2018年04月01日

国家とは何か(2) (多国籍企業が国家を消滅させる?東電は国(クニ)を破壊した)


国家とは何か(2)

(多国籍企業が国家を消滅させる?東電は国(クニ)を破壊した)

トランプとアマゾンの対立の裏側にいったい何があるのか

ここのサイトは毎日読んでいる、一貫した主張があるから反対することがあっても読んでいる,何か主張するとき首尾一貫したものがないと訴えるものがなくなる
だから別に右でも左でも首尾一貫していることが大事なのである

ここでは多国籍企業が国家を消滅させる,それに反対しているのがトランプだから対立するとなる,アマゾンは世界中にあっても商売する国に税金を払わないと責める
そして多国籍企業はみなそうであり国家を越えて商売するから国家はもう消滅するという
それもそういうグローバル化経済の中で起きてきたことである。
国家の力が弱くなり多国籍企業が国家の役割をするともここでは主張している
ということは今国家とは何かがあらためて問われることになる

多国籍企業が国家の役割をになうことはできないと私は思う
企業とは車を作るとかいろいろな物を作り売るにしてもそれは全体から見れば一部のことである。
ただ宮城県のある町ではトヨタの部品など製造して半分が村の収入になる,するとトヨタ村になる,原発事故でわかったように浪江町でも双葉町でも大熊,富岡などその周辺の町は東電村のようになっていたのとにている
東電を多国籍企業として見ることもできるのである。

でも私の考えではそもそも国とは何かとなればそれはその土地の中で空間と時間の中で形成されたアイディンティティ化されたものである。
そこに多国籍企業が入り東電村と町になるのは人間の文化の破壊なのである。
結果的に原発事故で町とか村とかそのもの全体が破壊された,消失させられた
時間軸で築かれた歴史も消失した,代々受け継がれた土地でもそこは不毛の土地となり
先祖は見捨てられ荒地と化した

それは結局村でも町でも時間軸で形成された歴史がありそういうものが政府と一体化した東電によって破壊されたのである。
多国籍企業がまさに国家ではないが一地域の時間軸でアイディンティティ化された世界を一挙に破壊したのである。
それだけ一会社が多国籍企業も国家より大きなものとなり社会を支配する力をもったのが現代だとはなる

アメリカの軍需産業が巨大だから国家を左右する,武器をいくら作っても売れないとなれば戦争して消費してくれともなる怖さが多国籍企業が国家の代りになればそうなる
そこで国家とは何かということが問われているのである。
そのわかりやすい例として多国籍企業が国家の代わりをするとこの辺のように一旦事故が起きたら住むことさえできなくなる
それはあまりにも一企業の力が大きくなりすぎたからなのである。
政府自体がすでに電力会社の言うままであり電力会社の一部門のようになっていたのである。
政府の官僚や検察が天下り先として東電が有力なものとしてあった
それだけ東電は国並の力を持っていたのである。

国家というとき何なのか?経済だけから見たのが国家なのか?
地域から見ればその地域に積み重ねられた歴史がどこにでもある
だから国家の前は国(くに)が国家であり江戸時代になると藩が国になる
日本国とか日本人とは意識しにくい,そこに無理が生まれる
国を守ろうという時,国は江戸時代の藩のような単位でありそこで国意識がありお国訛りがありアイディンティティ化した社会に生きていたのである。

やまとはくにの まほろば たたなづく 青がき 山ごもれる 大和しうるはし 倭建命

くにのまほろば・・・というとき青山に囲まれた所を国として意識していたのである。
それは自然からイメージされた意識化された国である。
そもそもヤマトとは一地域の名前が日本国まで拡大したことでもわかる
国とは今の日本全国のようなものしとて意識されていないのである。
日本全国を国として意識することはむずかしいからである。

愛国心というとき日本全国から起きていない,倭建命(ヤマトタケル)でも国として意識したとき青がき山に囲まれた美しい場所を国として意識した
それは自然と結びついた国である。国家というと行政単位のようにも感じる
自然と自ずから形成されたのが自然村であり国(クニ))であり人工的に作られたのが国家だとなる
国家というとき経済力とか軍事力だけが国家として強調されるが自然村としての国としては意識されないのである。
多国籍企業からも自然の中に生きてきた人間は意識されないのである。
そしてそういうことをグローバルにおしすすめるとどうなるのか?
原発事故でこの辺が住めなくなって荒地化廃墟化したようになる
空間と時間軸で形成されたものが一挙に失うのである。

多国籍企業は現代に最近できたものであるが国の歴史はどこでも古い,民族の歴史も古いそれが一時的なものである多国籍企業が国家の代わりなどなりえないのである。
それは経済からしか世界を見ていないからである。
ダークネスでも株の世界からしか見てないなというふうに見る
国とは経済だけで成り立っているものではない,空間と時間軸で積み重ねられてきたものがある

一自動車会社とか薬会社とかIT会社とか何か現代に突出した生産力のある消費されるものでその国を席巻する,それが多国籍企業だとするとそういうものは国ではありえない
いくら大きくてもそういう一会社の社員として従属することがそこに命までかけることができなるのか?
戦争の是非があるがやはり命をかけてまで守るものが一企業にあるのか?
国には異論はあるが命をかけて守るとういことは以前としてある
もし多国籍企業が国の代わりになるなら国の歴史は否定される
ただ国家がなくて経済だけの世界になる
その時一番力をももつものは金だとなる,貨幣だとなる、それでユダヤ人が世界を支配するのだとか言う,またはイルミナティがそうしているのだともいう
国がなくなり世界を支配するのは経済だけを追及するのに都合がいいからである。

ともかく今や国家といっても企業の交渉役が政府だとかなる,企業の代弁するものが下僕になっているのが国家だとなる
だから国家とは何かとなれば経済力でありGDPであり軍事力とかになってしまう
中国でも共産党幹部が巨万の富を築いた,そしたらその人たちは多国籍企業と同じである国はもうけるためのものでありそこで貧民がいくらいようと関係ない,そういう人達が反乱したら国を脱出する,そのために財産を外国に移しておくとかなる
家族は子供はアメリカ国籍をとっておくとかなっているとしたらそういう人達は国などないのである。多国籍企業でただ利益をあげるものとしての国家なのである。

大和しうるわし・・・というときそういうふうに感じられるのが国である。
だから大都会東京などを国とは感じない,それは経済力だけの国なのである。
国の基は美しい自然がありそこに人間の営みが代々つづけられた場所だとなる
それを破壊するものは外国とは限らない,多国籍企業であり東電のような大企業でもあったことが原発事故で証明されたのである。




春の俳句十句(近辺を回る(続)


春の俳句十句(近辺を回る(続)

horsess123.JPG

koubaiiiimokuren.jpg

yanagiii4567.JPG

紅梅に鳥の飛びきてなお紅し

十羽ほどはや交差して燕来る

春草や馬駆け少女顔なでる

山に海春望一〇里里めぐる

里山に望む遠くや春景色

木の切られ根っこの残りスミレかな

芽吹きしも空家の庭や淋しかな

川の土手乳母車ゆくや春の雲

誰か住む柳に月や里古りぬ

我が家やなお我生きぬ春満月


紅梅に白木蓮の映えにつつ朝の日さして明るさの満つ

紅梅に鳥が飛んできてとまる,その時紅梅がさらに赤く映える,隣には白木蓮が咲いている,梅は散るも春の盛りである。
近くに牧場がある,その牧場は広い,この辺は野馬追いのために馬を飼っている
でも狭いのが多い,ここの牧場は広いから馬も気持ちいいと思う
その馬を少女がなでていたのである。馬と人間の交流がここにはある

近くの小高い山に登るとここでは山と海が見える,故郷とかどのくらいの広さなのか?
一〇里とすると四〇キロくらいの範囲なのか?
春の日に自転車でめぐってゆく,木が切られた小高い丘がありそこに上ると見晴らしがいい

近くに空家がありそれでも庭に芽吹く木がある,でも人が住んでいなと淋しいとなる
全国的に空家が多すぎるのである。
原発事故で避難区域になったところはまさに空家だらけなのだからあまりにも淋しいとなる
人が住んでいないといくら春となり芽吹いても活きてこないのである。

家族はいなくなったがなお我が家に自分は一人でいる,でもまたこれもいづれはいなくなる,まだ一人でも住んでいるからいいとなる
人間はつくづくいつまでもこの世にいないということを家族の死で本当に実感した
家族すらみんないなくなる,家もなくなる,そういう無常の世なのである。
いくらいようとしてもいられないのである。
結局仮りの住まいになる宿命である。








タグ: 紅梅

2018年04月02日

春の月(自分の一句の鑑賞)


春の月(自分の一句の鑑賞)

springmoon1122.jpg

春の月命ながらふ我が家かな

春の月我が家を照らしつくづくにながらふ命いとしむべしかな

二階から春の月が見える,満月である。
なんかそれが不思議である。
みんな家族が死んだのだから我が家ともいえない
家族というとき家というとき家という建物,ハウスではない
ホームという意味がある,ホームとは家のこと建物ではない
家族がいてなごむ愛し合う場である。
そこに安心がある

ただ家族にもいろいろ問題があり争いがある
ただそれでも家族は他人とは違い助け合うのである。
他者になると非情である,その非情を介護で体験した
自分の病気でも体験した
もう他人とは金しか関係ないのである。
だから弱者化したときこれ幸いと金を要求してきた
ある者は盗みある者は借金を要求しと責められただけである。

自分が二〇代では苦しんでいたけどその後は楽だった
したし楽はつづかない,人間には必ず苦がある
楽のままに終わる人がいないのである。
大金持ちに生まれたとしてもそうである
必ず苦しむようになっている
むしろ苦があり楽がある
苦がないとしたら楽もないとなる

自分が楽していられたのはこの我が家があり家族があったからである。
こんな生活を普通はできない,複雑な家庭でも自分は姉とかいて楽できたのである。
でも介護で苦しんだのもその楽があり苦があったからだとなる
人間は夫婦でも楽ばかり与えないのである。
必ずどっちか病気になったり何か困窮したりとある
それで人間そのものがリスクであり苦になる
それは生きている限り避けられないことなのである。

俳句というとき短いが鑑賞力が必要になる,芸術は鑑賞すること自体むずかしいのであるいろいすな解釈ができる,その解釈によっても見方が変わる
この句でも別に自分のことではない,病気になり入院して帰ってきてつくづく我が家にあり命ながらえたなとか解釈する
そういう解釈がわかりやすいだろう。
自分の複雑な家庭をしりえようがないからである。

ともかく命ながらえたなとつくづく思う,なぜなら自分は体が弱いからもう会社勤めでもできない,精神的にもそうだが体力的にもそうである。
だから三〇年間も家に隠者のように暮らしていたということが不思議になる
今はそういう人がニートとかいくらでもいるからめずらしくない
でも団塊の世代ではそういう人はまれだったからである。特殊な環境で自分はそうなったのである。

その人の一生を象徴して感じさせるものが俳句でもある
ただそれを読み込む鑑賞することがむずかしいのである。
俳句は短いから余計にそうであり鑑賞する力がないとありきたりのつまらないものとしてかたづけられる
つまり俳句は短くても奥深いものがある
ただあまりにも月並みも多く俳句は誰でも作れるから何か読み取ることもむずかしい
ただ俳句でも短歌でも何か他の文学と違って短いから鑑賞力が必要となる芸術である。
そのバックとなるものをよみとる力が必要なのである。
そうはいっても自分も他者の俳句をそんなに深く読んでいないのである。
自分のことだからこうして一句でも自ら書いているのである。

2018年04月03日

外国人観光客が増えた問題 (日本の情緒が破壊される)


外国人観光客が増えた問題

(日本の情緒が破壊される)

地域の住民にとって必ずしも歓迎されるものではない。はっきり言ってしまえば、観光客というのはそこに根ざして生活する人間にとっては、根源的に厄介者であり、迷惑以外の何ものでもないのである》

記事は、問題の原因が日本を訪れる観光客が多すぎる点にあるのではなく、「観光客が東京圏、関西圏といった大都市圏に集中しすぎている点」にあると指摘する。

通勤客で混み合う電車に大きな旅行バックを持った外国人が乗ったり、路線バスに大勢で乗ってきて病院へ向かうお年寄りが席に座れなかったりなど、日常生活と観光客との摩擦が起きています。


外国人がカプセルホテルに泊まるのが理解できる,日本はホテル代が高すぎる,自分は旅をして一番困ったのはホテル代だったからである。
カプセルホテルは地方にはない,すると地方の方が宿泊代は最低でもビジネスホテルでも五〇〇〇円以上かかる,すると宿泊代に金をとられて他にしたいことができないというのもわかる
交通費も日本は高いから移動するのは東京と大阪だというのもわかる

外国では安いホテルが多いことなのである。ホテルがそもそも多いのである。
パックパッカー用とかユースホステルも多い,そこは老人でも泊まっているし安いのである。
スイスなどホテルに泊まったら高くて旅行できない,そうしたパックパッカー用の宿が多い、ただなかなか外国人は慣れていないと泊まれないのである。
自分はパリの東駅におりて安宿を探した,やはりあったが泊まりにくかった
自分だけではないパリを旅行していた日本人の若者が夜まで安い宿を探し歩いていたのである。

パリにまで安宿探し落葉かな

こんな句にもなる,パリとか観光の都市でありヨーロッパは本当にホテルが多いし安宿も多い,だから観光しやすいのである。飛行機代とかかってもホテル代が安いと金持ちでなくても旅行できる,自分は50すぎてパックパッカーした
金が意外とかからないなと助かった,その時は自分は金の余裕がなかったからだ
つまり旅行で一番金のかかるのはホテル代だからである。
それで外国人が日本は特にホテル代が高いから若い人などはホテル代をまず安くしようとするのがわかる
ホテルは寝るだけの場所だとするのもわかる,日本では旅館だと食事つきとか何か高く設定されているのである。ただ泊まる場所として提供していないのである。
だからこそ民泊が生まれたのである。

ともかく旅と宿は深い関係がある,宿は旅情を作り出す,その点江戸時代の旅は宿場町があり人と人の交わり出会いがあり分かれがあり情緒があった
それは歩いて旅していたから余計にそうなった
車だったらそうした出会いとか分かれはないのである。
道を旅しないからそもそも分かれるという感じもなくなる
なぜなら分かれる道が分去りとして地名化しているからである。

京都で観光公害になるというのもわかる,京都に外国人が集中すればそうなる
なにか外人に見に来たのかとさえなるだろう。
嵯峨野辺りでも修学旅行生が来ていてうるさかった,それが外国人がおしかけたらさらにうるさいとなり情緒もなくなる
京都に住んでいる人の日常生活まで影響する,観光公害になるというのもわかる

ただ自分でも外国を旅行したとき慣れていないし貧乏旅行者だから迷惑をかけた
必ずどうしても外国では迷惑をかけやすいし観光客は異物になりやすいのである。
特に若い人のパックパッカーとかなるとそうである。
若い人その国の文化とか歴史とか情緒を楽しむというか学びに来るというのではないからだ,ラーメンだけを食べに来ている若者もいたからである。

東京と大阪に観光客が集中しているのも問題である,もっと地方に田舎に外国人を呼び込むべきだというのもわかる,ただ田舎は外国人に慣れていないし言葉もわからない
それで長野の白馬でおばちゃんが外国人とだきあって別れを惜しんでいた
英語も覚えたというしやはり生活するために必死になるとそうなる
でも実際は嫌なのである。沖縄でも実際は日本人が来ても迎えるばあちゃんは表面は歓迎しているが嫌だと言っていた
ただ金のためにそうしているだけなのである。

やはり外国人でも数が多すぎると問題が起きる,数の問題なのだろう。
情緒がなくなる,京都辺りだと着物姿の女性が歩むのににあう通りがある
でもそこを外人ががやがや歩いていたら情緒がなくなる
すでに情緒では日本はいたるところ失っている
若い人はやはり何か行動的であり情緒を楽しむということがしにくい
それは日本人でも同じである。
猪苗代湖でも静かな所があるが水上ボートの音が凄まじかった
それで情緒が破壊されるのである。
それは日本全国で起きていることである。

例えばそもそも現代ではそうした情緒は車社会で破壊されている
江戸時代のように歩いて旅していればその旅人は一つの絵になっていて広重の浮世絵のように残される,今はそうした情緒がそもそもなくなっているのである。
それに外国人が流入してくるとますます情緒はなくなる
何か自分は異常に情緒とか景観にこだわる
この辺は津浪や原発事故で土が大量にとられている,そこで土がとりだされたところがむき出しになっている
それをいつも見ているから嫌になる
そして八沢浦が元の美しい入江にもどったというときそこに住んでいる人にしかられたのは当然だった
そこでは津浪で死んだ子供を泥を掘り出して探していたからである。

ただ人間は意外と景観に無関心なのである。景観は金になるわけでもないからである。
森でも木材の資源としてみていて森全体があることを価値あるものと見ていないのであるだからこそヨーロッパでも森が消失してゆく,世界的にそうである
人間は何でも経済的観点からしか社会を見ない,でも情緒となると経済的観点からだけでは計り得ないものとしてある
その情緒がなくなればその価値もなくなり,京都などは古都でありそうなるのである。
だから今は旅行しないからいいと思った,旅行する気力もなくなったしまたあんなに外国人もいるのも嫌だなとも見るようになったからである。

京都なれ枝垂桜の優艷に夜もふけゆくや泊まる宿かな

京都はそこにいるだけで千年の都の中にいることになる,それは外人があれだけ多くなると情緒がなくなる
やはり数の問題であり限度があるということになる,観光都市ではあるがそこにも古都の生活があって成り立つ
でも寺でも観光収入で成り立つというのも実は批判がある
寺とは修行の場であり観光の場ではなかったからである。そこには本来の生活があって観光とは付随的にあるものが正常だからである。

posted by 老鶯 at 10:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

鹿島区真野川の岸辺の桜満開(俳句十句)


鹿島区真野川の岸辺の桜満開(俳句十句)

panoramasakura111.jpg
パノラマ-クリック拡大

mangawahhhhhhsss123.jpg

hanakageeee123.jpg

名もしれぬ霞める里も花盛り

花の影車椅子の女休むかな

春の日や今日も霞むや隠れ里

春の日や里の霞みて隠る石

我が家に貧者来たりて花雲り

燕来て旅人来たらむ我が街に

山中の小径を知りてスミレかな

足元にスミレや愛でぬ小さきもの

この道の行く人まれに花の影

この時を写真に撮るや花盛り



見わたせば、春日(かすが)の野辺(のへ)に、霞立ち、咲きにほへるは、桜花かも

今年は何か山でも霞んで見える,春は湿っぽくなるから霞がたつようになる
冬とはこの辺が景色でも変わる

春なれや名もなき山の朝霞 芭蕉

こういう感じである。この辺の山は高くない,隠れ里とかあり霞に隠れるのもいい
ただ人と交わると必ず問題が生まれる
貧者が来て常に金を要求される,田舎では資産がないと落ち着いた生活ができない
公務員とか銀行員とかは前は安定した職業であった
そういう職業がないと田舎では安定して暮らせないのである。
今や公務員でも原発事故後住民がいなくなったりしてもう成り立たなくなる
激務ともなりやめたいというのもわかる
何かそうして田舎では金銭的にも困る人が回りに影響する
都会だと目立たないが田舎では目立つのである
だから日本では狭い村で生活していたらとてもぜいたくな暮らしをできない
回りと合わせなければならないからである
そういう国がもともと日本だったのである。

写真をとるのもむずかしい,構図ができてとるがちょっとした違いでまるで違ったものになる,やはり遠景とアップで両方とればいいものがとれる
その辺がむずかしい,カメラもいいものではないとうまくとれない
写真は現代の芸術にもなった,写真の時代である。
これは別に絵を描けなくてもできるからいい
ただ人に見せるものとなると簡単には撮れないのである。

真野川の岸辺は散歩するにはいい,休む場ももうけられている
ただ桜の木は若い木であり桜はそれほどは見応えがない
一部が成長して古い桜である。そこは見物である
実際桜は日本全国いたるところに咲く,だから上野の桜は景色が良くない
あのような桜が日本の桜として紹介するのもどうかと思う
皇居辺りの桜だったら背景がいいから映える
やっぱりか背景が良くなければ桜も映えないのである。

桜はどこでも見れる,近くでも見ていない桜はいくらでもある
なかなか桜がどこに咲いているかわからないのである。
桜の名所というけど日本ではどこでも桜が咲くのだから名所に行かないでも桜は見れるのである。ただ吉野の桜とかなると別である
日本はこの季節が一番いいことは確かである。
ただ今は旅行しにくくなった,外国人が多すぎてホテルもとれないとかなると旅行しにくい,ずいぶん旅行したから近くの桜を見てるだけでもいいともなる
何か自転車で行くのも疲れるようになった

ともかくなんとかいい写真をとろうとしたがうまくいかない,霞む山がうまくとれない。ただこれからをは写真をとるにはいいシーズンである。

駅前に開業120年の花文字を作る (地区の人と駅長などが共同で作る)

駅前に開業120年の花文字を作る

(地区の人と駅長などが共同で作る)

stationspringg1234.JPG

stationnflower1112.JPG

駅前の花壇に黄色のパンジーや紫も見て電車待つかな


今日は駅長もきて駅前に新しい花壇を作っていた
地区の人と一緒に花壇作りをした
駅は鉄道だけのものではない地域が深くかかわっているのである。
あのように共同作業しているのを見ているとそうである。

鹿島駅が開業して120年とあり120と花で花文字を作った
120年となると長い,時々この駅舎を写真に撮りにくる人がいる
それも鉄道で来るのではなく車で来て写真だけを撮ってゆくのである。
この前は神戸から来た人であり遠い所からも来るのである。
でも鉄道で来なくては何か様にならないとなる

もう一つの前からある花壇には黄色のパンジーと紫のバンジーが咲いている
それでその花を見て電車を待つというのが鉄道の旅の楽しさなのである。
なぜなら必ず鉄道の旅は駅で待つ時間があるからだ
その待つ時間が人間的なものを作り出しているのである。

待つということが今はなかなかない,新幹線だともう待つ時間なく来る
その感覚に人間的時間がないのである。
旅すらならやはりこうして待つ時間を楽しむことである。
すると駅前とかに花壇があり花があればそれを見るからである

ただ残念なのは八重桜は一本も残らなかった,切られてしまったのである。
前は何本も咲いていたのである。それが残念である。
何か虫がついて飛んでくるとかで切ってしまったのである。
その八重桜もすでに思い出の中にあったものとなったのである。

何かこの辺ではそうして右田の松原も津浪でみんな消えたし一本松も枯れて切られた
思い出となるものが消えてゆく,ただそういう記憶は残っている
でもそこに木がなくなればこれからの人はその八重桜でも松でもなかったものとして生きるのである。

駅というのは120年もあればそこに実際はいろいろなことがあった
自分が無人駅で一年ほどボランティアのまねごとをしてもいろいろあったのだから120年の間にどれほどのことがここであったのか?
出会いがあり別れがありといろいろあった,集団就職列車もここから出た
第一その前にもいろいろあった,姉から聞いた話では仙台に買い出しに行ったということも聞いた,物不足でそうなっていたのかもしれない,原町駅は空襲された話を聞いた,そうした人間の営みが鉄道とともに駅と共にあった,ただ車時代になりそれが忘れられていったのである。

1893(明治30年)

4月3日:磐城線 原ノ町 - 中村間開業。原ノ町駅、鹿島駅開業。

故郷の駅の八重桜(詩) 思い出のある場所が故郷

2018年04月04日

浪江の人がアル中で入院する (浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)


浪江の人がアル中で入院する

(浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)

 東北会病院(仙台市青葉区)に8月から3カ月入院し、先日退院したばかり。52歳の時にアルコール依存症で入院した経験があるが、それ以降は断酒会に入って酒と縁を切っていた。眠っていた病を呼び覚ましたのは、震災による生活の激変だった。

 被災者を支援している「ふくしま心のケアセンター」によると、平成24年から26年までの間に約2万人からの相談があり、その多くが精神的に不安定な状態から身体に異常をきたす「身体症状」や、一時的なイライラ感など「気分・情動に関する症状」を訴えているという。


復興住宅に住んでいる浪江の人と良く合う,その人は陽気な人で大工をしていたという
いつも昼間から酒を飲んでいるので赤い顔をしている
大工をしていたがその道具も親戚の人にくれたとか言っていた
そして知っている浪江の人がアル中で入院したという

この辺でも原発避難者でも昼間から酒を飲みパチンコ屋通いでありギャンブルであり遊んでいる人が多かった,そのことに回りの人は不満だった
自分も介護など苦しんでいたのでそうだった
介護でも優先されたのは避難者だったからである。多額の補償金をもらえたことにも不満だった
それで鹿島と小高は仲が悪くなった,今でもそのことを尾をひいている
お前らずいぶん補償金をもらったのだからいい思いしたのだから今度は自分たちで町を復興させろとなる

男性はそうしてギャンブルとか酒を飲んでいたが女性はかえって仮設暮らしを楽しんでいた人達も多い,なぜなら長屋のような暮らしになり隣近所と親しくなって話するから女性はそれほどでもなかったのかもしれない,そして大金も入ったからほくほくだったということもあった
なにしろ毎日のようにボランティアが来てかわいそうだと応援していたからである。
だから自分たちはかわいそうであり支援されるべきものだという意識になった
だから鹿島とかで回りの人がなぜ支援しないのだと怒りになって分断されたのである。
それは今も尾をひいている

今度は浪江の人達が復興住宅に入った,だから良く浪江の人とあう,それも病人とか老人が多いのである。大工をしていた人も年であり大工をこの際やめたとかなる
浪江の人は帰らないというしではその後どうするのか?
結局補償金とかで暮らして帰らないとなるのか?
何か宙ぶらりんになっている,帰って復興してゆくんだという気持ちがない
たいがい帰らないとなっている,では移住先で何をするのか?
何もせず毎日酒を飲んでいるのか,そして入院してまた迷惑をかけるのかとなる

ただそういう人と接してではその回りの人はどう接していいのかわからないだろう
回りの人の目はあいつらはただ昼間から酒飲んで遊んでいるだけだと見られる
でも浪江は近いから車で通っている人もいる,その人は浪江に帰るためにそうしているのかもしれない,ともかくなにか宙ぶらりんな状態になっている

もし大工をしていた人がここでも大工をつづければ別に問題はない
でもそれができない,年でもあるとかできない,では何をするのだろう?
毎日昼間から酒を飲んであとはやはりパチンコ通いだとかなる
そういうことが回りから許されるのかとなる
もう7年も過ぎているしそんなことがいつまでだらだらつづくのかともなる
農業でも3年していないと体がなまりできなくなるという
もう7年も過ぎたら何もできないとなる
それは宮城県の津浪の被害者でも同じである。
アル中になって入院している

ただこれは退職後の人生が長くなり何もすることがない人が増えたのとにている
それが深刻になったのが津浪や原発被害者である
その解決方法は何かとなるとむずかしい,第一復興といっても浪江の人でもやる気がなくなっている,帰らないという人が多い,若い世代はもう別に暮らしがあるから帰らない
その間で宙ぶらりんになっている人達も多い
それも老人が多いのである。その大工さんは娘とかと一緒に住んでいるみたいだからまた違っている

そもそもではそういう津浪の被害者とか原発避難者とかと回りの人がどう接していいのかそれを現実に感じる,あなたはこうしなさいと言うことも簡単にできないだろう
現実問題としてはそういう生活をしている人を回りの人が受け入れことはないことは確かである。帰らないにしてもそうである。
そして小高の場合は南相馬市民だが浪江の場合はそうではない
だから復興住宅に住んでいる浪江の人が行政に不満を言っていたがそういうことも言えるのかときついことを言えばそうなる
そうした権利とかもあるのかとさえ言われるだろう

ただそもそも復興は誰がするのか?誰が主体になるのか?
そのことが自分には前から疑問だった,いくらなんだかんだと外野から言っても一体復興るのは誰なのか?
お前がなんだかんだいうならお前は復興の主体になれといってもなれない
何もできないからだまっていれという人もいた
それも確かである。だから自分は実際は何も言いたくない
でも小高でも南相馬市であり経済的負担とか市政として直接関係してくる
現実に鹿島に補償金を一時的市の財政から出すときそれに強く反対する原町の人がいたのである。それは同じ南相馬市民だからである。
では小高に今度は復興させるとしてやはり病院とか再開すると市の財政から金を出すことになる,そういう要求があるから無下にはできないのである。
同じ南相馬市民だからである。

結局この津浪被害でも原発事故とかでも回りを全体をまきこむものとなった
第一南相馬市に何千人という浪江町民がいることがそうである。
もう浪江町民だからと分けることもできない,一体となっているし生活でもそうである。つまり原発事故はこうして広い範囲の人をまきこむのである。
自分は30キロ圏外だから原発は関係ないと思っていたのである。
でも30キロでも40キロでも鹿島と相馬市でも実際の放射線量は変わらないのである。
それで相馬市の人は補償金をもらえないから不満なのである。

もう浪江町民だからどうのこうのというより福島県でもその被害にまきこまれている
でもその主体となるのは誰なのか?
肝心の浪江町民であれ飯館村民であれ村長は外に出て村の中では暮らしていない
孫でも学校ができても村外から通わせているのである。
ただいつまでもそうして宙ぶらりんな状態にいることができるのか
30パーセントはそういう状態にある,もう若い世代で帰らない人は帰らない
その人たちはかえってすっきりしている
故郷を捨てたとわれてもそれですっきりしているのである。
別に帰るとか帰らないとか悩む必要もないからである。
問題は宙ぶらりんになっている人達なのである。

復興住宅でも浪江町に住んでいれば別だが町外にありそれも復興しにくい状態にしているともかくそういう人達が現実に身近に暮らしているし関係せざるを得ないのである
ではどうしたらいいのかとなると回りの人でも困惑しているのである。
いつまでも昼間から酒飲んでぶらぶらしていては困るとなる
しかし実際はそういう状態がつづいているのである。

posted by 老鶯 at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

インパール作戦 補給なきコヒマの苦闘(NHK) (地理(川と山)を知らず敗北した)


インパール作戦 補給なきコヒマの苦闘(NHK)

(地理(川と山)を知らず敗北した)


chindowin.JPG
チンドウィン河

インパール作戦がなぜ無惨な残酷な敗北になったのか?
それを地理的な面から考察してみる,地理が戦争と深く関係していることは変わらないものだったからだ
日本人は地理を無視して無謀な進軍をしたのである。
まずチンドウイン川という大河がありこれは日本では見られない大河だったのである。
その大河を渡り2000メートル級の山岳地帯を上らねばならなかった
それで武器などを運ぶために牛を利用しようとした,4000頭の牛を用意して河を渡ろうとしたが流されたのである。そしてその山岳地帯で牛も疲弊して役にたたなかったのであるそして撤退するときもジャングルであり白骨街道というふうにバタバタ死んだのである。その死因はマラリアとか赤痢とかの病気になったためである。
暑さも天候も影響した,雨期になり河は増水して渡れなくなった
そしてその河を渡れずに日本へ帰れなかったと慰霊に行った日本人が語る

このことに興味をもったのは自分の姉がシンガボールで今のマレーシアのジョホールバルというところのイギリスの赤十字病院で4年間従軍看護婦として辛酸をなめた
ビルマ進行はシンガボールを昭南島を陥落させてイギリスから奪いとったことから始まっていたのである。
負けた原因は今になると明瞭である,まずロジステック,後方支援がない,食料もなにももたないでジャングルの山岳地帯に進行した,それで食べるものがなくて草を食べていた多くの人が餓死したのである。そこで自殺した人も多かった
その話はジョホールバルの病院でもあった,自殺しようとして飛び下りようとする兵士がいた,やはり傷が深くなれば絶望的になったのだろう。
姉もまた赤痢で苦しんだことを言っていた
この南方特有の病気で死んだ人が多かった
姉の場合は戦争が終わりるころジャングルに逃げて命をつないだのでそこが一番苦しんだのである。

こういうことがあったのだがただ戦争とか歴史を考えるとき自分が興味をもっているのは地理なのである。地政学なのである。
大河があり山岳がありジャングルがあり熱帯であり病気になり死ぬということはやはりまずあまりにもその地理もなにもわからないし後方支援もないのに精神力で突撃したことである。
日本軍の戦争は何かあまりにも無謀だったのである。
ただ負けたというときイギリス軍にはアメリカ軍が加担して後方支援をしていたからだともなる
イギリスとだけ戦うなら日本軍は勝ったのである。アメリカ軍が加わり負けになっていったのである。

自分は海外旅行して河に興味をもった,日本人は河のことを知らないのである。
長大な大河を知らない,それが島国で育ったものの弱点である。
地の利がなければ昔から戦いは敗れることになる,日本人は国内の戦争しか経験していないからだ
大陸の地理とか天候とか風土のことなど知らないのである。
それが致命的となりあまりにも悲惨な敗北となった
わからないのはなぜ日本軍はこんなに無謀な戦争を展開したのかということである。
中国でも西安とか砂漠の入り口のような所まで進軍していることに驚くのである。
そんなに大陸深く進行していったらどうなるのかも考えなかった
ただ無闇に突進して後先も返りみなかったのである。
一時シンガホールを陥落させたときは日本中が湧いたがそれも束の間だったのである。

日本人はやはり島国ということがあり大陸のことを地理でも天候でも風土でも知らなかったのである。だからなぜそれだけの無謀な戦争を大陸に展開したのか?
まず戦略などなかったのだろう,ただ無計画に進軍してゆく
何かそういうふうな無謀さはどこから生まれたのかともなる
上からの指揮でも過ちがあり多大な犠牲を強いたのである。
日本はやはり戦争が下手であり外国を島国だから知らないとういことから起きたのが第二次世界大戦の悲劇だったともなる

歴史をふりかえればローマでもライン河でさえぎられてゲルマン人の侵入できない壁となった,河は昔から自然の国境にもなっていたのである。
大陸には大河があり河の果たす役割が大きかった,それは戦争だけではないヨーロッパでも河は交通路でありそのために川沿いに港があり都市が発達してハンザ同盟とかできた
商人の連合国ができたのは大河がありその河が交通路となり道となるからそうなった
日本にはこうした大河がない,最上川くらいがその大河とにて同じ役割を果たしたとはなる

世界史というときこの地理を知らないと理解ができないのである。
ただ世界地理となるとそれを理解することは相当に現地を踏まないと実感しえないのである。世界になると自分はまだまだ理解できない
日本には大きな河がないということが世界の歴史でも理解できないことになる
ラインが父なる河としてドイツではありライン河があってそこから愛国心も起きているのである。

結局日本軍は山岳とジャングルと大河にはばまれ無惨の死体の山を築いた
そして河を渡れずに日本に帰ることができなかった
その時雨期で増水していたからである。そこでその骨を井戸に投げ入れたというのも無惨である。
どれほど日本に帰りたかったかその無念はあまりにも悲しいことである。
姉は船で日本に帰れたから良かった,でも死ぬ直前までジョホールバルで過ごした四年間が忘れられず語っていた,認知症になってもそのことは忘れずに語っていたのである。
それは本当に死ぬ間際までうなされるように語っていたのである。
いかにそれが忘れられないことだったかわかる,テレビで見た人も認知症になっていた
だから戦争のことも忘れていた,その人は生きる死ぬかの瀬戸際を生き残り帰ってきた
でも記憶もあいまいになり忘れていた,思い出せなくなっていた

日本兵河をわたれず力尽きあまた死して帰れざるかな

何か本当に無惨であり悲しいというかやるせないというかその報いもないというか余りにも悲惨がった,そこで死んだ人は若い人たちだったのである。
自分も海外旅行して日本に帰れなくなるのではないかと何度も思ったことがある。
海外旅行だとそういう気持ちになることがある
エジプト辺りで遂に帰れなくなりピラミッドにとじこめられるという不安もあった
何かそういう恐怖が海外旅行にはつきまとうことがある
戦争で外国で死んだ人はまさに永遠に帰れなくなったのである。
このドキュメントは何か生々しいものに感じた
戦争というときどうももう一つイメージしにくいからだ
やはり直接身内がいて聞いているから生々しいものに感じたとなる
それにしても今もそこで死んだ日本兵がさまよっているというのもわかる
あまりにも多くの人が死ぬと何かそうなる
津浪で死んだ人達でもそうである。以前として津浪でなくなった村の跡をさまよっているというのがわかる
インパール作戦で死んだ人達も日本に帰りたい帰りたいとその霊がさまよっているというのは実感するのである。


posted by 老鶯 at 23:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2018年04月05日

Jpanese style beauty(Japanese abstract beauty) in Kyoto


Japanese style beauty(Japanese abstract beauty) in Kyoto

torieee123.jpgtorieee12344.jpg

torieeee1.jpg
springmoon112244.jpg

kyotoooo11222.jpg

shrine123.jpg

japanesecolours.jpg
japanese paper
starvvvv123444556677889900.jpg
tone of color in spring
starvvvv1234445566778899.jpg

kyotocity11.jpg
pillarjjj.jpg



京都は千年つづいた日本の都である。水が街中を流れている
鳥居は日本の神社の象徴である。
京都に日本の文化が凝縮されている
大阪は経済都市であり東京は政治都市である
京都は文化都市である。日本の文化を知るには京都である。


Kyoto is the capital of Japan that has been a thousand years. Water is flowing through the city
Torii is a symbol of a Japanese shrinn Kyoto
Osaka is an economic city and Tokyo is a political city
Kyoto is a cultural city. It is Kyoe.
Japanese culture has been condensed ito to know the culture of Japan.

2018年04月06日

人間は生まれつきではない後天的に作られる (体も知能もモラルでも後天的に作られる)


人間は生まれつきではない後天的に作られる

(体も知能もモラルでも後天的に作られる)

人間の現在は時計の振り子の今のように無になってしまうことは絶対ない
それは心にも組織にも血液にも同時に記憶されている
人間は一生の出来事をすべて、器官にもまた体液にも精神にも刻みつけ
それをいだいて生きつづけているのである。
(「人間この未知なるもの」アレキシス、カレル)

この本はいい本である。人間は何でも先天的なもので作られるものではない,もちろん素質はある,だから天才は例外としなければならない、それは普通の人はまねることができないからである。
ただ普通の人でも精進してゆけば一角のものになれるということを目指す必要がある
それは体力と知能は別々のものではない,

器官にもまた体液にも精神にも刻みつけそれをいだいて生きつづけている

その人の一生が体に刻みつけられているというのである。
実際は体すら長い人生の中で作られてゆく,生まれつきのものはある
体力がある人とない人の差も大きいのである。
自分は体力がない,そのことが学校でうまくいかないことになった
体力と知力も関係しているからそうなる

その後なんとか体力をつけようと大学で体育会で武道を一年間したことで自信がついた,何か他の人にとっては楽なようでも自分の20代は苦しかった
それで30ころすでに60歳のようになり老成していたから老人になってもその風貌が変わらないのである。
なんらか自分は二十代でそれだけエネルギーを消耗したのである。

それから30以後は三食昼寝つきというか何の苦労もしていない,本当に楽な生活だったのである。その生活がエネルギーを回復させたのである。
例えば自分は体力がないから山に登ったがその後死ぬように疲れた,それで一週間とか眠りつづけるような状態になった,登山はそれだけ体力が必要なのである。
だから登山はあまりせず自転車旅行に切り換えたのである。

人間は一生の出来事をすべて体でも記憶しているというとき人間は生まれつきもあっても何かいろいろな経験をしてその出来事の中で会得してゆく
それは知識でも本からだけは得ることができない,実感というのは海外旅行でもそうだが実際に海外に行ってその地を踏まない限り理解できないのである。
百聞一見にしかずになる,そういう体験の結果として理解を深める

それから人生の行動でもそうである。一番経験するのが30まででありその間の経験で人間の方向と基礎が定まる,だからこの時期は本当は一番大事である
だからいろいろ人間がいても素質があっても環境に恵まれても金持ちの家に生まれても
青春時代を放蕩とかに費やしたらすべてだいなしになる
それが意外と怖いことでありのちのちまでそのことが尾をひくから怖いのである。

でも青春時代となると江戸時代でも人間のしていることは同じだったなとなる
旗本の若者が放蕩するとういか女をもてあそぶことなど良く映画になっているが
それが慶応大学でも東大でも一流大学でも同じことをしていた
女性をもてあそんでいたのである。レイプしたりしていた
そしてその親は社会の有力者だから金で解決したとか言われるのもにている
ただ侍の場合はモラルが厳しい,切腹させられることがある
そこが今とは違っていたのである。
人間していることは時代が変わっても変わらないのである。

ビジネスしている人でもチャンスは一回だけだとか言うとき人間の一生でそんなにチャンスは与えられない,一回のチャンスで決まることもある,長い人生だから一回くらい失敗してもどうってことないということもないと思う
でもチャンスはそんなに与えられないのである。
一つの出来事によって人間が決められる、そういう出来事は青春時代に起こる
30までに起こる,だから若い時神を求めよとなる,求道でも若い内しなかったらできないのである。
一番血気盛んなときにしないとできない,老人が求める宗教はまた別なのである。
慰めみたいなものだからである。

いづれにしろ体でも人によって相当な差がある,うらやましいのは生まれつき体力がある人になる,その差も大きい,知力にしてもそうである。
ただそれで全部人間が決まるのかというとそうでもない
体もその一生の間の生活で作られてゆく,できあがったものとして変わらないものでもない,いくら体力あるひとでも暴飲暴食ばかりしていたらだめになる
体の弱いひとでも節制して運動しているとそれなりに激しい運動はできなくても丈夫な体になりうる

何かわからないのだがなぜ自分は今になると若く見えるというのも不思議である。
それは自転車旅行をしたりしていたからである。それが習慣になり体が弱いのだが筋肉がついたりしていたのかもしれない,確かに今になると弱ってはいる
自分はどうしても長くは生きられない体に思っていた
ではなぜここまで生きられたのか?それは無理しなかったことなのである。
無理する生活をする必要がなかった,会社で無理に働かされることなどなかったからである。

なぜ今まで日本人でも長生きできなかったのかそれは相当に体力的にも無理していたし栄養もとれなかった,結果として早く死んでいたのである。
それは環境とか栄養とか病気を直せないとか様々な要因があり長生きできなかった
今になるとこれだけ世界的人生百年とかなっているのはそうした環境が改善されたからなのである。
百歳生きた自分の母は長生きの秘訣はなんですかと聞かれたら無理をしないことですと言っていた,自分の母親は本当に家から一歩も出ないで同じことの繰り返しの生活をしていた、無理はしないのである。
人間は無理をすると体に負担になりそれで早死にすることは確かである。
ただこうして30年間楽した結果として介護とかのカルマを背負うことになって苦しんだのである。
介護はエネルギーを消耗させるなとつくづく思った,何か旅行すらしたくないとか消耗したのである。

才能でも人間はいろいろな素質と才能をもってい生まれてくるがそれを活かしきれないのないのである。まず環境がそうである。
例えば音楽でも家にピアノがあり習える環境とそうでない環境では雲泥の差があるからだ音楽を追及するには音楽的環境が必要なのである。
それがものになるならないにしろピアノが家にあり常に触れている人とそうでない人の差はその環境で決まる,才能の前に環境だったともなる
楽器一つにしても覚えるのに手間だし時間がかかりすぎるのである。
そのうちに時間が消えてゆく飛んでゆきもう覚えられないとなるのである。

自分のしているパソコンのソフトの抽象画も不思議である。自分は本当に絵の才能が全くないのである。でも絵を描ければなと思っていた
それがパソコンの抽象画でそれなりに絵が創作できるということで開眼した
もちろんこれの評価はたいしたことはないともなる
でもアメリカ人の人が中心に30人くらい見ているかもしれない
ということはそれなりの評価がある,でなければ見ないだろ
抽象画大量に生産できるから,そうしてアクセスがつづいているのである。
これができたのはまさにart(技術)に左右されていたからである。
新しい技術が生まれて自分のような絵の才能がないのでも絵を描けたとなる
それはパソコンのソフトの習熟の結果できるものであり才能とは違うからである。
ただこれもパソコンが発明されないならできないことだったのである。

体も日頃の習慣で作られる

知能も日頃の鍛練で作られる

人生も体験で変わり作られる

人間は確かに謎である。運命も謎である。でもその運命も生まれつきがすべてではない
その謎はまた人間には神が関与するということもある
いくら才能があっても資質があっても天才でもそれが活かせる環境に時代に生まれなければ活かせないのである。
つまりそういうふうに才能でも資質でもなんでも活かせるのはまれだとなる
なぜなら戦争をとってもどれだけの有為な青年が無惨に大量に死んだかでもわかる
そういうふうに時代によってどうにもならないからである。
だから戦後は才能や資質を活かせる時代になっているが団塊の世代でも貧乏からはじまっているから自分のように恵まれて生きた人はそれほどないだろう。
だから環境が生まれつきより大事だともなるのである。


発行元がわからない南相馬市時刻表(交通案内)


発行元がわからない南相馬市時刻表(交通案内)

timetable234.jpg
クリック拡大-鹿島の時刻も出ている
(鹿島の時刻も出ている)



この時刻表は新聞折り込みで配られていたという,だからこれを張っている店が原町にはある
でも不思議なのはこれを発行したのがどこなのかわからない
原町の商工会にも聞いた,市の方にも聞いた,JRにも聞いた
JRでは自分が鹿島の簡単な時刻表を作って置いたが駅舎内にはJRの許可ないと置けない
それは他のパンフレット類もそうであり撤去された
理由は文句とか聞かれると嫌だしJRの責任になるからだという
でもこの時刻表にくいてはJRは関知しないという
つまり勝手に配っても問題ないのである。
でも時刻が間違っていたりしたら苦情が来るかもしれないがその発行元がわからないからそれもしようがないのである。

この時刻表には鹿島の時刻表も付随して記してある,だから便利なものだから鹿島区にも配ってもいいものである。
でも鹿島区でこの時刻表を配っていない,見ていないからだ
そもそも新聞の折り込みでも配ると金がかかる
その金をどうして得たかというと回りに宣伝がありその宣伝した店とからもらって誰かが作ったのである。無料で誰かが配ったのではない
ただではそういうことを誰がしたのか?それが全くわからないから奇妙だとなる

こういうのは商工会とかがするのかと思っていたが違っていた,原町の商工会では全く関知していないしこの時刻表について知らないのである。
ともかくこういうものが鹿島区にも必要である。
これは別に鹿島区でも役に立つ,でも無料では配られない
原町区だけに配られたとなる
それは一般の人も新聞の折り込みで配られてもっているというからだ

時刻表ではいろいろ自分も作っていたから関心があった
今でも駅に時刻を見に来る人が必ずいるのである。
すると時刻表を欲しいという人は鹿島区に相当数いるのである。
だからこうして作ればいいと思う誰もしていない
それは原町のように金をだして宣伝に使うという人もいないからだともなる
会社とか店で金を出し合い作ったとものなるからだ
こういうのはやはり人口が多いとできるとなる
小規模だと店でも会社でも少ないからできないともなる










2018年04月07日

働くことは人助け-端(はた)を楽にすること (金だけが働く目的と化して荒廃した)


働くことは人助け-端(はた)を楽にすること

(金だけが働く目的と化して荒廃した)


働くとは端を楽にすることから生まれた言葉である。それは狭い範囲の生活,家族とかの範囲で生まれた言葉である。
一生懸命休みなく働いている家族がいれば楽にしたいということが自然な感情として沸き上がるからである。
人間は働くということはどういうことなのか?
それには様々な要因があるにしろ大きなものとして人助けがある
人を助けるために働くことが働くことの基本にある
資本主義が神に奉仕する修道院から人助けとしてはじまったことでもわかる
働くことは日本でもそうだが人を助ける為に働くことだったのである。

それがなぜただ金のために働くようになったのか?
働くことだけではないすべてが価値が金に換算される
自分が苦しいときこいつは弱っている金があるから金をこの時奪いばいいとしかなかいことを経験した,一見最初は人助けとかあったが後はなにもない
その理由は自分に来た人達はみんな金に困り追い詰められていたから人助けどころではない,金で窮しているから金をとることしか考えていなかった
最初から金をくれと来て本当にそうした人もいた

まず荷物をもつのでも何ももともとしたくないのである。
ただ金が欲しいとなる,その時軽い荷物でももってやるのにも相当な金を要求する
車をのせるにもなにするにもそうである。
自分が困っていても全く考慮しない,その余裕がないのである。
だからこういう人に助けてもらったら法外な金を要求される
車にのせてもらうにも何十万ともなることだってありうる
つまりただより高いものはないということを実感した
誰もただでもは無料では軽い荷物一つももってくれないのである。

現代社会はまさに働くことはすべてに金に換算して金にならなければ働かない社会である例えばここで病気で倒れている人がいるとしたらまず助けることが第一のはずである。
でもこの人が金をくれるとかなんとか考えていたら助けることはできないのである。
その後にお礼があったりするがまず最初はとにかく人を助けなければならないのである。そうしないと手遅れになるからである。

でも現実に弱者化したらその弱みにつけこんで金をとるチャンスとなっただけである。
ある人は「金をくれ」と言って家捜しして本当にそうした
ある人は「金でめんどうみろ」と言って狂気のようにして去った
ある人は「金をよこせ」と弱みにつけこんで要求した
借金しているからもう相手のことなど考えない,とにかくこの際チャンスだとなっただけである。

自分が体験したように今の社会は金によってモラルが崩壊したのである。
それが如実に現れたのは原発事故で避難区域になった所に住んだ人達である。
多額の補償金をもらった結果,それでもう故郷は捨てて他に家を建てたりあとはギャンブルで使っているだけだった
子供は親を捨てて残っているのは老人だけである。
子供は外では働いているが肝心の親がいる場所では働かないのである。
つまり親子の間でさえ金の方が優先されて人助けは放棄されたのである。

それは働くことが人助けだということを自覚していなかったからである。
ただ金をもうけることが金の為に働いているとなっていたからである。
現実に避難区域では誰かが働くことは人助けであるが働く人はいないのである。
若い人はみんな去ってしまって残されたのは働くことができないたすけてもちいたい老人がほとんどだとなってしまったのである。

人間が働くことが人助けだということを感じない社会がそうしたのかともなる
なぜなら原発避難民は仮設に住んでいても金があれば生活できる
その移り住んだ場所で助けてもらっているなど微塵も考えないからである。
むしろ地元の人達を金を使ってたすけてやっているんだと言っていたからである。
現実にそうであり金さえあればどこでも暮らせるし物も外部から入ってくるから
そうなる,そして補償金をもらえるから別に困ることはなかったのである。
もし移り住んだ所で食べ物がないからゆずってもらえませんかとかなったら別だったが今の社会は金さえあればどこでも暮らせるからそう感じないのである。
結果的には補償金をもらったら他で暮らす方がいいなり故郷に残されたのは老人だけだとなる

何かこの辺の問題は現代社会の矛盾とか荒廃がなんでも極端に現れた場所なのである。
自分に対してもそうだった,金をとればいい,金さえあればいい,人が弱っていれば金をとるチャンスだとしかなっていないのである。
弱肉強食の世界が資本主義社会でありそれが一番弱者にしわよせがきて過酷になる社会である。弱者は金のないものは資本主義社会では苦しめられるとすると人助けからはじまった修道院からはじまった資本主義とはまるで違ったものとなったのである。

では金がある者でももし弱者化して困ったとしても金だけを要求する社会である。
すると金があっても金を要求するだけだとしてたらとても人助けなどしないだろう
まず端(はた)を楽にさせてやりたいとかの動機がないからである。
金持ちなら金をとればいい,それ手っとり早くするには盗めばいいしかないから自分の場合はそうされたのである。
でももし働くことが人助けとしてあったなら後で感謝として金でも与えることになる
でもその前に金をとることしかないのである。
そういう社会に生きることは本当に索漠としている凍りつくような人間関係の中で生きているとうことにもなる

こういう社会に生きていればそんなあまちょろいことで生きていけるか,食うか食われるかの厳しい社会なのだ,人間社会はもともとそういうものだった,戦国時代もあり殺すか殺されるかの社会でもあった,そんな聖人のようなものを期待していては生きていけない働くことが人助けだと笑わせるなとかなる
それが一般的現実だともなっているし人間社会はそうだったともなる

でも一方ででは人助けが働くこととしてそれが本当に馬鹿げた損なことばかりなのか?
そうでもない,ビジネスでも実際は人助けから成り立っているのが多いのである。
人の為にならないことがどうして社会から受け入れられのかともなる
もし自分も弱った時,困ったとき助けてくれたら感謝するし金も与えていたのである。
その時はまず助けてもらうことであり金はあとで払うとなる
ところがます先に金をよこせ,金をもらおうというのが今の社会なのである。
金をももらってからしか何もしないのである。

現代社会資本主義社会の荒廃はこうして何かすべてがまず金であり人助けがビジネスの基本だということがなくなった,なぜ事業を起こした人が成功しなかったのか?
その原因はいろいろあるにしろその人にはまず人を助けるというかそういう気持ちが全くなかったのである。
金持ちから金をとればいいということではじめたのである。
その頭の中は金しかない,何か社会に貢献するという気持ちもなかったのである。
だから自分が弱り困ってたときでも金をとればいいしかないのである。
借金においつめられたからでもあるがもともと事業起すにもそういう考えしかなかったのである。
事業も弱者を食い物にするとか自分がもうければいいとか相手を犠牲にしてももうければいいとかで成り立つのか?
銀行でもそうである。銀行がもうかる投資信託を売りつけて客のことは二の次三の次である
それが一見いいようでも結果的に悪いものとしてはねかえってくることもある
別に投資でも客にもうけさせてくれれば悪いということもないのである。
ただ銀行が得することだけをすすめて客のことなど考えないから問題なのである。

いづれにしろ働くこととの荒廃がグローバルにも起きてきているから働くことの動機も荒廃しているからもう資本主義は弱肉強食の世界となり崩壊する
その一つの大きな要因として今や広域化したグローバル化した社会では誰のために働いてイいるかなどわからないからである。
地球の裏側から物が入りそんな人のために働いているのかとなる
つまり働くとは端を楽にすることでありそれは家族的なもの狭い範囲でこそ成り立っていた労働観だった,それがグローバル化したときもうとても人間的にはとらえられない経済株式資本主義となりそうなったともいえる
そこにはもう人間的なものを越えたなかでの取引でありそうしてその金がわずか数パーセントの人達に吸い上げられている社会である。
そういう社会はもう悪魔的なものでありとても人間的モラルなど通じなくなっていたのである。

posted by 老鶯 at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年04月08日

物神化はグローバル経済で極端化した (物と心は分離して人間的モラルは通じない)


物神化はグローバル経済で極端化した

(物と心は分離して人間的モラルは通じない)

価格と質が納得できるものであればその生産過程は基本的に問わないという態度に徹することが、この社会では最も効率的なのです。多くの人がそのように振舞う結果、商品が人と人とのどのようなかかわりを通じて生まれてきたものかは、人々の目には映りにくくなり・・・・・・・

物件化とは労働の疎外過程である。疎外とはよそよそしくなることであり,労働の疎外とは労働者が労働過程そのものから疎遠になることである

これはわかりやすい例ですね。お歳暮を贈るというのは、「お世話になっています」という気持ちの現われであり、「気持ちそれ自体」は目に見えません。贈られた物を、贈られた人が「これからもよろしくお願いします」という気持ちを物から読み取るものだと思います。気持ちが物として現れている、つまりこれは物象化だといえます。人間関係は目に見えませんが、それが物と物との関係になると、目に見えるのです

何か物神化などというとむずかしくなる,専門用語になるし法律でも同じである。
自分が追及している経済と社会学はそういうものではない
人間社会を解きあかすものとして学問を利用する,でもその学問がすべてを解決するわけではない,一手段なのである。
第一経済学ですべての社会を解明することなどできないからである。
マルクスでマルキシズムが宗教のようにドグマとなりイデオロギーになったことがその大きな間違いになったことを歴史が証明した
どんな学問でもそれは社会を見る一手段にすぎないのである。
マルキシズムが社会の矛盾とか不公正を解決するものとはなさなかったのは共産主義が中国のように最も格差社会になったことでも証明しているのである。
ただマルクスの見方はやはり現代社会を分析するとか何かそれが見事にあてはまるということでそれに心酔して宗教のようになったのである。

何か現実の資本主義社会でもグローバル化社会を見るときもマルクスの見方があてはまり見直されるのである。
べつにこうしたむずかしい専門的な学問でも卑近なものから読み解くこともできる
本来の人間と人間の関係が物と物との関係になり物を通してしか人間は交われない,
その間に貨幣が媒介するものとしてあり貨幣が神のようになってしまう
そこで人間そのものが疎外されるということは誰でも日頃の生活で感じているからだ
むずかしいことはわからないにしろそういう生活を日々しているから実感として社会は金で動いているとなる

物が商品があるとしてその物は人間が労働して生産するものでありその生産過程を知ることが無くただ物だけが現れ物を通してしか関係を築けないとなる
その物が一つのリンゴでもどういう過程で作られてきたのかはわからない
ただ商品の質だけを見ているというのは本当である。あとは値段である。
そこで消費者は厳格に見ている,でもそれがどうして作られてきたのかなどはには関心がないしまた知り得ようがないのである。

近くで小さな畑で野菜を作っている人はその生産する過程を苦労ばかりを言う
それはまさにスーパーとかの商品を売るのとは逆なものになっている
最近は道具を盗まれたとか毎日草むしりだとか鳥に食われたとか肥料代がかかるとかあるがそういうことは一切買う人は知らない
買う人は商品の品質と値段だけ見ているのである

「お世話になっています」という気持ちの現われであり、「気持ちそれ自体」は目に見えません

物には実は心も入っている,物と心を分離するのが西欧的である,東洋では日本では物とは日本語でモノとはモノが憑(つ)くとか物に心がつくのである。
物は単なる商品ではなく数値でもなく心がついたものとして流通していたともなる
それは狭い範囲での生活だったらそうなる,その物がどうして作られて得られるか目に見えるようにわかるからである。
近くの畑でとれたものを買ったりもらったりしたらそうである。
もともとそういう村とか狭い範囲で生活していれば物とは単なる物ではなくそれ提供する人のことを見えているから物と心の分離は起こらないのである。

江戸時代ならまだ狭い範囲だから物と心の分離は起こらない,でもそれが広域化する,日本全体でもさらにグローバル化すればもう物と心は分離して物だけが商品だけが入りそこで貨幣の力が増大するのである。
そもそも貨幣とはなぜ生まれたのか?
それは外部のものを買うために輸入するために貨幣が生まれというときそうである。
贅沢品を手にいれるとき貨幣が必要になり貨幣の力が増大する
だから一時日本でも宋銭が出回っていた時外国の物が輸入されてそれと同時に宋銭が日本に出回ったのである。どうしても外国の物を買うのには銭が必要になったということである。それまではそんなに貨幣は出回らないのである。
江戸時代辺りになると経済も広域化すると貨幣の力が大きくなってゆく

ともかく現代のグローバル経済ではもう心と物は分離している,だからモラルもなにもなくなる,貨幣のみが神のようになるというのはみんな日々の生活で実感している
すると遂に人間そのものも商品であり金として見るのである。
自分に接した人もそれしかない,こいつとつきあえばいくら金になるのだとかこいつが死ねば金が入るなとかこいつはいくら金を残すのかとかしか関心がないのである。
それは親子関係でもそうである。親子の関係すら金なしではありえないのである。

人を見る場合もいくら給料がもらえるのかとか金しかから見ないのである。
どんなふしだらな人間でも金のある者が消費者が王様になる社会である。
そしてグローバル化することは金をそれだけ価値あるものとするとき都合がいいのであるそれまでの価値は江戸時代だと社会的身分であり土地や山を所有するとかに価値があった貨幣がこれほどまでに価値あるものとはなっていなかったのである。
貨幣とは今では金貨でも鉱物でも作られていない,ただの紙なのである。
紙だから本当に紙屑になることもある,今はさらに紙すらなく金は数字になり数字として銀行に記録されているだけだとなる
そしてあらゆるものが債権化される,債権化することによりグローバルに売買することが容易になり世界が株式市場になった

でもそこには人間の心は通じない世界である。非情化された人間と人間のやりとりがないのである。金を貸すにしても直接金を貸せば相手のことをいろいろ考慮する
グローバル経済ではもうそこにはそうした人間の事情などいちいち見ていない
ただ非情な世界で莫大な金が債権が売買されているだけだとなる
だから数バーセントの人達がそのグローバル経済では富を独占するというのもそうである例えば小さな村とか狭い範囲で売買していたらそんな法外な利益をあげることはできないし富を得ることはできない,なぜなら富はとても一人の人間では作れないからである。
するとそんな富をもっているものは回りから責められる
それは田舎だと平等を追及されるからとてもそんな人は住むこともできないのである。
日本ではもともと村社会だからそうした桁外れの金持ちはいないし住めないのである。

グローバル経済はまず地域を破壊して国を破壊する,それでトランプとかはアメリカの富はアメリカ人にもどすべきだとなる,イギリスでもEUから離脱する
国はもう泣く泣く多国籍企業が世界を支配しているしてもう国はいならないとなる
そういう社会が成り立つのか?グローバル経済にもいい点はあるし否定はできないものがある,世界的競争で品質は向上する,鉄鋼でもそうである。
アメリカで鉄鋼輸入しないと粗悪な国内産のものを使うといいものはできないからであるそういうことはあってもグローバル経済は限界に来ている
なぜなら国内に住む人がグローバル経済で貧乏になってゆく,失業してゆくとなると国が衰退して成り立たなくなるからである。
経済とは苛烈な競争でありその競争に負ければ経済戦争に負ければ国は戦争に負けると同じになる、そうなるとアメリカは中国と経済戦争になりその後は本当に戦争になり勝敗を決めるとなる,最後の手段は軍隊であり軍事力で国の勝敗が決まるともなる

日本でも石油の輸入をアメリカにとめられたから戦争になったように北朝鮮でもそうであり経済戦争が先にありその後に本格的な人と人が殺し合う戦争になる
それだたけグローバル経済では経済戦争が戦争の引き金になる
そうなると戦争を未然に防ぐには経済戦争をしないことだともなる
つまりグローバル経済のいい点はあっても何らかのそこに制御するとか戦争にならないようなルールとかが必要になる
そんなことができないとなるとグローバル経済は限定したものとしてやめるべきだとなる世界的株式市場もやめるべきだともなる
なぜならいくら貿易は自由でグローバル経済がいいとしても戦争になるとなればもともこうもないからである。

いづれにしろ人間的なものを回復するには小地域経済とかを見直すべきだとなる
小国家の方がそうしやすいということもわかる,中国とかアメリカは巨大すぎるからである。それは恐竜のようになり最後は苛烈な経済戦争になり本当の戦争になりそれに世界もまきこまれてしまうから怖いのである。
要するに経済一点張りよりそれ意外のものの価値を見直すことだともなる
そんなに世界から輸入しなくても国内産でも満たされるとかの考え方である。
その小地域で血の通った見通しのきく情の通じる,心の通じる社会を目指すというのも選択なのである。
グローバル経済はそうして物と心が分離してモラルがなくなるのは当然なのである。
それはあまりにももう人間の手を離れた怪物的なものになっているのである。
だから恐慌というとき転変地異のように見る,でもそれはあくまでも人間が作り出した物であるから人間によって制御できるものなのだがもうできない
突然クラッシュが起こり経済でも壊滅状態になる,それが資本主義だとバブルとなるがグローバル経済ではあまりにも大きすぎるからそれが起きる
原発のように一旦そうなると制御できない,壊滅状態になる恐怖なのである。

今の社会はただマルクスの思想だけでは解明できない,それは文明的問題であり世界的に共通しているからである。
なぜ日本では孤独死とか無縁社会とか失踪社会とかなるのか,それも文明が発達した結果そうなる
人間との絆が震災で象徴されたがその絆もこの辺では補償金で分断されて金のためにそうなった
人間はもう番号であり株であり人間として見られていない,人間も無数の物として金として計算されるだけだとなる
民主主義などといっても現実は膨大な数で決まりそんなところで人間の一票によって何か存在感を示せないのである。
カルト教団でも人間を人間とみていない,ただ一票として見ているだけだから選挙の一票の頭数としてか見ていない
数を集めることにしか関心がないのである。
それは文明の問題ともなりマルクスの思想ではそれを経済の観点がわかりやすいように説いたから宗教のようになったのである。でもこうした文明の問題になるととてもマルクスの思想だけでは解決などできないのである。

人間は砂粒である
人間は数字である
人間は番号である。
人間が消えた後に
何も残らない
砂粒だけの砂漠だった
文明の都市は蜃気楼のように
砂漠に消えた
残ったのは何もない
砂粒の砂漠だけだった




posted by 老鶯 at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

駅前の花壇の詩


駅前の花壇の詩

stationnflower1112.JPG

駅前の花壇に二色のパンジー
黄色は外来者の来て
紫は内にいてその色濃くも待つ
出会い見送りて
120年の歴史を刻む駅舎かな
八重桜のなきしは淋しも

鹿島駅の歌壇は二つ整備された,黄色のパンジーは外部から遠くから来る人を象徴している,明るい花である。
一方で紫の花は内部にいて待つ花なのである。
それが対象的であり駅というのが外部のものと内部の者が交わる場になっているのである
こういうことは駅だからありえる,でも案内したのはセディティであり鹿島で一番にぎわっている常磐高速のSAである
そこにおみやげを一杯売っていると案内したのである。
その女性は車に乗せられてそこに行ったのである。
駅前ではおみやげは買いないからである。

鹿島駅の花壇は大きいしそれなりに映える,二カ所花壇ができたのもいい
それだけで何か駅でも明るくなる
ただ八重桜がみんな切られてないこきとは淋しいとなる
駅は何かわかったことは人が交われる場所なのである。
一時でもそうである。そういう場所は今はあまりないのである。
第一大きい駅になると人が交わる場所ではない,ただ通りすぎて行く場所だからである。だから小さい駅が人間的になる,つまり小さいということは何でも人間的なものにするのである。

現代の社会が何でもあまりにも大きすぎるのである。大きくなれば人間は群集と化して
数だけになる,でも田舎駅だと一人一人の人間になるということもある
ともかく自分は毎日一時であれ駅に寄っているのである。

タグ:駅前の花壇

2018年04月09日

余裕なき社会の危険 (余裕ある社会にするにはどうすればいいのか?)


余裕なき社会の危険

(余裕ある社会にするにはどうすればいいのか?)


人間の問題を考えると余裕がないということがいろいろな問題を起す
だから余裕ある社会にするにはどうするのかということが問題になる

経済的余裕
時間的余裕
空間的余裕

人間は余裕がないというとき一番は経済的余裕である。
金がないものは追い詰められると犯罪になる
明日食べるものがないとなれば人を殺してまでわずかの金を奪うために殺す
人間でも追い詰められた人間は怖いのである。
それはもう後先考えられない,善悪の問題でもない,なぜなら追い詰められているからである。

例えば借金している人も余裕がない人であり犯罪予備軍である。
確実に借金している人には犯罪する動機があるから警察では借金の有無を調べるのである格差社会がなぜ悪いかとなると経済的に余裕がない人が増えるから犯罪も増えるためである。
これは別に個々人の問題でもない,会社でも経済的余裕がないとどうなるか?
会社自体が追い詰められるから犯罪的になる,ブラックになる
銀行なども苦しくなり客にはもうからない投資信託をすすめる
自分の場合も明らかに株を投資信託に回されて失敗した
なぜなら営業する人が投資信託にそれを回したのは投資信託をすすめて契約するとノルマを果たすことになり銀行側にとって利益になるからである。
このノルマを課せられるということもまた営業する人を余裕のないものにしているのである。

だからそういう人が来ることは危険になる,余裕がないからである。
このように余裕がないということは犯罪にも結びつきやすいのである。
まず余裕がないということは相手のことを思いやることなど全くできない
頭が自分のこと自分の会社のことで一杯だからである。
その思いやることもできないということが実は危険なのである。
余裕がない人が来ることは危険なことなのである。

自分の所に来た人達はみんな余裕がない,金がない借金している,銀行でももうけられないから余裕がない,ノルマを課せられてなんとか投資信託でも自分たちの利益になるものをすすめる,すると客に対して余裕をもって接しられない,とにかく投資信託を契約させてノルマを果たすことしか考えないのである。
そこで判断の間違いが生じてくる,余裕がないことはそうして犯罪にもなり事故にもなる
経済的余裕についてはわかりやすいが時間的余裕となるとこれも危険になる
何かに追い詰められている人はまた時間的余裕ももていないのである。
早くノルマを果たそうとして余裕がない,余裕がないということは判断を誤るということである。
自分にしてもそうである。じっくり考えてから決めましょうとしていればこんなことはなかった,自分は別に時間の余裕がないわけではなかった
十分に考えて調べてからすれば良かったとなる
ただ金銭的に余裕資金だからしたとはなる

人間はまず学校からして余裕がない,絶えず勉強に追われる,強制的に追われる
学校では絶えず試験かあり試験に追われる,なにか自分でじっくり考えて勉強する余裕などないのである
それはあまりにも膨大な知識でありそれを消化できない,もうそうした余裕がもてない社会である。
何か一つのことに疑問をもったらそれをじっくり考える余裕もないのである。

自分は相当に時間的余裕だけはあった,何もしなくても良かった,だから時間をもてあましていたがそれもいつのまにかに消失した
時間と何もしないでもあっというまに消えるものだったのである。
だから時間は貴重だったと後で後悔する
ただ時間的余裕がないというこも危険であり判断を誤る
なぜならもう少し考えてから実行しましょうとならないからである。
ただいくら時間的余裕を言っても即断したりしなければならないことはある
だからその兼ね合いがむずかしいのである。

空間的余裕とかもある,それで荘子の教えに無用の用を教えたのである。
一区域だけでそこが有用なものとして必要であってもその回りに無用の空間が必要だということである。その無用の空間が有用の空間も活かされるのである。
都会にはこの無用の空間がなくびっしりと有用の空間で埋めつくされているから空間的にも余裕がない生活をしているのである。
それ自体が心に余裕がもていないのである。

ただ経済的余裕あるというときそれほどの金持ちでなくても貧乏でも余裕がある人はいるそれは普通の人にはむずかしい,やはりある程度の収入がないと今は余裕がもてない
でもみんなそんなに金持ちにすることはできないのである。
だから余裕をもつ生活をしようとするときある程度の収入でも余裕があるようにしないとならない,それは社会全体でもそうしないと余裕ある社会は作れないのである。
きりなく贅沢をしていればとても金持ちだって余裕がある生活はできないのである。

ともかくこの余裕をもつということは何をするにも意外と大事なものとなるが意識されない,まず余裕ない人と会うことはつきあうことは危険になる
それは銀行でも会社でもそうなる,そういう会社に勤めていれば個々人も余裕がないのである。
絶えずせかされるし客のために余裕をもって接することはできない
それは医療の分野とからゆる分野でそうである。
金にせかされ時間にせかされていれば患者に余裕をもって接することはできない
だから意外と余裕というのは人間生活で大事なものである。
余裕というとき現代は豊かな便利な生活しても余裕がない
絶えず金に追われ時間に追われ休むことがないのである。

金に余裕があり時間に余裕があり空間に余裕があるとき豊かな生活になるが文明はそうなっていないのである。
絶えず金に追われ時間に追われ空間的余裕も得られないのである。
そんなのんきなことを言っていたら生きてもいけないとなるというのもそうである。
お前みたいなのんきな生活がみんなできるわけではないともなる
自分の場合は学校というのはこうして常に試験とかみずからしたい勉強に追われるのが嫌だった,それが特殊な環境でそういう生活を送らなくても良かった
ただ社会からはずれた人生になったのである。そこにまた問題が生まれていたのである。

人生百年時代になるとこれは時間的余裕ある社会の実現なのかもしれない
人生50年だとしたら人生そのものが時間的に余裕がなくなるからだ
人生は60からだとなれば余裕が生まれる,60からでも学べるとか自分のやりたいことができるとかなれば余裕になる
長寿社会のいい点は時間的余裕ができたとことだとなる
成果を示すのは60からでも70からでもできるとなるからだ
長く生きることは様々なものに理解を深めることになるからだ
何するにも一つのことを理解するにも時間がかかるからである。
知識でもある一つのことに詳しくになるには時間がかかる
そしていくら天才でもあらゆることに詳しくなれないのはそれだけの時間がないからである。
何に時間を費やしたかで人生が決まるというときそうである。
何かに人間は時間を費やしてついきゅうしてゆけば詳しくなれる,専門家にもなれるからである。

四十里四方の大倉庫に芥子(けし)を充たし、 
百年毎に一粒づつ取り出して、 
つきない程の長期とするを 
『芥子劫』といっています。

これは時間の感覚を量で示している,でも砂時計などもそうである。
でも時間の感覚は時計のようにアナログでも秒針が動くことでもいろいろに現される
まずその頃一秒刻みの時間感覚などなかったのである。
江戸時代なら時間の感覚も大雑把であり自然のリズムにのっとていたのである。
文明により時計が生まれて時間の感覚は変えられて時間に時計に追われるようになったのである。

こういう時間の感覚ではインドとか中国の方がやはり大陸だけあって長大である。
時間の感覚がまるで違ったものとしてとらえていたからである。
仏教でも老荘思想でもそうである。そういう時間感覚が文明にはない
おそらく自然があり自然的生活をしていたから自然の時間感覚になり長い時間感覚になった,木でも成長するのに50年とかなりそういう生活はではその木が成長して利用するのは50年後になるとき次の代の人がその実りを得ることになるからだ
そういう時間の感覚になると生活そのものも一代だけでの生活でもって組み立てることができないのである。
自然の時間のリズムにあわせた社会になるのである。
江戸時代は職人でも十代もつづいたとかある,そういう社会は余裕があり安定していたともなりかえって余裕がある社会だったともなるのである。

いづれにしろ余裕がないということは様々な問題を引き起こすし犯罪になるから危険であり問題なのである,株なんかも余裕がない人はするなとなるのは当然である
だから格差社会でも余裕がない人が増えると危険な社会になるから問題なのである。
それでもそんなに経済的にみんな豊かにすることは不可能でありもう経済成長もない時代である。
だから経済的に余裕をもつ社会というとき別な観点から考える必要がある
贅沢していたらどんな豊かな国でも余裕がなくなるからだ
その兼ね合いがむずかしい,どうしたら余裕ある生活が収入が低くてもできるのかということが課題にもなる、みんなにそんなに金持ちにはできないとすると必然的にそうなるからだ
だからベーシックインカムなどが文明には必要になる
それも無理だともなるがそうしないといくら文明が発達しても余裕がない社会であり犯罪も増えるし人々は本当に精神的に豊かになれないからである。ベーシックインカムになれば犯罪は減るだろう
やはり最低限でも保証されるとういことがそうさせるのである。



posted by 老鶯 at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

今年の桜の短歌など十首 (寒さの中で咲いた桜)


今年の桜の短歌など十首

(寒さの中で咲いた桜)

ezomurasakiii111.jpg
イワヒバにエゾムラキツツジ散る
usumonooo11.jpg


若き人住みて春の灯ともるかな

薄物(羅)のカーテン越しに春の月

我が歩む廊下の広く春の月


北風に盛りの花やなお咲きぬ寒さもどりぬ遠くに行かじ

風強く盛りの花をゆすりけりなおし散らじもふるさとに見ゆ

花咲くも東風(こち)吹きはやも散りにけり惜しむまもなき花の命は

ふるさとに咲きにし花の盛りなり遠く行かじも花は咲くなり

残る人老人ばかりふるさとに盛りの花を見つ死なむとす

ふるさとに桜の木の根を我が見つつ盛りとなるや二代住みにき

いづこにも花は咲くべしすみつきて花となるべし時を待つべし

大坂城桜を見しはいつの日や季(とき)の移りははやかりしかも

イワヒバにムラサキツツジの花散りぬ季(とき)の移りに思わぬことあり

冬の日に石にイワヒバ我が庭に長くも見しもムラサキツツジ映ゆ

石の陰冬の貴婦人四五輪の咲きてひそけし今日も見ゆかな

我が庭に苔むす石やこの庭を作り年へぬ六年ほどかな

畑作る人のいいけり寒ければ土あたたまらず仕事遅れぬと

注-ムラサキツツジはエゾムラサキツツジです


今年はまた寒くなった,東風と北風が交互に吹くが昨日も今日も北風が吹きつけて寒い
だから自転車で出かけられない,冷たいし風に自転車は弱いからである。
だから今年は外に桜を見に行かない,ただ家にいるだけである。
介護はじめてから故郷から家から遠くへ出ない日がつづいた,そのつづきでもある

桜は別にどこでも咲いている,いつでもテレビなどでは同じ所を花見山とか写しているが桜は別にどこでも咲いているが紹介しないだけなのである。
このプログのインターネットの強みは紹介するのがテレビだけではなくなったことである実際は誰でも放送できるのである。
テレビで放送しないものは小さな地域でもどこでも無数にある
鹿島駅をテーマにして放送しているのもそうである。

他でも実はこうして定点観測して報告できるのがインターネットなのである。
ただ多くの人には見られないというだけなのである。
鹿島では真野川沿いの桜がいい,ただ成長した桜が見れるのは十本くらいである
あとはまだまだ成長していないからものたりないのである。
あれが成長したら真野川沿いの桜は見物である。
それを見るのはもう老人は見れないかもしれない,ただあと二〇年も生きれば見れるかもしれないとはなる
それだけ木の成長は遅いのである。

桜というとき花というときふるさとだと根を見て花を見るというのも違う,外では根まで見ていない,ただ桜の花だけを見ているのである。
自分はいつもそこを通るから根も見ているのである。
遠くに行かなくても本当は地元の花を見いだして見るべきだともなる
花を咲かせるべきだともなる,地元に花の盛りを見るべきだともなる
その花の盛りとはやはり住んでいる場所が栄えることだともなる
それが避難区域でも桜が咲いているがそれを見ているのは老人ばかりだとなる
春の灯がともるというときそこに若い人が住み着くと華やかにもなる
それがない原発の避難区域は淋しいとなる
世代が連続していないと社会が成り立たないのである。

冬の間は地味なイワヒバとか石ばかり見ていた
そこにエゾムラサキが咲いて散ったのもめずらしい
一時華やかな花で飾られた,この花は良く根付いて咲いたと思う
何かここは土地が悪いから根付かないし花が咲かないのである。
七年以上すぎるとやはり石も苔むしていた
それが時の移りである,何か石も時間とともに根付いて行く感じになる
それも人が住んでいなければどうにもならない
空家の庭は死んでいるのである。

ともかくまだ桜は盛りであり咲いているがまもなく散るだろう。

花咲くも東風(こち)吹きはやも散りにけり惜しむまもなき花の命は

この歌は戦死した若者を思うのにはいい,惜しむ暇もなく散ってしまったからである。
東風は海から吹くから特攻隊となり海に散ったともなる
今年の桜は寒さの中で咲いた桜だったとなる
この寒さは畑にも影響している,土の温度というのが大事なのである。畑とか田んぼでも土の温度とか水の温度も影響するのである。



2018年04月10日

橲原(じさばら)の春(桜)の写真の絵画化 (桜の俳句)


 橲原(じさばら)の春(桜)の写真の絵画化

(桜の俳句)

sakurashidare1.jpg
クリック拡大

tombsakura1.jpg
小池の墓地
jisaway1_FotoSketcher.jpg

jisabaraaaaa111233_FotoSketcher.jpg
waterffff1234_FotoSketcher.jpg


jisabaraaa112345_FotoSketcher.jpg
ここの墓は明治時代のものである。
江戸時代から橲原(じさばら)はあったがその後のものである

jisabaraaa1123456_FotoSketcher.jpg
jisaccccc1.jpg

朝静か死者や安らかや花の影

朝映える桜に椿立目石

橲原に古木の影や蝶の舞ふ

朝の滝奥にひびきて山桜


二本の枝垂桜や橲原に我が来たりてまたよりぬかな

今日は風がそれほど吹かないので橲原(じさばら)の方に行った,途中小池の桜も見た
橲原(じさばら)は絵になる風景である。
ただ田んぼは荒れているのが淋しい,やはりそこに人間の営みがないと自然でも活きてこないのである。

橲原は鹿島の奥座敷である,水無し川をたどってゆき橲原渓谷から大古の奥まで流れをたどると神秘的なのである。
真野川にはそうしたものは感じない,ダムができたこともある
あそこは隠された景勝の地なのである。

人間は意外と身近なものはあまりに見慣れているからそこが特別なものと思えないのである。灯台下暗しでもある
でもよくよく見るとそこが絵になる風景であり趣あるものであることを発見する

フォトスケッチで写真を絵画化した,絵が描けないがこれで絵の感じがでる
画家だったらもっと良く描けるだろう
ともかく花はどこも盛りに咲いている
ただ風が強いし冷たいからなかなか出れなかったのである。

2018年04月11日

夕桜(相馬市に夕べ行く)


夕桜(相馬市に夕べ行く)

shiroatoss122.jpg

yakushidouuu111.jpg

朝桜太平洋や沖に船

夕桜散りてあわれや城下町

城の跡お掘りの暮れて花の屑

橲原や名も知れぬ墓落椿


立谷川夕べ桜の写しつつ町場橋にそしばしたたずむ


相馬市まで街道を行く,日立木の薬師堂は情緒あるポイントである
夕べ桜が立谷川に写っていた,町場橋という名もいい
それから城跡に行った,夜桜にはならない,夕桜だった
相馬市は何か墨絵のようなのである。
派手なものがないしんみりとしている街なのである
ただ外から来た人には城下町といっても城もないからものたりないとはなる

朝桜が咲いて太平洋が開けて見え船が行く,この時船がないて景色も活きてこない
人間の営みと自然がマッチしたとき最も美しくなるのである。
それで橲原(じさばら)でも田んぼが荒れている,人間の営みがない
すると何かそこには大きなものが欠けることになる

それを極端にしたのが原発事故の後の避難区域である。自然があっても人間の営みが喪失したから荒寥としたものになっているのだ

今年は東風でも冷たい,寒い,だからなかなか出かけられなかった,今度買った自転車は風にも強い,クロスバイクは小回りがきくし安全である。
この自転車は買って良かった

タグ:相馬市 夕桜

2018年04月12日

大坂城の桜(夕日と桜(続)


大坂城の桜(夕日と桜(続)


sunsetoosaka1.jpg

大坂城散る花尽きじ赤々と夕日耀(かがよ)ふその一時かな

大坂城尽きず散る花一時の栄えのあれや夢と消えにき

大坂城栄は一時散る花の尽きじやあわれ夕日耀(かがよ)ふ

秀吉の栄華の日々の短しも夕日耀(かがよ)ひ散る桜花かな

秀吉の栄華も一時夢の跡花散る後に石垣のみうかも

散りやまぬ花にしあれや大阪城なお赤々と夕日耀(かがよ)ふ

盛りとて夕日に映えし桜花明日は散るらむ名残惜しみぬ

この身とて夢幻や盛りなる花も一時この世なるかな

栄なれ夕日に映えて桜花この一時を惜しみけるかな

いづこにも栄はあらむここに見ゆ夕日に染まる桜花かな

sakurayuuhi1.jpg



大坂城夕陽に映えて門入れば静心なく花の散るかな

大坂城なほも花散りあましたる花に酔うかな夕陽落ちゆく

大坂城出入り尽きぬ花あまたなお散りにつつ日も暮れぬかも

大阪城難波の夢の蘇るその跡の大いなるかも花散りやまじ

大坂城栄いは遠くみちのくの雪に埋もれて春を待つかな





桜で一番印象に残っているのは大坂城の桜だった,夕日が輝き桜は尽きず散っていた
その光景は忘れずに今も浮かんでくる,それだけ印象的だった
なぜ西の方が桜が映えるのかといえばそこに歴史があるからだ
日本では最初に西が栄えたからそうなる
ただの桜ではなく歴史が織りなす桜でありそれが西にある
桜と共に西では歴史を偲ぶから感慨深いものになる

ただこの短歌はそのつづきだけどイメージしたのは相馬市に街道沿いにある一本の桜が夕日に染まるのを見て作った
あそこの桜は見事である。でも別に大阪城の桜とは関係ない
夕日に染まった桜を見て感じるものがあった
桜はいろんな場所に咲いていてそこに感じるものがある

桜の咲く期間は短いから桜は意外と見れないのである。遠くに行くにしても桜はその時散っていたりする、桜を咲くときに見るのは時間がないとできないのである。
自分は桜を西から東とみてまわった,ある時は西に行きみちのくに帰ると桜が遅く咲きはじめる,逆にみちのくの桜を見て西に行ったら散っていたとかなる
その桜前線が日にちがずれていることがまた日本では見物なのである。
実際に北海道の稚内では六月に桜が咲いていたからである。

桜前線の短歌

これだけ自分は暇だったとなる,しかし介護になり十年は旅はしていない
そのうち忘れるのだが大坂城の桜はわすれがたいのである。
あの夕日がなんともわすれがたいのである。それは普通の夕日ではない
やはり歴史を感じたからだともなるのか特別印象に残る夕日だったのである。




最後に不孝に終わる人間 (三人の母親の結末)


最後に不孝に終わる人間

(三人の母親の結末)

母の実家は複雑であり不孝である。一人の母親は母のママハハだった,それで母が言っていたのは弁当を作ってくれたが残したらそれを自分が作ったのは食べれないのかと怒り投げられたという,それも少女の時でありこれもひどいなと思っていた
でもその母親は老人ホームに入り最後は目が見えなくなり誰もみるものがなく母が最後にみて死んだ,遺体は病院で解剖することにしていて骨はひきとり墓に納めた
最後は悪かったなと言って死んだ

もう一人の母親はその実家で育ったが五歳のとき別れて母親は家を出て別な裕福な家に後妻に入った,そして認知症になりその前に五歳まで一緒にいた実の母親がその子供とあった,それで老人ホームに入った,金はもっていたからだ
ただ認知症になっているからわからなくなっていた,それで嫁いだ先の子供と金で争っていたのである。
そして前にも書いたがその子供は信じられないい女性になっていた
子供はすでに大きくなっていた,大学生とかになっていた
だからいくらそんなことがあっても普通の大人だと思っていたがそうではなかった
まず全然人間の情すらなくなっていたのである
その実の母親をみるにしても金だけであり母親などと思っていないのである。
だから最後にこの実の母親は不孝だなとつくづく思った
他人に世話になるより不孝である。何の愛情もないからである。
結局この実の母親は楽して最後は不孝になった
楽な道を選んだ結果として不孝になったのである。
自分は子供をおいて金持ちの後妻に入ったからである。
その後は子供とは関係していなかったのである。

ただこの女性についてわからないのは一番世話した三番目の母親がいたがその女性にもひどいしうちをしたのである。
そして自分の所に「ひどい娘だわ」と言い残してすぐ死んだのである。
この母親とは一番長く生活していた,ただ娘を言いなりにしていたのすごく反発するようになった,それはあってもそれだけ長く一緒にいて母親となっていたのだからそんなひどい仕打ちをする必要はなかったと思う
ただ自分の家とはもめていたからその女性についてはわからないしかかわらなかった
だから何か言えるものではないがそれにしても問題があるにしろそれだけ世話したのに
病気になってもなってもひどいしうちをした

そして自分の家にきてもそうだった,自分の家の場合はしかたないとは思った
「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみろ」と言って血相変えて去って行ったのには驚いたいうか言葉もなかった
非情化した人間になっていた,だから「ひどい娘だわ」というのはそのことでわかった
普通人間はひどいめにあうと非情になることはわかる
その女性はまず金銭的には何不自由なく育ったのである。
別に子供のとき両親に別れたという人もいるがそうでもない,三人の母親にかわいがられたのである。だから外から見ると複雑でもかわいそうだとも見えないのである。
ただその原因は嫁いだ夫にもあったのかもしれない,その辺は長い間交際がないのでわからなくなっていた,だから自分はとやかく言える立場ではない

とにかく「ひどい娘だわ」と言って死んだ一番世話した母親の無念はわかる
ただ最初はその母親が悪いとばかり思っていた,自分の家では疎遠になっていたしその人のことがわからなくなっていたからだ
だから娘の方については悪いとは思っていなかったのである。
その娘は非情化したというより凶暴な女性になっていたのである。
とにかく人間の変わりようには驚く,全く別人になる,ただ子供の時しか知らないから何とも言えないが人間はそんなに変わるものかと思う

いづれにしろ母の実家,兄弟も姉妹も全部死んだ,そして物語となった
それはまた教訓ともなるだろう
別にママハハでも子供に愛情をそそげば実の親と変わりないものとなる
それをしないから不孝になったともなる
実の母親でも愛情がないとするとただ自分の幸福だけを思い裕福な家に子供を捨てて楽したのだから今になって子供に世話になろうとしたことが間違いだった
ただ他に世話になる人がいないなということもあった
そしてただ金を求められるだけだとなったが本人は認知症になっていたのである。
それも悲惨である。

みんな人の一生をみると最後に総決算になり不孝になっている人が多いのだ
それはそれまでの人生の決算でカルマの決算でそうなる
そもそも死ぬということが人間にとってどんな人でも悲劇なのである。
悲しみのうちに人間は死ぬとなるからだ
だから最後はどんな人でもあわれな最後となる
人間の最後はみんな悲劇なのである。
人生も物語として終わるが歴史も物語である,history-storyなのである。

人間の一生がどうなるのか?それは死んだからわかる
それも死んでからそれなりの時がすぎると自ずと解明される
それは歴史でも同じなのである。歴史となるとさらに時間がかかる
今になって明治維新が問われるのもそうである。
実家のママハハが死んだのは実際は十数年前だったと思う
二〇年くらいすぎていたかもしれない

タグ:人間の最後