2018年07月22日

雲の峰(灼熱の中の俳句)


雲の峰(灼熱の中の俳句)

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真日さして夏野の広し蝶の舞ふ

蝉一つ落ちて死にしや呆気なし

鬼百合や野馬追い近し旗かかぐ

夕日さし湧きあがる夏の雲見上ぐ

雲の峰崩れてさしぬ夕日かな

裏の森山鳩隠れ合歓眠る


今日も暑かった、外の熱気が異常である、こういうときはクーラーである
でもクーラーの部屋に長くいることは体に悪い
やはり暑くても外に出て汗をかくのいい、体温調節になる
この辺でも外で40度くらいになっている場合がある
ただ家の中だと30度くらいである
暑い場所が家に帰るとクーラーの部屋に入るので気持ちいいとなる

暑くてもやはり活動しないと暑さに負ける
昨日は雲の峰が夕べ湧きあがり夕日がさしていた
雲は絶えず変化する、それで写真をとった
夏野というときこの辺は田んぼが草原化している所が結構まだある
日本では夏野というけど田んぼが多かったり広々とした夏野の景色があまりない
だから草原化して自然にもどった景色も不思議であり今もつづいているのである
ただ一面に草原化しているのはいいが畑の回りが草ぼうぼうになっているのが困るのである。
田んぼが草原化したところは地区の人が草刈していたから草原になっている

野馬追いが近く玄関など旗がたつのは野馬追いに出る家である
そこから野馬追いを見るといい、どこの村から出たかわかるからである
野馬追いは旗が家にたつときから始まっているのである。
この時、鬼百合などが咲くのがあっている

蝉が一つ道に落ちていた、人間は死ぬと本当に呆気ない、認知症になった姉はおしゃべりだから死ぬまでしゃべりつづけたが死んだら呆気ないなとつくづく思った
他でも人間は生きている時は何かその存在が大きく気になる
でも一旦死ぬと呆気ない、死ぬまでワーワー騒いでも蝉のように鳴いても死ぬとパッタリと鳴きやむ、こんな呆気ないのかと信じられないとなる

裏の森に山鳩が隠れた、そして合歓が咲いて眠りにつく、今は平和である
自分も介護や看取りや家族との死別で消耗した
この消耗は体力だけでなはい、精神的に相当に消耗する
でも最近なんとか回復してきたのかもしれない、熱中症にもなったがなんとか運動もできているからだ、やはり汗をかかないと体温調節できない、運動は夏でもした方がいいのである、一日三会は回は外に買い物でも散歩でも行く

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原町−鹿島−相馬市の特徴を花から見る

 


 


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組織化団体化の利権追及が社会を歪める (民主主義が機能しない訳)


組織化団体化の利権追及が社会を歪める

(民主主義が機能しない訳)

日本ほどシロアリにたかられた国はない!米国、官僚、企業、政治家政党(共産党を除く)国民の税金にたかっている! マスメディアもシロアリである!政治がダメなので、その結果、日本ほどシロアリにたかられた国はない。そのため国民は、日本史を知らないのみならず、シロアリ天国の日本の現実を知らないのである!兵頭正俊氏…

巨大な農協が、小さい農家から利益を搾取

農家は小さいが農協は巨大だ。取り扱う農作物は十兆円を超え、貯金も六十兆円以上だ。こんな巨大企業に独占を許していたら、弱い立場の農家は搾取され放題になる。
・農家が農協から購入する農薬や肥料などの資材はかなり高額で、例えば、全農を通じて国内メーカーから購入する肥料の価格は、同じメーカーが輸出する肥料の価格の三倍もする。

農協とはそもそも、農地解放と言いながら地主達が特権を継承する場として、作られました。しかし本質は、農家=小作という存在であり、農家の儲けの上前をはね取る搾取対象であるという意識が残存しています。

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大成建設と創価は密接な関係がある
創価大学の就職枠があり利権化している



この利権のことを追求したら限りないだろう、民主主義がなぜうまく機能しないのか?
それは一票というのは何の力もないからだ、それが組織化団体化すると力を持ち利権となる、社会は利益の追求だというとき利権の追求なのである。
利益の追求と利権の追求の相違は利益は公正なものとして利益を得る
農民が汗水たらして米でも野菜でも果物でも作る,それを売るとして利益をあげるのは別に悪いことではない、利益をあげることがみんな悪いとしたら社会自体が成り立たなくなる

ただ混同しやすいのは利益と利権が違っていることである。具体的に小さな畑で野菜を作りそれを地域の販売店で売ろうとしたら農協がかかわり高い肥料とか薬を買わされるという、第一その畑は趣味のものであり売るほどのものはとれない、結局赤字となりその分を自分が払わされているのである。
ただ荒地にしておくよりはいいとして払っている、農協を通じて売るほどのものは全くとれていないのだからそのために金をはらうことはそもそもできないのだ
自分でとれたものを食べるとか周りにあげるとかするくらいである

利権というときあらゆる団体組織が利権団体なのである。
団体組織でも会社もそうだからまず利益をあげねばならない、それは悪いことではない
ただそこに利権がかかわると社会がゆがめられる、ところが団体組織化することは権力化することなのである。権力をもてば利権化する、一個人が商売しても利権にはならない
そして現代社会はみんな会社員だとするとそこは利権化する体質を備えている

それは原発事故で追求してきたけどそこには現代の大きな組織権力がかかわっていたのである。東電は莫大な利益をあげる会社であった
すると官僚でも政治家でもマスコミでもその利益にあずかろうとする
例えば東電だけではない組合も利権団体なのである。
電事連があるとしたらそれも利権団体でありマスコミに800億円もの宣伝費を払っていたのである。それだけの払う金があるからできた、そうなるとマスコミでも東電を原発を批判したりできないから強固な「安全神話」が作られたのである。
それはそうした組織団体が利権をもっているからである。
マスコミは報道するという権力もあっていて第3の権力と言われていた
電波利権をもっていた、テレビの報道は六局でしかできないとなっていたからである

原発では漁業者のことを漁業権の悪用として追求してきたがここも利権団体になっていた漁業権は東電に売り渡すために与えられていない、資源の保護とかがあり東電に売り渡す権利などなかったのである。
でもそこも組織団体化すると誰も逆らうことはできなくなる、暴力団のようになる
実際原発事故前でも多額の補償金をもらっていたが知る人はその近くに住んでいる人たちだった、原発御殿が建っていたとうらやましがっていたのである。
でもそれを知ることすら地元でもできなかった、報道されないからである。
原発に関しては報道管制がしかれていたからできなかったのである。
もし一個人がプログで批判しても原発事故前だったら怖いことになったと思う
そこは利権化した団体でありもし批判したら攻撃される、暴力があったかもしれない、
だからそれを近くで知っていても何も言えないとなっていた
そういうことは今の社会でありふれているし常態化している
だからマスコミではそのことで気を使い何も言えなくなる、差別だとか常に障害者でも団体があり同和利権とかもありそういう団体は暴力団のように怖い存在なのである。

利権と利益は違う、利権は公正な競争の原理が働かない、官僚は権力をもっているから東京医科大学でも予算を配分してやり子供を裏口入学させるとかある
官僚とか公務員でも検察でも警察でも組織団体でありそこは強力なた権力をもつからである。原発で東電で明らかにされたことが海上保安庁から検察から警察から官僚から天下りしていた、それが利権構造を作り原発事故に結びついたともなる
そういう権力組織団体が「安全神話」を作ったからである。マスコミもそうである

それは今の社会のあらゆる面にある、医療でも医師会の団体は強力な力を持つ、自民党はその組織に頭が上がらないとかなる、医師会も利権化して報酬でも引き上げようとする
そして薬剤関係も会社も医師会とかとかかわり利権化する
そして必要のない飲ませたり医療もゆがめられる,その金も膨大なものとなりそれが国民に跳ね返ってくる、税金として払わされるのである。

利権というとき公明新聞にゼネコンの宣伝がのる、するとそれは公明新聞の収入になる
それで社員を養うことができる、カルト宗教団体は巨大な利権組織なのである。
だからこそその活動は一票を確保することでありそれ意外なにもない
信仰としてもそれは御利益利権追及のため毎日祈っているのである
宗教というときそれが組織化団体化したときヨ−ロッパの歴史でもカトリックが巨大な利権化したしいかに仏教でも日本でも利権化したか?
仏教というのは強大な利権団体だった、僧坊は城でもあり僧兵もいたからである
だからこそ信長がその利権団体を潰すために戦争になったのである

この世とはそもそもそうした利権化の歴史だったともなる、利益追求でもそれが利権の追求となる、それが政治闘争ともなる
ではなぜ利権が悪いのか?
それが社会を根本的にゆがめてしまうからである。
それが具体的に原発事故で明らかになったのである。
漁業組合の利権−官僚の利権−マスコミの利権とかが一体となり事故につながりとりかえしのつかないものとなってしまったからである
そもそも明治維新以降は会社組織が生まれそれは利権団体化する

例えば地域でも農協は身近であるが利権団体化するし漁業組合もそうだったし銀行もそうである、銀行も利権団体だというとき資本主義社会では銀行は大きな役割があり利権化する、国債を国から買って利子をもらっていたがその利子がもらえなくなり苦しくなり今度は投資信託を売りつける,これは全く銀行では手数料が確実に入るから損しない商売なのである。それで自分も損した、銀行も利権化しているから国債を買って国から利子をもらっていたというとき利権化しているからである。その利権を失って投資信託とかもともと銀行ではしない商売をするようになった

とにかくこの利権を正すことは本当にむずかしい、ただその利権を正さないとまた甚大な被害が国民が負わされるのである、利権で動くことは本来の正当な活動とは違うからである、利権によって正当な活動がはばまれるのである
それが社会に甚大な損害をもたらすから怖いのである。ただそれに歯止めをかけることは今回の原発事故のように困難を極めるのである。
検察とか官僚が利権にかかわるとそもそも利権を正すことはもうできない
原発には検察と国がかかわっていたからできないとなっていたのである。

いづれにしろ利権化するとうまい汁が吸いる、天下りで何もしないでも高額な収入を得る利権を得るには組織化して団体化することである、それが大きければ大きいほどいいのである。すくと政治でも官僚でも会社でも動くとなるのである。
ただ権利はrightてあり正しいから与えられる、漁業権でも資源の保護とかのために与えられるのだから権利が悪いとはならない、権利を反対にすれば利権になるから共通性がある、権利は利権となりやすいのである。
誰でも利益を得たいだから権利を得たい利権を得たいとなる、ただこれらが混同されるのである、正しい利益は否定できないし権利も必要だが利権は違うのである
それが一体化しやすいのである

報道する権利は今まではマスコミしかなかった、でもそれがインタ−ネットで万人に与えられたことは権利をrightを得たということである、ただ力が弱いから利権にはならない
もしマスコミのように力を得れば利権化する、例えばこうしてプログで報道したとき何万人から何十万にとか読むようになれば力を得るがそれは一握りの人しかインタ−ネットではいないのである。
そうなると大衆化して本来の役割を果たせないともなる
報道するにも権力がないとできないということはある、第一官僚でも警察でも情報を得るには権力がない限りできない、重要な情報を得ることはできないからである。
そしたら追求もできないとなるからだ
NHKは巨大な権力組織集団である、だから影響力も大きい、それで利権にもなるから月給も高いとなる、第一視聴料を強制的にとる権利をもっているから利権団体だからである。そういう権利が与えられたのは利権のためではない、国民に公正な報道してもらいたいからである、でもそれをしていないから視聴料を強制的にとるのはやめろとなる


タグ:利権の悪