2018年04月06日

発行元がわからない南相馬市時刻表(交通案内)


発行元がわからない南相馬市時刻表(交通案内)

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クリック拡大-鹿島の時刻も出ている
(鹿島の時刻も出ている)



この時刻表は新聞折り込みで配られていたという,だからこれを張っている店が原町にはある
でも不思議なのはこれを発行したのがどこなのかわからない
原町の商工会にも聞いた,市の方にも聞いた,JRにも聞いた
JRでは自分が鹿島の簡単な時刻表を作って置いたが駅舎内にはJRの許可ないと置けない
それは他のパンフレット類もそうであり撤去された
理由は文句とか聞かれると嫌だしJRの責任になるからだという
でもこの時刻表にくいてはJRは関知しないという
つまり勝手に配っても問題ないのである。
でも時刻が間違っていたりしたら苦情が来るかもしれないがその発行元がわからないからそれもしようがないのである。

この時刻表には鹿島の時刻表も付随して記してある,だから便利なものだから鹿島区にも配ってもいいものである。
でも鹿島区でこの時刻表を配っていない,見ていないからだ
そもそも新聞の折り込みでも配ると金がかかる
その金をどうして得たかというと回りに宣伝がありその宣伝した店とからもらって誰かが作ったのである。無料で誰かが配ったのではない
ただではそういうことを誰がしたのか?それが全くわからないから奇妙だとなる

こういうのは商工会とかがするのかと思っていたが違っていた,原町の商工会では全く関知していないしこの時刻表について知らないのである。
ともかくこういうものが鹿島区にも必要である。
これは別に鹿島区でも役に立つ,でも無料では配られない
原町区だけに配られたとなる
それは一般の人も新聞の折り込みで配られてもっているというからだ

時刻表ではいろいろ自分も作っていたから関心があった
今でも駅に時刻を見に来る人が必ずいるのである。
すると時刻表を欲しいという人は鹿島区に相当数いるのである。
だからこうして作ればいいと思う誰もしていない
それは原町のように金をだして宣伝に使うという人もいないからだともなる
会社とか店で金を出し合い作ったとものなるからだ
こういうのはやはり人口が多いとできるとなる
小規模だと店でも会社でも少ないからできないともなる










2018年04月07日

働くことは人助け-端(はた)を楽にすること (金だけが働く目的と化して荒廃した)


働くことは人助け-端(はた)を楽にすること

(金だけが働く目的と化して荒廃した)


働くとは端を楽にすることから生まれた言葉である。それは狭い範囲の生活,家族とかの範囲で生まれた言葉である。
一生懸命休みなく働いている家族がいれば楽にしたいということが自然な感情として沸き上がるからである。
人間は働くということはどういうことなのか?
それには様々な要因があるにしろ大きなものとして人助けがある
人を助けるために働くことが働くことの基本にある
資本主義が神に奉仕する修道院から人助けとしてはじまったことでもわかる
働くことは日本でもそうだが人を助ける為に働くことだったのである。

それがなぜただ金のために働くようになったのか?
働くことだけではないすべてが価値が金に換算される
自分が苦しいときこいつは弱っている金があるから金をこの時奪いばいいとしかなかいことを経験した,一見最初は人助けとかあったが後はなにもない
その理由は自分に来た人達はみんな金に困り追い詰められていたから人助けどころではない,金で窮しているから金をとることしか考えていなかった
最初から金をくれと来て本当にそうした人もいた

まず荷物をもつのでも何ももともとしたくないのである。
ただ金が欲しいとなる,その時軽い荷物でももってやるのにも相当な金を要求する
車をのせるにもなにするにもそうである。
自分が困っていても全く考慮しない,その余裕がないのである。
だからこういう人に助けてもらったら法外な金を要求される
車にのせてもらうにも何十万ともなることだってありうる
つまりただより高いものはないということを実感した
誰もただでもは無料では軽い荷物一つももってくれないのである。

現代社会はまさに働くことはすべてに金に換算して金にならなければ働かない社会である例えばここで病気で倒れている人がいるとしたらまず助けることが第一のはずである。
でもこの人が金をくれるとかなんとか考えていたら助けることはできないのである。
その後にお礼があったりするがまず最初はとにかく人を助けなければならないのである。そうしないと手遅れになるからである。

でも現実に弱者化したらその弱みにつけこんで金をとるチャンスとなっただけである。
ある人は「金をくれ」と言って家捜しして本当にそうした
ある人は「金でめんどうみろ」と言って狂気のようにして去った
ある人は「金をよこせ」と弱みにつけこんで要求した
借金しているからもう相手のことなど考えない,とにかくこの際チャンスだとなっただけである。

自分が体験したように今の社会は金によってモラルが崩壊したのである。
それが如実に現れたのは原発事故で避難区域になった所に住んだ人達である。
多額の補償金をもらった結果,それでもう故郷は捨てて他に家を建てたりあとはギャンブルで使っているだけだった
子供は親を捨てて残っているのは老人だけである。
子供は外では働いているが肝心の親がいる場所では働かないのである。
つまり親子の間でさえ金の方が優先されて人助けは放棄されたのである。

それは働くことが人助けだということを自覚していなかったからである。
ただ金をもうけることが金の為に働いているとなっていたからである。
現実に避難区域では誰かが働くことは人助けであるが働く人はいないのである。
若い人はみんな去ってしまって残されたのは働くことができないたすけてもちいたい老人がほとんどだとなってしまったのである。

人間が働くことが人助けだということを感じない社会がそうしたのかともなる
なぜなら原発避難民は仮設に住んでいても金があれば生活できる
その移り住んだ場所で助けてもらっているなど微塵も考えないからである。
むしろ地元の人達を金を使ってたすけてやっているんだと言っていたからである。
現実にそうであり金さえあればどこでも暮らせるし物も外部から入ってくるから
そうなる,そして補償金をもらえるから別に困ることはなかったのである。
もし移り住んだ所で食べ物がないからゆずってもらえませんかとかなったら別だったが今の社会は金さえあればどこでも暮らせるからそう感じないのである。
結果的には補償金をもらったら他で暮らす方がいいなり故郷に残されたのは老人だけだとなる

何かこの辺の問題は現代社会の矛盾とか荒廃がなんでも極端に現れた場所なのである。
自分に対してもそうだった,金をとればいい,金さえあればいい,人が弱っていれば金をとるチャンスだとしかなっていないのである。
弱肉強食の世界が資本主義社会でありそれが一番弱者にしわよせがきて過酷になる社会である。弱者は金のないものは資本主義社会では苦しめられるとすると人助けからはじまった修道院からはじまった資本主義とはまるで違ったものとなったのである。

では金がある者でももし弱者化して困ったとしても金だけを要求する社会である。
すると金があっても金を要求するだけだとしてたらとても人助けなどしないだろう
まず端(はた)を楽にさせてやりたいとかの動機がないからである。
金持ちなら金をとればいい,それ手っとり早くするには盗めばいいしかないから自分の場合はそうされたのである。
でももし働くことが人助けとしてあったなら後で感謝として金でも与えることになる
でもその前に金をとることしかないのである。
そういう社会に生きることは本当に索漠としている凍りつくような人間関係の中で生きているとうことにもなる

こういう社会に生きていればそんなあまちょろいことで生きていけるか,食うか食われるかの厳しい社会なのだ,人間社会はもともとそういうものだった,戦国時代もあり殺すか殺されるかの社会でもあった,そんな聖人のようなものを期待していては生きていけない働くことが人助けだと笑わせるなとかなる
それが一般的現実だともなっているし人間社会はそうだったともなる

でも一方ででは人助けが働くこととしてそれが本当に馬鹿げた損なことばかりなのか?
そうでもない,ビジネスでも実際は人助けから成り立っているのが多いのである。
人の為にならないことがどうして社会から受け入れられのかともなる
もし自分も弱った時,困ったとき助けてくれたら感謝するし金も与えていたのである。
その時はまず助けてもらうことであり金はあとで払うとなる
ところがます先に金をよこせ,金をもらおうというのが今の社会なのである。
金をももらってからしか何もしないのである。

現代社会資本主義社会の荒廃はこうして何かすべてがまず金であり人助けがビジネスの基本だということがなくなった,なぜ事業を起こした人が成功しなかったのか?
その原因はいろいろあるにしろその人にはまず人を助けるというかそういう気持ちが全くなかったのである。
金持ちから金をとればいいということではじめたのである。
その頭の中は金しかない,何か社会に貢献するという気持ちもなかったのである。
だから自分が弱り困ってたときでも金をとればいいしかないのである。
借金においつめられたからでもあるがもともと事業起すにもそういう考えしかなかったのである。
事業も弱者を食い物にするとか自分がもうければいいとか相手を犠牲にしてももうければいいとかで成り立つのか?
銀行でもそうである。銀行がもうかる投資信託を売りつけて客のことは二の次三の次である
それが一見いいようでも結果的に悪いものとしてはねかえってくることもある
別に投資でも客にもうけさせてくれれば悪いということもないのである。
ただ銀行が得することだけをすすめて客のことなど考えないから問題なのである。

いづれにしろ働くこととの荒廃がグローバルにも起きてきているから働くことの動機も荒廃しているからもう資本主義は弱肉強食の世界となり崩壊する
その一つの大きな要因として今や広域化したグローバル化した社会では誰のために働いてイいるかなどわからないからである。
地球の裏側から物が入りそんな人のために働いているのかとなる
つまり働くとは端を楽にすることでありそれは家族的なもの狭い範囲でこそ成り立っていた労働観だった,それがグローバル化したときもうとても人間的にはとらえられない経済株式資本主義となりそうなったともいえる
そこにはもう人間的なものを越えたなかでの取引でありそうしてその金がわずか数パーセントの人達に吸い上げられている社会である。
そういう社会はもう悪魔的なものでありとても人間的モラルなど通じなくなっていたのである。

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2018年04月08日

物神化はグローバル経済で極端化した (物と心は分離して人間的モラルは通じない)


物神化はグローバル経済で極端化した

(物と心は分離して人間的モラルは通じない)

価格と質が納得できるものであればその生産過程は基本的に問わないという態度に徹することが、この社会では最も効率的なのです。多くの人がそのように振舞う結果、商品が人と人とのどのようなかかわりを通じて生まれてきたものかは、人々の目には映りにくくなり・・・・・・・

物件化とは労働の疎外過程である。疎外とはよそよそしくなることであり,労働の疎外とは労働者が労働過程そのものから疎遠になることである

これはわかりやすい例ですね。お歳暮を贈るというのは、「お世話になっています」という気持ちの現われであり、「気持ちそれ自体」は目に見えません。贈られた物を、贈られた人が「これからもよろしくお願いします」という気持ちを物から読み取るものだと思います。気持ちが物として現れている、つまりこれは物象化だといえます。人間関係は目に見えませんが、それが物と物との関係になると、目に見えるのです

何か物神化などというとむずかしくなる,専門用語になるし法律でも同じである。
自分が追及している経済と社会学はそういうものではない
人間社会を解きあかすものとして学問を利用する,でもその学問がすべてを解決するわけではない,一手段なのである。
第一経済学ですべての社会を解明することなどできないからである。
マルクスでマルキシズムが宗教のようにドグマとなりイデオロギーになったことがその大きな間違いになったことを歴史が証明した
どんな学問でもそれは社会を見る一手段にすぎないのである。
マルキシズムが社会の矛盾とか不公正を解決するものとはなさなかったのは共産主義が中国のように最も格差社会になったことでも証明しているのである。
ただマルクスの見方はやはり現代社会を分析するとか何かそれが見事にあてはまるということでそれに心酔して宗教のようになったのである。

何か現実の資本主義社会でもグローバル化社会を見るときもマルクスの見方があてはまり見直されるのである。
べつにこうしたむずかしい専門的な学問でも卑近なものから読み解くこともできる
本来の人間と人間の関係が物と物との関係になり物を通してしか人間は交われない,
その間に貨幣が媒介するものとしてあり貨幣が神のようになってしまう
そこで人間そのものが疎外されるということは誰でも日頃の生活で感じているからだ
むずかしいことはわからないにしろそういう生活を日々しているから実感として社会は金で動いているとなる

物が商品があるとしてその物は人間が労働して生産するものでありその生産過程を知ることが無くただ物だけが現れ物を通してしか関係を築けないとなる
その物が一つのリンゴでもどういう過程で作られてきたのかはわからない
ただ商品の質だけを見ているというのは本当である。あとは値段である。
そこで消費者は厳格に見ている,でもそれがどうして作られてきたのかなどはには関心がないしまた知り得ようがないのである。

近くで小さな畑で野菜を作っている人はその生産する過程を苦労ばかりを言う
それはまさにスーパーとかの商品を売るのとは逆なものになっている
最近は道具を盗まれたとか毎日草むしりだとか鳥に食われたとか肥料代がかかるとかあるがそういうことは一切買う人は知らない
買う人は商品の品質と値段だけ見ているのである

「お世話になっています」という気持ちの現われであり、「気持ちそれ自体」は目に見えません

物には実は心も入っている,物と心を分離するのが西欧的である,東洋では日本では物とは日本語でモノとはモノが憑(つ)くとか物に心がつくのである。
物は単なる商品ではなく数値でもなく心がついたものとして流通していたともなる
それは狭い範囲での生活だったらそうなる,その物がどうして作られて得られるか目に見えるようにわかるからである。
近くの畑でとれたものを買ったりもらったりしたらそうである。
もともとそういう村とか狭い範囲で生活していれば物とは単なる物ではなくそれ提供する人のことを見えているから物と心の分離は起こらないのである。

江戸時代ならまだ狭い範囲だから物と心の分離は起こらない,でもそれが広域化する,日本全体でもさらにグローバル化すればもう物と心は分離して物だけが商品だけが入りそこで貨幣の力が増大するのである。
そもそも貨幣とはなぜ生まれたのか?
それは外部のものを買うために輸入するために貨幣が生まれというときそうである。
贅沢品を手にいれるとき貨幣が必要になり貨幣の力が増大する
だから一時日本でも宋銭が出回っていた時外国の物が輸入されてそれと同時に宋銭が日本に出回ったのである。どうしても外国の物を買うのには銭が必要になったということである。それまではそんなに貨幣は出回らないのである。
江戸時代辺りになると経済も広域化すると貨幣の力が大きくなってゆく

ともかく現代のグローバル経済ではもう心と物は分離している,だからモラルもなにもなくなる,貨幣のみが神のようになるというのはみんな日々の生活で実感している
すると遂に人間そのものも商品であり金として見るのである。
自分に接した人もそれしかない,こいつとつきあえばいくら金になるのだとかこいつが死ねば金が入るなとかこいつはいくら金を残すのかとかしか関心がないのである。
それは親子関係でもそうである。親子の関係すら金なしではありえないのである。

人を見る場合もいくら給料がもらえるのかとか金しかから見ないのである。
どんなふしだらな人間でも金のある者が消費者が王様になる社会である。
そしてグローバル化することは金をそれだけ価値あるものとするとき都合がいいのであるそれまでの価値は江戸時代だと社会的身分であり土地や山を所有するとかに価値があった貨幣がこれほどまでに価値あるものとはなっていなかったのである。
貨幣とは今では金貨でも鉱物でも作られていない,ただの紙なのである。
紙だから本当に紙屑になることもある,今はさらに紙すらなく金は数字になり数字として銀行に記録されているだけだとなる
そしてあらゆるものが債権化される,債権化することによりグローバルに売買することが容易になり世界が株式市場になった

でもそこには人間の心は通じない世界である。非情化された人間と人間のやりとりがないのである。金を貸すにしても直接金を貸せば相手のことをいろいろ考慮する
グローバル経済ではもうそこにはそうした人間の事情などいちいち見ていない
ただ非情な世界で莫大な金が債権が売買されているだけだとなる
だから数バーセントの人達がそのグローバル経済では富を独占するというのもそうである例えば小さな村とか狭い範囲で売買していたらそんな法外な利益をあげることはできないし富を得ることはできない,なぜなら富はとても一人の人間では作れないからである。
するとそんな富をもっているものは回りから責められる
それは田舎だと平等を追及されるからとてもそんな人は住むこともできないのである。
日本ではもともと村社会だからそうした桁外れの金持ちはいないし住めないのである。

グローバル経済はまず地域を破壊して国を破壊する,それでトランプとかはアメリカの富はアメリカ人にもどすべきだとなる,イギリスでもEUから離脱する
国はもう泣く泣く多国籍企業が世界を支配しているしてもう国はいならないとなる
そういう社会が成り立つのか?グローバル経済にもいい点はあるし否定はできないものがある,世界的競争で品質は向上する,鉄鋼でもそうである。
アメリカで鉄鋼輸入しないと粗悪な国内産のものを使うといいものはできないからであるそういうことはあってもグローバル経済は限界に来ている
なぜなら国内に住む人がグローバル経済で貧乏になってゆく,失業してゆくとなると国が衰退して成り立たなくなるからである。
経済とは苛烈な競争でありその競争に負ければ経済戦争に負ければ国は戦争に負けると同じになる、そうなるとアメリカは中国と経済戦争になりその後は本当に戦争になり勝敗を決めるとなる,最後の手段は軍隊であり軍事力で国の勝敗が決まるともなる

日本でも石油の輸入をアメリカにとめられたから戦争になったように北朝鮮でもそうであり経済戦争が先にありその後に本格的な人と人が殺し合う戦争になる
それだたけグローバル経済では経済戦争が戦争の引き金になる
そうなると戦争を未然に防ぐには経済戦争をしないことだともなる
つまりグローバル経済のいい点はあっても何らかのそこに制御するとか戦争にならないようなルールとかが必要になる
そんなことができないとなるとグローバル経済は限定したものとしてやめるべきだとなる世界的株式市場もやめるべきだともなる
なぜならいくら貿易は自由でグローバル経済がいいとしても戦争になるとなればもともこうもないからである。

いづれにしろ人間的なものを回復するには小地域経済とかを見直すべきだとなる
小国家の方がそうしやすいということもわかる,中国とかアメリカは巨大すぎるからである。それは恐竜のようになり最後は苛烈な経済戦争になり本当の戦争になりそれに世界もまきこまれてしまうから怖いのである。
要するに経済一点張りよりそれ意外のものの価値を見直すことだともなる
そんなに世界から輸入しなくても国内産でも満たされるとかの考え方である。
その小地域で血の通った見通しのきく情の通じる,心の通じる社会を目指すというのも選択なのである。
グローバル経済はそうして物と心が分離してモラルがなくなるのは当然なのである。
それはあまりにももう人間の手を離れた怪物的なものになっているのである。
だから恐慌というとき転変地異のように見る,でもそれはあくまでも人間が作り出した物であるから人間によって制御できるものなのだがもうできない
突然クラッシュが起こり経済でも壊滅状態になる,それが資本主義だとバブルとなるがグローバル経済ではあまりにも大きすぎるからそれが起きる
原発のように一旦そうなると制御できない,壊滅状態になる恐怖なのである。

今の社会はただマルクスの思想だけでは解明できない,それは文明的問題であり世界的に共通しているからである。
なぜ日本では孤独死とか無縁社会とか失踪社会とかなるのか,それも文明が発達した結果そうなる
人間との絆が震災で象徴されたがその絆もこの辺では補償金で分断されて金のためにそうなった
人間はもう番号であり株であり人間として見られていない,人間も無数の物として金として計算されるだけだとなる
民主主義などといっても現実は膨大な数で決まりそんなところで人間の一票によって何か存在感を示せないのである。
カルト教団でも人間を人間とみていない,ただ一票として見ているだけだから選挙の一票の頭数としてか見ていない
数を集めることにしか関心がないのである。
それは文明の問題ともなりマルクスの思想ではそれを経済の観点がわかりやすいように説いたから宗教のようになったのである。でもこうした文明の問題になるととてもマルクスの思想だけでは解決などできないのである。

人間は砂粒である
人間は数字である
人間は番号である。
人間が消えた後に
何も残らない
砂粒だけの砂漠だった
文明の都市は蜃気楼のように
砂漠に消えた
残ったのは何もない
砂粒の砂漠だけだった




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駅前の花壇の詩


駅前の花壇の詩

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駅前の花壇に二色のパンジー
黄色は外来者の来て
紫は内にいてその色濃くも待つ
出会い見送りて
120年の歴史を刻む駅舎かな
八重桜のなきしは淋しも

鹿島駅の歌壇は二つ整備された,黄色のパンジーは外部から遠くから来る人を象徴している,明るい花である。
一方で紫の花は内部にいて待つ花なのである。
それが対象的であり駅というのが外部のものと内部の者が交わる場になっているのである
こういうことは駅だからありえる,でも案内したのはセディティであり鹿島で一番にぎわっている常磐高速のSAである
そこにおみやげを一杯売っていると案内したのである。
その女性は車に乗せられてそこに行ったのである。
駅前ではおみやげは買いないからである。

鹿島駅の花壇は大きいしそれなりに映える,二カ所花壇ができたのもいい
それだけで何か駅でも明るくなる
ただ八重桜がみんな切られてないこきとは淋しいとなる
駅は何かわかったことは人が交われる場所なのである。
一時でもそうである。そういう場所は今はあまりないのである。
第一大きい駅になると人が交わる場所ではない,ただ通りすぎて行く場所だからである。だから小さい駅が人間的になる,つまり小さいということは何でも人間的なものにするのである。

現代の社会が何でもあまりにも大きすぎるのである。大きくなれば人間は群集と化して
数だけになる,でも田舎駅だと一人一人の人間になるということもある
ともかく自分は毎日一時であれ駅に寄っているのである。

タグ:駅前の花壇

2018年04月09日

余裕なき社会の危険 (余裕ある社会にするにはどうすればいいのか?)


余裕なき社会の危険

(余裕ある社会にするにはどうすればいいのか?)


人間の問題を考えると余裕がないということがいろいろな問題を起す
だから余裕ある社会にするにはどうするのかということが問題になる

経済的余裕
時間的余裕
空間的余裕

人間は余裕がないというとき一番は経済的余裕である。
金がないものは追い詰められると犯罪になる
明日食べるものがないとなれば人を殺してまでわずかの金を奪うために殺す
人間でも追い詰められた人間は怖いのである。
それはもう後先考えられない,善悪の問題でもない,なぜなら追い詰められているからである。

例えば借金している人も余裕がない人であり犯罪予備軍である。
確実に借金している人には犯罪する動機があるから警察では借金の有無を調べるのである格差社会がなぜ悪いかとなると経済的に余裕がない人が増えるから犯罪も増えるためである。
これは別に個々人の問題でもない,会社でも経済的余裕がないとどうなるか?
会社自体が追い詰められるから犯罪的になる,ブラックになる
銀行なども苦しくなり客にはもうからない投資信託をすすめる
自分の場合も明らかに株を投資信託に回されて失敗した
なぜなら営業する人が投資信託にそれを回したのは投資信託をすすめて契約するとノルマを果たすことになり銀行側にとって利益になるからである。
このノルマを課せられるということもまた営業する人を余裕のないものにしているのである。

だからそういう人が来ることは危険になる,余裕がないからである。
このように余裕がないということは犯罪にも結びつきやすいのである。
まず余裕がないということは相手のことを思いやることなど全くできない
頭が自分のこと自分の会社のことで一杯だからである。
その思いやることもできないということが実は危険なのである。
余裕がない人が来ることは危険なことなのである。

自分の所に来た人達はみんな余裕がない,金がない借金している,銀行でももうけられないから余裕がない,ノルマを課せられてなんとか投資信託でも自分たちの利益になるものをすすめる,すると客に対して余裕をもって接しられない,とにかく投資信託を契約させてノルマを果たすことしか考えないのである。
そこで判断の間違いが生じてくる,余裕がないことはそうして犯罪にもなり事故にもなる
経済的余裕についてはわかりやすいが時間的余裕となるとこれも危険になる
何かに追い詰められている人はまた時間的余裕ももていないのである。
早くノルマを果たそうとして余裕がない,余裕がないということは判断を誤るということである。
自分にしてもそうである。じっくり考えてから決めましょうとしていればこんなことはなかった,自分は別に時間の余裕がないわけではなかった
十分に考えて調べてからすれば良かったとなる
ただ金銭的に余裕資金だからしたとはなる

人間はまず学校からして余裕がない,絶えず勉強に追われる,強制的に追われる
学校では絶えず試験かあり試験に追われる,なにか自分でじっくり考えて勉強する余裕などないのである
それはあまりにも膨大な知識でありそれを消化できない,もうそうした余裕がもてない社会である。
何か一つのことに疑問をもったらそれをじっくり考える余裕もないのである。

自分は相当に時間的余裕だけはあった,何もしなくても良かった,だから時間をもてあましていたがそれもいつのまにかに消失した
時間と何もしないでもあっというまに消えるものだったのである。
だから時間は貴重だったと後で後悔する
ただ時間的余裕がないというこも危険であり判断を誤る
なぜならもう少し考えてから実行しましょうとならないからである。
ただいくら時間的余裕を言っても即断したりしなければならないことはある
だからその兼ね合いがむずかしいのである。

空間的余裕とかもある,それで荘子の教えに無用の用を教えたのである。
一区域だけでそこが有用なものとして必要であってもその回りに無用の空間が必要だということである。その無用の空間が有用の空間も活かされるのである。
都会にはこの無用の空間がなくびっしりと有用の空間で埋めつくされているから空間的にも余裕がない生活をしているのである。
それ自体が心に余裕がもていないのである。

ただ経済的余裕あるというときそれほどの金持ちでなくても貧乏でも余裕がある人はいるそれは普通の人にはむずかしい,やはりある程度の収入がないと今は余裕がもてない
でもみんなそんなに金持ちにすることはできないのである。
だから余裕をもつ生活をしようとするときある程度の収入でも余裕があるようにしないとならない,それは社会全体でもそうしないと余裕ある社会は作れないのである。
きりなく贅沢をしていればとても金持ちだって余裕がある生活はできないのである。

ともかくこの余裕をもつということは何をするにも意外と大事なものとなるが意識されない,まず余裕ない人と会うことはつきあうことは危険になる
それは銀行でも会社でもそうなる,そういう会社に勤めていれば個々人も余裕がないのである。
絶えずせかされるし客のために余裕をもって接することはできない
それは医療の分野とからゆる分野でそうである。
金にせかされ時間にせかされていれば患者に余裕をもって接することはできない
だから意外と余裕というのは人間生活で大事なものである。
余裕というとき現代は豊かな便利な生活しても余裕がない
絶えず金に追われ時間に追われ休むことがないのである。

金に余裕があり時間に余裕があり空間に余裕があるとき豊かな生活になるが文明はそうなっていないのである。
絶えず金に追われ時間に追われ空間的余裕も得られないのである。
そんなのんきなことを言っていたら生きてもいけないとなるというのもそうである。
お前みたいなのんきな生活がみんなできるわけではないともなる
自分の場合は学校というのはこうして常に試験とかみずからしたい勉強に追われるのが嫌だった,それが特殊な環境でそういう生活を送らなくても良かった
ただ社会からはずれた人生になったのである。そこにまた問題が生まれていたのである。

人生百年時代になるとこれは時間的余裕ある社会の実現なのかもしれない
人生50年だとしたら人生そのものが時間的に余裕がなくなるからだ
人生は60からだとなれば余裕が生まれる,60からでも学べるとか自分のやりたいことができるとかなれば余裕になる
長寿社会のいい点は時間的余裕ができたとことだとなる
成果を示すのは60からでも70からでもできるとなるからだ
長く生きることは様々なものに理解を深めることになるからだ
何するにも一つのことを理解するにも時間がかかるからである。
知識でもある一つのことに詳しくになるには時間がかかる
そしていくら天才でもあらゆることに詳しくなれないのはそれだけの時間がないからである。
何に時間を費やしたかで人生が決まるというときそうである。
何かに人間は時間を費やしてついきゅうしてゆけば詳しくなれる,専門家にもなれるからである。

四十里四方の大倉庫に芥子(けし)を充たし、 
百年毎に一粒づつ取り出して、 
つきない程の長期とするを 
『芥子劫』といっています。

これは時間の感覚を量で示している,でも砂時計などもそうである。
でも時間の感覚は時計のようにアナログでも秒針が動くことでもいろいろに現される
まずその頃一秒刻みの時間感覚などなかったのである。
江戸時代なら時間の感覚も大雑把であり自然のリズムにのっとていたのである。
文明により時計が生まれて時間の感覚は変えられて時間に時計に追われるようになったのである。

こういう時間の感覚ではインドとか中国の方がやはり大陸だけあって長大である。
時間の感覚がまるで違ったものとしてとらえていたからである。
仏教でも老荘思想でもそうである。そういう時間感覚が文明にはない
おそらく自然があり自然的生活をしていたから自然の時間感覚になり長い時間感覚になった,木でも成長するのに50年とかなりそういう生活はではその木が成長して利用するのは50年後になるとき次の代の人がその実りを得ることになるからだ
そういう時間の感覚になると生活そのものも一代だけでの生活でもって組み立てることができないのである。
自然の時間のリズムにあわせた社会になるのである。
江戸時代は職人でも十代もつづいたとかある,そういう社会は余裕があり安定していたともなりかえって余裕がある社会だったともなるのである。

いづれにしろ余裕がないということは様々な問題を引き起こすし犯罪になるから危険であり問題なのである,株なんかも余裕がない人はするなとなるのは当然である
だから格差社会でも余裕がない人が増えると危険な社会になるから問題なのである。
それでもそんなに経済的にみんな豊かにすることは不可能でありもう経済成長もない時代である。
だから経済的に余裕をもつ社会というとき別な観点から考える必要がある
贅沢していたらどんな豊かな国でも余裕がなくなるからだ
その兼ね合いがむずかしい,どうしたら余裕ある生活が収入が低くてもできるのかということが課題にもなる、みんなにそんなに金持ちにはできないとすると必然的にそうなるからだ
だからベーシックインカムなどが文明には必要になる
それも無理だともなるがそうしないといくら文明が発達しても余裕がない社会であり犯罪も増えるし人々は本当に精神的に豊かになれないからである。ベーシックインカムになれば犯罪は減るだろう
やはり最低限でも保証されるとういことがそうさせるのである。



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今年の桜の短歌など十首 (寒さの中で咲いた桜)


今年の桜の短歌など十首

(寒さの中で咲いた桜)

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イワヒバにエゾムラキツツジ散る
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若き人住みて春の灯ともるかな

薄物(羅)のカーテン越しに春の月

我が歩む廊下の広く春の月


北風に盛りの花やなお咲きぬ寒さもどりぬ遠くに行かじ

風強く盛りの花をゆすりけりなおし散らじもふるさとに見ゆ

花咲くも東風(こち)吹きはやも散りにけり惜しむまもなき花の命は

ふるさとに咲きにし花の盛りなり遠く行かじも花は咲くなり

残る人老人ばかりふるさとに盛りの花を見つ死なむとす

ふるさとに桜の木の根を我が見つつ盛りとなるや二代住みにき

いづこにも花は咲くべしすみつきて花となるべし時を待つべし

大坂城桜を見しはいつの日や季(とき)の移りははやかりしかも

イワヒバにムラサキツツジの花散りぬ季(とき)の移りに思わぬことあり

冬の日に石にイワヒバ我が庭に長くも見しもムラサキツツジ映ゆ

石の陰冬の貴婦人四五輪の咲きてひそけし今日も見ゆかな

我が庭に苔むす石やこの庭を作り年へぬ六年ほどかな

畑作る人のいいけり寒ければ土あたたまらず仕事遅れぬと

注-ムラサキツツジはエゾムラサキツツジです


今年はまた寒くなった,東風と北風が交互に吹くが昨日も今日も北風が吹きつけて寒い
だから自転車で出かけられない,冷たいし風に自転車は弱いからである。
だから今年は外に桜を見に行かない,ただ家にいるだけである。
介護はじめてから故郷から家から遠くへ出ない日がつづいた,そのつづきでもある

桜は別にどこでも咲いている,いつでもテレビなどでは同じ所を花見山とか写しているが桜は別にどこでも咲いているが紹介しないだけなのである。
このプログのインターネットの強みは紹介するのがテレビだけではなくなったことである実際は誰でも放送できるのである。
テレビで放送しないものは小さな地域でもどこでも無数にある
鹿島駅をテーマにして放送しているのもそうである。

他でも実はこうして定点観測して報告できるのがインターネットなのである。
ただ多くの人には見られないというだけなのである。
鹿島では真野川沿いの桜がいい,ただ成長した桜が見れるのは十本くらいである
あとはまだまだ成長していないからものたりないのである。
あれが成長したら真野川沿いの桜は見物である。
それを見るのはもう老人は見れないかもしれない,ただあと二〇年も生きれば見れるかもしれないとはなる
それだけ木の成長は遅いのである。

桜というとき花というときふるさとだと根を見て花を見るというのも違う,外では根まで見ていない,ただ桜の花だけを見ているのである。
自分はいつもそこを通るから根も見ているのである。
遠くに行かなくても本当は地元の花を見いだして見るべきだともなる
花を咲かせるべきだともなる,地元に花の盛りを見るべきだともなる
その花の盛りとはやはり住んでいる場所が栄えることだともなる
それが避難区域でも桜が咲いているがそれを見ているのは老人ばかりだとなる
春の灯がともるというときそこに若い人が住み着くと華やかにもなる
それがない原発の避難区域は淋しいとなる
世代が連続していないと社会が成り立たないのである。

冬の間は地味なイワヒバとか石ばかり見ていた
そこにエゾムラサキが咲いて散ったのもめずらしい
一時華やかな花で飾られた,この花は良く根付いて咲いたと思う
何かここは土地が悪いから根付かないし花が咲かないのである。
七年以上すぎるとやはり石も苔むしていた
それが時の移りである,何か石も時間とともに根付いて行く感じになる
それも人が住んでいなければどうにもならない
空家の庭は死んでいるのである。

ともかくまだ桜は盛りであり咲いているがまもなく散るだろう。

花咲くも東風(こち)吹きはやも散りにけり惜しむまもなき花の命は

この歌は戦死した若者を思うのにはいい,惜しむ暇もなく散ってしまったからである。
東風は海から吹くから特攻隊となり海に散ったともなる
今年の桜は寒さの中で咲いた桜だったとなる
この寒さは畑にも影響している,土の温度というのが大事なのである。畑とか田んぼでも土の温度とか水の温度も影響するのである。



2018年04月10日

橲原(じさばら)の春(桜)の写真の絵画化 (桜の俳句)


 橲原(じさばら)の春(桜)の写真の絵画化

(桜の俳句)

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小池の墓地
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ここの墓は明治時代のものである。
江戸時代から橲原(じさばら)はあったがその後のものである

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朝静か死者や安らかや花の影

朝映える桜に椿立目石

橲原に古木の影や蝶の舞ふ

朝の滝奥にひびきて山桜


二本の枝垂桜や橲原に我が来たりてまたよりぬかな

今日は風がそれほど吹かないので橲原(じさばら)の方に行った,途中小池の桜も見た
橲原(じさばら)は絵になる風景である。
ただ田んぼは荒れているのが淋しい,やはりそこに人間の営みがないと自然でも活きてこないのである。

橲原は鹿島の奥座敷である,水無し川をたどってゆき橲原渓谷から大古の奥まで流れをたどると神秘的なのである。
真野川にはそうしたものは感じない,ダムができたこともある
あそこは隠された景勝の地なのである。

人間は意外と身近なものはあまりに見慣れているからそこが特別なものと思えないのである。灯台下暗しでもある
でもよくよく見るとそこが絵になる風景であり趣あるものであることを発見する

フォトスケッチで写真を絵画化した,絵が描けないがこれで絵の感じがでる
画家だったらもっと良く描けるだろう
ともかく花はどこも盛りに咲いている
ただ風が強いし冷たいからなかなか出れなかったのである。

2018年04月11日

夕桜(相馬市に夕べ行く)


夕桜(相馬市に夕べ行く)

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朝桜太平洋や沖に船

夕桜散りてあわれや城下町

城の跡お掘りの暮れて花の屑

橲原や名も知れぬ墓落椿


立谷川夕べ桜の写しつつ町場橋にそしばしたたずむ


相馬市まで街道を行く,日立木の薬師堂は情緒あるポイントである
夕べ桜が立谷川に写っていた,町場橋という名もいい
それから城跡に行った,夜桜にはならない,夕桜だった
相馬市は何か墨絵のようなのである。
派手なものがないしんみりとしている街なのである
ただ外から来た人には城下町といっても城もないからものたりないとはなる

朝桜が咲いて太平洋が開けて見え船が行く,この時船がないて景色も活きてこない
人間の営みと自然がマッチしたとき最も美しくなるのである。
それで橲原(じさばら)でも田んぼが荒れている,人間の営みがない
すると何かそこには大きなものが欠けることになる

それを極端にしたのが原発事故の後の避難区域である。自然があっても人間の営みが喪失したから荒寥としたものになっているのだ

今年は東風でも冷たい,寒い,だからなかなか出かけられなかった,今度買った自転車は風にも強い,クロスバイクは小回りがきくし安全である。
この自転車は買って良かった

タグ:相馬市 夕桜

2018年04月12日

大坂城の桜(夕日と桜(続)


大坂城の桜(夕日と桜(続)


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大坂城散る花尽きじ赤々と夕日耀(かがよ)ふその一時かな

大坂城尽きず散る花一時の栄えのあれや夢と消えにき

大坂城栄は一時散る花の尽きじやあわれ夕日耀(かがよ)ふ

秀吉の栄華の日々の短しも夕日耀(かがよ)ひ散る桜花かな

秀吉の栄華も一時夢の跡花散る後に石垣のみうかも

散りやまぬ花にしあれや大阪城なお赤々と夕日耀(かがよ)ふ

盛りとて夕日に映えし桜花明日は散るらむ名残惜しみぬ

この身とて夢幻や盛りなる花も一時この世なるかな

栄なれ夕日に映えて桜花この一時を惜しみけるかな

いづこにも栄はあらむここに見ゆ夕日に染まる桜花かな

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大坂城夕陽に映えて門入れば静心なく花の散るかな

大坂城なほも花散りあましたる花に酔うかな夕陽落ちゆく

大坂城出入り尽きぬ花あまたなお散りにつつ日も暮れぬかも

大阪城難波の夢の蘇るその跡の大いなるかも花散りやまじ

大坂城栄いは遠くみちのくの雪に埋もれて春を待つかな





桜で一番印象に残っているのは大坂城の桜だった,夕日が輝き桜は尽きず散っていた
その光景は忘れずに今も浮かんでくる,それだけ印象的だった
なぜ西の方が桜が映えるのかといえばそこに歴史があるからだ
日本では最初に西が栄えたからそうなる
ただの桜ではなく歴史が織りなす桜でありそれが西にある
桜と共に西では歴史を偲ぶから感慨深いものになる

ただこの短歌はそのつづきだけどイメージしたのは相馬市に街道沿いにある一本の桜が夕日に染まるのを見て作った
あそこの桜は見事である。でも別に大阪城の桜とは関係ない
夕日に染まった桜を見て感じるものがあった
桜はいろんな場所に咲いていてそこに感じるものがある

桜の咲く期間は短いから桜は意外と見れないのである。遠くに行くにしても桜はその時散っていたりする、桜を咲くときに見るのは時間がないとできないのである。
自分は桜を西から東とみてまわった,ある時は西に行きみちのくに帰ると桜が遅く咲きはじめる,逆にみちのくの桜を見て西に行ったら散っていたとかなる
その桜前線が日にちがずれていることがまた日本では見物なのである。
実際に北海道の稚内では六月に桜が咲いていたからである。

桜前線の短歌

これだけ自分は暇だったとなる,しかし介護になり十年は旅はしていない
そのうち忘れるのだが大坂城の桜はわすれがたいのである。
あの夕日がなんともわすれがたいのである。それは普通の夕日ではない
やはり歴史を感じたからだともなるのか特別印象に残る夕日だったのである。




最後に不孝に終わる人間 (三人の母親の結末)


最後に不孝に終わる人間

(三人の母親の結末)

母の実家は複雑であり不孝である。一人の母親は母のママハハだった,それで母が言っていたのは弁当を作ってくれたが残したらそれを自分が作ったのは食べれないのかと怒り投げられたという,それも少女の時でありこれもひどいなと思っていた
でもその母親は老人ホームに入り最後は目が見えなくなり誰もみるものがなく母が最後にみて死んだ,遺体は病院で解剖することにしていて骨はひきとり墓に納めた
最後は悪かったなと言って死んだ

もう一人の母親はその実家で育ったが五歳のとき別れて母親は家を出て別な裕福な家に後妻に入った,そして認知症になりその前に五歳まで一緒にいた実の母親がその子供とあった,それで老人ホームに入った,金はもっていたからだ
ただ認知症になっているからわからなくなっていた,それで嫁いだ先の子供と金で争っていたのである。
そして前にも書いたがその子供は信じられないい女性になっていた
子供はすでに大きくなっていた,大学生とかになっていた
だからいくらそんなことがあっても普通の大人だと思っていたがそうではなかった
まず全然人間の情すらなくなっていたのである
その実の母親をみるにしても金だけであり母親などと思っていないのである。
だから最後にこの実の母親は不孝だなとつくづく思った
他人に世話になるより不孝である。何の愛情もないからである。
結局この実の母親は楽して最後は不孝になった
楽な道を選んだ結果として不孝になったのである。
自分は子供をおいて金持ちの後妻に入ったからである。
その後は子供とは関係していなかったのである。

ただこの女性についてわからないのは一番世話した三番目の母親がいたがその女性にもひどいしうちをしたのである。
そして自分の所に「ひどい娘だわ」と言い残してすぐ死んだのである。
この母親とは一番長く生活していた,ただ娘を言いなりにしていたのすごく反発するようになった,それはあってもそれだけ長く一緒にいて母親となっていたのだからそんなひどい仕打ちをする必要はなかったと思う
ただ自分の家とはもめていたからその女性についてはわからないしかかわらなかった
だから何か言えるものではないがそれにしても問題があるにしろそれだけ世話したのに
病気になってもなってもひどいしうちをした

そして自分の家にきてもそうだった,自分の家の場合はしかたないとは思った
「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみろ」と言って血相変えて去って行ったのには驚いたいうか言葉もなかった
非情化した人間になっていた,だから「ひどい娘だわ」というのはそのことでわかった
普通人間はひどいめにあうと非情になることはわかる
その女性はまず金銭的には何不自由なく育ったのである。
別に子供のとき両親に別れたという人もいるがそうでもない,三人の母親にかわいがられたのである。だから外から見ると複雑でもかわいそうだとも見えないのである。
ただその原因は嫁いだ夫にもあったのかもしれない,その辺は長い間交際がないのでわからなくなっていた,だから自分はとやかく言える立場ではない

とにかく「ひどい娘だわ」と言って死んだ一番世話した母親の無念はわかる
ただ最初はその母親が悪いとばかり思っていた,自分の家では疎遠になっていたしその人のことがわからなくなっていたからだ
だから娘の方については悪いとは思っていなかったのである。
その娘は非情化したというより凶暴な女性になっていたのである。
とにかく人間の変わりようには驚く,全く別人になる,ただ子供の時しか知らないから何とも言えないが人間はそんなに変わるものかと思う

いづれにしろ母の実家,兄弟も姉妹も全部死んだ,そして物語となった
それはまた教訓ともなるだろう
別にママハハでも子供に愛情をそそげば実の親と変わりないものとなる
それをしないから不孝になったともなる
実の母親でも愛情がないとするとただ自分の幸福だけを思い裕福な家に子供を捨てて楽したのだから今になって子供に世話になろうとしたことが間違いだった
ただ他に世話になる人がいないなということもあった
そしてただ金を求められるだけだとなったが本人は認知症になっていたのである。
それも悲惨である。

みんな人の一生をみると最後に総決算になり不孝になっている人が多いのだ
それはそれまでの人生の決算でカルマの決算でそうなる
そもそも死ぬということが人間にとってどんな人でも悲劇なのである。
悲しみのうちに人間は死ぬとなるからだ
だから最後はどんな人でもあわれな最後となる
人間の最後はみんな悲劇なのである。
人生も物語として終わるが歴史も物語である,history-storyなのである。

人間の一生がどうなるのか?それは死んだからわかる
それも死んでからそれなりの時がすぎると自ずと解明される
それは歴史でも同じなのである。歴史となるとさらに時間がかかる
今になって明治維新が問われるのもそうである。
実家のママハハが死んだのは実際は十数年前だったと思う
二〇年くらいすぎていたかもしれない

タグ:人間の最後