2018年05月29日

野馬追いの旗とスコットランドのキルト


野馬追いの旗とスコットランドのキルト


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決して「タータン・チェック」と言ってはいけません。。タータンは布地の柄というよりも、 氏族ごとに定められた家紋に相当する模様の総称なのです。


日本の歴史とヨーロッパの歴史は違っているようで似ている,それが城が多いことである日本でも城が多いから共通性がある。
それは封建制ということで共通している
土地が一番の財産であり土地に依存した社会である。
それは農業や牧畜などが基礎としてある農業社会だったのである。

だから野馬追いと同じような騎馬隊が独自の旗をもって行進する祭りがある。
それは地域地域の旗なのである。
イギリスのスコットランドのキルトは有名である。
それぞれの土地にキルトの紋様が伝えられている
スコットランドはイングランドに抵抗したが部族の集合体だから部族ごとのキルトが伝えられている

では野馬追いの旗と共通性があるのかというとき野馬追いの旗はそうした部族ごとの旗ではないし必ずしも地域の旗ではない
相馬氏がこの地に来て支配するようになったから相馬氏一族の旗である
でもなぜこんなに種類が多いのか?
それは部族ごととか地域ごとの村ごとの旗ではない,家の旗を基本としているからである家というとき無数に家があるし家紋もある,だから種類が多いとなる
それは鎌倉時代からはじまりその元をたどるとさらに平安時代とかにまでさかのぼる
それだけ古いのである。それでその旗の由来がわかりにくいのである。

文化というとき地域性の探求になる,文明となると地域性を無視して画一化することになる,地域性というとき相馬藩とか福島県とか単位的にみる
でも相馬藩内でも地域性がある,地域性とは地形とか風土が違うということなのである。それが文化の基である,だから標準語が文明語だが方言は文化語なのである。
数式化するのが統計化したりするのが文明となるが文化はそうして一様化されない
そこに文化の魅力がある
工業製品というとき文明化であり同じ規格のものが大量生産される
文化は地域の特質を活かした物産でありそこから生まれた独自のものがあるから文化なのである。

野馬追いの旗は一見そうした地域性が関係しているように見えるがそうではない
氏族系統とか家の系統としての旗印である。
・・・村の旗ではない,部族の旗でもない,相馬氏のそれぞれの家がこの土地に分布したものである。だから土地に由来した旗とはなっていないのである。
もし土地に由来した旗となっていればA村のB村のC村の代表となるからわかりやすいのである。
野馬追いの旗行列でもそういうふうには見れないのである。
それで旗の由来をたどることがむずかしいのである。
南北朝の戦いで霊山城から逃れた人達がいてその人たちの旗はわかりやすい
それが只野氏の杉の紋様の旗だった,それは郡山の多田野村から出ていたのである。
他にもその系統はたどれる,それは一団のものとしてたどれる
山王という旗印もそうである。山王信仰が霊山から逃れた人達によってもたらされたからである。

いづれにしろ文化は地域性の探求である。地形風土の探求である。
福島県内でも多様であり相馬藩内でも多様なのである。
だから文化は土地を離れてありえないのだ,それで東京とかにはもう文化はないのである文化はまたこれからも生まれないのである。
そこに方言がないということでもわかる,方言はその土地から生まれたものだからであるただ方言も伝播しているから文化の伝播はある

つまり文明化すると多様な土地に根づいた文化は喪失する,標準語化するのである。
そうなると同じ規格の大量生産の品物と同じになるのである。
文化の多様性が喪失する,限界集落とか言われるけどそういうものもなくなる
その時土地の多様性がなくなり地域の文化も喪失するのである。
ワインでも歴史が古いから土地ごとの名前をつけられていたワインがある
そのワインはその土地と密接結びついて生まれていたのである。
そういうものは各地にある,日本では酒がそうである。
多様な酒があり味が違うから酒とか食品でも文化的食品とただ画一的に同じ味として作られたものがある

これからは大量規格生産ではない,地域に土地土地に根ざしたものが価値を帯びる
それはGDPとかで計れない価値なのである。
グローバル経済というとき画一化でありその土地土地に根付いたものではない
世界は土地土地の地形とか風土とかによって文化が生まれはぐくまれる
それを無視した物差しで価値を計る時代は終わったのである。
これからは地域地域に根ざした文化的価値の追及の時代になる
その土地土地に生きる価値を新たに発見する,それは物質的にもそうである。
精神的にもそうである。
日本ではものというときただものではない,ものは心としてとらえていたから西洋的価値観と違っていたのである。ものと心は一体だったのである。
土地と人間は一体としてとらえられるのである。

それで今度読んで「グローバルリズムの終焉-経済学的文明から地理学的文明へ-  」は自分の思想と一致していた
その著者は住むとういことを第一にして社会をみる,移動輸送の文明社会ではなくその土地に住むことこそ第一としてみる
人間は移動社会になりすぎた,結果として原発事故でかくも簡単に土地から離れて人は移住したのかとも自分は問うてきたのである。
その土地に住むことの価値の追及なのである。それは多様であり統計化数値化できないのである。

野馬追いの旗は地域の旗とは違うがやはり多様性を示しているから文化なのである。
また地域に土着することによって村を代表するものともなった
やはりどこどこの村から出陣したとして見るからである。
ただキルトのようにその村独自のものとして旗があればより土地に根付いた文化の祭りとはなっていた
どうしても相馬藩だと相馬氏一族の祭りだとなってしまうこともある
各地にある祭りはもともと地域性があり神楽とかあるがそれも村ごとに違っていたのである。独自のものとして工夫して発展させていたのである。
どこの村の神楽の舞いだとかあった,今は村ごとに何か特徴あるものが喪失したのであるただ地形とか風土とかは時代が変わっても変わらないからそこから新たな文化がまた生まれるのである。

インターネットは多様性であるのもやはりマスコミという中央主権的情報社会からの変化である。
多様な地域性が報道されるとういことが今までと違っている
福島民報でもそれはマスコミであり大きいのである。
だから相馬藩内のことは詳しくは報道されないしそもそも福島県だけでも広いから報道しきれないのである。
だからインターネットが生まれということは地域性も生まれる時代とマッチしたものともなる
ただそこでマスコミのように視聴率を稼ぐことはできない,その性質を異にしているからである。
一地域の地域に興味があるとしても他の人はないともなるからだ
だから二つの情報があるとして中央主権的報道も必要でありまた地域地域の報道と探求も必要なのである。



posted by 老鶯 at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28) (放射能の心配はあるが・・・)


真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28)

(放射能の心配はあるが・・・)


「アユ釣り完全復活へ稚魚放流」 (NHK福島 2015/6/2)


アユは華奢で骨が細く柔らかく、丸ごと食べるのが普通ですが、骨にストロンチウム90が
蓄積されている可能性もあり危険です。

広大な太平洋で獲れたベニザケでさえ、無視できない量のストロンチウムが蓄積、検出されているのです。

ある福島県庁職員がこういったとも伝えられています。
「阿武隈川の底は原子炉なみで、とても公表できません」 
(原発問題 2013/2/17)


昨日南相馬市鹿島区の真野川で郡山から来た人が鮎を放流していた,稚魚といっても大きかった,若鮎という感じである。
真野川ではしょっちゅう水質検査していた,でもその数字は教えない
何か放射線量とか原発事故前から公表されないのである
したとしてもマスコミが福島民報などでも大きく報道しない,それは福島民報が県の出資が50パーセントだから原発の不利な情報は報道しないのである。
それがいろいろ問題を引き起こしたのである。

危険が知らされない→危険が現実になる

津浪でも東電は10メートルの津浪が来ると試算していた,それを知っている人がとれだけいたのか?
危険が報道されないしわからなかったのである。
それで報道の役割を果たしていなかったと気づいたのである。
報道するにもまず権力がないとできないのである。
マスコミは巨大な権力である,だからこそ権力をもっているからこそ東電からでも莫大な宣伝費が流れていたのである。
世の中は銀行でもそうだがそれも権力を持っている,ただ金を右から左に流すだけの仕事ではないか,そんなことで利益を得るなら楽だとはいう見方もある
そういう権力がある所には金が自ずと回ってくるのがこの世である。

鮎は子供のとき父親がとってきて食べていた,その時鮎は大きかったのである。
父親は鰻釣りと鮎釣りとかしていた,それがいいオカズとなっていたのである。
その頃貧乏だからそうなっていた,その後鮎は何か小さくなった
鮎釣りをしていてもその鮎は食べてもうまくない,実がほとんどない感じである
久慈川の鮎を買ってきて食べたがこれもうまいものではなかった
冷凍したものだったのだろう
鮎でうまかったのは新潟県の小出の魚野川の塩焼きだった
その川の前に食堂がありとれたばかりの鮎を出していたのだ
別にそれは高いものではない,魚野川に鮎がいくらでも泳いでいるからだ

真野川とか原発事故周辺の川の放射能汚染はどうなっているのか実際わからない
ただ阿武隈川河口で泥としてたまっていた放射線量が相当に高かった
泥についてセシウムなどが流れたからそうなった
今は溜池の除染をしている,これもやっかいでありどこまで効果があるのかわからない
回りから泥はいくらでも流れてくるから焼け石に水だとなってしまうからだ

時間がたてば放射線量が減ってくるのか?それもわからない
部屋のなかは0・2で今も減っていない,だから放射線量というのは減らないともなる
鮎はこれまでも食べれるようなものではなかった
今釣りは食べるというより釣りそのものを楽しむようになっている
釣ってもまた放している,海の方ではまだ釣った魚は食べていた
右田の松原のあるところではいつも釣りする人がいた
でもやはり釣りをしている人はいる,川ではいなくなった

放射線の問題はなかなか真実が素人にはわからないことである。
わからないから危険を言う人は極端になるし安全だよという人も何か目安かあっていっているわけではない,そして放射線の問題はそうして隠されやすいのである。
どこまで危険なのか見極められないから困るのである。
そして過剰に反応する人はするししない人はしないのである。
別に老人だとそんなもの関係ないと飯館村では山菜まで食べていたのである。
老人の場合は奉仕斜線はほとんど関係ないのである。

posted by 老鶯 at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連