2018年04月02日

春の月(自分の一句の鑑賞)


春の月(自分の一句の鑑賞)

springmoon1122.jpg

春の月命ながらふ我が家かな

春の月我が家を照らしつくづくにながらふ命いとしむべしかな

二階から春の月が見える,満月である。
なんかそれが不思議である。
みんな家族が死んだのだから我が家ともいえない
家族というとき家というとき家という建物,ハウスではない
ホームという意味がある,ホームとは家のこと建物ではない
家族がいてなごむ愛し合う場である。
そこに安心がある

ただ家族にもいろいろ問題があり争いがある
ただそれでも家族は他人とは違い助け合うのである。
他者になると非情である,その非情を介護で体験した
自分の病気でも体験した
もう他人とは金しか関係ないのである。
だから弱者化したときこれ幸いと金を要求してきた
ある者は盗みある者は借金を要求しと責められただけである。

自分が二〇代では苦しんでいたけどその後は楽だった
したし楽はつづかない,人間には必ず苦がある
楽のままに終わる人がいないのである。
大金持ちに生まれたとしてもそうである
必ず苦しむようになっている
むしろ苦があり楽がある
苦がないとしたら楽もないとなる

自分が楽していられたのはこの我が家があり家族があったからである。
こんな生活を普通はできない,複雑な家庭でも自分は姉とかいて楽できたのである。
でも介護で苦しんだのもその楽があり苦があったからだとなる
人間は夫婦でも楽ばかり与えないのである。
必ずどっちか病気になったり何か困窮したりとある
それで人間そのものがリスクであり苦になる
それは生きている限り避けられないことなのである。

俳句というとき短いが鑑賞力が必要になる,芸術は鑑賞すること自体むずかしいのであるいろいすな解釈ができる,その解釈によっても見方が変わる
この句でも別に自分のことではない,病気になり入院して帰ってきてつくづく我が家にあり命ながらえたなとか解釈する
そういう解釈がわかりやすいだろう。
自分の複雑な家庭をしりえようがないからである。

ともかく命ながらえたなとつくづく思う,なぜなら自分は体が弱いからもう会社勤めでもできない,精神的にもそうだが体力的にもそうである。
だから三〇年間も家に隠者のように暮らしていたということが不思議になる
今はそういう人がニートとかいくらでもいるからめずらしくない
でも団塊の世代ではそういう人はまれだったからである。特殊な環境で自分はそうなったのである。

その人の一生を象徴して感じさせるものが俳句でもある
ただそれを読み込む鑑賞することがむずかしいのである。
俳句は短いから余計にそうであり鑑賞する力がないとありきたりのつまらないものとしてかたづけられる
つまり俳句は短くても奥深いものがある
ただあまりにも月並みも多く俳句は誰でも作れるから何か読み取ることもむずかしい
ただ俳句でも短歌でも何か他の文学と違って短いから鑑賞力が必要となる芸術である。
そのバックとなるものをよみとる力が必要なのである。
そうはいっても自分も他者の俳句をそんなに深く読んでいないのである。
自分のことだからこうして一句でも自ら書いているのである。