2018年06月13日

米朝会談は成功したのか? (国にはそれぞれカルマがありそれを認識すべき―武田邦彦氏の意見に同調)


米朝会談は成功したのか?

(国にはそれぞれカルマがありそれを認識すべき―武田邦彦氏の意見に同調)

米朝会談にくいて武田邦彦氏は平和に向かっているからいいではとないかと指摘しているなぜそんなに水をさすような破断を望むようなことを言うのか?
アメリカでもトランプを批判する人たちがいる
一方的に妥協させられたのだとアメリカは損しただけだとアメリカのマスコミでも騒ぐ
日本でもそういう人たちがいる
アメリカと北朝鮮は一触即発の方がいいという人いる
アメリカは攻撃することを期待していく人達もいた

ネットだとそうして無責任にあおって面白がっている人たちがいる
それが現実に戦場に送られたり面白がっていられないのである。
つまり北朝鮮がアメリカに爆撃されて焼野原になっていいというならその人も戦場で戦い死んだり傷つくべきだとなる
ただ無責任にあおるのは自分の身に直接ふりかかってこないからである

武田邦彦氏は右だけど北朝鮮が爆撃されて焼野原になった方がいいというのも過激な右なのである。でも武田邦彦氏は必ずし右とはなっていない
右はこんな言い方をしない、北朝鮮を信じてはならない、爆撃しかないと言っているからだ
右にも実際はいろいろある、一つではないのである。
心の青雲の都築詠一氏もそうだった、死んだけど昭和天皇をあれほど批判するのか?
それも右だとすると理解しかねるものがあった、だから右でもいろいろあるのだ
第一右だ左だと分けることはできない、右でも左でもあることには同意するし同感する
原発には自分は反対でも賛成する人もいる,でも左は原発反対であり反対でない人は話し合うこともできない、受け入れられないというのもおかしいのである。

日本でも外部から国際的に公正にみれば戦争で原爆で悲惨なことを経験したがそのあとはアメリカに守られて冷戦の中で得したのである。
鉄くず拾いした子供の時を書いたがソレで財を成したのが和歌山の野崎氏であった
朝鮮戦争があり日本は特需で復興したのである
朝鮮戦争で鉄でなんでも日本から調達することで復興した
でもそのとき朝鮮半島は分断されたのである。民族は分断されたのである
それが冷戦が終わってもそうだった、北朝鮮は経済発展からも取り残されていたのである北朝鮮は忘れられていた国にてっていたのである
それで核をもちだして世界にその存在をアピ−ルしていたのかとなる

日本は戦後高度成長できたのはアメリカに敗北したが守られていたということもある
自立して守るということはなかった、それで経済だけに専念して高度成長を遂げたのである、ベトナム戦争でもそうである、日本はここでも特需がありベトナム人が苦しんで死んでも関係なく経済に専念して成長できたのである
そういう歴史的カルマを国は個人と同じように持っているのである

ただネットでは常に過激な北朝鮮でも批判しかない、それも一理ある
でも日本にもそうしたカルマがあることを言わないのである
もちろん慰安婦問題などは過剰であり韓国にも問題がある
そういうことは日本では受け入れられないのである。
そういうことはしこりになってただ反駁しあうだけだとなる
韓国でも北朝鮮でも常に日本を標的にして陥れるだけだとなっているから徹底的に対抗すべきだかとなる
それはdarkness tigaでもそうである、徹底して対処すべきとだと絶えず主張している
同じ右でもこのように違ったいるのである

自分にしてもイラク戦争を見ているあのように一方的に難癖つけて戦争するのは疑問だった、そこでアメリカには不信だったのである。
アメリカでは軍需産業が盛んだから武器を売る会社が戦争を欲しているという
トランプはその軍需産業の会社と距離を置いているという
それでその方面からの批判があるのか?マスコミも軍需産業の息がかかっているから反対するのかとなる
だから反対する声が大きくなるにはマスコミが利用される、どうしたら大きな声なるかというと依然としてテレビでありマスコミがまだその力をもっているからだとなる

ただ冷静に見るにはやはり右でもいろいろあり見方がある
その多様な見方がで可能になった、その都度テレビの様にリアルタイムで放送されるのが強みである。
ただユーチューブでも何百チャンネルも千チャンネルとかあると見切れないんとなるのも問題なのである。
そうなるとやはり人気がある人は読まれがある人は読まれないとなり選別される
ただマスコミとは違って独特の意見を言いやすいのである。
でも見られるのは和歌山ドンファン事件とかに注目が集まる
そこでは見る人が何十万とか百万人にもなっていたのである。
それだけ注目されるのに見る人が集まるのはマスコミと同じだったのである。

とにかく一触即発から平和に向かう作業はいいことでありこれを否定するとまた悪化するどうせ裏切られるだけだと右の過激派が言うときそうなのかとも思う人はいる
でも戦争を回避する方向に向かっているのだから日本でも後押しすべきだとなる
ただ右の強硬派はアメリカ軍が撤退すると日本が危機にさらされるとして反対しているのだろう、それも確かにある、常に日本は反日で批判されているからアメリカ軍が撤退すれば中国が韓国が北朝鮮が一体となり攻めてくるという恐怖におののいている
だから中国でも韓国でも北朝鮮でも過激な敵対感情を抑制すべきだとなる
でもそれができないから日本は断交すべきだとしている

そうなるとやはり敵対がエスカレートするだけだとなる、北朝鮮でも経済援助を受けるとそれなりに融和してくるのではないか?
ただ拉致問題は解決していないから問題である。
日本も戦争で悲惨な目にあったのだがやはりカルマがあり朝鮮半島が分断されたけど日本もそうなるところだったのである。
朝鮮半島は大国の対立の中でシリアのように犠牲になったのである
そういう点では武田邦彦氏の意見に同調するのである。
posted by 老鶯 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年06月14日

鉄道俳句(3分5分とまる駅) (鉄道は人間的なものとして愛着がある)


鉄道俳句(3分5分とまる駅)

(鉄道は人間的なものとして愛着がある)


(逢隈(おおくま)

蝉の鳴く三分とまる電車かな

(亘理駅)

亘理駅車窓に一羽秋鴎

(山下駅)

通勤の人や菖蒲の列をなし

(新地駅)

蛙鳴き5分とまりて夏の月

月照らし5分とまりて虫の声

新地駅二本の木植え冬の暮



タンポポや一挙に遠く新幹線

暑き日や鉄路はつづく旅路かな

駅の名を一つ覚えて春の雲

雪うもれ乗る人数人小国へと


鉄道の旅が長いから鉄道には思い入れがある、鉄道に勤めた人も思い入れがある
人間は何であれそこで長い間働けば勤めればそれが人生だったとなるからだ
高倉健の「鉄道員」はそういう映画だった、最後は北海道の辺鄙な駅でしんだ
そして遺体は一両の電車に乗せられて真冬の雪の北海道に消えた
そのシ−ンがまさに鉄道とともに生きた人間を表現していたのである。

鉄道でもいろいろ興味の対象がある、車両とか機械に興味を持つ人もいる、マニアックな人もいる、
でもいくら機械が発達しても便利になってもそこに人間が生きているということを見るべきである。
この世界は機械がロボットが生きる場所ではないのだ
人間が生きる場所であり人間のドラマなのである
だからかえって辺鄙な駅で一両の電車が来るような所が人間的になっていたのである。
この辺で一時原町から相馬市の区間しか電車がはしらなかった
そのとき二両の電車でありそれがが人間的になっている、人間に見えたというのも不思議だった
時雨がふったりしてもそれが人間に見えたのである
ところが四両になるとそうはなりにくかった、6両になると余計にそうなっていたのも不思議である。
それで一両の電車はまさに人間が走っているように見えたのである
とことこ走ってくる姿は人間そのものなのである

何か駅は送り迎えしたりする場であり人間的な情がしみこんだ場所なのである
それが車の道の駅とは違う、そこに出会いとか別れもあまり感じないのである。
見送りで迎えるというものではない、駅には常に人が出迎え別れる場だから人間的な情がある

駅はまた必ず10分でも待つ場所なのである。その待つことで人間的なものが生まれてくる、道の駅では待つことはないのである。
そういうふうに鉄道は120年とかそうして人間的場として機能してきたのである。
だからこそ鉄道を廃止させたくないというときただ便利でなくなったからというだけではない、そうした人間と一体化したものがなくなることが淋しいのである。

それで新地駅が津波の後に新しくなったがその前の駅の方が人間的だったとなる
仙台から帰る時必ず5分停車するのである
その5分が人間的なものにする,ホ−ムに出ると海が近く津波の前は集落があって屋根が見えた、そこでカエルの声とか虫の音とか聞いていた
月が上って照らしてもいた、要するにその5分とまることによって自然を感じていたのである

それは阿武隈川をわたる手前の駅の逢隈(おおくま)駅でも待ち合わせのために3分とまる、すると蝉の声がそこでひびくのである。
こういうことは車で経験しにくいのである。
ともかく人間はなんでも自然が反映することで情緒が生まれる
東京となると地下鉄とかなると何にも自然が反映しない、そういうのは便利でも嫌だとなる、だからもう自分は東京には行きたくないのである
人ばかりで嫌になるからだ、ただ大江戸線ではトンネルをぬけて隅田川に出て公園になっているとこすは開けた感じで良かった、隅田川のところはまだ自然がしるからだ
百羽の鴎が群れていたことでもあそこは自然がある場である

自分は鉄道には思い入れがある、だから駅でもボランティアするようになった
要するに自分は鉄道が好きなのである。鉄道というときメカだけではない、何か人間的なものが鉄道にはあるからだ、今駅に行って人と会って話したりするものそうである
そこは広場とか出会いの場でもあるのだ
高速のSAがセディティは人で賑うが何か人間的ではない,ただ人がちょっと休憩して去るだけだと感じてしまうのである。
だから高速と鉄道はかなり違ったものなのである




タグ:鉄道俳句

相手を見て商品をすすめないのは誠実 (銀行はただ投資信託をすすめることしか頭にない))


相手を見て商品をすすめないのは誠実

(銀行はただ投資信託をすすめることしか頭にない)

スマホをやろうとしたがやめた、自分はパソコン20年とかしていると説明しても
実際は携帯もほとんど使っていない、遠出しないし旅にも10年くらい出ていないからである
だから携帯も最低の月2000円のでしていた,ただソフトバンクのはつながりふにくいauはつながりふすいということで聞いてみた

ケーズ電気でも聞いてみた、そしたら女の人がしない方がいいと言ったのでやめた
普通なら金になるのだからすすめるがすすめない
何か自分の話を聞いてこの人はスマホはしない方がいいと判断したのである。
前にもそういうことでしない方がいいと言われてやめた
パソコンでしているから必要ないと判断したのかもしれない
それとどうしても毎月5000円くらいかかるから無駄だと判断した
契約をとれば店の利益になるのにすすめなかったのである

かえってそのことがケーズ電気でもほかの店の人も誠実だなと思った
実際自分にしてもスマホは今は旅もしないし必要がない
やはり二年間くらい契約するから途中解約がむずかしいからすすめないということがあった、それは対応が誠実なのである。
とにかく契約をとればいいんだというのではない、相手をみてすすめないのである。
相手の話を聞いてすすめないのである。

一方で銀行では投資信託を強引にすすめる、それは客のためではない
銀行のためであり自分の利益を優先してそうなっている
とにかく契約すれば手数料が大きいのである。
その後も手数料が入る仕組みになっている、銀行にとっては損しないのである。
銀行は今窮地にたたされているから投資信託をすすめる
銀行は金を貸すの商売だけど貸さないと批判される
実際銀行でいくらでも金を集めても有効に使えないとする銀行に金をあずける意味があるのか?それは貸金庫なのかとなる
銀行でもうけを出せないということがあり金をただ集めてどうするのか?
銀行が社会でどういうい役割を果たすのか?それが問われている

客のことを考慮しないで投資信託をすすめる、それは銀行では絶対に損しない商品だからである。手数料が確実に入る銀行が得するものなのである。
家電の量販店の人はスマホを相手を見てすすめない,銀行では相手など見ていない
考慮していない、ただ投資信託を売ることで契約をとることである
だから株が上がったのに投資信託に回したのである、そのままにしてた方がよかったのである。銀行は不誠実である
ただ自分はそのとき銀行にまかせたのである。
でも銀行が投資を知っていると思ったし時間がないからまかせたのである。
いちいち調べるのが手間だからである。それが仇になった

ケーズ電気で相手の話を良く聞いている,若い女性だけど落ち着いて聞いていたのである銀行では相手の話を聞かない、ただ頭に契約をとることしかないのである。
それはノルマが課せられているからである。その重圧がありもう客のことを考えないのである。話でも聞かない、まず投資信託をすすめて手数料をとればいいだけなのである。
それも銀行は投資のことはほとんど素人と同じレベルだったのである。

結局個人的に余裕がない人は相手の話など聞けない、相手の身になって聞けない
追い詰められた人はただただ自分が苦しいことしかないからだ
そういう人が自分が病気で介護の時来たから最悪だったのである
要するに自分のところに来た人はそうして余裕がない人たちばかりだったからひどいめにあったし損もしたとなる

営業とか医者とか介護士とか人と直接接する人は相手の話を良く聞く、相手のことをしる必要がある、相手と通じ合う必要がある
これはなかなかむずかしい、相手のことを知るにも話を合わせるにもみんな違っているからむずかしい、だからトラック運転手は同じトラック運転手と話が合うし同じ仕事をしている人はその仕事で同じ経験しているから通じあわせやすいのである。
自分も工事現場で働いたから危険なことを知っているから話を合わせるとなる

結局現代は職種が無数に増えて他者のことが理解できなくなったのである
江戸時代ならみんな農民だとすれば理解しやすいしやっていることがわかる
これだけ職業がふえるともう理解できない、何しているかもわからない
だから現代は意思疎通がむずかしい時代なのである
そもそも銀行の仕事は本来何なのかということもわかりにくいのである
地銀は地元の中小企業を育てるために金を貸すというけどそういうことを具体的に理解することが経験ないものにはむずかしい
銀行は今どういう役割を社会でになっているのかもわかりにくい
銀行とか証券会社とかは理解しにくい、それは虚業なのかともなる

頼母子講などはわかりやい、相互扶助の組織であり銀行の基になっていた
江戸時代だと人間のしていることはだいだいわかっていたのである
代々後継いで仕事していたし農民だったら農民が集まり代々暮らしていたからである
そこで人心も安定していたのである,それで江戸代の日本人はいい顔していた、幸せそうな顔していたと外国人が見ていたのである
それは相手のことをとにかく誰でもわかりあえるという社会だったからではないか?
今はわかりあうことが難しい社会なのである

いづれにしろ現代はいらないものを多量にすすめられる時代なのである。
医者にしてもいらないくすりをすすめる、それで金になるからだ
でもそのことで医療負担も増えてくる
いらないものはすすめるべきではないし売るべきではない、現代は多くのいらないものをすすめられる社会なのである。
いらない需要が宣伝も作り出されて買わされる時代なのである。
だからすすめないということがかえって誠実になる
売らないということが誠実になる、でもそうなると売れないから商売あがったりだともなる、経済が停滞するとなる、無理に売らねばならない,買わされるのは会社でもうけるために強制されるからである
需要というのは自ずと生まれるのであり強制するものではない
そういうことを言う人がいた

医療自体が本当に病気でないものまで病気にしている、つまり無理やりそうして医療で需要を作り出して患者にして医療関係者もうけているとなる
強制的に医療でも患者が作られているという側面があるのだ
なにかすすめないということも現代では必要である。カルト教団なでも勧誘して会員にするためにすすめる
ところがそのすすめることが社会悪になっている
裏で信者を操作している、背後に韓国とかアメリカがかかわっているのではないかとも疑われる
今や現代ではなんでもすすめる時代であるがすすめないということが社会悪にならないともなる
それは何も成さずして成るとかの老子の思想に通じているのである

posted by 老鶯 at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

AIで抽象画は作れる (でもAIは抽象画を鑑賞できない)


AIで抽象画は作れる

(でもAIは抽象画を鑑賞できない) 

Abstract painting can be made with AI

(But AI can not appreciate abstract painting)    

perpleseadepth.jpg

これが変化したものが下の抽象画である

What this changed is the abstract picture below
↓↓↓↓

mashine11122.jpg
powerful mashine

moutconst11122233.jpg

enlarge

windline1.jpg
wind

flamereddd123.jpg

flame

抽象画がAIで作れる、なぜならだいたいソフトの三つくらいの操作でできやすいことがわかった
それは創作ではない、ただ機械的に一つのソフトでも三段階の過程を経てできやすい
でも百回捜査して変化させてもできないこともある
何か抽象画ができるのは全くの偶然なのだ

頭の中で画家がイメージして作るのではない、何もイメージしない
機械がソフトの操作で作り出す、それをみてこれは川だ山だとか今回は機械だとみる
でもAIがコンピュターが作りだたとしても作り出したコンパトシティ自体は鑑賞できない,どの抽象画が優れているのか、その抽象画が何を意味しているのかわからないのだ

私の作った川とかの抽象画でもそれをコンピュターは川と認識するのか?
この抽象画は何を現しているのか?それがわからないものがある
抽象画はそういうのが多い,ではそれを見た人がどう鑑賞するのかとなるのだ
どうしても自然の中にあるもの、自然の中から生じるものとしてイメージする

ただ不思議なのは一番上の抽象画が機械に変身する、変形するとそうなる
でもこれが明らかに機械に見えるのである。
これは全く私自身がイメージして作られていないのだ
全く偶然の結果なのである。
でもこれは明らかに機械に見える、抽象画でも何かわからないと鑑賞できないということがある

ともかくAI化されて抽象画は現実にソフトで大量に生み出される
でもその中から選び取るのは人間である。コンピュターにはできないのである。
つまり川とか山とかなんでもそうだがイメージとして像として人間は頭の中に蓄えられている、それで判断するのである。
そういうことがAIにできるのかとなるとできないだろう
医療分野では癌の映像を大量に見て判断することはできるが
一つの抽象画を鑑賞することはむずかしい
ただ川でもこんなに多様な姿としてコンピュターのソフトの作用で現れたことに驚いているのである。

Abstract painting can be made with AI, because it turned out that it is easy to do with about three operations of software
It's not a creation, it's easy to go through a three-step process even with just one piece of software mechanically
But there are things that you can not do even if you investigate a hundred times and change it
It is quite a coincidence that you can do something abstract

I do not imagine like a painter in the head, I do not image anything
Machine produces with software operation, seeing that it is a river mountain and this time it is a machine
But I can not appreciate the work produced by the computer even if it is made by the computer, AI do not know what abstract picture is better, what the abstract picture means

Even the abstract paintings of rivers I made make it recognize it as a river?
What is this abstract picture revealing? There is something that I do not know of
There are a lot of abstract paintings, so how will those who saw it appreciate
I will imagine what is in nature absolutely, what arises from nature

The mysterious thing is that the top abstract painting turns into a machine, when it transforms it becomes
But it apparently looks like a machine.
This is totally myself imagined and not made
It is a coincidence result.
But this is clearly visible to machines, there are times when you can not appreciate that you do not know anything about abstract paintings


In any case AI is created and abstract paintings are produced in large quantities in software and in reality
But it is human beings to choose from among them. It can not be done to the computer.
That is, human beings are stored in the head as images as rivers and mountains, whatever they are, so judge it.
It will not be possible if AI can do such a thing
Although it is possible to judge a large amount of images of cancer in the medical field and judge
It is difficult to appreciate one abstract picture
I am surprised that it appeared with the effect of the computer's software as a diversity in the river.
タグ:mashine

2018年06月15日

人殺し医療(ベンジャミンフルホードを読む) (巨大企業が現代社会を世界を牛耳る)


人殺し医療(ベンジャミンフルホードを読む)

(巨大企業が現代社会を世界を牛耳る)


>たかが〈肺炎〉で年間12万人死亡する疎の訳は

>どうしして肺炎が死因の第4位なのか

>実は肺炎感染につながっているのがいわゆる〈院内感染)である

知っている人が63歳くらいで肺炎で死んだ
肺炎で死ぬ人が多いことは確かである。
肺炎がそんなに怖い病気なのかという認識がない
癌ならあるが肺炎にはない、それも不思議である。

肺炎が院内感染だというとき自分も病院で40度の熱が三日くらいつづいて出た
何か病院は危険な場所なのである。
院内感染で耐性菌は抗生物質がきかない、そういうことも関係している

医療ギルドの形成

>すべての医療行為は「西洋医学」の傘下に組み込まれ西洋医学の価値館、考え方のみが>「正しい」とされそれ以外は非科学的で野蛮とされた

日本は江戸時代以降過度に西洋かぶれになってしまってこれまであった価値観を否定した、日本の場合それは極端なのである。
漢方とか蘭学とかあり医療をしていた伝統を捨てたのである。
一段低いものとして見るようになった
だからそもそも江戸時代のことがわからないのはこうして明治にすべて西洋のものが価値がありこれまであったものがまるで価値のないものとしたからである。
江戸時代と明治時代では歴史の連続性が絶たれたのである
その影響は非常に大きいと思う
それは別に医療の分野だけではせない日本文化全体の問題である。
例えば政治でもなぜ朝鮮とかアジア進出を吉田松陰などが明治維新の時に主張したのか?そのことが太平洋戦争に通じていたのである。
江戸時代では朝鮮通信使とかあって友好関係にあったからだ

また江戸時代は健康的な生活をしていたと指摘するときもそうである。
とくに現代と全く違うのは当時の人は怪我や病気に対して(完治)目指していなかった
まず日常生活に復帰すればらしとしていた病気と怪我とつきあいながらゆっくりと完治をめざす、これを(養成)とい

江戸時代だと今から比べるとあらゆるものが遅れているというふうに見る、ところがそれは明治以降に極端に変化して西洋化された結果なのである。
最近江戸がなぜ繁栄したかというnhkの番組で格差社会になったが金持ちの商人が米蔵まで作り貧乏人を助ける組織を作っていたとか江戸時代にはいろいろな日本人の知恵がありそれがあって明治維新もできたという、つまり江戸時代のことはあらゆることで劣っているとすりこまれてしまったのである。
だから漢方とか何か今まであったものがインチキ臭いとなる、それは自分にしてもそうなっている、だからそうした教育の洗脳は恐ろしいのである。
東洋医学はあったとしてもそれは補助としての一段劣ったもはのとしてしか見られていないのである。

それは日本でもあまりにも西洋一辺党になってしまったからである
だから日本の文化は明治以降歴史の継続性が絶たれたのである。
江戸時代がなぜこれほど日本に住んでいてまるで異国のようにわからなくなったのはそのためなのである。
だから自分は国風文化の再興を言ってきたのである
東洋でも日本の良さがあり伝統があり見直すべきだとでもそれがむずかしいのは日本にはそうした伝統的なものが失われてしまったからである。

過剰な医療が薬でもそれは医薬品会社と結びついている、それでいらない薬をうりつけてもうけていくる、それは世界的組織化して会社がもうける仕組みを作っている
それはフリーメーソン、石工の組織と同じだという、石工は城などを作るとして建築を受け持つから秘密に通じたりするからギルドとして力をもっていた
医師会のギルドは強固である、政治も従わざるを得ない、それは患者のためというより医師会のためであり医師会の利益のためであり医者の利益のためだとなる

それは他の会社ともにている、巨大な企業が社会をギルドと化して支配する
多国籍企業でもそうである、原発事故を起こした東電でもそうである。
もうそうした巨大企業に一自治体では対抗できないのである。
だから巨大企業が事故を起こしたりすると今回のように被害も甚大になる
それはそもそも巨大企業は政府とも政治化して結託しているからである。
それは医療の世界でもそうでありそれが世界の構造になっているからだ
アメリカが軍需企業と一体であり戦争を望んでいるというときもそうである
銀行だってそういう世界的システムの中で資本主義を支配するものとなる
現代は政治とか国の力は弱体化して巨大企業に多国籍企業に支配されているのが現実なのである。

それだ医療でも国民の税金の負担が膨大になる原因なのである。
もうその負担に耐えられなくなる,それはこうして医薬品会社とか医者とかギルド制となり過剰な医療をしているからである。
もちろん延命治療とかにはむずかしい面があるから一概に言えないにしても過剰治療で国が潰れるまでになっているのは
医療のギルド制がありそれは大企業でもあり組織化して無駄に金を使われて吸い上げられているともなる
それは個々の医者とか病院の問題ではなくそうした体制そのものにもあるとてるからだ



読書の方法

本の読み方としてこうしてパソコン通信のように答える作業するのがいい
ただ漠然として読んでいても読んだことにならないからだ
答える作業が必要なのである。それはフログなどでもそうである。
何か自分で答えてゆく作業が必要である。
そうしないと実際は読んだことにはならないのである。
なぜなら膨大な本があってもただ積んでいるだけだったとなるからだ

本は自分の文脈の中で取り入れ消化するべきものなのである。
だからネットでこうして書けるのがいいのである。
自分がこうして書いているのは書きながら考えるということがある
だから書くということは理解するのに効果的なのである。
それで読んでくれる人があるということはまた励みにもなる
自分はこうしてこれだけ書き続けているのはそのためなのである。

野馬追いの旗は種類が多く由来がわかりにくいのか? (スコットランドのキルトのタータンとの比較− 南朝の霊山から落ち延びた武士はわかりやすい))


野馬追いの旗は種類が多く由来がわかりにくいのか?

(スコットランドのキルトのタータンとの比較−
南朝の霊山から落ち延びた武士はわかりやすい))


●スコットランドのタータンの由来

イングランドとスコットランド間では宗教・人種的な対立があり、ハイランダーたちにとっての"キルト"とは
 強大な権力をもつ中央集権へ対する反逆精神であり "アイデンティティー" を示す大切なものだったのです。

 決して「タータン・チェック」と言ってはいけません。。タータンは布地の柄というよりも、 氏族ごとに定められた家紋に相当する模様の総称なのです。

基本的に上下左右が対象になった連続模様で、 その連続する模様のパターンを「セット(sett)」といいます。

また、家紋に相当するといっても、 ひとつの氏族にタータンはひとつだけではありません。

 ビクトリア朝時代の「タータン熱」以来、特定のクランに属し、特定のクランを示す「クランタータン」はスコットランドのクランの重要な要素となっている。タータンの着用やそのデザインならびに命名は自由だが、クランのタータンを「公式に」定める権限は族長の仕事と考えられている。リヨン卿がそのタータンをスコットランド紋章院に登録したように、実際に族長がそのクランのタータンを登録した例もあり、これはタータンが紋章に並ぶクランの権威ある意匠であることを示している。


野馬追いの旗の種類が多くなぜ由来がわかりにくいのか?スコットランドのキルト、タ−タンとにているのだがまた違っている
ただヨ−ロッパの歴史と日本の歴史はにている、封建制があり城が本当に多いのである
日本も小さな城でも多いからだ、中国とか他でも城があったとしても性格が違うがヨ−ロッパの城は日本と成り立ちがにている
ただ城壁に囲まれてそこが市民共同体ブルジュアとなったのとは違う、burgとは城のことだからである。
ヨ−ロッパでは市の紋章があり市が一つの国を形成した、そういう歴史は日本にはないのである。

野馬追いの旗の系譜をたどると相馬氏一族の旗となるがなぜ旗の種類が多いのか?
それはもともと家族の家の旗に由来している
鎌倉時代のいざ鎌倉というとき自分の家の旗印をかがげて馬で集結した
そのときの旗印が家の旗印でありそれで手柄をたてて恩賞を賜るということで旗の種類が多いとなる,相馬氏一族の旗だったら一つでもいいはずだからである

スコットランドのキルトの紋様は部族に根ざしている、その部族の根拠地になった土地がある、土地に由来している
野馬追いの旗は相馬氏一族がこの地に移り住んで支配した
もともとこの地を支配していたのではない、後から征服したのである。
その前に館と地名がある所には在地の勢力があった、それで海側には泉氏とか磯部では佐藤氏とか協力な在地の豪族が住んでいたのである
それで相馬氏の進出経路で書いたように深野には館という地名が二つありそこには入れなかった、大原に進出したのである。
大原から小池から相馬市の方に進出した、相馬市には伊達氏の支配地ともなっていた

スコットランドの部族はもともと在地の勢力でありイングランドに支配されていない
もし相馬氏のようにスコットランドに入って来たら相馬氏の一族がスコットランドの地に部族に入り込み子孫となっていたからである。
それで相馬藩は相馬氏によって支配されたのだがもともと在地の勢力ではない
だから後から在地の勢力の中に入りその一族の人たちが郷士として土着したのである。
そこで姓も受け継がれその子孫が村を作ったのである。
ただもともとそこに住んでいた人は郷士の監視下に置かれたのである。
それで野馬追いの旗はもともとの地域に由来していないからわかりにくいのである。

A村B村C村の中に相馬氏の一族の人たちがはいりこみ土着した
その時の家の旗印がもちこまれたのである。その土地に由来するものではない
ただ村に入り込み土着したとき分家するからその分家した旗印はにているのである。
でもそれはもともとの村から発したものではない、スコットランドのキルトはもともとその土地に住んでいた人たちの部族に由来しているのとは違うのである。
つまり野馬追いの旗の由来はその村とか土地にないとしたらその由来は相馬氏がもともと支配していた千葉県とかになりさらに家の旗だから鎌倉時代にさかのぼりその旗印は関西方面にも由来しているのである。いろいろな家の人が相馬氏の中に組み入れられたからで知る。そこでその由来をたどることがむずかしくなっているのである

●南北朝の争いで霊山炎上して落ち延びた一族の旗はわかりやすい
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sannouuu1.jpg



山王神社日吉神社の由来

山王権現日吉大社は、日本全国にある日吉、日枝、山王神社の総本宮で、東本宮に大山咋命(オオヤマクイノミコト)、西本宮に大己貴神(大国主神)が祀られています。

創祀は崇神天皇7年、およそ2100年前とされる。古事記に「大山咋神、此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」とあり、これが東本宮の大山咋命のことですね。で、ここに記されている日枝の山(ひえのやま)というのが比叡山のことなのですが、日吉大社が、元は日枝大社といわれていたのは、ここからきていたんですね。

、“神猿(まさる)”さんという神の使いの猿がいらっしゃいます。「まさる=魔が去る=勝る」として、魔除けの象徴となっています。境内地で2匹の猿が飼育されて、可愛かったですよ〜(*^_^*)

豊臣秀吉は、幼名を「日吉丸」、あだ名が「猿」ということで、日吉大社を特別な神社としていたらしく、織田信長の比叡山の焼打ちで焼けてしまった日吉大社の復興に尽力したという話です。

日本全国に約2000社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮。
比叡山の延暦寺は16弁菊の中に輪宝。或いは寺紋として単に「山」の印。
此れは日枝山王の神が大山くひの神であるからです。


南北朝の争いで落ち延びた武士が鹿島の真野に住んだそこに日吉神社がある
菊の紋は天皇に由来している、だから菊の紋は天皇の紋でありそれを利用しているのは南朝側であり山王とか王という旗もそうである。
霊山から落ち延びるとき今の玉野村で二手に分かれたからである。
山上と卒塔婆峠を通る道に分かれて落ち延びた、卒塔婆峠を通って落ち延びた武士は鹿島の真野の中館に住んだ、そこには日吉神社がある
それから鹿島村には只野氏一族が住んだ、その只野氏の先祖だった人が同級だったのである。
鹿島には只野、但野姓が本当に多い、その由来は郡山の多田野村から来ていたのである。只野氏の旗印は杉の紋でありその旗印があるのは只野氏由来のものである。
だからこの紋はわかりやすいのである。

それから山王とある旗印もそうである、王とあるのもそうだろう
例えば菊の紋で菊池とあるとき菊池氏は九州に存在して菊池という地名もある                          
肥後菊池に土着した勢力が菊池となり全国に散らばったし陸奥には菊池姓が多い
陸奥菊池氏も肥後菊池氏と同族で、建武の新政に関った人々の中に菊池一族も名前を連ねていることから後醍醐天皇の多くの皇子に伴って全国各地に散らばったとされる。
ただ菊池姓がいても紋は違っている、菊の紋ではない、別な紋である、ただ菊の紋は天皇に由来していて南朝である

野馬追いは旗祭りだというとき旗のことがわからないとつまらないと思う
誰でもなぜあんなに旗の種類が多いのだろうと疑問に思う
しかしその由来がわからないとつまらないとなる
旗とはスコットランドでもそうだがキルトはタータンはイングランドに対抗するものとしての土地のアイディンティティとして作られていた
とするとわかりやすいが野馬追いの旗印はもともと村に土地に根ざすものではない
この地を支配した氏族でありその由来をたどるとこの土地にはないとなるからわかりにくいのである。

ただ南北朝の争いで霊山が炎上したとき落ち延びた時の武士に只野氏とか桑折氏とかの姓は明確である。その子孫がこの地に増えて只野氏の姓が多いのである。
野馬追いは戦国時代に軍事訓練として始められた
それが伊達に対抗するためそうした、それを否定する者もいるが例えば北朝鮮に対して日韓で合同で軍事訓練をするのはやはり北朝鮮が攻めてくるとしているからそうなったのである。
スコットランドでもやはりイングランドとの対立でそれに対抗するための民族衣装としてキルトのタータンが生まれたのである。
なぜなら後でイングランドに負けたときその民族衣装が禁止されたからである。
民族同士の争いだとそういうことが世界で起きている   

●北郷鹿島村の旗印   
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北郷の行列(鹿島区)

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二本の矢から三本の矢になったのか?
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鹿島街内から出陣

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鹿島の一石坂を上る(鹿島からヒバリが原に出陣


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自作の菊の紋

鹿島村で顕著なのは杉の紋の只野氏である、只野氏については前にも書いた、それから菊の紋があるとき菊池氏がいる
それから桑折氏もいる、これらの武士は南北朝の争いの時鹿島に落ち延びた、日吉神社のある中館に住んだ
ただ鹿島村るも住んだ、それが同級生の只野氏だった、おつづら馬とういう荷物を運ぶ役をお浜下りの祭りで担っている重要な一族であり只野氏一族は鹿島に多いのである。

ただまぎらわしいのは戸川とあるとき川の字をとって旗印にしている、そういう旗印もほかにある
それから星が三本の矢になっているが菊池氏の紋は二本の矢だからここから波及したのかとなる
とにかく鹿島には南北朝の争いで霊山が炎上したとき落ち延びた武士の子孫が土着したということは明確なのである。
その旗印もわかりやすいのである。   

野馬追いの旗印をなんとか分類しようとするがむずかしい、でも野馬追いの旗は勝手に作って祭りに出れないというときそれは歴史の保存の役目を担っているからである。
なぜなら勝手に旗印を作って行列に参加したら訳わからなくなるからだ、その由来も混乱してくるからだ
それはスコットランドのキルトのタータンと同じであり正式に歴史的認められないものは許可されないのと同じである。
ヨ−ロッパでは紋章がありその紋章の由来を調査する機関もある、勝手に貴族の紋章が使えないと同じである。
ともかく南朝の旗印はわかりやすいから見ておくべきである。 




 菊池氏一族とは

 南相馬市鹿島区に多い只野(但野)氏の謎

  (お浜下りの祭りのおつづら馬の話ー野馬追いの旗印は杉紋)  









posted by 老鶯 at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2018年06月16日

スミレと岩(母が死んで母を思うようになった不思議)


スミレと岩(母が死んで母を思うようになった不思議)


顔見せぬこの家の人やシャガの花

夏草やイタチめずらし顔見せ

忍耐の岩にスミレや母思ふ

我家に70年ありし母なりき死して思いぬその重みかな


家が何かと考えるとき前にも書いた、ホームとハウスは違う、ハウスはただの建物であり箱でもある、ただ日本では家というときまた別な感じになる
嫁の字を見ればわかる、女に家になっているからだ
家はホームという感覚である。家というときだから家に帰りたいというときそこは単なる建物だけではない、あたたかい家族がいる場所がホームなのである。
だから家族がみんな死んでいなくなった自分の家はホームがなくなったともなる

でも不思議なのは人間はやはり死んでなにもなくなるということはない、家には何か死者がまだいるという感じになる、母が死んで3年とかなるが生きているときその存在をあまり感じなかった、それは特殊な家の事情でそうなった
でも70年間家に尽くして働いてきた、それを感じたのは全部家事をするようになってからである。まず誰も自分のためにしてくれない、それで皿洗うを頼むと金をとられる要するにもう今は他者との関係は金しかないのである。
それで金の切れ目が縁の切れ目となる
そういう人は生きているときでも死んでからも何の関係があるのだとまでなる
そういう殺伐としているのが現実社会である。

では家はホームはそうした関係ではない、なぜなら金だけの関係ならその人が死んでも何にも思わないからだ、死んだとき心配するのは財産のことくらいである。
でも家族となると死んでもその家に家族に生き続けている
供養もしているし何か死んで重みが出てくるということもある
生きているときより死者のことを思うようになる
自分は生きているときは家事をして毎日食事用意してくれたことをなんとも思わなかったそれが死んでから65年間とかそうしてくれたことがありがたいことだと思うようになった

人間は家でもそうだし国とかでもそうだし必ずなんらかの犠牲の上に成り立っている
母も家のために犠牲になったという面はあった
国でも戦死者とかあり歴史をみれば犠牲になる人がいる
それで城を作るのに人柱伝説があるのはそのためである。
それは家でも人柱になる人がいる、犠牲が生まれる
母はやはりそうして犠牲になった女性だったともなるかもしれない
ただ自分の家に来てすべてが悪いことばかりではなかった
何かかよわいし世間を渡っていけるような女性でなかったからだ

ただ母の性格は忍耐強いということだった、派手なことはないが大人しいが忍耐強い性格だった、人はその性格もいい面と悪い面が必ずある
外交的な人間がすべていいとはならないのである、でも社会では外交的な陽気な人がどうしても好かれるし評価される
内向きな人は好かれない、そこにも大きな問題がある
営業とかでも必ずしも外交的な人だけが成功するとは限らない、内向きでも誠実な人が成功するということもある、外交的性格の人は人の話をしまり聞かないとこすがあるからだ
人間は死んですべてが消えるわけではない、必ず何かを残してゆく、残りつづける
母のことをあまり生きているときは思わなかったがやはり70年家にありつづけた重みを感じた、歳月が重みを生む、家というのはだから今生きている人だけ成り立つものではない、死者も家に生きているとなる
それは大きな国家でもやはり死者が生きていて支えるともなる
それが歴史の重みとなる、ただ人間は死んだからといってみんなそうして死者を思うことはない、ふしだらなでたらめな人生を送った人は死んでせいせいしたともされる
だから人生を軽んじていい加減に生きると死んでも何も残らないとなる

人間はやはり母から受け継ぐものが大きいのかもしれない、もちろん生きているときは母とか父でも嫌う人はいくらでもいる、自分もそういう面はあった
人間はどうしてもいい面と悪い面があるからだ
でも死んでから母を意識するというのも不思議である。
だから人間は死んですべてが終わるということはないのである。
後世まで影響してゆく,生きている時そこまで考える人はいないのである
だから自殺するとかするとそれが自分だけのことではなく周りの人にも特に家族に影響してくる、やはり人間の生というのは人生は自分だけのものではないからそうなっている
自分だけで終わればいいのだがそうはならないのが人間なのである。

忍耐の岩にスミレや母思ふ

この句にふさわしいのが母だったなとつくづく思う
岩にスミレが咲いているのを見かけるからだ
自分も性格的ににているから石とか岩と一体なるように詩でも書いてきたことでもわかる地味な性格なのである。そういう気質も受け継いだのである。
ただ人間は生まれつきですべてが決まらない、社会という場で人間は人生は作られるのである。天才というのは例外なのだろう、資質的に特別恵まれているからそうなる
でも普通は人生は生まれつきでは決まらない、人生をどう生きたかで決まる
ただ母というのはやはり子供の犠牲になるということもある
一方で逆に子供を犠牲にすることもある、母性はエゴだという人もいる
そう感じて肉親を嫌う人もいる,でもやはり70年家に生きて死んだという重みは死んでも残るものだなと思った

俳句というとき過去の思い出と結びつく、イタチは子供の時自分の家で飼っていたのだ
でも母が毎日餌をやっていたのだが慣れることはなく逃げたのである。
なぜイタチを飼っていたかというと皮をとって売っていたらしい
戦後まもなく何も仕事がなくそんなことをしていたみたいだ
そういうことでも思い出がありイタチが偶然草むらから出てきたので俳句にした
だから俳句はこうして鑑賞するにもその説明がないと鑑賞できない文学だと思う
それはあまりにも短いからそうなっている







2018年06月17日

失われた共同体を考える−(家族が共同体の基) (第3の経済を読む)


失われた共同体を考える−(家族が共同体の基)

(第3の経済を読む)

第3の経済

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金の切れ目が縁の切れ目である。しかし、共同体というのは全人格的に関わってくる関係によって成り立っている

今の事業、経営で一番問題なのは、志がないことである。志を失った原因の一つは、共同体、コミュニティの一員としての自覚がなくなったことである。

優秀な人材があれば、資金を出し合って中央の学校へも出したのである。また、有為な人材は、故郷に錦を飾る、あるいは、郷土に戻って働くことを誉れとした。医学などその典型である。

誰も他人のことを思いやらなくなった。そして、思いやるゆとりさえなくしてしまった。そして、他人と関わり合うのさえ厭(いや)になってしまった。親は子の世話をしなくなり、子は、親の面倒を見なくなった。それで足りなくなったところを教育制度や介護制度、福祉制度に求めるようになった。会社は、会社の都合だけで社員を雇い。社員にとって会社は、生活費を稼ぐだけの場でしか過ぎなくなった。国に、国民は、要求だけをして国に尽くす事を忘れた。


このサイトで語られることに共感する、なぜ自分がこんなに今になり家族にこだわるのか?
現代ではもう共同体というのはないとこの著者も指摘している、家族も人間の基本的な共同体でありそこから故郷でも江戸時代の藩でも明治維新以降の国でも天皇を親として国民は赤子という国家を家として意識させたのである。
そして家制度を国家の根幹にしたのである。

なぜなら墓のことで考察したように江戸時代ではみんな個人墓なのである。
墓を持った人は侍であり侍でも特別な人なのである、後は僧侶であり上流階級しか墓をもてない、経済的にも墓を作ることは金がかかるからできない
でも不思議なのは明治以降に家というのもに共同体の基とした
しかし江戸時代の共同体は家族があったとしても村が共同体だったのである。
だから一見墓もないことは家族共同体もないのかとも見える
むしろ村という共同体があったから個々の家族の墓も必要なかったのである。
村の共同墓地がありこの辺ではホトケッポという所に埋められたからである。
個々の家族が墓になると墓は増えるばかりだが今になると跡継ぎとがいなとか墓じまいするようになる、江戸時代の村だったら村全体で供養するからかえっていいとなる
個々の家族だったら後継ぐ人がいなくなると供養もできなくなる、墓は維持できなくなるからだ、墓にも家族としての共同性とか村の共同性とかが関係しているのである。

現代は共同体がない限り生きていけない、自分がなぜ共同体のことを考えるようになったかというと家族がみんな死んだとき一人取り残されてしまった結果である
家族という共同体があって自分は守られて楽していたのである。
だから自分は何か社会の非情さを感じなかったし社会はいいものだと思っていたのであるそれが親の病気や介護や自分の病気で今の世の非情さを身をもって知った
そのことを延々と書いてきた、人間がこんなに非情なのか結局金しかないのかということだった、そんなことはみんなわかっているということはあった
しかし現実に自分がそういう苦しみを受けたとき具体的に理解した

今はどんな田舎だろうが都会と同じである。共同体は喪失しているのである。
拠(よ)り所となる共同体はもうない、その代わりにあるのは金だけである
金をすべての拠り所としている、だから金の切れ目が縁の切れ目になる
現代社会ではより冷徹に貫かれている
共同体とは何か?それはいろいろあっても家がその根幹にある、家族が根幹にある、
その波及したものとして会社があり国家もある、国家も家なのである。
だから江戸時代では会社がないにしろ店があったとしたらそこは家族形態として経営したとなる

家族共同体というとき血縁とばかり思っているが違う、血縁を基礎にしても結婚自体が別に血縁ではない、他人同士が共同生活することであり子供をもつことで共同体を形成することである。子供でも養子とかもあり養子でも家族共同体になる
ただ家族共同体になるとどうしても排他的になる、自分の家族のことしか思わない、他者の家族は敵対するものにもなる、家族の利益だけを考えればそうなる
だから実は家族共同体だけでは共同体は維持できないようになっている
会社に勤めればそこがやはり共同体ともなるからである
江戸時代の侍社会では御家大事でありその共同体を維持するために人柱となり死ぬ人もいたし強制もされたのである。

共同体というときそれがある期間を共同することではない、学校でも会社でもそれは会社でも長いにしても一期間になる、でも家族は祖父母がいて両親がいて子供がいてと世代の継続がある、そこにまた家の重み生じる、それは故郷とか江戸時代の藩とかでもそうである。先祖がいて死んだ先祖はその家に死んでも生き続けることがある
そこに家の重みがある、そのことは死んで母を思うということで短歌俳句の部に書いた
家族がみんな死んでそのことを痛切に感じたからである。
家族の共同性は時間軸でも継承されている,事業を起こしても会社でもそうして何か継続されものがない、トヨタでもあれだけ大きくても車が売れなくなればそれでなくなる
でも家族はなくならないのだ、それは物による紐帯ではない、精神的なものだからであるもちろん物質的なものとしても経済的なものしとても家族はありうる
経済的破綻すると家族も崩壊する、事業に失敗したりすると家族が崩壊する
それでも家族のつながりは依然として維持されるのである。

いづれにしろ今は家族でも共同性を失い、ただ金だけだとなる
それで原発事故で避難区域になった所はなぜあんな簡単に住むことが放棄されて残されたのは老人だけになったのか?
それは放射能も確かに原因しているがそれだけではないものを感じていた
なぜなら今一億円もらうならこんな田舎を出て暮らすとかいう若者が普通にいる社会である
それは若者だけではない、そういう人はやはり多くなっている
だからこそ多額の補償金をもらった人はなんの抵抗もなく故郷を出てほかの土地で新しい生活をはじめたのである。何か未練もないとなる、そのことは何を意味しているのか?
それももともと田舎でも共同性は失っている,昔のような村もないし共同体はない
ただ金だけを求める社会になっていたのである。

それでみなんで共同して復興しようとする意志もないのである。
一番働いたのは地元の人ではない、外から来た労働者でありボランティアだったのである地元の人は毎日パチンコでありギャンブルしていたのである。
それは現代を象徴している奇妙な光景だったのである。
身近な共同体は喪失しているが広域的な経済でありそれで外部からの援助があって生活していたのである。
地元の人が復興するのに働かない、その意志もなくなりただ外部の人にまかせきりになったのである。
そして地元の人は補償金をもらうことしか頭になくなったのである。
これもやはり現代社会でもともと共同体が失っていたからそうなったのではないかと考察した 

人間はいづれにしろ共同体無くしては生きられない、上野霄里(しょうり)氏でもあれだけ家族にこだわっているのもそのためである
社会から離脱する強烈なアウトサイダーでも家族という共同体にこだわりそこに自分の最後の砦としているのである。
現代はとにかくグローバル経済になってもそこには共同体はない、共同性はない、ただ金が動く非情な市場があるだけだとなる、共同体の中で金は動いていない
非情な金の市場の論理だけが支配しているのである。
家族共同体であれその延長したものに波及した社会で情が通うことはある
それは家族の延長として見るからである。
手伝いさんが家族の一員になると書いてきた
でもまた金だけの関係となりそれも一期間でその関係も切れる
金持ちの家でもお手伝いさんに家族のようにやさしくしてもそれを感じない
要するに金さえもらえばいい,もっと金が欲しいとなり盗めばいいとなるだけである。
そうして関係は簡単に切れてしまう、同じ田舎に住んでいてもそうである
そこには共同性がない、共同体ではないからである。
ただ金をやりとりする関係に過ぎないからそうなってしまう

金の切れ目が縁の切れ目である。しかし、共同体というのは全人格的に関わってくる関係によって成り立っている 

つまり侍の共同体は全人格としてかかわっている,だから白虎隊が城が燃えたというときもう終わりだとして自刀したのもそのためである。
侍共同体は全人格的なものとして一体だったからそうなった
金だけをもらう関係とは違うからである、そういう関係はやはり戦国時代から江戸時代を通じて社会が作られたのでありそういう社会を明治以降日本では喪失したから理解できないものとなったのである
今は全人格的にかかわり生きる場も共同体もないのである。
ただ個々人は金を求め金がすべてとなる、金をより多く持ったもの稼いだものが勝者でありそれ以外の価値は認めない社会である。
金でも共同体の中で稼ぎ使われるのとただ個々人が金を求めて使うことには大きな落差がある。
共同体の中で人格を育成すること共同体を維持して発展させることになると金だけがこれほど突出して猛威をふることはない、もっと高い価値にあるべき価値に金はただ下僕のように使われるが今はみんな金の下僕になっているから殺伐としているのである。
こいつから金をとればいい、後は関係ないという社会なのである。

posted by 老鶯 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

誰かが悪さをして自分が苦しむ (猫の尻尾が焼かれまた血が出ていた)


誰かが悪さをして自分が苦しむ

(猫の尻尾が焼かれまた血が出ていた)

誰かが猫にいたずらして尻尾を焼いた、一か月くらいいなくなったので帰らないと思ったそれが尻尾が焼かれて帰ってきた、血が点々とついて汚れる
一時収まったがまた血が出ている、そして家を汚すので嫌になった
何かこの猫は飼うつもりでなかったがいついたのである。

家族が介護になってから何かこうしてめんをとなことが次々に起きてきた
犯罪にもあい、事業に失敗した人が来て金を要求される
自分が苦しいときそうして次々に問題をかかえた人が来た
自分自身のことで精一杯なのに問題をかかえた人が来る

ある人は飲食店で賃金を払われなかったといいその分を自分が払った
その後畑をしていてもキジに食われた、モグラに食われた、虫に食われたとその度に
肥料だとか薬に金をくれといい、払う羽目になる

要するにこの災難つづきは自分が起こしたことではない、でも自分のカルマがあってそうなっているとあきらめた
でもそもそも猫の尻尾を焼いた人こそ重いカルマを負うべきだし猫を世話すべきなのである。
でもいつかその人もカルマを背負わされる運命にある
カルマとは行為であり悪い行為は必ず苦しみとなって現れるからだ

ともかく自分だけではない、なぜこうして家族でも親戚でも災いとなる人が必ずいて苦しむ、それはなぜなのか?
そういう事件は日常的に起きている,家族にそうした人がいると終わりだというのもそのためである。へたすると殺されたりするからだ
実際に兄弟姉妹でもそういうことあった、姉が優秀でも妹はだめだ、弟がだめだとなり殺人までになった
障害者をもって苦しんでいる人もいる

だからこの理不尽は何なのだろう?
悪いのは猫の尻尾を焼いた人であり自分ではない、賃金を払わなかった人が悪いのであり自分ではない,でも自分が払うことになった
猫の尻尾を焼いた人は誰かにそのカルマ(行為)を負わせたとなるのだ
借金した人もまたカルマだけど他者に負わせるのである。
実際他者のカルマによって何の罪もないのに殺されるという事件がある
なぜそうなるのか?それが不可解になる
それもやはり本人にカルマがあってそうなっているのか?

自分は家族がいたとき何かそうした災いとかにあっていないのである。
家族が介護になってからそうした災いが次々に起きてきた
それも終わったかと思ったら猫に苦しんでいるとなる
それはたいしたことがないにしろやっかいだなと思う
自分はペットを世話できる人ではない、ルーズだし自分のことをやるだけで精一杯だからである
家事もやらなければならないしいろんなことができないのである。

いづれにしろ人間は誰かのカルマ(行為)は必ず他者に及ぶ、悪るいことしたら当然だし善の行為でもそうである。
でも悪い行為は誰かが負い償わさせられるというのもどうしてなのだろうとなる
その行為をした本人こそ償わねばならないのだ
それはただいづれ否応なく償わさせられる、それがカルマだからである。
でも何の罪もない人がなぜ償わさせられるのか?
結局キリストが人々の罪をになった死んだというとき犠牲になったというときそのことかもしれない、何か猫とキリストは関係ないにしろそうかもしれない
人々の罪を背負って死んだとされるからだ

この世の災いはどこから生まれてくるのか?
誰かが悪をなす、それでその周りもカルマを負わされて苦しむ
だからこの世でいくら一人が罪を犯さないにしても災いを受けるのである。
災いから逃れようがないのである。
原発事故だって関係ないと所で飯館村とかで一番被害が大きかった
全然関係ないと思っても災いによって苦しみが与えられる
それにしても30年間はこうした災いが自分にはなかった
それは奇跡的なことだったかもしれない,ただその楽なことがカルマになっていたのである。

人間は生きている限り楽していても金をもちすぎてもカルマになる
つまりどう転んでもカルマから逃れられないのである。
それは死ぬことによってしかカルマから逃れられない
たかちいづれこの世は大きなカルマによって滅びるのである。
この世に天国など出現しない、なぜなら自分が罪がないように生きても回りがそうではない、そのために他者のカルマを受けて苦しむのである。
最悪はそのために殺されるとまでなっているのだ
〈地獄の道連れにしてやる)とか言う人がいるからだ
この世に災いは限りなくあり消えることはないのである。


2018年06月19日

交通事故発生 (南相馬市鹿島区寺内)



交通事故発生

(南相馬市鹿島区寺内)

accident222.JPG

accident.jpg

レッカー車で白い乗用車が運ばれた
それは脇がへこんでいた

写真の車と衝突した
怪我はたいしたことかなかったらしい

毎日どこかで交通事故が起きている
それでデジカメをもって歩く必要がある

結局ボランティアの記者にもなっているからだ
今や一億総記者の時代に
タグ:交通事故
posted by 老鶯 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記