2018年05月15日

原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか? (科学者,政治家,住民なのか?)


原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか?

(科学者,政治家,住民なのか?)

科学者が判断するのか?
政治家が判断するのか?
住民が判断するのか?

原発事故の解決の複雑さはどこから生じているのか,科学者が科学的合理的判断でできればそれにこしたことがない,数学の数式のようにできればいい
それができなくなった,武田邦彦氏が事故前は一ミリシーベルを厳守を言っていた科学者が事故後は100ミリシーベルトまでいいとか言うようになった
全く科学者が白だったのが赤というようにもなった
それは戦争が終わるとアメリカ一辺倒になったのとにている
第一科学というのは人間社会と違って変わらない真理を追及している
それもころっと変わることがおかしいというのは確かである。

そもそも原発は科学者の意図だけで作られたのではない,政治的意図が強く働いて作られていたのである。
政治的意図が働けば科学者の科学に基づいた判断も無視される
日本には地震があるから原発は向いていないとしても作られたのはなぜか?
それは政治的意図が働いていたのである。
アメリカの要請もあり日本でも核武装のために原発が必要だということもある
プルトニウムを生産しておく必要がある
日本ではすぐに原発があれば核武装できるからである。
それは政治的意図でそうなっている
だから原発は簡単に危険だとしても廃止できないのである。

科学的問題
政治的問題
経済的問題
社会的問題

原発というのは事故でも複雑である。四つくらいに分類できるがさらに複雑である。
経済的問題は常に人間には日常的につきまとっている
原発もその時社長だった人がコスト削減を押し進めて功績があり社長になった
一時土台を高くして削って地下に電源を置いたのはコスト削減のためだったのである。
それが致命傷になり津浪が来て事故になった
経済的問題は常に人間社会では最優先される,世の中金だとなるのが現実である。

原発の複雑さはこれらのことが複合的に関係しているからである。
科学だけでは判断できない,処理できない,政治だけでは処理できない,判断できない
経済的問題としてだけで判断できない,社会的問題としても判断できない
社会的問題というとき自分が追及したのは文系だからそこを重視したとなる
つまり故郷という場に住んできて歴史的アイディンティティを築いてきた
老人は特にその場で生きることが人生だったとなるから離れがたい,それで放射線が危険
でももどりたいとなる一方で若い人は放射線が危険だから帰らないとなる
チェリノブエリの事故の20年後の調査報告を読んだら恐くなる
それは科学的問題なのである。
自分が主張したのはそうあってもでは故郷を閉鎖してチェリノブエリのように人を住めないようにしていいのか?

その問題は政府では東電でも補償金を払いきれないし移住させることもできなということで避難区域を解除して住まわせようとしている
でも現実は若い人は流出してもどってこないのである。
そのことを批判してもどうにもならない既成事実になっているからである。
科学として見ればチェルノブエリを参考にしたら帰れないとなる
年間一ミリシーベルでは帰れないからだ
そして報告では放射線が低くても時間がたつと蓄積され病気とか奇形とか遺伝子に影響されるという報告がある
そういう報告に知るとまた恐怖になるのである。

つまりこの原発事故の問題の複雑さはどう対処していいのか判断つかないのはこの四つの問題が複雑にからんでいるからである。
例えば浪江町から避難した人が復興住宅に住んでいる
そういう人は帰らないという,でも時々は浪江に帰り見に行っている
では帰らないとして避難先で今度は毎日昼間から酒を飲みアル中になっている人もいる
避難先でそういうことをつづけていたら回りから非難される
でも実際は老人が多いから何もしない,ただ補償金がたりないというだけである。
補償金をもらって暮らすということしかもうないのである。
だから復興とは何なのかそれも外から見てわからないのである。

この四つの問題がありどういう判断をするのか?

科学的判断で決着するのか

その場合はチェルノブエリのように閉鎖区域を作りそこには人を住まわせない

政治的判断で決着する

それは避難区域を解除して人をなるべくもどし住まわせる,それを政府ではすすめている
ここには経済的判断もある,そんなに補償金を払い続けることができないからだ

住民によって判断させる

これは帰る人,どっちつかずの人,帰らない人に分かれる
でも住民にしてもどうしていいのか?
科学的判断なら帰れないのである。
でも老人なら最後は故郷で死にたいとなるのが生物としては自然なのである。
何か家というのは単なる箱ではなく思い出が詰まった精神的なものなのである。
だから老人は帰ったのである。
チェリノブエリでも老人は避難区域でも帰って農業していた
でも病気になって取り残された老人が苦しんでいたからここでもそうなる
でも若い人は帰らないのである。世代が分断されたのである。

何かこうして中途半端な状態のままになっている,だからチェリノブエリのように避難区域には住まわせないとしたらすっきりしたともなる
ただ30キロ圏内だと無理である。この辺では南相馬市なら人口の一番多い原町区が入るからである。その移住は日本では不可能だからである。
矛盾しているのは浪江町長でも飯館村の村長でも二本松とか福島市に新しい家を建てている,マンションを買っているとなるとこれまて矛盾しているのである
復興を指導する人がすでに住まないでできるのか?
何かこれも四つの問題で複雑化しているからである。

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

それがわからないのである。科学者は事故後は科学的判断をひるがえしたからである。一ミリシーベルトから100ミリシーベルトまで変わったのである。
政治家が判断するのか?
それも政治家は経済的コストを優先して補償金をこれ以上払いたくないから避難区域を科学的判断を無視して解除したとなる

では住民が判断するのか?

若い人は帰らないと判断した,住民が判断してそうなったのである
要するに科学者が判断するのでもない,政治家が判断するものでもない
誰が判断するのか?
それは住民しかない,いろいろ自分も外部から言ったけどそれは判断の材料にすぎないのである。
だから避難区域の人から批判される,それはそこに住む人が苦しんでいるとしても関係ないから面白がっている,傷に塩ぬって楽しいかとしかならないのである。
ただ現実に避難者が住んでいるからその人たちが昼間から酒飲んだりしたりギャンブルしているパチンコ屋に通っていたら非難されるのも当然なのである。
そのことすら避難者は批判すると怒る
そして俺たちは被害者でありかわいそうな人達でありいつまでも永遠に補償されるべきだとなっているのだ
それを批判する奴は非情な許せない奴だとなる,それをマスコミは応援するから認めるからそうなる

ともかくこの問題の解決がむずかしいのはこうして科学的問題だけではないものとして政治的問題から経済的問題から社会的問題から故郷を失うことはどういうことなのかとそうしたものが複合的になって現れたから複雑であり解決策が打ち出せないのである。
要するに科学的問題でも低放射線量でも時間で蓄積され危険だというチェリノブエリの調査報告がある
その科学的判断を重視すれば住むことはできないと住民は判断する
一方で老人などは別に先が短いからそういう判断は無視して住むことを決断する
若い人は科学的判断を重視して帰らないのである。
政府では補償金をはらいたくないとなり避難した区域を解除して住まわせようとする
自分は外部からコミニュティとか歴史とか重んじると帰って復興して欲しいともなるし
経済的問題でもやはり復興してもらわないと財政的にも困るとなる

こうした思惑が複雑に入り組んで混乱しているのがこの辺なのである。
科学者がこうしろ,政治家がこうしろ,では住民はどうすればいいのか?
結局住民が最終的に判断するのか?
若い人は現実にしている,帰らないと判断した
ただ老人は残った,それは自分が前々から主張していた,コミニュティの維持とか歴史の維持とかその場で築いてきたものを重視する立場からである。

いづれにしろ科学的判断も政治的判断も住民の判断もどれも正しいとはならないだろう
ただそれを選択するのは住民しかない,現実に帰らない人は帰らないのである。
そこですでに住民が判断したのだからそれをくつかえすことはできない
あとは帰るのか帰らないのかわからない人だがそういう人は帰らないだろう
なぜならおそらく10年すぎても20年すぎてもそういう人はそう言っているからである。
そのうちもう年とるから帰れなくなるからだ
するとこの先帰るのは老人であり老人だけで復興できなるのかとなる
外部の人が応援するにしてもそもそも老人しかいないとなると復興できるのかとなる
やはり何か強い住民の意志がないと復興とか無理なのだろう

自然災害で北海道に移住した十津川部落の人達は一致団結して移住したからできた
ここにはそういうことはない,住民自体がばらばらになっているから復興は無理なのかともみる,それはそれとしてではこれからどうするのか?
それは別に内部だけの避難した人達避難区域の問題だけではない
現実に避難した人達がここに住んでいるし南相馬市では小高区は以前として南相馬市であり財政負担があるからだ
一体病院を再開したとしてその負担はどうするのか?
いろいろな負担があるから一層原町とか鹿島とかに住まわせた方がいいという政治的判断もありうるのだ,経済的問題としてそうなるのである。
いつまでも補償金の援助はない,後三年で援助がうちきられるときそういう経済的問題も深刻なものとなるからだ
もう住民は分断され復興の意志もないというときもう見切りをつけるという判断もありうるとなる,そういうところにいつまでもかかわっていることは経済的にもできないし政治的にもできないとなるからだ
そういう判断を強いられる時が否応なく来る,それは後三年が目安となる


posted by 老鶯 at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

葉桜、新緑(写真(映像)の時代)


葉桜、新緑(写真(映像)の時代)

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葉桜や常なる道をまた歩む

新緑の葉群の密にその中に山鳩休み風のそよぎぬ

公園の木蔭に休み新緑に風のそよぎて山鳩を見ゆ


桜の花が咲いているときは華やかなときである。その花も散ってしまいば人との夢のようになり元の葉桜にもぎとったともなる
その葉桜の影なす道を歩むのは地元に住んでいる人である
葉桜を見に来る人はいないからだ
その季節の変化があり遠くに行かなくても何か堅実な生活がつづくともなる
旅をしている時は空間の旅であり時間軸ではない,次々に変わる地点の変化なのである。だから意外と旅だけでは深い精神性は得られないともなる
花の咲くときは一時であり今はなにもない,夢のようであったとなる
でも葉桜の季節は長いのである。それが日常なのである。

今日公園に休んでいたらこの写真がとれた,これもいい写真だった,いい場面がシーンがあったからとれた
この山鳩は長くとまっていた,あそこなら邪魔にはならないしいい場所である
つくづく今は写真の時代である。写真抜きでは報道でもなんでも語れないのである。
それからアニメがこれほどもてはやされるのもそうである。
映像の時代なのである。それはテレビからはじまったがデジカメになりスマホになりインターネットにすぐにその写真が出せる,すると膨大な写真がインターネットに出る
それで写俳という分野も生まれたのである。
俳句でも短歌でも写真があればより訴えるものが生まれるからだ
ただ写真だけでは内面とか精神を深めるものとはならない
そこにどうしても言葉が必要になる

葉桜の俳句でも何の変哲もないがやはり精神的なものとして読む,葉桜という季語自体が華やかに桜が咲く季(とき)があっというまに終わり葉桜になったということで季語となるではこれだけ写真の時代なのだから写真から俳句でも短歌でも
詩でも作れるのではないか?
そう思う写真を見ただけではできない,それはなぜなのか?
やはりその場の雰囲気を写真だけでは表現できないのである。

この写真をとったのは公園であり藤の花の木蔭に自分は休んでいた,そこからこの写真をとった,その場面は立体的であり空間がある,そして風は写真では表現できないのである写真は停止しているからである。ビデオだと確かに風を表現できてもこれも全部は無理である。
ビデオを見てもそれで詩とか俳句短歌でも作れないのである。
やはりその場の雰囲気は写真では表現できないし伝えられないのである。
ただ自分がしている抽象画もインターネット上に無数の写真と映像があるからできたものなのである。これもパソコンやインターネットなどの映像時代になったときできた芸術だともなる

映像の時代というときこれからは教育の分野ですすんでくる,今までは教科書ばかりで習っていたがその習う範囲が広くなる
これからの人達は今までの人より何か創造性を発揮するかもしれない
アニメの南北朝の解説を見てわかりやすかった,あういうのはNHKの教育番組で作っていた,今はこうして民間でも放送する
つまり学ぶ手段が飛躍的に増えたのである。するとこういう時代は暗記一辺倒ではない創造的教育になり天才も生まれやすいとなるかもしれない

言葉というのはやはり映像からするととりつきにくいからだ,ただ映像ですべてが現されるかというとそうはいかない,かえって映像がありすぎて人間の想像力が衰退することもありうる,つまり人間が旅するに歩かなくなったら五感が衰退したのと同じである。
ただ写真にしても近間でも絵になるものがあると思った
ただ今までもあったのだが発見されなかったのである。

タグ:新緑 葉桜 山鳩