2018年02月22日

日本に来る中国人の動機 (今は経済的なものだけではない,別な価値を求めている)


 日本に来る中国人の動機

 (今は経済的なものだけではない,別な価値を求めている)


まだ一軒残っている仮設の食堂は嫁さんが中国人である。
その人は中国に研修とかで十日間ほど休んだ
今日中国のことを聞いてみた
自分が疑問に思っていたのは

なぜ中国人が豊かになったのにまだ日本に働きにきているのか?

そのことだった,聞いてみたらもう中国は日本とさほど変わりない,日本人より金持ちの人がいるという,その人が行った先はハルビンである。
元の満州であるが寒い地域である
なんでも日本に行くか中国で働くか悩んでいる人がいるという
つまり日本にはそれほど来たいという強い願望はなくなっている
その中国人の嫁さんはそうした経済的格差とは関係なく日本にひかれているのは別な要素だった
つまり街中がきれいだとか日本人がやさしいとかなにか経済が豊かだからではない
それは中国人の観光でも事の観光となり爆買いが下火になって物ではないのに変わってきたということでもわかる

ハルピンには新幹線も通っているというからその変わり方が激しいのである。
自分の行った十数年前は電車に家畜か物のように人間がつめこまれていたのである。
そんな所に乗った死ぬ思いになった,笞で打たれてつめこまれていたから本当に家畜の扱いだったのである。
それが新幹線になったということはその変わり方は早すぎるのである。
物価もすでに十年前でも北京辺りは日本と変わらないように高くなっていたのである。
満州でもロシアの国境にある満州里ではトヨタに乗っていた金持ちもいたのである。
それから十年も過ぎたからその変わり方は激しいものとなる
確かに中国は広いから貧乏な人も多いが都市は日本と変わりなくなっているみたいだ

そうなると日本に経済的価値だけをも求めるのではなく日本の環境がいいとか日本が好きだからとかなる,それは貧乏な人が求める価値観とは違っているのである。
新幹線があり車も乗っている人が多くなればたいして日本と変わりないとなるからだ
ただ自分はそのことを経験していないから実感としてはわからない
ただ物価が十分の一の時代から同等になってしまったのである。
だから中国で格安に旅行する時代は終わったのである。
満州となると飛行機でも近い,3時間くらいだから楽である。

ロシアから満州に電車できた時はどこまでもとうもろかて畑しか見えなかった
その中に汚い川が流れているだけだなと見た,たた外国で自然は良くわからないのである自然の中に入ることは危険になるからだ
その人は言葉が通じなくて困るではないかと言ったらそうでもないと言っていた
日本語を結構覚えたとも言っている,中国語はまるでわからなかった
英語の方がわかって英語で会話したしまた漢字を書いて会話した

国際化というとき田舎でも国際化している,まず中国人を嫁さんにしていれば中国がより身近になる,その人は中国を案内してもらうから中国通になる
近いから行き来も楽である。
でもなぜまたフクソウとかで働いてる中国人の女性がいるのかとなる
別に中国で働いていた方がいいのではないか?
逆に中国で働いている若者がいた,youtubeで紹介されていた
中国の方が日本より働く場としていいともなっている時代なのである。
ただその人が言うように中国でもいいが日本にも行ってみようかというとき
すでに経済的なものが動機ではない,日本と中国でそれほど賃金も変わらないとなったら日本に来てもしょうがないとなるからだ
今多くなったのはベトナム人である,だからベトナム人の犯罪が増えている
この辺でも駅で何人かにあっているからだ,前の中国人がベトナム人に変わったのである。

日本が先端分野のITとかドローン技術では中国はすすんでいる,それで日本がその下請けになるとか記事にもある,そうんな時代になっていたのである。
とにかくその変わり方の速さについていけないのである。
それで判断を誤るのである。



タグ:中国人
posted by 老鶯 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

人間を見る心理学 (ギャンブルでも最初にもうけさせてあとで負けさせるのが定理)


人間を見る心理学

(ギャンブルでも最初にもうけさせてあとで負けさせるのが定理)


今回の自分の投資信託でもうやる気がなくなったのは最初から負けたからである。
それは予測しないことが起きたこともある
カナダの国債が石油が急激に下がって損した
石油は今までずっと高かったのに急激に下がったのである。
まずこのことを予測できないから失敗したとなる
先を見ることができなかったとなる

もう一つの大きな失敗はリーマンショク前から株をもっていたのである。
それが15000円になったとき回復して元にもどった
でもその時株は上がり調子だから上向きのトレンドだからそういうときはチャートを見て専門家は売らないのである。絶えずチャートのグラフを見ているからだ
でもなぜ自分の担当の銀行員は売ったのか?
それを投資信託に回したのは手数料がとれるからだったのである。
その時自分は売らなくてもいいではないかとも思った
上がってきているからそう思った,しかし相手はプロだと思いまかせたのである。
でも前に書いたように大手証券会社でも銀行は特にプロでも何でもないのである。
プロとはプライベートファンドのように利益を上げたらその10パーセントはもらうという商売である。最初から手数料をとるということはすでに損は投資信託を売った時点で損はしない仕組みになっているのである
ただそこで手間隙かかるからその分とるということはわかる
でも損はしないのだからそれもいいわけにはならないだろ。

ともかく人間の心理として最初にもうけるとまたギャンブルでも賭ける
これは人間の善悪の問題ではない,人間の心理が古来変わらないのである。
そういうふうに人間が変わらない心理がありそこから人間を見るということも必要であるそれで中国とかでは絶え間なく戦乱であり人間を策略で陥れる
そういう非情を見てきたから孫子の思想とかがが生まれる
マキャベリもそうである。

人間はだいじに扱うか、叩きのめすか、どちらかにすべきである。小さな傷を受けた者は復讐するかもしれないが、重傷を負えば復讐できない。人を傷つけるときは、必ず復讐のおそれを断っておくべきである。

これを日本にあてはめると日本は原爆を落されて完全に打ちのめされて抵抗できなくなったのである。だからアメリカでは容易に日本を支配できるようになったのである。
日本人はあれほど鬼畜米英になっていたのにすんなり原爆をおとされて従順になったのを不思議がるが原爆の影響が大きかった,この言葉のように完全に打ちのめされたのである
日本が戦争に突入した原因としてギャンブル的に考えれば日本は日清日露戦争で一応勝ったので傲慢になった
それはギャンブルで最初に勝ったことによりそうなったともいえる
もし日露戦争でも負ければ日本は弱いのだという自覚をもつから次の戦争でも躊躇したことはありえる,つまり最初に勝つことは人間の心理としてかなり影響する
次もまた勝つという奢りが生まれるのである。
だから日露戦争に反対した内村鑑三などいたが後は日露戦争を賛美する人が今でも多いし当時は国民がロシアに勝ったと熱狂していたのである。
それも実は危険なことであり奢りとなり次の太平洋戦争に突入した

信長は桶狭間で勝ったけどその後は同じ戦法を使わなかったというときそこに信長の優れたものがあった,同じ戦法では時と場合がありケースバイケースであり勝てないのであるともかく人間は一回勝利するとその成功体験に酔う,次も同じように勝つと奢りになるのである。
だから必ずしも最初から勝つということはその後がありいいとういことはない
要するに日本の戦争でも日露戦争で負けていたらうちのめされていたらアメリカと戦うようなことはしなかったのである。

ともかく自分はとてもまた投資信託などやる気がしなくなった
これだけ負ければやる気がなくなる,ただもし勝っていたらまたやることは間違いないのである。
だから株をすすめる人は最初いいものをもってきて勝たせる必要があると思った
ただそういうことは投資信託ではない,ほとんど手数料をもらう商売であり客にもうけさせるということはないのである。
だからもうそのことを客がわかってくるとやる人がいなくなる
投資信託は7割がもうかっていない,でも3割はもうかっているとなるがその3割は大手証券会社とか銀行にすすめられたものではない,別な証券会社であり手数料をとらないものとかいろいろある,まず大手証券会社と銀行にすすめられるものはもうかる人がいても一割くらだろう。だからほとんどは損しているのである。
つまり投資信託の仕組み自体がそうなっているからもうからないのである。

いづれにしろ自分の場合は人間の心理として最初に負ければ損すれば次にまた賭けるということはしなくなる,それは人間の心理でありどうにもならないとなる
だから人間の心理というのを良く知ることも必要だなと思った
悪知恵にしても最初はもうけさせない限り人はもうその後は賭けないからである。
結局全敗だったからやる気がなくなったとなる,分配型は知らぬ間に元金からひかれていたのも錯覚をもたらしていたし収支決算もしないしすべて投資信託をすすめる人が有利になっている仕組みなのである。
だからこそすすめるのである。

ただネットでもどこでも様々な情報がでる,では投資信託の情報で気をつけねばならいなのは投資信託をすすめる商売をしているものとそれを買う側とに分けるべきである
投資信託をすすめる商売の人は投資信託を言いも気としてすすめるからいいことを書いている,でもそれで失敗した人はそうは書かないのである。
でも失敗した人は一部だとも言うことはできる他の人に言える
でも統計的にも7割しか成功していないし3割が成功しても大手証券とか銀行にすすめられたものは成功していない確率が多いのである
だから統計的にも合理的なものである。一人一人はいろいろあってもやはり統計的に答えが出ているのからだ

ただわからないのはどうして投資信託のようなものが世間に出回りそれがもうかるような錯覚をもたらしているのか?
それになぜ銀行までが加担して広めているのか?
それは一時的にはもうけをだしてもみんなもうからないとか損したとなると信用がなくなる,なぜこんなものをすすめたのだと客が銀行でも不信をいだくようになるとあと何をすすめてもしんようできないとなる
信用を損なうようなことをして将来的に成り立つのかという疑問である。
別に銀行員が悪いということはない,銀行の方針としてノルマを課して投資信託をすすめさせているからだ

こういうことは自分も経験している,カルト教団では会員を獲得することがノルマである一票をとるために毎日奔走する,それはなぜだったのか?
それがその団体が権力を得るためにそうしている,数が増えれは社会的勢力となり影響力をもつのが民主主義だからである。
そういうふうに圧力をかけているのは誰なのか?
それは上に立つものだともなる,若い人は別に従わなくてもいいが銀行に勤める限り従わざるを得ないのである。
だからそもそも銀行自体が問題視される,そういう経営で社会のためになるのか?
社会の中で存在意義があるのかということにもなる
なぜなら会社とは会社の利益だけを追及するものではないからである。
必ず公益的なものがありそれでなければ存続しえないからである。
それで金融庁から投資信託のことで注意されたのである。
つまり銀行自体が実は問われているのである。
ただ銀行側にすると投資信託はもうかるものだからそうしている,でもそれが信用を失うことになり社会的公益性からして銀行はすでにもういらないとされるようになる
そういう危機に直面しているのが銀行だともなる

posted by 老鶯 at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題