2018年03月07日

文明は効率を追及してきたAI化機械化である (効率的でない機械にできないものが見直される)


文明は効率を追及してきたAI化機械化である

(効率的でない機械にできないものが見直される)

文明というときいろいろな見方がある,便利さを追及してきた,A地点からB地点に行くのにどれだけ早く行くかを速さを競う,徒歩から馬車とか蒸気機関車から現代の新幹線まで常に速さを競ってきた,それがリニアになるともう極限状態の速さである
距離を空間を狭くしたのである。それが文明の発展だったということは具体的でわかりやすい
それは物流と人間の交流も促進させるから今のグローバル経済になるのは必然だった
第一交通が発達しなければ海外に行くこともできない,船で何カ月もかかるとしたら
できないからだ

文明と共に時間が発明された,時間の感覚は時代によって違う,江戸時代なら現代のように一時間ごととかに分けていない,おおざっぱであり時間の流れはゆったりと感じていた現代は一分一秒刻みで時間が計られるのは効率的に仕事をするためなのである。
時間の効率化が資本主義社会ですすめられた,時は金なりというときそうである。
資本主義というとき時間自体が効率化するように土地でも物を作るのでも効率化する
土地でも効率的に利用して生産をあげることに努力する
文明とはあらゆるものを効率化することである。
それで機械が不可欠であり機械によって効率化を促進する,その前に流れ作業をオートメーション化する,そういう流れ作業は人間がしていた
それはだんだんロボットがするようになる,事務でも知能化したAIがするようになる
人間の労働そのものが実際は効率的ではないからだ

効率というとき中国でコンバインでも麦を刈るのと人間が手作業でしているのではもう千倍との効率になる,それで麦刈りする中国での出稼ぎ労働者が仕事がなくなった
でも機械ではできない,平坦な土地ではない複雑な地形の所は人間でしかできないからしている,それは今は日本でも田植えをしているが田植えをできない所がでてくる
それは田んぼの縁(へり)なのである。そこは人間がしていたのである。
何かしら人間しかできないことは必ずある

経済の原則では経済合理性から効率化とかは自ずと追及される,AI化になると知能も機械化され効率化される,事務でも知的な仕事でも一見機械にできないようでもパターン化したものがありできるものがある
感心したのは翻訳である。これは人間より優れていて機械翻訳で習って外国がを勉強できる,それは効率的だとなる
効率化というとき知的な分野ではパソコンができたとき知的作業は相当に効率化してきたのである。
いちいち紙に原稿用紙に文を書いていたら効率が悪いのである。
自分は悪筆だからワープロを早い時期からはじめていた,それでオワシスの親指シフトを覚えた,ワープロで通信も早い時期からはじめていた
つまり文章を紙に書いていると効率的でないからそうなったのである。
だから人間は何でも効率化を目指しているのである。

しかし効率化はすすめてゆくと人間社会はどうなるのか?
それが問われる,一つの例として無人化した駅でボランティアしたことを書いてきた
JRでも効率化するために人件費を削減するために駅の無人化をすすめているからだ
人間はコストがかかるから効率的ではない,それは資本家がコストを削減するのは効率的でないからである。機械の方が効率的なのである。
それは例えば家事でもそうである。戦前は中流家庭でも女中を二人雇っていた
それだけ労働を必要としていたのである。それが戦後は家電化して家事労働は機械化したから効率化したから女中という仕事はまれになった
戦後まもなくも竈で炭を使ったりして米を炊いていたのである。
それだけで相当に手間だったのである。人手が必要としていたのである

JRでは確かに駅を自動化するためにゲームのように電車の運行がわかるようにしたし別に困らないということはある
JRの経営はまず人へのサービスというのをそもそも極力省くことである
ただ時間どおりに電車を走らすことであり人へのサービスなど考えていないのである。
要するにJRはすべてを機械化して自動化して極力人を減らすことをしている
そこでは人間へのサービスはない,すべて機械化して自動化する
駅で迎えるのはロボットでいいという考えである。そうすれば効率化できるからだ
社会でもそういう考えになる,資本家は人間を雇うと何かとめんどうだからである。
実際に家事で皿二三枚洗ってもらうのにまず金を要求されるしその家族のことやら何からいろいろめんどうなるのである。そもそも人間は機械やロボットのように効率的には絶対に使えないのである。
そのめんどうなのもが人間なのである。皿だけ洗うなら機械の方が楽だとなる

でもこの効率化ということには非効率な人間はいらないとなる,資本家から人間の労働は非効率だからいらない,みんな機械化してAI化して人間を排除しろということになる社会である。
それが人間にとって幸福な社会になるのかどうかはわからない,ただ文明とは何でも効率化なのである。効率的でないものは排除されてゆく
そして最後にSF的悪夢社会が生まれる,AIが人間は最も効率的ではない,排除しろ抹殺しろとかなる
それは別に空想の世界でもなんでもない,現実にこの社会で実行されてきたことだから怖いとなる
ナチスではいかに人を効率的に殺すかということでガス室が発明された,その数には問題があるが戦争になると人間をいかに効率的大量に殺戮するかとなるとき核兵器になる
そういう空恐ろしいことが現実に実行されてきたからである。
一見文明というのは肯定されるがそういう人間にとって恐ろしいものでもあった
鶏でも卵を産む機械にされているがそれも人間に適用されるのである。
いかに効率的に鶏に卵を産むかを考えるからコストを考えてケージで飼い卵を大量生産さけるのである。
それでニワトリは庭の鳥であり庭を歩いているときまさに庭鳥だった,それを見て何かほっとしたのである。

ただいくら機械化AI化しても人間が成すべきことはなるし機械に代われないのである。
逆に機械化できないAI化できないものが価値がでてくる
それは人間にしかできないものであり人間的なものが重んじられる逆説が生まれる
接客行となる職業はAI化しにくいのである。
医療関係や介護であれ人と人とが交流するものはAI化しにくいのである。
情的なものがかかわるのはAI化しにくい,AIには感情をもつことができないからである。AI化してもロボットには感情はもつことはできない
つまりそうすると感情をもっているということが人間的なものなのかとなる
笑ったり悲しんだり喜んだりすることが最も人間的なものなのかとなる
接客業ではそういうことが要求される,物を作るなら他でも事務でもAI化できるが機械化できるが情が必要なものはしにくいからだ
ロボットが愛情をもつことはありえないからである。

だから駅でも病人がきて病院にゆく,そこで話するとき大変ですねとか同情したりする
中学生がきてたまたま金がなくて腹が減ったと言っていたので近くの菓子屋から菓子を買ってあげる,その他自分のしたことは何か駅は自動化しているのだけど電車に乗るにはそれほど困らないようにはしている
でも何かそうした人間的なものが欠けている
ただ駅は自動化して通りすぎるだけの所とも違っていたからである。
人々の出会いと別れの場でもありそういう演出する場でもある
広場としての機能もあった,JRでは駅はただ電車に乗るだけの人を運ぶだけのものとしてしか考えていないのである。
それで障害者から苦情が来たというのもわかる,駅員はコストがかかるから効率的ないから排除するということになったからだ
障害者というのはそもそも効率的でない存在だからである。
それで認知症の人が踏み切りで事故で死んだ、それで電車が遅れて損害を出したから賠償金を払いと高額な金を要求したのである
JRではそこに人を見ていない,人へのサービスというのはないのである。
ただ人を物のように運べばいいとしかないのである。

いづれにしろ人間というのはそもそも効率的なものではない,効率化によって非人間化される,効率的でない所に人間的なものとなり人間味がでてくる
電車でも外の景色を見るとき観光のため一時とまるときがある,それは効率的ではないのだが人間的であり景色を楽しめるとなる
そういうことは人間社会ではいろいろある,それこそ人間が生きることだともなる
効率化をおしすすめると人間はもう生きるのも苦しくなる,それで鬱病が増える
効率化しなければグローバル経済の競争に勝てないとなり人間は効率化のために酷使される
だから文明に反逆することは効率化を拒否することだともなる
文明とはそもそも人間の幸福を追求してきたのもではない,効率化コストを削減する資本家の論理もあるしそれは資本家の富を増大させるということでそうなった
その富は投資家など資本家に蓄積されるだけだとなる,それで世界の何パーセントかの資本家に富が奪われているのである。
格差社会になるのはこうした人間を無視した効率化をすすめるからだともなる
それが人間全体を幸福にすればいいがめそうはなっていないから問題なのである。

おーい雲よ
悠々と
馬鹿に呑気そうじゃないか
何処まで行くんだ
ずっと磐城平の方まで行くんか

山村暮鳥

こういうことが人間的になる,旅でも実際は決められたレールの上を走るだけなのは面白くない,江戸時代のように歩いて道が分かれこの道はどこに行くのかというとき旅がまさに未知(道)への誘いがあり魅惑的になる
そういう旅を自分は自転車でしてきたのである。

日永きやこの道いづこへ分かれ道

阿武隈高原を気ままに自転車で行ったことが思い出される,それは実に恵まれた時だったなぜなら介護十年してそれができなくなったからである。

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春の日(常磐高速SAのセディティ短歌十首) (猪苗代より来た人とあう)


春の日(常磐高速SAのセディティ短歌十首)

(猪苗代より来た人とあう)

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鹿狼山(がろうさん)が見える
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春の日に来る人あれ遠くよりセディティに我も来たりて迎えぬ

春の日に常磐高速行き交いぬしばし寄りなむ鹿島なるかな

高速に近くに見える鹿狼山春の日に来てセディティ休む

葉牡丹に小さき花の鉢植えをセディティに置き春の日休む

猪苗代まだ雪厚しセディティに春は来るも嘆き帰りぬ

猪苗代真白き雪に染められぬ波打ちひびき磐梯山見ゆ

猪苗代松に雪かな打ち寄せる波のひびきて夕暮れにけり

会津なれなお雪埋もれ遠きかな久しく行かじ旅の日思ふ

社一つ雪にうもれてあわれかな会津の冬の長くありしも

セディティに我がより駅により人の行き交ふ春となるかな

梅開き柚子もなりにき小山田の細き道をし帰りくるかな

一本松切られてなしも右田浜津浪の後に何か残らむ


sedate(セディティ)

sed- 座ること・腰掛けることを表す印欧語根(sit)。語幹sessを持つ語(assess, possessなど)、reside, sessionなどの由来として、座ること、据えること。

この言葉が何なのかわかりにくかった,鎮座するという日本語を機械翻訳したらこの言葉がでてきた

鎮座するというときsed- 座ることだから通じている,鎮静するという意味でもある

セディティというのがなにかなじめない言葉である。意味はいいのだが発音しにくいしてわかりにくいのである。
だから意味はいいとして名付けたのはいいかどうかわからない

ばあちゃんが休んでいたので話しかけた,その人は猪苗代から来ていた

「春になりいいですね、どこから来ました」
「猪苗代だよ,雪で困ったよ,雪は嫌だよ」
「猪苗代はそんなに雪降ったかな」
「猪苗代は雪降るよ,今年は特に降って積もったよ,溶けないよ」
「そうだったかな,ここは雪は降らないけど今年は寒かったよ」
「猪苗代は若松市より降るんだよ」
「若松市より降る,あっちの方が降ると思ったけど・・・」
「猪苗代は会津よりふるんだよ」
「ここは春になると東風(こち)が海から吹いてくる
それで放射性が福島市の方まで流れたんだよ」
「そいうことか,こっちは雪がふらないからいいよ」

今日は東風が吹いていた,それは山側にも吹いていた,これは二月から吹き始め3月になるとさらに吹く,それで原発が爆発したのは3月11日でありその風に乗って福島市まで放射性物質を運んだのである。
だからつくづく不運だったのである。北風だと海の方に風が吹いて海に流されたからである。現実に海側は放射能の汚染度が低いのである。浪江の請戸では原発の煙突が見えても0.5とか低かったのである。山側はどこでも高く飯館村は一番高くなったのである。
それは風向きでそうなったのであり不運だったのである。

駅でいろいろ案内がてら話したが常磐高速のセディティでは話にくい,でも今日あったのは原町の人と相馬市と楢葉の人と猪苗代と仙台と茨城の人とかであった
駅でもそうだがどこから来ているから興味があるからだ
楢葉の人は学生であり仙台にいるという。いろいろな人が交わるのが駅でありSA(サービスエリア)である

猪苗代のように福島県でも地域差がある,ハマ,ナカ,アイヅとあり気候も相当に違うのである。たから福島県は大きすぎて一つとなりにくいのである。
浜通りと阿武隈高原を越えた中通りでも気候は違う,会津はもっと違うのである。
だから猪苗代がそんなに雪が積のかということが意外だったのである。
つまり福島県はそれだけ広いから地理とか気候でもわかりにくいのである。
ただこうして地域差があることが面白いのである。
ちょっとでも話すると何かこうして地域差があり気候が違うんだなとわかる
だから駅でも常磐高速のSAでもそういう地域差がある人と交わると面白いのである。
ただあそこは駅のように話せない,話にくい場である。
でもあそこに行くといろいろの地域の人が交わる場なのである。
ただあそこから鹿島の方に来るかとなるとあまり来ないだろう。
鹿島の一本松は切られた,あれを見に来る人は結構いたのである。
何かあと見るべきものがない,ただ鹿島には道の駅がないからあそこにSAができたことはいいことだった
レストランとかあり食事ができるのもいい,だからあそこに気晴らしに寄るのもいいとなる

とにかくこの辺は本当に変わりすぎた、海側でもそうだしまるで変わってしまったのである。こんなに変わるものかど驚くばかりである。
常磐高速は車社会だから鉄道よりこれで変化した,人の流れが鉄道とくらべものにならないからである。それだけ車社会になったことをここにくれば自分は車はないが実感するのである。

2018年03月08日

価値観が変わるということはどういうことなのか? (食べることより場の雰囲気を楽しむ)


価値観が変わるということはどういうことなのか?

(食べることより場の雰囲気を楽しむ)


人間は豊かになれば食べることより何かその場の雰囲気とか部屋の装飾とか何か別なものを求める,都会で釣り堀のついたカフェができたり何か装飾品を作る場を提供したりと
ただコーヒーを飲むだけではない,付加価値を求める
食べるものは何かあきる,自分は一人だから外食するがどこでも定番は決まっていて同じになる,すると食べることに飽きるのである。

ただ場所を変えて食べたりすることが気分転換になる,だから深野のユッサに行ったり前は小池のコモドインのレストランに行ったり最近では常磐高速のセディティに行った
最近できたバンドミミという磯部のパン屋にも行った,そこには休む場所が外にもうけられていてそこは民家だった
海も見えたから場所てきにいい場所だった
パンも食べるにしてもその場の雰囲気によって気持ちが変わるのである。
勉強するとき場所を変えて本を読んだりすると何かインスピレコーションが湧いたりする
人間が求める価値は必ずしも食べるというだけではないのである。
その雰囲気とか場がありそれで気分転換になったりする
人間が旅行するというとき食べる楽しみだけではない,雰囲気がまるで変わってしまうからである。
近くでも場所を変えると雰囲気が変わる,飯館村は森につつまれた村である
だから雰囲気的に一番気持ちが変わるのである。
それがあんなふうになったのは本当に残念だった

相馬地方でも浪江とかも高瀬川とかあり海もあり港もあり川が二つ流れているとか風景的にも良かった,相馬市は城下町としてありまた違っていた,新地は海に山が迫っていてやはり地形的に違っていて長い手を伸ばして貝を食べていたという手長の巨人がいたというのも地形から現実にそうだったのである。貝塚が高台にあったからである。
つまり今回津浪にあって消失した海側の村には人は住んでいなかったのである。

人間の価値観は様々である。食べるものだけに価値を置くの貧乏なときである。
今でも食べることは楽しみでもそれよりその場の雰囲気とかに価値を求めたり
その土地の人情に価値を求めたりといろいろ多様になるのである。
物というのも飽和状態になると何か人間的なもの人間の交流をもとめたりする
中国人は最初は爆買いだったが次は事を求めて旅にくる
日本の文化を知りたいともなる

自分はもともと喫茶店が好きだった,ある場所に旅してそこで喫茶店で休み何かイメージして短歌とか俳句を作る,それでそういう休む場所が必要になっていた
ただ今は喫茶店だけではやっていけないから少なくなった
喫茶店がどこにでもある時代でなくなった
喫茶店とかレストランでも場所が関係してくる,なにかごみごみした街中より見晴らしのいい所がいい,多少食べ物は劣っていてもそういう場所だと気持ちいいとなる

ともかく人間の求める価値観は変わってくるのである。
豊かになれば余計にそれぞれの求めるものが違ってくるから価値観も変わってくる
自分だと橲原(じさばら)とかにも喫茶店などあればいいなと思う
あそこは安らげる場所だからである。大原などもそうであり他にもある
ただ今は喫茶店だけでは成り立たなくなる
旅館でもいい庭がある所に泊まってみたいと今では思う
ビジネスホテルなどの安宿ばかり泊まってきたからである。
ただ正直今は何か外国人が多いとか旅行しにくいししたくなった

駅も自動化したがそこにたりないものがある,それは人間的情とか何か機械ではAI化ではできないものである。それをシリーズで伝えてきた
今求めているのは機械化AI化できるものはする,でもそれでたりないものは人間的なものとしとて残りその価値が高くなる時代である。
ロボットに感情は持てないからである。感情的なものは人間たる所以だったのかともなるその人間的なものをみんな求めるようになる
ただ物を作ったり売ったりするのはAI化したロボットがするようになる

でもAI化とか機械化とかでは絶対にできないものがある
それはその場の雰囲気であり風景であり自然なのである。
そういう雰囲気を楽しむことを人間はできるがAI化したロボットにはできない
地理は複雑な要素がありそれをAI化で読み解くことができないのである。

確かにAI化とか機械化の時代が現代を象徴している
そしてしきりに人間の脳とは人間の人間たる所以(ゆえん)は何なのだろうと
AIの開発者が自問自答しているのもわかる
機械化AI化をどこまでもすすめていってもどうしても機械化AI化できなものがある
それは人間にしかできないから最も人間的なものが残りそれが仕事になる
それは感情なのかもしれない,うれしいとか悲しいとか笑うとか感情をロボットはもつことはできない,知性的な部分はAI化できても感情はできない
それでキリストは「悲しむものは幸いである」ということを言った
これも何なのか?悲しむということは人間しかできないのである。
悲しみ涙を流すことは人間にしかできないのである。そこに人間たる所以があるとしたともとれる、ここに何か深い意味がありこれがわかることは容易ではない

いづれにしろこれからはAI化機械化はすすめられる,コンビニでも駅でもどこでも自動化して人件費をはぶきコストを抑える,それが人間にとっていい社会なのか?
でも資本の論理でコストを抑え効率的に運営するにはそうなるのである。
そういう社会で何が重要になるのか?
かえって人間的なもの感情であり情が見直されるとういこともある
ロボットには情はもてないからである。
江戸時代は貧乏であり医療でも発達しないから病気を直すことができなかった
でも情に厚い時代だった,人情の時代だったのである。
文明は知、情,意が人間にあるとして知の部分が肥大化しすぎたのである。
その知の部分はAI化しやすいのである。

要するにAI化とか機械化をすすめると価値観が変わる,物が豊富になれば物の価値は低下する,高度成長時代まで物がないのだから物があればいいという時代だった
自分の家で店をしていたが物を置けば売れる時代だったのである。
何も物がない時代はそうなっていたのである。
今は物があふれているし物だけでは満足しない時代になった
そういう時代の価値観は変わるのである。
腹を満たして終わりとはならないのである。



posted by 老鶯 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年03月09日

利益だけを金だけを追及していると判断を誤る (でもそれから逃れられない人間)


利益だけを金だけを追及していると判断を誤る

(でもそれから逃れられない人間)

人間の最大の問題は何か?
それは生きる限り利益を追及することから逃れられないことである。
なぜならあらゆるものが会社でもそうだし教育関係でも医療関係でも
利益追及から逃れられないからである。
利益追及ということはあらゆることが金だということに通じている
人間は生涯金から離れられないのである。
地獄の沙汰も金しだいになる
結果的にそれが人間を社会をゆがめることになる

原発事故でもどうして起きたかとなれば金が関係している
政府と東電がかかわり莫大な金が使われた
その金は地元にもばらまかれその金によって原発は実際は地元の人によって積極的に誘致されたということもある
放射能の危険を知らなかったというがその前に金が利益になるからということで危険より利益を金をもらうことを優先したのである。
つまり人間は社会でも利益が優先でありそのために狂わされる
実際に金に狂っているというのが社会である。
金によって人生は狂わされ社会も狂わされている

例えば教育とか医療は金を利益を本来は追及するものではない
でも現代は医者でも医は仁術ではない,医は算術になりいらない薬や無駄な治療をして保険の点数を稼いだりする
それはまた病院側にすれば金を稼げなければいい医者や看護師とかも雇いないしいい機械も用意できないとなれば患者も獲得できないともなるからだ
だからあらゆる分野で金が追及される

それから宗教の分野でも金が利益が追及される,会員をなぜそんなに増やさなければならないのか?それは勢力を拡大して世間に圧力をかけ自分たちの利益を追及するためだともなる
教育でもそもそもなぜ自分たちの団塊の世代は数が多いから競争が激しい
それで受験戦争があった,その勉強はなぜするのか?
教えられることは勉強しなければ立派な人間になることではない
一流大学に入らないと損するからだ利益にならないからだ
出世もできないとか言われる,立派な人間を育てることを目標としていないのである。
知識とはなんのためにあるのか,もう利益のために金をもうけるためにあるとなる
そうしてみんな金に狂わされてまともな議論もできない
早期教育がどうすればいいのかというときそれを推進させるのは塾を経営する人達はそれでビジネスをするためであり金になるからかかわってくる
そういう人達はとてもそうした議論すらできない,まず利益になるということで議論するからである。

芸術だって利益から離れられない,売れないものは何の価値もないとされ芸術家などなんの価値もないとされるのである。
自分がしていることは実際は遊びであり金儲けのためにしていない
プログも無料で提供できるから何か利益のためにしていない
本なら出版社とか書店がかかわりそこでも売れないと困るから売れるものを書けと有名な人でもそうさせられるのである。
そこでゆがめられるのである。何か本当に著者が書きたいことも書けないのである。

広告自体がおかしい,薬とかいろいろな宣伝でもこれが効きますよと言っているのは
金をもらっているからでありその薬が飲み物が効くかどうかそう宣伝している人すらわからないのである。
それは金をもらえるから言っているだけなのである。
こうして金によって狂わされているのが人間であり社会である。
マスコミがおかしいのはそうして会社から宣伝費をもらって成り立っているからである。
そこに公正な報道などない,東電からも何百億円の宣伝費がマスコミに流れていたから
原発の危険をマスコミでは報道しなかったのである。
その利益に目がくらみ判断が誤るのである。マスコミの害はみんなが見ているからそれで今度はみんなの判断も誤ってしまうことなのである。まず重大な事実があっても報道されないことがあるからだ

奇妙なのはチンパージーに遊びを覚えさせたがそこでその遊びをやらせる動機を餌を与えることでやらせようとしたら遊びをやらなくなった
チンパージーは純粋に遊びを楽しんでいたのであり餌のためにししていたのではなかったのである。
芸術は本来遊びの要素が大きい,餌が与えられるから金になるからするというわけではない,評価はされるにしろそれがすべて金でされるものではない
かえって金のためにすると芸術は汚されるとういことがある
芸術とか学問でも宗教でも利益を金を追及してするわけではないからだ

真善美を純粋に追及するものである。真理を追及するときそこに利益追及とは違うのである。
それがすでに幼児からでも小学校からでも利益追及がはじまっている
早期教育によって天才を作るというとき親がそれによって将来利益になるということを考える,それを推進されるのはそれで金ももうけになる,塾関係だとなる
それが必要なのかどうかは議論はそういう利益と関係している人にはできない
利益にかかわらず追及すれば議論もできる
何か利益とかかわり金とかかわるとき議論もゆがめられるのである。
だから原発でもものすごい利益と金がかかわっていたから最初から危険のことなど議論もできなくなっていたのである。
科学的真理とか事実とかあってもそれも利益とか金のためにゆがめられるのである。
だからまともに議論もできないのである。

自然界はチンパージーの例でも純粋であり本当に正直である。
花を見ていればそれが何か利益になるから咲いているのではない
ただ神に与えられた美を示すために咲いている,ただそれだけのことである。
自然に咲いている花でもそれをとって売ろうとすれば利益から花をみているとなるからだ自然界は何かそうして利益のために存在しているのではない
人間社会になるとすべてが利益のために存在するようになる
あらゆるものが利益の追及なのである。
そうはいっても人間ならうまいものを食べたいとか家ももちたいとか車をもちたいとか
いろいろな欲望がありそれが悪いとはいえない,そのためには利益を追及する金をが欲しいということは悪いとは言えない,そのために働いているのだともなる

ただ人間は利益だけから金だけからみていると追及すると判断を誤る
原発でもそうである。まず金ありきからはじまっているから判断を誤ったのである。
銀行にしても投資信託をすすめたのは銀行の利益を優先していすすめる
投資信託は銀行にとってもうかるからであり顧客のためではない
だから株が上がったのに銀行員が投資信託をすすめたのは判断を誤ったともいえる
自分の利益を優先するから銀行の利益を優先したからである。

そういうことは無数に社会ではある,それが日常だともなる
ただ問題はそこで大きな判断の誤りがありとりかえしのつかないことになる
原発事故のようになりもう後でそのことをなにかにや言っても無駄だとなってしまう。
そしてそうした判断の間違いは戦争とかなる何百万人も死ぬとさえなるから怖いのであるもし純粋に真善美を追及していれば誤ることはないのである。
ただそれを追及することは至難の技だとなる
この世で生きることもできないともなってしまうとなる
世の中はそういうものだとしてあきらめて妥協して生きるほかないとなっているからだ
別にそうはいっても正当な報酬で生きている人はいる
仙台からきたユニットバスを作った人は百万だったがガス屋の人はこれは二百万するといっていたからだ,すると別にその仕事はどこも悪いものはない
それだけの仕事をしたのだからそれも安くしてくれたのだから顧客のためになっていたのである。だからすべてこの世の中は利益を追及してもそれが正当な報酬を利益を得て生活している人も普通にいるのである。
でも利益追及のために社会全体がゆがめられていることは言えるのである。

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震災から7年目の原発避難区域の復興 (分断されてしまって復興はすすまない)


震災から7年目の原発避難区域の復興

(分断されてしまって復興はすすまない)


浪江町内の帰還困難区域から中通りに避難している女性(60代)の目は、怒りと同時に哀しみに満ちていた。
 「避難先に家を建てるのは当然でしょ?かつての自宅と同じような規模の家に住みたいと考えるのは当たり前でしょ?それなのに、周囲からは『賠償金をもらってるから、あんなに立派な家が建てられるんだ』なんて陰口を叩かれる。直接、言ってくる人もいますよ。5年8カ月が経ったって、いまだに言われます

原発避難者からみればそうなる,一方でその原発避難者を受け入れた方にするとそうはならない,原発避難者は補償金をもらい立派な家を建てられた
地元に住んでいる自分たちは建てられない,かえって病院は混むしなど不便になった
なぜあの人達だけがなんでも優先的にされ優遇されるのだろう?

何かそれはここでも起きた,小高の人達が大勢避難して仮設に住んだとき同じような問題が起きた,いわきの場合二万人も移住したから問題が大きくなった
ここでも小高の人が鹿島に移り住んだ時,同じような問題が起きたのである
自分も介護していたから介護でも何でも優先になったからだ
それで手厚い補償金を小高の人達はもらっているとういことで鹿島の人達は不満になった小高の人達にすればそんなこと当然である,鹿島の人達には人間の情もないのか
冷たい奴らだなとなって南相馬市は分断されたのである。
そしてともかく仮設にはボランティアがきて応援したから余計にそうなった
みんな遠いところが来て支援している,それなのに近くなのに支援しないのかとなった
ただ仮設すまいが狭いにしてもそれで毎日顔合わせて話ができるかなどばあちゃんが喜んでいた人もいたのである。
それで離れて暮らすより老人は集まって暮らすのがいいのかなとも思った
田舎だと離れて暮らしている人が多いからである

自分でもふりかえれば高速とか病院は一時的ではなくずっと無料にすべきだったのであるそれも早い時期に打ち切られたのである。小高はずっと支援があった
それも小高の人にしてみれば当然だとなっていたが鹿島の人などは不満だったのである。ただ小高の人は鹿島の人に何か考慮したことはない
支援されるべきであり鹿島の人も支援するのが当然だとなっていたからである。
鹿島だって生活が苦しい人もいるし自分のように介護で四苦八苦していた人もいたのである。自分の場合はただ責められるだけだったから不満になったのである

原発避難者にしてみれば失ったものが大きい,そのことは書いた,でもそれは理解するにしてもよその土地に移ればそれはそれとしてそればかり考慮できないのである。
元から住んで家も建てられない人がいるのに次々に新しい家を建てられて住むとなると
何なのだとなる,原発特権者と化してしまった
かわいそうだとなり何でも許されるということになってしまった
そして何か文句言うと失ったものがどうのこうのとかかわいそうと思わないのかとかなるから何も言えなくなる
そして原発を建てたのはお前らの責任じゃないか,お前らは金欲しくて原発を建てたんだから責任があるとか言われる
そのことは外部でも言われている,結局原発避難者は勝ち組なんだよなとされる
実際に双葉とか大熊とか一番被害があった町は一番原発の恩恵も受けていたからである。親子関係でも一番かわいがられたものが子供がめんどうみるべきだ介護すべきだとも言われる
一番得したのは双葉とか大熊なんだ,だから責任がある
それなのにまた補償金で潤っている,いわきではそれを指をくわえて見ているだけだとなる

南相馬市でも原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも相当に新しい家が建ったのである。
特に船主だった人はいちはやく家を建てた,まず原発事故前も事故後も生活には困らな一番手厚く補償金をもらっていたからだ
海に汚染水が流れればまた補償金が追加されるからだ
これも矛盾だったのである。なぜなら別にその回りの人はみんな漁師でもないからであるそれで事故前ら原発御殿が建っていて不満だったが何もいえなかったのである。

ともかくこの辺は原発事故などで補償金をめぐって複雑な対立の場にもなったのである。震災7年すぎても何か復興とは何なのかわからないのである。
町が元通りに復興することなのか,個々人が家族が他に移って復興することなのかわからない,ただ他に移って家を建て仕事ももって生活している人はそれで復興しているのである。だからそういう人にもう支援する必要もないのである。
補償金はそのために使われ復興したとなる

復興というとき結局町自体を復興すること元にもどすことなのである。
それがもうできなくなっている,7年もすぎたら生活が別になっているし家も建てたのだからもう故郷にはもどならないからである。
それで取り残されたのが老人だとなる,その人たちは復興住宅に住んでいる
人間はまず自分のことを先に考える,町をどうするのかなどなど考えない
手伝いさんなどでもまず他人の家のことだからゴミ一つ拾わない
ただ金をもらっているからするだけである,皿を二三枚洗う意外何もしない
これもしてくれと命令するとしかたなくしているだけである
でも自分は家に住んでいるから家族が住んだ所だから愛着があり一人で掃除もするし
死者を供養もしている
故郷に住んでいても町に住んでいても自分の家はそうして掃除もするしきれいにしたいと思う,でもあとは金をもらわないかぎり何もしないとなるのとにているのである。
「絆」を盛んに言われたが実際は外との絆は生まれたが内部の絆は分断されたのである

つまりそもそも人間は故郷といってもまず家族であり家族を優先的に考える
まず町があって家族があるのではない,家族があって町がある
それは国家があって家族があるというより家族があって国家がある
国家というのは大きすぎて家族のようにはならないからである。
でも緊急の時,危機の時は国家のために人は戦争で死んだのである。
もし町でも故郷でも家族のように思っていたらこうはならなかったかもしれない
放射能汚染のこともあるがまず家族を優先して他に移り住むことを考えた
それでいち早く他に家を建てそこで住む算段をしたのである。
だから町からは人は消えたし帰ったのはほとんど老人である。
つまり老人は故郷でも家でもそこで暮らした愛着があるからそうなった

いづれにしろ震災から七年すぎて復興は町自体でも帰らない人がいて帰ることを望む人とか帰った人とか分断されている,心は一つになっていない分断されたのである。
そうして分断されたから7年過ぎても復興はしていない
ただ原発避難区域意外では復興している,原町でも鹿島でも復興している
常磐高速ができたり風力発電ができたり新築の家が増えて新しい街ができたようになっている,何か都会化したのである。
明かに原発避難区域以外は津浪があったがそれなりに復興しているのである。

ただ浪江とか小高でもそうだけど一旦町が破壊されてしまうと何か住みたくない
それを再建する気力もなくなる,何かそれは人間の心理的なものが影響している
一旦町が破壊されるとまた同じように復興する気力がなくなる
もしどこかに北海道にでも移り新しい町を作るんだというなら気持ちも違ってくる
そうして移住して新しい町を作った人達がいた
でも一旦あのように廃墟のようになるとそれを復興する気力がなくなるのである。
今まで普通にあったものがなくなる,でも前のように復興することが苦痛になる
もともとあったのにそれをまた同じようにすることでは復興ではない
それは人間の心理的な影響がある

もっといい町を復興させるとなると違ってくる,その点で女川町などはある程度成功しているのかもしれない,全く新しい町に生まれ変わろうとしているからである。
それでも人は流出している,石巻でもどこでも本当に復興自体がむずかしい
だから不思議なのはなぜ日本はあれだけ戦争で破壊されても何もないところから復興できたのかということである。
それはやはり時代の差だったのだろう。あの頃はまだ日本は貧乏であり豊かな生活をしていないからである。
そして時代にも恵まれた,高度成長に向かう時代だったからである。
今の時代は衰退の時代でもありそれも影響している

兵隊として戦った人達はやはり苦労している,だから苦労をいとわないということがあった,今の人は贅沢を覚えているからそんな苦労をしていないから苦労したくないのであるそういう時代の影響もあり復興できない,そもそも誰が復興の主体になるのか?
外部で一時的に支援しても帰っていった,山木屋の人がいっていたが大学でいろいろ一時に来たがあとはこない,残って継続して支援しているのは一つだけだとか言っていた
外部の支援はそんなにつづかない,では誰が復興してゆくのか?
残ったのは老人が多いしその復興の主体になるものがいない
戦争の引揚者は若い人が多かった,焼け野原に帰ってきても若いから労働力となったのである。それで過酷な開墾地に入った,そこで半分はやめたのもわかる
でもそれだけ若い人が戦地から帰ってきたということは今とは違っていたのである。



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2018年03月10日

一番の支援は町に人が住むこと (原発避難区域の復興)


一番の支援は町に人が住むこと

(原発避難区域の復興)


富岡町で帰ったのは450人くらである。でもショッピングモールとかができたから買い物はできる,その他の医療関係とかはできていない
そこで人をなんとか集める工夫が必要だと言う,クリエター系とかはパソコン一つで仕事ができるとか原発の廃炉作業員を住まわせるとか外国人でも呼び込んで観光地にするとか都会の老人を移住させて住まわせるかとの提案があった

つまり人が住まなければもう町自体維持できない状態に追い込まれているのである。
自分もそのことを思っていた,いろいろ外部から支援があった

一番の支援は何か

それは町に住んでもらうことである

これだと自分は思っていたのである。人が住んでくれないことにはどうにもならない
450人くらい帰ってどうするのだとなる
小高はそれでも3000人くらい帰ったからいい方なのかとなる
小高の有利な点は原町が近いから車があれば買い物でも何でも困らないのである。
原町は大きい街だから富岡とは違っていたのである。

外部から人を呼んで住んでくれといっても今の状態で町の人も帰りたくないのだから無理である
第一クリエター系というけどそういう人はしっかりと町に生活する人がありその上に存在できるものではないか?
クリエターだけの町とか老人だけの町とか観光地化して外国人だけの町とかなるとそんな街が成り立つのかという疑問もある
ただそれはそれで一つの提案であり何か模索せざるをえないのである。

まずいくら帰りたいといっても家を建てた人は帰らないことは確かである。
それは一つの大きな決断をしたのである。
そういう人達にまた帰ってもらいたいとはならないだろう。
7年もすぎた結果もう仕事をもち生活基盤を築いたとなれば帰らない
その中間で復興住宅とかに住んでいる人はまだ帰ることを模索しているが
実際は帰りたくないと言っている
一方で帰りたいというとき他に移り住んでも居心地が良くない
賠償金で暮らしていけるからいいねとか新しい家を建てたことで移り住んだところで軋轢が生まれる
それでナンバーを見て嫌がらせを受けたというのもわかる

何か今の世の中のことも影響している,金があれば何でもできる,いくら文句言っても金があれば家を建てることができる,第一家を建てているのは地元の大工に頼むわけでもないからである。大手の会社で家を組み立てるだけなのである。
だから地元の人に気を使う必要もないから家を建てられるのである。
ただ移り住んだ所にもコミニュティがありそこで軋轢が生まれる
つまり金が万能になったことでそうしたコミニュティとの軋轢が生まれる
金があればどこにでも住んでいいしそこで家を建てようが買い物でも金があれば何不自由ないとなる社会である。

だからこそ賠償金をもらっていち早く移り住んで家を建てたのである。
金はそもそもそうした人間のコミニュティを破壊するものとしてもあった
グローバル経済になって金だけが世界で通用してなんでもできるとなるとコミニュティも破壊されるのである。金が絶対になると暴力的になるのである。
いちいちコミニュティの許可など必要ないのである。
セキスイハウスでは69億円くらいだましとられても何の影響もない
一兆円産業になっている,それだけ住宅建設でもうけているのである

社会が広域社会になるとそもそもそうして一カ所に代々住むということがなくなる
この前駅であった人は陸前高田で働いて神戸に行くとか福岡に行くとか日本中飛び回って仕事していた,その人は沖縄の人だったのである。
仕事自体が広域化しているから一つの町だけで暮らすという社会ではなくなっいる
そういう社会の影響もあって逆に一つの町でも村でもコミニュティが崩壊しやすいということもあった
それもまたいい面と悪い面をもたらしたのである。

ただ移り住んだ人も苦労している,別な土地に溶け込む必要がある,それをうまくできる人とできない人もいる,何か仕事もしないでぶらぶらしているとあの人達は賠償金で遊んで暮らせるからいいねとかねたまれたりするから受け入れられない
ただ移り住んだ土地で何か貢献するもの仕事でもできる人は歓迎される
会津で職人の技を活かした人とか大工とかはスキルをもっているから歓迎される
農業でも土地を借りてしている人もいる
移り住んだ人は人で苦労していることになる

ともかく7年も過ぎたらもう帰る人とか帰らない人でも固定してしまったと思う
その中間で迷っている人も実際は帰らない方に傾いている
浪江とかに行くと帰りたくなくなるというのがわかる
駅前にも誰も住んでいない廃墟の街になってしまったからである。
あれを見たとき心もなえてしまう,でも人が住まない限り復興はない
その人がそこに住むことが最大の難関になっているから復興はむずかしいとなる

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駅に表示された上り下りの番線はわかりやすい (民主主義はみんなの要望を代表者が伝えること)


駅に表示された上り下りの番線はわかりやすい

(民主主義はみんなの要望を代表者が伝えること)


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駅で常に聞かれたのが仙台行きのホームと原町行きのホームである。
地元の人はそんなことわかりきったことである。
でもはじめての人などはわからなかった
それで最初に向こう側に渡る階段に表示してもらった
それでもわかりにくいと改札口に表示してもらいたいと
駅長に言ったら今回表示してもらった
その表示はわかりやすいものだった

何か要望がありそれを言わないと何もしてくれないのである。
その要望がわかったのは自分がいつもそこにいて案内していたからである。

それから一番要望が多かったのは時刻表なのである。
小さい時刻表は置いてあるがその字が小さいから見にくいのである。
それで自分で大きな時刻表を作って置いた
これは勝手に置くなということで撤去された
何かそれで聞かれると嫌だからという
駅を管理しているのはJRだからである。
それも一理あるが自分がしていることは常に無視されている
邪魔扱いなのである。

なぜそれが必要だと自分が思ったのか?
それは必ず毎日のように時刻表を見にくる人がいる
それは電車を利用してくる人いたり時間がわかる必要があるだ
ただJRでは小さな持ち歩きの時刻表は置いておく
でもそれが字が小さいので家に張っておくには大きな時刻表が必要なのである。

その要望はあるのだがではそれを自分だけでコピーして置くことはできない
一枚コピーすると十円かかるからである
それはJRに要求してもしない,すでに小さな持ち歩きの時刻表は出しているからそれでまにあわせろとなるからだ
ただ必ず駅に時刻表を見にくる人がいる
その人の数は本当に多いのである。
すでに自分が作った時刻表でも何百枚とかなっていたろう
でも置くことを拒否されたのでこれからは置かない
というより自分でも金がかかるから置きたくないとなっていた

ここで考えたのはこれだけ大きな時刻表が欲しいという要望がある
でもそれは個々人としてあっても全体として要望しないのである。
それを自分は駅にかかわり知っているからみんな欲しいとなれば
みんなで要望すればいいのである。
それが民主主義だなと思った
みんなの要望を聞きそれをしてくれる人に訴えることは民主主義の基本だなと思った
そういうことは別に駅だけではないあらゆるところにある
でもその要望をまとめて訴える人が代表者がいないと実現しない
その代表者となるのが議員とかなる
そういう仕組みが民主主義だなと思った

いづれにしろ仙台行きと原町行きが何番線かはわかりやすくなった
駅長にここに表示してもらいたいと自分が言ったとき
時刻表があり一番下に何番線とかでている
でもそんな小さなものを見る人はいないのである。
だから駅というのもその場にいないと何が必要なのかもわからないのである。
確かに自動化しているから地元の人はわかる
でも駅は外部からはじめて来る人も多いのである。
だからはじめてくる人は自動化してもわからなかったのである。
そこが自動化の盲点だったとなる
でも交通とかなるとはじめて来る人がいるからそのことに対して自動化しても対処できなかったとはなる,自動化は万能ではないのである。

そして駅はJRだけのものではない,広場とか待ち合わせとか交流するとか何か街とかかわり活かされる,その意識がJRに欠けている
ただ自動化して通りすぎるだけのものと考えているのだ
人へのサービスが抜け落ちているのがJRだったのである。
だから人のサービスなど考えないからこそ自動化をすすめているのである。

タグ:時刻表

2018年03月11日

帰還しない原発避難者 (老人だけが取り残される)


帰還しない原発避難者

(老人だけが取り残される)

なぜ原発避難者が帰還しないのか?それにはいろいろ理由がある
7年過ぎた結果移った先で家建てたり子供も7年過ぎたらその移った先で別な暮らしになった,故郷のことを知らないという子供すらでてきている
津浪のことを知らない子供すらいる
それから放射能が怖いということもある
放射能は実際はどういう危険があるのかわからないものだからである。
もし心配すればきりなくなる,なぜなら遺伝子にどういう影響与えるのかもわからないからである。何世代も見ていないとわからないとしたら長く時間がかかる
それよりそんな長い時間を生きている人は考慮できないのである。

とにかく家を外に建てた人は帰らない,家建てた人は多いのである。
浪江の人でも老夫婦でも原町に家を建てたとか聞いた
そういう人も帰らないのである。
帰った人でも小高で30パーセント帰ったとなると多いがその中味はほとんど老人なのである。
それで困っているのが病院と老人ホームで介護士などで働く人がいないということであるそれはどこでもそうだが老人ホームが人手がなくて運営できないのである。
それは若い世代が流出したからなのである。
でもおばあちゃんとかおじいちゃんとかが住んでいる
すると家族として町を考えるとそういう若い世代が世話するのが責任がある
でもこの際,姑と一緒に暮らすのが嫌だから外に出たという話も聞くのである
そして取り残されたの老人だったとなる
そうした老人の町が成り立つのか?それでもう町は存続できないとみている人が70パーセントとかいるのもわかる
少子高齢化の影響とかが極端なものとしてこの辺では影響している

それはここだけではない,宮城県でも岩手県でも被害にあった人達は65歳以上の高齢者が多いのである。津浪の被害で死んだ人達も高齢者が多いなというときもともと65歳以上の人達が住んで多かったからそうなったのである。
若い人は少ないというときそれだけ少子高齢化であり地方は農業でも漁業でも跡継ぎがいないとやめる人が多かったのである。
大原の農家の人はそうだった,5町の田んぼをもっていても一人で農業していて息子は跡を継がない,公務員になっていて街内に住んでいたからである。
そして今は空家となっている
漁業の場合は事故前から原発の補償金をもらっていたからそれで生活も成り立っていた
事故後も補償金がもらえるから生活には困らないのである。
そうでなければ農業のように廃業する人が多くなっていた

それはここだけではない女川でも原発再稼働してくれとなっている
それだけ原発頼りの町になっているからである。漁業では暮らしていけないからそうなる
また復興できないというとき時代も影響している
復興というときそのレベルが高いのである。病院も必要だ,買い物のためにのスーパーも必要だ,介護施設も必要だ,・・・今まであったものが当然あるべきだとなるからだ
戦後の焼け野原から復興したとき何もない,でも若い人が戦地から帰ってきた不便な所に開墾に入った,そういう所で苦労した人はそこに特別の愛着があるというのもわかる
本当にそうして開墾に入った場所が多いのである。
その時なぜそういう過酷でもそこで生活したかというとそれしか方法がない,職がない
もともと戦争で生きる死ぬかを経験して来た人達だから苦労をいとわないということがあった
今は違う,生活レベルが高く設定されている,元のような町でなければ用意しなければ帰還しないとなっている
そこで自分たちは一からやり直すようなことはしないのである。
それなら外で便利な場所がいくらでもあるのだから移った方がいいとなる
老人はその土地に長く住んだから愛着があるから帰りたいとか帰っているのである。

何かこの問題は津浪でも原発事故があったからというよりその前にそういう問題をかかえていた、それが津浪原発で致命的になったともなる
限界集落とか少子高齢化とかがすでにありそれに津浪原発事故が拍車をかけた
そして立ち直れなくなったともなる
そしてこの辺では補償金をもらった結果,それが頼りになりもっと死ぬまで補償してくれともなる,現実に特別国民年金では足りないからと小高の人達は要求した
それより老人が多いけど補償金を打ち切られれば生活保護にしてくれとなる
そういうことを要求しやすいのである。
それは宮城県でも岩手県でも所得の低い人達とか国から援助されて金を借りたが返せないからその期限を延期してほしいというのも同じである。
それは事業している人達でも利益を上げられないから借りた金を返せないとなっているのと同じである。

それで今までの発想を変えてコンパクトタウン化する縮小経済になる,その規模に見合ったものにして再建を計るというのもわかる
今までのような規模でも経済を維持することは不可能だからである。
それは少子高齢化ではそういうことが全国的に言われた
それがまたどういうものか明確にはわからない、ただ今までのような市町村は維持できなくなる,だから発想を変える必要が生まれているのである。
今までと同じような市町村の復興はありえないということである。

ただ女川でも新しい街並みを作ったが商売にならない,地元の人達ではなく外から来た人を相手にしているとかなり原発再稼働してくれとなっているからいかにいくら発想を変えて新しい街作りしてもうまくいかないこともあるなと思った
つくづくそれだけ復興が困難なのである。
それは日本という国自体が衰退の方向に向かっていてそれも津浪や原発事故で拍車をかけたともなる
でも何かしら希望がある,その希望とは何なのか?
その希望があればそこにみんなで向かっていける
では戦後の焼け野原のときみんなどんな希望をもっていたのか?
不便な地域に開墾した人達も希望があって入ってきた,そしてそこで暮らしが成り立ったということもある,その後高度成長時代になり日本は世界に誇る経済大国になるという希望があったとなる,それは一時的なものとしてもあった
そういう時代を生きたのが団塊の世代だったともなる

ともかく後三年で国からの援助も切れるとなるとさらに厳しいものになる
外部からの工事関係者もいなくなる,今も減少しているのである。
飲食関係でも外部から来た人を相手にしていたところが多くなっていたからである。
それで仙台からユニットバスの会社がこの辺まで仕事を求めてきていたのである。
それは百万だから安かった,普通は二百万する仕事だったのである。
知っている人の40代の息子も除染していたが東京に仕事を求め帰らないという

こうして何か避難区域に残されたのは老人だけというがそうでないところも老人だけが増えてくるのである。
東京辺りから帰って移り住む人も増えているがその人達も老人なのである。
この問題はここだけではない少子高齢化の影響は全国的だからである。
だから市町村のダウンサイズ化,縮小化,コンパクト化を考える
またそうせざるをえなくなる,そうしないとインフラとか百倍もかかるとかなるからだ
そういう限界集落的な所はもう維持できない,それも税金になるので都会からそんなところに税金を使うなとなるからである。
自分としてはそうした地域の中の小さな地域でも人の暮らしがあり継続されてきたからあるべきだとなる,双葉町でも地区ごとに神楽がありその面が違っていたということでもわかるそういう狭い地域でも文化があり歴史が継続されてきたからである。
コンパクトタウンとかなるとそうした地域の中の地域性も失われるから多様性が失われるから文化的な面ではいいものではないのである。
ただ経済効率を考慮するとどうしてもコンパクト縮小化の街作りになってしまうのである




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死者が帰ってきてもよりつく場がない (津浪から7年過ぎてこの世の無常の詩)


死者が帰ってきてもよりつく場がない

(津浪から7年過ぎてこの世の無常の詩)

死者はどこに逝ったのか
津浪が連れ去った
でも死者は霊となって
時々その住んでいた場所にもどる
でもそこによりつくものがない
七年過ぎて過去のものはすでにない
松原でも残った一本松は枯れて切られた
かつての松原を残すものは何もない
それで霊となって帰って来た死者は
ここはどこなんだ
自分の住んだ所なのか?
風力発電の風車やソーラーパネル
盛り上げた台地など
そこに昔あったものがない
津浪から残った社が一つ高台に残っている
これは確かに津浪の前にもあった
しかし住民はそこに住んでいない
死者が帰ってきても死者が帰る寄る場所がない
家があればそこには思い出が残っている
家にも庭にも思い出が残っている
すると死者はその家により昔をなつかしむ
その家もなくただ更地となったら
何をよすがに思い出すのだろう
死者はあまりにも変わってしまうと
昔あったものがなくなると
霊として帰ってきても居場所がない
しかし人間の無常は変わらない
人の世の変化はめまぐるしい
常に変化している
ここに家があったはずだったが・・・
今は何もなく松一本が立って残っている
ここに誰が住んでいたのだろう
ただまだ松一本が立っているから
ここに住んで死んだ霊はその松によりつく
でもこの松が消えると何も思い出す
よすがとなるものはすべて消える
死者は日々忘れられてゆく
今を生きることに精一杯だから
去る者は日々疎しとなる
それは生きているときでもそうである
生きながら忘れられる人が老人に多い
生きていても存在感がなくなり忘れられる
社会的用がなくなり忘れられる
人間とは常に忘却との戦いでもある
どんなことでも忘れられてゆくからである。
人は次々に死んでゆくからである
もう最後はそんな人いたのとなるのが普通である。
死とともに加速度的に忘れられてゆく
その人が存在したのかどうかわわからなくなる
それがこの世の無常である
ただ昔あったものをみんな忘れて新しいものにする
それが人間にとっていいことなのか?
一本の松が空き地となり残っている
そこには人が住んでいた
冬の日がさしてそこにいつまでも立っている
そこに立っていたいのかもしれない
その松に死者の霊はよりつく
この松がなければよりつくものがない
死者は淋しくまたあの世に帰ってゆくほかない
この世とあの世,彼岸がある
そこを死者が行き来するとして
その死者の霊のよりつくものがなければ
死者はただ困惑してここが自分の生きた場だったのか
それを確認もできなくなる
余りに変わり果てたふるさと
それはもう死者の霊が帰ってきても故郷に思いない
そして死者の霊はここは自分の生きた場ではないと
また彼岸に去ってここにはもどらないともなる
それは生きている時でも起きる
あまりにも変わりすぎた故郷はもはや故郷とは思えない
そういうふうに変わることがいいるだろうか?
でも無常の世の中だからどうにもならない
時代は常に変わってゆくのだから・・・・

津浪から七年過ぎたけどあまりにも変わり果ててしまった,
この辺だと風力発電の風車が海岸に並び,盛り土されて台地ができて
ソーラーパネルの工場地帯のようになっている
すると津浪の被害にあった海岸地帯に昔をあったものがなくなり思い出すこともできない右田の松原はいい松原だったけどそこにも人が住んでいたけど
人は住んでいない,松が切られた切り株などが残っていたけど今はそれもない
何か思い出すものがないのである。

すると津浪で流されて死んだ人の霊が帰ってきてもここがとても自分が住んでいた所だと思えなくなる,するとどうなるのか?
ここは自分の住んでいたところではないとなってまた彼岸に帰り二度とここにはもどらないかもしれない,それだけ変わってしまったからである。
これほど変わり果てると生きていてもここが故郷だったのかともなる

とにかく人の世は無常迅速なのだ,人自体も変わる,その人間関係も変わる,そういうことを津浪や原発で加速された,もともと無常の世だったがそれが津浪と原発事故で加速されたのである。そのスピードが早すぎたのである。
自分も家族二人が死んだ,そしてその死者もだんだん忘れすゆく
肉親すら忘れてゆく,現在に生きることが優先されるからそうなる
もう津浪から七年過ぎたら関心が薄れてゆく,だからもう外からの支援はわずかになる
でもここに生きる人達はそうはならない,ここで生きてゆくために苦闘しなければならないことがある

ただ他に移り住んだ人は人ですでに7年過ぎて別な土地で生きて人間関係もできている
するとますます故郷のことが遠のいてゆくのである。
現実は今生活する場となるのが人間だからである。それで復興はさらに困難になる
無常迅速というとき人間がいかに忘れやすいものかということでもある
次々に新しいことが起こり過去は忘れられてゆく
ただ死者の霊でも昔のままにあるものに寄り憑(つ)くともなる

だから家が昔のままにあればそこに死者が帰ってくるというお盆の風習はそういうことにからきた祭りだともなる
でももし家が新しくなると死者の霊が帰ってきてもそこを自分が住んでいた家と認識できないともなるのだ
それでここは自分の家ではないと別な家を探すようになるかもしれない
何か認知症の人とにている,見慣れた知った人はなんとか覚えているがその他は忘れてしまう,人でも何でも忘れてしまうのである。
人間は記憶していれば存在しているのだが忘れれば存在しないとも同じなのである。
旅行しても本当にそこにいたのかいなかったのかすら時間がたてばわからなくなる
数十年と過ぎればそうなるのである。
だから意外と老人になってからそのことがわかる,記憶は大事なものだったなと記憶が消えれば生きた証も消える,それで最後は人生で一番印象に残ったことを延々と語り続けるそれが生きたことだったからそうなるのである。

人間など例えば江戸時代に生きた人を考えるとわかる,その名前すら残っているのはわずかであり名前すら残らず消えている,生きていても今になればその人が生きていたことすらわからないのである。
今でもみんな人間はそういう無常の世に生きているのである。

posted by 老鶯 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

動労は常磐線の浪江から富岡の開通に反対している (放射能汚染の中で働かせられるし人がいない所に通しても無駄)


動労は常磐線の浪江から富岡の開通に反対している

(放射能汚染の中で働かせられるし人がいない所に通しても無駄)

douroumito1.jpg

動労水戸ブログ
12・10常磐線開通反対闘争に際して訴えます!


被曝か貧困かを迫る避難指示解除

安倍政権は、17年3月までに帰還困難区域を除くすべての避難指示を解除しようとしています。対象となっているのは、全村避難となっている飯館村、川俣町山木屋地区、富岡町や浪江町の一部です。富岡町については、地元の意向をまったく無視して、1月に前倒しをして避難指示を解除しようとしています。さらに、年間50ミリシーベルトをこえる帰還困難区域についても「すべての避難指示を解除する


いわき運輸区の運転士や車掌、保線区や電力区の労働者が被曝労働を強制されます。労働組合として当然反対すべきです。しかし、東労組も国労も富岡延伸には一言も言っていません。
 今後、車両の検修問題が大焦点になってきます。いわきから北を走る車両のメンテナンスをするのは勝田車両センターです。車両に付いたたくさんの粉塵を労働者が吸い込む。動労水戸の組合員が被曝するリスクが高まってきます

 動労水戸・會澤憲一君は「私はライフサイクルで水戸駅にいるが、徹夜勤務が一つで4人いればすむのに、5人がライフサイクルで行ったために日勤が発生している。日勤で、毎日除草とペンキ塗りだ。

 すべての業務の外注化―水平分業とローカル線を切り捨てて要員を合理化する、第3の分割・民営化ともいうべき体制を作ろうとしている。


このことは知らなかった,今日テレビで鉄道の復興のことを放送していたとき浪江駅開通の時,そこで反対する人達が騒いでいたのである。
その人たちは動労の人達だった,みんな浪江であれ双葉や大熊や富岡まで開通することは賛成していると思ったのである。
なぜなら駅にいるといわき市まで通じないことで不便を感じている人が多いからである。
それでなぜ労働組合では反対しているのかとなる,それは被爆するのとそもそも避難解除をする必要などなかったということがある
なぜなら人が住んでいない所に電車を通しても無駄とと言っている
それから被爆するから避難解除すべきではないということも言っている
でもそうしたらいわき市まで常磐線が通じなかったら復興はないのである。

労働組合とすると被爆してまで働きたくない,避難解除はするべきでなかった
被爆の危険がまだあるしもう帰らない所に常磐線を開通しても無駄とと言っている
それから外注とかありそれにも反対している,それでは安全が守れないとか正規の社員が言っている
自分が駅で毎日見ていたが本当に安全のためとか除草とか点検保守が大変なのである。
それで外注して下請けにさせているのである。
JRの正社員がしているわではない,外注して極力正社員を使わないで費用を削減しようとしている,その一貫として無人化自動化をすすめているのである。
労働組合としてはそれに反対している

でも鉄道の問題はコスト的に厳しいのである。第一三陸鉄道でももう維持することが前らかコストとしてはむずかしかった,鉄道の維持は保守管理の手間と金がかかりすぎる
鉄道の保守管理は大変なのだから当然それだけの費用がまかなえればいいがまず電車に乗る人が少なすぎる
だから切符を買って乗ったこともない人が多い,みんな車を利用しているからである。
常磐高速のSAのセディティ鹿島に行ってみるとわかる
その数は鉄道と比べると比べようがない,その数は多い,百倍にもなるかもしれない
そのように鉄道がりようされていれば問題は起きなかったのである。
当然コストがかかるからそれでは維持する費用をどうするんだとなるからである。
鉄道を維持したいという町の人が運動していても肝心の町の人すら鉄道をめったに利用しないのである。その費用をJRに負担させるのは無理だとなる
JRからすれば勝手だなとなってしまう。

只見線とかでも観光鉄道として維持するのも無理がある,日常の生活路線があって観光がある,日々の暮らしがあって芸術もありうる
観光だけの路線ではそもそも基本的に成り立たないと思う
ただ将来を見据えたとき一旦鉄道は廃止されたら元にもどらないというのは深刻である。現実に北海道ではそうなっている,もう電車は走らないのである。
そうなると観光としては影響が大きいとなる
地方の活性化にも大きな影響があるのは確かである。

ともかく常磐線開通に反対しているのは意外だった
そうしたら街の復興はない,では街を見捨てて廃止するのか?
そして避難解除しないとなると国では補償金を払い続けなければならない
それが嫌だから避難解除を無理やりにしたということもある
でもそんなに避難し続けているのも矛盾なのである。
なぜなら近くで浪江の人がすることもなく昼間から酒飲んでぶらぶらしているからである補償金をそうして出し続けたらそんな生活が延々とつづく
そしたら避難先でも迷惑だともなる,そのことは小高の人達が仮設で暮らしていたとき毎日パチンコ屋通いでありギャンブルで遊んでいたのである。
それと同じように原発避難者には厳しい視線が向けられる

だから何か動労の主張も全部是認はできない,復興をどうするのか?
では住むことをあきらめるとして鉄道も通さないとしてどうなるのか?
途中で切れると鉄道は活きてこないのである。
バスにもできるししているがそれでは鉄道が活きてこないのである。
だから動労の主張も復興についてどう考えるのか疑問である
では浪江とか富岡間とか住めないとするなら街全体を取り壊してそこに住まないようにするのか?
どうせ帰らない人が多いんだからということで街を捨てるのかとなる
現実を見たときそういうことも決断するのかとなる

鉄道の旅は長いからもともと関心があった,ただ自分は乗せてもらう方であり乗せてくれ人達が働いていて旅できたがそういう人達を考えたこともなかったのである。
だから世話になったと思い今になって無人駅でボランティアのまねごとをしたとなる
鉄道の運営をどうするのかとなるとこれは相当な難題であり自分にはわからない
でも無人駅で鉄道の運営のようなものにかかわったので関心をもったのである。