2018年03月25日

みんながアーティストの時代になるのか? (AI化で働くなくてもいい社会になる?)


みんながアーティストの時代になるのか?

(AI化で働くなくてもいい社会になる?)

働かなくては人間は存在し得ない時代がこれまでつづいた,それより働かざるもの食うべからずであり働かないものは犯罪者と同じである。
それは働かねば食料も得られないのだから当然だとなる
働かないものは食うべからずであり餓死して死ぬべきであり現実社会ではそうなっていただからこんなことを言っていることが信じられないベーシックインカムも信じられないことである。
だからそんなもの実際は夢物語だというのもわかる
そんな社会などありえないということである。
ニートがヤクザより役に立たないとか言う人もいるからどれだけ嫌われているかである
もちろん自分はこの辺では働かないことで病院とか介護関係で困っている許されないという状態にある,でもそういう人は別にこの辺でも同じようにいる

そもそも人間は無駄飯食わせるということを相当に抵抗感じるだろう
親でもニートを嫌うのはなぜただ食って寝ているだけの人間を世話し続けなければならないのかということである。
だから親さえもういいかげんにしてくれとなっている,殺人事件も起きる
社会的にも何の価値も認められないし片身が狭い
ただなぜそんな人が増えたのかというと親に経済的余裕が生まれたからできているのである。

団塊の世代が生まれたのは貧乏な時代であるから物質的に何かを得たいという欲望が強い時代だった,それでみんな企業戦士となったのである
会社で働けばその欲望を達成できるからである
電化製品から次には車からマイホームと欲しいものがありそのためにがむしゃらに働いた働けばそれだけ給料も鰻上りに上がる時代だったし利子でも7パーセントだったから信じられないとなる
今はマイナス金利である,なぜなら物価があがれば金は目減りするからである。
貯金しても実際は割引でみる,それでたりないと株とか投資で増やすとかなり失敗する
高度成長時代は一千万を銀行にあづければ十数年で倍になっていたのである。
その差も大きいと思った,そして今銀行自体がつぶれるという時代になったのである。
そういうふうに時代が変わることで追いついていけないのである。

みんながアーティストになる時代というけどアーティストとして歌ばかり歌っているとか何かそんなことで人が認めるのか,それはあくまでも素人の遊びでしかないとなるだろうそこにプロ級のアーティストが生まれることはまれなのである。
そもそもアーティストという時何かプロをイメージするのであり素人はイメージしていない,俳句でも芭蕉とか一茶とか正岡子規とか特別な人をアーティストとしている
絵画の分野でも音楽の分野でもいろいろな分野でぬきんでた人でありそれは極々まれなのである。確かに俳句などいくらでも作る人がいてもそれらはディレタントでありそれで日本人がみんな芸術家でありアーティストだとはならない
アーティストは極々まれな存在なのである。誰でもなれるものではない
相当な訓練と天分もそうだが訓練期間も必要になる,ピアノを例にしてもそうである。
楽器一つを習得するにしても長い訓練期間が必要なのである。
自分も時間があったか楽器を習得しようとしたが挫折した
それは子供のときから習いごととしてやっていないとできない
それでもピアノを習ってもものになるのは極わずかなのである。

人間は何か飯を食わせるにしても金を出す方になると親でも子供が何の社会に役にたたない,無駄飯食らいを養うことができるのか?ニートがどれだけ社会に嫌われているか?
それは社会的に存在価値がないものとして見られているからである。
そのために俺たちは働かせられていることでそうなっている
人間はもしAI化でも機械化でもロボット化でもいい,働かなくてもいい時代がきたとしても人間は必ずその存在価値が問われる
これまでは何でもいい働いて稼いで食べている人はその労働がなんであれ価値あるものとして社会的に認められている
ではそんなにみんなが働かなくなってもいいとなったらその存在価値は何なのだと逆に問われる
誰も無駄飯食らいに金を払うのかとなる

例えば僧侶というのが世界中に存在した,その人たちは働かなくても存在が認められていた,かえって社会で価値あるものとして認められていた
それも今になると僧侶は価値が認められなくなる,それで檀家をやめる人も増えてくる
ただ金をとられるだけでありがたみもないということでやめる
実際僧侶は信長の時代でもそういうことがあった
それは武士でも働かないから農民から米を税としてとりあげている搾取者だという思想家もでている,つまり働かないということはそういうふうに常に批判の的になるのである。それは貧乏な時代なら余計にそうなっていた

自分の場合は特殊な過程環境で働く無くてもいいようになっていた
でも一時は働くことを強制されて苦しんだ,自分は学校でもそうであり会社勤めもできない性格だった,団体生活できないのである。
わがままといえばそうなるがそれで特殊な過程環境で働かないまま遂に老人になったのである。
実際自分は60までも旅していた,これも今になると異常だったなとなる
ぶらぶら旅している人はいる,でも60までしている人はいない
退職して旅しているのとは違うからである。
こうなったのは自分の性格と特殊な過程環境のためにそうなれたとなり普通はなれない
なぜそうなったのか?それはたまたまそういう特殊な環境がありなっていたとなる

そもそもアーティストというとき悲惨な天才的芸術家をイメージする
その人たちは天才であるからそうなった,なみはずれたものを生来備わった人達である。それは社会では極々まれなのである。
だからみんなそんなアーティストになどなれないのである。
そういう人達はアウトサイダーであり社会からはずれた人達であったがその価値は認められている,ただ生前は悲劇的に認められず終わったのである。
ゴッホは一枚の絵も売れなかったのである。

ただAI化とか機械化とかロボット化時代になるとき人間的なものは何かとなるとどうも感情的なもの感性的なもの情感とか宗教的なもの愛とかそういう方面がAI化とか機械化できないものとして見るようになることらしい
なぜならそういうものはAI化できないし機械化できないからである。
するとそういう面での価値が高くなる,それは医者とか看護師とか介護士とか人と直接接する仕事である。そこにはどうしても感情が働くからそうなる
感性という面でもとてもAIとか機械には芸術の鑑賞もできないだろう。創作もできない。だからこそみんながアーティストになるとかなる

いづれにしろベーシックインカムが絵空事ではなく真面目に議論されること自体考えられないし銀行がなくなるというのもイメージできなかった
つまり社会の変わり目には価値観が大きく変わる
江戸時代の身分社会から明治に変わるときもそうだった
だからこそそんなことありうるのという驚きになる
自分の一生は旅と遊びだったけどそれも社会に認められなかったけど今になってそういう人生がすすめられること自体これはなんなのだとなる
蟻とキリギリスの例えがあるが蟻はもう認められない,キリギリスの一生を送れとなるのも時代のの大きな変化である。
ただそうなってもキリギリスでも下手な歌手ではその存在意義は認められないだろう。
そんな人のために飯を食わせておくのかともなる
ただ働きづめの蟻のような人は逆に社会的に批判の的ともなる
そういう人を身内で知っているから自分の親は異常だったと書いてきた
働くことしかしないし価値を認めないから異常だった
でももし芸術でも絵でもなんでも金になれば認めていたのである。

蟻はいらない,キリギリスにみんななれ

こういう社会は何なのだろうととまどう,そんなに簡単に価値転換はできないだろう。
働かなくてもいいからいい社会だとなるのか?
でも以前として人間はその存在価値を問われる
こんな下手な歌い手を養う必要はないとかなる,そうなるとまたそういう人達は社会的価値を認められないから苦しいともなるのである。
猫でも犬でもなぜ養っているのか?それは癒しとなるからである。ネズミをとるとか猟犬とか番犬ではない癒しとなるから飼っている,それも価値観が変わったからである。女性は男性にとって癒しとなるからそういう面での価値は変わらない
別に家事は機械でできるしオカズは買えばいいともなる,現実に自分は全部家事をしているしそこで女性の役割はない
ただ一人だと淋しいとなり癒しが必要になる,そこで女性は必要なのである。
つまり今までの女性の働きは家事だったがそうでなくなったときどうなるのか?
女性も家事だけできても価値ないとなる,生け花をしたりピアノをひいてなぐさめるとか何かそこにも芸術的なものが求められる
それはAIで機械でできないからその価値が逆に高まり家事ができるというたげではいい嫁にはならないとなる
そういうふうに常に価値が変わるから今までの価値観を変えねばならない時人は困惑する
そこで教育の仕方もかえねばならないとかあらゆるものを見直すようになる
そうならざるをえないのである。

posted by 老鶯 at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

地元の銀行の歴史をふりかえる (養蚕から絹織物産業から銀行が生まれた)


地元の銀行の歴史をふりかえる

(養蚕から絹織物産業から銀行が生まれた)

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政経東北3月号

明治に入ってから、蚕の卵(蚕種)は特に有名で、質の高い蚕種を全国に出荷しました。また、外国からの需要が多くなったため、福島町の問屋は生糸・絹織物を買い集め横浜の貿易会社から海外に輸出していました。明治20(1887)年の東京・福島間の鉄道開通も有効に働き、やがて、福島町は東北全体の生糸の中心地となり、生糸も福島町の絹問屋を通して販売するようになりました。生糸は当時取引額の最も多い商品で、明治32(1899)年6月に日本銀行福島出張所が東北で最初に福島に造られました。

中小の商工業者や養蚕農民の力を結集した協同組合方式で、地元の資金を地元で活用する方法でした。大正3年(1914)6月に設立された高崎信用組合(現高崎信用金庫)がそうでした。高崎信用組合は、二宮尊徳の「報徳思想」を基盤に、商工業者や農民の相互扶助の精神が、金融方面に結実して設立されたものでした。

銀行というのがなぜ生まれたのか?それはいろいろある,ここでは日本の場合,養蚕業,絹織物業から銀行が生まれた,なぜならその時一大産業が養蚕であり絹織物だからであるそこに資金が集まり貯えられたからである。

こうしして新しい産業が生まれるときそれと平行して交通も発達する
外国との貿易がはじまり横浜がその窓口となった
それで大正生まれの自分の母親が原町紡績(原紡)で働いていたのである。
そして原町紡績に門がありそこに引き込み線があった
直接そこから絹織物でも運んでいたとなる
自分の母親はそこで十年間働いていたのである。
そこでの苦労はそれほど語らない,女工哀史でもない,月給もらったから良かったとか言っていた,その頃の女性の働き口はほとんど農民だとすると農家では養蚕であり街では絹織物工場で働くのと後は女中が仕事だったのである。

銀行を考えるとき養蚕とか絹織物と深く結びついて生まれていたのである。
信用金庫でもそうである。「報徳思想」の相互扶助の団体として信用組合が生まれたというときもそうである。それは養蚕と絹織物工場を主体にした資金を出し合う組合だったのである。

銀行の起源は何なのか?それは養蚕とか絹織物工場の増加で資金が作られそこに資金が集まり銀行が派生して生まれたのである。
金持ちは自ずと金貸しとかになりやすい,それは資金が集まり貯えられるからである。
それで銀行の前進ともなる,その金をいかに有効に活かすかが実は金持ちに託されているのである。その金を元手で産業の振興を託されているのが金持ちである。
だから金持ちだからといってそれを自分の贅沢だけに使うのは本当は許されないのである金持ちには金持ちの役割があるというときそのことだともなる
その他にも金持ちには文化的なものを追及するとかただ無駄に使うということは許されない,もしそうだとするとあの人は金を持っていても金持ちの資格がないと見られるのである。ただその金でもたいした金でないとしたらそうはならない
それは相当な金をもったときそうなるのである。

ただ銀行がつぶれないかというと大正時代もつぶれているし戦争のときもつぶれている
銀行はつぶれないものではない,つぶれるのである。
その時代の経済に大きく左右されるのが銀行なのである。
今時代が変わるというとき銀行が苦境にたたされ合併とかつぶれるとかなる
自分も銀行から投資信託をすすめられて損したから銀行のことを真剣に考えるようになった,なんで銀行のために損しなければならなかったのかと考えるようになったからである人間はみんな金に対してはそれだけ真剣になる,金に笑い金に泣いているのが現実だからである。

大東銀行と福島銀行が合併するというのもそういう時代だからである。
ただ最低ランクの銀行だから合併してもメリットがないということは指摘される
インターネットなどの新しい手法を用いることもできないからである。
銀行とは何かというとき銀行に金をあづけるのは貸し金庫に金を保管するのとは違う
銀行にとっての債務だという,あづけられた預金は借りた金と同じだから本来は利子を払わなければならないものなのである。
その金を活かすことを活かして利子をつけることを要求されている
でもそれを今銀行ができないから苦境にたたされる
つまり金持ちが金がいくらあってもそれを活かせないとその金持ちはみんなからそんなに金をもっていてどうするんだ,お前には金をもつ資格がないとされるのと同じなのである金は貯えるためにあるのではなく社会で活かすものとしてある
それで金は天下の回りものと言われていた,金が回らないとただ蓄蔵されただけでは社会は繁栄しないからである。

いづれにしろ銀行とは資本主義社会と深くかかわるものである。
そのシステムの中核に銀行があった,それが今消失の危機にある、もうその資金を活かせないということは資本主義が機能しなくなったのかとまでなる
資本主義の限界説が生まれる,資金が世界的にだぶついて行き場がない
それでどこにその資金が流れるかとなると今だとビットコインになりオランダでは貿易でもうけた金がチューリップに投資されたり高度成長時期は土地とか絵画にも法外な値段で買われたのである。そういうバブルになるのも資本主義の行き着く先でありそこから崩壊現象が起きてくる

これは郷土史でもあった,銀行も郷土の歴史としてふりかえる,それは江戸時代になると頼母子講になっていたから金融でも歴史がある
まずこの辺ではどういうわけか原町に銀行があったのはわかるがなぜ双葉の新山に銀行があったのか?
そこには自分の父親が酒屋で丁稚として働いていたことは書いた
新山村と長塚村があり双葉郡とは明治移行にできた,そして長塚駅が開業した
新山に銀行があったというのはなぜなのだろうか?
原町なら大きいが新山は小さいからである。酒屋があったとしてもそれで養蚕や絹織物のように富を産むとは思えない,ただその時酒も大きな以前として大きな産業だった
ただこの辺の歴史は調べないとわからないのである。

姉が良く新山の銀行で遊んでいたというのを聞いているからである。
自分の父親は暖簾分けして鹿島に移った,その後勤めた酒屋は倒産したのである。
その当時の産業として一番大きいのが養蚕と絹織物工場である。
いかに兜型の屋根が残されているか,三分の一くらいはその二階を利用して養蚕していたのである。だから桑畑も自分の家の裏にあった
そして絹織物工場というとき自分の母方の実家の父親は祖父は機織工場を経営して失敗して破産してその後家族が離散したのである。
これをみてもいかに当時はみんな養蚕とか機織り工場にかかわって暮らしていたかわかるのである。
郷土史はそれぞれの家の歴史が基本にある。そこに一番興味をもつからである。

郷土史というときいろいろな側面から考察できる,明治以降はまだまだ生々しいものとしてある,なぜなら自分の父親は明治生まれだったし母親は大正生まれだからである。
ただ父方の祖父は何をしていたのかわからない,それだけ自分の家は歴史が浅いともなるただ自分の家についてはみんな興味をもくその祖先を調べる,ルーツを調べるのはわかるただ他の人にとってはそういうことは必ずしも関心をもたないことがある
ただ銀行にしても歴史がありそれをたどることは今を考えることでも大事である。
なぜなら銀行はつぶれないものではない,大正時代とか恐慌とかありつぶれているのだ
戦争のときもつぶれているからである。
とりつけ騒ぎもあったから同じようなことでも起きる,つまり何でも歴史はくりかえすということである。

posted by 老鶯 at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2018年03月26日

鉄道員(ぽっぽや)の映画と無人駅


鉄道員(ぽっぽや)の映画と無人駅

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この映画は国鉄時代のものであり国鉄時代を知らないと理解できないだろう。
駅が人情の駅になっていた,それはそこに人間がいたからである。
国鉄時代という一時代があった
国鉄で働く人が地方でも多かった,国鉄で働く人も地方では実際は恵まれた人達だった
近くにも鉄道工夫をしていた人を知っているし国鉄職員だった人も近くでいた
それは国鉄時代はどこでもそうだったのである。
小学生の時親が鉄道に勤めていた人が鹿島駅でも今の駐車場になっている所が官舎になっていたのである。

鉄道はそのように働く人も多いしそれで社会党があってそれは国鉄の組合をバックにしていたことでもわかる,それだけ国政を左右するものですらあったのだ
だから中曽根首相の時民営化するとき反対したが実はその時は高度成長時代であり
民営化するにあたり退職した人達は労働組合で運動して退職しても困らない金をもらったのである。それは高度成長時代の恵まれた時だったからである。
それだけの資金を出す余裕があったのである。
そして社会党自体もなくなったのである。

つくづく国鉄は一時代を築いたのでありその時の物語だったとなる
自分は蒸気機関車で原町の高校に通っていたがその時あまり鉄道に興味がなかった
だから記憶があまりない,トホネルをぬけるとすすけたとうことはあった
鉄道は今の感覚とは違う交通の要であり大動脈として日本全国に活きたものとして縦横につながっていた,それは血管のような働きをしていたのである。
鉄道の時代は明治時代からであり長いのである。

ただ国鉄時代のことがわらないとこの映画もわかりにくいだろう。
今の人には理解しがたいものともなる

しかし、民間では大手企業でもたくさんの募集があるのに、国鉄職員採用の就職情報が高校に入ってこない。当時は「国鉄一家」と呼ばれていて、いわゆる「コネ」がないと就職できないと言われていた。実際は「局報」と呼ばれる国鉄内の新聞に職員採用の募集が載っていることが多く、一般には知らせることがあまりなかった

まさに「国鉄一家」であり強いつながりをもっていたのである。
鉄道病院が仙台にあり全国にあったことでもわかる
鉄道一家として病院ももっていて支えていたのである。

国鉄というとき最初は炭鉱があり石炭を運ぶものとして鉄道があった,貨物輸送が主だったのである。北海道などはほとんどそうである。石炭を運ぶ貨物輸送のために鉄道が作られたのである。
つまり乗客を運ぶというよりは石炭などの貨物輸送のためだったのである。
それだけ車がない時代は輸送は鉄道に頼っていたのである。
子供のとき貨物の車両を数えていた,それだけ長い貨物列車がいつも通っていたのである何かその辺が今の鉄道とは違う,今のロジステックであり社会の縁の下の力持ちのような役割を果たしていた

ともかく鉄道の歴史は長いのである。明治からだからすでに150年とかなる
だから鉄道に愛着が生まれのも当然だとなる
鉄道には鉄道員だけではない代々働いた人達がいてその人たちの汗と涙もしみついているともなる
それが鉄道員の映画にもうまく表現されていた
最後はホームに雪にうもれて死んで一両の車両で棺が運ばれた
駅には何か伝説にもなるような幽霊が出るような古い歴史がある

結局この映画を見て無人駅と比べると駅長がいてその駅長が主人公なのである。
そこには人情味がありストーブでみんながあたたまんていたり人情がある
人の情が伝わる空間だった,人の情がしみこんだ空間だった
それで駅前の食堂でも今とは違っている,駅前がにぎわっていたのである。
駅の延長として駅前の食堂もあった

無人駅で自分が経験したことはそこに無機質な空間と化している,すべてが機械化自動化している,すると主人公は誰なのか?ロボットなのかともなる
そして将来的には駅には人がいなくなる
ロボットが送り迎えするのである。果たして人はそういう世界でいいのかともなる
その差があまりにも大きい,小さな駅に駅長がいてその駅長が物語の主人公になる
今やその駅長も駅員もいない,主人公は機械になりロボットになる
そんな世界に人間は耐えられるのか?それはどこでもそうなりやすいのである。

別に鉄道員だけではないのである。人間の一生は働くことにするとそこで費やされた時間が人生になる,だからそこに仲間がいてそこで働いた思い出が人生になる
それは鉄道だけではない,倉庫係としてフォークリフトを使い働いていた人が癌になり死ぬというときもう一度仲間と倉庫で働きたいというのもわかる
それは鉄道員と同じ心境なのである。
なぜならそれが人生だったからである。人生の愛着がそこにあり遂にそこで死ねば本望だったともなる

駅とか鉄道は何か伝説にもなるような場になっているのか?それはそこが出会いと別れの場であり人間的なもの情が通う場であり人間的なものがしみついているからである。
それが機械化自動化されるときそういう人間的なもの極力省いてしまう
人間はいらないんだとなる,それがコスト的にもそうした方がいいとなる

この映画の鉄道員は妻をなくした,子供もいなかった,何か淋しい,そこで誰かが幽霊が死んだ子供が成長して女高生になり鍋物の食事を作ってくれる
何かそれが自分も家族がみんな死んでそういうことをしてもらいたいなとなり共感する
それは妻をなくした人がいて今でも妻を思っていることを知っている
その人も一人で暮らしているからである。
この映画にはこうして共感することが多い,その気持ちがわかる
ただあまりにも感傷的に作られているとも思った
そんな鉄道員が現実にいるのかと思う,それほど鉄道一筋の人がいるのかとなる
自分が鉄道で旅しても駅員のことをこんなふうに見ていない
ただ通りすぎるだけだともなる

実際に自分は鉄道の旅が長いから鉄道に愛着がある,それはただ乗せられたものとして鉄道を経験していた,でも乗せる方として鉄道は経験していない
この映画では電車に乗せているのは機械ではない人間なのである
だから人間が人間を運んでやっているということで感謝していると言う人がいた
でも電車に乗せられる人が感謝などしないだろう
自分も全然していなかった,それはなぜか?
人間ではなく機械が運んでいるという感覚になるからである。
こんなに人間が主人公になっていることはないからだ,それは今の社会はそうである。
人間がこれほど主人公になることはない,人間味のない情のない社会である。
金だけが頼りともなり人間は非情化している,人間の心は情は通わない社会になっている便利でいいのだが反比例して人間の情は失われるというのも人間を幸福にするのだろうか?

そうはいっても人間は技術が進歩することがいいことだし追及してゆく
ますます鉄道でも新幹線になり早くなりゆっくり見送ることもできなくなっている
新幹線だとそこには人間の情をはぐくむものがないのである。
ただ一地点から一地点に早く移動する機械でしかないのである。
それは人間が運んでいるのではない,機械が自動化して運んでいると同じなのである。
そこでは人間的なものが余計なものとして排除されているのである。
ただ技術とかは人間の幸福など考えないない,人間の幸福は技術とか科学の進歩と比例することはないのである。
でもそういう情もない世界に人間は生きたいだろうか?
そういう疑問が無人駅で案内して感じたのである。


消えた鉄路

北の果て一本の線路が通じている
それは人と人を結ぶ道路
それははるか遠くまで通じている
駅には駅長が待っている
そして一両の車両を見送る
風の日も雨の日も雪の日も
一両の電車は客を乗せ走り
人と人をつなぎ運ぶ
駅には雪にうもれても
あたたかい灯がともっている
それは人間のあたたかい心の灯
しかし遂にその鉄路も消えた
その鉄路は荒野に帰り雪に埋もれる
その駅も駅長のいたことも忘れられてゆく
それが人の世である
でも聞こえてこないか?
ぽっぽっと笛の音が
辺りにひびきわたる
それは幻覚なのか
一両の電車が走ってくる
何か人間のように懸命に走ってくる
そしてそこに人間の駅長が待っている
手動で操作して電車を迎える
そこには人間がいる
機械ではないロボットが待つのではない
人間が待っている,人間が見送る
人が人を待ち見送る駅
そして鉄路が消えても
そこにいた人間を思い出す
機械やロボットは道具である
主役は人間なのだ
主人公は人間なのだ
その人間がいなくなるとき
機械や道具は必要なのか
人間いてこそそこは活きる
いつまでもそこにいた人間を思い出す
またそこに人間はいつまでもいたい
人間が仕事していたのだ
機械やロボットではない
人間の一生がそこにあり
人間の喜びや悲しみとともに
鉄道はあったのだ
鉄路は消えても人間の記憶はとどまる
無人駅には人間がいない
だから人間が主人公ではない
だから記憶にもとどまらない
もともと人間がいなかったから


二両の電車

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駅淋し二両の電車や眠る山

冬の山二両の電車や暮れてゆく

冬の山二両の電車浪江まで

しぐるるや二両の電車あわれかな

山に没る冬陽や二両の電車かな

.................

なにかこうして二両の電車が一時津浪で途切れたとき相馬市と原町を行き来していた
それも不思議な光景だった,なぜか二両と四両と六両とかで感じが違ってくる
二両となると人間的になり一両だったらそれは本当に人間に見えるのである。
それでこの映画では一両の電車であり哀愁がにじみでていたのである。
急行とか新幹線になるともう人間的なものを越えて哀愁などなくなるのである。
機械化は何か人間の情を抹殺してゆく,それは老子の時代から言われてきたことである。文明は人間的なもの人間の情を抹殺してゆく,文明は何でも便利でも効率的でも人間の情はそこで失われてゆくのである。
自分は車には鉄道とは違って人間的なものを感じないのである。
なぜ鉄道にはこうして人間的なもの感じるのか?
鉄道の歴史は古く人間の情的なものが結びついているからだろう。
ただの便利な物でも人間でも運ぶ道具ではないものとなっていたのである。
鉄道というのはそれだけ人間の歴史とともにあったからだともなる
150年もあればそうなる,ただの機械とか道具ではないものになっていたのである。

枯野(人間的な二両の電車)



2018年03月27日

fortuneとは(財産を得るのは運なのか)


fortuneとは(財産を得るのは運なのか)

運、幸運にもこと、幸運、果報、繁栄、成功、出世、運勢、(将来の)運命、富

富とか財産を得たいというのは誰でも思っている,ではどうして富が得られるのか?
毎日勤勉にこつこつ働いて貯蓄してゆくことが正道だとなるのが普通である。
金が富が棚からぼた餅のように落ちてくるなど期待するなとなる
こつこつ働いてこそ富は得られるのだ,そうすべきでありただ何もしないでなまけていて富は得られない,そう普通には言われる

一方でなぜここでfortuneが財産が運なのかとなる,運の作用で富が得られということも人間社会がはじまってからあった
例えば株式投資などでも運の作用が確かにある,あらゆることを考慮して投資できないからである。そこに思わぬリスクがありそれが予測できないのである。
いくらチャートを見ていても例外的に動くこともあるからだ
だからこれも運が関係しているのかとなる,その時代の影響もある
常に世界情勢でも動いているからその変化の中で経済が株でも影響されるからである。
そうしたものを全部をみぬいて投資することは不可能だとなるからである。
そこで運だともなってしまう。

自分は全く働いて金が得てえない,ただ親の財産があり暮らしてきただけである。
ただその暮らしは最低限のものである。旅をしたとしても金も最低しか使っていない
何か贅沢などしていない,だから自分で百万の金を使ったことがないから今でも使えないのである。そうして金を使わないものは大金が入っても使えないのである。
そういう習慣が身についているからそうなる

運というのはどこでも作用している,親の影響も大きく親によってその将来も左右される生まれた親によって大きな差が生まれるからこれも運だとなる
そういう星の下に生まれたとなり運だともなる
だから人間には宿命論が生まれる,そういう定めに生まれるカルマがありそうなったのだとなる

ただ一方で人間の運は決まっていない,どんな親に生まれたとしてもそれですべてが決まる訳でもないとかある,そして人間を作るのは生まれつきで天分で決まっているかとなればそうでもないのである。
その人生も必ずしも親によって決められるものでもない
天才とかはたしかに例外的にいたとしても人間の人生を決めるのはその人であり親でもないし環境でもないことがある
ただその人の人生がどういうふうに展開するかは本人でもわからないし他者でもわからないのである。

事業をはじめて失敗したのは時代だとか運がなかったとか言うがそもそもその事業の計画がずさんすぎたということがある,でも成功すると確信していた
失敗したら運が悪かった時代が悪かったとか言い訳するのも自分勝手だともなる
すべてがそうして運でもないし生まれつきでもないし親によって決まる訳でもない
投資でもそうである。何も知らないで銀行にまかせたのが悪いということがあったからだそれは運でもない経験もないのに銀行がプロだと思いまかせたことに失敗があった
だからそれは運ではない予測できたことだから自己責任だとなる

なんらかで人間は自己責任があることは確かである。でもまたそこには運がある
その運がわからないのである。
この辺で確かに原発事故などで被害があったがそれで大金を得た人もいた,それも運だった,一方で津浪で無惨に死んだ人もいる,それも運だったのかとなる
死ぬ人と死なない人がいたからである。
海岸に住んでいた人は運が悪かったとなるのか?
それより原発事故も運が悪かったから不可抗力だったとなるのか?
津浪は予測できなかったとしているが実際は予測していたが備えをしなかったとなると運ではない
それで東電には責任があったと賠償が請求される

ただ間一髪で助かったのは運が良かったなとか常にある,それはやはり何かしら運が関係しているのか?
つまり人間にはどうしても不可抗力なのもがあり予測できないことがある
だからこそ運で決まるともなる,様々な要素があって株が決まってくるからもうどんな人も予測できないからである。
だから運だとなってしまう,ギャンブルももうかるのも損するのも運だとなる

運がなければどんなにこつこつ努力しても金持ちにもなれないし才能ある人間にはなれないともなる,もともと天分がなければ才能はありえないともなる
もしでも人間が生んですべてが決まるとしたら努力もしなくなるだろう
どうせ努力しても無駄だとなってしまうからである。
ただ努力をしつづけるのはやはり運だけでは人生は作れない,富も幸運ももたらされないから努力するのである。なんらか精進しなければ何も成せないということはある
物作りでも日本人は精進して励むからこそ品質がいいものを作る

人間は運だけに頼っても富は得られない,また努力だけでも幸運は富も得られないことは確かである。ただ運は常に人間社会では左右していることも確かである。
なぜなら天候というのも必ず左右している,桶狭間で信長が勝ったのは天候のせいだんたとか他にもモンゴルの船が台風で沈んだのも天候のせいだったとかなると運がそこに左右したとなるからだ
でも人間は信長でも運を呼びこむということで決断したことで勝利を得たとういこともある、運が左右しても座して待っているだけでは運は開けない
果断に決断して運が開ける,人が英雄となったときは時代の影響がある
そこにも運が左右している,明治維新でもあえなく死んだ人が多い,英雄として残っているのはわずかだとなるからだ

世代的にも運不運がある,まず戦争の時に生まれたらもう最悪である。3百万人が死んだ
そうなるともう死ぬ他ない,死ぬのが人生だとなってしまう
つくづく団塊の世代などは戦争の後に生まれたから幸運だったとなる
高度成長時代も運が良かったともなる,そういう時代であり環境があり団塊の世代は恵まれていたとされる
どんなことしても時代の影響がありまねがれないからである。

正直この世では運というとき神の采配が神が運命に加担している,それは聖書の世界ではそうである。何か事を成すことは人の力ではない神が加担して介入して事が成されたとしている,とすると運を作るのは神だとなるからだ
そうなると宿命論になるがただ宿命によって人間が決まる訳ではない
努力でも精進することでもまたはこつこつ働くことでも研究することでも積み重ねることで人間が天才でも成し得ないこと成す場合もあるからだ

人間の社会が不可解だというとき不可抗力なものがあり未来がわからないのである。
それで運だとなる,でも何も求めないものは何も得られないのである。
求めなさい,さらば与えられるだろうとなる
求めるということは人間の意志であり運ではないのである。運とは何もしないで何かを得るとういことだからである。
何も求めないものは何も得られないのである。それは運ではない,求道心がないものがそもそも悟りとか信仰にいたるわけがないのである。

ただなんらか人生でも歴史でも神の介入がある,そこで歴史を解きあかすことも人間にはできないし人生にもできないのである。
いろいろ言っても将来のことが未来は神の手中にあるとなる
未来をにぎっているのは神であり人間にはないとなる
それは神が万能だからそうなっているのである。
人間はいくら科学技術を発展させても駆使してもそれで社会が良くなるということではない,現実に原発事故などがあり不孝にしたからである。
神のみが最終的に人間の運命をにぎっていることは否定できないのである。
これはいくら人間が努力しても無駄だとなる
神のみが一瞬にして世界も滅ぼすことができなるからである。
神の御意にかなわないとしたら世界を一瞬で滅ぼす,そのことは予言されているからだ



石神村の紙漉きの歴史 (天明の飢饉の時移住した越中などの人が伝えた)


石神村の紙漉きの歴史

(天明の飢饉の時移住した越中などの人が伝えた)

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この抽象画が和風であり和紙に見える


この地が手漉き和紙の里になったのは、天明の飢饉に農民の窮乏を救うため、加賀藩から土佐流の紙漉き職人を呼んだのが始まりとされる。明治33年(1900)には76戸を数え、同35年には紙漉き技術を伝える伝習所も設けられたほどである。恵まれた気候、風土により原料となる楮や黄蜀葵も、自家栽培し余力を二本松の上川崎へ売るほどであったと言われる


いの町紙の博物館について

石神村に嫁いだ女性の家は紙漉きしていた家だった,その家は古い家である。
その紙漉きの技術は加賀藩から土佐流の紙漉き職人を呼んだことがはじまりだという
これも興味深い歴史である。
現実に自分は越前和紙の里に行ったしその土佐の町の紙の博物館にも行っている
越前和紙ではそこで実際に紙漉きをしていたし誰でも紙漉きを試すことができる

土佐の紙漉きが古いから越前に職人を呼んではじめた,だから土佐と越前が結びつく,
それも自分はその二つに実際に行っていたことをふりかえるとずいぶんあちこち旅していた結果だったことをつくづく感じる
そんなに旅している人はいないと思う,それで歴史がたどれるとなる

越中の移民などは農民として来たのでありそうした技術をもたらした人達とは思わなかった,ただ宗教も真宗ももたらしたように何らか移民は文化をもたらすのである
天明の飢饉の時相馬藩では三分の一に人口が激減した,その穴埋めを移民がしてくれた
その時紙漉きの技術が伝わったことは知らなかった
ともかく相馬藩では越中などからの移民が本当に多いのである。
祖先をたどれば越中からの移民だとわかるので交流もある

紙漉きは古くから大きな産業だった,ただ冬に紙漉きをするので紙漉きは女性でもしたくないものだったのである。
石神に嫁いだ女性は農家だったとしても何にも農家のことはしない農作業もしない
夫は会社員であり農家の生まれでも農業はしていない
だから何か農家がどういうものなのかもわからない
サラリーマンの家庭なのである。農家では今はそういう人が多いのである。
純粋の農家は少ないのである。この辺では梨農家とか花栽培している農家とかは現金収入があるのでやっていけるが他はむずかしいからだ

ともかく石神の紙漉きは明治までつづいて有名だったのは意外だった
技術を伝える伝習所までもうけられていたということでもそうである。
それだけ紙漉きが盛んだったのである。
それが越中などの移民の歴史と重なり一つの郷土史として見逃せないものであった
でもそういう技術も絶えて語る人すらいなくなるのも淋しいとなる

インターネットだとこうして貴重な情報が見いだされる場合がある
図書館で何か検索するということ調べることはめんどうなのである。
今は時間がないからしていない,これで興味をもったのはやはり越前和紙の里に行って実際に紙漉きのまねごとをしたことや土佐のいの町の紙の博物館に実際に行ったことであるこれもかなり前になるがいかに自分が旅していたかということに我ながら感心するともなる

晩秋に越前和紙の里たずぬ

あしらいぬ越前和紙に楓かな

いの町や蓮華の咲きて和紙の里

posted by 老鶯 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

春霞(故郷の春の俳句十句)


春霞(故郷の春の俳句十句)

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老木に紅梅映えて農家かな

春うらら孫と畑や里の山

春の日や畑を前に語りあう

春光の川面にきらめき朝の里

春の川流れのはやし子供の声

鳥飛びて流れのはやし草萌ゆる

鳥とまり川面光りて芽吹きかな

川の岸子供あそぶや猫柳

山脈のつづきて遠く春霞

春霞家々離れ隠されぬ


今日は春霞だった,湿り気がでてきて霞になる,のどかな日だった,あそこの老木は記念物に指定されるような木である。紅梅が映えているのもいい
老木は何か田舎的なのである。

孫と畑を耕やしている,それはのどかな風景である。でもその近くの知っている人の畑には延々と問題が起きている,それでその負担を自分がさせられている
今度は小屋に置いた道具が盗まれたとまた負担させられる,今月だけで額も大きい
金だけが費やされるのが現実なのである。
畑を趣味でしていたらかえって相当な金がかかってしまうのである。

流れが早い,そこに鳥が飛び,子供の遊ぶ声がする,それが何かめずらしいともなる
第一今は子供も川で遊んでいないし見かけないからだ
見かけるのは老人だけなのである。
避難区域にった小高とかでも30パーセントが帰っても老人がほとんどなのである。
そういう街になると異常だともなる
老木があって紅梅があって犬ふぐりとかたんぽぽとか花が咲く
それは人間でも子供から老人と世代でも平均して住んでいるのが調和しているのである。老木ばかりだったらそういう世界は自然にもないのである。

故郷とはこうしてやはりこういう景色がある所である。四季があるところである。
季節の変化がありそれで感じるものがある
真野川の岸辺は散歩するのには一番いい場所である。
そういう場所は田舎ではどこでもある,原町だって大きくても新田川がある
ただ相馬市の宇多川は細い,川でも何かもうひとつものたりないのである。
新田川はそれなりに浅瀬でも瀬音がして気持ちいい川なのである。
浪江では川が二つあるからもっといいのである。
あそこの岸にも桜が咲く,それで人がそこに住んでいないのは悲しいとなる

つまり人が住んでいないとなるとそこはどうなるのか?
自然も死んでしまうともなる,人が住んでいて自然も映える,人が住んで生活する中に自然も息づくということがある
それが人が住んでいないとなると何か自然でも空洞のようになる
孫と畑を耕しているのをみればわかる,その時自然と人間は調和しているのである。





2018年03月28日

権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する (なぜ歴史はくりかえすのか?)


権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する 


(なぜ歴史はくりかえすのか?)


人間の歴史をふりかえると同じようなことくりかえしている,だからカルマ論があり歴史はくりかえすとなる
そもそも人間そのものは変わらないからである。人間がもっている欲望がなくなるわけでもない,文明がいくら発達しても人間は変わらない,欲望はなくならない
とすればその欲望があるからカルマとなり同じことをくりかえすとなる
犯罪でもそうである。犯罪の動機でも男女関係などの犯罪は変わりなくある
その動機はわかりやすいのである。
人間そのものが変わらないとしたら社会でも歴史でも同じことをくりかえすことになる

人間は権力を求めるというときもそうである。権力というときいろいろあるが地位とか財力とかである。権力闘争が常にありくりかえされているしそれは凄惨なものになる
ロシア革命でも中国革命でも一千万人が粛清されたとかある
そういう権力闘争は今も変わっていない,民主主義ではその権力闘争を選挙という形で置き換えたから共産主義などと違って凄惨な争いが起きていないのである。

人間の心理をみると富を財産をもつとそれを失いたくないという力が働く
何か金というのはいくらあっても減らしたくないのである。
老人が金があっても使わないというときもういくら貯金していても増えないからである。もし高度成長時代のように利子がついていれば老人でも使う,でも利子もつかないから減るだけなので使わないともなる

人間はなんとか財産をもつと減らしたくない失いたくないという力が働く,保守的になるその財産を富を守るにはどうするのか?
そのために実は警察権力とか軍隊とかもかかわってくる,政治がかかわってくる
アメリカでは金持ちが自分たちの財産を守るために政治でロビー活動して献金するので金持ちに有利な政策にさせる,露骨なのは後進国でも桁外れの金持ちがいてその人たち私兵を雇い自分たちの財産を守る
このようにこうした大金持ちが発見したのが国家だということもある
国家は巨大な権力を利権を左右できるからだ

そしてこうした大金持ちとか権力者が恐れるのは何か?
権力や地位や財産を奪われることなのである。
そのために戦々恐々としているのである。
いつ部下にでも裏切られ権力を地位を財産を失うかもしれないと恐れる
だからこそ粛清して自分の地位の権力を維持しようとしている
権力でも地位でも財産でも守ることが権力者は第一に考える
国民のことなど貧民のことなど考慮しないのである。
だから中国では巨万の富を貯えた共産党の幹部の人達はなにかあったら外国に逃げる算段をしている,金も外国に移してなにかあったら脱出しようとしている
それは日本の金持ちでもそう考える人がいる

その人たちは何を恐れているのか?膨大な貧民がまたいてその人たちが反乱することを恐れている
その人たちに権力も地位も富も奪われることを恐れているのである。
金持ちはその財産をいかに守るかが最大の問題になるのだ
中国で頼りになるのは家族だけだというとき家族のことを第一に考える
財産を維持して家族を守ることを優先させるのである。
貧民は絶えずありその人たちの不満がいつ爆発するかわからないからだ
中国では膨大な数の暴動が起きている,小規模だからニュースにもならないが起きている不満がそれだけあるということである。
コネ社会だというとき賄賂がやらないと何もできないとかでもそうである。
中国では利権を一人じめしようとすることが多いからである。
共産党が平等を目指したのに極端な格差社会であり王朝ができているのと同じであり
これも歴史はくりかえすとなる

そしてこれだけ格差が大きいと貧民が反乱して暴動を起す,それが革命になる
その時今権力をもっている人も地位ある人も金ある人も一挙に失うのである。
そのことを一番恐れているのが権力がある財力がある人達なのである。
日本では中国やアメリカのように極端な金持ちとかはいない
まず歴史的に村社会であり狭い地域で生きていたから突出した富をもてば回りから責められる,田舎に住めばわかる
金持ちではいられない,回りの目が常にありそんな極端な金持ちは田舎に住めないのである。つまり日本はもともと平等志向が強いのである
天皇というのは王様ではない,天皇そのものが質素であり中国とかの王様とは違っているだから天皇を倒すということはしないのである。天皇は必ずしも権力者ではないからである。

革命とか社会が変わるというときこうした既得権者が一掃されることなのである。
明治維新はまたそうした革命とは違っていてもやはり侍階級がなくなり平民の時代になった,太平洋戦争でもそうでありその時の既得権者が軍人でも地主階級でも一挙にその権力と財力を失ったのである。
その結果として新しい国造りができたとなる
人間の歴史もまたそういう繰り返しだったとなる
権力や地位や財力をもてばそれを失いたくない守りになる
それで社会は停滞する,腐敗する,それで権力は腐敗する,絶対的に腐敗するとなる
政権で長期化すると腐敗してゆく,利権かしてゆき腐敗する
だから政権交代が必要として民主主義が生まれたのである。
中国にはそれがない,習近平が終身のトップに君臨する,それはまさに王様であり中国王朝なのである。それは中国では歴史でくりかえされてきたことである。

ただそれが安泰かというとまた同じように反乱が起きてくつがえされるから権力や財力をもつものは恐れる,それがくりかえされた人間の業(カルマ)である
そもそも人間は権力とか地位とか財力を求める,それは貧民でも同じである
むしろそういう虐げられた人達は余計にそうなのである。
だからそういう虐げられた人達を利用して政権の転覆をねらう
それはカルト教団などもそうである。宗教も権力とか金と離れて考えられないのである。カトリックでも権力集団化した政治化したのもそのたである。
そういうことは創価でも他のカルト宗教団体でも同じである。

ではその人たちが権力をにぎるとどうなるのか?やはり同じことをくりかえすのである。
権力や地位や財力をもつとそれを失いたくないとなる
そういう繰り返しが人間の歴史だったのである。

金持ちが天国に入るのは駱駝が針の穴を通るより難しい

つまりこの世の欲から人間は離れられないのである。心理的にも一旦富を所有したらその富を失いたくないとなり守りになる
そしてそれが奪われることを恐れるようになる
本当は別にその富を分ければいいともなるがそれもできない,権力と地位でも富でも独占したいからそれができない,それが人間であり変わらないから同じことをくりかえしているのである。
自分もたいして富でもないがそのことを経験した,格差がなくならないかぎりこういうことはなくならないのである。


春の俳句十句(新しい自転車で近辺を回る-pas vienta8)


春の俳句十句(新しい自転車で近辺を回る-pas-vienta8)

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新しき自転車に乗り初燕

春風を切って走るやクロスバイク

紅梅に木蓮のつぼみふくらみぬ

沈丁花匂い静かに石のあり

春の日や駅に長くも待てる人

草むしる道具の良しと春の畑

蕗の薹水無し川の流るかな

春の鳥声高に啼く森のあり

牛にさす春日やここにいつくかな

春日さす小池の古墳や祖の眠る

近くなれ安政の墓や落椿


ヤマハの2018年度のVIENTAを買った,これはロードとマウテンバイクの特徴を備えたものだった,ロードは軽くて早い,マウテンバイクは悪路に強いし安定しているから安全である。ロードは早すぎて危険なのである。
それでロードは早く軽く走るが危険だと感じた
大怪我した人もいたからである。
この二つの特徴を備えたこの自転車は使える
多少の悪路もタイヤが太めなので走れるしまたスピードも20キロはでる

ただそれ以上になると出ないがこれだたけ出れば早い
ロードだと20キロ簡単に越える速さになる,だからこの自転車は20キロでありそれだけの速さはでない,やはり電動だから重い感じになる
でも20キロということでこれにした,電動自転車は重いのが多いからだ
自転車はまず軽いか重いかで相当に差があることがわかったからである。

今日この自転車にのって近辺を回った,初燕を河原で見た,今年は早いと思う
普通は4月になってから来るからである。
これも何か原因があるのか,渡り鳥だから渡ってくる場所が南の方だとするとそっちが暑く感じたから渡って来たのかとなる

知っている女性が畑で草むしりしていた,とにかく春になるとまた草がはえてくる
それでその草むしるのにいい道具を使っていた
盗まれたという道具でも自分が払わされるのである。
なにやかにやと金を要求される,別に自分の家では今は三日に一度くらいきて皿洗うとしてもそれも数分で終わるのである。その仕事はしなくてもいいのである。

水無し川は今日は流れていた,蕗の薹がでていた,水無し川はどこにでもある
最近雨があったから水が流れていた
小池は古墳が多い,古墳の町として鹿島区がある,だから古墳を見に来たという人もいる古墳でも小さい古墳が多いのが特徴である。
原町には大きな桜井古墳があるがここは小さな古墳である。

小学校の前のところに竹藪がありそこに不動明王が祭ってあった
そこでもそのために自分が金を払っている,その近くに住んでいる女性が金がないと言われ払っているのである。
何かと金を払っているのが自分なのである。
そこに安政と記した墓があり僧侶の墓である。

安政(1854年)は明治に近い,天保でも明治で活躍した人が生まれている年代である。
それだけ明治時代とつながる時代である。
だからこの年代の墓でも碑が多いのである。飢饉のあった天明は相当に古いのである。
あそこは鹿島村内に入る,近くでも知らないものがある

ともかくこの自転車は近くでも利用できる,買い物でも利用できる,遠出もできるものだから便利だ,ただ本当の自転車の醍醐味はロードにある
風のように走る感覚になるからだ,ただ危険になる
この自転車は何かやはり重い感覚がある,自然な走りではないのである。
ただ十分に遠出できるものなのでもう一つバッテリーを買って行ってみよう。














2018年03月29日

地方が田舎が与えるものは何か? (癒しの場であり文化的なものー飯館村には音楽堂が向いている)


地方が田舎が与えるものは何か?

(癒しの場であり文化的なものー飯館村には音楽堂が向いている)

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東京の人とかは田舎は地方は経済的に非効率だから無駄だとかインフラに金がかかるから税金の無駄だとかいろいろ言う
確かにそれもある,では地方の田舎の存在の意味は何なのだろう。
田舎は農業であり食料を提供する場である,それは物質的な面で地方や田舎の評価であり価値である。

しかし価値観は変わってくる,現代では物質的なものは満たされると次に何を求めるのかまず腹を満たす,それが先決なことは確かである。
でもその次にどうなるのか?人間はがつがつ食べていればいいとういものではない
動物とは違うからである。それで今度はそこで食べる雰囲気とか談笑するとか食べることによって仲間意識を作るとか食べるほかの付加価値を求める
レストランでも内装とかで安らぎを与える,それは食べることだけではない価値である。
今までの価値観は貧乏なときはまず腹を満たすことだとなるが今は違う。
もちろん味も大事である,基本的な価値である。
ただそれ以上に今求めているのがある,それは何なのか?
癒しとなるものである。安らぎとなるものである。
ただ立ち食い蕎麦で腹を満たせばいい,食べ物をかきこめばいいとはならない
それは豊かさではない,だから今は都会的なものより田舎的なものを求めるというとき
食べ物だけではない,田舎は癒しの場であり安らぎの場として求める

例えば森があるとして森をただ木材の供給地として見るのではない
森そのものの価値である。それを追及したのが森の中で暮らしたソーローであった
彼はそうして木材だけを森の価値として見ていた商人を批判していたからだ
森というのは荘厳な一つの世界である。
ドイツではそうした樅の木などの森がおおっていた,その森からゴシック建築がイメージされて作られたことでもわかる
自然を基に文化は生まれる,それはヨーロッパでも田舎に地方都市でもはせいみい4,5万の都市であり回りは自然に囲まれていた,森に囲まれていたのである。

ヨーロッパでは地方都市が充実している,そしてその地方都市から文化が生まれた
ルネサンスが生まれたフィレンツは4万くらいの小都市だったのである
そこからあれだけの文化が生まれたというのは驚きである。
天才もあれだけ輩出したというのも驚きである。
ミケランジェロを生んだのは確かに近くに大理石がとれる場があったからだともなる
だから素材が近くにあったから地産地消としたともなる

地方都市でも都会的要素と田舎的要素があり文化が生まれた
メジチ家が薬を売り財を成してそれで富を得て文化が栄えたとういこともある
やはり何らかと富が蓄積されないと文化は生まれないことはある
では今の東京などは一番が富が蓄積しているのにそこに文化は生まれないのはなぜなのかそこには物質的な繁栄しかないのである。
やはりそこには文化の基になる自然から切り離された完全な人工都市化しているからである。
そこでは自然をイメージできない,ビルの谷間と毎日高層ビルを見上げるだけで自然はないのである。一方で田舎だったらここには高い山がないが高い山を仰いでいたらその心も高まるのである
確かに自然ではない人工的美は存在する,それでラファエロのアテネィの学堂の絵では
ローマのア-チの建築がバックになっていて荘厳さを演出する
それは人工的なものである,ヨーロッパにはそうした人工的な美を作り出した
ただレオナルドダビンチのモナリザのバックは幽邃な巌の谷間になっている
処々に岩が描かれて人が天使が描かれている,そういう自然がまだバックにありイメージされていたとなる

山であれ森であれ川であれ海であれ自然がなければそもそも美でも産み出されない
音楽でも自然と結びついてある,何か自然を川の流れと潮騒とか山とか岩の沈黙とかあり森の中で鳥が鳴くとかそういうものは音楽からイメージされるからである。
クラシック音楽だとそうなる,ポピュラー音楽はただ激しいリズムなのである。
だから音楽を聴くには実際は森の中が一番向いているのである。
そこにクラシック音楽は調和してひびくのである。
都会の騒音の中では向かないのである。

だから飯館村は森に囲まれた村である。すると飯館村に本当は音楽堂があるのが向いている,そこでクラシックの演奏することが向いているのである。
震災以後そうした演奏会が行われた,でも音楽堂は人の集まりやすい都会にある
わざわざ飯館村のような不便な所には行かないだろう
でも音楽のクラシックの演奏を心にひびかせるにも森の中がふさわしいのである。

現代は文明都市でありヨーロッパのように文化都市を形成していない
これから求められるのは文化都市である。
最近良く言われるAI化で人間が働かなくてもよくなる,そしてベーシクインカムになるというのは何なのだろうと思う
これも一つの時代が変わることなのか,そうなると必ず価値観が変わる
人間は今ただ食べることだけではない文化的価値を求めることになる
それでみんなアーティストになるとか言われる

田舎に求めるものも食料だけではない,むしろその食料を提供するとしても付加価値が求められる,田舎が癒しの場としての機能がありそういうものが価値として求められる
自分の場合は田舎で働いていない,農業もしていない,ただ自然の中で森とか木とか岩とかにアイディンティティを求めてきたのである。
ただ文明というときカンボジアのアンコールワットでも森に埋もれている,マヤ文明の神殿でもそうである。それは森と切り離されて存在していなかった
深い森のなかにあった文明都市だったのである。
それが古代文明と今の文明との相違である。

今回の原発事故で飯館村などは悲惨だった,今でもフレコンバッグとかあり景観は乱された,ソーラーパネルなどでも景観は乱された
森も確かに放射能で汚染されたのだが別に森そのものは残っているのである。
ただその森で食べるものキノコとか山菜は食べられなくなったのである。
でも森に囲まれた癒しの場の機能は失っていないのである。
だから音楽堂などがあることが向いているのである。
本当に奥の方に太い樅の木があった,それは神殿の柱のように見えたのである。
飯館村は全体が森に囲まれている,原町からでも飯館村に入るには暗い森の中を通るのである。この辺はまだ森におおわれた自然がありそれが癒しとなるのである。



タグ:癒し 飯館村

abstract forest in spring


abstract forest in spring

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森の抽象画を作るのはパターン化している
ただソフトを同じように操作するとできる
それでもそこに多様な変化がある
その辺かは尽きずにある

そして森の抽象画が大量生産できるのはパタ-ン化して
ソフトで機械的に作り出しているからである。

ただ現実の森がこのように見えるかとなると見えない
それがパソコンの森の抽象画を作っていて不思議なところである。
こんなに多様な森を現実の森から見えないからである。

だからその森は現実にない森なのかともなる
人工的に作り出された架空の森だともなる
ただ暗い森とか青い森とか緑の森はありうる
森が赤く見えることは夕日にそまっても必ずしも見えないだろう
それがパソコンで作り出す抽象画の森の不思議である。


It is patterned to make forest abstract paintings
You can just operate the software in the same way
Still there are diverse changes there
There is nothing left there

And we can mass produce forest abstract painting pattern
It is because it is soft and mechanically created.

However, it will not be visible if the real forest looks like this
It is a strange place to make an abstract picture of the forest of a personal computer.
Because we can not see such a diverse forest from the real forest.

So that forest is also a reality forest
It is also an imaginary forest created artificially
There can be only dark forests, blue forests and green forests
Watching the forest looking red may not necessarily be visible even when it sits in the sunset
It is a wonder of the forest of abstract painting that it creates with a personal computer
タグ:spring forest