2018年06月01日

いわきまで御斎所街道を下る旅(旅の思い出の短歌)


いわきまで御斎所街道を下る旅(旅の思い出の短歌)


御斎所街道を行く(福島民友)


そはいづこ山中にあり万屋に味噌汁ご飯馳走になりぬ

古殿に市神の碑あり秋の朝我も来たりて街道下る

雷鳴りて雨の打ちふり旅人のしばし休みてまた走りさる

水澄みぬここに死なむや落鮎の今ひとしきり泳ぎけるかも

市街へと我はいぞぎぬ刈田なる遠野を行きて心に残りぬ

旅人のはるか来たりぬ秋の朝海を望みて鴎飛びさる

目覚むればいわきの海や撫子の咲きてひびける波の音かも


元応(げんおう)は、日本の元号の一つ。文保の後、元亨の前。1319年から1320年までの期間を指す。この時代の天皇は後醍醐天皇。鎌倉幕府将軍は守邦親王、執権は北条高時。

古殿の市神の碑がこんなに古いのには驚く,この辺ではこれだけ古いのはめずらしい
古殿の前に鮫川とありその山中に万屋(よろずや)がありそこで味噌汁とご飯をご馳走になった、石川とかいうと何か阿武隈高原を行ってもなじみがない,竹貫とかもあったがなじみがない,そんなところに万屋があった
そんなことがなぜできたのか?今ではありえないことだとふりかえる
そこにはコンビニなどないから万屋(よろずや)があった

万屋とは何でも屋であり田舎でも辺鄙な所にあった店である。
それはどこにでもあった,しかし今はなくなった
そういうところにはまだ人情が残っていたとなる
今は外部の人はみんな警戒しているからそんなことしないだろう
ただ旅をするとき昔だったら歩いてしているからどうしても食料がないと困ることがあるするとおにぎりとかもらった人がいるかもしれない
そうしないと旅自体できないからだ,なぜなら乞食がいたし物乞いして歩いているのを子度のとき普通に見ているからである。
そして意外とそうした乞食に物をあげる習慣があった
みんなではないにしろ物をあげていたのである
ただ頻繁に乞食がきて嫌われたという記憶もある,それだけ乞食が多かったのである。

小高い新地山が見えた。歌枕の「人忘れずの山」として知られ、定信も歌を詠んだ。

 世々へても 心の奥に通(かよ)ふらし 人忘れずの山の嵐は

これは西白河の方である

定信に愛された新地山

この歌はいい歌である。人忘れずの山というのはやはり人が忘れてしまうような山だからこそこの名がついた,そういう奥にも人の心は通うとうなるのか?
人も忘れてくれるなという意味ともなるのか?
そこは秘境のような所だとなる,江戸時代ならどこでも秘境になりうるのである。

街道を下りた所に川が流れていてそこに落ち鮎をとる梁があり落ち鮎を料理する小屋ができていた
その川の水は澄んでいて鮎が死んでいた,最後にそこで泳ぎ死んでゆく

ただそこから遠野に出るが遠野は稲も刈られて淋しい所だった,いわき市街から見て遠野だったのだろうか?遠野というのはいくらでもある地名だからそうともならないだろう
第一地名はそんな広範囲な感覚ではつけられていないだろう。
原町の大原に遠田とあるが大原からはさほど遠くないからである。
でもそこで遠野は何かいわき市街から遠いという感覚になっていた

そして海に出た時,秋の海でさわやかであり気持ちよかった,そこでテントを張り一日泊まった
目覚めると撫子が咲いていた,その撫子がなにかいわきとあっていた
それは山から街道を下りてきて海を見たから感覚的に違ったものとなる
もし海沿いを旅したなら感覚的にこうはならない
山から海に出たということで新鮮な感覚が生まれたのである。
だから旅はその過程で違ったものとなる,海から山へ入るとなるときもそうである。

ここも塩を運び山から薪を運びとか飯館への塩の道とにている,塩の道は全国にあった
そこで山と海との交流が生まれた

塩を運ぶ人を待ちけり山の人その塩貴重に市に求めぬ

要するに物の貴重さはそうして苦労して運ばれたとかにあった,今は物の貴重さがないのは簡単に手に入るからである。いくらでも塩でも砂糖でもあるとなると貴重なものとはならない,だから塩でもなんでもありがたさがなくなったのである。

ともかく何度も言うように旅は意外と記憶されることが大事である。
なぜなら旅は忘れやすいのである。まず車だったら記憶されない
自転車で街道をひたすら下り遠野通りいわきの海に出たということで記憶に残っていた
本当に現代の旅は記憶に残らないことが多いのである
記憶に残る旅がしにくいのである,それはあまりにも便利になってただ通りすぎて遠くに行くというだけになっているからだ
その途中が省かれるのである。記憶から消えるのである。
旅でも人生でも記憶されないことは何も残らないということになる
そしたら旅という経験は無駄ともなりかねないのである。 



2018年06月02日

駅前に電気系統の小屋完成 (駐車場の舗装工事始まる)


駅前に電気系統の小屋完成

(駐車場の舗装工事始まる)

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新しく出来た小屋

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駅前の駐車場の工事


あの小屋は電気系統の信号などを操作するものだろう。
ホームの埋められた電線も工事することになった
水戸から来た人がその電線を通っているのを見ていた
鉄道の保守管理は意外とこの電気系統がめんどうなのである。
車だとかバスにはこういうことがない
だから鉄道を維持することはコストもかかり手間がかかるのである。
電気はまた危険な面があるから保守点検が大事になるからだ

駅前のはずれたところにある駐車場は舗装するらしい,あそこもわかりにくい,
長時間はとめられないが一応駅前よりは長くとめられる
でも知らない人が多いのである。
知っている人は利用しているが遠くから来た人はほとんど知らないのである。
それでキクチスーパーにとめたという人もいた
車をもっている人にとって駐車場は常に問題になる
それで駐車場がない街の通りは不利になったのである。

あとは駐輪場を市の建設課の人が来て調べていた
JRの土地になっているところで問題があり調べていた
新しく駐輪場を広くするらしい
ここでも市がかかわっている
外のトイレは市で運営していて障害者の施設に毎日掃除をしてもらっている
それでぴかぴかなのである。
あのトイレは遠くから来る人や鉄道を利用しない人も車で来て利用している
やはり道の駅がないからそうなる

ホームにあるトイレはJRが他の会社に頼んで掃除してもらっている
あとは商工会の女子部がゴミのかたずけをしている
これも金を払っているのである
このように駅を維持することは金がかかるのである。
だから乗降客が少ないのに減っているのに駅を維持するということは
なんらかJRだけでは維持できない
それでローカル線が廃止となりコスト削減として無人駅にする

ただ常磐線で原町駅と相馬駅は半分くらい減ったのはいわきまでつながらないからだろういわきまでつながれば回復するだろう
乗客が三倍に増えたというのは工事関係者などがきて仙台に行く人が増えたのだろう
また名取から空港を利用する人で増えたのだろう
仙台までの乗客が増えれば収入増にはなる,近くではならないからだ

田舎の少子高齢化 (田舎の生活が逆に見直されることも?)


田舎の少子高齢化

(田舎の生活が逆に見直されることも?)


自分の組の10家族

一人暮らし 4人
老夫婦の二人暮らし二家族
子供のいる家なし
60歳以上 10人

これだと活気がなくなる,一人暮らしの人はやがて大きな家に住んでいるが空家になるかもしれない,子供がいないとなると街から離れた農家の部落では祭りが維持できないとかテレビで放送していた
そこは新地の福田というところであり丸森から神楽が伝わっていたのだ
それは子供だけでする神楽であった
でも後継者がいなくなるとか言っていた,こういうことはもうどこでも起きている
それよりその神楽はあくまでも農業の農家の祭りである
五穀豊穣を祈る祭りだとするとき現代に合わないものとなる
それは昔の村だったら成り立つものである。
今は村でもみんな農業しているわけではないからである。
田んぼも委託して何もしない農家が多いのである。

隣が空家になっていて近くの人が新築するためにそこを借りた
その家には子供がいる,めずらしいなと思った
孫と遊んでいる祖父母がいる,そういう姿も見ていないからだ
その家は若い夫婦がいて祖父母がいるから大家族である。
そういう家族が普通だったのだろう

近くでも知っている人が自転車屋でも娘が東京にいるが後継者はいないからいづれはやめることになる
そうすると町には一軒も自転車屋がなくなるのである。
するとかなり困ることになる
同級生の人も娘は東京にいる,地元に住んでいる息子や娘が少ない
するとどうなるのか?
やがては空家となり墓を守るものもいなくなるのである。
それで墓じまいとかなる

そして田舎に故郷に帰ってくる老人も増えてくる,そういう人と駅でもあったし他でもあった,つまりまた老人が増えるのである。

商工会で街を良くしようとして集まるとしても50以上とか多いだろう
すると将来を考えるより老後を考える,30代まで40代までならなんとか将来を見る
50以上になると無理になる
それで女川とかでは復興するのに老人は口ださないことにしたというのもわかる
老人はどうしても新しいことについていけないのである。
変化に対応できなくなっているのだ

そして老人が求めるのは安定であり安心である
何か例えば土手を毎日歩いている
そこに桜並木がありそこを毎日通る
その桜は太いのである。もう大分前にこの地区の人が植えたものだからである。
その木を見ていると何か心が安定する
そこで求めるのは信頼とか安定とか安心なのである。
それはこの土地に長く根付いて成長したものである。

そうして変化しないものを老人は求める
それは別に悪いことではない,そういう生活もまた現代では求められているからだ
めまぐるしく変わる世界がいいとは限らないのである。
大地にその土地に深くねづいた生活を求める
そういう時代の変化もある,東京などの若者が田舎志向になっているのもそのためであるだから老人の志向するものがすべて悪いとはならないのである。
若い人が志向するのはすべていいとは限らないのである。
結局高度成長時代は若い人向きの社会だった
若い人が多いから一面活力ある社会だったとなる
でもその高度成長が終わったとき今度は成熟社会になる
すると社会のモデルも変わってくるのである。

理念における二つのモダン(近代)なモデル(模型)のモード(流行)があります。ちなみにモダンとモデルとモードとは、語源にあっては同根です。つまり近代とは「最近の時代」などというカレンダー上のことではなく、「模型が流行する時代」ということを指します。

西部邁

モダンとは模型のことであり型にはまった模型的思考のことである。つまりそこに新しさはないのである。誰かの真似ごとがモダンなのである。

西部氏に共感することは古いものが必ずしも古いものではない,新しいものが必ずしも新しいものではない,すべてのものは歴史的生成されたものであり全く新しいもはないという考え方である。

何か自分は自然とアイディンティティ化することをもとめてきた
木があるとき木と一体化する,すると心も安定して安心するとなる
その傾向が年がとると余計深まってくる
人間もやはり自然の中に生きる自然に生きる生物だからそうなるのがまさに自然なのである。

根を張る木

深く深く
強く強く
大地に根を張る
信頼の樹々よ
そこに安らぎがある
木は大地に根を張り
深い影をなして
ここに静かに成長してゆく
その時は長い
そうして信頼を深めてゆく
信頼は時間によって作られてゆく
偽らざる木よ、正直な木よ
そこに安らぎがある
人間はそのように
落ち着く場が必要
精神的に安定する場が必要
そこで仕事も成就する

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こんなふうになってゆくのが自然なのである。
仕事をするにも成すにしてもそうした安定する場がないとできないのである。

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南相馬市では補償金で分断された (他の地区のことは配慮しないのが問題だった)


南相馬市では補償金で分断された

(他の地区のことは配慮しないのが問題だった)


原町の人が鹿島に商売に来ている,鹿島で商売している,鹿島の人に買ってもらっているそれで原町の人は医療費とか高速はまだ無料になっていると言う
それは差別ではないかとか言うとそんなことしりません,私にはどうにもなりませんからなにかそっけない返事である。

それは小高の人達もそうだった,極端なのは私たちは買い物して鹿島の人を助けているのよ,と言っていたのである。
これには驚いたけどみんなそんなものだったのである。
私たちは何か鹿島の人に世話になっているのただ土地を借りてあとは金を使って助けているのよというくらいのものだった
だから小高の人に補償金のことを言うと怒っていたのである。
故郷に住めなくなったのだからそんなこと当然だから鹿島の人が不満を言うのはおかしいとなっていたのである。

それは原町の人が仮払い金と市の予算から財政から100億円を出すというときネットで凄く反対していた人がいるのである。
それはあまり目立たないものだったから知っている人は少ない
でも原町区ではそう思う人が結構いたのかもしれない
なぜなら市の財政となると直接影響するからである。
ただその時仮払金だから後で別に東電とか政府から支払われるものだったからそんなに反対する必要もなかったともいえる
ただ何か仮払金のことが自分はのみこめなかった
ただその時市の財政から金が出るということで反対だったのである。

その後原町区では30キロ圏内なので医療費とか無料であり高速も今まで無料だったのである。それはずいぶん長いものだった
なぜなら医療費など鹿島区では一年もみたないくらいで打ち切られたからである。
これも早かったと思う,高速も無料にならなかった
これも大きな差別だったと思う
それは30キロで区切ったから政府の責任だったともなる
それでここだけではない都路辺りでも30キロで分けられたからそこで補償金で争いになったのである。
だから政府が悪いといえばそうである。

ただなんというか原町でも小高でももらうのは当然でありそのことで文句は言うなとなっていた,そのことを言えば険悪なものとなる
でも鹿島とかで商売したり関係がある,それでなにかしら考慮していいとも思った
ただ一人あった真野川でシジミをとっていたばあちゃんはしきりに鹿島の人はかわいそうだと同情していたのである。
真野川までシジミとりにきていた,真野川は鹿島区に入るから勝手にシジミとっていいのかとも思った,ただその時は震災後まもなくであり何か管理するものがいなくなっていたのだろう
その女性は例外的な人だったろう,普通は鹿島の人が補償金で差別されたことなど考慮しているものはいないのである。

だからそのことはを言うと怒る人が多いのである。
30キロ内でもらうのは当然だということであり鹿島は30キロからはずれたのだからもらえないのはしかたがないとなっていたのである。
でも問題はそうだとしても何か鹿島の人に対して全く配慮しないし原町でも小高でももらって当然でありそれに文句言う奴は許せないとなっていたのである。
だからNHKでも飯館村の人が補償金をもらっているから相馬市のトマト栽培農家で雇わないというときそれはなんなのだと暗にそのトマト農家を批判させていたのである。

でも相馬市のトマト農家では補償金がもらえない津浪被害者を優先しただけなのである。その辺のマスコミの報道でも常に小高の原発避難者でも優遇されていた
だからなんで補償金のことで文句言うのだと怒るのである。
お前らは同じ相馬に住んでいるものなのに冷たいなとなっていたのである。
現実に毎日のようにボランティが原発避難民の仮設に来ていたからである。
すると外から来る人の方が同情してあたたかいなと思っていたのである。
そのこともあって余計に地元の人に不満だったのである。

でも地元の人でも鹿島でも自分でも苦しいことを書いてきた,病気でも介護していて苦しんでいた,でも介護でも小高の人達が優先だったのである。
だから迷惑かけたということもあったがそんなこと関係ないとなっていた
何かそうして鹿島区は除外されたし配慮されなかったのである。
何かそういう気持ちがなかった
自分たちは苦しいのだから鹿島の人達は同情して助けるべきであり補償金もらえるのも当然でありそれをとやかく言うのは許せないとなっていたのである。

小高でも原町でも今では浪江でもそうして原発避難者には何か回りの人への配慮が欠けていたのである。
自分たちは被害者でありかわいそうであり同情されるべきであり補償金もらって当然でありいくらもらっても足りないとまでなっていたのである。
それだけの被害を受けたのだから当然だとなる
でも原町区となると一旦避難したが割と早くもどった
鹿島区でも避難した人達が半分ほどいたのである。
だからそれなりに被害があったし今でも自分は水道の水は飲まないでペットボトルを飲んでいる
それを言えば相馬市でも同じである。原発避難者には常に不満を言っていたからである。現実には毎日バチンコ通いでありギャンブルだったのである。
だからそんなふうにして遊んでいるのが何でかわいそうなのかということになったのはまた当然だったのである。

確かに原町は30キロ内であり小高は避難区域になったのだから補償金をもらっても当然だったしそう政府で決めたのだからどうにもならないということはある
でも原町区のばあちゃんでも鹿島はかわいそうだとよとか配慮していた人はいたのであるだから問題は補償金問題もあるし医療費高速無料とかの問題もある
しかし最も大きな問題は鹿島であれ回りの人への配慮がなかったのである。
それでいわきでは原発避難者を排斥するいたずらなどが起きた
その時は混乱していてもう原発避難者様様になっていたからである。
原発避難者の言い分は何でも通るともなっていたからである。
それに何かを言う奴は非難されたのである,マスコミもそうしたから余計にそうなったのである。

それでも混乱していたから二三年はしょうがなかったかもしれない,でもその後7年間とか同じ状態だったのである。
やっと回りの人に配慮して仮設を出るときモチを配ったというのはよかった
それがたいしたものでくてもそういうことを配慮できるようになったと思ったからだ
鹿島にも金をよこせといわないにしろ何かしら配慮が必要だったのである。
同じ南相馬市民としての配慮が必要だった
そういう気持ちが全くなかったということが問題だったのである。
少しでも原町区の人とか小高でも鹿島の人には補償金などで申し訳ないことです
何かそうした気持ちが少しでもあれば良かったのである。
そういう気持ちが全くなかったことが問題だったのである。

また鹿島の人でもそれを押しつけることは出来ない
だから表立って言う人はいなかった,でも不満が鬱積していたのである。
やはり人間は気持ちが大事でありそれが争いの元になる
他者への配慮がないと人間関係はうまくいかない
これは行政にも問題があった
なぜ鹿島区の議員が仮設の小高の人を応援して選挙の時回って歩いていたのか?
南相馬市だからそうなったが鹿島区の人達の不満をないがしろにしていたのである。
ともかくこれも南相馬市として合併したからこそ生じた問題でもあった
同じ南相馬市民じゃないかとなり協力せねばならないとなっているのだからそうなったのである。

posted by 老鶯 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年06月03日

人間は誰のために働いているのか? (自分のため,家族のため,会社のため,地域のため、国のため・・・)


人間は誰のために働いているのか?

(自分のため,家族のため,会社のため,地域のため、国のため・・・)

人間が働くということはそもそもただ金をもらうためのなのか?
月給をもらうためなのか?それが前提条件としてある
でもどこで働くにしても自分のためであり家族があれば家族のためであり会社があれば会社のためである。
そこから地域のためとか故郷のためとか国のためとかまではならない
ただ戦前はみんな国のために働いたのである。
そうでなければいくら強制されたとして3百万人も死ぬということはありえないのである

地銀を例にとればまず自分のために働く,月給もらうから働く,地銀をもうけさせるために働く,それで今利子がつないから客をもうけさせるために投資信託などをすすめるようになった
それにはノルマを課せられている,自分がノルマを果たして成績をあげれば会社で評価される
まずそのことが第一となり客にもうけさせるよりノルマを果たして自分が成績をあげる,会社を地銀をもうけさせる
それでリーマンショクの前からもっていた株を上がっているのに投資信託に回した
それはノルマを果たすのと勤めている地銀をもうけさせるためである。
今地銀は苦しいからである。
でも地銀の役割としては地銀とあるごとくその地に根付いて会社を育成するとかその地域に金融で役立つ地域のためにとかも働く一番の要因としてあった
証券会社とは違うものとして地銀は成り立っていたのである。
地銀でも会社そのものが共同体にもなっている,だからこそ企業戦士として高度成長時代はあった,命をかけても会社に尽くすのである。それは家族と同じだったのである。


働くというとき江戸時代の棒振りで商売している人さえ国のために働くという意識があった,江戸時代なら藩のために働くということである。
地域と密接に結びついて働いていたとなる
なぜなら会社というものがその時はないからである。
・・・屋という屋号をもつものが会社であり丁稚奉公として働いていた
そこでも自分のために屋号をもつもののために地域のために働いていたし家族のためにも働いていた
働くということはだからその範囲は実際は広いのである。

駅でもボランティアしていると駅は街の人のためにまだ案内がある,それから外から来る人の案内があると外から来る人は全国の人だとなると大げさになれば全国の人のために働いているとなる
それは自分のためであり地域のためであり全国の人のためだともなる
働くとはたいがいそういうものであり自分のためにだけ働くのだと言っても実際は働くというとき広い範囲に波及しているのである。
ただ複雑な社会でありあまりにも広いグローバル社会になると意識できないのである。
グローバル社会になれば世界のために働いているということにもなる
働くということはなんらかの共同性があり共同を追及している

例えばバナナを日本に売るとしたらバナナを作ったり売ったりしている人は日本人のためにも働いているとなる
バナナを食べられるのはバナナを作ってとって運送してくれる人がいるからである。
バナナは自動的にとれたりしないのである。バナナをとる経験した若者は苦労があったとするときバナナをとるにも苦労しているのである。
それはあらゆる世界から入ってくる食料に言えることなのである。
でもそこでバナナを作りとる人が日本人のために働いているとは意識していない
ただバナナを売って金にしたい,その金で買いたいものがあるから売っているとなる
日本人のためだとか思わない,第一日本人がいたとしてそういう人とは直接会わないからである。
私の作ったバナナを苦労してとって送った、その人が喜んで食べている役にたってうれしいとかならないのである。
身近に住んでいる人ならそうなっていたが国も違えば遠いしそうはならない

でもバナナは自動的にそこにあるように思える,そして金を出せば買える,そこにそれを作ったりとったり運送したりする人を意識しないのである。
ただ物としてあるだけなのである
狭い市場だったら何か売るにしてもその物を作る苦労を語ったり買うものと売るものの話があった,それが現代では一切ない,ただ金でやりとりするだけなのである。

つまり物と心が分離している経済でありマルクスは疎外としてそのことを言った
日本人は物と心は一体化して考えていた,物はものごごろとかものがつくとか物と心は分離していないのである。
薬でも看護師さんからこの薬は良く効きますよ飲んでくださいとすすめられる,その時感情をこめてすすめられる,どうぞこの薬を飲んで良くなってくださいねとか女性の看護師に言われると何か直るような気分になる,つまり薬に何か人間の気持ち心が願いがのりうつるのである。物に心が憑くのである。
その時薬はただの薬ではない,人の心が願いとかが愛とかでもついたものとなる
母親が子供に出す料理はスーパーで売っている惣菜とは違い母親の愛情がこもっているから心がついているから違ったものなのである。
バナナにしても単なる食料ではない,物ではない,そこにそれを作る人や収穫する人や運送する人がいてようやく食べれるものなのである。
それを意識して食べている人はいない,金があれば食べれるではないか?
問題は金なのだとなる,完全にその時金しか念頭にないのである。
またそうならざるえなくなったのが現代の経済だとなる

ただ物を売るときただ物を売るというのではない,そこに心をこめて売るということがある、その人のために思って売るとういことがある
ただ物を売るとういのではなくこの品物は食品の効能がありそれに心を込めて売る
そこで人の手を介在して渡すとき物に心がつくとなる
胃が悪くて朝鮮人参の飲み物を買うとき薬屋の人が血流を良くするという一語で何か効くように思えたのも不思議である。それはただ効くというだけではない科学的裏付けあって言っていたからである。今は科学的裏付けの方が信用されるのである。
昔はそうではなくただ法印とかに頼み祈ることに効用があるとさたのである。

それで営業力が試されるとなる,何かヤクルトなどの販売はそうして物だけを売るのではなく手渡して売ることによって物を人間味あるものにしているのである。
だから何でも自動化することコンビニすら人がいなくなるということでそれで本当に物が売れるのか?そこに人間が非効率でも人間味ある社会を望みそんなこと嫌だとなる
多少高くても人間味があるのがいいともなるかもしれない
つまりAIとか自動化機械化が人間社会では万能ではないのである。

人間とは常に日常のありふれたことでもささいなことでも考える哲学する
それが人間の人間たる所以なのである。
そんなことを考えるより金になることを考えればいいのだともなるのが普通である。
この社会であれ自然であり考えるのは人間だけである
動物でも植物でも地球にあるものでも自ら考えるものはない
人間だけが考えるのでありだから考える葦だとい言われた
ではなぜ人間は考えるのか?

なぜ働くのか?

毎日人は働いている,だからこそ働くということが一番の関心事になる
自分は若いとき流れ作業とか工事現場でしか働けなかった
だからその時働くということは考えない,ただ日々の糊口を得るためだけに働いていたのである。
奇妙なのはその後働いていない,でも働くというどういうことを考え続けてきたのである働かない人間は働くことを考えつづけるのも奇妙だとなる
でもそういう矛盾は人間に常にある
マルクスも別に働いていない,ただ大英図書館に通って本を読んで調べていただけだとなる

人間は働くということを考えるとき働くことに意味と意義とか価値を見いだしたいのである。そんなこと金によって決まるじゃないか,金をもらえばいい,多くもらえる人はそれだけ価値あることをしている,それだけだよともなる
でも本当にそれだけで人間は納得するのか?
人間は根本的に誰でも哲学者なのである。
金をもらえればいいしそれで食べられればいいあとは何も考えないとはならない
確かに肉体労働者でもそういう人は多数である。
そんなことを考えているのは実は暇人であり働かない人だともなる
学者は実際の現実の場で働かない人である。働くことを分析している人だからである。

人間は何するにしても意味と意義と価値を求める,それは別に金をもらえば価値あることをしているとなる
でも金をもらえなくても価値あること意味あることをしている人はいるのである。
遊ぶということも実は意味があり価値があるのが人間である。
第一いろいろな娯楽があるけどアニメであり映画であれゲームであれ仮想現実で遊んでいる人に莫大な金が使われている,遊びを提供してもうかっているのが現代である。
それが金になっているから遊びも価値あるとなる
でもこの世に金にならなくても価値あるものはいくらでもある。
価値は多様だし無数にあるといっていい,何が価値あるのか?
それは人によって数限りなくあるからだ
これだけの本が出ているとういことそれはみんな自分の価値を認めてもらいたいということである。
プログでもインターネットでも何かを発表しているのは自分の価値を認めてもらいたいからなのだ
金になるならない前に価値を認めてもらいたいのである。

土地も本来の価値、その土地の持つ属性が削ぎ落とされ、地価という価値でしか評価されなくなる。しかし、土地の価値は、その土地の利用価値で決まる物なのである。
 例えば、海に近い土地とか、よく肥えた土地とか、思いでのある土地とか、由緒正しい土地だとか、歴史のある土地とかである。土地は利用目的によって様々な形を持っている

 このように価値は多様なのである。それがすべて価格で金で判断されることが社会をゆがめているのである。このサイトではそのことを追及している
だからベーシックインカムが必要になる,その時本当に価値あるものを追及する人が出てくることは確かである。金だけで使われない価値を追及するのである。
ただ実際にこれが実行したらまた様々な問題が生まれてとりやめになるかもしれない
それでもなにか現代の金だけの経済を見直すことにはなる


















posted by 老鶯 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

夏の俳句十句(深野から大原から橲原(じさばら)へ)


夏の俳句十句(深野から大原から橲原(じさばら)へ)

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この尖る(とがる)岩が真ん中にあるのは庭作りの基本としてある
その横に石を置くのもそうである。
この庭も良く作られている,でも金がかかったろうなと思う

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夏雲雀鳴きあいロードに朝走る

朝走るロードにとばす夏燕

墓写す植田やここは長野かな

牧に馬真近に迫る夏の山

牧に草夏の小花や馬のいる

岩尖り夏日のさして庭の成る

草深くユッサの湯や夏あざみ

大原に知る人眠る夏木立

山の道車もまれに木蔭かな

清流に滝のひびきてホトトギス

若竹のたちまち伸びぬホトトギス

夏菊の明るさ広がり走り去る


もの静かアイリスを囲み夏菊の白さの映えて今日も暮れにき


原町の新田川の橋を渡り深野の方へ向かった,途中きれいな花畑があった,そこで写真にとった,あそこではいつも花が咲く
今回はロードで走った,やはり自転車はロードが最高なのである。
自転車が本当に好きな人は風をきって風にのって走るロードなのである。
ただロードは疲れることもある,でも何か今回買った自転車は買い物用であり手軽で小回りは聞くのだが自転車の醍醐味はロードにある
走り心地が全然違うからである。
でも別にどんな自転車であれ自分の場合は景色を楽しむということを優先しているからいいとはなる

長野と深野の境はわかりにくい,小学校は石神小学校なのである。
墓が田の中にあったり稲穂の中にあるのが田舎の典型的な風景なのだ
それは先祖が田の中に稲穂の中にいるという感じになる
先祖と結びついて代々の墓がある
ただ原発事故でそれが一時なくなったのである。
つまりそうして綿々とつづいてきた生業が原発事故によって断たれたのである。
今もまだそうして原野化しているところが結構あるからだ

ただそれはもともと後継ぐものがいなくてなっていて原発事故を契機にやめた人が多いのである
近くの小さな畑で野菜を作っている人を知っているがその隣の畑は今や草茫々である
やっと老人が車にのせられて這いながらやっていたのである。
しかし遂に力尽きたのである。
その結果草が生えて広がってくるから困るのである。
また回りが荒地化しているのも困るのである。
畑でもこうして跡継ぎがいないやる人がいなくなっているのだ
それが原発事故を契機に余計に増えたのである。

深野(ふこうの)のユッサは休むのにいい,食事もできるからだ
あそこの問題は庭が貧弱なのである。
個人の庭を紹介したがいい庭が結構多いのである。
自分は庭を見て歩いている,庭は個性があるから面白いのである。
ユッサの湯ならもっといい庭を作ってもらいたい
最近自分は旅館でもいい庭があるところに泊まりたいなと思うことがある
でもそういう旅館は相当に宿泊費が高くなる老舗の旅館だとなる
庭は京都では庭を見ることになるがやはり日本の文化なのである。

それから大原に回った,そこには南相馬市立病院で同じ部屋にいた農家の人と知りあったあの時病院の窓から大原の方が見えていつも大原のことをその人は話していたのである。そして死んでしまったのである。
今は長男は役所に勤め家は空家になっているのである。
その家は古い家である,なぜなら前田という地名の所に住んでいるからだ
前田とは草分けの農家が住んだ所なのである。

この辺は牧場がある,野馬追いのために馬を飼っているから馬を見れるのである。
これはこの辺の独特の風景である。
写真で失敗したのは背景として夏の山をとれば良かったなと思う
写真は意外にむずかしい、簡単なようでとういうふうに一枚の写真に納めるから構図をとるかむずかしい,ただ忙しいから写真をどうとるか考えられないのである。
ただ旅ではないから次は違った角度からとってみようとはなる

大原から橲原(じさばら)へ行く道は車がほとんど通らない,なぜあそこに道を作ったのかわからない,田舎では前から道が必要だから作っているより公共事業として業者に仕事を与えるということが多かったのである。
それで飯館村の大倉を超えた所は小川が流れ森に覆われた神秘的な場所だったが
道にしてその神秘的な自然は壊されたのである。
ただあそこは七曲がりの道で車では不便だから舗装の道にしたのである。

橲原(じさばら)では児童滝のところでホトトギスは身近に鋭く鳴いた
夏らしい,何か家にいて熱中症のようになった
外に出ないのになった,でも外で昨日も今日も自転車で走り汗をかいた
汗をかくと体温調節ができる,だから暑いからと家に籠もっているのも良くないと思った自分はとにかく家にそんなにじっとしていられない性格なのである。
ただ真夏は無理である,今はなんとか行ける

ともかく花も夏らしい花で一杯だし気持ちよく走り汗をかいた
今は写真の時代だから俳句にしても写真がないと映えないのである。
世界中で写真が無数にとられている時代でありインターネットで見れる時代なのである。

2018年06月04日

素人並だった銀行の投資の営業 (投資信託は買うな!)


素人並だった銀行の投資の営業

(投資信託は買うな!)

東邦銀行でもボーナスねらいで投資信託を街頭ですすめていた
東邦銀行は福島県では一番大きい銀行である。
県で一つしか残るとしたら東邦銀行である
近くの人が東邦銀行に孫が入ったと自慢していた
そもそも地方では銀行はエリートが入る公務員よにう見ていたのである。
でも銀行は今や窮地にたたされている

アメリカでは預金量10億ドル以下のコミュニティ銀行が95%を占め、活躍しています。小規模だからこそできるこまやかな地域サービス。その生命線は地元での中小企業融資です。政策的にも重視されており、CRA(地域再投資法)を支える要となっています。(2月5日、3月15日)

 「銀行は国民に奉仕し、預金者保護、信用秩序を守り、適切な資金を配分して地域の中小企業、商店などと密接な関係を保ってこそ信頼が得られるもの」

 地域経済破壊する早期処理 地銀・信金重視して
金融アセスメント法の制定こそ

ここのサイトは詳しくシリーズで地銀や信金の問題を書いている

銀行員が金融商品を扱う際、顧客目線ではなく販売員目線もしくは手数料重視といった考えが根底にあるということは往々にしてありえます。


地銀と大手銀行の成り立ちは違ったものである。だから意外なのはアメリカなら常に大手銀行がありその銀行が世界を支配しているなどの陰謀論で常に言われるがコミュニティ銀行が95%を占めているというのは意外である。
とすると銀行の原点はそうしたコミニュティ銀行なのである。
日本では江戸時代の頼母子講でありそれとにている
コミニュティ銀行とは日本の地銀だったのである。

今でもこれまでは地銀は地元の中小企業を相手の金融だから福島銀行で取り次ぎ騒ぎがあり金融庁から指導されたとき福島銀行は必要だと地元の経済界からの応援があったことでもわかる
福島銀行と大東銀行が合併するとか言われるときもこの二つの銀行は全国レベルでも最下位の銀行になっていた
でもこうした弱小銀行が合併しても力にはならないという指摘がある


彼らは、目の前のお客様がその投資信託によって利益を得なくても、その投資信託を売った時点でノルマを達成し、銀行の利益に貢献することになるため、往々にして“売る”ことに重点を置いてしまいがちなのです。

これは本当である。

なぜ株が上がっていたのに投資信託に回したのか?それはこのことがぴったりだったからである。
その時自分は銀行は金融のプロだから株や投資のことは知っていると思ってまかせたのである。
銀行を医者のように見ていたのである。医者は専門知識があって病気の相談にのる
だからまかせるのである。もし信用できなかったら命にかかわるからまかせないのである金だって今や金は命までなっているか簡単にそんな素人並の知識も経験もないところにまかせないのである。

銀行は証券会社と大手銀行とはそもそもその成り立ちからして違っている
地元中心の金融であり金を都合して地元の発展を金融面で支える役割だったのである。
ただ地元の地方の経済が疲弊して倒産件数が増えて貸し付けてももうからなくなった
高度成長時代は利子が7パーセンの時代があったのだ利子だけでも生活できるような状態だったのである。
だから退職金一千万でも二千万の価値があった,今一千万あってもない,目減りしてゆくのである。
それで投資に回させるのが銀行なのである。そこで失敗する人が多いのである。
まず投資というのは特に投資信託は複雑すぎてわかりにくい,そして毎月配当されるということも何か売る方にとってうまくできているのである。
それも元金から引かれていたりするのが普通であり目減りしているのである。
そして手数料が大きい,まるで手数料をとるための商品に見える

いづれにしろ銀行は今や存続が問われている,でも不思議なのはアメリカの銀行の95パーセンということはそれだけ実は日本で言えば地銀の役割が大きかったとなる
アメリカは大きい国だからそうなったのか?グローバル経済で支配する銀行がアメリカだと思っていたからである。
アメリカにはもともと本当に小さな街のミニコミの新聞があったりして地域に根ざすものがあった,それはアメリカは州単位の政治になっているのは広いからである。
それで報道でも地域中心のものがあったとなる

ともかくこうして銀行は今窮地にたたされその存続すら問われている
そうなるとあこぎなこともする,なりふりかまわなくなる
東邦銀行が街頭で投資信託をすすめのもそのためである。
ただ地銀の強みは一軒一軒営業して信頼を築いてきたことである。
その信頼を逆手にとって投資信託など銀行にとって都合のいい確実にもうける商品を売り込む
だから銀行はもう信用できないとなる
そして地銀などは全く投資に関しての知識が素人並だったのである。
ただ投資信託がノルマを課せられているからすすめているだけだったのである。
投資信託でも何百種類もあり実際にもうけている人は知らない商品だというのも不思議である。
たいがいオリンピックでももうかるからとか今はやりのAIやロボット関係の商品をすすめる,それはわかりやすいから客に理解されやすいからすすめる

でもほんとうにうかる商品は知らないものであり目立たないものだとうときそういう商品を説明することはむずかしいからなのかとなる
それだけ投資というのは複雑であり知識が必要だから素人は簡単に手をだすべきではなかったとなる
ただ株は上がったり下がったりするから仕組みがわかりやすい
それでリーマンショクのとき半分になった株が最近元にもどりさらに上がったのでそのままにしていれば相当な利益になっていた
だから株の方がリスクがあるが下がったとき買って上がった時売ればいいというだけだからわかりやすいのである。
そういうリスクを承知でやれば別にいいとなる

投資信託はまず仕組みからして複雑でありどこでもうかっているのかもうからなのかわからない
そして銀行の営業担当自体が投資信託のことすら知らなかった!
どれくらいもうけて損したのかという報告すらできていなかったのである。
その営業担当にも問題があったとなる,結局営業自体が成功する人としない人がいるとなるがそれだけ営業というのはむずかしいとなる
押しの強いだけではまず営業はできない,商品知識があり顧客第一にしてすすめる
でも銀行側では上司が投資信託をすすめるから営業担当でも顧客側の要求は無視するのである。
投資信託は最初からそういう商品なのだから買うなとなる


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岩沼-仙台間で車両事故で約一時間ほど遅れる


岩沼-仙台間で車両事故で約一時間ほど遅れる

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12時半から一時半頃まで車両事故があり遅れた、それで一時間ばかり駅にいたが今日は忙しかたっ,最近はあまり駅ですることがなかったが今日は忙しかった
東北電力に仕事で来ていた人がいた,なんでも原町駅に行くのが時間をみて鹿島駅に来たという,その人は仙台から新幹線で帰る
そこでなかなか電車が来ないので困っていた

48遅れと出ていたがそれ以上遅れないのかインターホンで原町の駅員に聞いた
そして電車が鹿島駅に来る時間を教えた,だいたい48分遅れで正確だった
12字20分で来ると連絡してきたので乗る人に教えた
四五人乗る人がいたからだ

それで上りの原町行きは48分遅れと出ていたが下りの仙台行きも遅れる時間が伸びていたそれは原町行きの上りの電車が原町駅に来てから折り返しで来るから遅れた
すでに遅れた原町行きの電車は鹿島駅を出発して原町に行ったが
次の電車がまた鹿島駅に来てとまった,それがなかなか発車しなかった
それはここで原町駅の電車が来るのを待って発車するためだったのである。
その時電子の自動掲示板を見たがゲームのように動く車両マークが原町駅に出なかった動くこともなかった
つまり全自動化していてもすべてコンピュターで対応できず表示できなかったのである。
何でも今はAI化機械化自動化しようとしているがこうして緊急の時に困る
ただ便利なのはスマホには随時リアルタイムで遅れの連絡が出てくるのである。
だからすでに遅れることを知っていた人がいたのである。
あれは便利だと思う,でもスマホをもっていない人もいる
スイカとももっていない人がいるから困る、まだまだ切符を使っているからだ
それで急いでいた人が乗車証明書をとらないで乗った
その時自分はインターホンで原町駅の人にそのことを連絡したのである。

最近あまり駅では仕事がないがこうしたとき仕事がある
前は良く風で遅れていてその時いろいろ案内があった
急いでいる人は原町までタクシーで行ったりした
仕事の人がいてそういう人は時間で間にわなくなると困るからだ
つまり何でも自動化機械してもすべてに対応は不可能である。
そこに人間がいないと対応できないことがある

今日はその他農協に行く人を案内した,その人は車で来ていたのである。
鹿島には道の駅がないので車で駅に良く来るのである。
だから駅は駅だけのことではない鹿島区の全体にかかわっているのだ
今日は結構乗り下りする人がいた
一昨日は乗車証明書を知らない人がまだ二人もいた
たいだいもう地元だと知っているはずだがその二人は知らなかったのである。

故障というときこの前は信号の故障があった、今回は車両の故障と出ていた
鉄道はそうした故障も意外と多いのかとなる
それだけ車とバスとかより鉄道の安全走行維持はめんどうなのである。
電気系統がめんどうなのである。
だから信号の管理とか何か新しい小屋が建てられた
ホームの電線が入っている所を工事するとも言っていた

今日はめずらしく忙しい一時間だった
自分はせいぜい一時間くらいしかいない,でも毎日買い物とかの帰りとか必ず寄っていることは寄っているのである。
タグ:車両の故障

2018年06月05日

働くことには誇りが必要 (モチベーションが上がらないと働けない)


働くことには誇りが必要

(モチベーションが上がらないと働けない)

働くことにはいろいろな要素がある,一番は当面の生活するために金が必要だから金のために働くのが普通である。
金になれば資本主義社会では別にどうしてもうけようと評価される
和歌山のドンファンの人はただ女性のために働いていた
金があるところに女性もよってくるからである。
でもそこで働く従業員もいた,その人たちは社長がそうして働くときそれが従業員のモチベーションになるのだろうか?
それはただ金だけが目的の会社になってしまう
そういう会社で働く人はどういう気持ちで働くのかとなる

働くとき誇りが必要だというとき人間にはプライドがある,それが人間の存在意義にまでなっている
なぜなら家族が認知症になってそのことが痛いほどわかったからである。
ただ自分の家族の場合,特別プライドが高かった
だから認知症になっても決して馬鹿になったとは思わないし馬鹿として扱うこともできない,馬鹿にすると怒るし暴力にもなるのだ
それだけプライドをもちつづけていたのである。
それは死ぬまでそうだった,最後は自分は優秀だったと言って死んだのである。
自分の家族の場合は特殊かもしれんがそれだけ人間はプライドは最後までもっている
だから認知症になってもそうだからもし社長だった人なら演技しても社長として持ち上げる必要が治療になるのである。
その時気分を良くしてくれるからである。すると症状も治まるからである

人間がプライドをもつというとき職種によっても違ってくる
自分は若いとき流れ作業しかしていないからそこでこれが人間のする仕事なのか?
これはロボットと全く変わりないということでそれ以後自分は一切仕事がする気がなくなったのである。
だから自分は会社員にもならないし仕事したことがない
そういう自分が働くことをどうのこうのというのも矛盾しているのである。
ただ普通人間は日々働いているからどうしても働くことを考えざるを得ないのである。

働くことに誇りがもていなというとき職種で相当違ってくる
コンビニとかスーパーのレジとか掃除とか無数の職種がある
ではその仕事に誇りをもてるのか?
そんなものやがてAI化して人はいらなくなるとかしきりにいう
ところが人間は働かなくてもいいとなっても誇りはプライドをもつことで生きがいになるそういうものがもてないとき人間はどうなるのか?
それは今のニートとか無職がどれだけ社会から批判の的になっているかを知ればいい
「働かざるもの食うべからず」なのである。

その点医者とか看護師とか技術者とか他でもそういう社会から認められ誇りをもてる職種はいい,社会から認められて尊敬されているからである。
それはもう過剰なほど尊敬されているからである。
だから優秀な人間が医者を目指すというのもわかる
ただ誇りというときこれは職種だとすると専門家のことであり外国ではあなたのプロフェショナルは何ですか?と聞かれる
専門職が何かでその人を見ている
でも日本では会社でその人をみる,どういう会社に所属しているかで人をみる
その人が何のプロフェショナルなのかを必ずしも見ていない
だから大企業に属しているだけでその人は社会の評価が高くなるのである。

でも地銀などを苦しくなり投資信託とかを売るようになった
でもその投資信託を売る銀行員は全く証券とか投資のプロフェショナルではなかった
本当に素人並であり適当にすすめているだけである。
素人でも分散投資とかの理屈はわかる
でも株が上がっていたのに売ったりして投資信託に回した
それはただ銀行側で投資信託がもうかるからである。それしか理由がないのである。
本当の証券とか投資のプロフェショナルは普通の人は知ることもできないものなのだろう
だから仕事というとき会社に所属してしているのとプロフェショナルとして見る仕事がある
医者でも大きな病院に所属していようがテレビドラマで見たが特別天才的に優れた医者がいて若いけど手術がうまいのでその人は横柄でも上の人でも頼り文句が言えないのである医者でも伎倆がすぐさているとまさにプロフェショナルであり有名な大きな病院に所属しているよりその伎倆の高い医者がいるからその病院の評価があがる
それは南相馬市立病院で脳外科が脳出血とか脳梗塞の専門病棟ができた
それは手術がうまい先生がいてそれでそこに習いにくる若い医者が集まるという
そうして優秀な医者がいるから病院の評価も高まっているのである。
そういう先生の下で働くことに誇りをもつということがある

誇りというときいろいろある,故郷を誇りに持とうというとき,何が誇りになるのか?
相馬地域だと野馬追いが有名だからそこに誇りをもつとなる
これは伝統があり誇りをもてるし祭りは故郷の誇りになる
でも今故郷に誇りをもつというとき何を誇りにするのか?
目立った自然があれば高い山でも川でもそうだが自然が誇りになることはある
自然は多様だからその地域地域の特性があり誇りをもつとなる
自分の場合は故郷の歴史とか自然環境を基にして詩を作ったりしているから故郷の誇りをそこに求めているともなる
自然がないところには真善美もないからである。
東京は経済的には富が集中しているがそこに人間として誇りをもてるのか?
ただ田舎ではそうして自然の美より経済的なものが優先するから誇りにしない人も多い
農業でも金にならないからと跡継ぎもいないのである。

だから原発事故があったけど事故の前は東電の社員は地域のエリートだったし技術者は誇りをもっていたのである。
そして地元でも東電で働いていた人が多いから東電に働いて家を建てたとか家族を養ったとかあり誇りをもっていたのである。
でもその誇りも事故で打ち砕かれたのである。でも事故後もあまり東電を批判できないんだよなというときそこで誇りをもって働いていたからだとなる
そこで収入を得ていたからだとなる

人間にとって誇りの問題は大きな問題である。それで人間は経済的動機より誇りをプライドが優先して歴史を動かしてきた,人間の根本的動機がプライドにあるとまでみて歴史を解説した本も出ている
だから会社であれ国家であれ故郷であれそこに所属している人は誇りをもちプライドのために死ぬともなる,国と国の争いは人間のプライドをかけた争いであり経済的要因ではないとしている
戦争に負けることは国が隷属状態になりプライドを失うことだからである。
日本はアメリカに負けてそうなったからである。
アメリカは世界で一番であることにこだわるのはプライドがそれだけ一番高いからそうなっているのである。

では銀行のように今までのようにプライドがもてるのか?
何かプライドがもてる仕事をしているのか,それは他でもそうである。
大学でも一流大学だとプライドがそれだけでもてる
でも別にやはりいろんな人がいるから一流大学でもだめな人はだめなのである。
外国ではプロフェショナルに誇りをもっている
大学でも外国ではそこで何を学んだかを重点にしている
いくら大企業でも一流大学でもそれですべての評価とはならないのである。

歴史の終わり(フランシスフクヤマ)では人間を気概からみている
経済的動機ではなく気概があって人間は動く,民族主義は気概があって他の国との戦争になる,気概が動機であり必ずしも経済が動機ではないと言っている
それだけ気概とか誇りが人間にとって大きな意味をもっているのである。





posted by 老鶯 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

大原と橲原(じさばら)を結ぶ道 (森の中の道で車が通らないのでいい-無意識に成長する木(詩)


大原と橲原(じさばら)を結ぶ道

(森の中の道で車が通らないのでいい-無意識に成長する木(詩)

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この道はほとんど車が通らない,田舎ではこういう道はどこでもある
でもあそこは特別通らない,なぜあそこに道を作ったのか?
別に橲原(じさばら)でも小池は近いし道はある
ここを通るのは車ではまれである。

木蔭にずっと休んでいたけどほとんど車が通らないから気持ちが良かった
車が通らないことは癒しになる,今はどこだって車が通る
あそこは車は本当に通らない
そこに森がおおっていて静まり癒しになる
車が通らない道というのは今になると不思議である。
車が通る道で暮らしているからそれが当たり前となってしまっているからだ

だから車が通らない道がもともと当たり前だったのだがそのことがわからなくなっているそれは道が歩いていたのが歩かなくなったのと同じなのである。
あそこは贅沢な道である,何か仕事とかで車もほとんど通らない
ただ残念なのは一部森の中の木がかなり切られていた
そこは土がむきだしになって嫌だった
何かこの辺は原発事故以後そうした土がとられてむき出しになっているところが多いのである。
自分は異常にそうした景観を気にする,音もうるさいのが嫌なのである。
だから自分は現代的環境に向いていないのだ
自分は介護とかで消耗したし年になって余計にそうなり人ごみの中に行きたくなくなったそれで仙台にすら去年は一回しか行っていない

この辺は高い山とかはないからものたりないが森は結構ある,飯館は70パーセント森だからここからも森がつづいている,その森が癒しになる
そして例えば橲原(じさばら)の入り口に立目石がある
それは変わらずある,その変わらないことが今や貴重なのである。
なぜなら右田の松原ですらなくなった,あまりにも変わりすぎたのである。
それは一身上でも家族がみんな死んだとかともり変化が激しすぎて消耗したのである。
だから変わらないでくれ,そこに変わらないものがいつまでもあってくれとなる
それは老人になるとそうなりやすい,変わりることが嫌だし対応できないのである。
若いときは常に変わっていた方が良かったのである。
老人になると変わることに耐えられなくなるのだ

もともと自然は変わらないの普通である。でも自然でも津浪で松原が喪失したとか変わるあとは工事で変わる,飯館村の大倉の坂を越えた所の小川はなくなった
とぎれどきれになた森が切られて道になったからである。
こうして自然も実は喪失したり変化するのである。
ただ自然でももしこの道が森のままだったらこの森を意識しないということがあった
ここに道ができてここに森があったということを意識するようになったからだ
だからこの道は自分にとってはいい道だったと思う,贅沢な道である。
ただ経済的効果からするとただ公共事業としての効果だったのかとなる
田舎では実際に道を作りすぎていたからである。
それは必要というより業者にとって仕事のために必要だったのである。


無意識に成長する木

車の通らない道
車の通らない道
深く影なして
涼しい風が通ってゆく
深い森に木がゆっくりと成長する
大地に根を張り成長する
栄養は尽きることがない
そんな心配をする必要がない
木は確実に時間の中に成長する
一分刻みの時間ではない
一年十年単位の時間である
木はそこにあっても意識しない
でも木は自ら成長する
深い森の中に音もなくゆっくりと
あらゆるものにせかされる
尽きない不満がおおっている
森に成長する木は何の不満もない
大いなる沈黙の中に
無意識に音もなく成長してゆく

自然は常に沈黙している,だから自然に同化するには沈黙が必要である。
自分は特殊な立場で禅僧のように沈黙する一面つづけてきた
そんなことができたのはつくづく環境に恵まれたのである。
自分は学校もそうだが会社勤めでもできない性質だった
体質的にもそうだった,何か規則通りにできない体なのである。
だから一番嫌だったのは学校だった
大学は授業に出なくてもいいから自分にとってはいものだった
その後自分は仕事もせず遂に老人になったのである。
これは恵まれた家庭環境があり自然とそうなっていたのである。

自然は人間のように意識をもたない,無意識なのである
これも不思議だと思う,人間は意識の塊りである。
常に意識して生きている,その意識することに疲れるのである。
自然は木でも岩でも森全体でも地球全体でも自ら意識することはない
それで苦しむということがないともなる
植物が苦しむということはないからである。
動物になると苦しむが植物や木や石でも何か意識しない
その無意識なるが故に無苦痛であり何か不安もない
人間は常に不安にさいなまさているのだ
それは常に何かを意識するからである。

ただ人間は意識するから生きている
意識がなくなることが実は死だったのである。
家族でも意識しているときは相手が誰かを知っている時は意識しているときは生きているその意識がなくなると死になるのである。
ただ人間は意識することで苦しむのである。
自然は無意識の世界だから癒される
あそこの道はそういう点で心を休めるのにはいい道である。
それが山の奥の方でなく近くにあるからいいのである。
結構あそこは森が深い場所だったのである。


木々の道、リスル=アダンの森
画家 : テオドール・ルソー

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この絵も大陸的である。大きな川が流れていて牛が水を飲んでいる
こういう光景は日本にはない,川が大きく広い
日本にはこうした大きな川がないのである。

ここのサイトは絵を紹介している,インターネットとはこうしてリンクして読むのが効果的なのである。
自分の関心からリンクして読む,「森の道」として画像検索してここのサイトを発見したからである。