2018年04月12日

南相馬市鹿島区の大内村で話を聞く (大内村で平地に住んだのは新しい人達だった)


南相馬市鹿島区の大内村で話を聞く

(大内村で平地に住んだのは新しい人達だった)

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地層が見えた,ここに津浪の痕跡はあるのか?

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津神社にあった金比羅と鯨大明神の碑



水路の工事しているの見ている大内の人と話した

「大内は高台に住んでいた人と平地に住んだ人の差が大きかった」
「高台に住んでいた人は昔から住んでいた人達だよ、そこから分家などして平地に住んだ平地に住んだ人は新しい人だよ」
「そうだったのか,かなり新しい時代に住んだ,その人たちが津浪の被害にあった」
「高台の人達は古くから住んだ人たちだよ」
「ところで袋村があったの知っていますか」
「知っているよ,あれは水害でだめになったんだよ」
「高台から平地に移り開拓したが真野川の水害でだめになっ」
「平地に出た人は新しい人たちなんだよ」

「真野川は堤防がないときは水害が多かった,あふれやすい川だったからな
自分の家も二回水害の被害にあったからな」

やはり土地の人とそこに住んでいる場で話すと土地の歴史がわかる,具体的に実感できるのである。
大内は館とつく地名があるから古いのである。古代からすら人が住み始めている
でも平地には住んでいなかったのである。そこは湿地帯だからである
だから平地に住むようになったのは新しい,明治以降ということもある
そうして新しく住んだ人が津浪の被害にあった

なぜこれほどの津浪の被害があったのか?
烏崎村でも高台に住んでいた人は被害がなかった,大内村でもそうである。
ただ海老村は一番古い,弥生時代の遺跡があるから古いが被害が大きかった
それもなぜなのか?なぜなら鎌倉時代に住んだ人の跡も出ているからである。

大内村の成り立ちはわかりやすいのである。
高台に住んでいた人たちと平地に住んでいた人達が明確に二分されていたからである。
そして今日聞いた話では平地に住んでいた人は相当に新しい,それがわかった
ただ烏崎村とかは鎌倉時代にさかのぼり古いのである
大内村ももともと古いのである。

それから津神社が大内村の公会堂に移されたがこれは津神社(つじんじゃ)ではなく津神社はツノ神社と呼んでいる,松川浦の津神社もツノミツ神社でありツ一字では呼ばない
原町の北原の高台にある津神社もツノ神社である
このツノはツノガノアラシトのツノであり渡来系が移り住んだ所なのである。
ツノガノアラシトは産鉄族であり鉄を求めてきた渡来系の技術者集団だったのである。
だから津浪とは何の関係もなかったのである。

津神社の裏側には碑があった,あそこにある碑は津神社にあったのか
別なものがあった,金比羅の碑とかあった
それらの碑は流されて不明になったのだろう。

工事は水田にするための水路である,斜面をなだらかにしたのは水が流れると崩れるからだという,それは最近急斜面の山が崩れたことでもわかる
地下水がたまり崩壊したのである。やはり急斜面になると水をふくんで崩れやすくなるのかもしれない,これは土木工学の分野になる
ともかくまだこの辺は工事がつづいているのである。

津神社の謎


津浪で再現した真野の入江 (大内村は山側に住んでいた人たちは助かった)

烏崎村の津神社にあった金比羅の碑と鯨大明神の碑


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2018年04月13日

大内村の人の話を聞いて(2) (文明とは自然に逆らうことであり自然に復讐される)


大内村の人の話を聞いて(2)

(文明とは自然に逆らうことであり自然に復讐される)


大内村の人の話を聞いて具体的にどうして袋村がなくなったのかわかった
まず高台に人は昔から住んでいた,平地には住んだ人は新しい人達だったのである。
大内村は地形的にわかりやすい,平地と高台に二分されているからである。
その高台といっても一段高くなっている場所である
その一段高くなっているだけでも津浪ではその差が大きかったのだ
なぜなら平地に住んいる人の家は津浪で流されたからである。
あそこまで津浪が来るとは思っていなかったろう。
ただあそこでは例え大きな津浪が来ていたとしても被害がなかったのである。
一段高い所に住んでいたからである。
だから津浪の被害があったとしても語られないことはあった

でもこの辺では慶長津浪とかの被害が相馬藩政記に二行だけ七〇〇人溺死と記されているだけであとは何も記録がないのである。
その謎も深いなと今でも思う,何か手がかりになるものを探して見つからないのである。
大内村では真野川の河口の度々水害になる土地を田んぼにしたが真野川の氾濫で撤退して袋村は消失したのである。
その土地の人がその場所で語ったとき何か実感として伝わる
なぜならその人は大内村に長く住んでいた人だからである。
この袋村は明暦から開かれて文久まであった、その時ただ人は住んでいなかった
明暦の頃開かれたとき元禄には一三軒の家があった
それだけ古い時から田んぼが開かれていたのである。

そういう土地としては悪い土地でも田んぼにしなければならなかったのが日本の稲作の歴史である。どんな場所でも米がとれれば生活が最低限成り立つということでそうなった
その苦闘の歴史が稲作にはある,八沢浦だって明治以降に武士が開拓したのである。
小高の井田川は大正時代になったからなのである。
日本の歴史と農業の歴史でありそれは戦後十年でもつづいていたのである。
戦争の引揚者がいたるところに入り土地を切り開き農業で生活していたのである。
結局仕事がないからそうなったのである。農業するには土地がないとできない
その土地がないとすると悪い土地でも埋め立ててでも田んぼにする他ないとなった歴史が日本にはある,日本の弱点は広い土地がないことである,だから一時東京で土地バブルになったのもわかる,土地の価値が異常に高くなるのもそのためである。

大内村でも一段高い所があるにしてもそこで田んぼを作るとなると土地がないとなる
すると平地に向かって田んぼを作るほかないのである。
そしてその高台の前を田んぼにしたらまた土地がなくなる,すると分家するにしても土地が必要になる,そこで真野川の河口の最悪の場所を苦労して田んぼにしたとなる
真野川は氾濫しやすい川である,だから二回も自分の家では水害にあってひどいめにあった,土地が低いからそうなった
堤防も整備されていなかったからである。河川改修していなかったからである。
津浪のときすぐ近くまで塩水が川を遡っておしよせてきていたのである。
近くの土手は氾濫していたから危なかった,河川改修したからあふれなかったのである。水害は河川改修すると起こらなくなるのである。その当時はそうした技術もないから袋村は消失したのである。

こうして苦労して干拓して開いた田んぼが今回の津浪で被害にあった
そこはもともと海だった所なのである。だから元の海にもどったともなる
自然側からみれば津浪はあまりにも無情だとなるが非情だとなるが自然側からみれば
ただ自然の作用であり人間を苦しめるために津浪が起きたということでもないのである。自然の作用に悪意はないのである。
ただそうした自然の大きな作用を無視して人間は営々ともともと海だったところを埋め立てて田んぼにしたり住宅地にしたりしたから被害にあった
つまり自然に逆らうことが文明なのである。それがある時自然から復讐されるのである。自然のゆりもどしがくる,それを考慮していない人間が悪いともなる
田んぼでもやはり文明の所産だったからそうなった
原発でも実は自然に逆らう科学技術である。原子核を破壊するということがそうである。本来そんな危険なことをしてはならないものだったのである。
そういうことをしていると自然側から反発があり復讐されるともなる
科学技術にそうした危険性が常につきまとっていたのである。

人間が自然に手を加えること自体がすでに自然を破壊するということに通じていた
ただでは科学技術がすべて悪いのかとなるとそうでもない
なぜなら米の収穫量は同じ面積で今は倍以上になっている
すると土地を広げて収穫量をあげるというより狭くても収穫量を上げることの方がいいとなる,それは技術が進歩すればできたのである。
だからいちがいに科学技術は否定できないということはある
袋村でも今のような河川改修した堤防があれば水害にならなくてすんだともなるからである。それだけの土木技術がなかったからできなかったともなる

それでもやはり今回の津浪の教訓は自然に逆らうことがいかに怖いことになるかということを否応なく示された,津浪は自然の作用でありそれは必ずしも自然にとって悪いばかりのものではない,自然の作用として起きてくるものだからである。
自然の山火事でもそれは新しい森を再生するものでありいちがいに悪いとはならない
津浪でも何か自然の作用であり海をきれいにするということはあったとかなる
つまり人間側から見た自然と自然から見た自然は違っているのである。
ただ自然に逆らうことが文明であり科学技術でありそこに何かしら問題が起きてくる
神話でも火を盗んだプロメテウスが過酷な刑罰にあったのとでもそうである。
神の厳しい罰が与えられたように津浪でも原発事故でもそういう側面はあったのである。

posted by 老鶯 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

人間は日々地道に勤めて幸福を得る (幸福は突然に一挙に得られない)


人間は日々地道に勤めて幸福を得る

(幸福は突然に一挙に得られない)


不孝は突然やってくる

幸福は突然には来ない

不孝は思いがけなくやってくる,それを人生をふりかえればわかるし他の人のことを見てもわかる
事故があったり病気になるのも突然なのである。
60すぎるとみんななんらかの病気をかかえるようになる
でも老いが突然来るというのは本当である。
病気も突然来る,老人になるとそのリスクが高いし確実なのである。
なんらかの変調をきたすし病気になる

そして逆に幸福は突然に来ない,宝くじのようにギャンブルで当たるように来ないのである。突然に来るのは不孝なのである。
この辺を見ればわかる,突然に津浪で死んだ人もいるし家を失った人もいる,そして原発事故だった、故郷にも住めなくなった
この不孝も突然に来たのである。
突然に来るものは不孝なのである。幸福は突然にやってこない

これは何なのか?
幸福になるために突然に宝くじのようには来ないということである。
老人になって趣味がないとかすることがないという人も増えている
でも趣味だって時間をかけてスキルをは磨いていないとできないのである。
突然に覚えたりはできない,習得する時間が必要なのである。
そういう習得に時間をかけていれば他のものでも上達する
何かそうしたスキルは突然上達したりしないのである。

幸福になるためにはやはり幸福になる努力をすることが必要になる
それは人生では地道なものになるかもしれない,何か派手なものではない
こつこつ積み重ねる反復する作業である。
貯蓄でもこつこつためていれば金持ちでなくてもたまることはある
一挙に宝くじのように金をが入ることは普通はない,株とか投資でももうけている人はやはりそうした訓練を日々積んで来た人なのである。
素人は一挙投資でもうけることはありえないのである。それは自分の経験でわかった

人間は幸福になりたい,でも不孝はベートベンの運命のように突然やってくるのだ
それはさけることができないように必然的にやってくる
誰の運命でもそうである。まず人間自体がリスクである。病気になるからである。
それから老化することもリスクである。老化は確実に病気になることとにているのであるあらゆる機能が弱ってくるからである。機械が古くなり故障するのとにている
もう新しくしないとならないのだが人間にはそれができないのである。

ただ日頃から地道にしていることが幸福に結びつく,なぜなら幸福は天から突然降ってきたりしないのである。
仕事するにも普通はみんな地道であり地道なことの繰り返しである。
普通の仕事は投資とか株のように一挙にもうかるようなことはないのである。
人間には何らか運が作用していることは確かである。
これは否定できないにしろ日頃ごろごろして何もしないでスキルも磨かないなら突然何か幸運がいいことがやってくるのかとなるとならない

自分がしているパソコンの抽象画でもそうである。なぜ全く絵の才能がないのに絵を描けたのかという不思議があるからだ
それはやはりパソコンを長年していてソフトでたまたま発見したからだとなる
それも長年パソコンをしていたからだとなるのである。
そもそも仕事はそうして地道にしていてその仕事に熟達してゆく
突然に熟達したりしないのである。
富というのも実際は一代ではなかなか築けないというときそれだけ時間がかかる
先祖の恩恵で金持ちになるというのが多いのはそのためである。
一からはじめたら容易でなるなるからだ
一代で資本を蓄積して次の代でその資本を基に事業をして成功するとかなる

才能なども天才は別にして能力は地道に磨いていればそれなりのものを発見するかもしれない,人間の能力もまた発見されていない個々人でもどんな能力があるかわからないのである。
何か地道にし日々精進していればそうした能力も身につくとなる
一挙にそうした才能が天から降ってくるように身につくとはならないのである。

例えば遊ぶということも退職したから簡単にできるかとなるとできない,遊ぶ能力を磨いているできるが人生を勤め人として費やした人は遊びができないのである。
だから今度自由になったから遊べといってもとまどうのである。
遊ぶというときギャンブルとかではない,何か趣味とか能力にかかわるものである。
そういうものが退職してすぐに身につくかとなるとできない,将棋でも本当にできない
それだけ修練していないとできないのである。

反復によって手に入れた能力は深みもあり凄みもある

この意見はまさにそうである。反復によって能力が身につくのである。
長い時間のなかで楽器でも反復して習得するのである。
能力が才能が生まれつきでもそうして反復していなければ能力は身につかないのである。
つまり人間は虫がいいし本来なまけものだからそうした反復作業を嫌がって一挙に手に入れようとする,地道な努力を嫌うのである。
何か文学でも賞をもらいたいとか目立つことばかり目指す,地道なことはしたくないのである。そういう人はいつも目立っていたいのである。
でも普通の仕事はみんな地道なのである。
でもどんな仕事でもその道に通じたものは違っている,簡単に素人が一挙にできるものではない,底辺の仕事でもそうである。
仕事に通じるにはそれだけ修練が必要であり時間がかかるのである。

そんなことよりAIになればそういうことはコンピューターがしてくれるから人間はなにもすることがなくなる,遊んでいればいいという人がいる
でもこの遊ぶことが簡単にできないのである。
毎日パチンコ屋通いとかギャンブルとか酒飲んでいるだけでは遊ぶことではない
遊ぶとは人間だけができることなのである。そこに意味が見いだされるのである。

なぜ今これだけ観光するのにいい時代はない,でも旅人はほとんどいない,ただ移動してグルメ旅行になっている,旅人は見かけないのである。
ただ鉄道であれ車であれそうした便利ものもで移動しているだけなのである。
自転車旅行だとなんとか旅しているなと感じるから自分もしてきた
今の時代になると旅人になることは容易ではない,遍路でもずっと歩きとおしてはいない途中で電車にのったりするしずっと歩いて旅している人はいないのである。
途中で必ず乗り物に乗っているからである。
だから道をたどりきままに旅する人はいない,決められたコースを移動しているだけだとなる
旅は分かれ道がありそこでどっちに行こうかと選択する,そこに旅の醍醐味がある
決められた道を行っていたらつまらないのである。
だから今の時代旅人はいないし旅がなくなったともなる
観光旅行と旅はまた違っているからだ
近くでも自転車でぶらぶら気ままに行くとき旅だったともなるのである。

不孝は突然やってくる

幸福は日々築き上げるもの

幸福というとき家族でも結婚して作り上げてゆくものでありできあがったものではない
幸福は与えられない,それぞれの努力が必要になる
お互いに築いてゆくところに幸福がある
家でも建築でも土台を作り積み上げて完成する,一気には作れないのである。
どこの世界でもそうして積み上げて作られてゆく
それが発見につながり幸福をもたらすとなる

確かに不孝は突然やってきて幸福を破壊する,でももし強い絆で結ばれていた家族ならそう簡単には破壊されないだろう。
幸福を築いてきた歴史があるからである。
何事一朝一夕にはならないからだ,だからこそ強固に結ばれる
日本の国だって積み重ねられて築き上げられてきたものである。
日本の幸福を作ってきたのである。だから簡単には破壊されない

でもなぜ原発避難区域などではちりぢりばらばらになり町が村が崩壊したのか?
突然の不孝で一挙に崩壊したのか?
そういう絆がなかったのか,絆ということが盛んに言われたけど何かそういうものがなかったから家族も散り散りになり町や村が廃墟化したのである。
そこにも積み上げたものがありそれが幸福を作っていたのである。
それが一挙に不孝が突然来て崩壊したとなる
だから町でも村でも長い年月で築き上げてきたものがありそれがそんなに簡単に崩壊するのかというのがわからないのである。
実際はそれだけの絆もないし築き上げてきたものを尊重しなかったのかともなる

とにかく突然の幸福とかは運とかで入るものは失いやすい,遺産なども突然入れると失いやすい,宝くじでもギャンブルでもうけたものも失いやすい
なぜならそれは日々築き上げてきた幸福ではない,一時の運で思いがけなくもうけようとしているからである。
日々築き上げてもうけようとしているのではないからである。
何か自分もそういう経験をして金も失ったともなる
いづれにしろ人間を作るのは地道な活動なのである。一挙に何かを幸福でも得ることはできないことは確かである。
タグ:幸福論

2018年04月14日

白河、二本松の城の桜の短歌 (歴史がある所に桜が一段と映える)

白河、二本松の城の桜の短歌

(歴史がある所に桜が一段と映える)

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(白河)

松の間を殿の歩みつ草萌ゆる白河藩の栄えなりなむ

人柱城を守るとあわれかな乙女桜の咲きてなぐさむ

小峰城春の夕日のさして映ゆ車窓に見つつ電車すぎさる

小峰城電車に見つつみちのくをいずるや春の夕日さしぬ

(二本松)

城内に残れる花のあわれかなはるばる来る相馬よりしも

天守跡望みて遠くみちのくの山々映えぬ春の来たりぬ

城内に井戸の深しも散る椿守り城の古りにけるかな



根を張りて枝垂桜の三春かな織りなす錦桜に染まる

小浜城夕べ桜の咲きにけりたずねて遠く街のともしび

はや散らむ会津の桜我は見じ城を守りて少年死にぬ



日本は桜の咲く季節が一番いい,それは桜がきれいだとういこともあるが桜はなぜか城に映えるのである。
自然でも桜というときそこには歴史がありその歴史によって桜がより深いものとして見るただの桜だったらそれほど魅力がないかもしれないからだ
だからなぜ大坂城の夕日に映えて散った桜が他より美しかったのか?
それはやはりそこに歴史がありそこで織りなした人間のドラマを偲んでいるから違って見えるのである。
そうでなければそんなに桜に日本人がひかれることはないからだ
それで戦争のとき桜のようにいさぎよく散れとかの美学が生まれた,ただそれは戦争に利用されただけだという批判にもなる
桜はそれだけ日本人にとって生死を託すような花になっていたのである。

今日テレビで人柱伝説の乙女桜を見た,これは伝説というのではなく史実だった
人柱になりたくなくて逃げてそこを追廻しという地名として残っているというから人柱になりたくなくて必死に逃げたのである。
この物語が語るのは必死に城を守るということが侍では第一にされていたのである。
それは白虎隊でもわかる,城があってこそ生きることができる,そこから出て生きるという感覚をもつことすらできないのである。
そういう狭い社会で生きていたのが江戸時代だであり価値観だとなる
白虎隊が城をが燃えたとして自刀したのもそのためである。
城がなくななれば終わりだという価値観の中に生きていたのである。

桜咲く時期はやはり城を偲ぶ,でも江戸時代に城には桜が咲いていたのではない,それは明治になったとき城がある所が公園化して桜を植えられたのである。
だから今見ている桜は明治時代のものであり江戸時代のものではないのである。
その辺が不思議なのだけど桜に城は映えるのである。

花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの」、かの一休宗純師、若い頃はとんちの一休さんで知られたお偉い坊さんが残したお言葉である。

室町時代からこの言葉があったとすると桜は愛でられていた,ただこの時も山桜だったと思う,今見ている染井吉野の桜は江戸後期なのである。その頃から花見が行われていたのである。
まず城で桜を愛でることはなかった,ただ糸桜の歌は残されている
でもそれは今の桜とは別物である。

春高楼(こうろう)の 花の宴(えん) 巡る盃(さかづき) 影さして千代の松が枝(え) 分け出でし昔の光 今いずこ.

この詩も明治以降に作られたものであり江戸時代は城で花見の宴などしていないのである。

テレビで見た乙女桜で南湖の松の間を歩いている姿はいい,あの松が貫祿があるのだ
あういう松は相当年月がたたないとあんなに太くならないだろう。
その間を殿が歩むことをイメージすると江戸時代にもどるのである。
江戸時代をイメージすると何かその景色に街道でもとけこむからなごむのである。
車ばかりの道路を歩いていてもうそこには人間も旅人もいないのである。
車の道であり何かベルトコンベアーを車が流れているという感じになるからだ

白河藩は松平定信が一時殿様となり治めていた,それで民のために尽くしたとか言われるが失政もあったからその評価が分かれる,この辺は詳しくわからない
ただ何か情緒的になるとあの松の間を殿が歩む姿は絵になっている
あのテレビの構図は絵になっている,写真でもあの構図でとればいい写真になっていた
白河はやはり白河の関所がありみちのくに入り出る場所を意識する
それで電車から城が見えるのは貴重なのである。

二本松城は古い中世の山城から発展した,だから古い城の形があり山城なのである。
その頂上に上ると安達太良とか蔵王とかが見えた,高いから見晴らしがいいのである。
あういう山城はめずらしいと思う,青葉城があるが仙台市街が大きくなりすぎて城下町という雰囲気がなくなっないる
二本松城は城内に入ると深い井戸がいくつかあり椿が散っていた
そこで暮らした人を思う,ここでも城を守るということがありその城を感じる
会津の城は平城だから何かもう一つ歴史を感じないのである。
ただ会津で桜を見たことはない,会津は浜通りから遠すぎるのである。
二本松までは相馬から自転車で行ったとき,花は散っていたのも感慨深いとなった
そのことは詩にした,二本松までは相馬藩で松川浦から塩を運んでいた
その塩の道がある、だから二本松とは交流が江戸時代からあったとなる

とにかく桜もここでは散った,昨日は風が強く散った,ただ残る花となりこれも味わい深いとなる
自分は会津でも二十年くらいも行っていない,今年も近くを見るだけだった
風が強く風が冷たいから自転車でも行けなかった
そして何か体が弱くなくり変調をきたしたこともある
でも以前として回想の旅をしている不思議がある,ぐるぐる電車であれ自転車であれ走馬灯のようにあちらこちら巡り歩いているのである
それだけ旅していたということである。

我が里や遠くに行かじ残る花

我が街や花散る後の静けさやここに住みにつあわれ深まる



シリアの混乱と悲惨は誰が悪いのか? (欧米が悪い?)


シリアの混乱と悲惨は誰が悪いのか?

(欧米が悪い?)

なぜこう判断したのかというとトルコの宿でシリアに滞在した会社の派閥争いでやめた五十歳くらいの人がしきりに言っていたのである。
シリアの人達は素朴でいい,最高にいいとか何度も言っていたのである。
自分は行っていないからわからないがおそらく社会主義国でありあまり金,金,金の社会になっていないからだったのだろう。
豊かではないけどいい人達が素朴な人達がいたとなる
シリアは資本主義国ではないからだ
ロシアと同盟のようになっていたにしろそうだったのである。

その話を聞いているからなぜ今シリアがあのような悲惨なことになっているのか?
それがどうしてもわからなくなる,何もそうして資本主義国ではなくても平和で素朴な人達が外国の干渉もなく生活していればあんなふうにはなっていない
なぜあのような悲惨な国になったのか?

それはイスラム国もそうだがもともと社会主義国としてあっれば良かったのである。
イラクにアメリカが介入してイスラム国ができて民主運動を応援するとして欧米が介入して混乱と内戦がもたらされたのである。
欧米側からみるとロシアが悪いとなるがロシアやアサド政権側から見れば欧米が悪いとなる

こういうことは日本でも太平洋戦争で起きていたのである。
イギリスと最初に戦争して日本は東南アジアを占領した,でもイギリスにアメリカが加担して日本は負けたのである。
シリアでもフランスが加担したとか欧米の勢力が後押しして戦場となり内戦となる
日本も欧米側だから欧米側からしか見れないのである。
だからロシアは悪者になるのである。

もちろん日本は先の戦争でロシアを良く思っていないしロシアがいいわけではない
でもなんでもロシアが悪いと見るのは偏るのである。
それは欧米の見方でありかたよるのである。
そう思ったのはやはり海外旅行したこともなかった自分は現地でそのことに触れたことが原因している,もちろんシリアに実際に行ってみれば判断がすることが違ってくる
どうしても日本は欧米側につくからその見方がかたよるのである。

日本もかつて戦争のとき欧米側にこのように悪者にされて原爆を落されて三百万人も死んだのである。そういう経験があるから欧米がすべて善でも正義でもないことは確かであるもちろんロシアでもひどいめにあっているから単純に味方にはなれない
でも平和だった素朴に暮らしていたシリアの人達が地獄のようになったということがどしてもそうしたのは欧米側の勢力であり社会主義国として平和を保っていればあんなふうにならなかったのである。
その原因を作ったのはアメリカのイラク侵攻でありそこからイスラム国が生まれたからあのような地獄になってしまった

日本の戦争もまた最初はイギリスとの戦いだったがそこにアメリカが参戦して悲惨な敗北となった,それは欧米側によってそうなったのである。その時はロシアも参戦してさんざんな目にあって悲惨な犠牲者がでたのである。
要するに今度は中国が巨大化してくる参戦してくると小国はその狭間で分断されたりする
それは日本でも起きてくる,大国の駆け引きの狭間で分断されるのである。
だから欧米側からの見方ばかりしていると間違った判断することになる
イラクには化学兵器など発見されないの難癖つけて爆撃したのがアメリカだったのである
シリアは離れているから日本とは関係ないようにみえても日本もそういう立場になる可能性がこれからある,日本は超大国化する中国とアメリカとロシアの大国の狭間に置かれ分断されることもあるのだ
シリアはだから他山の石としなければならないとなる
遠いから関係ないとはグローバル化した社会ではならないのである。

ともかく世界情勢の見方は何かいろいろな見方があってもやはりじかに触れた人の話とかその場にいて実感することが大事なのである。
一番日本で気をつけねばならないのは欧米側の見方にかたよることである。
それは日米同盟があるからしかたがないとなるがでも欧米側は正義ではない
もちろんロシアでも中国でもそうである。
でも何か欧米側が悪いとは見ないのである

そもそも日本の戦争が良く右の人が口が酸っぱくなるほどしつこく欧米からの植民地解放戦争だったという,それが戦争の原因だったという,すると歴史的連続性では欧米が悪いのである。その欧米と戦ったのが日本の義だとしているのである
だから欧米一辺倒の見方になることは歴史的連続性がないことになる
でも右寄りだとどうしても欧米側になるのである。
一方左は中国よりになるとされる,だから政治勢力でも二つに分断される危険がある
日本の独自性は保ていないのである。
その独自性を保とうとするとき戦争のように日本が中国を支配して欧米と戦いロシアとも戦うとなってしまうのである。
そこまで国際政治で追い詰められればまた戦争の再現だとなる
ただ世界情勢を見るときどうしても欧米側の見方になることは注意すべきである。
そこで判断を誤るからである。
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2018年04月15日

老々相続も高齢化社会のマイナス (もうその年では消費もできない)


老々相続も高齢化社会のマイナス

(もうその年では消費もできない)

相続人の平均年齢は67歳という「老々相続」になっているので、相続による世代間の所得再分配の機能も弱い。この問題は、2012年に団塊世代が引退したあとは、さらに顕著になるだろう。

 日本の金融資産1500兆円(本当はすでに1400兆円に減ったとも言われている)のほとんどは高齢者のものだ。普通、高齢者は活動しない。よって収入に関しては不安なので自分のお金を使わずに貯め込む傾向がある。

少子高齢化の問題はいろいろある,「老々相続」もそうである。六十七歳で相続するとなるとその金を使い方が消極的になる
もし五十歳とかで相続したら50代で貯金がない人が多いかとこの世代は子供の進学とかでも金がかかる,そこで相続して遺産が入ると余裕になる
この世代なら金を使うことができる,それも有効にできる,消費できる
67歳となると何かに消費するにしても限られている,そして投資などすると失敗するし経験がないのでするべきではない,でももし若ければ経験を積むからいいとなる
67歳になるとこれまでしてきたことはできるが何か新しく経験を積むことができないのである。

自分も新しい自転車買ったけど遠くに行こうかと思ったら体弱り節々が痛くなりできなくなった,もし体力があったら新しく出る電動自転車の遠距離用を買ってまた旅したいとなるができない,消費するものは確かにある,でも金だけではできないのである。
体力が必要になるからだ,登山をしようとしてリュックを買ったがこれもできないので無駄にてったとか何か今までしてきたことをしようとしたのだができなくなる
だから何か買っても利用できないとなるのだ

もしもっと若い時に40代でも50代でも相続していればもっと自分のしたいことができたとなるが親が生きている限りは金は自由にできないのである。
自分が自由に生きたとしても旅したとしても金は最低限しか使っていない,自転車旅行はテントを張ってとまったりしたから金を使っていない
自転車でも普通の自転車しか使っていない,10万以上にはなっていないのである。
でもその時金があったら何かもっとできたことがあった

本当は海外に留学もできたと思う,それも遺産を若い内に相続していたらである。
なぜならそうなると自分の自由に使えるからである。
何かその頃海外旅行は高い飛行機代も50万とか何か高い時代だったから海外旅行は金をかかるものとして敬遠していたのである。
そういうことで円高になったときみんな海外に行っていたのに自分は行かないで失敗したとなる,50代では遅かったのである。

ただ別に金がなくてもやりたいことはしたとなるから後悔はない,そう親がさせてくれたのだから別に親を恨んだりしない,必ずしも金があるからと何でもできるわけではないからだ
でも若い内に相続しているとさらに自分のやりたいことができるということはあった
高齢化社会の問題はこうして親の代が金をもっていても相続できない
それで若い世代ができることもできなくなるということはある
まず67歳で相続したとしても遅すぎるのである。
だから投資などで無駄にするのである。

これは個々人の家でもそうだが会社などでもそうである。若い人が何かしようとしてもできない,上が老人化して権力をもっているとできないのである。
やはり若い人でも権力をもてば何かできる,したいことができるのである。
でも権力が金でもなければ新しいことに挑戦できないのである。
67歳になって金をあるから何かしようとしてももうできないのである。
これも高齢化のマイナスの点である。つまり社会の新陳代謝ができないのである。

そうなるとどうなるのか?社会自体が停滞してゆく,変化に対応できない老人では社会を変革できないからである。
65歳以上の人が金融資産をかかえていることもそうである。
その人たちは貯金して長寿のリスクに備えるだけだとなる
その原因は人間は金をいくらもっていても減らしたくないのである。
老人の金は今は利子もつかないし増えないのである。
すると減るだけになると消費に回らないのである。
だから老人に貯蓄がかたよっているのは社会自体が停滞するのである。

確かに今の時代、50代でも40代でも孫の世代でも金がない,だから金をもっている老人が下の世代に金を回すと消費されるから景気が良くなるとういことはある
ただ消費の傾向が物からべつて物に変わっている,若い人が車をほしがらないとか安いのでもいいとかなる,消費するものが時代によって変わる
消費が非生産的な言葉だが消費は資本主義社会では生産的消費になるのである。
何か価値悪ことに金を使うことでありその価値を認めるから金を払うからである。
すると作る方でもそうした価値をあるものも作ろうとする売ろうとするからである。

でも長距離用の自転車を買いたいが高いとなると若者はそれを利用できるが金なくてできないとなると問題なのである。
メーカーが売りに出しても売れないとなるからだ
老人は長距離用の自転車を買わないとなるからだ
ただ長生きのリスクのために金を貯えているだけだとなるからだ
そうなると新しい製品を作ることもなくなりイノベーションもできないとなる
社会全体が高齢化で停滞してしまうのである。
それも高齢化社会で67歳で相続しているからともなる
自分もそうだが遅すぎたとなるのだ,もうその年になると消費できないのである。

タグ:老々相続

2018年04月16日

残る花(風荒く散る花)


残る花(風荒く散る花)

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この家の枝垂桜や庭に石建ちて四五年過ぎにけらしも

今しばし残れる花を惜しめども今日も風荒く散らしけるかな

朝よりし風の荒らしも残る花吹き散りにけり燕飛ぶかも

たちまちに花は散りにき風荒し残れる花も明日は散るらむ

残る花枝にゆれにつ風荒らし明日は散りなむあわれなるかな

一時の命惜しめど桜花夢と散りにき風の荒らしも

風に舞い散る花あわれ時はすぐ常なき世なり時はすぎゆく

あまたなる若き命の花と散る散りがたきを散りにけるかな

八重桜手折り仏壇にささげしとその女誰や土手の道かな

闇深くきらめき一つ春の星我が一人なれひそかに見ゆも


桜というときなぜか散る時は本当に美しいのである。だから散るときが最も印象的になるその華やかに散るということで戦争のとき若い人が死ぬとき桜にその命が託された
桜のように散り死ぬことは美しいことだとされたのである。
それは国家によってそうさせられたともなる
ただ桜というのは何かそうしてそう思わせるのである。
それは盛りと咲いてもたちまち散ってしまうからである。
その散るのが美しいからである。そこに桜の特徴があるからである。
ただ万葉集時代では山桜であり散るということがそれほど美しいものとは見ていない


吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな    源義家

桜が散るということで早い時期からその美は見いだされていた

何か今年は風が毎日のように吹いている,それが結構強いのである。
桜の咲くときの天候は毎年違っている,雨が多いときもあった
今年はなぜか風が強い,毎日吹いている
それが今年の桜の咲く天候だったのである。

それで今年は遠くに行っていない,近くの桜だけを見て終わったとなる
土手の道の桜は終わると八重桜が咲いている
仏壇にささげるには八重桜がにあっているとなる
ここの桜は川の土手の桜が美しい,でも河岸にはどこでも桜は今も咲いている
浪江でも小高でも河岸には桜は咲いている,桜並木がある
ただ相馬市にはない,やはり桜は桜並木となっていないと散るときでも華やかにならないここでは真野川の土手にしても十本くらいが成長した桜の木なのである。
だからそれほど見応えがある桜とはならない
ただ桜の季節も早くも終わったとなる

新しく建った家が多いがすでに枝垂桜が咲いている家は五年くらいすぎているのか?
いい石がありそこに枝垂れている桜がいい,やはり時間がすぎると何かそこに根を下ろすようになる,すると同じ桜でも違って見える
千年の都,京都の桜となるとこの辺とはまたその色合いが深く歴史を感じるのである。
桜には何かまた歴史を感じさせるのである。だから歴史のある場だとさらに映えるのである。

ただ桜は早く散るからいたるところに咲いていたとしても時期が短いから一部しか見れないのである。そこが残念なのである
今年は本当にすぐ近くの桜しか見ていないからである。
タグ:残る花

2018年04月17日

「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)


「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・

(原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

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仕事の相手としての生きもの(自然)との関係を意識していることです
それは近代化によって滅びてゆいくものの最たるものが自然だったからです

国益のために在所の人間と自然,人間と人間のつながりまで成長を求めるのはおかしい

農は食料を生産しているのではなく自然からの恵みをくりかえし引き出しているのに世間の人はわかっていない

農は過去から引き継いできたものを責任もって未来に引き継ぐことを重視しているのに
現代人は現世のことばかり考えている,それにこの継承は社会と共同責任を負うべきではないか

農は自然からの恵みの一部(食べ物)をカネに換えるが生き物,草花,風景など食べ物以外の恵みを繰り返し持続する限りにおいてそれをカネに換えることなく無償で国民に提供しているのに気づいてもらえない

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです


震災6年後にもどった故郷の景色 (ふるさとの秋(詩)

田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか? (田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


この本は自分の考えてと全部が一致していた,農本主義とかむずかしい思想のことではない、誰が読んでもわかりやすい,ほとんど知識が必要ないのである。
なぜこの本が手にとるようにわかったのはこの辺が現実にこの農が人間の基本となるものが原発事故で破壊されたからである。

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです

まさに現実としてこの辺はそうなったのである。今は避難区域になったところはそうなっている
でもそもそもこういうことは津浪や原発事故前から農民自身がそうした生活を嫌がっていたのである。金にならない農業などしたくないとなっていた
それで農業していた親から農業だけはやるなと殴られたという話を聞いた
その子供は原発とか建築現場で働くことになったのである。

そして今になって生業が奪われた補償しろとか抗議している,そもそも農にかかわる人達でも農を生業を大事にしていたかその価値を重視していたかとなるとないのである。
そもそも原発事故になる前にも農業をやめたいとなっていた,だから事故で補償金もらえればかえって都合いいとかまでなっていた
後継ぐ人もいないからこの際補償金をもらってやめた方がいいとなっていたのである。
すでに漁業で東電に政府に補償金をもらって海も売り渡していたことでもわかる
漁業も農業と同じであり金にならない,跡継ぎがないとかでやる人がいない
すると東電に補償金をもらって生計が成り立つ,船主などは特別補償されていて
原発御殿が建っていたのである。事故後も船主は格別であり補償金が海が汚染されたといっては抗議すれば確実に増額されてゆくのである。
だからいち早く新築の家を建てたのはと船主だったのである。

生業(なりわい)とは米の生産だけではなく,生活全般なのである。農業とういだけではない,昔の自給自足の生活はそうだった,納豆まで家で作っていたからである。
昔の農家は自給していて何かを買うということはまれだったのである。
だから何かしら絶えず料理するにでも水は井戸だし薪を燃料にしたり炭もそうだし自給自足を基本としていたのである。それが生業(なりわい)だった
そしてその生業を奪われたから補償しろと今になり農民でも叫んでいるのに違和感がある現実に何もすることなく仮設に住んだ人達はパチンコ通いだったのである。
それで回りから批判された,一部は仮設の前で畑を作っていた人はいた
ただほとんど毎日パチンコ屋通いであり昼間から酒飲んで何もすることがなくなったのである

生業より,金をくれ,一億円くれたら土地も生業もいらないよ

前からこうなっていたのである。生業といっても今は何かあいまいだからである。
原発事故でそれが補償金要求するのに見直されたのでありもともと一億円もらったら原発事故無くてもそういうものは価値がないから売り渡していたのである。
畑や田んぼがを道路になったり住宅地になって金になればいいと常に言われていたからである。

だからこの本で農本主義のことを熱く語るのは心から理解できる,でも肝心のその農にたづさわる人がそうだったのかというとそうではないのである
やはり農に関してはそれにたずさわる人だって田舎でも少ないし第一田舎に住んで農のことがわからない人が多いのである。
自分でも農業がわからないのである。ただ自分は自然と一体化するアイディンティティ化することを詩など書いてきてしてきた
それも農が基本にあって成り立つものでもあった

だからこの本で蛙でも雀でもなんでも自然と一体化して農があり農民にはそうした生き物への愛情があるというのには共感する
つまり農とは自然と密接に結びついているから自ずとそうなるのである。
生き物と蛙でもなんでも直接仕事の中で接するから愛情が自ずと生まれる
ペットでも犬でも猫でも直接接していると愛情が生まれる
なんか淋しいから猫を飼ってそれを経験したのである。
だから津浪や原発事故以後,蛙がいなくなり鷺もいなくなった
蛙の鳴き声も聞こえなくなったし鷺も飛んでいなかったのである。
そして蛙の鳴き声が夜空の星々に木霊したとき復興したなと感じたのである。

ケロケロケロ、田んぼがもどった、ケロケロケロ
俺たちはここに住む、俺たちの生きる場がもどった
ケロケロケロ、うれしいな、仲間ももどってきた
みんなで思い切り合唱だ
夜空には星が一杯輝きここが俺たちの生きる場だ


それは白鷺が五〇羽くらい近くの巣に集まった時もそうである。
蛙でも白鷺でも田んぼがあってそこに蛙などの生き物がいて生きることができていたのである。自然と密接に結びついているのが農なのである。それは漁業でもそうである。
そして一番美しい光景は人間の営みが自然の中にあり調和していることなのである。
それは農だけではない,例えば海を見てなにも見えないと淋しと思う
でも船が航行していると海も活きて見えるのである。
だから農だけが自然と調和するということではない,風力発電などは風の力で回り電気を起すとして自然と調和しているのかともなる
でも森とかには風力発電は調和しない,ソーラーパネルだってそうである。
科学技術はなんらか自然を破壊するものなのである。

そしてこの本の著者は放射能に汚染された米を食べるべきだという,それを食べることによって農が守られ共同体が守られるからだという,そういう観点から汚染された米を食べるということをしている人はいない
でも農が共同体を維持していたときその米を食べないことは維持できないことになるからだ,だから老人などは食べるべきなのである。
ここでは放射能に汚染されることよりそうした共同体の維持の方が大事だとしているのだそのことは飯館村などを見たらわかる,そこで学者が放射能の除染して田んぼの表面の土などをとる必要がなかったとして自ら飯館村にすみついたのである。
自分も飯館村の惨状を見たら愕然とした,土ははぎとられて田んぼも畑もない,ただ放射能に汚染された土のフレコンパッグとかソーラーパネル工場とかになる
景観が壊されたのにはがっかりしたのである。
飯館村はまさに生業(なりわい)が根こそぎ破壊されたのである。
山菜をとって暮らしていたのが普通だったし所得が低いが自然との共生がまだあったからである。
ただ今では補償金で村は二分されているし人はほとんど住んでいないのである。

なぜこれほど補償金のことしか原発事故以後話題にならないのか?
もっとどういう暮らしがあったのか語られるべきなのだが語られない
ただ生業を返せというがそれ以上に補償しろ金をよこせとかしかない
そもそもそんなに生業を大事にしていたのか,そこに価値を置いていたのか?
それ自体が疑問なのである。
やっぱりそんなことより金だよというのが農民が求めていたものだともなる
第一農民というが田舎で農業している人は一割にもみたない,農業のことを知らないのである。ただ都会と違うのは農業しなくても田んぼや畑がありそれを見ているから違っているのである。別に農業しなくてもそれで農業と結びついているのである。
だから津浪や原発事故以後田んぼがなくなったから田んぼがない田舎は田舎なのかと思ったのである。

いづれにしこの本は深く共感した本だった,自分の追及してきたことでもあったからである。だからさらに検討してゆくことにした

posted by 老鶯 at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年04月18日

小さな畑の効用 (荒地にしておくことよりはいい,金にならなくても)


小さな畑の効用

(荒地にしておくことよりはいい,金にならなくても)


小さな畑には自分は投資した,一〇万以上払った,肥料代とか種代とかこの前は道具を盗まれたとかいろいろあるのだ,鳥に野菜を食われたとかもありまず小さな畑をするだけで金がかかる,収穫してもらったものはほとんどないのである。

ではそんなものに投資してなになるのか?普通だったら銀行でも利益にならないものに投資しない,ではそれが全く無駄なものかとなるとそうではない
この辺では一時田畑が荒地化したのである。
今でも荒地化した所が多いのである。この小さな畑の回りも荒地化している
その荒地化していることが荒廃したものとなる

つまり農業は景観を作っているというときそうだった,その景観は田畑があって作られていたのである。その田畑がなくなるときそこは草茫々の荒地となる
ただ一時津浪でこの辺が原始の状態になった,湿地帯になったことには驚いた
八沢浦が元の入江にもどったのを見たときほど驚いたことはない
だからその入江を埋め立てて田んぼを作ったというとき実は自然の景観を破壊していたのである。
稲作も文明であり文明は自然を改造したりするから必ず景観も破壊するのである。

文明とはなんらかで自然に逆らうことなのである。
田んぼにしても湿地帯がある,森がある,自然のままだったらそのままだが開拓開墾して田んぼや畑にすればもともとあった自然は改造されてなくなるのである。
ただ農業は自然と深くかかわって成されるから第二の自然のように感じるのである。

小さな畑を維持することはそれは経済的効果としては利益を上げないのだから無駄だからするなともなる,そもそもその金を誰が出すのかとなる
利益にならないものをしているのは趣味だからである。
趣味でも自分が余裕があってしているのはいい,でも余裕がないのにできるのかとなる
でも経済的効果利益を上げなくてもこの世には有効なものがいくらでもある
第一景観でもそうだろう,景観自体が利益を産むということはないのである。
森だったら木材としてみればそこに利益があるが森自体が経済的効果を利益を上げることはできないのである。

でも森には癒しと景観をもたらす,そういう効果がある,でも利益にならないのである。でも最近資本主義がゆきづまり終わるということが盛んに言われる
それは投資先がない,投資してもうける先がなくなっているからだ
それで銀行で地銀でも利益う上げられないので追い詰められて詐欺まがいの投資信託をすすめている,それで自分も大損したとなる

投資先がないということやAIで人間の仕事がなくなるとか最近良く言われるのはやはりそうした資本主義が継続しても社会に大きな変化をもたらすのである。
スルガ銀行ではもうける先がなく何か不正して問題を引き起こした,借金させてアパート経営とかになる,もうもうける先,投資してもうけることができないのである。
だから今銀行は窮地にたたされているから危険なのである。
窮地にたたされれば人間でも会社でもなんでもするようになる,つまり余裕がない人間でも会社でも国でも危険状態になる

だから投資先がないというとき実は別にある,この辺では荒地化した土地を利用して畑にする,それは利益を産まないとしても一応収穫はあり役にたっているのである。
野菜が高いときはそれなりに役にたっていた
だから全く利益を産まないということではない
ともかく資本主義では利益を産まないものは金にならないものは全く無駄なものとされる芸術などでもそれが金にならないなら無駄なものとされる
その人間は無用なものとされ社会的に価値を認められないのである。

でも何かこれからは価値観が変わる,資本主義でもAI化で仕事がなくなりベーシックインカムのことが盛んに真面目に言われているのも不思議なのである。
ベーシックインカムになると一見無用と思われるものでも価値あるものを追及できる
金にならないものでも人間として価値あるものはいくらでもあるからだ
そういうものにむしろ価値が生まれる,ただ必ずしも金にはならない,利益にはならないただそれを認めるものがあれば価値があるとなる世界になる
そういう社会はイメージしにくい,でもそもそも人間の価値は多様であり金になるだけのものが価値とはならなかったのである。

オランダのチューリップバブルでもそうである。そんなものになぜ大金がつぎこまれたのか?これも投資先がなくなった結果なのである。
ただ一方でそんなのんきな社会が生まれるのかという疑問がある
貧困化している社会でそんな余裕があるのか?利益を上げなければ会社など成り立たないとかある
でもAIでもそうだが資本主義が終わりだというときもそうだが今価値観が変わる時代でそうなっているのだ

例えばこれも問題だが八沢浦を考えるとき自分はそこが田んぼであるより入江であった方が景観的に良かったともともとイメージしていたのである。
この辺はともかく荒い波が打ち寄せるだけの荒寥として海なのである。
でも津浪になって入江になったとききらきらと波が光り寄せていたのには驚いた
それはきれいな入江になっていた,古歌にここの入江を歌ったものが残っていたから本当にそうなったのである。
その時確かに死んだ人がいたのだからそんなことを言うのは余りにもひどいとはなった

これまでは米が生活の中心であり米なくしてはありえない世界だったのである。
でも米が減反政策でこれ以上いらないとなる世界は考えられなかったのである。
技術の発達とかで価値も変わってくるのである。
だから小さな畑でもそれが利益をあげなくても土地を活かすとういことでは無駄ではない,効用があるのだ

ともかくこういうことはなんかあまりにも現実離れしているとなるから実現しないともなる,でもベーシックインカムになれば今まで価値がないと思っていたものを追及できる社会になるかもしれない,すべて金にならないものは価値がないとされる社会だったからである。
つまり何か実用性ばかりを追及してきたのが文明だったのである。
むしろ今度は逆に非実用的なものに価値がでてくる,無用の用の時代にもなるのかとも思う
宗教だど禅宗になると瞑想と沈黙が修行である。それも人間的価値の追及なのである。
そういう社会もかつてはあったからである。
そういうものにただ沈黙して何もしないということはなまけものとして拒否される社会だった,資本主義は宗教からプロテスタントからはじまったというとき瞑想などはしない
積極的に働いて他者に奉仕するという思想からはじまった
その価値観が全世界に普及したのである。
どんなことでも勤労は善とされたのである。それがゆきすぎると資本主義は金儲けだけのものとなり害にもなるのである。

とにかく田畑というのは自然の一部でありそれは社会的効用を利益をあげなくても必要なものとして認識することはある,価値があるものとする
景観を維持するものとしてもある,だから利益を上げなくても必要だともなる
ただそうして維持するにも田畑でも労働が必要なのである。
だからその小さな畑すら維持できなくなる,その女性も年であり毎日腰がいたいといっているからいづれ維持できなくなる,この辺で田畑を原発事故以後やめたのは老人が田畑をしていてできなくなったからである。後継者もいないてからである。
前からそれは言われていた,漁業でもそうである。
だから原発事故だけの原因ではない,前から田畑を維持できなくなっていたのである。
それが事故後一挙に荒地化したのである。
現実に隣の畑は老人が這ってまでしていたのである。
家族が車にのせられてきて農作業していたのである,でも遂にやめて荒地化しているのである。こうして誰かが労働しないかぎり田畑は維持できないのである。
するとそこは荒地化してくるのである。景観も荒れたものとなるのである。

人間が平和に感じるのは自然と調和しているときである。

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この写真のように孫とばあちゃんが一緒に畑仕事をしている,これが本当に平和に感じるこの孫もこの畑を受け継ぐということで故郷の風景でも維持できるとなる
世代の継続が感じられるのである。
そういう風景がなくしたのが原発事故だったとなる

農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

これと同じことをここでも書いていたので共感したのである。




タグ:田畑の効用
posted by 老鶯 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連