2018年07月11日

静岡の常葉大学の学生が来る (卒業論文で市町村合併がテーマ)

 静岡の常葉大学の学生が来る

 (卒業論文で市町村合併がテーマ)

 駅でインターホンで話している人がいた、乗車賃を払おうとしたが払えない、それでわからなくてインタ−ホンで原町駅の人に聞いていた
 それでちょうどその分の金がないので一万を自転車屋で交換してもらった
 金が多くても困るし少なくても困る、でも無人駅なのだからそのまま出てもわからないのである、だからこうして通り過ぎてわからないのに金を入れる人がいるから日本人は真面目な人が多いのかなとなる、もし外国だったらそういうことがないかもしれない、自分に何かそういうことがなかったから感心しているのである。
 こういうことで無人の販売店でも金が置かれている商売が日本では成り立つ、外国では成り立たないと思う

 その人は市町村合併をテーマにして卒業論文を書くために来ていた
それでこの辺の事情をいろいろ教えてやった
社会環境学部だという、何か最近環境学部というのがはやりだとなる、これも時代なのだろう

とにかく大学が多いのには驚く、時々自分のプログに来る人を調べる、すると大学から来る人がある、その大学の名前もわからない、なぜそしてこんなに大学あるのだろうと思う
日本には 764 大学あり、そのうち約 8 割が私立大学
日本に存在する60パーセント以上の大学はFランク大学である

456もFランなのか?何かわからない大学が地方にも増えたのである。
大学の価値はすでに50年前から相当に低下していたのである。
私立文系などはそうである、現代の大学の特徴は国際化とか環境学部とか情報学部とか現代にあった学部が生まれたことである。
浜岡原発がありそれでここにも関心をもったのかもしれない。
でも国際とつくと何かFランだとされている
自分もFランとたいして変わりないのである。
大学でほとんど勉強していないからである

正直大学は増えすぎた、だから質も劣る、実際一割くらいしか大学と言えるものであり後はただ名前だけなのである。大学とつくと何か名前で偉そうに見えるのである。
だからこの名前を変えないと時代にそぐわないのである。

駅はこのようにいろんな人が来る出会う場所だということである
最近駅ですることがないが前にはネパ‐ルの人と出会ったり出会いの場所なのである
外部の人を迎える場所でもある、自分が日ごろしていることだったから説明できた
案内もできたとなる
その人は静岡市から来たという、そこで清水市とかがあったがこれも合併で静岡市の清水区になったというから合併の影響があった
静岡市というのがわからない、清水市とか焼津市とか知っているが静岡市というのがわからなかったからである。静岡県があり静岡市があった、福島県があり福島市がある
でも仙台市があっても宮城県なのである。全部がそうはなっていない
合併して元の市町村がわからなくなる、相馬市だってもともと中村だったけど相馬氏が野馬追で知られいるということで相馬市にしたし南相馬市にしたのである。
そうすると前の歴史がわからなくなるのである

その人は鹿島の区役所に行って聞くと駅を去った、一日泊まってとか調べるのかもしれない、そういう人はここにはずいぶん来ているだろう
医者でもここを研究の場にして名をあげるとかそのことが目的で来るから問題だと指摘されていた
この辺は自分でも追求してきたけどあらゆることの問題の場所になったのである。
自治体のありかたを調べるというがそれもここでは問題になた
だから社会環境学部とかでもここは良い教材になってしまうのである

西日本の大雨の被害も津波とにていた (早めに避難することができないで死んだ人もいた)


西日本の大雨の被害も津波とにていた

(早めに避難することができないで死んだ人もいた)

今回の広島などの土砂崩れとか水害と津波の被害はにていたところがあった
まずあんなに大きな被害になるとは内部でも外部でも思っていない
ただ同じ地区で土砂崩れで50人とか死んだ地域では死んだ人はゼロだった
それで教訓が活きたのかとなる

みんなやはりこうした被害を想定していない、ここではそなことが起こりえないとか思っていた、でも必ず想定外のことで被害が大きくなる
実際には200年前に被害があったとか調べるとある
そこに50年とか住んでいた人はここでは被害は聞いたことはないとかなる
でも50年住んでいても人間の時間間隔では大災害に対処できないそれで津波の時はかえって老人はここに津波が来ないということで逃げずに死んだのである

また避難するときむずかしいのは家にはいろいろなものがありそれを置いて逃げるのが簡単にできないのである。命だけ助かればいいとは人間はならない
家は一番安心する場だと思っている、それは理屈ではない、人間は家があって生活している、だから家から簡単に離れられないのである。
それが弱点となる、動物でも鳥でも危険を察知すれば即座に逃げるからである
何ももたないから逃げやすいのである

文明が発達すると何かかえって第六感みたいなものが衰える、こんなに雨が降ったことが今までにないな、これは危険だとならない、みんな天気予報だとかを聞く
そこで避難指示がでて避難する、でも自ら判断して早めに避難した人は助かったという人もいる、その時やはり危険を察知する感を自らもつ必要もあるが今はメデアとか他者に頼る、それで判断が遅れる
文明はそうした様々な外部のものに頼るシステムになっているからである
でも緊急の場合は自ら判断して逃げないと遅くなるのである
一分一秒を争う場合があるからだ、他人のこともかまっていられない

津波ではそうして他人のことを心配して見に行った人が津波にのまれて死んだのである
それは老人だったのである。
今回も老人が多く死んだというとき老人は家にこだわり行動が鈍くなるからそうなる
そして過去の経験にこだわる、ここで50年いるが災害が起きたことはないとかなる
だから老人を見に行って若い人が死んだというのは自然の摂理にも反していた
若い人は助かるべきであり老人が死ぬのが順序だからである
それは何か高齢化社会でもそうなる、老人のために若い人が犠牲になるのはおかしいともなる、自然の摂理に反するともなる

ともかく災害でも人間の時間間隔は短い、百年いたとしても短いのである
家の方が人間より長く残っている,すると家の方が寿命が長いから後世に残る
自分の家を建てた家族も確かに40年くらいは住んだが死んだ
その後に今度は自分が跡を継いで住んでいる、つまり家は二代続いて住める
人間の命は短い、だからその短い間隔で判断にすると間違うのである
百年二百年千年単位でも災害は日本では常に起きてきたからである

緊急時に避難するとき確かに近所の人とかに相談するとかして逃げやすいとかある
でも時間が切泊しているからそれで判断を間違うこともある
逃げなくても大丈夫だよともなるかもしれないからだ
この辺で原発が爆発したとき何が起こったかわからない、そもそせ原発のことが皆目わからなかったのである。放射能がどうのうこうのもわからなかった
だから自分は一番放射線量が高い時外を出歩いていた、他の人は家に籠っていたのである半分は30キロ圏外でも避難したのである。
バスを用意するがたりないとか良く市の人が言っていることものみこめなかったのである回りの人が避難したかどうかもわからなかった
ただ自分の場合介護していたので避難できなかった
でも半分は避難したのである。

ともかくなぜこんなに大きな被害になったのか?
河川改修することは今年に予定されていたが間に合わなかったとかもある
なぜならこの辺は二回水害の被害があり自分の家は街で一番低い所にあり被害が大きかった、でも河川改修して被害がなくなったからだ
津波の時もすぐ近くの堤防から水があふれた、津波は最初に川を上ってくるのである
でも河川改修して土川幅を広く土手を高くしたからここまであふれなかったが危なかったのである。

ただ広島でも砂防ダムができたから安心だとかいってここに住んだという人も被害にあった、それは三陸の方でも津波の防潮堤を高くして安心だとしても想定外の津波が来て大被害にあったのと同じなのである。
人間の技術には必ず限界がありすべてに備えることはできない、なぜなら必ず想定外のことが起きるからである。
だから江戸時代には日本では災害から逃れられないとなるべく早く逃げることに専念した江戸では大火があり長屋のような所でなにももたない生活をして逃げることを優先した
そして火事になったら手早く壊すことに専念した
それも災害に対処する知恵だったというのもわかる

だから技術には限界があるから逃げるということを優先するというのも知恵なのである。
日本は本当に自然災害から逃れられない国である。それもどこで起きるかわからない
東南海地震津波が起きるといっても起きない、別なところで起きているからどこで起きるかわからない、そして意外な場所で甚大な被害になる
そして砂防ダムでも役にたたなかったとなる、200年に一度の大雨に対処できなかったとかなる、そういうことの繰り返しなのである
だから自然災害では命を優先して逃げるのが先決だとなる
ただそのことが一番むずかしいのである、時間が切迫しているから判断を躊躇していると死んでしまうとなるからだ、ここが人間の弱点なのである
津波で助かった人はその後なにもいらないとか言っていたのはやはり命だけでも助かったことでそうなったのである。

今回の大雨で被害にあわれた方々にお悔やみ申し上げます

posted by 老鶯 at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層