2018年07月13日

無関心が原発事故の原因にもなった (「安全神話」が無関心にさせて作られた)


無関心が原発事故の原因にもなった

(「安全神話」が無関心にさせて作られた)

原発に関しては 「見ざる、聞かざる、言わざる」だった
見ようともできない、聞くこともできなし言うこともできない
「安全神話」が政治家、官僚、東電とマスコミが一体になり強力に作られていたからである。
原発に勤めていた人も「安全」だと言っていたから常に脅迫的に地元でも安全を言っていたのである、だからそうして原発で働いている人も多いからそういう人たちが身近に回りにいるから地元でも何も言えないし聞くこともできない

自分の住んでいる場所はちょうど30キロ圏外であった、でも30キロ圏外でも放射能の影響はあった、でも遠いから関係ないと関心もなかったのである。
それより福島県全体で関心をもたされなかったのである
それで今になって関心をもたないということが怖いことになることを知った

無関心・無視はやがて罪になり自分に襲い掛かる『なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師の告白−』

はじめにやつらは共産主義者に襲いかかったが、私は共産主義者ではなかったから声をあげなかった。 

つぎにやつらは社会主義者と労働組合員に襲いかかったが、私はそのどちらでもなかったから声をあげなかった。 

つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった。 

そして、やつらが私に襲いかかったとき、私のために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった。 

原発も同じだったのである。関心をもったのは補償金とかそこで働くと金になることしかなかったのである。また関心をもたされなかったのである
誰も警告もしないしただ「安全神話」になり日本の技術者は優秀だから日本では事故にならないとかなっていた、それは津波でもそうである、スマトラであれだけの被害があったのに日本ではスマトラなどでは津波のことわからないからあんなに被害があった
日本だったあんなふうにはならないとか言っていたのである。

国家規模になるとわかりにくいが自治体はいろいろなことで直接関係してくる
だから政治を学ぶには適している、具体的に身近に利害にも関係してわかりやすいのである。
ただ南相馬市でも原発にはほとんどみんな無関心だったのである。
なぜなら東北電力で小高に原発を作られることでも無関心だった、知らない人すらいた、自分も知らなかったのである。ただ家で庭を作ってくれる大工さんが原発できるから景気良くなるよと言っていてそうなのかと思った
でも小高にできるということはかなり危機意識をもつ、いくら原子力のことを知らなくても小高は近いからである。わからないにしても不気味だとなる

ともかく漁業権を東電に売り渡して土地を確保してそれで知事の許可で原発が建てられるということが今になると信じられないとなる
これだけの広範囲な被害になるのが原発事故だという認識がないからそうなった
そんなことを教えられらないそうなった
第一東電では事故の時、スピ−ディで放射能を計ることができた、風向きでもそれで計りどこが放射線量が高くなるか知っていた

しかしそれを浪江町とかに知らせないで浪江町民は一番放射線量が高い対馬に町長の命令で避難したのである。
そのことを教えたのはアメリカだったのである、つまり日本は事故になっても何ら対策できない、アメリカに教えられているだけだったのである。
それで「安全神話」が作られていたのだからそれは権力によって作られたものだった
これは共産主義国家と同じだったのである。
中国の最大の問題は共産党一党独裁であり習近平にさからえば刑務所送りとなる
北朝鮮ではただちに銃殺になる、それと原発に関しては似たようなものだったのである。
民主主義はとにかく賛成と反対がある、一人でも反対する者があれば一応その意見を聞く言わせるというシステムである、なぜなら多数がすべて正しいとはならないからである
反対でもその意見を言わせて判断する,それだけも民主主義になりうる
それすら原発ではなかったのである。
反対意見を聞けばそういうこともあるのかと思う人がいるからだ
でも全くそういう反対意見も言わせないとなるともう民主主義はない、中国や北朝鮮の独裁国家と同じなのである。原発に関してはそうなっていたのである。

それで何もなければいいが事故になり住めなくなったりナチスのように大被害になる
その死者数も膨大なものになるから怖いのである。
ともかく情報でも権力があるものに握られて知らされない、第一権力をもっているのが官僚であり警察でもそうだかそういう人たちとかかわるとき簡単に情報も得られない
それで権力に従うだけだとなる
福島民報は官報と同じである、県で50パ―セント出資しているからである
そういうところに完全に国とか官僚の言いなりになるだけなのであり全く期待できないのである。
だからマスコミとかNHKすらあてにならないのである
みんな「安全神話」に加担したからである、科学者は技術者は御用学者と化していたからである 

いづれにしろ無関心というのは怖いと自分でも思った、原発に無関心だったからである
また無関心にさせられていたともなる、そういうなかで「安全神話」は形成されていた誰も危険を言うものはいなくなっていた、議論すらしない、議論も大事だと思ったが反対を言うこともできないのだからどうにもならなかったのである。
確かに危険を言う人がいたがそれが何か「安全神話」の前に冗談なのか奇異に見られていたことでもわかる,今になると原発は東京に建てるのが筋だったのである
危険だと思っていたからフクシマに建てたのである。
それだけ「安全」というのなら東京に建てても良かった、送電線も作らなくてもいいからコスト面でも良かった、それをしないのは東電でも政府でも危険と思っていたからであるそういうことを議論にすらならなかったのである。
議論もできなかったのである。ただ一方的な安全神話だけが権力によって形成されていただけなのである。

ともかくこの辺は民主主義が何か問われたし自治体とは何かも問われた、政治にかかわらざるをえない場所になった、それは具体的に見えるものとしてかかわらざるをえなくなったのである。
漁業権に疑問を持った人もいなかったし無関心だった,でも今になるとそんな権利があるのとかなる、ただまず漁業権がどうなんだとか言うと漁業組合の人たちににらまれるから事故前はまず言うことすらできない、そこだって権力をもっているからである。
今だから言えるようになったのである。
結局情報も権力によって左右される、操作される、そしてそれが大事故になり後で真実が暴露されるとなるのが人間社会であり人間の歴史だともなってしまう
ともかく無関心だということが大きな罪であり大きな事故につながることは確かだったのである。
posted by 老鶯 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

駅は野馬追い迫り出入りが多くなるのか? (仮設商店街のはる食堂も閉鎖したのは残念)

駅は野馬追い迫り出入りが多くなるのか?

(仮設商店街のはる食堂も閉鎖したのは残念)

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相馬農業高校の人がトマトを売りに来ていた、いい色をしたトマトである
6個くらいで300円だった
一軒一軒回って売っていた、ス−パーで売るともうからないから直接売りにきたのだろうトマトはとにかく種類が多いし競争も激しい、トマト栽培している人が増えすぎたためだろう
トマト栽培とかでだと農家でもやっていけるからみんなやる,すると生産過剰になり安くなっていると思う、あんなふうにして売りにくるのも生産過剰になっているからかもしれない。

「トマト生産業界」は、現在、飽和状態で糖度の高いフルーツトマトの市場は激しい競争下にあり、世羅町に進出している大手「カゴメケチャップ」が県内の市場を席巻し、県内トマト農家は企業力のある大手企業に太刀打ちできない状況にあるとの情報もあります。水耕栽培トマトは、大量に収穫が可能で生産過剰が常に発生して、商品価値が著しく低下、廃棄されるトマトは相当量になっているとのことです


今日駅にいたのは前に見かけた女性でその人はネパ―ルの人といたからネパ―ルの人だと思ったがフィリピン人だった、なんか田舎でもいろんな外人がいる
ネパ―ル人とかベトナム人が増えたのが最近の特徴である

野馬追いが近づくと駅の出入りが多くなる、それで混んでいたとなるのか?
やはり乗車証明書のことがわからない、初めての人にわからないのだ
外部から来る人が増えると案内の仕事がある
最近は案内の仕事はしていなかった

仮設のはる食堂は閉鎖した
前のあつみ食堂もやめた,工事関係者が減ったし5,6人とかしか来ていなかったようだあそこの仮設商店街は壊すらしい、コインランドリーとかマッサージとか二軒しかやっていない
あそこも終わりなのかと思った

あつみ食堂の次にはる食堂では世話になった
カレーがうまかった、500円で安かった、カレーの味はみんな違う
あとは餃子定食を700円で食べていた、このくらいの値段でないと入りにくい
千円となると入りにくい、この点原町はいろいろあるから便利である
ただ自転車がから気軽には行けないのが残念なのである
 たこ焼き屋もやっているからあそこは継続する、食事には一番困っているので生協に入ってオカズをなんとかしようとしたがこれもあまりいいものではとなかった

はる食堂様お世話になりました


『西日本豪雨の甚大被害増える雨…治水対策は⊶プライムニュース』 (文明化都会化すると災害も巨大化する)


『西日本豪雨の甚大被害増える雨…治水対策は⊶プライムニュース』

(文明化都会化すると災害も巨大化する)

プライムニュースでの話は面白かった、洪水の被害があったけど川は恵みをももたらしていた、田んぼにわざわざ畔を切って大雨になり水害になったあとに泥水を入れていたという、その泥水に有機物があり栄養分があり肥料になったという
これもナイル川が定期的は氾濫して泥が流れて栄養分をもたらしてエジプトはナイルの恵みで栄えた話があり日本でもそういうことがあった
自然は必ず災害があったとしても恵みも同時にもたらしている
海だって津波の被害があっても恵みをもたらすものとしてある

関東平野でも土台を高くして土盛して家を建てていたし倉があり一か月くらい食料を備蓄していて舟まで用意していたのには驚く、それだけの備えがあった
それができなくなったのは日本中が都会化したためだというのはわかる
そもそも文明が発達すると実際は住んではならない所に住むようになる
第一田でも海側に作るの自然に逆らうことである、縄文時代ならそんな技術もないから人は住まない、高台に主に住んでいたのである。
平地は日本ではたいだい湿地帯になっていたからである
台とは高台であり平らという地名も高台にある場合がある
こういう地名が日本には多い、そして野は傾斜地なのである。
日本には山が多いから傾斜地が多いのである

日本はとにかく洪水が多い,自分の家も二回も水害にあっている
街の中で一倍低い土地だったのである。伊勢湾台風の時は一番被害があった
その後も堤防が決壊して水害にあった、その後河川改修して水害が起きていない
川幅を相当広くしたから流れも良くなったのである。
ただそれで安心かというと異常気象とかで今回のような予想しえない雨が降ったらわからない、津波が川が上ってきたときは驚いた
500メートルくらいの下は堤防からあふれていたからである
ただ堤防は決壊していない、決壊したら被害にあった

日本は2000年ころから公共事業費を減らして外国より予算を使っていない
これだけ災害がある国なのにそうなのかと思った
田中首相の日本列島改造論までは公共事業に金を使っていた、それで道路など作りすぎたので減らすことにした、それと同時に治水対策の工事も減らしていたのである。
日本は緊縮財政になり福祉とかに使う金が増えすぎたのである。
国民でもその要請が大きくなったから公共事業に使えなくなったという
広島の倉敷真備町でも工事がはじまるところだったが遅くなって大被害になった
そこは危ないと認識していたのである。

今日のテレビの放送で川は堤防内の河川敷とかに木が生えているのは良くない、水嵩が上がったり流木化したりして下に流れるから良くないという
それで浪江の復興住宅に移り住んだ人が木が茂っているから切ってくれと言っていた
確かに木が茂りすぎている、でもそれを見ていると合歓の花が咲いたり鳥がきてとまったり自然が街の中にあっていいなと見ている
それで木を切るのなと反対運動があり木を切れないとも専門家が言っていた

真野川の岸辺はきもちいいい場所なのである。それは街の中を流れている感じにもなる
そこを散歩すると気持ちいいのである。

葉群に山鳩が来て隠れ
木陰なすところ
テーブルがあり座る
そこで同じ年の旧知の人と
故郷の昔を語る
その人は病が癒えて
散歩しているから良く合う
夜には蛙も鳴いて
田畑も回復した
ここはといい場所だと思う

なんかこんな詩もできる場所なのである。真野川のいい点は街の中を流れているという感じになるからいい、それは盛岡でもそうである、二つの川が北上川と中津川が流れている川の街なのである。仙台でも広瀬川が街中を流れている
浪江では二つの川が街中を流れていたから一番いい場所だったとなる
相馬市の宇多川は細いし貧弱に感じる、川もあまり流れていないのである。
ただ人間は意外と自分の住んでいる場所の良さがわからない、当たり前になりわからないのである。ただ日本でもそうだが外国と比較するとわかるのである
それと他の街と比較するとわかる、真野川は長い川だから大きい川なのである。

それでも土手に堤防に桜の木が良くないという、根が張っているがそこから崩れやすくなるという、これも意外である、美的な観点からばかり自分は見る傾向がある
防災の観点からすれば違っている、でも堤防に桜の木があり春には花が咲きそこが夏には木陰になるのは気持ちいいのである。
でも右田の松原は津波でなくなったがあそこもまた松は根を強く張らないから根こそぎ津波で流された、末は津波に弱かったのである。竹は津波に強かった
竹は強く根を張るからである、防災の観点からすると松はいいものではなかったのであるただ松だけの景色は人間が人工林として作られた風景だったのである。
自然だといろいろな木が生える雑木林になるからである

日本は自然との共生を歴史的に計ってきたがしかし都市化したことが災害を増やしたのである。都市化したことは東京でもゼロメートル地帯があり大災害になる
江戸で大火になったのは人家が密集して空き地がない、それでたちまち延焼したのであるそれも都会化したための大火事であり都市化すると災害が巨大化するのである
だから都会は災害に弱いしそれを防ぐ術がないのである
災害からみたら都会は怖いと思う、でもそこに住む人はそなに危機意識もない、ただ離れられないということもある、それは便利だからだともなる

津波でも便利だからといって海に接した港の回りに住んで大被害にあった
便利だということは自然から見れば危険にもなる、文明は便利なものを追求してゆくがそれが危険なものにもなる、原発もそうだったのである
エネルギーでも炭とか木材でまかなっていればこうはならなかったからである。
都市化することは危険が増すことなのである。
洪水に備えるにも費用がかかる、たいしたこはないといってもやはり大工事になる
洪水でも地震でも津波でも都市化するともうそうした自然災害に限界があるように思う
備えきれない、異常気象になり備えきれないのである。
文明化都会化はそもそも自然に逆らうことでありそれが被害をもたらすのである
だから海側の湿地帯を田んぼを開拓したことは自然に逆らうことであり松原でも根こそぎ津波で流されたし昔は海だった八沢浦などが海に戻ったのである

だから都会は防災するにしても限界がある、地震でも津波でも火事でも防災できない
でも都会から便利だから離れられない、それは津波で被害を受けても港にまた戻ってきたと同じなのである。
でも高台を作りそこに家を作り食料を一か月分備蓄して舟まで用意している昔の方が安全度が高いというのも防災に関しては江戸時代の方が優れていたと感心したのである。
輪中などもそうである、防災に対してそれが有効だったのである。
大都会化すると防災の都市作りといっても限界がある
そこで大被害になってしまうのである。人間は自然に逆らっては生きられないということは今でもいくら文明が発達しても同じだということがあったのである。


posted by 老鶯 at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年07月14日

土地のカルマを知れ (呉市は70年前に2000人が死んでいた!)

土地のカルマを知れ

(呉市は70年前に2000人が死んでいた!)

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過去の主な土砂災害一覧表

No.発生年月要因主な被災地被害概要

大正15年9月集中豪雨広島市山本川(祇園町死者24名),温品川(温品町,死者4名),畑賀川(瀬野川町,死者69名)他
昭和20年9月枕崎台風呉市,大野町死者行方不明者2,012名
昭和26年10月ルース台風大竹市,佐伯郡死者行方不明者166名
昭和42年7月豪雨呉市死者行方不明者159名
昭和47年7月豪雨三次市死者行方不明者39名
昭和63年6月豪雨加計町死者行方不明者15名
平成5年7月台風5号戸河内町,筒賀村家屋全壊1戸他
平成11年6月豪雨広島市,呉市死者行方不明者32名
平成13年3月平成13年芸予地震呉市死者1名,家屋全壊58戸他

呉市はまわりが山で囲まれていたから土砂崩れが起きやすい場所だった、そういう土地のカルマを宿命的にもっていた
驚いたのは昭和20年に台風で2000名も死んでいたことである
そして同じように災害で被害があった、災害はカルマとして繰り返されたことである
カルマはくりかえされることである
人間に業(カルマ)があり同じようなことが繰り返されて苦しむ

カルマは苦しみとなって現れた時に意識する

カルマは何もなければ意識されないのである、ただ苦しみがあるとこれは何なのだろうとして意識して考える、何もなければカルマを意識しようがないのである
カルマには大きな災害もそうだが個々人でも家族でもいろいろなカルマがあるからそれがわからないのである

この辺では相馬地方では津波が来ないとみんな思っていた
津波の経験した人は誰もいないし記録にもなかった、伝説があっても注目した人はほとんどいない、ただ記録として生波で700人溺死として相馬藩で記録していた
ただ二行だけでありソ被害の状況も何も記されていないから本当に津波があったのかどうかいくら調べてもわからなかった、言い伝えも何も残っていないからだ
でもカルマは確実に苦しみとなって現れる
その時カルマを意識する、ただ400年前の津波で人々700人溺死したとしてもそのことについて何もわからない、やはり今回の津波のように苦しみ死んだ人たちがいたとなる
呉市の場合は昭和20年だからそれを経験した人たちも生きている
そんな昔のことではなかったのである。2000人も死んだことを簡単に忘れることはないだろう、呉市は山に囲まれているから土砂崩れがあれば大被害になっていたのである。そういう土地のカルマを背負っていたのである。

自分の家も伊勢湾台風で被害が大きかった、土地が一番低い所にあったからだ
その後も川が堤防が決壊して被害があった
二回水害にあっている、それは土地が低いという土地のカルマであり宿命だったのであるただ河川改修してからは洪水は起きなくなっていたのである。
ただ津波が川を上ってきたときは堤防から水があふれていたのである。
それは500メートルくらい下だったから危なかったのである。

やはり今回でも倉敷の真備町では河川改修始めるところだったが遅くなり大被害になった
ともかくカルマはわからないことがある、何もなければ意識されないのである。
ただ苦しみとなったとき意識する、土地のカルマがありそこに同じような災害が忘れたころに起きてくる、津波とかなるとその間隔が長いから全く意識しないようになっていた
でも400年でも1000年でも大きな地震が津波が起きるように日本では土地のカルマで起きる、だから呉市で70年前に2000人死んでいたことでそういうカルマのある土地であり同じような災害が起きても不思議ではないと思った
posted by 老鶯 at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年07月15日

三人の不幸な母親 (因果応報は必ずある、カルマは最後に苦しみとなって現れる)


三人の不幸な母親

(因果応報は必ずある、カルマは最後に苦しみとなって現れる)

その女性の親は三人いた、5歳までは実の親が育てていた、ただ姑とうまくいかず5歳で家を出た、娘は姑に育てられた、その原因はあまりにも気の強い姑にあったが嫁にもあった、なにか新興宗教にこっていたらしい
その実の親は金持ちの家の後妻になった、何不自由なく暮らしていたのである。

次に姑に育てられていたが新たな嫁が来たがその嫁も姑とはうまくいかず別に暮らすことになっいた、姑ととは別な家で暮らすことになった
だから姑には問題があった、とても一緒に暮らせるような女性ではなかった
その女性自体が後妻に入っていたのである。

そしてその時自分の母親はその後妻に入った継母に育てられたのである。
そのことで聞いた話でひどいなと思ったのは
「継母が弁当を作ったのだがそれを残した、そしたら俺の作ったものは食べれないのか」とその弁当を投げたという、これはひどいなと思った
継母ということがあり何かそういうことが他でもあるだろう
ともかく母の実家は問題の家だったのである。

その後三人目の母親に娘は育てられた、ただその娘はかわいがられたし金には困らない
だから不幸の生い立ちの人はいるからそんなに不幸なのかということもある
両親が死んで施設にあずけられたとかあるからだ
今度はなぜか三人目の母親とはうまくいっていたようだが何かと干渉するので反抗するようになった、自分の家ではあまりその三人目の母親とはうまくいかずつきあっていなかった、ただ娘はうまくいっていると思っていたのである。
別に継母でもない、かえってかわいがりすぎてて問題になった
でも自分の母親のようにひどい継母の仕打ちなどしされていないのである

その後どうなったのか?
最初に5歳まで育てた実の母親は病気になり娘を頼ってきたのである。
それまで長い間会っていないかったのである
でも夫が死んだりして一人になり頼るものがなくて娘に頼ってきた
しかしその時その娘は異常人格者になっていた
自分の家にきて自分の母親に弱って寝ていたのだが
「おばちゃんは金あるんだから金でめんをとみてもらへ」
と言って血相変えて去って行った、その後は会っていない
あんな人間になったことに驚いて声も出なかった

その娘は三番目の一番かわいがられた母親にも病気なったとき何もしない
放置していた、そして自分の家に自分に電話で言ってきた
「ひどい娘だわ」と言って白血病ですぐに死んだのである。
すぐに死んだから良かった、それが介護になったらどうなったのか?
とても介護などできる娘ではないからだ
それが救いだったのである

関係がうまくいっていなかった自分の家でもあるが最後に自分に言った言葉は忘れられないとなる、娘は葬式をちょっとして何か孝行したようなことを言っていたという
全然違う、ある意味で呪いの言葉を残して死んだのである。
いろいろあっても一番世話してくれた母親だったのだからそれが理解できないのだ
まずその娘は異常人格になっていた、血も涙もない人間のようになっていたのか?
長い間会っていなかったから人間は変わるものだと思った
悪魔のようになってしまったとも見た

そして最初の5歳で別れた実の親はアルツハイマーになった、娘は何もしない、金をもっているので金だけに関心がある、後妻に入った家にも息子がいて金で争っているらしい
この娘は実の娘だと母親がたよっているけどそんな感情は微塵もないのだ
現実に最も長く一緒にいてかわいがられた親が病気になっても何もしない、捨てていたからである
そんな娘に頼る実の親も不幸であり怖いと思った、実の親だと自分は思っていても相手そんな感情など微塵もない,ただ金になるから施設に入れているだけなのである。

そして自分の母親の継母だった人は施設に長く入っていたが目が見えなくなって妄想してしいた、性格があまりにも気が強くて回りとうまくいかなかったらしい
そして目が見えなくなり自分の母親を頼ってきたのである。
自分の母親は子供の時そうしてひどいめにあったしその後もいろいろとあまりにも気が強い人だからひどいめにあった
でも自分の母親は親だということで施設に見に行っていたのである。
そして最後に「悪かったな」と言って死んだ、何か反省してそう言ったのだろう
その骨は大学病院で解剖されて自分の家にもってこられて母の実家の墓に収まった
何か自分の母親の実家はいろいろな問題がある家だったのである。
父親が警察署長であっても事業に手を出して失敗して一家離散のようになったり問題があった

人間は結局因果応報でありカルマから逃れられない、必ずそうしたカルマが行為の報いを受けるのである。カルマが苦しみとなって現れる
三人の母親を不幸にしたのは何なのか?
最後の後妻の母親のことはわからない、その娘のことがどうしても理解できない
いくらいろいろあってもそこまでなっていることがわからない
それは娘自体の人格異常でありそうなった原因が最後の母親にだけあるとは思えないのである。

人間は結局カルマから逃れられない、因果応報は必ずある
それが必ず苦しみとなって現れる,そしてカルマを積まないものは一人もいない
何かしらカルマを積みそれが苦しみとなって現れるのである。
その現れるのも死ぬ間際になってとかになる
そうしてカルマを積んだ人がほとんどなのだから人間の死の様相はいいものとならない
断末魔の死が多いのである。
それはカルト教団に入っていても同じある、決してそのカルマはカルト教団に入っても解消はしない、むしろカルマをまた悪い方に積んだいるのである。
自分の母親はいろいろと苦労したけどいつも眠るように死にたいと言っていた
それだけはかなえられた,百歳でそのように死んだからである
でもほとんどの人の死はいいものではない、断末魔の死なのである。

2018年07月16日

すべてが金で得られるのか? (最後に鏡に映せないような醜い姿になった恐ろしさ)


すべてが金で得られるのか?

(最後に鏡に映せないような醜い姿になった恐ろしさ)

ダークネス

●真善美を見る目は金では買えない

このサイトで資本主義とは何か?金だということを言っていることはわかる、きれいごとではなく金によってあらゆる価値が図られ決められる、その人がどんな人かとか関係ない、金をもっていればその人は資本主義社会では優遇される
だから一億円持っいる人は投資していれば配当金があり永遠に働かないで暮らせるとなるだから資本を金をもつことが資本主義では一番大事なことであり
きれいごと言っても金なしでは何も得られないとなる
それはそれで筋が通っているからとやくか言うことはない

例えば芸術にしたって金で計られる、どんないい絵を描いたとしても市場に出して売れなければ価値がないとなる、現実に一億円の値段の絵と数万の値段の絵があるとしたら一億円の絵が価値があるとなるからだ
ただ絵の場合は新人などではその絵の価値がわからないから最初は安い値段で買える
あとでそれが馬鹿高くなったりする
でも最初はその絵の価値がわからないのである。
その価値がわかる人ならその絵を買って損はないのである。

ところがここで問題になるのは絵を見る絵の価値を芸術の価値を見分ける人はまれなのである。芸術は創造する人がいるがまた鑑賞する人もいる
その鑑賞する目をもつことが至難なのである
その価値を見分ける鑑賞する目がないとそもそも鑑賞すらできないのである。
ただ投機的に絵を買う人がいる、それはその絵の価値が決まってからそうしている
ではその絵が画家でもわからないことがある,ゴッホの絵は生前は一つも売れていない
その時その絵を見分ける人がいたら億万長者になっていたのである。
安くその時買えたからである、でも誰も買わなかったのである
つまりその価値を見分けることがむずかしいからそうなったのである
芸術というのはそれだけ鑑賞することがむずかしいからそうなる
他の商品だと食品だとかうまいとかうまくないとかわかりやすいから市場化しやすいのである、たいがい高いものはうまいし品質がいいのである
他の商品でも高いものはたいがいいいものであり値段通りになっていることが多いのである

でも芸術に関してはすべて金で買えるとはならない、芸術は鑑賞すること自体むずかしいのである、確かに家にピアノがあれば自ら演奏していれば音楽を鑑賞する力がつく
でもそもそも一つの楽器を習得するには時間がかかる
ピアノがないなら今なら電子楽器があり買える、でもそれを習得できる人とできない人もいるし時間がかかるのである。
だから才能がなくても何か一つの楽器でも時間をかけて覚えれば音楽を深く知ることができる、鑑賞もできる、でもそれには時間が必要になるのだ
その時間はみんな平等に与えられている、金があるからと多くの時間は与えられていないのである。だから時間では平等なのである。
時間も買えるということは確かにある、大金持ちだったら家事を頼めば自由な時間をもてて何かに没頭できるということはある
だから時間は金で買えるということはあるにしてもその時間でも何倍にも増えるとうことはないのである。時間はみんな同じ時間しか与えられていない、多少増減はあってもそうである

だから人生は才能というより何に時間を費やしたかで決まるのである。
それが人生だったとなるのだ、会社勤めするにしても職業でも経験するのは転職したとしてもいくつか限られている、経験することは限られているのである
それは時間がないからなのである。もし無限の時間が与えられていればいろいろなことを経験できるからである。
いくら金があっても金持ちの家でなんでもしていいからは言われてもその人が何か特別な人になるのかというとそうでもないのである一億円で何もしないで暮らせることは本当だとしてもではその時間を何に使うかでその人生も決まる、毎日ギャンブルして暮らせるしゲームしていてもいいし何もしなくてもいいでも時間は確実に過ぎてゆく、それが意外と早いのである
金がなくても社会で会社でも就職して何かスキルを身につけたり会社で働いて社会のことがわかるということもある
でもいくら金があっても何もしなくてもいいとしてもそこで時間を有効に使わない限り何も得られないのである。

確か金があれば留学できたりとか特別な経験を積むことはできる、すると語学も覚えるようになったり国際感覚が身についたりする
学歴も金で買えるとかもなるのは金持ち階級なら本当だろう
でもそうできたとしても本当に何かを身につくということはまた別である
医師の免許をとれて社会で地位があり収入もいい安定した生活を送れるということはある
それで最初から格差社会では階級社会であり資本がある、金がある家に生まれれば将来が約束されたのだとなる

でも人間はみんな医者になることが人生ではない,それも向き不向きがありいくら金になる社会的に評価されるとしても向いていない人がなればその人生は誤ったとなるかもしれない、その人なりの人生を生きればよかったとかなる
それは意外と老人になってからみんな悔やんでいるのである。
老人で過去を人生を悔やまない人は一人もいない
なぜなら人間は意外と何もできない、あれをやりたいとか何かになりたいと希望をもっていてもたいがい何もできずに終わっているのである。
それは人間の時間があまりにも限られているからである。
なんだこれだげで終わりかとなるのである、そのことにみんな愕然としているのである

それは金持ちでも何もしなくて生きることができた人でも同じなのである。
金はもっていたけどその金を活かすこともできなかった
ただ無駄に時間を過ごして何も得られなかった、これなら働いていた方が良かったとかなる、何も経験しないから何も身につかなかったとなるのである
だから金があっても時間を有効に使わないものは何も残らないのである。
まず金があっても芸術に関してはまた学問でも雑学でもそれを習得するには時間がかかり簡単に身につかないのである。
芸術だと絶えず見る目を育てる必要がある、それにはまた時間がかかるのである
別に今はインタ−ネット上にいくらでも写真とか絵が出ているから学べる
でも見る目を育てるには時間がかかるのである 

●モラルを失うことの怖さ

そして人間は金があってもモラル的に堕落するとこの世にある自然でも真善美が見えなくなる、金があるからと放蕩する人もいるがそういう人は何もこの世にある善きものを探求したりできなくなる、見えなくなるのだ
この世の悪に染まってもそうである
だからカルト教団みたいなの所に入っていてもそうである
銀行でも今や何かブラックになっていた、この世は宗教を看板にしていれば崇高なものを求めるているのかと思えば全くそうではないただ数を集めて権力をとり利権を得るためだとなる
拝めばそうした利権が得られるからとすすめている、それは世俗と同じなのである。

だからそういうところに勤めていれば自ずとこの世の汚れに染まってくる
そしてこの世にある自然でも良きものが見えなくなる恐怖があるのだ
ただこのことはあまり考慮しないのである。
月給が高くなればいい、金になればいいとしか考えないのである。
銀行などはそうして地方でも真面目な働き場だと思っていたがそうではなくなっていた
カルト教団もそうだがそういう会社もブラックになっていたのかとなる

そうなるとそんな会社をやめて別なことを追求すればいいともなる
でも金がないからできないのが資本主義だということにもなる
ブラック会社であれ金を得なければ生きていけないからである。
一億円たまれば遺産でもあればそんな会社に勤める必要がないとなるからだ
ただ別にすべてがブラック会社ではない、社会がそもそもそんなブラック会社ばかりだったら成り立つのか?   

今は人手不足になり働く人がいなければ会社もつぶれる、そんなブラック会社には働く人がいなくなる、現実に銀行をやめる人が多いというとき何か疑問を感じたこもある
こんな仕事していいのかと疑問になる人もいてやめる
そうしてブラック会社は消えてゆく、それは社会がモラルなしでは成り立たないからである。不正して人をだましてもうけて栄えるようなことは神も許さないからである。
一時的にはいいとしても世界でもそういうことはありえないのである。
戦争で他国を蹂躙して金持ちになる国は栄えないだろう
アメリカにしてもそういうことがあっても発明したりいろいろと先進技術をせ世界に普及したから金持ち国家となったのであり戦争に強いからとそれだけで世界をリードできないのである。

人間は確かに金は必要だし金の力は大きいから否定はできない、でもそれだけですべてが決まるのか?
モラルに反して金儲けする会社が生き残れるのか? 社会的に認められて繁盛するのか?
そして自分は常に感じてきた、この世の自然でもそうしてモラルに反したことをしていると善きものが見えなくなる、これは本当はかなり怖いことである。
そのことを真剣に考えている人は意外と少ない、ただ金があればいいしか考えない
つまり人間は悪魔に魂を容易に売り渡す存在なのかもしれない
金を得ればいいとして魂を悪魔に売り渡す、ちょっと嘘ついてもいいではないか
そんな固いこと言うなよとかなり容易に魂を売り渡す、そうするとこの世の自然でも良いものが目に見えなくなる、それは濁った水であり花でもなんでも美しいものが映せなくなるのである。

● 真澄鏡(まそかがみ) の意味

なぜ日本では鏡が三種の神器なのか?

真澄鏡(まそかがみ) は「見る・照る・研ぐ・懸く・清き・向ふ・面・影」などにかかる。

『池水に 左の目を洗ひ 日霊に祈り 右の目を洗ひ 月に祈り イシコリトメが マス鏡 鋳造り 進む』4文

鏡は何かを写すというとき実は姿だけではない、心も写すから畏れたとなる
悪しき心も写すからそれで畏れた、鏡は姿だけではない心を写すから畏れたのである
左の眼を洗い右の眼を洗いそして太陽に月に祈るという信仰は自然信仰である
太陽でも月でも清いものであるからだ

あさか山かげさへ見ゆる山の井の浅くは人をおもふものかは

 とよみて、木に書きつけて、庵に来て死にけり。

 とあるが、文中あさか山の歌は早く万葉集巻十六に出るもので、説話はこれにヒントを得て面白く構成されたものであろう。筋は京都の某大納言の娘で世に優れた美女が、男のためかどわかされて陸奥国|安積山《あさかやま》に棲んでいて鏡を持たない儘に過していたが、或る日男の留守中の佗しいままに、山の井の水鏡に姿を写し余りにも変り果てて恐ろしげな己の容姿を歎き恥ぢて、男の帰りも待たないで死んで行くというのである

 この物語はまさにそれを示している、井戸の水も鏡の代わりになっていた
その井戸水に姿を映す、そしたらその姿があまりも恐ろしいものとなっていた
それでショックで死んだとなる
こういう恐れを自分は常に感じてきたのである。何か悪徳に染まりこの世でも自然でも良きものが心に映らなくなることである。
そこで悪魔に魂を売ってもそうなったときその姿まで変わりショックで死んでしまうともなる、それほど恐ろしものとして鏡でも山の井でも神聖視されていたのである。

金の力は資本主義社会では本当に大きいから金がすべてだとなる
それもわかるがだからといって金のために魂まで売っていいのか?
その時自分の姿を心を鏡に山の井に写すことができなくなる、その醜い姿を見てショックで死んでしまうとなる
確かに金でなんでも買えるとしてそうしてたら自分の姿が鏡に山の井に写せないものとなっていたとなる、その罰の方が怖いのではないか?

その罰は確実にある、そんなことを言ったらこの世を生きることすらできないともいう
でもまたどっちが怖いことなのかと人生をふりかえれば真善美が見えなくなる
鏡にも山の井にも写せない姿になる、それが怖いとなる
ただこれは金だけで起きてはいない、別に金だけではない、人間は金があっても金と関係なく変わり果てることには驚く、現実に悪魔のように普通になってしまうのをみんな見ているだろう、自分でもそのことを常に恐れていたし今でもそうである
ただこの世が汚れているというときそれに染まって感じてなくなる
若いときは感じてもやがて感じなくなる、世の中はそんなものだよとなり世渡りする
でも最後にその姿を見れないような恐ろしげな姿になっているとしたら怖いことである
天国だ地獄だというけど地獄とはこのように真善美とかが見えなくなることなのである。
地獄とはそういう場所なのである。それはすでにこの世で始まっている、それが天国まで継続している
この世と天国でも地獄でも断絶しない、継続している

●この世の富は一時的で永続性がない

だからこの世でいくら金持ちになったとしてもこの世で善きものが真善美が見えなくなっていたらその人は地獄に行く
ただカルト教団とかに入っていたとしても教会に入ったとしてもそれは外面的なものであり真実はわからない
ただ目安として何か真善美が創造されるのならそこにはいいものがあるとなる   
そういう外面は宗教となっても中味は教祖でも悪魔の場合が普通にあるからだ
一人の教祖を異常に崇めいてるのはその教祖がサタンの場合がある,偶像にもなる
その教祖のコピ−でありその大量生産だからである
ただ数ばかりであったり数で誇示してもそこから真善美が生まれないとしたらその団体には価値がない
それでルネサンスがあれほどの美を創造したということに驚嘆する
やはりそこには下地となるのもがあり生まれた、なぜなら現代文明からもう生まれないからである。
そういう下地が時代的に喪失したからもう生まれないのである
ただ個々人的には生まれるが全体としての真善美は生まれないのである。

 「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むこともなくまた盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」
(マタイによる福音書六章19節021節)

この世にいくら宝を積んでも最後は虚しくなる、いくら金があっても老人になると使うことすらできない,病気になって健康を失えば金があっても特等室でも寝たきりで天井を見ているだけになってしまう
そしてこの世に生きる時間が短すぎることである、王様であっても生きるときが短いのである
栄華の時は短いのである。だから豪華な宮殿に住んでいても宮殿は残りそこに住んでいた人は死んでしまうから宮殿が建物の方が寿命が長いのである。この世の栄華はたちまにち消えてしまう、煙のように消えてしまう、人間も死んだら煙のように消えてしまう
人間の作りだした栄華には永続性がないのである。文明でもみんなジャングルに埋もれたり砂に埋もれたりしている
海に沈んだという文明都市もあるらしいとかなる
つまり人間の作り出した富には永続性がないことは致命的なのである
力も富も権力でも女性の美でも永続性がない、たちまち色あせて衰退して見る影もなくなる
人間はいくら力を権力を誇示しても一時的なものにすぎないのである。
地上の富は永続性がない、人間は建築物より寿命が短いがその建築物でも錆びついたりしてやがては朽ちてゆく
ピラミッドは永続性を維持しようとして時間に抵抗したものだという見方もできる
それだけ長い時間でも残っているからだ、人間はせいぜい百年生きてもみんな地上から消えているからである。

2018年07月17日

雲の峰とカンナ(原町へ行く)


雲の峰とカンナ(原町へ行く)

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坂越えて原町に湧く雲の峰  

二手にそ湧きあがりけり雲の峰

雲の峰競い二つやはや崩る

朝の畠陽ざしの強くカンナかな

赤と黄のカンナの映えぬ畑かな  

畑にそ汗だくだくやカンナかな

のうぜんの今日も赤々と道に散る


昨日は坂を越えて原町に行く、本当に暑いからぐったりする
でも俳句とか詩とか自然にふれるとき家にこもっていたばかりでは書けないし描けない
つまり俳句も写生であり絵でも写生が基本だからである

そして不思議なのはここ十年は旅していないけど近くでも自然はあり変化があるなと思った、だから写真にとる風景は季節ごとに変わっている
昨日は坂を越えて原町に行ったら夏の雲が湧き雲の峰となっていた
それで写真を撮り俳句を作った


「若鮎(わかあゆ)の二手になりて上りけり」正岡子規

ここで二手ということが頭にあった、それで二手にした、今年はこうして夏の雲が湧いても雷が鳴ったり雨が降らない、この辺は乾燥している
雲の峰は崩れやすい

雲の峰いくつ崩れて月の山(芭蕉)

山頂や富士より高く雲の峯

富士山の山頂で雲の峰を見た、富士山でも一回しか上っていないのは残念だった
富士山は良く見ていない、また見たいと思っているがなかなか行けない
家が留守にするのが今度は不安になり行けない、何か自分は自由に旅も介護十年してから行けなくなった、これもカルマなのだろう、それだけ旅したから旅ができなくなったということにもなる

畑にカンナが咲いている、これは明るい大らかな花である
畑はするには暑い日ざしでも草取りをすなければならない、だから汗だくだくであり趣味の畠でも苦しいとなる、その畑で野菜を作る女性は太っていて体力はある
ただ畑のマイナス面がありそれを延々き聞かされると嫌になる
意外と田舎だと畑でも回りの人のことが異常に気になる
そこでなにやかにやと悪口を言ったりうまくいかいな、うまくいく人があるがうまくいかない人も多いのである、田舎は人間関係がめんどうなのである
だから都会から田舎に来る人はそれが嫌でうまくいかない人がかなりいると思う

その女性は根っからの農民気質をもっている、それはもともと純粋な農家の出だからである、納豆まで作っていた農家の出だからその血を受け継いでいるとなる
体も頑丈なのである、ただ病気もしていてしょっちゅう医者にもかかっているのである
いづれにしろ毎日草取りが仕事なのである

ここはまだ32度くらいだからいい35度とかなると限界である
福島県の浜通りのいい点はそんなに暑くなったり寒くなったりしない
でも阿武隈高原を越えると福島市に入ると暑いし冬は寒いのである
だからあんなところに住みたくない,体力がないから気候的にはここがいいのである
阿武隈高原の坂を自転車で帰ってくるとき海の方が涼しい風が吹いてきたときはほっとした、自転車はこうして風を感じるから自然を感じるからいいのである
ただ風に自転車は弱い、でも電動自転車は坂と風とかに強いからいい
電動自転車でまた遠くへ行きたいとなるが体力的に苦しいから行けない
でも近間でも季節の変化があるからこうして写真をとり俳句や短歌を作ったりしている

追い詰められた人間は一番怖い (モラルもなにもなくなる)


追い詰められた人間は一番怖い

(モラルもなにもなくなる)

今日の時代劇である人が子供と旅していて子供が病気になりその時助けられた
金が一両とか与えられて医者に見せられた
その人は名前も言わず去った、助けられた人は名前を言った
これだけだと美談だった

ところがその助けた人がヤクザであり捕らえられて牢屋に入りあと数日とかで獄門打ち首になる予定だった、そして運悪いとなるがその牢番がそのヤクザが助けた人だったのである、そのヤクザは顔を覚えていたし名前も覚えていた
その助けたことを言い牢番に難題をふきかける
それもその牢番に娘がいて仲間に娘を誘拐してとらえて人質にして牢屋から出すことを要求したのである。

こういうことを自分も経験した、これはドラマにしろそれとにたことが今の社会でもある人間社会ではあるのだ、ドラマもそれが江戸時代ならもう現代とは関係ないとなるが人間のやることは同じことをカルマを繰り返すから遠い昔でも理解できるのである

まず借金した人は追い詰められている、なんとか返すことが迫られ金がないからなんでもするともなる、借金している人はすでに犯罪予備軍である
借金することにより追い詰められる、すると金を工面するために何でもすることになる
江戸時代だと娘を女郎として売られたりする、借金のかたにされる

追い詰められた人間は本当に怖い、善悪もなにもなくなる、なぜわずかの金で殺されるのか?その人は明日食べるものがないとすると追い詰められていればそうなる
それはもう善悪の問題ではないのだ、生きるか死ぬかの問題だからである
事件はそうして追い詰められた人が犯すことが多いのである

自分が介護になり病気になったとき来たのがこういうふうに追い詰められた人たちだったのである。だから人を助けることなどできない、余裕も何もないのだ
事業に失敗して借金していたとか何か家族で問題を起こして金がなくて困っていたとか住む場所に苦労していたとかある

そんな人たちが来た時、自分が病気で弱っている、介護で苦しんでいる、そうなるとチャンスとなる、お前を助けてやるから金を出せとあからさまに言わないまでそうなったし犯罪にもあった、こうして家ががたがたになっている所だと弱者化した家は相手の要求をのまざるをえなくなるからだ
それで最初はそうではなかったと思ったが自分を意のままのようにしようとしたのであるそれは自分の金を意のままにしようとした
あからさまに金を全面に出して要求してきたのである
だから病院に入院したときその人を呼ばなかった
ただ結果的には家は荒らされて大金を失った、家の番をしていたのが泥棒だったのである
なにかこういうことがある、三人の不幸な母親のことを書いたが娘は実の母親でも5歳までしか一緒にいないし娘は母親だなと思っていない
なぜならその後に育ての親となって長く住んでいた母親すら病気になっても放置していたそして「ひどい娘だわ」と自分のところに言ってすぐ死んだのである
そういう娘が実の母親を施設に入れたのは金のためである。
その実の母親は金持ちの家に後妻に入ったからである。
それでずっと楽してきたが夫が死んだとかなり一人になって娘を頼ってきたのである
その娘は母親とか思っていない何の情もない、非情な人間と化していた
その実の母親は認知症になっていたのも悲劇である

それは自分も同じだった、自分も泥棒に頼っていたのである。
それも自分のカルマだったのだろう、この時代劇のドラマでも偶然に善意の人に助けられた、その人は名前も言わず消えた
それだけなら美談である、でも相手がヤクザだったのである。
それで最後に本性を現してとんでもないむごい目にあったのである。
しょせんヤクザとかは人は助けられない、一見情あるようでもそうではない
そのことで後でひどいめにあったからである

人間は本当に情とか愛とかいうけどそんなものがあるのかともなる
何か得られれば何かを得る、そうして計算して毎日暮らしてるからだ
無償というのはこの世にありえないのである。
事業に失敗した人は自分のために軽い荷物を一つももちたくなかった
それが態度でわかった、ただ金に困っているからその弱みにつけこんで金が欲しいというだけになっていた、その人も何日かで死刑に獄門打ち首になるのとは違うが追い詰められているからそういうふうにしか人を見なくなったのである。

その人は若い人はいい人だったという、その時は事業に失敗していないし追い詰められてもいない、会社では有能な人間として認められていたのである。月給も高かったのであるただ事業に失敗して借金で追い詰められて人間が悪魔のように変貌してしまったのであるこうして追い詰められた人間に偶然でも出会うということは怖いことである。
人間は追い詰められるとモラルを失う、今食べるものがなければ偶然あった人でも殺すとなる、善悪は関係なくなるのである。
だから追い詰められた人間は一番怖いのである。生きるためにはなんでもするからだ
何日かで獄門打ち首になるとすればもう善悪を言っていられない、俺はこれだけ悪いことしたのだからそれも当然だなどと思わないからである。
生きるためにはその時何でもする、善悪は関係なくなるのである

だから人間は別に金に困らないとか何もなければその人はいい人なのである。善人なのである。でも何かによって金でも追い詰められたら悪魔に変貌する
だから人間をそういう立場にさせられたり自らなると最も危険になるのだ
善悪と関係なく恐るべき犯罪でも平気ですることになる、そういう事件が時代に変わらず人間には起きている、

福島県会津美里町の民家で2012年7月、夫婦が殺害されキャッシュカードなどが奪われた事件で、強盗殺人などの罪に問われた無職高橋(旧姓横倉)明彦被告(46)の裁判員裁判の判決が14日、福島地裁郡山支部であり、有賀貞博裁判長は求刑通り死刑を言い渡した。検察側は論告で、 119番の録音記録などをもとに、高橋被告が、被害者を刺して
キャッシュカードの暗証番号を聞き出し、震える声で「お願い」と繰り返した幸代さんを殺害した。

この悲惨な事件もこの犯罪を犯した人がなぜそうなったのか?
やはりわからないが追い詰められていた、金に困っていた、その犠牲になったのが夫妻だった、震える声で「お願い」と繰り返し言ったのに無惨に殺されたのである。
追い詰められた人間は善悪はない、ただ今自分が生き延びるためにそうしている
ただわからないのは非情化するというとき必ずしも金だけではない、育ての親をなぜあれほど非情にしたのか?すでに成人した子供も二人もいるのにそんなことができるのか?
事情があったとこはわかるがそこまで非情になれるものなのか?

その女性は金には困ったことがない、金には恵まれていたのである。
だから必ずしも金だけで人は非情になるとはならない
ただ一般的に追い詰められた人間は善悪もなくなり怖い、そして人はヤクザのように一見情があり良いことをししているようでもそういうことはできない
悪人は悪人であり善いことはできないのではないか?
だからドラマにしろその恩を受けたことで後で恐ろしい目にあったというのも現実の人間社会であることなのだ、つくづくこの世を生きることは恐ろしいことだと自分の経験で知った 

ここで恐ろしいものは実の母親が認知症になったが金があっても頼る人がいなくなっていたことなのである。それで自分のように泥棒に頼ったりすることになる
でもこれは老人になると普通に起こりやすいのである。
なぜなら金しか目的がなくなるときいくら金があっても金のことがわからなくなる
すると頼るとしても親戚でも実の子供でも金しか見なくなるからもしれないからだ
弁護士などの後見人に頼んでもその弁護士がその金を着服したり容易にできるからだ
現実にそれで逮捕された弁護士もいる

老人は金を持っていても最後は弱者化する、認知症になる人も多いからだ
つまりそうして弱者化したとき人間の恐ろしい本性が現れる
老人はそうしてもう頼る者がなく遂にはそうした金だけを狙う目的とする人に頼る
だから金だけもっていても安心はできない
いづれにしろこの世が人間がこういうものとして変わらないものであるときこの世に救いも何もない、この世に何か期待しても無駄である。
人間の本性は悪であり恐ろしいものをもっているからだ
この世から去る意外に安心はないのである。この世は火宅の世であり災いの世であり平和は永遠にない、だからこそこの世が神によっていつか滅ぼされるのである。

科学技術が発展してこの世が変わるというのも嘘である、現実にインタ−ネットで10人女性が殺されたとか犯罪の温床にもなる
原発事故だって犯罪的要素があり起きたともなるからだ
科学技術で社会が変わる世の中は変わると言ってもそもそも人間の本性は悪であり変わらないとしたらどうして社会が変わるのか?だから共産主義でも2百万にカンボジアで殺戮があっとたなるのである。
根本的に人間の本性が悪でありそれが変わらないからか科学技術でも変わらないのである
宇宙に進出しても宇宙で戦争するのが映画でなくても現実だからである。

2018年07月18日

蝉(相馬市に行く)


蝉(相馬市に行く)

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相馬市の道の駅

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相馬市の空き家
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相馬市の道の駅に来て青田風

松に蝉街道行くや一里かな

ミンミンの森にひびくや古き里
                      
(相馬市)

街中の川に鷺の餌あさる

幽霊も空き家に出るや暑しかな

石一つ葉影に休み障りなし

石一つ夏蝋梅の葉陰にあり

故郷に夕日の没るや合歓の花  

夕日没り里の平和に合歓に月

蛙鳴く声のひびきて夏の闇


相馬市の店に新しき茶碗買うその色よきや我が手にとりぬ


久しぶりに自転車で相馬市に行った、暑かったけどここはなんとかまだ外出できる
三時ころだから暑かったこと暑かった
相馬市の道の駅は青田の中にある、それが特徴である
原町とかは街中にある,それが対象的である
青田の中にあれば自然の中にある、でも店もないから不便だとなる、レストランもないから不便だとなる、その両方をかな備えるのはどこでもむずかしいのだ

松に蝉というとき松蝉のことではない、松蝉という種類がある、これは春とか初夏に鳴ぎだす種類だという、蝉はなきはじめている
松に蝉というとき何か落ち着いて松にとまって鳴いているという感じになる
蝉の声でも街道を歩いて聞いた時ならしみいるものがある
ミンミンも甲高くひびいている、ミンミンの声には子供の時を思い出す
無邪気に大声出して遊んでいたときを思い出す、そこには家族がいて安らぐ場所があった家族は子供の時からはじまり子供の時一緒に生活していないと家族とはなりにくいと思う故郷とは子供時代を過ごした場所ともなるからだ

日立木を過ぎて相馬市に入ると川の中で鷺が餌をあさっている、街中を流れている川が宇多川である、ただこの川は大きな川でないからあまり水量がない
でも何か相馬市にはふさわしい、相馬市は何か城下町で静かで落ち着いているからだ
そこの畠山茶店とかでコーヒーカップを買った
この色が気に入ったからだ、紫でありそこに土色がある、この淡い紫が気に入ったのである、これは女性向きだろう、何か地味な女性向きである
母は地味な女性だったからそれに重ねて思い出したりする
何か死んでから母を思うのも不思議である、生きている時は思っていなかった
今になると自分のためにしてくれる人は一人もいなくなったことで余計にそうなった

相馬市の街中に空家があった、庭も広い、平家の一軒屋だが庭は広い、誰が住んだのだろうと思う、空家が多くなっている、ノウゼンカズラが咲いていたがそこも空家だった
人間が住まないとそこに花が咲いても活きてこないのである。
花まで死んでしまうのである、それが避難区域になった小高とか浪江に行くとわかる
空き家だらけであり死の街と化しているからだ、空き家となるとその周りにも影響する
そこが幽霊の住処のようになる

帰ると夕日が山に没してゆく、合歓の花が咲いている、電車がすぎてゆく
そこで写真をとった
田舎の夜は静かであり夏の闇がおおう、蛙の声だけがひびく,都会だと人人人であり嫌なのである

ただ正直田舎の人間関係はめんどうである、地元の人すらうんざりしている
どこでも知っている人に会うから買い物をしない人もいる、頼んでいるのである。
ス−パ−でも人に会うからである
いづれにしろ人間関係がうまくいかないのは結婚して三人に一人が離婚していることでもわかる、石一つ庭の夏蝋梅の葉陰にあり涼しいとなる、そこに障りがない
でも人間関係には必ず障り(さわり)がある

穏やかな雲間に雷雨が潜むように

今日私に媚びるものが明日には私を傷つける

ほとんど重量とてないとるにたらぬ原子から

世界は最後の審判を受ける
(ハンス、カロッサ)

今日私に媚びるものが明日には私を傷つける

人間はこうして必ず傷つくし傷つけあう、今は穏やかな雲間でもそこに雷雨が雷がひそんでいるともなる、長年一緒に暮らした夫婦でも穏やかな日々が続いても破綻する、要するに人間に永続した平和が人間関係でもないのである。この詩はこの辺の状態にあっていたのである

このプログとかはつれづれままに書くのが向いている、気軽に書ける
それが即座にアップされることが強みである
一日くらい遅れになっても今の気分が反映して読まれることが理想なのである。
全国でも今月が出ていたとしたら他でも出ているからである。
ただ天候は暑さなどでも違ってくるから地域差がある、でも今の時間をリアルタイムに共有することがインタ−ネットの強みでありそれでSNSとかラインとか対話型のコミ二ケーションが普及したのである、それは今の時間を共有することができたからである。
だから本当はすぐに返答するのがいいのでありしないと今を共有できないのである
ただ自分はプログでは返答していない、プログが書くことが先決であり自分の場合長いからそこに集中して対話できないのである
一日長文でもこの頃二回アップしているからである
これだけ書くと書くことに集中するから返答の方はおろそかになってしまうのである。
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原町−鹿島−相馬市の特徴を花から見る


原町−鹿島−相馬市の特徴を花から見る

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誰か訪ふ城跡に咲く藤の花夕べとなるや相馬市を去る

草深し霧のかかりて藪甘草群れ咲きにつつ鹿島の暮れぬ

ひまわりの鉄路に沿いて咲きにけり原町駅にぎわう時かな

外から来たら相馬市とか鹿島と原町の区別はわからない,ほかでもそうである
何に違いがあるのかわからない、ただ仙台とか盛岡とか比べるとわかる
でもその途中の市とか町の区別はわからない,平泉町とかは金色堂とかでわかりやすい
特徴がはっきりしているからわかりふすい,ではほかの都市でも町に何か違っているのかというとわかりにくい,その土地のことは長く住まないとわからないのである

相馬市は城跡の神社に藤の花がいつも咲いている、だから相馬市の花としてふさわしいとなる、県の花とか市の花とかあるけどこれもまたなかなかふさわしいのかどうかわからない、鹿島は車輪梅が南限の地として有名だった
この辺ではいたるところに車輪梅が咲いている

でも鹿島となるといつも真野側の岸辺を歩いているが草深いのである
草を刈らないから木も茂っている、本当はあのように草木が茂ると洪水になりやすいとある、でも自然景観から見ると自然があっていいなと自分は見る
自分はいつも景観から土地を見ている、でも実生活かけ離れることがある
八沢浦が津波で元に戻ったというときもそうだった、そこで人が死んでいても江戸時代の浦にもどったことに驚嘆した、景観がもどったことに驚嘆したのである

相馬市は

いささかに 思ひて来しを多古の浦に 咲ける藤見て 一夜経ぬべし(万葉集/久米広縄(くめのひろなわ)

この歌がふさわしいのかなとなる、いささかに藤の花が咲くと見に来たが実際に見たらもっと美しく一夜その花を見て忘れられないものとなったとか解釈できる
こういうことがある、いくら外国でもイメージしてもできない、実際に行ってみて本当にわかることがある、ただ一方で幻滅することもある
ただ実際に見た方の驚きが多いのである、とてもいちら想像力を働かせても神の創造になるものは人間の力を越える、だからこそ津波で八沢浦が元の入り江にもどったことに驚嘆したのである

原町市は同じ相馬藩内でも違っている、原ノ町機関区として物資の輸送の基点となったからである、それで城のある相馬市より明治以降は発展したのである。
だから駅前通りがあり発展した、相馬市には駅前通りはなかった
城を中心にして作られた街だからである

深草というとき京都に深草という地名があり深草少将とかの姓の人もいる
深草はまさに草深い土地だから名付けられた、ただ今になればそうした地も繁華となり昔の面影がなくなる
江戸などはもう全くない、時代劇が面白いのはストリーもあるがその景観なのである

舟がし水路をゆっくりと行く、その岸辺に菖蒲が咲いている、そこに江戸時代のゆったりとした時間感覚を感じる

舟の行く岸に菖蒲や江戸の町

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江戸は水路がありベネチアのようになっていたのである。
この辺でも小高でも浪江でも風景も違う、新地などは山が迫っているし海も近いから地勢が違っていると感じる、でも浪江は二つの川があり高瀬川の急流があるから景観的には特徴があった、山水画のような岩もあったからだ
大堀焼の窯元のあるところから高瀬川に通じていたのである。
あそこはだからいい場所だった、それも避難区域となり失われた
ただ別にその景観がなくなったわけではない、川は依然として同じようにあるが人が住まなくなったのである。

相馬藩内にはその他飯館村は特別だった、高原の村であり森に囲まれていた秘境ともなっていたのである。そこにも人が住まなくなった、あそこで田んぼの土が削られたりして
いるから無惨だったのである。

相馬市は藤の花であり鹿島は藪甘草があっているかもしれない、原町はひまわりである。現実に線路沿いに大きなひまわりが咲いていたのを見たことがあるからだ
原町には買い物で一週間に一回は行っているし相馬市は遠いがそれでも一か月に一回くらいは行っているだろう、だから自分は鹿島を基点にして相馬藩内を見ている
人間は住んでいる場所がなんであれ中心となり基点となり世界を見るのである
だから世界でも自然でもみんな住む場所によって違って見えるのである。
それは相馬藩内という狭い場所でも実際は多様であり見方が違ってくるのである。
地形的には山下から亘理までは変化を感じないのである。