2018年02月26日

株は自分で判断できるものをやる (投資信託はめんどうだからするな!)


株は自分で判断できるものをやる

(投資信託はめんどうだからするな!)


株と投資信託で経験したことは銀行や証券会社に頼むとしてもまかせきりではだめ

収支もはっきりしない分配型投資信託はしない

月々の分配金がもらえる投資信託は利子のようにもらえるから得に見える
自分も最初はそう思っていた,でも長くはつづかない,必ず変動する,投資信託も株なのである。
景気の変動の波をもろに受ける商品である。
特に海外だと為替の影響が大きく損失が大きくなる
だから分配金をもらうのではもうけられない,むしろ株をもっていた方がいい
投資信託がその仕組みがむずかしすぎる
株ならその時いくらで買った,上がったから売れば得するということは素人でもわかる
そうしてわかりやすいものを買うのである。
だからFXはわかりやすいから素人でも銀行や証券会社に頼んでももうかる
放っておいても上がったり下がったり一年二年の間するから安い時買って高い時に売るということでわかりやすいのである

他でも投資信託ではないものは株でもわかりやすいなら自分の判断ですべきである。
株は長い間で上がったり下がったりするからである。
だから暴落のときは買いなのである。ただそれなら小学生でもわかるのだ
銘柄など選べないからそういう株の商品を銀行でも頼んでもいい
でも銀行は投資信託をすすめるから危険だったのである。
それでリーマンショクで半分になったのが売った値段に回復したとき売って損したとなるそれは銀行にまかせたからである。
それはわかりやすいから自分で判断すべきだったのである。

証券会社、銀行に頼んでもいいが売り買いの判断は自分ですべきである。
それができるのは株とFXである,これは何も考えなくてもできる
株でも十年とか放っておいても上がったり下がったりしているから下がったとき買い上がったとき売るだけなのである。
そういうふうにわかりやすいものは自分で判断できるものはしてもいいのである。

投資信託は仕組みがわかりにくいからわからないからすべきではない

これは証券会社とか銀行がもうけるためのものである。
これをすすめる人が多いがそれがどうしてかわからない
現実に株が上がっているのにチャート見れば普通は売らないのに売った
投資信託に売ったのは自分たちがもうけるために手数料をとるためにそうしたのである
証券会社や銀行は顧客をもうけさせる人達ではない
それは別にプロがいることを書いた

商売を考えるとこれがだましだとかでたらめだとかなるが実際は商売にもモラルがないと成功しないと思った
顧客にとってももうけるものを提供すべきなのである。
もちろん売る方ももうけていいが売る方だけを考慮していたら成功しない
何かこれは商売全般に通じているものである
だから損して得しろというとき損してもいいから客にまず得させろということなのだ
自分がまずもうけるんだ,今もうければいいとなればもう長続きはしない
でもそういう人が多い,そうなりやすいのである。
おそらく東北人などは融通性がないか商売に向いていない
商売は相手をだますことではない,それ相応の値段で売り売る方も買う方も得することなのである。

売り手によし、買い手によし、世間によし』を示す『三方よし』という表現は、近江商人の経営理念を表現するために後世に作られたものであるが、そのルーツは初代伊藤忠兵衛が近江商人の先達に対する尊敬の思いを込めて発した『商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』という言葉にあると考えられる。」

これを株には適用できないが何か通じるものがあった
もちろん自分がビジネスを語ることはできないが損させられたことでこれを思った
三方良しというとき世間よしも入っている,世間とはその地域地域であれ売り買いで豊かになることである。
株には通用しないかもしれないが自分が株でもうかればそれを地域の人に消費したり配分すれば世間よしともなるからだ
ところがもう頭の中がノルマが課せられて売らねばならないというもうけねばならないということが脅迫観念のようになり顧客のことは考えられなくなる
でもそうして自分たちだけ売る方だけがもうけようとするとかえってビジネスでも商売手も失敗する,客は逃げてゆく

株の場合はいくらでもいいわけができるからである,売った方の責任はないとなるからだだからこそ退職して投資のことがわからない人は銀行や証券会社に頼んだとしてもわかりやすいのを選び売るときは自分で判断することである。
それで失敗しても自分で判断したのだから納得がいく
でも頼んだ銀行とか証券会社はプロではなかったのだ
プロを雇うことができるのは一億円とか軽くまかせられる人である。
普通の人はそういう人を頼めない,証券会社や銀行の人はプロではなかった

それよりこうして単純な投資のノウハウもわからないのだからやるべきではないとなる
結果的に投資信託をすすめられて証券会社や銀行の餌食になる
投資信託は本当に売る方にとっては実に都合いいようにできている
それがなぜ野放しになっているのか?
金融庁からも注意されていたのである。
買う方にとってはこれはめんどうなものであり損しやすいものだったのである。
でも何か雑誌でももうかるようなことが書かれているのが多いのである
老後の資産形成には利子がつかないから不可欠だともなっている
そういうことは投資信託ではまずできない
もちろん成功している人はいる、その確率は9割が損しているように損する仕組みであるつまり売る方だけが得する仕組みだからやるべきではないのだ


posted by 老鶯 at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

東風(こち)が吹き春北風(きた)が吹く


東風(こち)が吹き春北風(きた)が吹く

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浜通り東風(こち)に春北風(はるきた)風変わる

山鳩の三羽来たりて梅開く

何励むパークゴルフや冬芒

目覚めれば知らずにふりぬ夜半の雪


時にして春の嵐や時代かな若き命を散らしけるかな


出典新古今集 雑上
「めぐり逢(あ)ひて見しやそれとも分かぬ間(ま)に雲隠れにしよはの月影」

夜半(よは)の月の歌である。ここでは夜半の雪である。
夜半に目覚めたら隣の屋根に雪が薄くふっていたのである。
この辺ではあまり雪は積もらないけど今年は一時積もった
これもいろいろに鑑賞できる,何かこの句が死をイメージする
ひっそりと死んでそのあとに白い雪がおおっているとかなる
この辺では雪はなかなか降らないから雪にたいしてイメージがわかないのである。

今年は寒いから冬が長い,パークゴルフは今日もにぎわっている
とにかく老人が多いからいつもにぎわっている,それは無用な冬芒なのかとなる
何かこの辺では人手不足だけど老人は強いられない限り働かない
今日も駅に杖ついてきた老人が5人くらい見かけたのである。
本当に老人が多すぎるのである

今日は東風(こち)が吹き春北風(きた)も吹いた
今頃浜通りでは海からの東風と山からの春北風が吹く
その東風が原発事故で災いしたのである。
東風が福島市の方まで吹いて放射性物質を運んだからである。
これは本当に不運だった,一月頃だったら良かった
まだ東風が吹かないからである。
そして飯館村があんなふうになったのはショックだった
飯館村は森の国であり森に隠された村だったからだ

近くの梅は開いた,まだわずかである。徐々に増えてはきているがまだまだである。
今年は春が遅い,東風でも冷たいのである。
風というのはその土地特有の風が吹く,だから風土となっている
この風を感じるには車ではできない,風を自然を遮断するからである。
ただ自転車は最近疲れる,節々が痛くなる
だから遠くに行くのが億劫になった
後で筋肉が痛くなのである。
知っている人は腰が痛い痛いと実際はなにもしていない
ただ畑をやる気はある,そこに生きがいを見いだしている
腰が痛くてもやりたいことはやろうとする
自分にとって自転車を乗っているのと同じなのである。


人間はタイミングで勝負が決まる (チャンスは一度であり何度もまた来ない)


人間はタイミングで勝負が決まる

(チャンスは一度であり何度もまた来ない)

誰だったかビジネスでもチャンスは一度で決まるとか言っている人がいた
何度もチャンスなど来ないのである。
大きな仕事をまかせられるチャンスはめぐってくる
でもその仕事で一回でも成功しないとはたしてまた回ってくるだろうか?
一回でも失敗するとその人は失敗する人だ,実際はそれだけの実力がない人だとされてしまい,金持ちでもヘッジファンドでもプライベートファンドでも雇わなくなる
今回は失敗しましたが次は必ず成功させますといっても頼む方にすると断るとなる

ただ株とかでも投資はつくづくこれもタイミングだと思った
その時の情勢とかが影響していた
なぜカナダ国債で失敗したのか?
石油があれだけ下がることが予測できなかったのである。
あの時は石油がずっと上がっていたしカナダで石油が世界で4番目にとれているから国債も評価が高かったのである。
一年くらいは配当とかでうまくいっていたのである。
ただその期間は短いから分配金があってもたまらないのである。

投資信託の月々の分配金は割りが悪い,損しやすい

元金から引かれていたことがわからなかった,分配金が月々配分されていたからこれは生活費として老後の資金として役に立つなとくらいにしか考えていなかった
投資信託はその計算ができないのである。
複雑でできない,収支報告もはっきりしないのである。
手数料がどれだけとられているかもはっきりしないのである。
それで金融庁ではっきりさせろと注意されたのである。
それより変動が激しいから利子のように投資では株ではもうけることはできない
急激に何かの要因で上がったり下がったりする
だから基本的には株は下がったときに買い上がったときに売る
それがわかりやすいがそこをどこで見極めるかもむずかしい
わかりやすいのは暴落したときである。
その時株を買うチャンスだったのである。
そこがタイミングだったのである。

ただすべてがまかせた銀行員が悪いとはならない,その時の情勢が関係しているからだ
要するにタイミングが悪いと何でも失敗しやすいのである。
例えば暴落しているときは逆にチャンスだった,その時株を買ってしこんでいればもうかったのである。
そして株の上がるチャートを見ていれば15000円で買ったものが回復したとき売らねばよかったのである。
それは素人でもそう思う,チャートで株が上がっているのに売るということは普通しないからである。チャートをいつも見ているからである。
その株が貴重だったのはリーマンショックとかをのりこえて長くもっていた株だからである。別に自分は放置していたから今回も放置していたら良かったのである。
下がるわけではないからである。

人間はやはりタイミングなのである。株が必ず暴落する,でもその暴落がかえってチャンスになることを経験でわかった,でも株でも退職した人とか60代以降に学ぶとするとむずかしくなる
若いときから経験していなと株は損する
自分は今回数年で外国の国債も買ったしUSリートも買ったし日本の株も前に買ったしJリートも買った,だから数年で体験を積んだ,それで損して痛みを負ったから身をもって学んだとなる,それでも証券の世界は本当に複雑であり多様だから理解できないものだと思った,おそらく基本的なことを体験したというだけだろう。
それでもグローバル経済というのがどういうものなのか身をもって知ったのである。
株をしないかぎり資本主義でもグローバル経済でも実感としてわからないのである。
それで勉強にはなったがそういう実験している余裕がなくなっていたのである。

結局これからの予測はいいものはない,日本の経済は低迷期が以前としてつづく,アメリカも停滞してゆく,だから株がいつ暴落すると専門家は言っている
中国の経済もゆきづまりでありいつ破綻するかもしれないと予測する専門家も多い
つまり経済はもう伸びない,資本主義はもう限界に来ている
それで銀行がなくなるとか大量のリストラになるとか騒いでいるしすでに実行されていることでもわかる
個々には以前としてもうける人がいてもそれは限られた金持ちとか極一部の人である。
あとはみんな負けになる可能性が大きいのである。
つまりタイミングがそういう時代に入っているということを見るべきである。

人間の勝負はタイミングで一回のチャンスで決まる、信長の桶狭間でありそれはタイミングを活かして勝負して勝ったのである。
その時の天候とか勝つ要因があった,それは運だったともなるがやはりタイミングだったのである。そのタイミングを逃すとまた同じチャンスはめぐってこない
その一回のタイミングを活かしたことにより信長は天下制覇に踏み出したのである。
それは一種の運だったのかもしれない,運も実力の内ともなる

では投資は運なのかというとそうでもない,何か予測するものがありチャートをいつも見ているからだ,ある程度は予測できるものとして専門家は見ているのである。
だから暴落のときはチャンスだというのが自分でも今回実感としてわかった
ただそれはリーマンショックからだから10年とか過ぎてわかったことなのである。
だから長い目で見れば株は上がったり下がったりしている
それで必ず下がれば上がるから長くもっているといいともなる
それも一つの戦略である

人間は時代に左右される,これはどうにもならない,高度成長時代は恵まれていたのである。その恩恵は十五六年前の保険金が倍以上になっていたとか郵便局にあづけた貯金の利子があづけたときの高い利率で支払われていたから今の老人は貯蓄だけで財産を形成できたのである。
それが時代だったのである。今は退職金が二千万だとしてもそれだけの価値しかないから老後資金としてたりないとなっている,これも時代で損しているなと思った
利子が全然つかないからわからない投資の話にのせられやすいのである。
利子がつくならこんなことにはなないからである。
銀行にしても金だけあづけられても迷惑とすらなっている
それで投資信託をすすめて手数料商売になる
そういう時代の変化がタイミングが悪い時代になったのである。

人間はその時代時代を懸命に生きるほかない,こういう時代に株とか投資に賭けることは危険だとなるしそれよりもう資本主義が投資先もなく終わりだというとき何か心の持ちようも時代に対応して変えねばならない
グローバル経済も変わる,何か新しいものを模索する時代になる
株とか投資信託をあおっているのは証券会社とか銀行とかでありそれらは商売だからそうしている
実際は今の時代は日本が貧困化しているし株で一稼ぎするとかの時代ではない
むしろ無駄な消費をおさえるとかヨーロッパの中世とか江戸時代に回帰する
内需志向であり外国貿易でもうけるグローバル経済でもうける時代は世界中で拒否されている
グローバル経済の矛盾が噴出して爆発寸前になっているからだ
だから資本主義の株式会社がなくなるとか学者も言うのである。

時代を見て対応しないと失敗する,これからは貧困化してゆく日本はどういう生活態度がいいのかとなる
今までの豊かになった消費優先の社会でいいのか,すでにそれはゆきづまっている
物価を上げようとしても上げられないのは当然なのである。
これだけ物はあふれていても賃金も上がらないからである。
外国人の観光客でも中国人でも日本に求めているのはもう物ではない
事の消費であり日本がもっている環境とか人の優しさとかそうした文化的なものが価値をもつようになっている
そういう時代が変化するときであるが過去の幻影に人は酔うのである。
金持ちが貧乏になっても以前として金持ちとしてふるまったりすることからぬけだせない贅沢を覚えるとそれからぬけだせない,変えられないのである。
一度王様になったら貧乏人になってもやはり王様だったときのことが忘れられないのである
日本は高度成長とか豊かだった時がありそのことがまた起きるとかそういう時代をなつかしむ,でもその時代は帰ってこないのである。
時代が逆戻りすることはない,江戸時代に帰るといってもその様相はまた違っているのである。

posted by 老鶯 at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題