2018年03月05日

JRが駅に置いた自分が作った時刻表やパンフレットを撤去した (JRの許可なしで置いてはいけないルールだから)


JRが駅に置いた自分が作った時刻表やパンフレットを撤去した

(JRの許可なしで置いてはいけないルールだから)
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自分が作った時刻表を置いたトイレとか観光パンフレットを全部撤去した
JRの許可なしで置いてはいけないという

なんでなのか?

いろいろ苦情が来るからだという,パンフレットについても何か聞かれると困るという
これも何なのだろうと思う
時刻表でも自分は10円でコピーして置いておいた,それをみんなもっていった
なぜなら必ず時刻を見に来る人がいるからだ

それをこんなものJRの許可なしでなぜ置いたのか?
みんな撤去しろとなった

ただJRにも言い分がある,何か駅に置くには申請しないとだめだという
それがルールとなっているから守らないとJRでは困るし許可できないのである。
なぜならJRの責任にもなるからだ
それはそうなのかと理解した
申請は個人でも簡単にできるという

JRはまず自分が結構いろいろ無人駅なのでかかわって知っているのに礼一つない
結局お前はここで何しているんだ,何もする必要ない,ここは無人化して自動化しているからだ,こういうことなのである。
そして警察からはお前はここで何しているんだと誰かが通報して職務質問されたのであるそれもみんなの前でである
俺たちがすべて管理する,自動化したら人はいらない,ここで何かするな!
勝手に何もするなとしている,俺たちがすべて鉄道や駅のことはする
他の人はかかわるなということなのか?
ただ勝手なボランティアだから認められないことはある

でもこれは何なのか?

JRはJRだけですべてする,他の人はかかわるな!

こういう管理のしかたなのだろうか?俺たちの仕事の領域に他の人は立ち入るな
無人化して自動化したのだから人はかかわるな!
だから構内に勝手に入ったときJRの人が入るなと言ったのである。
それもやはり鉄道のことはJRでするから他人はかかわるなということである。
でも無人駅だからこそかかわっているのである。
無人駅だとやはり困ることがあるからかかわっているのである。

こういうことなのだろうか?
この経営態度は何なのだろうか?全く地元とか人間を無視した態度なのである
だから無人化自動化をすすめいる,人間とはかかわるな,
パンフレットを置いたのは自分では自転車屋の人である。
そのパンフレットは観光案内なのだから別に許可なくても置ける
何かの宣伝でもないからである。

ともかく市の地域振興課に聞いてみたらJRにはルールがありそれを守らねばならない
勝手に置いてはいけない,そのことはわかった
でもルールでも何か人間味がない,ルールが全能ではないからだ
何か現代の社会はこうしておかしなものになっている

鉄道はみんなJRのものであり他の人は立ち入れるな,鉄道はみんな自分たちでやる
これがJRの上から目線の態度なのである。
人間に関してのサービス精神が全くないのである。
JRではのせてやっている,ありがたく思いという意識しかないのである。
人間がサービスする人間がかかわることを拒否しているのだ
ただもう電車でも駅も無人化自動化して自動運転のようにしたいのである。


何かこれは無人化自動化する社会への警告ではないか?
そういう社会はもう人間味もなにもなくなる,ただロボットがいてすべてまかなえる
人間は必要ないということにする社会である。
そこにAI化とかいいように見えるが人間そのものが排斥されていらないとなる
冷酷な社会になることも暗示している
つまりAI化とか自動化とかはすべてバラ色ではない,人間の暗黒を作り出すものにもなる仕事の場でも人間は効率的でないから邪魔だからいらないとなるからだ
そういう社会はも情もにもなくなってくる
現実になっている,そういう社会にはいくら便利でも生きたくないとなる
結局原発でもそうだが便利だということはすべていい方には働かないのが人間社会だったのである。

時刻表は商工会なり自治体なりで配布すべきなのである。
それもJRの許可が必要でもそうすればこの問題は起きなかった
原町駅の時刻表は作られているし相馬市でも作られている
前は一軒一軒配れていた記憶がある
そうすればこの問題は解決しているのである。
要望として時刻表が欲しいという人が多いからだ
その要望に答えるのが自治体でもあり商工会でもJRでもある
それをするものがいないから問題になったのである。
別に自分は時刻表を置かなくてもいい,置くと金がかかるからだ
だから別に乗客が不便でもいいともなる
何か感謝するわけでもないからだ,ただそこで不便になるのは乗客だとなる
それもやはり乗客がそういう要望を出さないからである。
もし十人でも百人でも要望がありまとまれば圧力になり対策されるからである。
ただそれほどの要望でもないから個々人で不便でも時刻表を見にくるほかないともなる

自分としては申請してまでまた金をはらってまで時刻表を置く気はない
それをするべきなのは乗客なのである。
乗客がそれを要求しない限り不便でもそのままになる
民主主義社会はまとまって何か要求しないかぎりそのままになる
改善されない,ただみんなが困っているのだからそれをまとめる人も必要になる
それが代表となるということである。
つまり政治の問題となる,そういうことで民主主義が発達するということはある

鹿島駅の問題は無人駅になったということにある,普通だったらまず勝手に構内には入れないし
確かに勝手に駅内に何でも置けないからである。駅員がいるから許可が必要になる
その駅員がいないから問題なのである。
無人化して自動化してもそこに人間がないことで生じる問題が必ずあることがわかる
だからAI化で無人化自動化してもそこに問題が生まれるのである。

普通の社会人だったら絶対にあり得ない!!JR駅員の高慢な接客態度

やはり自分だけが感じたことではない,自分は別に乗客としてかかわったのではない
そもそもJRとかには普通の社会人としての常識が通用しないのである。
そうしなくてもいいという感覚であり乗せてやっているという気持ちだからそうなる
いろいすめんどうなことは言うなよ,乗せてやっているのだからありがたく思へ
そういう感覚だから普通の人の感覚がない
人に道を教えただけでありがとうと言うとするとそういうこともないのがJRなのである。
人のことは言えないが国鉄からの殿様商売だとなる
ただ職人として時間どおりに安全に電車を走らせることには勤めているのである。
人へのサービスはぬけているのである。

タグ:JRのルール

銀行の役割の喪失 (地方で安定した就職先がなくなるのも問題)


銀行の役割の喪失

(地方で安定した就職先がなくなるのも問題)

銀行はなになのか?これも歴史が古いから人間生活にとってはなくてはならないものとしてありつづけた
銀行は江戸時代だったら金貸しであり質屋である,両替などもそうである。
地銀は江戸時代の頼母子講などからはじまったとある
金を出し合って相互扶助の助け合う講だった
銀行は必ずしも銀行として独立していない時があった
絹織物でもうかった家がその中に銀行を開いていた
銀行は何かでもうけて金がたまると資本となりそれで銀行にもなっていた
銀行というと何かむずかしいけど実は金持ちは自ずと資本家になり金貸しになりそれが大きくなると銀行になる
金持ちになるど必ず金を貸してくれという人が来るからである。
ただそれを組織化したものだから頼母子講などから発展したとなる

だから銀行が金を貸さないでどうする,必要なくなるとまで政府から言われた
銀行は金貸しなのである。それが金を貸してもうける先がなくなっている
バブル時期に銀行でも金を貸さない銀行が生き残ったとかあり金を貸すことにその時期から慎重になるようになった
日本はバブルから20年成長しないし停滞した
その時銀行も金を貸すことしなくなった,貸し渋りとかなった
でも日銀に国債をあずけて利子をもらっているとかでやりくりしていた
それがマイナス金利になったとき追い詰められていたのである。

銀行は地方の就職先ではエリートだった,それは公務員と同じように見られていたのである。まず地方では田舎では公務員とか銀行とか農協とかが有力な就職先でありその他あまりないのである。
そこが安定している,それで地方の有力者の就職先になっていたという。
それで融資先もあったとかいう。そうしたコネで就職できたということがある。
それで孫が銀行に就職したということで自慢している人もいた
銀行はそれだけ信用がないと就職できない所だったのである。

地方の問題は就職先が限られていることである。田舎に住んでみるとわかるが田舎では資産がないと住みにくいのである。土地と家があり何代も同じ土地で住んでいる人が多い
だから田舎では家がないとか賃貸の住宅に住んでいると貧乏な人だとなる
ある人は4000円で部屋が三つある一軒家に住んでいる
これは都会と比べると贅沢だなと見た
ただ田舎ではそうした所に住んでいる人は貧乏だとなる
それで仮設がこの辺でできたとき狭い所に住んでいる窮屈さを知ればいいという人がいた
田舎で安定的に暮らせるのは土地と家があり恒産がある人である。
農家中心の生活のときは土地をもっている人だったのである。
だから小作となると不安定になる,貧乏になる
自分の家は最初は貧乏だった,戦後はみなんそうだったがその時農家の方が食料でも恵まれていた,なぜなら納豆まで作っていたし鶏も飼っていたから食べ物は町で暮らしているより良かったのである。
その後経済成長になり店をはじめて繁盛した,その時どこでも小さな工場でも繁盛した
何か小規模の事業をはじめても成功した人が多いのである。
それは経済成長の時代だったからである。その時銀行も貸す先があり利子をとれたから預金に利子が7パーセントにもなっていたのである。
それだけの収益を銀行は金を貸して出していたのである。
今になると夢のような世界だったとなる

正直田舎で暮らすには恒産があって恒心ありとなる,だからある程度の財産かないと余裕があって生活できないのである。
土地と家があり金融資産もありとかならないと余裕ある生活ができない
だからかえって田舎では貧乏になるとみじめになる,そして目立つのである。
そして田舎の安定した就職先が公務員と銀行と農協だったのである。
自分の家族の一人も公務員だったから知っている,公務員は何かと得するのである。
公務員などたいした仕事していないのに高給取りだと常に批判している若い人がいるのもわかる
ただ田舎で公務員とか銀行とか農協とかの勤め口がないと安定して暮らせない
田舎で安定して暮らせることのメリットは精神的に安定するから自然と融合する生活ができる,そこにcultivate(耕す)ことでcultureが生まれる
自分はそういうことをしてきたのである。
別にそういう場所に就職したのではないが家に余裕があるからできたのである。

地方は田舎は今はいろいろなことで窮地に追い込まれている
そういう中で地銀とかがなくなると就職先がないとういことで田舎に定着できないとういことも起きてくる,それも問題なのである。
そうはいっても社会に必要でないものを養う余力はもう日本にはないのである。
田舎で地方でそうした安定した就職先がないと若い人は都会に東京にでてゆく
だから知っている人の息子は40代なのに東京に出た,建築関係の仕事がなくなったからである。
自分が学問とか芸術とか追及できたのは安定した家があり家族がいたからだとつくづく思う,そうでなければ田舎では暮らせないからである。
ただ我ながらこんな生活をできたものだとふりかえる
今はめずらしくないけど高度成長時代となると団塊の世代ではこんな暮らしをした人は極少数である。それは社会からはずれたアウトサイダーだったのである。

いづれにひろ銀行がこんな窮地にあるとは思わなかった
銀行についてはyoutubeでいろいろ語られていたのである。
ともかく自分は介護になって親が家族が死んで大変な目にあった
その時自分も病気でもあったが一切同情はなく金だけを要求されて大金も失った
それが銀行までに投資信託とかで金をとられのかということは田舎が地方の経済が窮迫しているためであった
直接そういう人達に接しなければ今まではしていないからわからないだけだったのである生活に困る人,事業に失敗した人,飲食業に勤めて賃金をもらえなかった人,または勝者金融から金を借りていた人とかそういう金に窮している人たちが家にきた
その人たちは自分を襲ってきたとも言える

地方は田舎は経済的にこれからもさらにおいつめられてゆく,この辺では原発事故の援助が金銭的にされるのはあと三年しかない,その後は自治体の運営でも苦しくなる
例えば小高でも帰ったのはほとんど老人であり人手不足で介護施設が運営できない
そこに市立病院を運営するにも市の財政負担になる
でも小高ではそれを要求している,そのことは南相馬市全体の問題なのである。
だからこそ小高の人は自立してやってくれとなるがそれを言うとまた反発される
補償金のことでもめたからである。
でも銀行が必要なくなるようにそれを維持したくてもできない,財政的にできない
すると切り捨てるほかなくなる,そんな余裕がなくなってくるからだ
少子高齢化や日本の経済の衰退とかで田舎は地方は窮地に追い込まれる

だから高度成長時代こそ自分のような今で言うフリーターであれニートなどでも
もっといても良かったのである。
その時はみんながむしゃに働いた,企業戦士となっていたのである。
その人達が団塊の世代の人達が退職して今度はその人たちが社会の負担にお荷物となってしまったのである。
キレル老人とかでもそうであり財政的負担も大きすぎるのである。
病院に通う老人も多い,医療や保険や生活保護の負担が増えるばかりなのである。
田舎で安定的に生活するのは生活保護になるほかないとまでなっているのだ
posted by 老鶯 at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題