2018年05月11日

原発事故に対しての理系と文系の対処方法 (文系も問題解決には不可欠な場になった)


原発事故に対しての理系と文系の対処方法

(文系も問題解決には不可欠な場になった)

津浪とか原発事故が提起して問題はあまりにも多様だった,主要なものは放射線被害だから理系の科学者がその解決の任にあたるものだった
そもそも原発そのものが理系の優秀な人達が運営していたからである。
現代は科学の時代だというとき理系が支配する社会だともなる

理系の原発事故の対処方法として放射性物質を出したのは理系が運営している原発でありその処理をするのもやはり理系である。
放射性物質は目に見えないからその対処方法を文系は知らない,でも文系でも絶えず放射線量をマイクロシーベルとかで計ることを強いられたのである。
だからこの辺では毎日その数字を見ていたのである。

放射線量とは数字でしか計れないからでる,だから文系でも理系の方法を学んでいたのである。ただ詳しく理解するのは本当にむずかしかった
でもなんか放射線は水でさえぎられるとかセシウムは泥について付着しているとか放射性物質は減らないというのも知った,事故のときと同じように放射線量が計られるからである。
放射性物質が泥についているというとき樋の下は屋根から集められた放射性物質が付着して高かった
放射性物質については限りなく詳しく研究されているが素人には文系に理解できない
そこで自分には原発事故を追及できないものがあった
その対処方法にしても今度は田畑の土をはがしてとりのぞき除染するのも理系の仕事である。そういうふうに理系の仕事が多いのである。

でも一方で文系的なものからも原発では追及された,まず歴史というのが津浪に関係していたからである。
自分は理系の人に原発を運営する人に一番感心したのは津浪が10メートル以上くると東電の理系集団の人が科学的に予測していた
その予測していたことでそれを防ぐ対処をしなかったことで裁判になったのである。
でも津浪が10メートル以上のものが来るということを予測していたことに感心した
ただそのことは大きく伝えられなかったのである。
マスコミでも伝えられなかったのである
もしそのことがだいだい的に放送されていたらそんな津浪が来るのとこの辺の人は驚き恐怖になっていたはずである
だから東電の専門家以外でそのことを知っていた人は少なかったろう

そもそも原発は秘密裏に行われていて隠蔽されているものでありそうした危険情報も表に出なかったのである。
そのことが今になると一番の問題だったのである。
そこにマスコミの責任は果たされなかった,福島民報でも民友でも危険性は指摘しなかった,福島民報は官報と同じであり50パーセントが県の出資で成り立っている
だから国の言いなりであり危険は伝えなかったのである
マスコミは文系でありそもそも科学にうといから役に立たないというときそうだと自分も思う,原発のことなど放射線のことなどでもそれを扱える理系の人がいないのである。
マスコミはほとんど文系だからである。

ただ文系でも原発に関してはいろいろ追及するものがあった,それは避難区域化したことなどで起きた,それを自分はこれまでプログで追及してきた
郷土史の面からまたは哲学的な問題としても追及してきた
自分の一番の大きな疑問はなぜこんなに簡単に町とか村が解体して廃墟化したことの驚きだった
浪江町だと二万人とか人口があった,それが一挙に廃墟の町となった驚きである。
それは確かに放射線というのが怖いとういことをすりこまれた,遺伝子が破壊されて奇形が生まれとかも怖いことであり限りなく恐怖が与えられたからしかたがないという面はあった

でも自分はなにか放射線だけではない,現代社会の問題もあったのではないかと追及した現代社会は絆のことを津浪や原発事故後盛んいに言われたがそんな絆が田舎でも希薄化していたのではないか?
何よりも便利な生活をしたい,金があればいいという社会になっていた,それは田舎でも同じである。
だから漁業者は東電に漁業権を売り渡して補償金で事故前も裕福な暮らしをしていたのである。農業はただめんどうで苦しいだけで金にならないからやりたくない,後継ぐ者もいないとかなっていた,農業の価値は田舎でも全生産の一割にもみたなくなっていたのである。林業も外材で山をもっていても金にならないとなっていた
そういう社会は農業とか漁業でも林業でも軽んじるのである。
ところが田舎で生きるということはそうした第一次産業の上に成り立っている
それは自然の中に生態系の中に生活しているのが田舎である。
それが都会と東京などとの大きな相違なのである。田畑は生態系の中に組み入れられた第二の自然だからである。
東京とかなるともう生態系というのはないのである。
ただ放射性物質で東京の水源のダムも汚染されたとき生態系を意識したとなる
東京でも生態系から無縁では生活できないのである。大気も生態系の中に入るからである

津浪でもそうだが原発事故となると余計に事故後でも文系として対処する問題があった
その問題は多様になっていたのだ,だから蛙が鳴いた時何か復興したと自分が書いた
それは生態系の復活であり蛙も共に生きていた仲間だったと意識したのである。
それは鷺がもどったときも感じた,生態系から考察すると理解になるが文系的に文学的に表現したのである。
そして故郷とは何か?その根源的な問題を避難区域になった所で否応なく普通の人でも考えてしまう,廃墟化した町とは何なのだろう,一体故郷とは何なのか,故郷は当たり前にあるものだと思っていたからである。
だから故郷について考える,故郷を哲学的に考えるようになった
こんなこともありえないことだった,ただ自分は故郷は生態系とかからアイディンティティ化して詩などを書いてきた,ただそれは故郷に住んでいる人にも関心ないものとなる
経済的利益としての故郷は考えるが自然を森や木や岩や石を精神的象徴として考えることは故郷の人でもあまりないからである。
ただそうしたものは自明のものとしてあった,自明のものとしてあるから意識されていなかったのである。

自分は未だにそのことは考えているしなぜ故郷でもこんな簡単に捨てられるものだったのか?もちろん放射線の影響があるからこそだからしかたないとはなる
でもそれだけでも納得いかないのである。
この辺では江戸時代の前から人が住み続けている,歴史もある,そういう場所が簡単に捨てられて廃墟化したということが納得いかないのである。
故郷とはそんなものだったのか?便利な生活が金があればどこでもできるということで故郷の価値は消失したのか?何かそういうことが納得いかなくていろいろ追及して書いてきたのである。

自分が住んでいる場所は30キロからはずれているから避難区域にはならなかった
だから本当にこういうことを感じるのは考えるのは避難区域になった人達でありその人たちが今どういう気持ちでいるのかとなる
故郷から離れた人でもそうである。結局今は金があればどこに住んでもいい,ならば便利な所に住む,そういう社会であり故郷の価値は消失したともなるとも見る
ただそこに以前として深く考えさせられものがある
それは極めて文系的なものなのである。それは科学とは理系の思考とは違うのである。
何かそこに理系と文系の問題が具体的に現れた場だとも思った
だから理系が主にしても文系的な問題の追及もこの辺では重要なものとして現れた

それで理系と文系のことを考える場として原発事故周辺は適していると思った
なぜなら具体的問題としてありその対処方法は理系的なものが主としても文系的なものとしても追及せざるを得ないからである。



posted by 老鶯 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

藤の花,菖蒲,つつじの季節


藤の花,菖蒲,つつじの季節

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セディティになお人多し夕燕

蛙鳴く前田や農家もどりなむ

舞入りて二色のつつじ揚羽かな

つつじ咲き駅に出入りや通りかな


朝の海夏の光りのきらめきつ漁船一掃すぎてゆくかな

水張りし田に映れる藤の花農家の古く夕暮るるかな

雨しとと菖蒲のぬれてこの道や今日も通いて買い物に行く


この季節は夏までは自然も天候も変化しやすい,桜が散ってすぐに夏になり藤の花となり菖蒲となりつつじの季節である。
一度にいろいろ咲くから追いついていけない

原町の金沢の坂を上る所にある農家は悠々としていい,あそこにたくさんの藤の花が咲いて倉があり落ち着く,田舎の風景の中心は以前として農家ということがある
風景から見ればそうであるが仕事からみればそうではない
それで前田という地名のあるところは古い草分けの農家が最初に入ってきたところである前田から開墾されて一つの村が形成されたということがある
この辺では原発事故で避難区域になったところでは前田に田植えが行われて蛙が鳴いたとき復興したとなる,そのことは書いてきた
蛙も実は村の一員のようになっていたのである。

今日朝に街中を行ってみたのは二色のつつじである。白と赤である。
そこに揚羽蝶が舞い入っていた
揚羽にその二色のつつじが映えていた
自然はこのように調和するのである。
ただ人間だとつつじを女性のように見るが争いが常にあるからだめなのである。

ともかく常磐高速のSAのセディティは一日人が絶えない,おそらく楢葉の方にはPAがあるがあそこが一番大きいからそうなっているのだろう
食事もできるとか大きいのである。
花でもやはり人が行き来しないと映えないことがある,赤いつつじだとやはり駅に今咲いているがもっと人の出入りがあれば映えるとなる

自分は今や遠くに行かない,近間を回っているだけである
仙台にすら一年行っていない,それでも近くでも結構見るものがあるなと思った
街の通りに菖蒲が咲いている,すると昨日は雨にぬれて咲いていた
そして自分は毎日買い物である。ただありふれた日常であるがその中に紫の菖蒲が咲いていることはあっている
何かその街にいつくというかなじむという感じになる
つまり何か特別なことではなくても日常の中に詩があるともなる,美があるともなる
それは自分が毎日買い物しているから紫の菖蒲が映えるともなる



商売の基本は変わらなかった (三方よしとは「売り手よし、買い手よし、世間よし」)


商売の基本は変わらなかった

(三方よしとは「売り手よし、買い手よし、世間よし」)


中国の大富豪の劉智健(リュウ チーチェン)という人物が出てきて、こんな言葉を言っています。

「ビジネスの成否を分けるのは、長期の視野をどれだけ持てるかだ」

石田梅岩は、真の商人をこのように定義しています。

実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり

まず、「実の商人」というのは、真の商人という意味です。

そして、「先も立ち」というのは、まず最初に、お客さんのことを第一に考え、行動することで、お客さんの信用、信頼を得られ、そして、その結果として、「我も立つ」、つまり、自分のビジネスが上手く回るという状態を作ることができる人こそが、真の商人なんだという意味です


自分の場合は銀行でこれを感じた,銀行となるとまた商売でも違うが金融商品の種類が多いのである。とても個人的に選べるものでもない
すると選んでくれる人が客のためにしてくれるのが商売だとなる
でも投資信託がそういうものではない,客のためにそもそも仕組まれたものでもない
証券会社と銀行のために仕組まれたと見る方が適切である。
その仕組みがあまりにも複雑でわからないからである。
つまり証券会社や銀行はその仕組みを知っているが客は知り得ようがないのである。
この知識の格差があまりにも大きいから客にとっては不利な商品なのである。

証券会社や銀行がそうしてもうけやすいものだから投資信託を売り込むのである。
投資信託も種類が多いからその中にもうけられるものがあることもいえる
でも証券会社と銀行の勧めるのは客にとってわかりやすいものである
オリンピックだからJリートがいいとかロボット産業やAIはみんな投資して上がっているとかその内容がわかりやすいものなのである。
でも実際にもうかる投資信託は目立たないし知られないものだという
これもまたなぜそうなっているのか?
そこに金融商品の複雑さがあり素人にはわからないものなのである

そのことを一番自分が経験したことで実証していたのはリーマンショックの前にもっていた株が元にもどったときそれをそのままにしていればかなりのもうけになった
でも銀行の営業の人は投資信託に回したのである。
それは客のためではない,銀行がもうけるのには投資信託がいいからである。
それと営業者にはノルマが課せられているからである。
客のことは考えない,考える余裕もないのである。
ノルマが課せられていると頭の中が投資信託を売るとういことしかなくなるのである。

金融商品というのは物を売買するのとは違うがやはり三方良しという近江商人のやり方が商売の基本として今も通じている
だから社会がこれだたけ変わっても基本的なもので変わらないものがあると思った
もちろん自分は商売について何か語れるものではない
あくまでも客として言っているだけである。

でも商売を考えると飲食業があるとする,これなどはまずごまかせない,料理はごまかせない,値段どおりなのである。
高ければ材料もいいものを使っているし安ければそれなりのものである
これは料理をだす方にしても食べる方にしても納得できるものしかだせない
安いのにいいものを期待するのは無理である。
第一材料費を安い料理にはだせないからである。
サシミ定食を見たら千円くらい材料費がかかっていた,それは日頃買い物しているから察しがついた,すると1700円だったがそんなものだろとなる
ただ自分はメニューを見ないで本当は1000円だ思って注文したのである。
自分は千円以上のものはほとんど食べていないからである。

三方良しというとき客にとっていいものは社会にとっても世間にとってもいいものとなるもちろん売る方でもそのために感謝されるともなる
銀行とか今まではそういうものがあったから地域に必要なものとして地方では銀行員はエリートととして扱われていたのである。
何か社会のためにいい,役割をもっていなければどんな会社でも存続できなくなるのが普通だろう,そういう会社は普通は淘汰される
だから銀行は今社会にとって必要ない,役割がなくなる危機にたたされている
自分たちだけの利益を計る,投資信託などをうりつけるのはそういうことになる

「ビジネスの成否を分けるのは、長期の視野をどれだけ持てるかだ」

これもそうだろう,今もうかればいいとなれば投資信託を売りつける,でも長期的にはどうかとなるとみんなもそれがどういう商品が気がつく,そしてなぜこんなものを売りつけたのだと銀行不信にもなる,信頼されなくなる
銀行は信頼が第一でもっていたからである。
石田梅岩は商人道を説いた,そういうモラルは職人道でも農民道でも江戸時代からあった農民道は二宮尊徳が説いたのである。
そういう日本独自のモラルがあって社会が成り立っていたのである。

それが明治維新になって西洋の思想が入ってきたとき混乱した
新しい資本主義がありそこにもモラルがあったとしても江戸時代からあったものにも習うもの継続するものがあったが見捨てられたということはある
明治維新後は日本古来からあったものを日本人は遅れたものとして見捨てたのである。
あまりにも西欧文明一辺倒になってしまったのである。
それが今になると日本の歴史を見直し古来からある日本の良さを見直すことが求められる時代となった
つまり外来の文化が入ったあとに日本では必ず国風文化にもどるからである
そういう時代の分かれ目として現代はある
それは商売だけではない、いろんな分野に影響しているのである。
医療の分野でも東洋的な医療を見直すとか西欧一辺倒の文化から古来からあったものを見直し取り入れるようになる
現代はそういう時代の節目であるがそこでやはりまた葛藤が生まれるのである。

江戸時代にあったものそれがみな遅れているものとして省みなくなった
そこに現代の日本の問題がある,別に西欧に習わなくても商人道でもあったのである。
それは西欧的な資本主義とはまた違うものなのである。
そのモラルは実はわかりやすいのである。法律となるとわかりにくくなるがそのモラルはわかりやすいのである。
法律も本当は基本的に人間の基本的なモラルを基にしている
嘘をつかないとか約束は守るとか人間として基本的なものを守ることである
それを法律でもなんでもあまりにも複雑にした結果,かえってモラルは荒廃したのであるその複雑故に投資信託でもかえって売る方が有利になりだましやすいともなるからだ

商人道であれ農民道であれそれは別に特定の職業のものだけではない,それは別に一般的に通じるものである。モラルはそういうものである。
ただ長期的視野をもてというとき江戸時代は有利だった
社会の大半は農民であり農民は自然とかかわり自然の中でモラルが培われたからである。その延長に商人もありえたからである。
農民はモラルを形成しやすいが商人となると暴利もあるからむずかしくなる
株ともにている,時代劇では悪徳商人はいるが農民に悪い者はいないとなるからだ
その商人にだまされるのが農民だというシナリオになっているからである。
長期的視野というとき林業でも木が育つには50年とかかかるとするとどうしても一代だけではない,長期的視野で仕事をしなければならない
そうした自然のリズムと合わせるから自ずと長期的視野をもつことになる
今はグローバル社会でもあり変わりすぎるから目前の利益にとらわれすぎるのである。
それがかえって社会のためにならないし客のためにもならないし結局会社のためにもならずとなり三方良しではなく三方悪しとなりやすいのである。



posted by 老鶯 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題