかならない、富士登山には金を払うようになっても富士山はどこからでも見える、そこで金を払ったりしないからである。

景観自体は海でも山でも森でも無償のものとして提供されている、ただ海で魚をとり森で木材を家の材料や昔なら炭の材料として利用すると経済的価値が生まれて富となる
ただ海があり森がありでは山がありでは経済的価値にならないのである
一般には景観は金になるものとして見ていない、だから国富は富として現れるというのはなぜなのかわからない、国富は常にGDPとか金の多寡で表わされているからである
もし国富が景観なら国富を破壊してきたのが戦後日本だし高度成長時代でも過度な開発で自然を破壊してきた、そして一番国富が集中している東京こそ国富であるとしたらそこに景観はビルとか車とかしかない、そうなったら日本には国富を作りだしたのではなく破壊した来た貧しい国だったともなる

江戸は百万都市でも水路が縦横にめぐらされてベネチアにもにていて美しい景観があった富士山を高層ビルがないから映えていた、日本橋でも日本の中心の橋として美しく富士山が映えていた、それは浮世絵に残っている、浮世絵には日本の美しい自然と調和した景観が人の営みが描かれている、現代にはそうした景観はない、高速道路があってもそれが景観として美しいとはならない、ただ電車とかは写真マニアがいるように自然景観とマッチするから国富を作り出したとはなる、船でもそうである
東北には太平洋でも船が行くのがまれなのである。
だから淋しいとなる、船が航行することで海も活きてくる、瀬戸内海は万葉集時代から船が行き来して活きていたのである

天離る 鄙の長道ゆ 恋来れば 明石の門より 大和島見ゆ  柿本人麻呂

海は陸と違って船は景観を汚さないし破壊しない、海には船があってこそ活きるし人間的なものとなる、それは海人の船でもそうである、船が海に浮かび魚をとることで人の営みがあることで活きてくる、もしそれがないとただ荒涼とした海があるだけだとなるからだだから景観が富だというとき海に船が見えるとき国富があるとなる
それは海という景観を壊さないからである。陸はもともとあった自然の景観を都会化で壊す穢すからそこに富はないなとなるがでもそれこそ国富としてきた
GDPは人口とか消費力とか生産高とか家でも数とかビルの数とかで統計的に計られる
それが国富なのである。
また現代の富は貨幣で計られる、いくら貨幣がある国でも計られる、個々人でも会社でも銀行でも国でもどれだけの金融資産があるかで富も計られる
だから国富は景観として現れるというのがありえないのである。
ただこの著者はその意味はまた違っているのだろう、本だけではその本意をすべて示すことはできないからだ

ともかく景観とは人の手によって作られたものがあるということは確かである
農業でも田畑があることで景観が作られたのである。なぜなら田畑には手がかかる
ほうっておくと草茫々になり荒地になる、この辺は原発事故以後避難区域でなくても荒地が多くなった、そこには現実に米も野菜もとれないが景観も穢されたから富が失われたということは確かである。
だから趣味で畑で野菜を作る女性はキュウリが一本一万になったとしても景観を作っていたから富を作り出したとなる
でもそれを富だと思う人はいないのである。
都会人だったら一本一万のキュウリなど食べないからだ、都会では景観と食料は分離されているのである。景観を作るために食料を生産していると言ったら誰もそんなことを理解しないだろう、安くて新鮮ないい野菜を果物を米を食べたいとなるだけである
景観がどうのこうのとか関係ないのである。

ただ景観というとき畑にカンナが咲いている時そこに夏の雲湧き一段と映えていた
生け花とかフラワーアレンジメントをしてきたがあきた
それは自然の景観の中に映えないからである。自然の中に花は咲くのであり花瓶の中にもともと咲くものではなかったからである。
自然の光の中に風の中に一番花は映えているのである
だから菊畑とかありまた花畑になれば美しい景観になる
でも菊畑の隣がソーラーパネルになったりしているからこれも自然を破壊して調和を乱すものだとなる、それは国富を失ったものとなる?
その菊畑に月が出たりしていたがソーラーパネルになるとその景観は失われたのである。

手入れする5色に育つ菊畑

国富が富だとするとソーラーパネルも国富を失うものとしてもあったとなる
原発事故でも故郷に住めなくり荒地化したから国富を失ったとなる

いづれにしろ都会では食料をこうした景観を作るものとして田畑がある、水を活かすためにあるとかはならない、食料は栄養源としてあるだけである、工業製品ならどこでも作っていい、外国でも同じように規格品を作れる、でも食料はその土地に根付いて作られる
自然と一体となり景観と一体になり作られる、そこが根本的に違っている
外国でいい葡萄が作られるのは日当たりのいい場所であり前は湖とかなると光が反射していい葡萄が作られるとかミカンでもそうである。だからこそワインの種類が多い、味がみんな違うからである、それは日本の酒も同じなのである。そこには自然の作用が土地によって違うからである
何か自然の微妙な作用があって作られる、そこが工業製品とは違っているのだ
それはハウス栽培でも水加減とかいろいろむずかしいのが農業なのである

日本が美しいというとき確かにそれは人の手で作り出されたものがあった
白砂青松の風景もそうである、その白砂の風景も人工化とか浸食で壊された
そして津波でこの辺の右田の松原が根こそぎ流されたのはシッョクだった
それは江戸時代から海の方へ開拓して田んぼにして塩害を防ぐために松原が作られたからである。それは国富だったとなる、それを破壊したのはまた自然だった
一方で八沢浦のように元の美しい入江を再現したのも津波だった
ただそこでは人が死に多くの家が流されたのである

故郷の原風景というときここでは自分の場合は俳句にすれば

故郷や実りに松に漁の船

これになっていた、いつもその松原に行き烏崎からは他から来た漁船でも見ていたからである。夏は松影になり涼しい風が吹いて休んでいたのが自分だったからである。
その松影もなにもなくなり今は今度は風力発電の風車の風景になったのである。
これも国富を失われたことになる、ただこの国富を喪失させたのは自然だったともなる

とにかく景観が国富だとか文化が経済の下僕とかはなっていない、その逆になっていた
景観は経済発展の国富のために破壊されて文化も破壊され消失したともなる
でも現実は景観は価値として計れない金にならないとなり無視される
景観から食料は実際は生まれているけどそうは思わないのである。
なぜなら自然という景観があって果物でも米でも野菜でもとれるからである。
都会では食料は作り出せないからである。野菜工場を試しても無理だろう
失敗している,それはやはり食料を作り出すのは自然であり自然景観があるところで作り出されるからである。
だからこの著者の言うことは矛盾しているけどまた共感もしている

何か本でも常に批評の対象になり感想を書く人が増えた、それはプログなどでも書きやすいし発信しやすいからである。
やはり対話する時本の内容は濃いから思索が深められるのである。
本を読むことは著者と対話することなのである。
そして引用は従になると著作権違反になる、自分の主張が思想がありその引用として数行利用することが許されている
となると本の批評することは批評する人がすでにその本を従にするような思想とか見識とかの持ち主でないとできないのである。
だから若い時はただ本によまれていた、批評はできない、今は読まれるというより読み込むのである、自分の思想や文章の中に読み込み利用するのである
結果としてより深くものを見ることができるようになる
だから本を読むことはただ読まれるだけでは何も効果がないのである。

今はアマゾンで関心があるものを連関して読める、そして感想を書ける、それをまた読まれる、そういう作用がインタ−ネットで容易になった
だから本を前より買っているし読んでいる、ただ高い本は買わない1000円以上になるとなかなか買わないが安いものが古本で出ているから買うのである
それでも十分だとなる、まず本の数も多すぎるからだ
今は知的な探求は別に田舎でもできる
アマゾンで本が買えないときは仙台に一週間に一回とか行っていたのは本を買うためだった、でもその時古本でもないし本を買うことは簡単にできなかったのだ
そこで田舎では本当に不利だった、それで東京の古本屋で水道橋に古本の全集を買いに行ったこともあった、それだけ田舎は勉強するには不利だったのである。
そういう差はなくなったから今になると田舎の方がいいとなる
そんなに不自由なことがなくなったからである。

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ITで変容する社会 (守旧派となるもの?無常こそこの世である)


ITで変容する社会

(守旧派となるもの?無常こそこの世である)

人間社会は常に変化がある、だからこそ無常の世の中であり常なき世の中なのである。
栄枯盛衰も激しいのである、今力ある者もたちまち弱者と化してしまう
それを自分の家族で見たからショックだった
認知症になり銀行からも金をおろせなくなったり訳わからなくなった
いろいろなことで優秀だったのに馬鹿になったということが未だに信じられない
そして自分は優秀だと言って死んだのも悲惨だった

このように一個人でも人間は極端な変化に見舞われるのだ
一個人でも必ず死ぬからそうなる、死ぬと人間はたちまちどんな人でも権力を持っていた人でも忘れられるのが早い、そんな人いたのとなる
だからこそこの世は無常なのである。あとに残す一つの墓くらいでありそこに名前が記されているがそれも記憶している人もいないとなる 
無常は無情なのである、そこに情の入る余地がない、捨てられるのである
それは誰にでも起きることである、だから無常(無情)の世なのである。

つまり何事無常(無情)を見なければならない
この世は仮の世だとか無常を見ていなければならない
そうそいう無常は誰にでもやってくるからである。
人間の生も永遠につづかないし突然に無常化して無情化して終わる
そう見ればある時は幸せだったとか急に零落したとか何か変化があっても
世の中はそういうものだと悟れるかもしれない、そういう繰り返しがこの世に生きることだからである。
まず変わらないものが家族でもなんでもありえないからだ
津波で家族が一瞬に流されて死んだり村自体がこの辺でいくつも消失したことでもそうである、その無常は無情であり家族が死んだ人は信じられないとなる
ただその前に茫然としているほかなくなったのである。

人間の社会は今だからこんなに変化しているのではない、常に激変してきたのである。
江戸時代から明治の変化も激しかった、侍だった身分もなくなったとしたらそういう社会で生きていたものが明治に四民平等の社会に適合することは容易ではない
いつまでも自分は殿様だとか侍だとかこだわっている人かいて当然なのである。
それが守旧派になる、明治維新では長州でも守旧派がいて下級武士たちの革新派と争う
そこで守旧派は革新派の吉田松陰とか高杉晋作とかに負ける
その時庶民から奇兵隊が作られて後に伊藤博文などが首相になった、その人は地位ある侍の出ではない、庶民に過ぎなかったのである 
奢れるもの久しからずというのもそうである、長く栄える家も国もない、栄枯盛衰がこの世の習いだとなる、だからアメリカがいつまでも強いとは限らないのである。
アメリカもすでに衰退国家だという人がいるのもそのためである

このような激変は人間社会に常にあった、戦争だとその時の価値観は国家が一番大事であり国家のために死ぬことが最高の価値とされたのである。
でも戦争に負けたら鬼畜米英からアメリカ支配になりギブミーチョコレートになった
もう日本の国体とか盛んに愛国を言われた時代ではない
チョコレートを食いたいということしかなくなったのである。
それで焼野原からチョコレートを食いたいとなり日本は高度成長になったのである
この変化も激変だった、だからその時とまどう人がいても当然なのである。
守旧派というのがあって当然なのである,特に老人だとそうなりやすいのである。
つまり老人は新しい時代に適合できない、だから守旧派になる
今でも新しいものが出るとスマホでもなんでも嫌うし操作できない
すると貨幣を紙幣をなくしてスマホ決済することに抵抗する守旧派になる
それで社会の変化を進歩に逆らうようになる

IT社会になると本屋が消えてゆく、自分の町にももう本屋はない、そして図書館も必要なのかどうか問われる、前は郷土史関係の調査で行っていたけど介護とかになったり家事で忙しくなりここ十年一二回しか行っていないのだ
つまり何か調べるにも本を読むにしても隣の街まで行かなければならないから不便なのである。時間がかかるからいけないのである。
だから今や図書館はただ受付とかいても本を管理していてもそれが本当に必要なかどうか問われる、何か老人のたまり場とか高校生の待合室とかになる
だから前の前の渡辺市長の時南相馬市の立派な図書館は立地を考えて原町の駅前に作られたのである。それは立派なものである。
その時は10年前とかでありまだスマホとかも普及しない、 ITでも普及しつつあったが図書館が必要なのかどうかなど問う人はいなかったのである。か
今になると時代の先見性がなかったとか言われる
そこには大きな予算を使ったからである、それが無駄だったとも今にするとなる
それは有用論もあるから一概に言えないにしても不要論は図書館を建てる時もあった
ただそれは市長の政策で強行されたのである。

なぜこうして図書館まで不要論が言われるのか?
それは予算がかかるからである、市民の税金でも国の税金でもかかるからそうなる
そんなところに金使って何になると言う人がでてくるからである
図書館は調べるのにも不便だとかいらないという人が出てくるからだ
そういうことは銀行にしてもいえる、銀行は何しているのだ、銀行で金を下ろす人は今はいない、みんなカードでおろしている、受付などいらない、金の無駄となる
そして銀行は窮地にたたされる、大手銀行でも大幅に人員を削減した
それで収入が減るから投資信託をすすめる、これは銀行が絶対に損しない商品であり手数料を確実にとれる、アメリカでは一パーセント以下なのに3パーントはとる銀行にとってだけ有利な確実にもうけにるな商品なのである。
それで銀行のイメージも変わった、硬い職業であり田舎ではエリートと見ていたからである、それがブラック会社と変質する、ただ自分も老人だから守旧派になってしまう
そういうふうに変化していことについていけない、銀行を今までのイメージで見ていたからそうなったのである。今では銀行は信頼できないものとなった
地方銀行は県に一つも残ればいい方だというのも本当だろう
もう銀行の役目はなくなりつつあったのだ

ITで本屋は消えたというときそれは時代で当然だった
まず私は仙台に一週間一回行っていたのは本を買うためだった
田舎では本当に本は少ない、仙台でも今からすると少ない、本の数は膨大だった
すると限られた本しか読めなかったとなる
それで「冠婚葬祭」というカッパブックスの本が百万部も売れたのである。
それが売れたのはベストセラーとなったのはただ本屋に置かれたからだともなる
本屋に置かれた本は地方の本屋ならわずかなのだから目立つから売れたというのに過ぎないのである。それで本屋商売は成り立っていたのである。
あまり固い本は売れないけどそうしたつまらない本でも売れれは収入になるからである
週刊誌でもコンビニに置けば目立って売れるということがあった
今やインタ−ネットのDマガジンで読める、一か月400円で雑誌は読める
そこで気にいった記事しか読まなくなった、意外と読む記事がなかったともなる
週刊誌でも雑誌でも本でも目立つことが売れることに通じていたのである。
その内容より目立つ場所に置かれることで売れるということがあった

そして今はアマゾンで古本ならどんなものでも安く買えるしボタン一つで二日くらいで配達される、日本の出版はめんどうである、取次とか介入してめんどうなのである。
そもそも取次はアメリカが検閲のためにもうけたものだから誰も気軽には出版できないものとして作られたからである。
それでアマゾンになったとき取次を通さなくなりインタ−ネットであれ電子本なら誰でも出版できるようになったのである。
ただこれも目立つことは至難である、要するにテレビが力をもったのは目立だたせる力だった、テレビに出ればたちまち有名人になれる
その人がどうのこうのというのではなく有名人になれる、すると内容がない本でも紹介すればめだって売れるということもある
その内容より何か目立たせることが今の社会では必要になる
物を売るにしても宣伝で目立たせる必要がありそのために金をかけている社会だからである。          

それで原発でも東京に原発を作れという本を出したがそれは書店の片隅で目立たないようさせられていた、それはかなりショッキングなことだがそれには注目しない
自分も冗談なのかこの人はSF作家で妄想を語っているのかと思った
それだけ「安全神話」は強力なものとして作られていたのである。
どこにでも原発は安全だということは徹底していた
だから危険だということはもう社会から排除される、それだけ強固な安全神話に逆らう人はいないとなったのである。またできないようにさせられていたのである。
その安全神話ももくも崩れ去った時また戦争の敗戦と同じようなことが起きたのである。

ある時社会は激変する、その変化についていけない、守旧派となる
ITがそうであり国際関係でも今度は十数年前までは物価が日本の十分の一だったのが今は上海や北京になると日本より物価が高くなり海外旅行に来るようになったのである。
中国人に頭を下げる時代になった、その変化も大きいのである
中国を今までのイメージで見ている人はいるし日本でもそうである
それは守旧派になり老人はそうなりやすい、今までのイメージで見るからである
でも実際はそう見ていたものが銀行でもそうだし中国でもそうである
アメリカでもそうである、アメリカの見方でも今までのような見方が通用するかどうかわからないからだ、そういうふうに国際関係でも常に変化しているから対応を誤るのである

2009年に南相馬市の立派な図書館ができた、約十年前だけど新しいとなるけどその時のからのITの変化が激しかった
だから市長はやはりたいだい若い人より年配の人がなるから守旧派になりやすい
また経験がないとできないこともある、でも弱点としては時代の変化に即応できないのである。だから図書館にこだわったのだろう、駅前には図書館よりスーパーの方が便利だということはあったかもしれない、前はスーパーがあったが震災以後なくなった
これも震災以後の変化である、震災以後はまたこの辺は激変した
すると将来の見通しでも全く違ったものとして見ることを強いられているのである。
それが守旧派になると老人になるとなかなかできない、それで女川町では老人は口出させないということで街作りを若い世代にまかせたのである。
守旧派を最初から排除したのである。


posted by 老鶯 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年08月29日

老人の性にあうもの    (時代劇を見ることでなごむのはなぜか?)


 老人の性にあうもの

 (時代劇を見ることでなごむのはなぜか?)

BSで毎日時代劇を見ている、前は見ていなかった、なぜだろうと考えてみると江戸時代にしかないもの時代雰囲気があってそれで惹かれていたのだ
もともと自分には現代の騒々しい世界は性にあっていなかった
若い時から東京で学生時代を過ごしてもその後は田舎暮らしだった
ただ田舎暮らしがすべていいのではないから田舎にいるのが嫌で旅ばかりしていたとなる
私は車には乗らないし運転できない、車が買えないとかではない運転する器用さがないのである、機敏さがないのである。車を運転していたら自分は必ず事故になって死んでいたかもしれない、バイクも早いし危険だから運転できない
自転車は性にあっているから乗っている

ただこうした機械を使うことの不思議はある、なぜ私がパソコンをするようになったのか通信をするようになったのか?
それは自分は相当な悪筆であり自分でも嫌になっていた
だから文字がきれいに出る印刷もできるワープロをはじめたことがきっかけだった
そしてそれに丁度通信機能がついていて通信をはじめたことがパソコンをはじめるきっかけだったのである。
これでわかるように不利なことかえって有利になもる
中国では紙幣に偽札が多いから信用できないとスマホ決済になっているのでもわかる
何か不利なことが有利に働くことがこの世ではある

なぜ時代劇を毎日見るようになったのか?
それは時代劇は悪があってもその悪がわかりやすいのである
そして良くみると時代劇では現代のような東京のような大都会ではない
ビルの谷間で暮らしていない、平屋であり長屋であり江戸に住んでいてもそこは狭い空間に見える、実際は違っているが歩いて行き来する空間になっている

今との大きな相違は建物とか機械とか車でもそうしたものが人間と人間の間に介在しない人間と人間が親密に向き合う空間なのである。
だから人間の情がじかに通じ合う社会である
そこに今のように車でも介在すると人間と人間は機械によって隔(へだ)てられ面と面で向き合うがなくなる
だから車というのは人間をキレルものしたのである。
一瞬にして過ぎ去り見えなくなってしまう

もし歩く時代ならその後姿を惜しんで別れを惜しんでいた、そこに人間の情が通っていたのである。

三河の二見の道ゆ別れなばわが背もわれも独(ひと)りかも行かむ

巻三(二七六)
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あなたもわたしも一つだからだろうか。三河の二見の道から別れるのがつらいよ

人は道で分かれていた、それで江戸時代は分去りという地名が残った
車だと人が分かれるという感覚はなくなる、一瞬にして見えなくなるからだ
そこに人間が見えない、車という機械だけが走り去ってゆく
そこに人間の情は通わないのである。
機械というのは人間の情を奪うものなのである。

人と人が面と向かって話すのと手紙を読むのと電子メールを読むのと文を書いたり読むのは相当に違っているのと同じである
人が面と面で向かって話する時は必ず情が通うのである、話し言葉には情が通う
それが方言だと余計に情が通うのである。
大阪では大阪人が住んでいる場所でありよそ者は東京よりはずっと少ない
すると常に大阪弁で話しかけてきておせっかいだというときそうなのかと思った
東京は地方からの寄せ集めであり方言もない、何かそっけないのである。
いちいち相手をかまっていられないのである、だから大阪の人に自分は好感をもっているのである

時代劇のストリーもわかりやすい、悪があったとしてもその悪もわかりやすい、動機もわかりやい、すると何かそこでなんでもわかるから心が安らぐとなるのも不思議である
人間と人間の関係も単純でありわかりやすいのである。
ただ悪を簡単にこらしめるのは水戸黄門のようにありえないからつまらないとはなる
江戸時代でもそんな簡単に悪をこらしめることはできないからである
ただ人間関係でもわかりやすい、納得がいく、いちいち考えることもない
見ての通りであり現代のように複雑極まりないものとはならない
現代のドラマは複雑怪奇になるのは社会が複雑怪奇だからである
そこでは様々なことを理解することが不可能になる
するといらいらしてくる、ドラマを見ても理解したり納得することができない
そこに必ずパソコンでも入ってくるし機械が入ってくるとまたわかりにくくなる
何か複雑な暗号を解くようになる

いづれにしろ時代劇はその風景からしてなごむ、ただそうした江戸時代の風景を再現することは今になるとむずかしくなる
30年前とか40年前でもむずかしかったがロケしたりして残っている
だからテレビの時代劇は同じようなセットで演じているのが多い
でも何かわかりやすいから心がなごむというのも不思議である
人と人の情が通じ合う世界なのである。その間にビルとか建物とか車とかは機械は介在しないからである。
そしてまず時間の感覚が違う、なぜ花魁(花魁)道中とかありあんなにゆっくりと練り歩くのかとなる、それは当時の時間感覚が今とは考えられないほど遅いということである車が絶えず走っていると常に時間が早く過ぎさると感じるのである

なんかこんなことに感心しているのも今の社会がそれだけ老人にとってなじみにくいものとなった証拠である、老人は複雑なものが苦手になるからだ
老人にとっては情中心の江戸時代があっていたのである。
そこには別に悪があったとしても貧乏でも負の部分があったとしても何かなごむというのは不思議である
それだけ現代社会というのは人間的ではない情もない殺伐として社会になったということでもある
そしてあまりにも複雑怪奇だから嫌になり疲れる
時代劇は情が中心であり後に残るのは情の余韻である
情によって事件は解決して後にそうした人間の情が残るシーンで終わるのである

時代劇はストリーもあるが江戸時代の雰囲気を出すことがむずかしい
雰囲気で景色でなごむことがある、車が通らない街道だけ見てもなごむ
現代ではそれが作りにくいから衰退したということもある
たいだい室内で撮影場で作っているからだ、第一江戸時代といっても田舎だってそういう風景はなくなった、茅葺の農家がまだ残っていたとかあったが今はほとんど見えないからである。
老人はノスタルジーを求める、それは風景でもそうである

この辺の右田の松原は津波で消失したからそこを知らないものはただ土盛りした土手と風力発電の風車が風景となった、そればかりしか見ることができない
でも右田の松原を知っている人は心の中の原風景として見ている、なくなったが心の中にありイメージするとなる、時代劇もそうした風景の中に暮らしている人間が描けないから魅力なくなったとなっているかもしれない、ただ過去はすべてイメージの世界となっているからイメージしないかぎり存在しないのである
でも右田の松原を知らない人はイメージすることすらできなくなってしまうのである

2018年08月30日

なぜ原発事故の補償金でもめたのか? (金のみがすべてとなって共同体や回りが無視されたため)


なぜ原発事故の補償金でもめたのか?

(金のみがすべてとなって共同体がは回りが無視されたため)

この辺でなぜ補償金でもめたのか、それは共同体というのが眼中にない、ただ多くの金を得ればいい、周りのことは関係ないとしてより多くの補償金をもらうことだけが関心となり市町村でもそこに住む人たちは争うようになりいがみあうようになり分断されたのである。
なぜそうなったのかというと現代社会の反映があった、村とかでももしそこが昔のような村だったら家族のように考える、村を守り維持するたの金として補償金を考える
でも補償金は個々人の家族に与えられたのである
すると個々人のことしか考えない、そこにはもう村という共同体もなくなっていたのである。だからできるかぎり補償金を多くもらうことしか関心がなくなった

飯館村でも小さい村だからまでいな村として共同体のつながりがあると思っていたがなかった、ある人は噂にしろ酪農していて9億円補償金をもらったとかなればどうなるのか?もう村のことなどどうでもよくなる、そういう人は村を捨て他に移り暮らすとなったのである。もう村という共同体のことなど考えなくなる
補償金は他でも共同体に村や町や市に与えられたのではない、個々人に与えられたからそうなった
あくまでもその金は共同体のものであったが個々人に与えられたことによって共同体が崩壊したのである。もともとそうした市場経済に生活していたのだからそうなったともなる
漁業をしている人たちは原発事故前も漁業権を東電に売って補償金をもらい原発御殿を建てていたとかわかった、それを周りの人はみんなもらっているわけではないから羨ましがっていたのである
共同体というとむずかしいけど要するに回りのこと隣近所のことでもあったのだ
「なんであそこではあんなに金がもらえるのだ」と回りで思う
それは同じ地域に住んでいるからそう思うのが当然なのである

昔の江戸時代の村だったらそんな金が入って贅沢することは許されないからである。
みんなで分けるべきだとなるからである
つまりそこで共同体というものが喪失した結果としてそうなっていたのである
ただ金だけをもらえばいい、周りは関係ないとなっていた
漁業権はもともと俺たちの権利であり周りの物には権利がないとしていたのである
でも海は誰のものかとなれば今になれば自治体のものだったということがある
そして漁業権を与えられていたのは海の資源の保護であり東電に漁業権を売るためのものではなかったからである。

共同体とはこうして考えると回りのことであり隣近所のことでもあったとなる
なぜ漁業者だけが船主だけがそんな補償金がもらえるのか?
それが回りの人に容認されていなかったのである。その回りの人たちは共同体のことである、共同体が容認していないのに金をもらっていたから不満だったのである。
そういうことは他にもある、なんであの人は金をもっているのだとなるときそれが回りの人が認めればいい、あの人は金をもっているけど市町村でも貢献した人だとか地域のために尽くした人だとかなっていれば文句は言わないのである。
それは国単位でもそうである、ビルゲイツとかジョブスとかコンピュターを発明した人が巨額の財産を得ても回りから容認されているから文句は言われないのである。

要するに金でもそれが回りから共同体から容認されればその金についてととやかく言われないのである。
でも共同体というのを無視して隣近所を無視して金を得るとなると不満になる
だから金というのはそうして共同体があって流通されるものである。
共同体の方が先にあってその後に金がついてくればいいのだが現代は先に金があって共同体があるとなる、その共同体も金によって分断され破壊される
なぜなら共同体自体がなくなっているからである、グロ−バル経済でもそうである
そこに世界共同体などありえないからである。そこで巨額の金が誰かわからないものに回ってゆく、数パーセントの人たちに金が入って世界を支配するとまでなる
そもそも世界共同体などはない、共同体となるとそんな大きな規模でそもそも作れないからである。
ただローマ帝国でもモンゴル帝国でも貨幣が流通するときそれなりに共同体が形成されたから貨幣がその範囲内で流通したのである。
もし共同体がなければ金は流通しないからである

この辺で起きたことは仮設には毎日のように外部からボランティアの応援が来ていた
でも地元の人は応援しなかった、それで小高の人などは鹿島の人は補償金について文句ばかりいう、一体なんなのだ、俺たちが苦しんでいるのに何なのだ、マスコミでも外部の人でもかわいそうだと思って援助しているのに何なのだと不満だったのである
でも実際は仮設は楽しい面もあった、長屋のようになり女の人たちはいつでも会えるから楽しいと言っていたし補償金ももらえたからいいと言う人もいたのである
そして知っている人は「私たちは鹿島で金を使って助けているんだよ」と言っていた
まさに消費者は金あるものは王様だとなっていたのである。
別に助けてもらうとかなんにもなかったからである
でも福祉でも介護でも優先的になりそれで迷惑になった人たちがいたのである

これが極端化したのがいわき市に避難した人たちだった、二万人も避難して次々に補償金で家を建てたから地元の人は金がないので建てられない人も多かった
それが次々に家を建てる、ベンツには乗るとかなり病院では優先的になるとか地元の人が迷惑になったから事件も起きたのである。
金があればなんでもできるという社会になったときそうなったのである
なぜまたそうなるかというと二万人の人が移住して家を建てる時、とても地元の大工でも建築関係でも間に合わない、ところが今家を建てるのは大手の建売住宅会社でありその人たちが一週間くらいで組み立てて建てる、地元の大工はかかわらないのである
するとどうなるのか?もし地元の大工だったらいくら金でやれといってもやれない
いわき市の人が優先になるとかなっていた、それが広域社会だとなくなる

広域社会とかグロ−バル社会になるとそれだけ金の力がまた大きくなっている
別に金があればどこに住んでもいいし金がある人が優先される社会なのである。
つまり金ですべてが計られる社会である
江戸時代は身分とか別な要素で人間を計っていたが今は金だけですべてが計られる
ホテルでも旅館でも金で部屋は決められる、金が高ければ最高のいい部屋があてがわれるもてなしされるのである。病院でも金があれば特等室に入れる
それで浪江の請戸の人は相馬市の病院で特等室に入り家を建てると豪語していたのであるでも周りの人がどうみるかとなると良くは見ていないということを考慮しないのである

いづれにしろ現代の広域グローバル経済は共同体なき経済でありそこには冷酷な市場の原理しかない、それはこの辺の補償金でも自治体が分断して破壊されたようになる
まず共同体があって経済があるべきなのである。そうしないと家族が共同体の核としてあり延長としての共同体も分断して破壊される、もう分断して破壊されているのである。
だから本当に金というものが何なのか?それをどうするのかは現代の深刻な問題なのである。金だけを求めてゆくと共同体は分断して破壊されてもともこうもなくなる
社会は荒廃してしまう、現実に荒廃している、みんな共同体より金さえあればいいんだとなっているからである。
回りの人でも国レベルでも福島の原発事故の補償金については容認していない
あいつらどこまでも補償金としてねだる、原発乞食だというとき国民も容認していないのである
だからそんな多額の補償金を権利があるとしても払うこと自体何なのだろうとなる
それがみんないい方向に向かうならいいが自治体は分断されていがみあうにようなったからである。
復興につなかっていないからである、水俣病のときも補償金で駄目になったというのと同じだったのである。

いづれにしろ原発事故で起きた問題は現代の社会の歪(ひずみ)が現れたものでもあった金だけが突出して共同体を越えて力をもつ、するとどうなるのか?
共同体は破壊されるのである。現実に補償金で自治体も分断された
飯館村でも9億円を牛を飼っている人がもらったとかそれが噂でも億の金をもらった人たちが普通にいるのは確かなのである。
そうなるとどうなるのか?かえって飯館村という自治体は共同体は分断されて崩壊する
当然補償金をもらってもう飯館村を出るという人たちが増える
極端にしろ9億円もらって外で贅沢した方がいいとなるのが人間だからである。
もう飯館村にはめんどうだからかかわりたくないとなってしまったのである
ただそういうことが共同体で容認されるのか?
そんな金をもらった人を周りの人は容認するのか?
いくらそういう権利があってもしない、すると外部の冷たい目にさらされることになる
それは回りの人たち、共同体では容認していないからである
金というのが突出して力をもつとき共同体を破壊させることを示したのがこの辺だったのである。

posted by 老鶯 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

木槿、鶏頭(俳句は写生)


木槿、鶏頭(俳句は写生)

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朝庭に鶏鳴き牛いて木槿かな

鶏頭の朝百本ほどや赤さ増す

風そよぎ高き梢や夏燕


 故郷の所を変えて蝉のなくその声聞きつ秋となるらむ

俳句は写生というときこれもそうだった、庭に写真のような鶏(かけ)が歩いて鳴いていた、そして牛がいて木槿が咲いている
それはただ写生であり事実でありそれに付け加えるものがないのだ
ただ広い庭があり鶏が歩み朝にその鳴き声がひびくとき気持ちいいのである
それがケージで鶏が卵を産む機械とされるのを見たら嫌だとなる
それは鶏も人間と同じ生物だからである
鳥だって籠に入れられていて飼われるのは見ていても心が痛むとなる
何かそういうことは人間社会でも人間がロボットや機械に扱われることに通じているのだ工場で流れ作業している人はロボットとと変わりないからである

(鶏頭の十四本のありぬべし)の子規の句は写生そのものだった
だから百本ほどあるというとき写生なのである
ただ写生俳句だと同じような俳句があるかもしれないということがある
それは誰でも作りやすいからである。
そこで月並みなものが大量生産されるのである。

今日は蒸し暑いからまだ夏である、ただ蝉の声は秋になっている
稲穂も色づいて実っているからだ、ここ十年は近間を回っているだけである
家事というのはいろいろあって時間がとられる
原町だと外食するものや弁当でも変わったものを売っているらから困らない
鹿島だとスーパーでも弁当が同じなのが多いのである。
それで簡単にすませたいが種類が少ないからできない
それで生協でオカズを用意しようとしたがこれもそれほどのものはなかった
一人暮らしで困るのは料理なのである
外食だけでは野菜とか不足するものが必ずあるからだ

2018年08月31日

共同体とは何なのか? (金だけを求めると共同体は分断され破壊される)


共同体とは何なのか?

(金だけを求めると共同体は分断され破壊される)

 我々の住む世界は、共同体なのか、それとも、無機質な集合体、システム、仕組みに過ぎないのか。我々はどの様な社会を望んでいるのか。それを忘れたところで、経済について議論してもはじまらない。無意味である。企業は、機関か、共同体なのか。現代社会は、共同体性を喪失し、唯物主義的に機関化している。つまり、人間性を失いつつある。そして、急速に仮想空間が人間の社会の隅々まで浸透しようとしている。

 共同体の従来の意味は、土地を共有し、地縁、血縁と言った何等かの人間関係で結ばれた集団を指して言うが、ここでは、非貨幣的人間関係によって形成された集団と共同体を定義する。つまり、金銭関係を離れた集団である

 第三の経済

このサイトは参考になるし共感する

共同体とは何かというとき様々なものがあるから一概に言えない、一番わかりやすいのが家族なのである。家族こそ共同体の核でありそれは古来から変わらなかった
経済というとき家政を基にしたいた、

"Economy"(経済)という言葉の語源を辿ると、"Eco-"はギリシャ語で「家・家庭・家計」などをあらわす"oikos(オイコス)"に由来する接頭語で、"-nomy"はギリシャ語で「法・秩序」をあらわす"nomos(ノモス)"に由来し、秩序や法則性

家族というとき一見血のつながりが家族だと思っているがそうではない、家族でも養子制度があり血がつながらなくても家族の一員となるからだ
そもそも家族とは共同体の原型であり共同体は家族から発展拡大したものである。
国並みの共同体でもハウスブル家とかなればやはり家から拡大したし江戸時代の藩は御家中である、やはり家という共同体というのを優先していたのである。
だから御家のためにと尽くしたのである

私の場合は家族のために苦しみ苦闘してきた経過がある、それは結婚して子供をもち家族を形成したというのではない、特殊な事情で家族を形成されていた経過がある
だから家族とはなにかと考えるとき血縁の家族ではないのである。
そのこと故に最後まで死ぬときまで争っていた経過がありその家族もみんな死んで一人になったのである。
本当は自分の家は家族として維持できないものだったのである
夫婦としてあって維持していたものでもないからである
その特殊性は外から理解するのは不可能だとなる
ただ家族というのを共同体としてあったということを今では死んでも深く理解している
つまり争う家族でも家を維持するということで共同体だったのである。
家という共同体があって維持されていたのである。
だから別に血縁でなくても家は家であり共同体なのである。
だから病気の時は看護したり介護したりとそれは自主的なものとしてしたのである

共同体が何かというときまず家族が共同体だということを理解しないと根本的にわからないのである。
なぜならどんなに大きな共同体となってもそこには家族の延長としての共同体をイメージして形成するからである。
国家でも大きな家族だとなり天皇が親であり国民はその子である赤子としてしいたからである
つまり共同体とは家族が基本だとするとき家族は何かということにもなる

だからこのサイトで家族が非貨幣的に結ばれたものだというときそうなる
家事労働でもそれは非貨幣的な労働であり母親の労働は金銭に換算できないものとして愛情をもって子を育てるものとなる
でも一旦それが家族でないとすると家事の外注すると金銭に換算されたものとなる
そうして現代は家事すら外注されて金銭化されるようにもなった
あらゆるものが労働でも金に換算されて金のための労働となったのである。

共同体は家が核になる、村でも核になる草分けの農家がありそこは前田という地名がついている、原町区の大原などでも前田とついた地名は草分けの家で古いのである
そうした核となるも家がそこに雇われる人がいたりして村が形成される
日本では苗字が必ず村の名前から地名からでている
それが村が一つの姓の下に共同体を形成していたからである
村の結束が強かったのである。日本では村という単位で共同体を形成して来たからであるだから江戸時代の村というとき強固な家族のような共同体であるからよそ者は入りにくいということがあった

ただ共同体というときそこに家族のようなものをイメージする、非貨幣的なもので結びついている共同体である、家族は非貨幣的な結びつきの上に成り立つからである
家族にはまた共同体の原型としたとき宗教でも血縁の家族を否定してもやはり天国は愛しあう家族をイメージしているのである。
だから人間の核には家族があり家族なしでは共同体も天国すらイメージできないのである
でも家族がみんな愛しあう家族とかになっているかとなるとそうはならない
家族だから親子だから兄弟だから憎しみ合うことがある
でも家族の場合は愛しているから憎むということがある
愛の反面が憎むという感情になるのだ
だから長い間家族として争っていても実はそれは愛しているからだったともなっている
おそらく家族とは夫婦とでは形成できない、子供がいてまた兄弟がいてとかになり家族になる、兄弟が姉妹がいて家族共同体が形成される
だから大きな国とかの共同体でもみんな兄弟だとか姉妹だとか言うのはそのためなのである、それで一人っ子はそうした共同性が身につかないから問題視されるのである

ともかく人は愛で結ばれた家族を求めている共同体を求めているのである。
その核に家族がある、なぜ宗教団体がこれほど会員を獲得しているのか?
それはそこが家族のように共同体を形成する場だと見ているからである
実際はまるで違ったものでもそうみる、オウムだってそういうふうに見て入った若い人がいたからである、信仰の前にそうした愛の共同体を求めるが故に入る
それはどこの宗教団体でもそうである、現実は愛の共同体などはない
そこも愛の共同体などなっていない、ただ一応外面はそう装っているのである。
でもなぜそんなに会員になるのかとなれば人々がそうした愛の共同体を求めているからであることは確かである

現代の問題は経済の問題はこうした人間の原型としての家族とかをはみだした経済でありグロ−バル経済になるとその規模は地球的になるからもう共同体などはない
ただ人間と分離した物だけが流通する巨大な世界市場の中でに人間はとりこまれる
だから金だけが突出して異常な力をもつ世界なのである。
金というのは本当は共同体があって機能するものでありその共同体がない世界では共同体を破壊するものとして機能するだけになる

世界でどこでもドルが一番通用する時アメリカの支配に世界があるとなるのもそのためである、アフリカの果てでもドルが通用する
エジプトでロバに乗った少年がワンド−ラーくれとなるのもそうである
今でもまだベトナムとかカンボジアとかでは物価が極端に安いのもグロ−バル経済のためである、そこで金があれば王侯気分が味わえる
それはそこに生きている共同体の関係なく、金があることでそうなるのである
逆に今や日本がインバウンドで観光客を受け入れて中国人におもてなししているのもそのためである、それが過酷なグロ−バル経済なのである
経済が駄目になれば金によって奴隷化される過酷な世界なのである
そしてその国であれ共同体は金によって支配されるのである

不思議なのは「消費者が王様だ」というときもそうである、金をもっている人が王様になるというのでは同じなのである。
すべてが金で差別される、その差が明確なのはホテルとか旅館とかである
江戸時代は部屋の差はなかった、みんな貧乏だからみんな相部屋で同じである
侍も庶民も時代劇では一緒である、今は王様クラスからいろいろある
だから私はホテルとか旅館とは嫌いだった
私は旅することが目的だからただ寝れればいいと思っていたからである。
その点外国は安いホテルとか多いから旅しやすかった、私は食べ物はどうでもいい、旅することが目的だからである。
ただ今になると老人になってかえって食べ物にこだわる、料理も文化だということを知ったからである

いづれにしろあらゆることが金で計られる時代がいいのか?
そのことによって何か人間として本来あるべきものが破壊される、共同体も破壊される
田舎でも都会から大金持ちが来て消費すれば王様になる
貧乏人は来るなとなるのもまさにカジノが日本で作ろうとする理由なのである
大金持ちは歓迎で遊んでくれ、貧乏人は来るな、それはそもそも日本がアジアなどでしてきたことなのである。
でもそのことがカルマとなり今度は逆の現象が起きる
外国の金持ちに使われる、そして日本という共同体は金によってそのモラルすら破壊されるのである。
それは原発事故の補償金問題でも書いたことである

共同体がありモラルでも維持されたがグロ−バル経済になれば金が第一でありすべてになるから維持できなくなる
金さえあればなにしてもいいんだ、金が実際の力だとなり歯止めがきかなくなるからだ
そうして原発も作られたのである。原発は金のなる木だからそうなった
莫大な金が動くものだったのである。事故でもそうである
その費用には驚く、何兆円もの予算が湯水のように使われるたからである
結果としてこの辺では補償金をもらうことに血眼になり共同体が分断されて破壊されたのである。金さえもらえば故郷とかの共同体など関係ない
金があれば王様になれる、もうめんどうな故郷の復興などどうでもいいとなったのであるだから金がすべていい方向に働くとはならない、それは人間のモラルも共同体も破壊するそれは金が共同体の中で機能するのであり今やグロ−バル経済になると共同体を破壊する多国籍企業でも小さな昔ながら村落など感嘆に破壊された
そこに公害になって住めなくなったりしている
それは原発事故事故と同じである、放射能汚染ではその環境が根こそぎ破壊されるからである。そして住めなくなったのである。

なぜ原発事故の補償金でもめたのか?
(金のみがすべてとなって共同体が回りが無視されたため)